第582話 アイツのエンブレム
「やっと人心地だね」
「なんで最後の最後でダッシュなんだか」
風呂上りというのもあってさっぱりとした表情の夏樹と、肩を竦める海藤が笑い合う。
ホームの食堂ではクラスメイトの半数以上が席に座り、雑談の真っ最中だ。
残りのメンバーは厨房で料理に励んでいる。
海藤の言うダッシュとは、何も迷宮で事故って魔獣から逃げ出したという意味ではない。
「風呂が満員っていうのは、ちょっとなあ」
「八津は気にしたのか」
「馬那こそ大丈夫なクチなんだ」
「……ああ。妙な含みは無いぞ?」
俺のグチに隣の席に座る筋トレマニアな馬那が付き合ってくれる。
迷宮から地上に戻るまで、危険なんてどこにもなかった。突入した時の倍くらいの人数が経路の確保に来てくれていたのだ。
俺に確認できた範囲で三回程魔獣が出現したが、こちらに近づくまでもなく瞬殺されていたもんなあ。
問題だったのは地上に戻り、素材を収めたそこからだ。
俺たちは普段、迷宮帰りに組合の大浴場を使わせてもらっている。ウチの迷宮探索時間は普通の冒険者たちとズレているので、極端に混雑した風呂に入ったことはないのだが──。
血みどろの『シュウカク作戦』は全員が揃って戻ってきたこともあり、組合の銭湯は大繁盛だった。
いちおう脱衣室まで入ってみたのだが、おっさん、おっさん、筋肉のおっさん、ムキムキのおじいちゃん。馬那やヤンキー佩丘辺りは平気な顔で突撃をカマそうとしたが、顔色を悪くした藍城委員長が急遽多数決を開催し、脱出が採決されたのだ。
ちなみに女風呂でも似たようなコトが起きていた。
『覇声』のスチェアリィ組長の腹筋が割れていたこともあり、女子たちも撤退を選択したらしい。そうか、割れていたんだ。
で、俺たちは血まみれな革鎧の上をマントで覆い、目深にフードを被って自宅まで走って帰ってきたのだ。
冒険者の凱旋なのだから堂々としていてもよかったかもだけど、小市民な俺たち的には近所迷惑が先に立つんだよな。
「玲子様々だねぇ~」
「うん。凄いよね。ボクも【熱術】取れればいいのに」
チャラ子な疋さんが帰宅してすぐに風呂を沸かしてくれたアネゴな笹見さんを持ち上げ、隣に座るロリっ娘な奉谷さんが腕を組んでうんうんと頷いている。
奉谷さんはバッファーでヒーラーで魔力タンクなんだから、これ以上ロールを増やしたら怪物だよ。
今日の単独行動だって彼女の【身体補強】があったからこそ挑戦できたのだし、気概だけに留めてほしい。
「食事ができましたよ。順番に配膳しますね」
「よっしゃぁ!」
キッチンの扉から姿を現した料理長の上杉さんが料理の完成を告げ、イケメンオタの古韮が歓声を上げる。
アイツが座っているのは、普段と違いお誕生日席のど真ん中。
アウローニヤに召喚されてから百三日目となる今日は、日本換算で七月二十一日となる。
山士幌高校で俺の初めての友人となってくれた古韮譲の誕生日なのだ。
◇◇◇
「プレゼンターは僕だね」
開会に当たり、野来が席を立つ。
古韮と野来は古くからのオタ仲間ということもあって、やたらと仲良しなのだ。当然の人選だな。
「ナギ、わたくし『ぷれぜんたー』の意味は知っていますわ」
「そ、そうでしたね」
すかさずティアさんが隣の席の綿原さんに日本語の教養をひけらかしている。頑張れ綿原さん。
ティアさん担当の中宮さんは古韮の隣だから、テーブルの端と端なんだよな。
ティアさんとメーラさんが『一年一組』の仲間となってから、食事の時のお誕生席には滝沢先生を挟んで中宮さんと委員長が座るということになったのだが、今日だけは例外だ。
古韮は堂々とお誕生席の中央に構え、両脇に先生と中宮さんを侍らせている。実にいいご身分だな、おい。
まあこれについては古韮が望んだわけではなく、委員長が率先して男子列に加わった結果なだけだ。そうしないと女子列が長くなって、末席のティアさんとメーラさんが可哀想だからな。
そもそも席次まで古韮の要望を通すはずもない。もしもアイツの好きにさせたら、隣には聖女な上杉さんが座っているはずだろう。
「今日は色々あって大変だったけど、本命は古韮くんの誕生日です」
「『シュウカク作戦』よりもかよ」
野来のセリフに、ご当人たる古韮が早速ツッコム。
仲間たちの笑い声が食堂に響くが、これも全員が無事だからこそだな。
「まあまあ、今はってことだよ。じゃあみんな起立!」
笑顔で流す野来の声に合わせて、みんながコップを片手にガタガタと席を立つ。
「いくよ? 古韮くん、十六歳の誕生日おめでとう!」
『おめでとう!』
野来のコールに合わせ、全員が唱和する。
口にしたコップの中身はリンゴジュースだ。各人が好き勝手を選択できるのが、ドリンクバーみたいで素晴らしい。
今頃組合の訓練場では冒険者たちも宴会を開いている頃だろう。冒険者チックな大騒ぎにはとても興味があるのだけど、今日ばっかりはな。
「はい着席。プレゼントは食べ終わってからね」
「楽しみにしてるぜ。それよりも今は……」
引っ張ることもなく淡々と司会進行する野来に合わせみんなは再び席に座り、目の前に並ぶ料理に視線を送る。
古韮がやたらと嬉しそうだが、もちろん今日のメニューはヤツのリクエストだ。
「もう食べてもいいよ、古韮くん」
待ちきれないといった感じの古韮に、野来がサクっとゴーサインを出す。というか、犬みたいな扱いだな。
「よっしゃ。いただきます!」
『いただきます!』
リードを外された古韮の声に二度目の唱和が被さり、誕生会が始まった。
◇◇◇
「完全にクリームシチューだぞ、これ。凄いな、佩丘」
「もうちょいなんだがなぁ」
「いやいや、十分だって。上杉もありがとう」
「いえいえ」
メインディッシュのクリームシチューを口に入れた古韮が、料理番の佩丘と上杉さんを絶賛する。
古韮の好物ということで選ばれたのだが、確かにこれは凄い。
こちらの世界で最初にクリームシチューを食べたのはガラリエさんの故郷、フェンタ領でのことだった。あの時はクラス一同が大喜びしたものだが、これを食べてしまうと違いを思い知る。
「『和風』なのよね」
「だよな。和風だ」
ほうっと息を吐いた綿原さんも実に満足そうな表情だ。俺もまたしかり。
ちなみにティアさんには『和風』という単語は教えてあるので、横からツッコミは入らない。
フェンタで口にしたクリームシチューはどちらかといえばスープ風だったが、こちらは濃厚。やっぱりシチューはこれくらいこってりしていないとって感じだ。日本のシチューってこうだよな。
具材はヒヨドリ、タマネギ、ジャガイモ、そしてコーン。コーンはもちろん地上産だが、高級とされる四層素材が惜しげもなく使われている。
とはいえ、ウチの料理番たちは普段から階層にこだわらず、料理に合わせて食材を好きに選んでいるんだけど。
もちろんメニューはクリームシチューだけではない。
サブとして牛肉のサイコロステーキもあるし、定番のサラダも並んでいる。そして──。
「この取り合わせ、美味ですわね」
「はい」
目の前ではドリル金髪翠眼の悪役令嬢と守護騎士がシチューをオカズにして、丼メシを食べている。しかも不器用だけど箸を使ってだ。
もしかしたら俺たちはよくある異世界召喚ではなく、ギャルゲー世界に来てしまったのかと勘違いしてしまいそうな光景だな。中世ヨーロッパ風の舞台なのに、何故か日本文化が散見されるアレ系の。
「やっぱシチューには米だよ」
そう、これもまた古韮の求めによるものだ。
「邪道っしょ」
「アリだよ、アリ」
「ウチだと普通だけどな」
クラスメイトたちから賛否が出ているが、違和感のあるメンバーにはちゃんとパンというオプションもある。
とはいえこんなやり取りは、これまで何度もなされてきたことだ。
ただし米の量にも制限があるため、出される度に進化を続けるシチューの時は基本的にパンだった。その縛りが、ここにきて解除されたのだ。
「綿原さんもごはんなんだな」
「意外? わたしはオデンでもごはんよ?」
「俺もイケるかな」
「そ」
斜め前に座る綿原さんも丼メシで、俺もそう。
今まで幾度も似たような会話をしてきたが、意見が一致するとやっぱり嬉しくなる。食事の趣味が近いっていうのはデカい要素のはずだ。
「今日は最後までトウモロコシ尽くしだね」
「佩丘たち、最初から狙ってただろ」
上座側にいる委員長が苦笑を浮かべ、海藤は対照的にいい笑顔だ。
「美味しいね!」
「っすねえ」
「ウン」
「ああ。ウチの宿でも出したいくらいさ」
「笹見んとこは、立派な料理人がいるんじゃなかったか? ホラ、兄さんとか呼んでる」
「古韮、余計なコト言ったらジュースがホットに変わるからね」
「おおっと」
料理を食べつつもクラスメイトのお喋りは止まらない。
調子に乗った古韮が笹見さんに怒られているけど、それもまた良し。
すっかり賑やかな食事に慣れてしまったなあ。
◇◇◇
「ではこれを」
「おお。ありがとうな」
「いえいえ」
上杉さんが手にした紙の包みを見て、古韮が喜びを露わにする。
食事も終わり場所を談話室に移した誕生会は、いよいよプレゼントの贈呈となった。
さすがにここで野来が手渡すのもアレなので、担当は上杉さんである。
「どれどれ、どんな感じかな」
絨毯の上で胡坐をかいた古韮が、包みを開いていく。
「へえ、いいじゃないか!」
アイツがみんなに見せびらかすように掲げたのは、ワッペンだ。もしくはエンブレムとでもいうか。
アウローニヤ時代に作った『帰還章』よりも一回り大きく、盾をイメージさせる黒い下地には、一人の騎士が刺繍されている。
フルプレートを着込んだ騎士がこちらに背を向け、左腕には盾を、右腕には長剣。ご丁寧にいい感じのメットも被っているので、ザ・騎士って感じが満載だ。
あくまでシルエットってところが拘りポイントだな。こういうのは平坦な方がいい。
色は頭から足に掛けて紺色から水色へのグラデーション。【霧騎士】の古韮に寄せて、腰から下は少しずつ掠れていくデザインだ。
下地となる革の加工は佩丘、刺繍は疋さん、ベースデザインが俺で、クリンナップはロボオタの草間というメンバーによる合作である。
草間と俺はアウローニヤのリーサリット女王のドレスアーマーをデザインしたこともあるし、こういうのはお手の物なのだ。
『パーソナルマークが欲しいんだ。デザインは任せるからさ』
十日程前になるが、古韮の方からクラスメイトに誕生日プレゼントが事前に要求された。
異世界に飛ばされてからは初めてだけど、山士幌時代にはワリとこういう打診がされることもあったらしい。夏樹がゲームタイトルを指定したりとか。
さすがに個人レベルのやり取りなので、クラス全体でというのは滅多になかったらしいけど。
まあ、そのレアパターンに当て嵌まるのが誕生日が二月十四日という綿原さんだったりするんだけどな。
本人から求めたわけではない、バレンタインの悲劇である。
「こんな前例作ったら、誕生日の度に全員って話にならないか?」
「それならそれで構わないだろ。俺が最初ってことで。いや、先生が先か」
嬉しそうにエンブレムを見つめている古韮に海藤がツッコムが、イケメンオタはさらりと流す。
先生は『昇龍紋』を普段使いはしてないんだけどなあ。
「それで、八津」
「なんだ?」
「名前だよ。この紋章の名前」
古韮は当たり前みたいに、俺に振ってくる。何で俺なのか。
まあいい。どれ、ここは俺のセンスをひとつ。
「……『霧韮』、だな」
胸を張って適当極まりない思い付きを口走った俺の単語を聞いて、談話室が静かになった。やらかしたかあ。
「キリニラとフルニラ、音が似ていますわね。どういう意味ですの?」
「ティア、意味なんてどこにもないわ」
いや、一人だけ盛り上がるティアさんがいたのだけど、中宮さんがバッサリだ。
無茶振りへの苦し紛れだったんだよ。今必死に、もうちょっとまともなのを考えてる最中だから、箸休めとでも思って雑談のネタにしてほしい。
そうだな、『霧影』とかなら中二感があっていいかも──。
「ふはっ、ふはははっ! 気に入った。いいじゃないか!」
微妙な白け方をした空気の中、膝を叩いて大喜びし始めたのは、他ならぬ古韮当人だった。
「適当で意味が無い。そこがいいんだよ。これでミスト・ナイトとか言われたら、まんまじゃねぇかって返すところだ」
「そ、そうか」
心底楽しそうに語る古韮に俺は気圧される。どうしてこうなった。
「この世界じゃ検索できないから絶対とは言えないけどな。霧韮なんて単語、無いんじゃないか?」
「そう……、かもな」
笑いながら語る古韮に俺は曖昧に頷く。
『韮』という字は馴染みは薄いが、野菜のニラを意味する。
もしかしたら最近流行りのブランド野菜とか品種名であるかもしれないが、それにしたって『霧のニラ』はそれこそファンタジー植物だ。RPGの調合イベントでありそうな……、いや、ニラは無いだろう。
「だから俺が意味を作る。俺のこれからの行い、それが『霧韮』ってことだ」
傍に寄ってきた古韮にいきなり肩を引っ掴まれ、俺はそのまま揺らされる。耳元で聞かされたセリフは、どこかで読んだマンガみたいだ。
ワケあって今の古韮は革鎧装備をしているものだから、部屋着の俺は掴まれた部分が……。
「お前、もしかして誕生日でテンションおかしくなってるのか? それとチョイ痛い」
明るいノリは古韮らしいといえばそうだけど、それにしたっていつも以上だ。
「そうだよ。アガってる。祝われる側は違うんだな」
俺の苦情を受けた古韮は腕の力こそ抜いたものの、離すところまではしてくれない。やっぱりノリがバグってるな。
「日本に戻ってからもさ、コレ、続けようぜ。ほら、八津って三月だったよな?」
周囲を見渡しつつそんなことを言い出した古韮に対する反応は様々だが、俺のことまで気遣ってくれたのはちょっと嬉しいかな。
帰還してからっていう言葉にティアさんが何か言ってくるかとも思ったが、そんなことはなかった。
ただ、少しだけ寂しそうに目を細めていたのが見えてしまったのは、なんか申し訳ない。
「なんか譲がカッコいいこと言ってマス」
「いい感じのセリフは八津だけの十八番じゃないってことさ」
古韮の態度をポジティブに受け止めた側のミアがノリノリではしゃぎつつ、ツッコミを入れる。
答える古韮はしてやったりの表情のまま『霧韮』を左の肩にくっつけた。
「もうひとつあるんだ。古韮、ちょっと待っててくれ」
「お? サプライズか?」
そんな中、寡黙な馬那が立ち上がり、そして口の端を上げる。珍しいといえば珍しい光景だけど、古韮は気にすることもなく笑顔で返す。
そう、馬那の言うように、俺たちからの贈り物はまだ半分だ。むしろここからこそが本命だったりする。
◇◇◇
「ほら」
「もっと言い様があるだろ」
談話室の隣にある倉庫部屋から戻ってきた馬那は、大きな紙包みを古韮に手渡した。うん、古韮の言うように、ザツというかぶっきらぼうというか。
「まあいいさ。開けさせてもらうぞ?」
「ああ」
やっぱり言葉が短かい馬那に苦笑しながらも、古韮は絨毯の上に置いたプレゼントを開封していく。
「革鎧を着ろって言われたから何かと思えば……」
なんてことを呟く古韮だけど、包みを見た瞬間には気付いていたのだろう。形状で丸わかりだし。
「みんなも見てくれよ!」
「言われなくても見えてるって」
立ち上がってソレを両手で掲げた古韮は、見せびらかすようにくるりと体を回す。海藤なんかがガヤを入れているが、ムッツリ系のメンバーを除けばみんなも笑顔だ。
馬那が古韮に渡したブツは、前衛の騎士たちが普段使いしている大盾とよく似ていた。
というか大盾そのものなんだけど、表面は黒く塗られ、さらには大きく『霧韮』が描かれている。
「ありがとな。草間、八津」
「うん」
「俺は手伝いだけだよ」
そうくるだろうと思い並んで座っていた草間と俺に、古韮がニカっと笑いかけてきた。
盾に『霧韮』を描いたのはもちろん俺と草間なのだけど、作業量が一緒だったとは言い難い。アニメ調の俺に対し、草間はリアル路線。今回はシルエットだから俺メインでもよかったのだけど、緻密さだと草間に軍配が上がるのだ。
俺が俺がと出張るよりも、最終的にはより良い仕上がりを目指すべきだよな。
ちなみにだけど、ベースとなった大盾はアウローニヤから持ち込んだ予備ではなく、『スルバーの工房』で売っていたものだ。固定具や一部のパーツは五層素材なので、既製品としては最高級だったりする。
「ただそれ、まだ完成していないんだ」
「ん?」
もったいぶった俺のセリフに古韮が首を傾げる。
そこから俺が視線で合図を送れば、ちょっと呆れた様子の中宮さんが筆を手に持ちティアさんに歩み寄った。
「なんですの?」
「八津くんたちからの依頼よ。あの盾に命を吹き込んでほしいって」
黙って俺たちのやり取りを見守っていたティアさんが、クサい言葉を中宮さんから伝えられ、古韮と同じように首を傾けた。
一昨日から『一年一組』に入ったティアさんとメーラさんはプレゼントの制作に参加していないし、だからといって先生の時のように個別というのも、仲間になった以上は筋が通らない。
前に出ないメーラさんはさておき、せっかくの新メンバーを傍観者のままにするっていうのも気が引ける。
なにせウチのクラスの連中は、新参の俺をずっと仲間の輪の中で構い続けてくれているのだから。
「わかりましたわ!」
耳元で中宮さんから作業内容を聞いたティアさんは、喜色満面で快諾する。
これまた中宮さんから渡されたメモはいわばカンニングペーパーだが、これくらいは先生も目をつむってくれるだろう。
「ユズル。それを置きなさいまし」
「ええと、はい」
命令を受けた古韮は、言葉に従いプレゼントされた盾を絨毯の上に置いた。
ティアさんがぺたんと床に座り、優雅に筆を持ち上げる。横にカンペがあるのはご愛敬だ。
さあ、やっちゃってくれ。ティアさん。
『一ねん一くみ・ふるにらゆずる』
大盾の端に白い塗料で書かれたひらがなが並んだ。一部が漢字なのは、画数の関係である。
「なるほど。やっぱり持ち物には名前が入っていないとな。ティアさん、ありがとうございます!」
「おほほほほっ! 容易いことですわ!」
描き終わった直後は首をひねってメモと自分の文字を見比べていたティアさんだったが、古韮のお墨付きで上機嫌だ。
画竜点睛なんて大袈裟なコトは言わないが、まあダルマに目を入れるってところかな。
これにて『霧韮の盾』の完成だ。ゲームの中盤で出てきそうな装備だぞ。
「じゃあ早速」
出来上がった盾を手にした古韮は、あっという間に左腕に装備していく。
ずっと大盾を扱ってきたお陰もあって、動きに一切よどみがない。そういうのがカッコいいポイントの稼ぎ方だよな。
「どうよ?」
「いいんじゃない?」
「一人だけ目立って良かったな」
「囮に使えそう」
「大将首ですね」
大盾を構える古韮にクラスメイトたちから拍手と共に声が掛けられる。
ところで上杉さん……、いくら歴女とはいえ、そのセリフはどうなんだ?
「ねえ、その盾、実戦で使うの?」
「もちろん使うさ」
賞賛と冗談が混じる声の中でふと夏樹が問えば、古韮は当たり前だと言わんばかりに答えた。
これまで一年一組の誕生日プレゼントは、どれもこれもが実践仕様なものばかりだ。
疋さんのストラップと刺繍糸に始まり、酒季姉弟のハチガネと石、佩丘のエプロン、中宮さんのリボン、そして馬那のスカーフ。先生のネクタイこそ帰還の意味を込めて大切にしまわれているが、それ以外は普段使いできるものばかりなのだ。
ならば、古韮の盾はどうするか。
「イザとなったら僕が描き直すよ」
「いや、そっちも必要ない」
「え?」
事前に俺と相談を終えていた草間の申し出を、古韮は首を横に振って断った。遠慮って感じではないな。
「こういうのは傷が付いてからがカッコいいんだ。『傷だらけの霧韮』ってな」
「わかる」
「いいよね、ソレ」
クイっと盾を斜めにした古韮のセリフに、俺と野来などは完全同意だ。いやあ、いい趣味をしているよ。
武器や防具の使用感っていうのも、味があって実にいい。
最近は中宮さんの木刀に凄味を感じるくらいだし、装備を育てるというか、歴戦の貫禄っていうのは目に見えることだってあるのだ。
「あれ?」
と、そこで古韮が首を傾げた。演技っぽくはなさそうだけど、何があった?
「……なあ、【霧術】っていうのが出たんだけど、これって強いと思うか?」
どうしてこのタイミングなんだろうなあ。
次回の投稿は明後日(2025/11/15)を予定しています。




