第579話 想いを抱いて駆け抜けろ
「ほれほれ、気張ってきなよ!」
「ときめきを忘れるな」
「男女が半々な連中だ。そりゃあ、ときめきもするさ」
『覇声』のスチェアリィさんと、『ときめき組』の冒険者たちが俺たちに声援を贈ってくれる。一部微妙な声が混じっているのは聞き流そう。
マクターナさんたちを救助するために魔獣の群れへと突っ込んで二部屋目。そこでは『ときめき組』が大暴れをしていた。
一流中の一流だけあって、今日一日だけでトウモロコシにも慣れたのだろう。お得意の奇麗な戦列からは、危な気などを感じない。
この部屋の始末を終えれば取って返す『ときめき組』が、主力部隊でも大活躍するのが目に浮かぶ。
「まっかせて! ナツ、ときめいてる?」
「意味わかんないよ、春姉」
通じ合っていない酒季姉弟のやり取りを聞き流しつつ、俺たちはその場を『ときめき組』に任せ、三部屋目に突入する。
「ワタシもときめいてマス!」
そうか。ミアはときめいているのか。ゲシュタルトがどうのこうのだな。
『お前たちの力はよく知っているつもりだ。信じているぞ!』
『あんたらなら大丈夫だ』
『ぶちかませ!』
一部屋目の『赤組』はこんな感じだったのになあ。似たような主旨であるのはわかるのだけど、言葉の違いはなんだんだろう。
さっきグラハス副組合長に切った啖呵がバカみたいに思えてくるやり取りだ。これもまた大人たちが子供に向ける心配りなんだろうなあ。
「楽しい人たちだよな」
「だよね。ティアさんとメーラさん、大丈夫かな」
「あの部屋はもう安全地帯だよ」
マラソン大会みたいなペースで走りながら、副官の奉谷さんと軽く言葉を交わす。
さっきまで俺たちがいた部屋には魔力を回復させて、援軍から装備を受け取った『テッツ組』と『水滴組』、そしてティアさんとメーラさんが残っている。
群れの本命にはグラハス副組合長率いる『第二』や『白組』たち主力が突撃しているし、俺たちが急ぐルートは『赤組』と『ときめき組』が二部屋ぶんの魔獣を殲滅してくれたので、二人の安全はほぼ確保された。
だから大丈夫。助けるべき存在と、待ってくれている人たちがいるからこそ、俺たちは奮起できるのだ。
◇◇◇
『唸れっ、ゴー! 走れっ、やー! 勝、利、を、求、めて! 今っ! 今っ!』
「あぁぁい!」
「しゅーえぁ!」
クラスのアニソン歌姫、白石さんによる勇ましい歌声と、空手家教師の滝沢先生とサムライ女子な中宮さんの発する奇声が交錯する。
ワリと普段通りの光景ではあるが、今回に限って白石さんは【奮戦歌唱】を使っていない。もちろん【大声】や【音術】もだ。
理由は単純。白石さんには、ロリっ娘バッファーな奉谷さん専属の魔力タンクに徹してもらうからだ。よって、彼女が歌っているのは単なる景気上げでしかない。
それでも俺みたいなオタはアガるんだけどな。オタ仲間で白石さんの非公式婚約者たる野来も、元気に『風盾衝撃』を繰り出している。
何故白石さんにそんな役目を担ってもらっているかといえば、御使いバッファー奉谷さんが【身体強化】を持たない後衛職に【身体補強】を掛けまくっているからだ。
具体的には俺と白石さん、栗毛の深山さん、聖女な上杉さん、そして弟系の夏樹。もちろん奉谷さん自身もだな。俗に言う『柔らかグループ』である。
遭難事件を知らされてからこちら、ここまで奉谷さんにずっと魔術を我慢してもらっていたのは、こういう展開を想定していたからだ。今の奉谷さんは純バッファーとしてだけ活躍中で、ヒーラーと魔力タンクは店じまいしている。今はとにかく全体の速度を重視だ。
奉谷さんにはマクターナさんたちを見つけるまで、何とか頑張ってもらいたい。頼んだぞ。
「体が軽くて助かるよ」
「切れたらいつでも言ってね!」
俺の感謝の言葉に、元気な声が返ってくる。
考えてもみれば、俺ってクラスの女子全員と普通に会話をしているんだよな。ハーレム主人公っていうワケじゃなく。
ウチのクラスは軽い仲良しグループこそあるけれど、全員が会話の導線を持っている。その数を求めなさい、なんていう数学の問題が頭に浮かぶが、これ以上は止めておこう。
もちろん共同生活を送っているお陰で、男子連中とも会話が無いってことはない。むしろ弾むくらいだ。
オタな野来や古韮はもちろん、メガネ忍者な草間とはロボット談義をすることもあるし、夏樹とはゲームを話題にすることも多い。
ピッチャーの海藤からは野球と酪農家について教えてもらっているし、無口なミリオタの馬那からは迷宮で役立ちそうな軍事知識だって習っている。ついでに筋トレ関連も。
ヤンキーの佩丘や皮肉屋の田村とだって、食事についてや医学関連で結構会話があるくらいだ。なんなら共に医療業界を目指している二人の将来設計までも。
藍城委員長とは迷宮委員としての事務的な話だけじゃなく、SFというか科学的にこの世界の落としどころを語ることもあるんだけど、お互いに頭を抱える結果になるのが大抵だ。それはそれで楽しいのだけどな。
公言こそしていないが、普通に深山さんと付き合っているチャラ男な藤永には、こっそり恋愛指南を受けることもある。
お勧めの映画とか共通の話題とか。普段は下っ端感満載の藤永だけど、この時ばかりは尊敬する俺の師匠なのだ。しかも口も堅いときているから、最早完璧である。
『綿原っちはサメ映画で十分っすよ。あ、観たことのないヤツだったら大喜び間違いなしっす』
なんてコトを言われた時は、なんか藤永が綿原さんを理解していることにモヤっとしたけど、俺も完全に同意だからどうしようもない。
綿原さんは深山さんと仲が良くてワリと会話が多いので、その線から藤永に情報が流れているらしい。
中学時代の俺に、女子も含めたクラスの全員と普通に会話をするようになるぞって教えたら、絶対に信じないだろうなあ。
「どらあぁぁ!」
などとバカなコトを脳内で巡らせているのに対し、周囲では絶賛戦闘が行われている。俺が一番に会話をしたいと思う彼女はサメを縦横無尽に泳がせながら、メイスを振り回して奮闘中だ。対トウモロコシではすっかりアタッカーだな。
もちろん俺だって、妙な思考はしていたとしても、役目を果たすために周囲の観察を怠ってはいない。
大丈夫。このメンバーなら、一緒に戦い、バカ話で盛り上がるアイツらとなら、絶対にマクターナさんの下へとたどり着けるはずだ。
◇◇◇
「再確認するぞ。痛覚毒は戦闘がひと息つくまでまで放置だ。不公平だから例外は無し」
「ただしヒーラーは除く、だろ? ひでぇよなあ」
俺の言葉に、今まさに痛覚毒を上杉さんに解毒してもらったばかりの古韮が、珍しく本音っぽいグチをこぼす。
ヒーラーは【痛覚軽減】に魔力を使い続けるのはコスト的にムダなのだから、即時に自分で【解毒】を使うのが正解だ。古韮だってわかっているけど、言いたくもなるのだろう。
痛覚毒は【痛覚軽減】を貫いてくるからなあ。
一年一組が単独で魔獣の群れに突入してからここまで六部屋。最初の二部屋は『赤組』と『ときめき組』が担当してくれたが、想定していたとはいえ、かなり大量の魔獣と戦うハメになってしまった。
この広間にいた魔獣の数が少なかったからなんとか殲滅し、今は治療の時間だけの軽い休憩中だ。ゆっくりしていたら、俺たちが通ってきた部屋から敵が追いかけてくる。
ここまで抜けてくるために敷いた陣形は『ヴァルキュリアランス改』。アタッカーを正面に置き、槍のごとくただ貫き進むことだけの進軍だ。何故『改』なのかといえば一部の位置取りが修正されているから。目立つところでは綿原さんがトウモロコシ限定のアタッカー扱いってところか。
そんなアタッカー重視の陣形だが、ここの魔獣はさておき、道中でトドメまで持っていけたのは二割に届いていない。とにかくメイスと盾、一部の得意武器を持つメンバーはそれを使って、ひたすら魔獣を押しのけてきただけだ。
このために騎士組は【鉄拳】を取って、故障率を低くしたのだ。新規取得連中は思い切りメイスを振り回し、力強く盾で受けて活躍してくれた。
全員が賛同してくれた俺の作戦だけど、こうして各自ができることをやってくれているからこそ、なんとか問題なく来れている。
「レベリングが目的じゃなくなったけど、なんかもったいないよね」
「ふざけたことを言ってんじゃねえ」
「ごめんね。まだまだ頑張るからさ」
「ちっ」
不謹慎なコトを口にして佩丘に怒られている野来だけど、ここまでのMVPはもしかしたら、なんだよな。
今回の群れはほぼ八割方がトウモロコシで、吹き飛ばすだけなら慣れてしまえばそう難しくはない。【身体強化】持ちなら綿原さんを筆頭に後衛職ですらなんとかなっているし、【鋭刃】を取った中宮さんなどは一撃必殺で経験値すら稼いでいるくらいだ。
そんな中で輝いていたのが野来の『風盾衝撃』だった。敵が密集しているものだから、盾の大きさをフルに生かしてちょっとした範囲攻撃みたいな威力を発揮してくれたのだ。しかもジャンプ中のトウモロコシを弾くこともできるという万能性。活躍が目覚ましいものだから『ヴァルキュリアランス改』という名称を変更したほうがいいんじゃないかっていう冗談すら出た程だ。
本人が言うように、トドメが刺せるタイプの攻撃じゃないのだけが難点か。
だからこそ佩丘も舌打ち程度で止めて、それ以上は絡んだりしない。
「魔獣は経験値じゃなくて、単なる障害物ってか」
「動かない置物だったら最高だったのにね。それより来た!」
毒が抜けて調子が戻ったのか、古韮の口調が軽くなったのはいいとして、後方で耳を澄ませていた春さんが魔獣の接近を告げる。
休憩できた時間は二分あったかどうかだ。学校の休み時間より短いのだからタチが悪い。
「行こう」
「おう!」
奉谷さんが対象者全員に【身体補強】を掛け終えたのを確認した俺は、出発を宣言する。
背後から迫る魔獣はもちろんシカトだ。
◇◇◇
「ここは五だよ」
「了解っ!」
「やっぱり全体的に増えているよね」
草間の【魔力察知】の結果を聞いて、書記も担当する奉谷さんと白石さんがメモを取っていく。
現在草間は斥候メインではなく奉谷さんと白石さん、上杉さんの護衛という役目を負ってもらっている。
どうしてかといえば、どうせどの部屋も魔獣だらけで、それでも余程のイレギュラーでもない限りは押し通るだからだ。
メガネ忍者お得意のステルスアタックも、こうも混戦となったら使い勝手が悪い。クリティカル率が低いのも相まって、ヘタをしたらその場でタコ殴りにされかねないからだ。
というわけで草間は最後衛の護衛と魔力計測係をやっている。もちろん念のために【気配察知】は続けてくれているけれど。
草間本人は自分の攻撃力の低さを嘆きつつも、ポジションを告げられた時にちょっと嬉しそうだったのを、俺は見逃していない。
奉谷さんの近くが嬉しいんだろ?
「八津くん?」
伊達に草間も忍者をやっているわけではない。視線を送ったわけでもないのに、何かを感じたらしい。やるじゃないか。
「ん、ああ。何でもない。この部屋も酷いな」
「丸太とかの大物が少ないのが救いだね」
取り繕った俺のセリフに草間が答える。ずっとクラスの斥候役を続けてきたお陰か、草間にはそういう視点があるんだよな。
三角丸太みたいな大型の魔獣は、渋滞を起こす最大の原因になりやすい。
発生こそランダムであっても、魔力部屋にゆっくりと誘引されていく最中に広間の繋がり方次第でほかの魔獣を巻き込み、それが『魔獣溜まり』を作っているという寸法だ。
今回はそれが大規模に起きているのだが、逆に言えば外縁部にはあまり登場しない。
つまり俺の推測が今のところはそこまで間違っていないという証明にもなる。群れの中央付近を通る主力部隊は大変だろうけど、あっちは力押しができる冒険者の集団だから、彼らのパワーを信じよう。
「ああぁぁぁいっ!」
先生がトウモロコシの頭部をぶん殴る。今回の強行軍では、先生もトウモロコシとの近接戦を解禁だ。
俺と草間が会話をしているあいだにも、クラスメイトたちは全員で前進を続けている。
「あ」
間抜けた声を草間が発するが、メガネ越しの目つきは鋭い。
前線をジャンプで飛び越してきたトウモロコシに対し、すぐさま盾を合わせにいく姿は立派に前衛の戦士のそれだ。
「草間。俺にやらせてくれ」
「また『観察カウンター』? 毒を──」
草間の声には調子に乗るなという意思が乗っていたが、俺は無視して一歩前に出る。トウモロコシはもう目の前だ。
「『観察メイス』!」
カニの時には思い付かなかった新たな必殺技を俺は繰り出す。よし、ヒット。
何をしたかと問われれば、両手持ちにしたメイスでおもいっきり殴った、としか言えない。ただし『観察カウンター』と同じく瞬間的に見切り系の技能をフル稼働させた上で。
新たに【鉄拳】を取ったからこそ使える技だな。本来だったら確実に手首をやられる。
だがカッコいい俺の新必殺技は未完成でもあった。初めて使ったのだから、こうもなるか。
進撃ルートから外れてくれと思って振り抜いたメイスだったのに、よりにもよってトウモロコシは前衛のど真ん中の方に飛んでいく。
「よっと」
前衛に警告をしようとした瞬間、空中のトウモロコシに短槍が突き刺さり、そのまま貫通した。頭部を半分くらい持っていかれたトウモロコシは壁際に吹き飛ばされる。
「センターフライってとこか。八津さ、それ『観察ホームラン』って名前にしないか?」
俺の失敗をフォローしてくれたのは、修羅場であっても気軽い話題を振ってくる野球少年の海藤だった。
すでにこちらには背を向け、隊列の左前から迫るトウモロコシに盾をぶつけている。
「打ち損じだから、まだ名乗れないよ。悪い。槍を無駄遣いさせた」
「なぁに、槍を使い尽くしたら盾役に徹するさ」
とてもではないが、投げた槍を回収できるような状況ではない。謝る俺に、海藤は努めて明るく返してくる。
こういうヤツなんだ。海藤は。
「おらぁ八津。開けたぞ。とっとと来いやぁ!」
「すぐ行く!」
心の中で海藤に頭を下げた俺を佩丘が呼びつける。
騎士とアタッカーたちが魔獣を撥ね退けた先には、確かにつぎの部屋への扉が見えた。今度こそ本来の意味で俺の出番だ。海藤の心意気のためにも『観察ホームラン』の失敗を挽回しないとな。
「来い!」
「おう!」
全力疾走で前線に駆けつけた俺に対し、扉のすぐ向こうで佩丘は片膝を突いて頭の上に大盾を構えた。
足を緩めることなくジャンプをして、佩丘の盾を踏み台にさらに大跳躍する。目指すは真上。
ミアとは違い、空中でポーズを取る余裕なんて無いが、ともあれ上空五メートルからの視界は良好だ。
「モロコシ十二、牛三! 罠は無し!」
落下しながら叫ぶ俺は、佩丘の盾に着地する。
「とっとと戻れ」
盾を斜めにしながら俺を後衛側に軽く投げ飛ばす佩丘は、すでにこっちを見ていない。
普段は草間がやってくれている魔獣チェックだけど、この行為の本命はトラップの確認だ。
魔獣がうじゃうじゃしているせいで、【観察】と【魔力観察】を併用しないと迷宮罠の有無が判定しにくいんだよな。ウチのクラスは【視覚強化】持ちが多いから、本来ならばここまで手間を掛ける必要はないのだけど、二重遭難なんてもっての外だ。よって、魔獣がいる部屋に対しては一手間加えることにしたのだ。三秒で済む話だからな。
「お疲れ様。あまり無理はしないでね」
「そっちこそ、気を付けて」
不格好な着地をしつつ後衛陣に駆け寄る俺の横を、サメを浮かべた綿原さんが反対側に通り抜けていく。
その横顔にはモチャっとしつつも、獰猛な笑みがあった。
こうして俺たちは迷宮を駆け抜ける。
◇◇◇
「なんとか一息だね」
「魔力は?」
「余裕があるとは言わないけど、僕は大丈夫。この感じの戦闘が続くなら一時間か二時間はなんとかなるよ」
「そっか」
床に座り込む委員長の発言が強がりであるかどうかはわからない。
それでも俺たちはこういうシーンでムキになったりせず、正直を旨としている。でなければどこかで仲間に迷惑を掛ける可能性があるからだ。ブスくれ田村や口の悪い佩丘ですら、妙な意地を張ることはない。
問題なのは数値化できるものでもないので、魔力の残量については本人の感覚頼りという点だ。ステータスオープンできない世界観が恨めしくなる。
四部屋にも及ぶ連続戦闘で、前衛職を中心に八人が毒をもらって【痛覚軽減】を使い続けるハメになり、魔力不足が本気で心配になってきているのが一年一組のおかれた現状だ。
それ以外の技能も使いまくりだしなあ。
俺たちがここまで魔力量を気にする事態なんて、いつぶりだろう。
俺たちが今いるこの部屋は、予定したルートからは少し外れている。終わりの無い魔獣の圧とこちらの消耗に耐えかねて、俺の判断で迂回を決めた。到着予定が遅れることになるが、ちゃんとした休憩を入れないと危険だからと。
「深山さん。助かったよ」
「や、役に立って良かった」
ぎこちなく微笑む深山さんは本当に頑張ってくれた。
トウモロコシからの逃走手段として彼女の『氷床』がとにかく有用だったので、連発してもらうハメになったんだ。
お陰で深山さんは今、トレードマークとなってしまった【冷徹】を使っていない。この世界に呼ばれた当初のように、どこかオドオドとした感じになっている。
最早深山さんを魔力タンクとしてカウントすることは難しい。
かといって白石さんは【身体補強】を使いまくっている奉谷さんの専属だし、藤永は【雷術】と前衛用魔力タンクだから後衛には戻せない。
厳しいなあ。
「体力の方は?」
「少し……、休めば」
もうひとつの懸念は、各人の肉体的な疲労だ。
深山さんが少し口ごもったように、これは完全に強がりだろう。
如何に全員が高い階位を持ち【体力向上】を使えるからといって、百日前まで普通の高校生だった俺たちがこんな次元の死闘を繰り広げて疲れないはずもない。
元々の体力が無い深山さんや白石さん辺りは、目に見えて疲労が蓄積している。途中から歌えなくなっていたもんな、白石さん。
【身体補強】が効果大の奉谷さんがある程度元気なのは助かる。
「ミアには……、聞くまでもないわね」
「凪だってまだまだ平気そうデス」
「わたしはほら、陸上部だったから」
「凪は黙々と走る方だったもんね。ハルも全然やれるよ」
「体力バカトリオデス!」
「ハルはバカじゃないよ!」
対して綿原さんとミア、そして春さんは体力面では元気いっぱいだ。屈強な体つきをしている馬那や佩丘までが疲れた表情なのに、温度差が酷すぎる。
「適度な運動はお肌にいいってねぇ~」
「朝顔ちゃんは、こんな時でもなのね」
「心に余裕を持たないと続かないっしょ」
「それはそうだけど」
返り血にまみれた疋さんが美容について語れば、木刀から血を滴らせた中宮さんは呆れた様子だ。こちらの二人もまた、疲れを表に出していない。
疋さんはアウトドア系ではないはずなのに、こんなにも余裕があることには理由がある。単純に立ち回りの上手さだ。
ムチという武器の特性を生かして魔獣との距離を取りつつ、時には味方の騎士を利用してまでダメージを回避していたのを俺は知っている。
絵面だけなら卑怯という見方もできるが、疋さんは自分の性能を理解し、クラス全体のために最大限のパフォーマンスを維持してくれているのだ。
騎士は受けるのが仕事で、ムチ使いが適切にシバく。仮に文字にしたとすればかなりヤバい表現だけど、実際それが正解なのだ。
「先生……」
思い思いに散らばるクラスメイトの様子を窺いつつ、最後に俺は壁に背を預けて座り込んでいる先生に声を掛けた。
「問題ありません。魔力は温存できていますし、少し休めば体力も」
仲間の中でトップクラスの体力と精神を誇る先生がこうしている姿を見るのは、やはり辛い。
さっきまで先生は鬼と化していた。
誰よりも力強く、そして的確に魔獣を無力化していくそのさまは、まさに理性を持つバケモノみたいで……。
以前より上がった先生の階位と四層の魔獣の強さが相まって、凄惨さが極まっていたんだ。
まさか素手で牛の角を叩き折るなんて、あの時はクラスメイトたちが一瞬歩みを止めかけたくらいだった。
こうして休んでいる時も先生の瞳にはギラギラとした何かがある。魔力消費に配慮して【冷徹】と【平静】を使っていないからこそ、心の内が前面に出ているのだ。
ゆっくりと体を休める先生が、まるで野生の猛獣がつぎの獲物を待ち構えているかのように見えてしまうのは、果たして俺の気のせいだろうか。
総じて、ウチのクラスには斯くもヴァルキリーが多すぎる。
◇◇◇
「絶対無事だし、必ず助けるわ」
綿原さんの言葉には信念が込められていた。
先生の下から離れた俺が、これまたミアたちとの会話を終えて床に座る綿原さんの様子を見に来たら、いきなりの断言だ。
魔力の消費を抑えるために、綿原さんが肩に乗せている赤紫のサメは、頭がひとつでかなり小さい。
原材料となる魔獣の血が彼女の周囲に散らばっているのがスプラッタだよなあ。再出発する時には回収するってことだろうけど。
背筋に妙なゾクゾク感を覚えながら、俺は彼女の隣に座る。というか、そこに座れと言わんばかりに、血が移動したからだ。
「マクターナさんもサメッグ組長も……、わたしたちと知り合ったのが運の尽きよ」
「関わったもんなあ」
「しかもいい人たちばかりだもの。助けないわけにはいかないじゃない」
その表現では俺たちが疫病神みたいだが、言いたいことには同感だよ。
アウローニヤだけではなくペルメッダでも、俺たちは良い出会いに恵まれた。心からそう思える。
『サメッグ組』の組長にしてマクターナさんと同じく『七剣』、『担い手』のマトアグル・サメッグさんとの関係は、『ジャーク組』に所属するアウローニヤにルーツを持つ冒険者と『一年一組』がトラブルを起こしたことが発端だ。
別の組の案件なのに、それでもサメッグ組長は話し合いに参加した。
生きていくことすら困難となり、ペルメッダに密入国したアウローニヤの流民を冒険者として受け入れ、育てているのがサメッグ組長だ。
そんなサメッグ組長を地上で待つ冒険者たちは多いだろう。
ティアさんからの暴露だから伝聞ではあるが、十年以上前にマクターナさんは迷宮恐怖症を患っていたという。迷宮でトラブルに遭い、実のお姉さんを喪ったという凄惨な体験をしたのだから無理もない。
俺だったら二度と迷宮に近づくこともしないかもしれないくらい、重たい内容だ。
それでもマクターナさんは立ち上がった。階位を上げて、腕を磨き、冒険者たちを救い続け、ついには『ペルマ七剣』の一人、『手を伸ばす』とまで呼ばれているのだ。
そんなマクターナさんが迷宮異変で再び遭難し、助けを待つ立場となっている。
二人だけじゃない。組合最強部隊の『第一』、作戦に参加している『サメッグ組』や『雷鳴組』の精鋭たちだって、家族や友人がいるんだ。
迷宮に食わせていい人なんて、一人だっていやしない。
「そろそろ出発しようか。マクターナさんたちが待っている」
「ええ。行きましょう」
ほんの一分、お互い黙ったままでいた俺と綿原さんは、同時に立ち上がる。
道のりは半分を超えた。ここからはもうノンストップで、あの人たちを迎えに行こう。
所要につき申し訳ありませんが、次回の投稿は三日後(2025/11/08)を予定しています。




