第578話 打てる手を全て
「来いっ!」
二歩も踏み出せば、そこはほぼカニの攻撃が届く領域スレスレだ。
【観察】【視覚強化】【反応向上】【一点集中】【平静】を全開にしつつ、【目測】で位置取りを調整する。
迫りくる二体の【十脚三眼蟹】の特徴は回転する巨大な二つのハサミだ。切るというよりも、鈍器がブンブンと振り回されているようで、恐怖を誘う。だが、ビビる必要なんてない。
俺はカニと戦うみんなを見てきたし、クラスメイトのカニ芸だって知っている。
ロリっ娘な奉谷さんのはお遊戯チックだったが、陸上女子の春さんやエセエルフのミアのカニは、打撃力と速度がワリとガチなんだ。
要は間合いとタイミング、そして飛び込む度胸だ。最前線で後衛職の綿原さんがサメと共に戦う姿が視界の端に映る。
こちらをチラ見しモチャっと笑ってくれたあの娘に背中を押され、自然と俺の足が前に出た。
「らあぁ!」
横回転するカニのハサミに対し、手を突き出す。いや、軌道上に置く。
俺が持つたった一つの必殺技。『観察カウンター』だ。
手のひらに重たい衝撃が伝わってくるが、そんなのは最初からわかっていた。全身をつっかえ棒にして、カニの動きを止めることが俺の精一杯だ。だけど、それで十分。
「同士討ちだ。ざまあみろ」
動きを止められたカニにもう一体がぶつかり、二体の魔獣が揃ってバランスを崩す。こうなるように位置を調整しておいたのだ。
上手くいって内心ではホッとしているが、顔には出さない。出来て当然って感じの方がカッコいいし、味方の士気にも繋がるだろう。
目ざといクラスメイトには心中を読まれているだろうけど、そういう連中は敢えて口にしないだけの──。
「カッコつけちゃってるねぇ~。八津ぅ」
いたよ。チャラ子な疋さんが、ムチを振るいながらこっちを見てニヤついている。
「さっすが八津──」
「お待たせっ! やったね、八津」
疋さんのノリに乗っかるイケメンオタな古韮のセリフを遮ってみせたのは、こちらは純粋タイプの春さんだった。ストレートな称賛が実に心地いい。
「自分で倒すなんて、俺は一言も言っていない、ってな」
いい感じな俺のセリフと共に、すぐ傍で風が吹き抜けた。
低い姿勢の春さんが速度を落とすこともなく二刀流メイスを振り回せば、二体のカニの脚がバキバキと折れていく。
「あっち行けっ!」
蹴りと【風術】を同時に使い、春さんは『テッツ組』の方にカニをぶっ飛ばした。
「やるじゃねえか、兄ちゃん姉ちゃん!」
『テッツ組』のおじさんたちが歓声を上げながら、手際よくカニにトドメを刺していく。
疲弊を隠せていない『テッツ組』だけど、どこかに少しでも明るい材料があれば、気分だけでもアガるというものだ。それが粘りに繋がれば何より。
「へっへー、ハルもやるもんでしょ」
「助かった。ところで経験値」
「あれ?」
自慢げに薄い胸を張るボーイッシュな陸上女子に、俺は軽くツッコミを入れる。
せっかく無力化したカニなのだから、クラスの誰かが美味しくいただけたんだけどなあ。
「なんか、ノリ?」
「いいよ。獲物は幾らでもいるからな。春さんは前線に戻って暴れてくれ」
「うんっ!」
首を傾げる春さんに笑い掛ければ、彼女は元気よく前線に舞い戻っていく。
まったくもって【嵐剣士】の名に相応しい忙しなさだ。その調子で元気に頑張ってくれ。
「八津くん、その……。手は大丈夫ですか?」
後衛メンバーの下に戻った俺に、聖女な上杉さんが心配そうに確認してきた。
「大丈夫。俺も【鉄拳】仲間だぞ!」
前半は上杉さんに、後半の叫びはクラスの全員に向けてのものだ。
俺の顔を覗き込んだ上杉さんが、どこか納得したかのように軽く頷く。聖女様は俺の行動を認めてくれたらしい。
「へえ、いいじゃないか」
「バカが。やらかしやがって」
「仲間が増えたね」
新たな【鉄拳】仲間の誕生を聞き、古韮やヤンキーの佩丘、文系オタな野来なんかが、はやし立ててくる。
佩丘の言うバカについては、俺もその通りだとは思っているんだ。本来の予定では十二階位になったら【身体操作】だったからなあ。またもや遠のいてしまったのが、うん、結構悔しい。
それでも今は直接的な戦力を上げたいし、誰かが負傷をすることで【聖術】の無駄遣いは避けたい場面だ。
ここから【解毒】を乱発する展開があり得るからな。
「魔獣がすり抜けてきても、俺がカッコよく『観察カウンター』で対処してやるさ。ただし一体限定で頼めるかな」
「ほざけ」
「本当にやってあげようかしら」
俺の煽りにクラスメイトたちが乗っかる。
「若いって、いいなあ」
「アイツ、確か後衛の『地図屋』だろ?」
「なんで魔獣を殴っているんだか」
『テッツ組』の方も賑やかになってきた。うん、いいノリだぞ。
ところで俺は地図を売ってたりはしないんだけどなあ。
「広志にばかり、活躍はさせまセン!」
「おらおら、八津に言われてるぞ!」
「コウシごときがおこがましいですわねっ!」
ミアや海藤、さらにはティアさんまでもが吼える。
みんな俺よりずっと活躍しているのはさておき。
みんなの心の中ではマクターナさんやサメッグ組長たちへの心配が渦巻いているだろう。もちろん俺だってそうだ。
目の前の戦いは、あの人たちを救うための前哨戦でしかない。だからこそ無理やりでも明るく前向きでなければ続かない。古韮や疋さんみたいに冗談めかしてもいいんだ。
一心不乱に目の前の魔獣を叩き潰しつつ、来るべきその時に向けて心と体をアゲていけ!
◇◇◇
「すまん。魔力が限界だっ!」
『一年一組』が助っ人として戦闘に参加してから約十分。ついに『テッツ組』の【聖術師】さんが音を上げた。
「【解毒】の余力は?」
「俺は三回ってとこだ」
「こっちも三」
俺の問い掛けに顔を見合わせた【聖術師】さんたちが、行使可能な【解毒】の回数を告げてくる。
この広間での戦いは今のところカニとトウモロコシばかりが相手だが、比率はおおよそ二対八。とにかくトウモロコシがウザったい。
ベテランの『テッツ組』は慣れているカニを完封しているが、大量に現れるトウモロコシの毒のお陰で【聖術師】の魔力消費がキツいのだ。
痛覚毒をもらった状態で【解毒】が使えないというのはさすがにヤバい。一気に前衛が瓦解する。
さすがは一流どころだけあって、完全に魔力を失う前に限界という判断を下したのだ。
「『テッツ組』は退いてください!」
「だがっ、お前らは!?」
「そろそろ援軍が来ます。俺たちは扉の辺りで、無理せず粘りますから!」
撤退ならば同時にと考えていたのだろう。『テッツ組』の組長さんが表情を歪める。若造を残して、という悔しさがあるのはわかるが、ウチにはまだまだ余力があるんだ。
むしろこっちが申し訳ないくらいなんだよ。
初手こそ治療のために減らず口の田村を派遣したが、それからは身内だけしか助けていない。ヒーラーが四人もいる『一年一組』は【魔力譲渡】と【魔力回復】持ちも多いし、まだまだ魔力に余裕がある。
そう、ウチから回復役を『テッツ組』に回すことだってできたのに、ここから先を見て温存しているんだ。
「白石さん、『水滴組』にも撤退指示。あっちも一部屋戻れば合流できるから」
「うん。『『水滴組』の皆さんっ、『テッツ組』が一部屋撤退します! そっちも退いてください!』」
俺の指示を受け、白石さんが【大声】を使って叫ぶ。
「あっちは了解だって!」
【聴覚強化】で『水滴組』の声を拾った春さんが、すぐに教えてくれた。
俺には全く聞こえなかったけど、指揮官役として【聴覚強化】も取った方がいいんだろうなあ。取得したい技能が順番待ちをしている状態だ。
「『テッツ組』が撤退を終えるまで防御重視だ。不用意に毒なんてもらうなよ!」
あちらから明確な許可も取らず、決定事項だとばかりに俺は叫ぶ。
『テッツ組』としても、最早限界だってことは悟っているんだ。ここに至っては言い合っている時間が惜しい。
「そっちが先に戦っていたじゃないですか。交代するだけです」
「マクターナさんは俺たちの専属担当だから。ここまで本当にありがとうございました!」
「わたしたちはまだ階位を上げることができるから、大歓迎ですよ」
「立派な戦いっぷりでしたわよ!」
無念そうに後退していく『テッツ組』の人たちに、仲間たちが声を掛けていく。
「すまんっ!」
「『オース組』が頑張ってくれたのになあ」
「あいつらに合わせる顔がねえよ」
そう、序盤に戦っていた『オース組』の人たちも含め、彼らは成し遂げたんだ。どこにも恥ずかしいことなんてない。
もしも陰口を叩くような冒険者がいたら、俺たちが怒鳴りつけてやるさ。
◇◇◇
「みんなには伝えておくけど、増援が来たらこの広間から押し返すのが理想なんだ」
扉の向こう側に『テッツ組』が消えたのを確認してから、身内だけに聞こえるくらいの声で皆に告げる。
「どういうこと?」
「ほぼ間違いなく群れの中心はあっち側の扉の向こう、四部屋目辺りだ」
可愛く首を傾げる奉谷さんに癒されつつ、俺はさっきまで『テッツ組』が守っていた扉を指差す。
さらに向こうで戦っていた『水滴組』はさぞや大変だっただろう。よくぞ持ちこたえてくれた。
「僕たちが担当してた扉じゃないんだ」
「群れの規模がわからないけど、こっちは遠回りしてきた魔獣だ。新しく魔力部屋ができてましたとかなら、お手上げだけどな」
これまた首をコテンとさせた夏樹……、こいつは男だ。萌えてはいけない。
そんな雑念はさておき、この部屋は広さも十分だし、これから『一年一組』が目論んでいる作戦の起点にマッチする。付け加えると、この部屋を引き払うとすれば、大人数で魔獣と戦うことのできる場所はさらに三部屋も後退する形になってしまう。
それだけ深く魔獣を引き付けられるという考え方もできるけど、一刻でも早く遭難者にたどり着きたいならば、採れない選択だ。
「そんなことを教えたら『テッツ組』が頑張っちゃうからだね」
「そういうこと。誰かを助けるのに、犠牲を出したら意味が無い」
「そうだよね。僕もそう思うよ」
夏樹と俺の会話自体はのほほんとした内容だが、今も目の前では仲間たちが魔獣と戦っている。
もちろん俺はそれを観察し続けているし、夏樹だって石を飛ばしまくりだ。
ジリジリと後退しつつも、背後の扉だけはなんとか死守したい。守備の半分を撤退させた上に俺たちも後ずさっているせいで、広間は魔獣で溢れている。
具体的にはトウモロコシが四十八体で、カニが十一体。追加で左側の扉からジャガイモが四、いや今まさに追加されて六体か。やっぱり『テッツ組』が担当していた扉の方が群れの中央に近いんだろう。
「厳しいか。それとも応援を待たずに一気に──」
「大丈夫っぽいよ」
「だねぇ~」
対処不可能な数の魔獣に思わず漏らした俺の弱音を、ニンジャな草間が遮った。さらには中距離からムチを振るっている疋さんが同意する。
【気配察知】と【聴覚強化】。それぞれを持つ二人の表情を見れば、何が起きているかは一目瞭然だ。
伝令役の『オース組』と別れてから四十分ってところか。待っていたぞ。
「道を空けろ!」
「みんなっ、右に寄れ!」
背後から大声が轟き、俺たちは慌てて扉の前から移動する。
直後、大きな足音を立てた一群が広間に駆け込んできた。
先頭にいるのは赤毛の巨人。
「お前ら、俺たちの力は必要かい?」
「もちろんです」
『ペルマ七剣』の一人で『唯の盾』。『赤組』組長のニュエット・ビスアードさんが大きな口を獰猛に開いて問うてくれば、俺から返せる答えなんかひとつしかない。
ところでふと気付いたのだけど、いつの間にか呼び方が『君たち』から『お前ら』になったんだな。
◇◇◇
「お前たち……、駆け出しがあまり無茶をしてくれるな」
『一年一組』の独断専行を責めるグラハス副組合長だけど、チラっと視線がティアさんに向かっていたのは見逃さない。
とはいえ副組合長という立場なら、元侯爵令嬢の安否ともなれば政治的な意味で気にもなるか。よって俺は見て見ぬふりだ。
ニュエット組長率いる『赤組』に続いて現れた援軍は、グラハス副組合長と『第二』、『白組』、『ときめき組』をはじめとした七つもの組だった。
余力が残されていた突入部隊と予備隊を全部投入ってことらしい。疲弊した『オース組』は、残念ながら仮拠点でお留守番。一時撤退した『テッツ組』と『水滴組』もこの広間に戻ってきていて、今は魔力の回復中だ。
そう、この部屋は十組が同時に居座ることができるくらい広い。
ミリオタの馬那から教わった単語を借りれば、攻撃発起点として相応しいのだ。
救援部隊の奮闘で広間の魔獣はあっという間に掃討された。今は各組がローテーションしながら二つの扉の前で敵の流入を防ぎ続けている状況だ。
「経験値、もったいないよね」
副組合長に聞こえない程度の声で不謹慎なこと野来が呟くが、さすがにトドメだけを回してくれとは言い出しにくい。
「まあいい。で、『一年一組』も戦力と考えていいんだな?」
当然グラハス副組合長だって現状維持で済ませるつもりはないのだろう。ここからは、マクターナさんたち遭難者を救う行動に出なければならない。
副組合長はすぐにでも魔獣の群れに飛び込み、突き進むつもりでいる。そこに『一年一組』を含めるかどうか。使えるモノは全部使うべき状況とはいえ、俺たちを戦力としてカウントしてくれているのは素直に嬉しい。
「もちろんです。ところで凄く言い出しにくいんですけど」
「まだ何かあるのか」
「提案がひとつ」
俺の発言にグラハス副組合長は盛大に眉を下げた。ワイルドな強面が台無しだよ。
「二つの班を作りませんか? 正面から正攻法で貫く班と迂回班です」
「無茶を言う」
困った顔をするグラハスさんの心中を慮ることもなく、俺は温めていた案を提示した。
当然ながらグラハス副組合長の表情がさらに歪んだ。怒りではなく戸惑いって感じで。
もちろんこの案については、この部屋に到着するまでに身内では共有されている。
口を挟まなかったティアさんの瞳が揺れていたのを思い返すと、それがちょっと苦い。
「魔獣の群れができているのはこの辺りから、ここくらいまでです。中心はほぼ間違いなくここ」
気を取り直しつつ床に置いた地図の一部、七つの部屋を指でなぞってから、最後にとある広間に戻す。
「……根拠はあるのか?」
「付近を担当していた組からの情報と、迷宮の構造、事前調査で見つかっていた魔力部屋の位置、それとアラウド迷宮での経験です」
出来る限りの虚勢を張って、俺は答える。
この辺りを担当していた『テッツ組』と『水滴組』からは、掃討した区画と魔獣の量を急いで聴き取り調査した。プラスして『オース組』からの情報もある。そこに遭難した『第一』と『サメッグ組』、『雷鳴組』が担当していた経路を組み合わせれば、魔獣の密集範囲とその中心はおおよそ特定できる。
結論からすればアラウド迷宮二層や三層の群れに比べ、ここのは遥かに小規模だ。魔獣が完全に渋滞を起こしているのは精々三部屋か四部屋で、そこから周囲五部屋くらいまでが影響範囲。
アラウド迷宮で経験した魔獣の群れが終わりの見えない波だとすれば、今回はむしろ『大きな魔獣溜まり』と表現してもいい。
もちろん、もしも道中に新しい魔力部屋があったら前提が崩れる、なんていう言葉は口にしないぞ。
「マクターナさんなら分断された冒険者たちを集めて、群れからの離脱を図るはずです。場所はここか、ここ」
トントンと指で二つの部屋を叩く。
両方ともがトウモロコシ区画の最奥で、扉はひとつ。そこそこの広さがあるので背水の陣を敷きつつ救助を待つのに相応しい。ここが限られた新区画でなければ、大きく迂回して脱出もできたのだろうけど……。
「凄いな。そこまで判断できるのか」
「『地図師』の面目躍如だねえ」
早口で説明をしていた俺のうしろから男女二人の声が飛んできた。『唯の盾』のニュエットさんと『覇声』のスチェアリィさんが作戦会議に加わるのは構わないのだけど、背後から迫るのは止めてほしい。
戦闘を担当していない冒険者たちも、こっちに聞き耳を立てているようだ。
「……遭難者たちがいる可能性の高い部屋についてはわかった。ヤヅを信じよう。ただし決断するのは作戦全般を仕切る、この俺だ」
こういうことを言ってくるから、本当に大人たちには敵わない。
俺の説明はあくまで推測の提示であって、それに乗っかり責任を被るのはグラハス副組合長。そういうことだ。
「その上でだ、戦力を二つにわける理由を聞きたい」
「副組合長は戦力を集中して、前線の組を入れ替えながら突き進むつもりですよね?」
「そうだな」
真剣な表情で問いかけてくるグラハス副組合長に、俺は努めて冷静に答えた。
本当なら今すぐにでも出発したいところだが、疲弊した組の回復と、何より相手に納得してもらう必要がある。
さっきは独断専行をしたけれど、多くの冒険者が集まり組合の準トップまでもがいる場でやらかすのは、さすがにマズい。
「本命の最短経路はこうです。できればこことここに戦力を残しておくと安全だと思います」
「お、おう」
俺は地図の上にスラスラと線を引き、ついでに二か所に丸を描く。魔獣の群れの中央付近を貫きながら、ほぼ最短距離で遭難者がいると予測した部屋までの経路だ。
当たり前みたいに描き終えた俺を見て、副組合長をはじめとする冒険者たちがちょっと引いているが、それは無視する。
マクターナさんたちを助けるためだ。芸ならいくらでも見せてやるさ。
「ここに集まった戦力なら、俺たちを『抜き』にしても、問題なくいけると思います」
「で、『一年一組』は別行動というわけか」
「はい。俺たちは、こうです」
顎で先を促してきた副組合長に、俺は筆を走らせることで答えとする。
描かれた経路は向かって右の扉から、群れの推測範囲の外縁を巡るルートだ。もちろん主力よりも踏破すべき距離はかなり長いが、魔獣の密度は薄いだろう。
つまりこちらの経路なら、俺たちの特性を生かしたごり押しが効くのだ。
「……単独か。そうする意味を聞かせてくれ」
再び困惑の表情となったグラハス副組合長が、俺の提案の意義を問うてきた。
面倒なプレゼンテーションも終盤だな。早く終わらせて行動に移りたい。
「主力に『一年一組』が加わっても速度自体は上がりません。階位を考えたら足手まといになりかねない。とくに盾役に不安があります」
「それは、そうかもしれないな」
「だから、打てる手を全部です。競争とまでは言いませんけど、どっちかが先に到達できれば、それだけ遭難した人たちの助けになる!」
今も激闘を繰り広げているかもしれないマクターナさんやサメッグ組長の姿が脳裏に浮かび、俺の声が荒くなっていく。
「だが、お前たちにできるのか?」
対してグラハスさんは冷静なままだ。これだから大人は。
「知っているでしょう? 俺たちは魔力に余裕があって、【聖術】使いも多いんです。長時間戦うのに向いている。全員が【痛覚軽減】を持っているので、唐土とは相性がいい!」
煽るような言い方になってしまうが、これ以上感情を抑え込むのが難しくなってきた。子供の逆ギレに付き合わさせているのが申し訳ない。
「お願いします。やらせてください! 自信があるんですっ!」
もうここから先で俺が示せるモノは真摯な願いだけだ。
自信があるのは本当だけど、迷宮事故に対する冒険者としての姿勢が間違っているのは自覚している。二重遭難なんて問題外なのも。
それでもこれは、打てる手なんだ。
「ここの部屋は『赤組』が潰そう。そこから戻って主力に合流する」
「ウチは隣に手を出そうかねえ。あんたらに二部屋ぶんの余裕をあげるよ」
二本の指が地図に下された。
太いニュエット組長の指は、俺たちが踏破すべき最初の部屋に置かれている。女性としては無骨だけど、スチェアリィ組長の長くてしなやかな指はさらに隣だ。
「お前たち」
「いいじゃないか。若造の意地を汲んでやるのも大人の務めだ」
「一緒に戦ってみて思うんだよ。新種相手なら、あたしたちより上手くやるって思うんだよねえ」
グラハス副組合長に鋭く睨まれたニュエット組長とスチェアリィ組長は、気圧されることもなくサラっと答える。
「これ以上は時間がもったいない。だろう?」
「……わかった。信じていいんだな? ヤヅ」
『唯の盾』たるニュエットさんから圧のある言葉を受け、大きなため息を吐いたグラハス副組合長がついに折れた。
「はいっ!」
俺のみならず、クラスメイトたちが一斉に頭を下げる。
渋々といった感じで頷くグラハス副組合長だって、伸ばす手は多い方がいいというのはわかり切っているはずだし、魔獣を分散させる意味でもこの作戦は悪くないのだ。
「『赤組』出るぞ!」
「おう!」
「あんたら、ときめいてるかいっ!?」
「ときめくぜ!」
ここからは時間との勝負だ。早速とばかりに『赤組』と『ときめき組』が隊列を作り出す。
もちろん俺たち『一年一組』もなのだけど──。
「……わたくしとメーラは、ここに残りますわ」
らしくもなく悲し気な声のティアさんに、みんなの視線が集中した。
そう、俺の持ち出した作戦の肝は『全員が【痛覚軽減】を持っている』という前提だ。ティアさんとメーラさんは含まれていない。言葉にはしないが、このケースで二人は明確に足手まといとなる。
グラハス副組合長もその点に気付いた上で、ティアさんのことには触れなかったのだろう。
最後でゴネるかと思っていた悪役令嬢は寂し気に、それでも自ら離脱を表明してくれた。
俺たちのために、専属担当のマクターナさんのために、多くの冒険者を救うために。
「ティア……」
「お行きなさい! あなた方があの守銭奴を助け出すことが……、彼女たち遭難者を連れて全員が無事に戻ることが、それこそがわたくしの勝利でもありますのよ!」
心配そうに声を掛けた中宮さんを手振りひとつで遮ってから叫んだティアさんに、ふとアウローニヤの若き女王様の姿が被る。
王となることを目指した王女と、冒険者となった侯爵令嬢。
全然違うタイプの人たちなのに、俺たちへ向ける心情は、どこか似たものを感じるんだ。
「戻ってこなかったら、わたくしとメーラの二人で探し出しますわよっ!」
「はいっ!」
脅しと励ましの言葉を胸に、俺たちもまた隊列を組み上げ始める。
次回の投稿は明後日(2025/11/05)を予定しています。




