第580話 彼女はヤツらを見捨てない
「ちぃっ」
飛び込んできた白菜を殴りつけた【霧騎士】古韮のメイスが、その手を離れて魔獣の海に飲まれていく。拾いに行く余裕はどこにも無い。
「古韮くん、わたしのを使ってください」
「助かる。今晩の飯にも期待してるぜ」
「ふふっ、楽しみにしていてください」
聖女な上杉さんの声を聞いた古韮が急いで走り寄り、メイスを受け取った。
お互いに軽口を叩いてはいるものの、古韮は魔獣の返り血にまみれ、革鎧は元の色がわからない程だ。それでも古韮は強がるし、上杉さんはそれに応える。
まあ古韮は聖女信者なので、無理やり恰好を付けている部分が大きいのだろうけど。
「もう少し。もうちょっとなんだ」
俺の小さな呟きに答える者はいない。
一年一組が単独行動を始めてから一時間と少し。目的地までの踏破率はほぼ九割といったところだ。
人的損害はもちろん皆無だが、装備の損耗が厳しくなってきている。ミアの鉄矢と海藤の短槍はすでに打ち止め。ミアは近接アタッカー、海藤は盾役として頑張ってくれているような状況だ。
ミアの矢が尽きたことでチャラ男な藤永による『避雷針』が使えなくなり、トウモロコシへのカードが一枚消えた。海藤の槍も中型魔獣に対する先手としては破格の性能を持っているのだが、そちらももう。
前衛メンバーがメイスを失ったのだって、これが初めてではない。
藍城委員長と古韮が一度ずつ、線が細いのに動きが激しい【風騎士】の野来は二回だ。都度後衛メンバーから補充しているものの──。
「これ、次回からは全員でメイスを二本くらい持って来た方がいいんじゃないかな」
「全員はダメだよ。それに海藤くんの槍とミアの矢が先でしょ」
メガネ忍者な草間に、ロリっ娘の奉谷さんが正論で返す。ウチの副官は冷静だ。
そんな会話をしている二人だが、もちろん前衛を責めているわけではない。
「いきなり【鉄拳】を取って、練習もせずに全力だから、今日は仕方ないよ」
「孝則くん、つぎは【握力強化】って言い出しそう」
「今回ので野来、パワー系に目覚めたかもなあ」
「止めてよ八津くん」
疲労で顔色がよろしくない白石さんだけど、野来が話題になると少しだけ口数が多くなる。空元気であっても、力になるならそれもアリか。
「でも、オラオラな孝則くんも……」
かといって、危なげな方に思考を向けてはいけないと思うんだ。
俺も時と場所を考えずに妄想に浸ることはあるが、内容がなあ。
「いや、相変わらず涙目だぞ、アイツ。『観察コレダー』!」
そんな白石さんにツッコミを入れつつ、横から飛び込んできたトウモロコシの頭部に、俺は第三の必殺技を叩き込む。
両手持ちしたメイスによる突き……、というか『観察カウンター』と同じく正しくつっかえ棒だ。
空中からやって来る敵の軌道なんて地上の魔獣よりも予想し易い。そこにメイスを置いておけば、勝手に魔獣が当たってくれるのだからお得だよな。
「ごめん上杉さん、膝が」
【鉄拳】を取った結果として、こういう攻撃的な防御もできているが、自身の欠点は隠しきれない。
外魔力が薄く【身体強化】はもちろん、騎士たちのように【頑強】も持たない後衛職の俺は、四層の魔獣を相手取るには単純に脆いのだ。
完璧な技術があれば衝撃など床に流せると剣術家の中宮さんは言うが、そんなのは遥か未来の俺に期待してもらいたい。
ああ、切実に【身体操作】が欲しいなあ。
「はいはい。あまり無理は……、と言っている場合ではありませんね。守ってくれてありがとうございます」
「できることを、全員でやるしかないからな」
すぐ近くにいてくれた上杉さんが俺の膝に手を当てる。
最早お互い宣言せずとも【聖術】は即発動だ。『クラスチート』のお陰で干渉系魔術が通りやすいのが助かるよ。
こうしてみんなの治療をしまくってくれている上杉さんにしても、攻撃には参加しないものの最低限の自己防御をしている。というか、やらざるを得ない状況だ。
俺の両隣にいる白石さんや奉谷さんもまたしかりで、ジンギスカン鍋バックラーを使いつつ、致命傷だけは受けないように立ち回っている。
「八津くん、今度武器屋で斧を探そうよ」
「使ってる冒険者なんて見たことないぞ?」
治療を終えた俺に『観察トマホーク』をお勧めしてくる草間に、一応ツッコミを入れておく。ロボオタめが。
戦闘中にも関わらず、冗談みたいな会話を積極的にしている俺たちだけど、半ばヤケっぱちだ。こういう時だからこそ、せめてノリだけでも軽くしておきたいっていう、正しく苦し紛れだな。
後衛組の護衛をしてくれている草間はニンジャのクセにこの状況では忍べない。ついでに言えば華麗な立ち回りとも縁が無くって、装備はバックラーとメイスという普通で地味なスタイル。忍者していないんだよなあ。
前衛職だけあって速さとパワーには優れるが、見切りなら俺だ。
そんな草間はスタイリッシュさの欠片も無く、泥臭く戦う。ヘタをしたらカウンター主体の俺よりもダサいかもしれないくらいにだ。
それでも腐らず冗談を言えてしまうアイツは、やっぱりカッコいい。
「おらあ、ここはあたしが通さないよ!」
「そこだっ!」
荒事ではちょっと弱気になるアネゴな笹見さんですら、後衛を守るように盾を構えながら『熱水球』を飛ばしまくっている。夏樹もまた自身をバックラーで守りつつ石を飛ばして魔獣を牽制することで、戦場全域をフォロー中だ。
ここにきて、俺たちは『ヴァルキュリアランス改』をもう、維持できていない。
位置取り自体は取り決めのままではあるが、陣形そのものが短くなっているんだ。それこそ槍が短槍になったみたいに。
置き去りにした後方からこそ魔獣の圧は掛らないが、前と左右が物凄い。
前から迫る敵を前衛が捌ききれない状態だけに、取りこぼしが左右から後衛に迫ってくる。前は前で足が遅くなり、後衛は前衛の近くにいなければお互いの身が危ないのだ。
それでも前衛メンバーは必死に頑張ってくれている。
「ああぁぃい!」
「しゅあっ、しゅーあ!」
盾とメイスで魔獣を払いのけている騎士たちはもちろん、一瞬も留まることなく動き続けるバーサーカーな滝沢先生、踊るような不思議な動きで迫りくる敵を斬り裂く剣鬼モードの中宮さん。
「イィィっヤアァ!」
「うっりゃあ!」
短剣とナイフの二刀流で暴れるエセエルフのミアは鼻に皴を浮かべ、妖精チックな顔が台無しだ。明るい春さんまでもが、表情を歪めながらもひたすら両手のメイスを振るい続けている。
ぶっちゃけ俺たちが異世界にやって来てから、一番キツいと確信するような状況だ。
これまで一年一組最大の苦戦はアウローニヤでの近衛騎士総長戦だったが、対魔獣と疲労という意味では現状の方が厳しい。
アウローニヤ時代からちょっとは強くなった自覚はあるが、四層の魔獣はやはり手強いと実感させられる。二層や三層の群れとはケタが一個以上違うんだ。
「カッコ付けないで、どこかの組に協力してもらった方が良かったかな」
「スタイルが合わないって言ってたの、八津じゃん」
俺の独白にチャラ子な疋さんがすかさずツッコム。その通りなんだよなあ。
これは一年一組全員が【痛覚軽減】を持っているという事実を前提とした作戦だ。ほかの組に同行してもらったら、そもそもが成り立たない。
そうでなければウチのポリシーに反してまでティアさんとメーラさんを置いてくるなんていう、冷たい判断なんてするものか。
その結果がこれだ。
泥沼のような混戦で、指示出しすらまともにできない状況。
わかってはいる。クラスのみんなは俺を責めたりはしない。全員で納得したことだから、と。
それでもやっぱり、発案者は俺なんだ。
ああ、さっきまでムリして軽口を叩いていたのに、気分が嘘のように沈んでいく。自分の心が軋んでいる音が聞こえてくるようで──。
「八津さぁ、なぁにキモく落ち込んでんのさ。ほら、凪がなんかやるっぽいっしょ」
「え?」
ムチを持たない方の腕で前方を指す疋さんの言葉通り、綿原さんの動きが止まっている。負傷とかのトラブルではなさそうだけど。
幾ら指示出しが難しい混戦とはいえ、疋さんから指摘されるなんて、これでは指揮官失格だ。集中が足りていない。
「見ててあげなきゃねぇ~」
頬を魔獣の血で汚した疋さんが、様々な含みを込めてニヤっと笑う。
「まだまだ、全然、問題、ないわっ!」
戦闘音に溢れた広間に叫び声が轟き、小さな赤紫のサメが空中で静止した。
「先生、凛、ミア。五秒だけお願い」
「ラジャーデス!」
続く言葉にミアが返し、先生と中宮さんは黙って頷く。
「綿原さん?」
俺の小さい呟きが聞こえたかのようなタイミングで綿原さんがこちらをチラっと見てからモチャっと笑い、それから決然と前方に向き直った。
「わたしのサメよ──」
彼女の革鎧に付着した魔獣の血から新たなサメが生えては、空中の一匹に吸収されていく。
「大きくなあれ」
アタッカーたちに守られた綿原さんが床の血溜まりに歩を進めれば、足にまとわりつくかのように材料が吸い上げられ、それに伴いサメが少しずつ巨大化していく。いちいち小さなサメを経由する辺り、芸が細かい。
「凪。さすがにこれはグロいデス」
あんまりな光景にミアがツッコミを入れるが、綿原さんは反応することもなくただ宙に浮かぶサメを見つめている。
すでにサメの全長は一メートルを超えた。比重の軽い珪砂でこそ達成していたものの、魔獣の血液でここまでのサイズを実現するとは。
これではまるで、ネタで言っていた【巨体化】を取得したかのようじゃないか。
「さあ、砂もあげるわね」
綿原さんが腰の革袋を開き、そこから白いサメが誕生する。そしてこれまた空中の巨大サメに合体だ。
赤紫一色だったサメの腹部が白く変色していく。それと同時に大きさも増す。
「ふふっ」
恍惚とした表情で笑う綿原さんの額に浮かぶ脂汗は、疲労だけのものではない。
極限の集中と全力の技能行使が、彼女を苛んでいるんだ。それでも彼女は愛おしそうにサメを見つめる。
そんな綿原さんの姿に俺は声すら出すことができない。
彼女によって繰り広げられている行為は、戦いそのもののみならず、みんなの士気を上げるという意思を込めた渾身のパフォーマンスだ。誰が止められるというものか。
防御を考慮せずにだらりと両手を下げている姿を見れば、何が起きているのか想像できる。彼女は今【身体強化】をはじめとする直接戦闘用の技能を使っていない。
ただひたすら一匹、いや一体のサメを強化する技能、すなわち【血術】【砂術】【魔術強化】【魔力付与】、そして【鮫術】のみに注力しているのだ。
「【多頭化】ぁ!」
トドメとばかりに叫ぶ綿原さんの言葉に合わせ、巨大な紅白サメの頭が割れる。
と、同時に綿原さんを守りながら魔獣と戦っていた面々がサメの通り道を空けた。声も合わせずとも、ウチのクラスはこういうことをやってのける。
「いきなさい」
合体シーンだというのに空気を読まない魔獣共とクラスメイトたちが奮闘する中、静かな命令を受けた二メートル弱の双頭サメが前方へと突き進み、進路上のトウモロコシを薙ぎ払った──。
「前置きが長かったワリに、野来くんのアレと大した変わらなくない?」
「やめろよ。俺はあんなのくらいたくない」
「そ、そうだね」
ご当人に聞こえない程度の小さな声で草間と俺は言葉を交わす。
「道は拓いたわ。八津くん!」
「あっ、はい。みんな、突撃だ!」
やり遂げた風のドヤモチャ笑顔で綿原さんが威勢よく進撃を求めてきたので、俺は素直に乗っかることにした。
彼女のサメアタックで前方の扉までの道は出来上がっている。
ただしトウモロコシは一体たりとも機能を停止していない。血の質量で押しのけられて、砂によってあちこちに切り傷を作っているだけだ。
要は草間の言ったように、野来の『風盾衝撃』と結果自体はあんまり変わらないんだよな。
でもまあ、これでいいんだと思う。落っこちかけていたクラスメイトたちの心を湧かせ、何より俺のテンションが爆上がりだ。
「藤永、綿原さんに【魔力譲渡】してやってくれ」
「了解っす」
起き上がりつつあるトウモロコシを無視し、俺たちは隣の部屋に飛び込んだ。
◇◇◇
「戦闘音! すぐそこよ!」
「間に合ったってことか……」
前線を張りつつ進撃の穂先となっていた中宮さんの叫び声を聞いた古韮が、どこかほっとしたように顔をほころばせた。
「ここの魔獣、最初は反対側向いてたよね」
ロリっ娘な奉谷さんは副官も長いので、ちゃんと冷静な観察眼を持っている。俺たちがこの部屋に突入した時の魔獣の動きをしっかり見極めていたようだ。
「あっちの部屋を目指していたんだろうな」
「マクターナさんたちがいるはずの場所って次の部屋を曲がって右、だったよね?」
「だな……。押し返しているのか?」
バックアタックを受けることになり、最初から不利な状況だったトウモロコシが仲間たちに蹴散らされていくのを見ながら、俺と奉谷さんは地図を片手にお互い首を傾げる。
マクターナさんたちが退避すると予想した広間の片方は、この先を右に曲がったドン詰まりだ。
中宮さんが言っていることが本当ならば、二部屋も押し返しているってことになるのだが……。
「いいさ。朗報には変わりない」
「だねっ!」
奉谷さんはここまでの苦難を忘れたかのように笑う。
俺たちは間に合ったんだ。そして、マクターナさんやサメッグ組長たちはすぐそこで戦っている。
◇◇◇
「うおっ!?」
広間に突入した直後にこちらに向かって跳んできたトウモロコシを見た佩丘が、驚きの声を上げる。
もっと正確に表現すれば、跳躍中のトウモロコシに矢が刺さって床に落ちるところまで、か。
そこには確かにトウモロコシやジャガイモと戦う冒険者たちがいた。だけどあの人たちは──。
「やあ、無事で何よりだ」
俺たちの姿を見て飄々と声を掛けてきたのは『白組』の弓士、サーヴィさん。
弓を構えた姿の通り、今まさにトウモロコシを射抜いた張本人だ。
「遅かったわね」
「俺たちの勝ちだったな」
陽炎を伴った剣を振るうピュラータさんがイタズラっぽく笑い、盾を魔獣にぶつけているミーイン隊長はどこか誇らしげだ。
この人たち、『白組』がここで戦っているということは……、そういう意味か。
「マクターナさんたちはっ!?」
「安心しろ。全員無事だ」
まだまだ戦闘中だというのに、ダッシュで詰め寄る綿原さんの勢いに気圧されつつも、ミーイン隊長は苦笑しながら答えてくれた。
「ここは俺たちで始末しておく。そっちからは、まだ来るのか?」
「しばらくは問題ないと思います」
「そうか。お前らは先に行け。テルトが待っているぞ」
俺と軽く情報をやり取りしたミーイン隊長は右の扉を指差す。マクターナさんたちがそこにいるんだ。全員が無事で。
「ありがとうございます!」
一斉に声を張り上げた一年一組は残された力を振り絞り、最後のダッシュを掛ける。
「コレって、試合に負けて勝負で勝ったっていうのかな」
「どっちでもいいよ、春姉」
前を走る酒季姉弟の会話が聞こえてくるけれど、夏樹の言うように、今は遭難者たちの無事を素直に祝えばいいと思うぞ。
◇◇◇
「みなさん……」
俺たちの姿を捉えたマクターナさんが、震え声と共にゆっくりと歩み寄ってくる。
魔獣の血で汚れ、あちこちが傷付いた革鎧を見れば、この人もまた死闘を繰り広げていたことは想像に易い。
でも無事だ。見たところ怪我をしている様子もないし、これで一安心だな。
俺が避難所として想定していた広間には、たくさんの冒険者たちがいた。
分断されていた『第一』と『サメッグ組』、『雷鳴組』だけでなく、救出に向かったグラハス副組合長率いる『第二』や『赤組』の人たちも。『ときめき組』の姿が見当たらないが、主力ルートの要所を守っているってことだろう。
そんな冒険者たちは、様々な表情で俺たちを見ていた。笑う人もいれば、呆れている人もいる。
中には憐れむような表情をした人もいるのだけど、その中にグラハス副組合長とサメッグ組長が含まれているのが……。
何となく言いたいことが想像できるのだ。
だって、マクターナさんの表情がさあ。
「みなさん……」
こちらに近づきつつ同じ単語を繰り返すマクターナさんだけど、そこにいつもの朗らかさは存在していない。かといって悲しげでもなければ、あの威圧を感じることもないのだけど──。
こんな表情をするマクターナさんなんて、初めてだ。
そう、この人は明確に怒っていらっしゃる。
「ここは八津だな」
「そうね。八津くんの出番」
おいやめろ、委員長、中宮さん。何で俺を前に押し出す。クラスの代表者は君たちだろう?
なんで先生は他所を向いていて、綿原さんは手のひらに乗せたサメで遊んでいるんだ?
「八津くんが考えた作戦なんです!」
親友のはずな夏樹が、元気な声で堂々と俺を売った。
さっきまで疲労困憊だったのに、何故今になってそんなにハキハキしていやがるんだ、コイツ。
「はい。提案をしたのはヤヅさんだと聞いています」
「ひっ!?」
座った目をしているマクターナさんの言葉に、俺の喉から変な音が出た。
誰だよそんなコトまで暴露したのは。確かに『一年一組』は単独行動をしてここまで来たけど、俺の名前まで出さなくてもいいだろうに。
「ですが、それを承認したのは……」
「うおっ!?」
そこまで言ってからマクターナさんは、こちらの様子を窺うグラハス副組合長にギンっと音がするような圧を放つ。怖いよ、怖いって。
アレって普通に十五階位とか十六階位の猛者にも刺さるんだよな。ほんと、どういう仕組みなんだろう。
「ヤヅさん」
ビビっているグラハス副組合長を見ていた俺に、マクターナさんが声を掛けてくる。
「みなさんもです。そんな姿になってまで……」
言葉を途切れさせたマクターナさんは一年一組の面々を見渡してから、怒りを抑えて無理やりっぽい歪んだ笑顔を浮かべた。
確かに俺たちはボロボロだ。いくつも装備を失い、革鎧も傷だらけで血塗れ。
怪我人こそいないものの、以前救助した『赤組』を思い出すような恰好だよな。あの時はマクターナさんも一緒だったっけ。
「本当に……、本当にみなさんはっ」
いつもとは全然違う笑顔で繕うマクターナさんの頬に、涙がつたう。
ああ、この人たちが全員無事なのは喜ばしいけれど、俺たちが先着していれば最高だったのになあ。
十五階位ビンタとかが飛んできたらどうしよう。
「もうっ!」
「うわっ!?」
繰り出されたのはマクターナパンチではなく、抱擁だった。
「無茶をしないで……。あまりわたしを心配させないで、ください」
俺の頬に頭を押し付けたマクターナさんが、喘ぐように言葉を紡ぐ。
マクターナさんは見た目三十歳くらいのお姉さんだ。母親というのは近いし、姉としては遠い。そんな人にこんなことを言わせてしまうなんて申し訳ないという気持ちと同時に、気恥ずかしさも胸によぎる。
ついでに、背後からの視線がどうなっているのかも……。
こういうシチュって、姉キラーな海藤の役どころのはずだろう?
けれども真っ先に介入してきそうな中宮さんや綿原さんは登場しない。どういうことだ?
「俺たちもできる限りで『手を伸ばした』んです。遅れちゃいましたけど」
「困った冒険者の担当になってしまいましたね」
なんとかいい感じのセリフを引っ張り出した俺の耳元で、マクターナさんがそう呟いた。
それがくすぐったくて顔をよじれば、涙を滲ませた茶色い瞳が視界に入る。もちろん至近距離で。
「そろそろ終わりにしてください」
「マクターナさん、そこまでです」
そんなセリフと共に俺の首筋に木刀が触れ、周囲を赤紫のサメが泳ぐ。
どうやらお二人はマクターナさんの想いを尊重し、ここまで見過ごしてくれていたようだ。
だがどうしてターゲットが俺になるのだろう。サメには慣れたからまだしも、【鋭刃】を取ったばかりの木刀はガチで怖いのだけど。
「済みませんでした、ワタハラさん。思わず……」
ゆっくりと俺の首から腕を離したマクターナさんは涙をぬぐい、今度こそ本来の笑顔になる。よし、クラスの風紀は守られたな。
「……いいです。わたしもマクターナさんたちが無事で、本当に嬉しいですから」
解放された俺が振り返ると、頬をちょっと赤くした綿原さんが恥ずかし気にモチャっと笑っていた。
ニヤついているクラスの連中とは、あとで話し合う必要がありそうだな。
「それよりも、ウチの担当を辞めたりはしないでくださいね。いなくなったりも」
「ええ、もちろんです。改めて、みなさんありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします」
綿原さんが冗談とも本音ともつかない言質を取りにいき、マクターナさんは即答する。
ナイスな確認だな。出自やら言動に問題があって、ついでにトラブル体質の俺たちは、マクターナさんに見放されると困ってしまうのだ。
ペルメッダにいる限りはお世話になるつもりなので、こちらこそよろしくお願いしたい。
締まらない結末ではあったものの、俺たちとマクターナさんは数時間ぶりに再会したのだ。
次回の投稿も三日後(2025/11/11)となります。遅くなってしまい、申し訳ございません。




