第576話 見えてきたてっぺん
「やあ、手出し無用と言われたから待っていたんだよ」
弓を背に担いだサーヴィさんが爽やかに笑いながら俺たちを出迎えてくれた。
ウチの草間はどういう伝言をしたのやら。ではなく、サーヴィさんなりの冗談か。
ミーイン隊長率いる『白組』と『覇声』のスチェアリィ組長を旗頭とした『ときめき組』の人たちは全員揃っている。魔獣の返り血こそ浴びてはいるが、全員目立った怪我もない。
無傷で完全勝利ってワケにはいかないくらいの魔獣が転がっているから、戦闘を終えてから治療をする時間があったってことだ。俺たちが到着するまで、少なくとも数分は。
なら何故──。
「あの。そこの牛、まだトドメを刺し切ってませんよね?」
俺が指差した先には角を折られ、足が二本千切れているが、まだジタバタとうごめいている牛がいた。しかもそんなのが、三体も。
大きな広間には生きているのも合わせて牛が七体、白菜が四体、そしてお馴染みのトウモロコシが十五体以上転がっている。トウモロコシはかなり強引に倒したのか、バラバラになっているせいでカウントがしにくい状態だ。
『白組』と『ときめき組』を合わせて三十名以上の戦力だったとしても、【聖術師】さんたちを守る必要だってあっただろうから、かなりの激戦だったはず。
「ありゃあ、見落としてたねえ」
「あー、俺たちは疲れて、んー、ちょっと難しそうだ。そうだなー、悪いが『一年一組』で始末してもらえるか、なー?」
スチェアリィ組長とミーイン隊長のセリフが、あまりに白々しい件について……。
しかもミーイン隊長の方はあからさまに演技がヘタときたものだ。普段の口調と乖離しすぎなんだよなあ。
冒険者がほかの組に魔獣のラストアタックを譲るなんて、通常ではありえない。経験値の行方もあるし、何よりトドメを刺した組に素材の権利が発生するからだ。
まあ狩場制度があるので、そうそうバッティングなんて起こり得ないのだけどな。
「今日は誰が倒しても一緒でしょ?」
さっきカッコいい『陽炎の剣』を見せてくれたピュラータさんが、イタズラっぽく笑う。それはそうなんだけど。
今回の『シュウカク作戦』では狩った魔獣の素材にの扱いについて、冒険者としては異例の特殊ルールが採用されている。
回収できた素材の買取り金は、参加した全ての組に均等割りされるのだ。しかも組合側の取り分になる一割引きも無し。加えて特別貢献点がこれまた全部の組に十万ずつ与えられる。
突入した部隊と予備隊、仮拠点の警備、素材回収、荷運びの差をつけず、本当に均等なんだ。
『役割ごとに適切な配分比率を決める時間が惜しかったんじゃないかな』
昨日の説明会の帰り道で藍城委員長はそんなことを言っていたが、夢も希望もあったものじゃない。
俺としては冒険者にロマンを感じている方だから、豪放なグラハス副組合長が気風をみせて平等を謳った方に一票だけど、委員長の主張にも一理ある。というかそっちが本命だ。
『シュウカク作戦』が急遽決まって、大慌てで準備をしていたもんなあ。
要するに、今日に限ってトドメに関する冒険者の不文律は無視することができるということだ。
「いいじゃない八津くん。ここはお言葉に甘えて、わたしたちが骨を折りましょう」
「そうそう、ワタハラくらい素直な方が可愛げがあっていい」
両手を広げた綿原さんが冗談交じえつつ、この話を受けるべきだと主張する姿を見て、スチェアリィ組長がケラケラと笑う。
突入直後に見つけた瀕死の牛や丸太もそうだったけど、やはり『ときめき組』は狙ってやっている。今回は『白組』もそれに乗ったというところだろう。
「ありがとうございます。ほら、みんな」
「ありがとうございます!」
綿原さんに乗せられて、クラスメイトたちが頭を下げた。なぜかティアさんまでもが合わせたものだから、あちらの数名がビビっている。
まあ、もえらえるものはもらっておこうの精神か。
何度か痛覚毒をもらいながらも体を張ってトウモロコシを殴りまくっていた綿原さんの姿を思い出すと、反論をする気にもなれないし。
「牛が三体なら、玲子と田村くん、藤永くんでいいんじゃないかしら。ティアさんは、ごめんなさい」
「ナギの判断は真っ当ですわ。ここは後衛職に譲りますわよ」
瀕死の牛を放置して話し合うのもなんだが、後衛職の【身体強化】持ちがギリギリトドメを刺すことが可能な相手だ。すなわちアネゴな笹見さん、皮肉屋ヒーラーの田村、チャラ男の藤永、そして鮫女子の綿原さんが該当する。
綿原さんはトウモロコシとタイマンを張り、勝利した自負もあるのだろう。自分以外の三人のトドメ担当に指名し、ティアさんもそれに理解を示した格好だ。
「わかったよ。ありがたくいただくとするさ」
「おう。やるか」
「感謝するっす」
三本の神剣を融通しながら牛にトドメを刺していく若造たちを眺めるスチェアリィ組長は、実に満足そうに頷いている。
ミーイン隊長やこの場にいる冒険者全員が納得の表情なのもありがたい。
やっぱりペルマの冒険者たちは気持ちのいい人ばっかりだよな。ニューサルには目をつむるとして。
「戦闘はどうでした? かなり数が多かったみたいですけど」
「あたしたちは後追いで、先発は『白組』だったからねえ。せっかくだからあっちの隊長さんに話してもらいな」
トドメはさておき、俺は俺で情報収集だ。声を掛けた『覇声』のスチェアリィさんは、報告担当を『白組』のミーイン隊長に押し付けた。
「魔獣が追加されていった形だったからな。それほどの苦戦ではなかった。牛の方は『ときめき組』がやってくれたから──」
語り始めたミーイン隊長によれば、この部屋に居座っていた魔獣は当初白菜四体とトウモロコシが五体だったそうだ。うん、それくらいの数なら『白組』単独でも十分対応できる。
戦闘中に牛が七体乱入したというのはかなりヤバい展開だが、そっちは『ときめき組』がギリギリトレインに失敗した結果らしい。俺たちと同じようなことを『ときめき組』はやっていたというわけだ。
「広間の大きさを使ってな。あちらが牛で、こっちが白菜と唐土という分担にしたんだ」
なるほど、だから魔獣の残骸の落ちている場所が偏っていたのか。
典型的な冒険者っぽい戦い方をする『白組』と、軍隊みたいに隊列を重視する『ときめき組』が同じ場所で連携するのは難しい。ならば部屋の広さを活用する形で、というのは頷けるやり方だ。
「丸っきり協力しなかったワケじゃないよ。追加の唐土が来てからは組を入れ替えたり、魔力を考えながら【聖術師】を融通したり、とかね」
俺の心中を読んだかのようなタイミングでスチェアリィ組長が口を挟んでくる。
こちらもなるほどだな。前線にぶつける組そのものを入れ替えることで、休憩や治療をする時間を作ったのか。ひとつの組に二人ずついる【聖術師】さんを四人ワンセットで扱うというのも悪くない。
軍上がりだけあって『覇声』のスチェアリィ組長は、こういうのに向いているのかもしれないな。
「あちらから唐土が追加されていたら面倒な位置取りだった。助かったぞ」
「いえ。こっちもギリギリ追いつけただけです」
「乱入されていたら大混乱だったろうな」
『一年一組』が入ってきた扉を親指で突き刺したミーイン隊長は、俺の返事に大きく頷く。
こちらとしても助けになれていたのならば喜ばしい。数名が毒を食らった甲斐もあるというものだ。
「唐土の対応はどうです?」
「一対一なら問題ないな。若い連中は呑み込みが早くて羨ましい」
綿原さんも会話に加わると、この中でほぼ最年長のミーイン隊長が羨ましいという単語とは裏腹に、若い組員たちを見渡し優しい気な笑みを浮かべた。
ああ、ミーイン隊長はこういう人なのか。伊達に『白組』のエース部隊を任されてはいないってことだ。
この場にいる冒険者たちは下は二十代半ばから上は四十歳くらいと年齢の幅が大きい。もちろん俺たち『一年一組』は除いての話だけど。
通常の冒険者パーティは同世代で組むことが多い。『雪山組』のウルドウさんのように、先達として年長者が付き添う場合もあるが、そういうケースはあくまで限定的となる。
ところが四層の魔獣増加に対抗するためにパーティの人数を増やす組が多くなっているのがペルマの現状だ。必然的に隊を合体させたり再構成する必要があるので、年齢にバラつきが出ることになる。
加えて今回の作戦ではそれぞれの組から年に関係なくエース中のエースが投入されているので、その傾向は明らかだ。
『ペルマ七剣』にして『担い手』のサメッグ組長なんて六十くらいだもんなあ。
「基本通りに盾で受けるか、避けて反撃だ。そこはほかの魔獣と変わらん。直接剣を合わせにいくのは動きに慣れてからだな」
肩を竦めるミーイン隊長の言う通りで、トウモロコシは四層の魔獣として逸脱した存在ではない。
ここにいるのは俺たちより格上の冒険者たちばかりなのだ。動作パターンさえ掴めてしまえば、対応はそう難しくないだろう。
「問題は数と毒ってことですね」
合いの手を入れた綿原さんのセリフこそが、トウモロコシの厄介さの大部分だ。
付け加えるとするなら、現状の四層では一部屋で複数種は当たり前を想定すべきだってことくらいかな。
「【聖術師】を増やすか、育てるしかないか」
「ウチは後衛も全員が身を守る練習をしています」
顎に手を当て考え込むミーイン隊長に対し、綿原さんはちょっとドヤったコトを言う。
この手の話題は国軍を率いる侯王様とウィル様や、組合のグラハス副組合長とバスタ顧問なんかとも話したことはあるが、現場レベルではまだまだ術師の投入とかまでは踏ん切りがつかないんだろうなあ。
組そのものの規模や採算とかも関わってくるという話も聞いたことがあるし、やろうとしても即断というワケにもいかない領域だ。
組合が組織的に動いたとしても、自由が根底にある冒険者には命令を出すのも道理が邪魔をする。精々が選択肢と助言を提示するくらいだ。
それでも今日の経験で冒険者がそれぞれ考え、結果として変わらざるを得ないのは確実だろう。
「まったくもっておかしな連中だよ。さて、そろそろ動こうか」
俺たちを見渡しながらヘルメット越しに頭を掻いたミーイン隊長に合わせて、広間の皆が立ち上がった。
◇◇◇
「メーラさんは十三階位になったらどうするの? 技能取る?」
「【治癒促進】も出ていますが、現状の四層ならば【痛覚軽減】が優先なんでしょうね」
「アウローニヤで騎士の誇りがー、って聞いたけど、メーラさんはそれでいいの?」
「わたしはすでに冒険者ですし、ペルメッダの守護騎士にそういう拘りはありませんよ。単なる優先順位です」
ロリっ娘な奉谷さんと、女性としては比較的長身なメーラさんのデコボココンビが仲良く会話をしている。
トウモロコシ区画に突入してから三時間とちょっと。『一年一組』が担当することになっている探索範囲は八割方が消化された。残り二割は帰り道の途中から分岐した一帯となっているので、魔獣との戦闘込みでも一時間程度でなんとかなるだろう。
なんていう想定をできるくらいには魔獣の密度に慣れてきた。トウモロコシを除けばほかの区画よりむしろ少ないくらいなのだが、ヤツラは前後左右、時と場面に関わらず登場するのでウザったいのだ。
経路の関係で『ときめき組』と『白組』とは、もう合流の予定は無い。帰り道でバッタリとか、もしくは作戦拠点部屋で落ち合うことになるだろう。
あっちも無事だといいのだけど。
「綿原さんは【遠隔化】か【鋭刃】辺り? いや【鉄拳】もアリか」
「夢が足りないわよ、八津くん。【巨体化】とか【機械化】とかが出るかもしれないじゃない」
奉谷さんたちを見習って綿原さんに話題を振ったらコレだ。リアルを見ようよ。
サメをメカにしてどうするのか……。アリだな。
どうして俺たちがこんな会話をしているのかといえば、戦い続きだったせいもあって一部のメンバーの十三階位が現実的な領域になってきているからだ。
トウモロコシが特性の似ている白菜と同等の経験値を持っていると仮定して、なんだけどな。
「でもごめんなさい。わたしたちを優遇してくれて、八津くんや碧の十二階位が遅れるのって……」
「みんなで納得したことだし、そういう作戦なんだから仕方ないよ」
「凪ちゃんはトウモロコシと直接戦ってるから」
こちらを振り返った綿原さんが謝罪じみたことを言ってくるけど、俺と隣を歩くメガネおさげの白石さんの返事に陰りはない。
確かにこのままトウモロコシ氾濫が続くなら、俺と白石さんを含めて六人残されている十一階位組が十二階位になるよりも、綿原さんの十三階位の方が近いくらいなのは事実だ。それくらいの経験値を稼いだからな。
けれどもそれは今回の『シュウカク作戦』に限った話で、次回以降の迷宮では素材としての採算を度外視してでも芋煮会を開くことになっている。その時には十一階位のメンバーを絶対に優遇することも。
朝の打ち合わせで言及していたヒヨドリにも一度だけエンカウントしたのだけど、一体目を無力化している最中でトウモロコシの接近が草間から伝えられたのだ。おのれトウキビめ。
個人的にはカニと全然遭遇できていないのも悔しいところだ。いや、今回素材は私物化できないので、むしろいいくらいか。
「それにしてもトウモロコシを茹でるか。いい案だよな。絶対やってやる」
「それって毒スープになりそうよね」
トウモロコシへの怒りを無理やり道化に変換した俺に、綿原さんがモチャりと笑う。
とにかくここまでの道中であまりにもトウモロコシが多かったので、誰からともなく煮込んでやろうという発言が飛び出したのだ。
トウコロコシはすなわち焼くか煮る。道民どころか日本の常識だな。問題は相手がデントコーンだから味気ないってところだけど。
「……十三階位なんだな」
「十三階位なのよね。本当にもうすぐで」
「うん。見えてきてる」
周囲の会話に含まれる象徴的な数字を口にした俺に、綿原さんと白石さんも感慨深げな表情になった。気持ちは一緒なんだろう。
この世界における『十三階位』は特別な意味を持つ。
迷宮という謎の施設で可能となるレベルアップの、現実的なゴールが十三階位だ。兵士であれ冒険者であれ、戦う者たちにとってひとつの頂点。
召喚された翌日に戦技教官となったヒルロッドさんが十三階位だったというのもあって、俺たちとしてもひとつの区切りのような扱いになっている。
身内からそこに至る者が出現しかけているという状況に、どこかまだ感覚がふわふわとしたままだ。
たとえるならば、十八になったら成人だとか車の免許が取れるとしても、十五の俺にはまだまだリアルに感じないってところかな。
「といっても、ペルメッダに来てから上の人たちが多すぎて、ね」
「距離が近いから当たり前に受け入れてるけど、とんでもないよな」
冗談めかした綿原さんのセリフに俺も乗っかる。
どれだけ十三階位に思いを馳せたとしても、最近はもっと上の存在に知り合いが増えたせいで感覚がなあ。
アウローニヤ時代は十六階位の近衛騎士総長や十四階位のキャルシヤさん、あとは名前もあやふやなベリィラント隊の数名が十三階位よりも上の存在だった。
最近では我らがヒルロッドさんとラウックスさんも十四階位を達成しているが、それにしたところでアウローニヤの超越者はまだまだ少ない。
ところがペルメッダに入国して以来、初日に十六階位の侯王様と遭遇し、それからすぐに出会った『オース組』のナルハイト組長とデリィガ副長が十五階位ときたものだ。
『ペルマ七剣』の人たちは当然として、さっきまで話をしていた『白組』のミーイン隊長も十五階位で、昨日の騒ぎに関わった『ニューサル組』のハルス副長だって地味に十四階位。こうなるともうバーゲンセール状態だな。
「マンガみたいだよな」
「マンガ?」
ふと口からこぼれた俺の言葉に綿原さんが首を傾げた。オタな白石さんは気付いたかな。
「バトルマンガでありがちなんだよ。こういうの」
「強さのインフレ」
「そう、それ。話が進んで主人公が強くなったら、敵もどんどん強くなってくパターン」
説明を続ける俺に白石さんが合いの手を入れてくれた。やっぱり理解する側だったか。
「ああ、ゲームとかならそういうのもあるわね」
なるほど、綿原さんはゲーム系で理解してくれたようだ。
「ほかの国には十七階位とかがいるのかしら」
「怖いね」
しまいにはフラグっぽいことを言い出す綿原さんに白石さんが肩を震わせる。
まだ見ぬ強敵か。できれば穏便なのが望ましいのだけど。
なんて会話をしながら、俺たちの『シュウカク作戦』は終盤を迎えた。
◇◇◇
「ここで終わりだよっ!」
「っしゃあ!」
「終わったぁ」
「やっとかあ」
「ミッションコンプリートデス!」
「やはり『一年一組』は最強ですわっ!」
地図を片手に持った奉谷さんが元気に宣言し、クラスメイトたちが歓声を上げる。もちろん悪役令嬢も輪の中だ。
俺たち『一年一組』は組合から指定された全ての部屋を巡り、そして魔獣を狩り尽くした。
結局最後まで誰の階位も上がらなかったものの、冒険者としての責務を果たし切った充実感にみんなが包まれている。
「残り時間は四十分ってところだね」
「思ったよりは掛ったかな」
「八津がいてくれて助かったよ。本当に」
懐から取り出した腕時計を見る委員長も、どこかほっとした様子だ。迷宮委員とはまた違い、『一年一組』の副長としての責務を感じていたのだろう。
ついでに俺のことをベタ褒めしてくれたのは、ちょっと照れるかな。
確かにここまで魔獣の大量出現や、『白組』と『ときめき組』の提案に合わせて細かい経路変更を繰り返しながら、それでも最適を選択したつもりだ。
うん。ここは素直に誇りに思うとしよう。
「戻りの二部屋はさっき通ったばかりで、そこから先はほかの組も使うルートばかりだ。もう魔獣にも遭わないと思う」
「何よりだよ」
「そうなるように最終調整したからな」
「八津の良いところって目だけじゃなく、そういうさりげない部分かもしれないね」
ウチの委員長はクラスメイトたちにポンポンと仕事を振るが、同時にちゃんと見ているし、褒めることを忘れない。
伊達に中学の三年間、クセの強い連中をまとめ上げていたわけじゃないんだ。メガネ委員長はできる男だよな。
「だったらここの素材だけでも持って帰ろうか。回収班の助けにもなるし」
「委員長は抜け目ないよな。ポイント稼ぎ」
「性根だよ」
俺のツッコミに苦笑を浮かべた委員長は、手近なところに放置されたトウモロコシを拾い上げた。
すっかり放置でここまで突き進んできたけれど、目の前に散らばる憎きトウモロコシは、倒してしまえば単なる素材だ。
持ち帰れば感謝される行為でもあるし、委員長の案に乗っかるのは悪くない。
「みんな、委員長が素材を持って帰ろうって──」
「ちょっと待って!」
委員長を見習いトウモロコシを肩に担ぎつつみんなに声を掛けようとしたところで、鋭い声が広間に響いた。
「中宮さん?」
ちょうどこれから潜ろうとしていた門の付近にいた中宮さんが、真剣な眼差しで耳に手を当てている。【聴覚強化】か。
「……小さくですが、足音が聞こえますわね」
同じく【聴覚強化】を持つティアさんも何かしらの音を拾ったようだ。
だけどおかしくないか? 作戦も終了間際のこの時間なら、探索を達成した冒険者が近くを歩いていても不思議はないのだ。
なのに何故、中宮さんとティアさんは剣呑な空気を発しているのか。
「走っているの。しかも、足並みが乱れてる」
「行くぞ! 素材は捨てろ!」
中宮さんの言葉に被せた俺の叫びと共に、一斉に仲間たちが走り出した。
◇◇◇
「お前、『一年一組』の!」
「ハルです。デリィガさん!」
部屋の向こう側から俺の下まで声が届く。まだ視界には入っていないが、足音の出どころはデリィガ副長率いる『オース組』のようだ。
超スピードで走った春さんが追い付いていなければ行き違いになる可能性もあったが、どうやらお互いに認識することには成功した。ここまでは悪くない。
「追われているんですか!?」
「いや。そうじゃない」
「それならどうして!」
続いて聞こえてきたのは中宮さんとデリィガさんやり取りだ。
中宮さんは敢えて大声で、遅れているメンバーに状況を伝えてくれている。
魔獣に襲われているんじゃないかという懸念は外れてくれたらしい。まずは一安心とはいえ、何らかのトラブルが発生していない限り、『オース組』ともあろうものが大慌てで移動なんてしないはずだ。
一体何が起こったのか、視認できないのがもどかしい。どうして俺の足はこんなに遅いんだろう。悔しいなあ。
「デリィガさん! 何が!?」
「ヤヅ……」
歯を食いしばって駆け抜けた果てに俺の見たものは、魔獣の返り血にまみれ、悔し気に表情を歪ませた『オース組』の人たちだった。
次回の投稿は明後日(2025/11/01)を予定しています。




