第574話 磨き続けた強さ
『盛り上げてくれて助かったよ。気を付けてな』
『ペルマ七剣』が一人、『覇声』のスチェアリィさんからそんなお褒めの言葉を頂いた俺たち二十四人は、油断なく迷宮を征く。
「組長さんたちも大変だよなあ」
「片方は隊長だけどね」
隊列の前の方を歩くイケメンオタな古韮がしみじみと語り、文系オタの野来が軽くツッコム。
ペルマ最古参の『白組』と最強とも呼ばれる『ときめき組』ともなれば、背負う看板も重たい。ましてや今回の『シュウカク作戦』の突入部隊は、俺たちを除けば強者であることを理由に選抜された十三組だ。どうしたってライバル同士の比較が話題になるだろう。
少しでも多くの組にトウモロコシとの対戦経験を積んでもらいたいという組合の思惑は、どれくらい意図しているかはわからないけれど競争も生み出しているんだ。
作戦が始まる前は冒険者同士で仲良くできればいいと思っていたし、実際『白組』と『ときめき組』は俺たち『一年一組』に良くしてくれている。
同時にさっきのスチェアリィ組長とミーイン隊長の会話を聞いて、組のメンツの重たさも実感できた。
古韮の言うように、組長さんっていうのも大変だよなあ。
表現は悪いけど、組員たちの消耗と組の実績のバランスを取らなきゃならない立場っていうのは重たすぎる。
「その点タキザワ先生は泰然としたものですわ!」
隊列の中央付近で大きな声を上げたのは、もちろん我らが悪役令嬢、ティアさんだ。
素直な性格をしている陸上女子の春さんや、弟の夏樹、俺の横を歩くロリっ娘の奉谷さん、同じく後衛に位置取るアーチャーなミアなんかがうんうんと頷いているが、当の滝沢先生は苦笑を浮かべて小さく首を横に振る。
「わたしはお飾りですから。出来てから二十日も経っていない組に重たさもありませんし、迷宮では……」
足を止めずに振り返った先生が俺と綿原さんに視線を向けて優しく微笑む。
確かにさっきまで『白組』や『ときめき組』と渡り合っていたのは綿原さんだったし、戦闘関連については俺に一任されている。余程の重要事項か多数決でもない限り、一年一組の行動指針に先生は口を挟まず生徒たちに任せっきりにすることが多いんだ。
そんな先生のことを無責任などとは、もちろん誰も思っていない。クラスの精神的支柱で最強の戦闘力っていうのが先生のロールだから、それ以外の部分は俺たちが担えばいいだけのことだ。
対外交渉役の藍城委員長を筆頭に、ウチはそれで回っている。
冒険者の集まりとしては異端かもしれないが、俺としては自慢できるコトだと思うんだよな。
「あら、わたくしは『一年一組』がペルマ迷宮最強と呼ばれることになると信じていますわよ。冒険者たちはもちろん、この国に住まう誰もが知るような組の旗印になるのが、タキザワ先生ですわ」
胸を張ってのたまうティアさんに、俺たちが目指しているのは帰還であって最強ではないと、今更指摘をするまでもない。彼女だってわかっていて言っているのだ。
「むしろイロモノ集団だって、悪目立ちしている気もするけれどね」
「それはそれで悪くありませんわ。冒険者たるもの、目立ってナンボですわよ!」
だからツッコミは中宮副委員長みたいな言い方になる。得たりと邪悪に笑うティアさんとは、本当にいいコンビだ。
自然とクラスメイトたちから笑い声が上がる。悪くない空気だよな。
出会ってから何度となく俺たちの心に棘を刺してきたティアさんだけど、わかり合えばこんなものだ。
「イロモノ筆頭は広志デス! 冒険者じゃなくって、大学の教授みたいでシタ」
「ミアだってトウモロコシ芸で沸かせただろ」
ミアが俺のコトを持ち出してきたが、自覚はあるよ。そういえばミアの父親って大学で先生やってるのだっけか。
「ウチは芸達者の集団デス。広志もカニくらい練習するべきデス」
その場でがに股になり、くるりと一回転したミアが得意気に魔獣芸を語り出す。
そんな感じで『一年一組』一行は、明るいムードで迷宮を進むのだ。看板が軽いっていいよな。
◇◇◇
「どこもかしこもコーンをトッピングって感じだな」
飛び跳ねるトウモロコシと触手を揺らしながら迫ってくる白菜を見つつも、古韮の口調は軽い。
最前線で盾役を張って長くなるし、それくらいの度胸が備わっているんだよな。ほかのクラスメイトたちからもビビった様子は見受けられないし、すっかり迷宮の四層にも慣れたことを実感できる。
もちろん俺も、冷静に全部の魔獣とクラスメイトたちの動きや位置取りを観察中だ。
「リン、『こーん』は先日聞きましたが、『とっぴんぐ』とは何ですの?」
「古韮くん、ワザとじゃないでしょうね?」
自分の獲物となる白菜に鋭い視線を送りつつ、ティアさんが中宮さんに名指しで問い掛ける。
すぐに答えず古韮に苦情を放った中宮さんは、明確な構えを取らずに片手で木刀をだらりとぶら下げたままだ。ここから瞬時に攻撃に移ることができるのだから、ウチのサムライ女子はおっかない。
メガネ忍者な草間が事前に察知していた通り、広間にいたのは白菜が五体。ここまでは俺たちにとって美味しいお客さんだった。
けれども白菜を二体処理した辺りでトウモロコシが七体追加ときたのだ。もちろんこのお代わりは草間が警告してくれたけど、古韮の冗談がリアルなのが笑えない。トッピングの方が量が多いってどうなんだろう。
作戦の最序盤に遭遇した瀕死の牛はさておき、真っ当な戦闘の全てにトウモロコシが絡んできているのだけど。
「佩丘が昨日、モロコシ尽くしをやったからだろ」
「うるせえぞ。とっとと仕留めろ」
俺の指示で壁際に寄って射界を取りにいったピッチャー改めスローランサーの海藤が槍を構えながら茶化せば、料理番のヤンキー佩丘が振り向きもせず唸る。
確かに昨日のピザとスタミナペッパーライスは美味かったけど、こんなところで祟るとはなあ。なむなむ。
なんてこと思考をするくらいの余裕が、今の俺にはある。
「トウモロコシはミアと海藤、藤永で弱体化させながら盾で止めろ。騎士たちはなるだけ毒を食らわない練習だ」
「おう!」
俺の指示出しに名を呼ばれたクラスメイトたちが一斉に吼える。
右に海藤、左にミア、中央やや前にチャラ男の藤永が位置し、さらに騎士メンバーの五人が最前線で整列した。
彼らの背後にはヒーラーの田村がいて、いつでも【解毒】できる態勢だが、できる限り痛覚毒をもらわないようにするのも今後を考えれば大切なテーマのひとつとなる。
「白菜はもう内側に入れていい。術師と疋さん、中宮さんを中心に攪乱してから一撃離脱でやってくれ」
「まっかせてぇ~」
「ティア、メーラさん、わたしのひと当てに続いて」
「わかりましたわ!」
残り三体となった白菜は術師とアタッカーだけで対応可能な状況だ。
盾役に白菜を素通りさせることで、トウモロコシとの分断を図る。複数種との戦いで一番厄介なのは混戦だからな。アウローニヤで酷い目に遭ってきたからこそ、こういう時に余裕が持てる。
「しゅあっ!」
「ですわぁ!」
息の合った声が広間に響いた。
葉っぱを足にする形で逆立ちした白菜がワサワサと動いているが、ヤツら最大の武器は先端に麻痺毒を持った触手だ。そんな触手を中宮さんが木刀で撥ね退け、その隙に一撃を入れたティアさんがすかさず離脱する。横から迫るもう一体をメーラさんが盾で弾いた。
うん、あの三人の連携は練習時間が長かっただけあって、いい感じだな。
中宮さんの技術とティアさんの度胸、堅実なメーラさんの性格が見事にマッチしている。俺の注文通り、ティアさんが一撃離脱を実行してくれているのもありがたい。
「先生、やっちゃって~」
「ああぁあい!」
メーラさんが弾いた白菜に疋さんのムチが巻き付き、奇声と共に飛び込んだ先生の貫き手が胴体に突き刺さる。一撃かあ。
触手さえ無視できるなら、宙に浮いた白菜は確かに怖くない。とはいえ中宮さんみたいに木刀があるならまだしも、素手の間合いでやってしまう先生って凄まじいよな。
「わたくしも貫き手を使いたいですわ!」
「まだダメよ、ティア。あなたは拳で叩き伏せるの。いい? 吹き飛ばすのじゃなくって──」
「わかっていますわよ。リン、もう一度やりますわ!」
同じ十二階位でありながら一撃で白菜を打倒した先生を見て、ティアさんは羨望と欲望の混じったコトを言いだすが、すかさず中宮さんに窘められている。すっかり稽古の風景だな。
「『風ガード』!」
ちょっと離れた位置に来た一体を正面から相手しているのは、メイス二刀流でスピードファイターの春さんだ。
迫る白菜の触手に対して【風術】を使い、見事に逸らしてみせた。白菜本体を吹き飛ばすなんていうマネはできないが、触手くらいならばどうとでもなるのだ。
加えて綿原さんのサメや夏樹の石、アネゴな笹見さんの『熱水球』などが白菜の本体に殺到し、春さんの援護をしてくれている。
よし、白菜はこんなもんだろう。
「そろそろこっちを助けてほしいかな、八津」
「言ってろ委員長。お前、毒もらってもすぐに治せるだろうが」
「だけど佩丘、僕に二体も押し付けてるじゃないか」
「適役だからだよ。おう田村、馬那が毒だ」
「すぐ行く。【痛覚軽減】があるからって我慢するな」
「すまん。戦列を崩したくなかった」
「意地でも維持ってか」
「古韮くん、上手くないよ」
「野来さ、そこはフィルド語じゃ意味ないってツッコまないと」
委員長、佩丘、馬那、古韮、野来の前衛盾連中と、プラスして田村は元気そうだなあ。
海藤の槍で一体が脱落し、ミアと藤永の『避雷針』で弱体化しているとはいえ、五枚の盾で六体のトウモロコシを見事に抑え込んでいる。
攻撃面ではまだまだアタッカーには及ばないが、あの守備力は見ていて安心だ。
「強くなってるよね、みんな」
「だな」
目に見えるストレートな強さとは無縁な白石さんの呟きに俺は頷く。
置いて行かれているという悔しい気持ちは当然ある。だけど今の俺には自身の能力に対する自信もあるんだ。白石さんだって対人戦ならかなりの戦力だしな。
お互いにそれがわかっているから、仲間たちの強さを素直に応援できる。
「本当に強くなったよ」
「だね」
さっきとは逆の順番で同じやり取りを白石さんと交わす。
今回の作戦中はトドメの全てを前衛と一部パワー型後衛に任せているため、十一階位組がレベルアップすることはない。同時に十二階位のメンバーは、まだまだ相当な数を倒さなければ十三階位にはなれないので、これまた簡単に階位は上がらない状況だ。
ひと月近く前、俺たちがアウローニヤを旅立った時点でみんなの階位は十一か十だった。
現状で十一と十二だから、クラスメイトの階位は一つか二つしか上がっていない。アラウド迷宮から数えて、これだけの期間階位を上げられなかったのは初めてのことになる。
技能についてもまたしかりで、魔力温存のために前衛職の新規取得は少ない。目立ったのは海藤の【剛力】と、疋さんの【握力強化】、それと一部が【鉄拳】を取ったくらいか。先生が【冷徹】を取得したけど、あれは例外だ。
つまりここひと月、俺たちは技能の熟練以外で階位システム的には大して強くなっていない。けれども、ちゃんと強くなっていたんだ。
旅の道中やペルメッダに入国してからも、ずっと技能をぶん回した。俺だけ仲間外れだけど【身体操作】を使いながらの反復練習だって怠っていない。加えて筋トレ、柔軟、連携の練習、模擬戦と、できることを全部やってきた。
急激なレベルアップで底上げされた力と豊富な魔力でここまで生き延びてきた俺たちだけど、この光景を見れば確信できる。
「現状維持が長いからこそ能力が洗練されていくって、あるんだな。レベルアップしなくても強くなれるんだ」
「八津くん、地球はそれが普通だよ」
白石さんの仰る通りだ。日本に帰ってからもトレーニングは続けることにしよう。
「そろそろわたしは前に出ていいかしら?」
俺と白石さんがしみじみとしていたら、白菜とタイマンを張っている春さんをフォローしていた綿原さんから声が掛かった。
まあ、さっきからチラチラとサメがこっちを見てたのには気付いていたんだけどな。
「春さんは……、そろそろ決着か。中宮さん、疋さん、綿原さん、ミア、左右から前進。海藤と笹見さんは後衛の守備。残った白菜はティアさんとメーラさんでやってください。先生は遊撃で」
「了解よ!」
止めるのではなく斬るためにサメを赤紫から白にチェンジした綿原さんが、気合いをまとって前方に駆け出した。
◇◇◇
「たまにはこういうのも悪くないな」
「遠足みたいだよね」
サンドイッチを食べながら古韮と野来がのんびりと語り合っている。
聞きようによっては不謹慎だぞ、野来。今も近くではたくさんの冒険者が死闘を繰り広げているはずなのだから。
白菜とトウモロコシを倒し切った俺たちは、一部屋移動したところで昼食の最中だ。
本日はいつも通りにゆっくり迷宮クッキングとはいかないので、地上からの持ち込みとなっている。肉と野菜たっぷりのサンドイッチと飲み物だけという、俺たちからしてみればお手軽な食事だ。朝から全員分を作ってくれた料理長の上杉さんと副料理長の佩丘をはじめとする調理班に感謝しつつ、ちゃんと美味しくいただこう。
歩きながら干し肉を齧るなんていうのも冒険者っぽい仕草だとは思うけど、魔獣と遭遇したら捨てることになるし、せっかくのサンドイッチがもったいない。
だから俺たちは休憩も兼ねて、座って食事をしている。
「氷ほしい人、いる?」
「あ、頼む」
「俺も」
ウチには冷暖房担当術師がいるので、飲み物はホットもアイスも自由自在だ。【氷術師】の深山さんが声を掛ければ、なんちゃってスポーツドリンクを飲んでいる何人かが手を上げる。
飲み物については各自こだわりがあって、ティアさんは紅茶派だし、上杉さんやミアなんかは麦茶を好む。
面白いのは先生で、なんとブラックコーヒー。細かく砕いたコーヒー豆を小さな布袋に詰めて、簡易ティーバッグみたいにしたものを持ち込んでいるのだ。袋作りをチャラ子な疋さんと相談していたけれど、そういうちょっとしたところが面白いのが先生のキャラなんだよな。
「四割強ってところか」
「いちおうは順調ね」
迷宮委員の俺と綿原さんは、床に置いた地図を見ながらサンドイッチを口に放り込む。
「このままならだけど、かな」
「迷宮さんが大人しいままだといいね」
この集まりには副官兼記録係として白石さんと奉谷さんも参加している。奉谷さん、迷宮の床をペチペチするのは止めておいた方がいいんじゃないかな。
迷宮に入ったのが十時過ぎで、トウモロコシ区画に突入したのがおおよそ十一時。そこから二時間弱で四割を踏破っていうのは、作戦予定時間が残り三時間ちょっとであることを考えればいいペースだと思う。
帰り道には一度通った区画も含まれるから、後半は魔獣にも遭遇しにくいだろうし。
「素材回収が無いと、やっぱり楽なのよね」
「ちょっともったいないけどね」
冒険者として失格なコトを言う綿原さんに、奉谷さんが笑顔で返す。
さっき倒した魔獣の残骸は全て隣の部屋に放置してある。
冒険者うんぬんを抜きにすれば、俺個人としては迷宮料理以外の素材回収と運搬は面倒だなって思っているクチだ。とくに丸太。商売としてやっている冒険者たちの目の前では口にしないが、金に困っているわけでもないし、どうしても経験値効率と戦闘経験に重きを置いてしまう。
道中で倒してきた魔獣は、ぶっちゃけ回収部隊が間に合わなくても仕方ないなって思っている。トウモロコシは食材的にあんまり美味しくないし。
「放置した魔獣を迷宮が吸うって、どうなんだろうね。発生速度や量と絡めて」
「再生が早いってことか。水路に捨てたって一緒じゃねえか?」
なんて考えている俺とは違い、委員長と田村は思うところがあるようだ。
「燃やすのは……、迷宮が元素まで分解するなら意味無いか」
「焼くのなんて手間がかかるだけだろ。結局は持ち帰るか、食っちまうかだ」
「そうだよね」
苦笑を浮かべた委員長と面倒くさそうな顔の田村がしている会話は、クラスでも何度か話題になったことがある。
魔獣の発生を防ぐ、もしくは遅らせる手段はあるのだろうかっていう内容だな。
焼却処分を思い付いた委員長が物騒だけど、無意味であると勝手に自己完結したようだ。
アウローニヤの魔力部屋で技能を使いまくっても広間の魔力を減らすことができなかったなんていう前例もあるし、魔獣の発生でも変化を観測したことはない。トウモロコシ発生のトリガーになった魔力部屋の消失だけど、アレについては委員長の提唱した設計図説が有力だと思う。
委員長や田村は魔力ではなく物質的な材料という意味でいろいろ考えているようだけど、たぶん人間の発想や能力では手に負えない領域だと思うんだよなあ。俺としてはなるべくたくさん持ち帰りましょう、って落としどころくらいしか思い付かない。
「碧、みんなの階位はどうなの?」
迷宮の神秘に思いを馳せる俺を置き去りに、綿原さんが話題を階位に切り替えた。
「トウモロコシの経験値がハッキリしないから何とも言えないかな」
メガネをクイっとした白石さんがトウモロコシに言及する。
魔獣の持つ経験値の数値化は、現状でも目途が立っていない。ましてや初見に近いトウモロコシなんて問題外だ。何しろトウモロコシを倒してレベルアップした人が誰もいないのだから。
大きさと硬さ、手強さから考えれば中型魔獣くらいの経験値は持っていると信じたいところだけど、こればっかりは迷宮の設定次第だし、結果が出てから判断するしかない。
で、現在『シュウカク作戦』に参加している冒険者たちの中で、トウモロコシと対戦して階位が上がる可能性があるのはウチのメンバーだけだ。ほかの組には十階位の【聖術師】もいるけれど、当然魔獣と戦うなんてことはしない。そしてそれ以外の前衛職は全員が十三階位を達成し終えているので、これまた階位が上がるはずもないのだ。トウモロコシが五層相当の特殊な魔獣って線は薄いしな。
残念なことに『一年一組』の前衛たちは十二階位になってからそれほど時間が経っていないので、レベルアップにはまだ数十体の魔獣を倒すことが必要だと予想されている。
そんな風に未だゴールの見えない十三階位レースなのだけど──。
「鳴子ちゃんはどう思う?」
「やっぱりミアだね。海藤くんと朝顔ちゃんもいい感じ。先生と凛ちゃんはちょっと控え目で、メーラさんが追いかけてる。春ちゃんは──」
白石さんから話を振られた奉谷さんはメモを片手にスラスラとクラスメイトの名前を挙げていく。彼女の判定は、おおよそ俺の記憶と一緒だ。
矢を放ってから怒涛の勢いでトドメに走るミア、短槍を得てクリティカルが増えた海藤、ムチを使って小器用に稼ぐ疋さんが現状のトップグループとなる。
本来ならそこにいるべき先生は、あまり相性がよろしくないトウモロコシとの対戦を避けてもらっているし、中宮さんはティアさんのサポートポジだ。メーラさんが上げてきているのは三角丸太のトドメを任せるケースが多いのが理由だな。
「それと凪ちゃんも結構稼いでるかな」
綿原さん……。
「綿原さんって随分とトウモロコシに熱心だよな」
「トウモロコシって、ティアさんやメーラさんが手を出しにくい相手でしょ? やたらと数も多いし」
俺の問い掛けに綿原さんが答える。どこか違和感を感じるけれど、どうにも正体が見えてこない。
「わたしならサメも強くなったから、慣れればやれると思うの。これもあるしね」
腰に佩く五層素材の神剣を軽く叩いた綿原さんなんだけど、ちょっと早口になっていないか?
確かに言っていることは真っ当だ。やたらと出現率が高くて一度に出てくる数も多いトウモロコシを正面から倒せるアタッカーは何人いてもいい。
ミアに次ぐセンスを持つ綿原さんがそんな立場になってくれるのは大歓迎だ。
それでも、なんか挙動が怪しいんだよな。メガネの向こうにある瞳が微妙に揺れているのが、俺にはちゃんと見えている。
「綿原さん、もしかして十三階位を急いでる?」
「だよね。ボクもそう思った」
俺と奉谷さんの声を食らった綿原さんが肩とサメをビクリとさせ、そんな姿を見る白石さんのメガネが光った。なんだこれ。
「ダメだとは思わないよ。誰が先に十三階位になったって問題ない。気になったのは、綿原さんがレースに積極的なのって珍しいかなって」
「競争するつもりは、ないわ。ただね……」
「ただ?」
問い詰める感じにならないように、できるだけ柔らかい口調で話を進める。なんで綿原さんはモジモジしているのかな?
「じゅ、十二階位で【多頭化】だったでしょ?」
「あ、ああ。そうだったな」
セリフの内容はさておき、頬をちょっと赤くして上目遣いの綿原さんは破壊力満点だよ。その表情と仕草は俺にクリティカルすぎる。
「もしかしたら、十三階位で【竜巻】とかが出るかもしれないじゃない。そう思うと、ね?」
「綿原さん……」
ね? じゃないよ。【竜巻】が何を意味するかがちょっと見えてこないけど、ウットリとした表情にそぐわない何かなことは確実だ。
次回の投稿は明後日(2025/10/28)を予定しています。




