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ヤツらは仲間を見捨てない ~道立山士幌高校一年一組が異世界にクラス召喚された場合~  作者: えがおをみせて


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第573話 テンションはアゲていかないと



「ふぅ。やったわ!」


「良かったな。ピュラータ」


 小さくガッツポーズなピュラータさんに、旦那さんのサーヴィさんが優しい笑顔を向ける。


 最後の一体となったトウモロコシはピュラータさんが見事討伐に成功した。

 あれだけのフォローがあって失敗する方が難しい状況とはいえ【熱剣士】の突き出した剣は、見事魔獣の急所を貫いてみせたのだ。

 残念なことに一回目の突きで首を落とせなかったピュラータさんがやたらと大きなバックステップをしたせいで、ヒーラーの田村(たむら)に魔獣のヘイトが飛んだとか、そういう細かい誤算はあったけど。


「やっぱり本職は違うっしょ」


「初見なのに二撃で倒した朝顔(あさがお)ちゃんがソレを言うのね」


 緊急時の割り込み要員として配置されていたチャラ子な(ひき)さんのセリフに木刀女子の中宮(なかみや)さんがツッコミを入れる。


「アレは【魔力伝導】使ってたからねぇ~。思いっきり全力だったしぃ。で、八津(やづ)はどう見たっしょ?」


 そこから疋さんは俺に話を振ってきた。


「今のは【熱術】より【鋭刃】の効果なんだろうな」


「その通り。ピュラータの【熱術】は相手を弱らせるのが本来だから、こういうのには向かないんだ」


 俺の感想をサーヴィさんが肯定する。

 向き不向きだよな。ピュラータさんの『熱剣』は牛とか馬とかを弱体化させるのに物凄く便利そうだけど、一撃必殺ってタイプじゃない。


「あたし程度でもちゃんと倒せる相手だって確認できたのよ。そこが大事なの。サーヴィの矢も通じたしね」


 肩を竦めたピュラータさんが笑顔で語る。さっきまでのビビりっぷりはどこへ行ったのやら。


 十三階位のピュラータさんは臨時編成『白組』の前衛としては一般的なレベルでしかない。加えて役割りどころが夫婦揃って確実なトドメ担当とまでは言えないお二人だ。なにしろ『白組』の前衛職は十三階位が最低ラインなのだから。

 もしかしたらだけど『白組』の隊長さんがこの二人を選抜したのは、俺たちとの関係性だけでなく、個人レベルでトウモロコシに通用するかを判断したかったっていうのもあったのかもしれない。



「ただいま! ピュラータさん、どうだった?」


「こっちの部屋は四と三だったよ」


 戦闘後の感想を述べ合っていたところに、ハチガネをたなびかせた陸上女子の(はる)さんとメガネ忍者な草間(くさま)が戻ってきた。


 作戦に参加している全ての組もそうだけど、俺たちの担当している区画は一筆書きで網羅できるような構造にはなっていない。短い枝道があったり、一度戻ってから別のルートに向かうこともある。

 で、今回はピュラータさんが最後の一体と対峙した時点で、斥候の二人には二部屋だけの枝道を探ってもらった。魔獣がいたら当然トレインだから、担当は安心と安定が保証された春さんと草間。


 ついでに草間には部屋の魔力量も計ってきてもらったので、ロリっ娘な奉谷(ほうたに)さんとメガネおさげ書記の白石(しらいし)さんが早速メモってくれている。


「お疲れ。ピュラータさんは立派だったよ」


「言ってくれるね、ヤヅ」


 ヨイショする俺の肩をピュラータさんがピシャリと叩き、赤紫のサメが目の前を通過した。


 何も思うことなく地上と同じ感じでサーヴィさんやピュラータさんと接することができているし、結果としてお二人の同行は俺にとって大正解だったと思う。多数決で賛成多数だったことに感謝しておかないとだな。


「行こうか。あんまり遅くなるのも悪いし」


「じゃあ僕は前に出るね」


「素材を残していくのって気が引けるなあ」


「楽でいいじゃねえか」


「わたくしが戦える魔獣が出てきてほしいですわ!」


「俺たちは新種以外手出し無用か。ちょっと残念かな」


「あー、サーヴィさん、カッコいいとこ見せたいんだ」


「バレバレよね。言われてるわよ? サーヴィ」


「ピュラータはどっちの味方なんだい?」


 俺の声掛けと共に『一年一組』二十四名と同行する二人がにぎやかに移動を開始した。



 ◇◇◇



「遅くなりました!」


「構わないさ。ちょうどいいくらいだよ」


 謝罪しながら合流地点に飛び込んだ藍城(あいしろ)委員長に、『ときめき組』のスチェアリィ組長が返す。

 会話そのものは穏当なモノだが『ときめき組』は普通に戦闘中で、二部屋手前で音に気付いた俺たちはここにダッシュで駆けつけた次第だ。


「やれやれ、ウチは出遅れか」


「せっかくの新種なのに、間が悪いわ」


 サーヴィさんの言う通り、『白組』はまだ来ていないか。ピュラータさんはさっきまでの態度を捨て去って強がっているけど、『ときめき組』には弱みを見せたくないっていうのがバレバレだ。


『ときめき組』が戦っている相手はトウモロコシが十二体と三角丸太が三体。ここが軽い魔力部屋なのは知っていたけど、結構多いな。

 戦闘開始間もなくなのか、近接戦闘には至っていない。たしかに『覇声』のスチェアリィさんの言うように、タイミングとしてはバッチリだ。


「ここは七だよ。資料と変わってない」


 事前の調査と同じ数字だという草間の証言に安堵する。これ以上の異常事態は勘弁してもらいたい。


「スチェアリィさん!」


「丸太全部とそっち側の唐土(もろこし)を……、三体か四体。頼めるかい?」


「了解です。やっぱり新種の数が多いですね」


「ウチとは相性悪くないのが幸いさ」


 手短にスチェアリィ組長と言葉を交わす。


 すでに『ときめき組』はトウモロコシとの戦闘経験を積んでいる。『ときめき組』は自分たちで対応できる範囲を受け持ち、バックアタックに近い形で部屋に入った『一年一組』はフォローという役割分担か。俺としても異存はない。

 さらに言えば、集団戦が得意な『ときめき組』は数への対応に優れたチームだ。トウモロコシの動きに慣れてしまえば、十二体でも倒せると思う。


 それでも安定を取るために俺たちの戦力を込みにして適切な割り振りをしてくるのだ。やはり双剣の『覇声』の名は伊達ではない。



「それじゃあそっちは任せたよ。さあ、ときめいていこうじゃないか!」


「ときめけっ!」


 スチェアリィ組長の叫びと共に、遠距離攻撃要員が含まれていない『ときめき組』が前進する。


 ジャンプからの攻撃が基本となるトウモロコシを相手にする場合、受け手が優位な位置取りが重要だ。

 うん、少々見切りが甘いけど、『ときめき組』は敵の着地点のちょっと手前を陣取れている。誤差が生じているのはフロア内の段差が影響しているから仕方ない。

 加えて重複なく盾役の冒険者が個別にターゲットを決めているのもいい感じだ。意思疎通が凄い。


 なんて脳内感想を垂れ流す俺は何様かってところだけど、こういうのこそ得意分野だからな。


「こっちが倒す唐土は向かって左の四体。サーヴィさん、ミア、海藤(かいとう)藤永(ふじなが)でやってくれ。遊撃で疋さん。治療は田村!」


 俺たちだって負けてはいられない。

 敢えて『ときめき組』が無視したトウモロコシこそが、俺たちに対するスチェアリィ組長からの宿題だ。満点回答を出してみせないとだな。


「残り全員は丸太だ。ピュラータさん、ティアさん、メーラさん。見せ所ですよ!」


「待ちかねましたわ!」


 敢えて現地組を名指しした俺にティアさんが元気よく返す。ぶっちゃけティアさんは丸太向きではないけれど、通用するかは抜きにして、存分に殴ってもらえばいい。

 俺が指示せずとも滝沢(たきざわ)先生がお手本を見せてくれるだろう。


 幸いにして三角丸太は態勢が不十分だ。

 アイツらはトウモロコシに遅れながら『ときめき組』に向かっていたのに、背後から登場した俺たちを感知して攻撃対象が入れ替わった。当然、デカい図体を揺らしながらこちらを目指すことになるのだが、この状況なら無防備な敵に最低一撃、速度型のメンバーなら二発は攻撃を入れることができる。


 魔獣はヘイトが単純だよなあ。こっちを無視してそのまま『ときめき組』に向かっていれば、それなりの混戦に持ち込めていたのに。



 ◇◇◇



「で、アンタらは新種と戦ってきたのかい?」


「ああ。問題なく対応できた」


「……ちゃんと倒せたわ」


 スチェアリィ組長に対する返答だけど、自信満々のサーヴィさんに対し、ピュラータさんはちょっと間があったのは見なかったことにしておこう。


 戦闘自体は危なげなく終了した。

 懸念していたトウモロコシの痛覚毒からの立て直しについても、こっちは遠距離で四体を完封。『ときめき組』には数名の被害者が出たものの、見事な連携でリカバリーだ。

 むしろ三体の三角丸太の方が厄介だったくらいで、打撲やら擦り傷やらが多発した。十一階位と十二階位な俺たちに十三階位のピュラータさんまで参加してくれたけど、四層最重量の魔獣はやはり手強い。というか、相性だよなあ。


「まあ、向いてるかどうか、だからねえ。気にすることないさ」


「倒したって言ってるでしょう」


 トウモロコシ談義でニヤニヤと笑うスチェアリィさんと、見透かされてブスっと返すピュラータさんの図である。このお二人、同世代なんだよな。

 そんなやり取りを見ないフリをしているサーヴィさんはどうなんだろう。


「ん、来たかな」


 扉の付近で耳を澄ませていた春さんの声で、みんながそちらに顔を向ける。声色からして魔獣とかじゃない。


「やはりウチは間が悪いなあ」


「出遅れてばかりよね」


 ロゥト夫妻が自分たちの所属する組の不遇を嘆くけど、さてあちらはどうなったんだろう。



 ◇◇◇



「待たせたな」


「今さっき戦闘を終わらせたとこだよ」


 低い声でボソっと語る『白組』のフライスク・ミーイン隊長に、『ときめき組』のスチェアリィ・バーハ組長がサパっと答える。デートの待ち合わせっぽい切り出しだったけど、戦闘とかいう文字が入っているので台無しだ。


 俺たちがこの部屋での戦いを終わらせてから、まだ五分も経っていない。倒した魔獣については、解体作業をすることもなく壁際に放置してある。

 そんなタイミングで登場した『白組』だけど、サーヴィさんとピュラータさんが言ってたように、たしかに間が悪いよな。


「『白組』の皆さんは座って休んでください。警戒は『一年一組』でやりますので」


「助かる」


 赤紫の双頭サメを両肩に浮かべた綿原(わたはら)さんの提案を、ミーイン隊長は素直に受け入れた。


『白組』の人たちが部屋に入ってきた時点で俺も気付いていたが、どうやら彼らは結構お疲れっぽいのだ。欠員や怪我人こそいないものの、到着が遅れた理由はその辺りだろう。


 手分けして扉に向かう『一年一組』と入れ替わる様に、『白組』の人たちは部屋の中央で座り込む。

 俺と綿原さんは迷宮委員ということもあり、この場で話をするために待機だ。ここからの行動は決まっているものの、『白組』の苦難を聞いておく必要があるからな。

『ときめき組』面々も斥候職は壁際に向かい、スチェアリィ組長はドッカと胡坐をかいて地べたに座り直す。


「大丈夫かい? 隊長」


「ああ、休めば問題ない。そっちは?」


「楽をさせてもらったよ。申し訳ないくらいだ」


「あたしでもなんとか倒せるってとこかな」


『一年一組』の輪に加わっていたサーヴィさんとピュラータさんも自らの組の下に駆け寄り、お互いに状況を確認し始める。


 サーヴィさんやピュラータさんはミーイン隊長より十歳くらいは年下に見えるけど、冒険者たちはワリとタメ口傾向が強い。とくに身内の場合は顕著だったりするんだ。

 ウチのクラスでも敬語が苦手だったり口調が怪しくなるメンバーが結構いるので、他人事ではないのだけど。



「サーヴィとピュラータの面倒をありがとう」


「お二人ともカッコよかったですし、ウチの戦力にしたいくらいです。それで、そちらは」


 こちらを見やり軽く頭を下げたミーイン隊長に目線を合わせるためにペタンと座った綿原さんが、ツラっと冗談をカマす。そのネタはさっきの藤永で十分なのに。

 まあ、くたびれている『白組』の人たちをリラックスさせてあげたいっていう、綿原さんなりの心遣いなんだろうけど。


「道中で二度……、いや一度目の戦闘中に追加が入ったって展開だ。遭遇したのは新種だけ。最初に五体で、追加が四体」


「そりゃあまた……」


 ミーイン隊長からの報告を聞いたスチェアリィ組長が眉をしかめる。


 何しろここまで『白組』はトウモロコシとの対戦経験が無かったのだ。だからこそサーヴィさんとピュラータさんを『一年一組』に預けて戦い方を学ばせようとしたくらいだし。

 そんなタイミングで合計九体か。というか『白組』って不幸体質なんじゃ?


「『一年一組』には感謝だな。事前の情報が無ければかなり危なかった」


「いえ」


 しっかりと俺に視線を向けるミーイン隊長に俺はただ頷く。アホなコトを考えている場合じゃないか。


「あちこちでこんなことになっているのかもしれないな」


「やれることをやるしかないわよ。そのために『一年一組』に同行したのだし、組同士で連携だってしてるんだから」


「……そうだね」


 天井を見上げて遠い目をするサーヴィさんの肩にピュラータさんが手を乗せた。


 事実『ときめき組』は今回の戦闘でほとんど苦戦していなかったし、もしも俺たちが到着していなくても時間を使えば単独で倒し切っていただろう。

 さらに言えば魔力部屋の事前調査と迷宮の構造から予想される『魔獣溜まり』には、複数の組の経路をクロスさせてある。俺が理屈を説明し、組合が総力を挙げて練り上げたルート設定に抜かりはない。『ときめき組』がこの部屋で戦っている最中に『一年一組』が加勢できたのは偶然ではないのだ。

 仮に俺たちが間に合わなくても、『ときめき組』が三角丸太を一旦置き去りにしてトウモロコシだけを引き付けて後退すれば、今度は『白組』が合流できていたっていう寸法だな。



「全体的に魔獣が多い感じなんだよ。あたしはその辺りが気がかりだ。魔力部屋が増えたせいかね」


「無理だと思ったら素直に退いて援軍要請だ。そのための予備戦力だろう?」


「組の看板と冒険者の意地が邪魔をするんだよねえ」


「……理解はできるが、な」


 ロゥト夫妻の励まし合いとは違い、スチェアリィ組長とミーイン隊長のやり取りはワリと深刻そうな雰囲気だ。


 ペルマの冒険者は基本的に組単位で完結した行動を取る。迷宮事故や怪我人が出た場合には救援を乞うが、狩りそのもので助力を願い出ることなんてまずあり得ない。そうするくらいなら戦闘を打ち切ってその日の迷宮を終了するだけだ。

 今回の『シュウカク作戦』ではそういう考え方とは逆の感覚が求められる。実際に『白組』も『ときめき組』も、俺たち『一年一組』との共闘を前提として戦っているくらいだし、意義は理解できているのだ。


 ぶっちゃけそれだけでもペルマの冒険者としては異例中の異例で、それを呑み込み組合からの依頼を受けた全ての組は本当に立派だと思う。ベルハンザ組合長やグラハス副組合長が感謝の言葉を口にするくらいには。


 その上でトップの二人が悩んでいるのは、任務をどの程度の達成度で終える自信があるかってところか。そこに組としての沽券が関わってくる。

 組同士の共闘という一段階を乗り越えても、その先でまた冒険者らしさが顔を出す。今度は依頼完遂への意地ってヤツだ。


 ワリとなんとかなっている『ときめき組』は組の矜持を重んじて、苦戦中の『白組』はちょっと弱気って感じかな。

『白組』は組長が半分現役を引退していて、この場にいる責任者がミーイン隊長っていうのもあるのかもしれない。


 不安になる気持ちもわかるんだ。今回の作戦区画は明らかに魔獣が濃い。

 新種のトウモロコシを丸々省いたくらいの密度が直近のペルマ迷宮四層に相応しいと思うくらいだ。魔力部屋や魔獣が停滞しやすい区画はもちろん、通常の経路でも当たり前のようにトウモロコシが出てくるのだからタチが悪いよな。


 それこそ以前俺がネタにしたトウモロコシ畑だ。それでも──。



「八津くん、わたしたちはそろそろ」


「了解、綿原さん。俺たちはそろそろ移動します。次回の合流はこの部屋ってことで。ウチが一番遠回りになるので、遅れたら済みません」


 微妙になった空気の中、綿原さんに声を掛けられた俺は地図の一角を指差してから出発を宣言した。


 俺たちに与えられた作戦時間はおおよそ五時間。そのうち一時間をすでに消化している。

 魔獣が一体もいなければ速足で二時間かからず網羅できるくらいの担当区画なのだが、思った以上に敵は多い。当然戦闘も長くなるし、こうした情報のやり取りにだって時間は必要だ。


 さっきのピュラータさんにカウントダウンをしたのもそうだが、ぐずぐずしている時間がもったいない。

 繰り返しになるが、多数決の一件は敢えて無視だ。


「サーヴィさんとピュラータさんは『白組』に戻ってください。大活躍を期待してます」


 オマケの言葉を付け加えつつ、それでもできるだけ事務的に伝える。


「……君たちの健闘を祈るよ」


「お世話になったわね。頑張るわ」


 話を打ち切るかのような俺の言葉から、サーヴィさんとピュラータさんもこちらの心意気を感じ取ってくれたのだろう、表情を真面目なものに切り替えた。


 すでに戦闘情報の共有は終わり、言っては何だけどスチェアリィ組長とミーイン隊長の会話はグチに近い。

 トウモロコシとの戦闘にも慣れてきたはずだし、幸いここから『白組』が担当する経路は短めだから、休憩時間も確保できるのだ。


 ならば『一年一組』は行動するのみ。


「ちょっと長居しちゃったね」


「ハルはまだまだ行けるよ」


「ワタシも元気いっぱいデス!」


「ミアが疲れたりしたら、逆に怖いよ」


 クラスメイトたちが次々と立ち上がり、扉の前に集まり始める。


 ここで『白組』や『ときめき組』の人たちに、皆さんなら大丈夫とか、俺たちはアラウド迷宮で経験があるなんていう気休めは言わない。というか、言えない。ここはペルマ迷宮の四層で、アラウドでもなく、そもそも俺たちの知るパターンが通用するかどうか、どこにも保証なんて無いからだ。

 ついでに俺たちが新参っていうのもある。ある程度の実力は示せたつもりだが、ならばこそ根拠のないセリフより、まずは明るい態度だよな。



「やれやれ、若い連中に背中を叩かれちゃあねえ」


「ウチはもう少し休んでからだな。……だが、心意気は受け取ったぞ」


 スチェアリィ組長が膝に手を乗せ立ち上がり、ミーイン隊長は座ったまま俺たちに視線を送ってくる。

 ハッキリと二人の顔つきが変わった。背筋にくるものがあるな。あの表情を引き出す切っ掛けになれたのが、妙に気恥ずかしい。


「じゃあ、俺たちは──」


「待って、八津くん。『白組』で魔力不足の人はいますか?」


 一旦の別れを告げようとした俺に綿原さんが待ったを掛けてきた。

 ああそうだ。すっかり忘れていた。出発する前にそれがあったか。


「ん? そうだな。【聖術師】の二人には負担を掛けたが」


 親指で【聖術師】さんを指し示したミーイン隊長が一転、訝し気な表情となる。


 俺たちが【魔力譲渡】を使える魔力タンクを抱えていることは『白組』と『ときめき組』には伝えてあるが、いざ出発の段になって、しかもほかの組の面倒を見るとは思っていなかったんだろう。

 こっちは勇者チートで魔力に余裕があるから、全く問題無しだよ。フルチャージをするわけでもないからな。


(あおい)雪乃(ゆきの)、お願い」


「もちろん」


「ウン」


 綿原さんから名指しされた白石さんと深山(みやま)さんが『白組』の【聖術師】さんの下に向かう。


「二人とも【魔力回復】を持ってますから大丈夫です」


「【魔力譲渡】に【魔力回復】もか。そっちの嬢ちゃんはさっき歌っていたし、お前らは多芸だな」


「わたしはヒヨドリ芸が得意ですよ?」


 呆れ顔のミーイン隊長に対し、モチャっと笑った綿原さんが頭をひとつにしたサメを天井に浮かばせた。


「どうです、スチェアリィ組長。受けてみます?」


「面白いじゃないか」


 床の方に頭を向けた赤紫のサメを見るスチェアリィ組長が綿原さんの煽りを受けて双剣を構え、そのあいだにも魔力タンクの二人が『白組』の人に【魔力譲渡】を掛けていく。


「いきます」


 綿原さんの掛け声と共にヒヨドリを模したサメがスチェアリィ組長に襲い掛かった。


 ふと気付けば広間の熱気が、少しだけ柔らかくなっているような……。

 気合を入れまくったところにお笑い要素がブチ込まれて、ちょうどいい感じに緩和されたのか。


「てあっ!」


 鋭く曲がる軌道に合わせ、スチェアリィ組長は初見で見事にサメを斬り伏せた。やはり『覇声』の名は伊達ではないな。

 まあ綿原さんはヒヨドリの模倣に専念していたので、対戦経験のあるスチェアリィ組長に斬れないはずもないのだけど。


 それでも周囲からは歓声が上がる。熱くなったり緩くなったり、冒険者たちは大忙しだな。

 綿原さんが狙ってこの状況を作り上げたのかはわからない。間違いないのは、悪くない方向にみんなの気持ちが傾いた現実だ。



「さ、出発よ。みんな」


 モチャドヤっとした笑顔な綿原さんの声に従い、俺たちは動き出す。



 次回の投稿は明後日(2025/10/26)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
>倒した魔獣については、解体作業をすることもなく壁際に放置してある。  今回結構な頻度でこんな感じの言葉が出るせいか、ふと思った。  いくら倒しても迷宮に吸収されて再び魔獣の材料になるだけなんだから…
迷宮に慣れてるペルマのベテラン勢でも苦戦する訳ですから、やっぱり新種が大量ってのは怖いですね…… 何事もなく終わりはしないだろうけど、頑張ってほしい
ペルマの冒険者ってのはやっぱプロなんだなあと思わせる回でしたね。 あとは心意気と実務との折り合いをどうつけるか、という感じだけど多分もうそのライン引きはできてるんだろうな、などと考えてしまいました。
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