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第572話 風速の矢と陽炎の剣



「優柔不断ですみませんでした。切り替えます」


「そ、そうか」


 トウモロコシに集中しながら敢えて決意を言葉にした俺に、弓を構えたサーヴィさんが少し引いている。


 個人的に嫌っていないのは本当だし、血筋がどうのこうのとは思わない。むしろサーヴィさんやピュラータさんからは気遣いすら感じているくらいだ。ギャンブル絡みではあったけど、冒険者っていう存在が面白可笑しい集団だって教えてくれた一人でもあるし。

 それでもこの人が近くにいると、迷宮に消えていく近衛騎士総長を思い出すのも事実なんだよ。サーヴィさん本人が否定していても、後ろめたさが頭を持ち上げる。


 ぶっちゃけさっきは本気で【冷徹】を取ろうかと考えたくらいだ。綿原(わたはら)さんのレッドツインヘッドシャークが目の前に来てくれて本当に助かった。

 地上でサーヴィさんと話しているぶんには平気だったのだけど、迷宮で、しかも戦闘ともなると相乗効果もあるのか、胸に刺さったトゲが疼くんだ。


 さっきの多数決で手を挙げそこねたのは、概ねが総長を滑落罠にかけた面々だった。ミアがあんな風に思い悩む姿なんて超レアで驚いたくらいだ。今は元気に矢を放っているけれど、そういう切り替えの早さが羨ましい。

 何よりも凄いと思ったのは、黙って即賛成に回ったミリオタの馬那(まな)だ。腕を切り飛ばされた経験があったというのに、それでも当たり前みたいに。


 それぞれの心の強さが俺には眩しいくらいだよ。


「こちらこそすまないな。俺たちの事情を押し付ける形になった」


「冒険者同士ですから。明るく仲良く交流するのがカッコいいんだと思います」


 サーヴィさんから掛けられた声に、うん、ちゃんと落ち着いて返すことができたと思う。


 魔獣が増加し続けていて、新種まで登場したからこその『シュウカク作戦』なのだから、ここで有効な対応策を持つ組から情報を得たいと考えるのは当然だ。『白組』だって貪欲にもなる。

 敢えてサーヴィさんを推してきたのも、因縁を持つからこそ仲良くしておくべきだっていう感覚だろう。ロゥト夫妻が『白組』側の『一年一組』担当っていうポジションなのも、そういう意味かもしれないし。



「それ、変わった矢ですよね」


「特注だよ。弓の方は五層素材だね」


「さすがは一等級ってとこですか」


「ははっ、調子が出てきたじゃないか、ヤヅ」


 調子に乗って、なるべく軽い感じでサーヴィさんと言葉を交わしていく。サーヴィさんを守りつつも、射撃の邪魔をしないような位置取りをしているピュラータさんの口元が嬉しそうに歪んでいるのが見える。

 結局この二人もいい人たちなんだ。


 サーヴィさんがまさに弓につがえている矢は、ミアのような市販の既製品とはちょっと違っている。

 鉄製であることに違いはないのだが、矢じりの形状が面白い。先が鋭い十字の四枚羽がペルマ迷宮でのスタンダードなのに対し、サーヴィさんのは円錐形の矢じりをアタッチメントのように後付けしているのだ。しかも中空で、内側には斜めにラインが入っている。どことなくドリルを思わせるが、筋彫りされているのは表面ではなく内側ってところがミソなんだろう。


 形状の意味するところは想像できる。【風弓士】であるサーヴィさん専用の矢か。

 海藤(かいとう)の巨大ダーツやミアの剛弓もそうだけど、いいよな、専用装備って。


「一番左をお願いします。任せますので、好きにしてください」


「了解だよ。さてここで、友好の証にネタばらしだ。俺の持つ技能は【身体強化】【視覚強化】【遠視】【視野拡大】【魔力付与】【一点集中】に【反応向上】。ここまでは弓士としての基本だな」


 迫りくるトウモロコシを目前にして悠長なやり取りだけど、それくらいの猶予は残されている。

 こちらはとっくに盾組の整列が終わり、現状ですでに海藤が一体を倒し、ミアと(ひき)さんで二体を無力化完了。残り四体へは夏樹(なつき)の石や綿原さんのサメが次々とぶつかり、体勢を乱し続けている最中だ。魔力タンクモードな深山(みやま)さんは『氷床』を温存して後方待機するくらいの余裕っぷり。


 ところでサーヴィさんはそこまでネタバレしていいのだろうか。

 俺たちはこれで、結構隠しているんだけどなあ。


「そこに【風術】と【魔術強化】を加えると、こんな感じに……、なるっ」


 俺の心配を他所に、セリフの最後でサーヴィさんが矢を放った。


 俺は【観察】と【魔力観察】を使っているから、何が起きたか全部を理解できる。サーヴィさんは引き絞った矢を放った直後に【風術】を発動させたのだ。

 同時では意味が無い。弓の弦から得られた力が全て解放され終わってからの風による加速。ペルメッダへの旅路の途中、ガラリエさんが使った『風盾衝撃』に近い理屈だ。


 ガラリエさんが盾の内側に風を発生させたのに対し、サーヴィさんは矢じりの中か。内側の彫りの効果もあって、矢は鋭く回転しながら真っ直ぐ飛んでいる。

 確かにこれが風を併用した最適な力の与え方だというのは理解できる。それにしたってタイミングと【風術】の効果範囲が絶妙過ぎるんだ。これって物凄い高等テクニックじゃないか?


 そんなサーヴィさんの矢はトウモロコシの葉を一枚だけ千切り飛ばし、不壊オブジェクトである迷宮の壁に当たってから地に落ちた。



「途中で軌道を変えることはできないので、直線で当てなければ意味が無い。だから君たちと同行できて助かっているんだ」


「慣れ、ですか」


「そう。こうして余裕のある状況で相手の挙動を観察できれば……、さて、つぎ辺りは当てられるかな」


 素早く次弾を弓に装填したサーヴィさんが薄く笑う。


 なるほど、途中で軌道を変えてホーミングなんてマネはできないのか。あくまで初速を極限に上げる程度の矢。

 だけど、それが物凄い。サーヴィさんの持つ弓は五層素材とはいえ、ミアが普段使いしている弓より一回り小さいんだ。それなのに矢の勢いは、剛弓、すなわちハイパーエセエルフアローより確実に上だ。


 これが風の弓士か。実にいい。大好物だよ、こういうの。


 ウチでは陸上女子な(はる)さんと文系オタな野来(のき)もまた【風術】使いだけど、自身の動きを補助したり敵の行動阻害をメインにしている。武器の威力を上げる方向性じゃないんだよな。

 まあ、野来の場合はガラリエさんの弟子だけあって『風盾衝撃』の練習中だけど。


「技能が九個っていうのは十三階位としてはちょっと少なめだけど、だからこそ連射が効くってことさ」


「あ、あははっ、凄い戦力ですよ。本当に」


「そうかな」


「はい」


 続いて放たれた矢もまた風の力で急加速し、見事にトウモロコシの頭部を貫通した。


 首根っこにある急所からはズレてはいるが、房の部分の一部を吹き飛ばすくらいの威力が出ている。空中でそんな衝撃を受ければ、当然魔獣だってバランスを崩す。それどころか頭の一部が欠けてしまえば、ここからのジャンプや攻撃だって上手くはできなくなる。


 カッコいいよなあ。ああ、グジグジしてた俺がバカみたいだよ。

 風を纏って射出された矢によって、薄暗い感情が完全に吹き消された気分だ。



「悔しいデスが、お見事デス」


「ははっ、これでも長いからね」


「あら、若い子から褒められて、良かったわねえ」


 近くで矢を放っていたミアが微妙にぐぬぬとしながら、それでもサーヴィさんを褒め讃えると、奥方のピュラータさんがかき回しにかかる。


 ここは迷宮の中で、未だに戦闘は続いているけど、サーヴィさんとピュラータさんは地上で明るくブックメーカーをやっていた時と一緒の笑顔だ。やっと心から確信できた。この人たちは今を心から笑っている。

 だからもう、俺は沈まない。


 残されたしがらみもひっくるめて、総長の影なんて消えてしまえ。


 こちらに背中を向けてサメを操るメガネクール女子が、何故かこのタイミングでこっちを見てからモチャっと笑い掛けてくる。どうやって俺の心を察知しているんだろうなあ、この人は。



 ◇◇◇



「十一時だ。飛べ。野来!」


「『風盾衝撃』!」


 俺の声と共に【風騎士】の野来が飛び立つ。


 階位と技能で底上げされたパワーに加え、サーヴィさんの矢と同じく盾の内側に【風術】を叩き込むことで速度を乗せた、上空へのシールドアタックだ。

 大盾を頭上に構えることで毒への対策にもなっているのが良い感じだな。【鉄拳】を取ったせいか、思い切りもいい。


 近接距離になるまでに倒し切ったトウモロコシは結局海藤の短槍投擲による一体のみ。ただし残り六体のうち、四体はミアと疋さん、サーヴィさんによってダメージを与え終わっている状況だ。

 ちょこちょことチャラ男の藤永(ふじなが)が【雷術】を使い、矢が刺さったままのトウモロコシに追加スタンを掛けてくれているのが大きい。


「うわっ、ちょっ!?」


「ガラリエさんは遠いね」


 ジャンプ中のトウモロコシに盾をブチかましたところまでは良かったのだけど、着地がなあ。『風盾衝撃』は、むしろ的にぶつかってからが難しいんだ。

 相方の白石(しらいし)さんにツッコまれてるぞ、野来。


「『風盾衝撃』専用の盾があったらいいかも」


「アリだな、それ。戻ったら提案してあげなよ」


「うん。そうする」


 それでもフォローを入れる白石さんには全面的に同意だ。

 内側は風を受け止めることを考慮した造りにして、トゲとかを生やすのも悪くない。だけどそれじゃあ使い勝手が変わってくるか。これは要相談だ。


 クラスメイトの特性ごとに装備が派生していくのって、いい感じだよな。


「イヤっ!」


「っす」


 俺が不埒なコトを考えているあいだにも、野来が空中で吹き飛ばしたトウモロコシの頭部にミアの矢が突き立ち、流れるように藤永が雷を落としていた。うん、いい連携だ。


 これで無傷のトウモロコシは残り一体。追加の魔獣が来なければ完全に安定と言っていいだろう。

 さて、今回の戦闘のテーマはお客の二人、サーヴィさんとピュラータさんに余裕を持ってトウモロコシを体験してもらうことだ。


 だから、フラグにはならないでくれよ?



草間(くさま)(はる)さん」


「あっちは大丈夫」


「こっちも物音しないよっ!」


 戦闘には関与せずに、複数ある扉の近くで警戒をお願いしていたメンバーから、問題なしの報告が飛んでくる。フラグは速攻で消え去った。


「誰でもいいから順次トドメだ。ただし五体まで。斥候役の二人はごめん。あっちの枝道の確認だ」


「ブッコミマス!」


「任せて」


「にひぃ~」


「わたしもいいかしら? 鳴子(めいこ)、【身体補強】をお願い」


「うん!」


 ミア、中宮(なかみや)さん、疋さん、そして綿原さんがそれぞれ獰猛に笑う。ウチの女子は気合がみなぎっているなあ。ちゃっかり後衛職の綿原さんも混じっているし。

 弓を短剣に持ち替えたミアを見たサーヴィさんが引き気味になっているけど、ウチのアーチャーは近接アタッカー兼務なのだ。


「おいおい。少しは騎士職にも回してくれよ」


「これで先着受付終了だ。五体目は古韮(ふるにら)で」


「おうよ」


 おどけた声で自己主張をしてきたイケメンオタな古韮に優先権を回した途端、我先にと名乗りを上げたメンバーがトウモロコシに殺到した。

 中々に凄惨な光景だが、相手は植物タイプなので残虐行為とまでは言い切れない。空中で血でできたサメが舞い踊っているけどな。


「うわあ」


「藤永、味方に当てないように気を付けろ」


「もう雷、必要ないと思うっす」


 ドン引きモードなピュラータさんを置き去りにしつつ藤永に念押しすれば、これ以上のスタンは無用との返事だ。

 うん、俺もそう思うけど、一応な。


「参加できないのが残念ですわっ! タキザワ先生も悔しいですわよね?」


「え、ええ、そうですね」


 トウモロコシ禁止令を出されているティアさんの会話に付き合ってあげている滝沢(たきざわ)先生は優しいなあ。



「馬那、佩丘(はきおか)。無事な一体を拘束しておいてくれ。削るなよ?」


「おう」


「面倒くせぇなあ」


 寡黙な【岩騎士】と口の悪い【重騎士】に注文をつけつつ、俺はピュラータさんに向き直った。


「じゃあ、ピュラータさん、出番です」


「待ちかねたわ。任せて!」


 今までサーヴィさんを守るために後方にいたピュラータさんがドン引きから一転、元気で明るい声と共に右手の剣を握りなおす。


「伝えておくわね。あたしの技能は【身体強化】【反応向上】【視覚強化】【剛力】【強靭】【剛剣】【大剣】【鋭刃】、そして【熱術】と【魔術強化】よ」


 そしてサーヴィさんに続けての大暴露ときた。俺たちに対する詫びの気持ちもあるのだろうけど、そこまですることないのにな。


「ウチにもいますけど、魔術前衛も大変ですよね」


「そうね。盾関連を取れてないのがちょっと」


「楽しみにしてますよ、【熱剣士】の戦いっぷり」


 とはいえ今の俺は完全にフレンドリーな心持ちなので、口も滑らかだ。

 十三階位で【熱剣士】のピュラータさんが苦笑いになるけど、俺からしてみれば期待しまくりだよ。


「ありがとうね」


 俺の表情を見てちょっと驚いた顔になったピュラータさんが、今度こそ普通に笑ってくれた。


 実際、前衛で魔術併用型の神授職持ちは大変なんだ。

 ウチのクラスの場合、【聖騎士】の藍城(あいしろ)委員長や【風騎士】の野来が典型例。前者は【聖術】で後者は【風術】を使う騎士だけど、魔術を取得する引き換えに前衛系の技能が遅れがちになる。それでも俺たちは転移特典で魔力量がズルしてるからマシな方なんだけど。



「最初は硬さを確かめてください。一番左ので」


「了解よ!」


 つぎつぎとトドメを刺されていくトウモロコシを横目に、ピュラータさんに最初の獲物を指定する。

 アレってさっきサーヴィさんの矢で弱らせた魔獣なんだよな。狙ったワケじゃないけど、これもまた夫婦の共同作業ってヤツかもしれない。


 駆け足でトウモロコシに向かうピュラータさんの装備は左腕に中盾、俺たち的にはヒーターシールドと、右手にはちょっと短めだけどそのぶん刀身が厚みを持たせた両刃の片手長剣という、剣士系としてはおなじみのスタイルだ。

『ときめき組』と違って『白組』の人たちは統一装備じゃないんだよな。まあ『赤組』や『オース組』のフィスカーさんたちみたいに、装備がバラバラな方が冒険者のスタンダードなんだけど。


「ええいっ!」


 なんとも可愛らしい掛け声と共に、ピュラータさんが地べたでジタバタしているトウモロコシに剣を振り下ろした。


「なるほど、ああなるんだ」


「どうなの?」


 突き刺すのではなく、横から剣を振り下ろして切り落とす行為に出たピュラータさんに思わず声が漏れる。すかさず聞き返してきたのは横にいるロリっ娘な奉谷(ほうたに)さんだ。

 この距離からだと【観察】無しでは見えないか。


「切り付けた部分が、ちょっとだけしんなり? 柔らかくなってるように見えるんだ」


「そうなんだあ」


 説明になっているかもあやふやな俺の答えに、コテンと首を傾げた奉谷さんがニパっと笑う。


【熱剣士】なんて字面だと炎の剣とかが想像できてしまうのだけど、ピュラータさんはそうではない。

 まさに『熱い剣』なのだ。精神的な意味ではなく、リアルで。


 ウチのアネゴな笹見(ささみ)さんが水を沸騰させるように、ピュラータさんは自身の剣を熱する。斬った物体が後追いで燃えるような温度ではなく、それでも対象を変質させてしまう程度の熱。なんとも微妙だけど、そういう表現になるのだ。

 幸いと言うか何と言うか、迷宮に出現する魔獣は生物を模している。ぶすくれ田村(たむら)曰く、五十度に届かないくらいでもタンパク質は十分破壊され始めるそうなので、魔力コーティングを貫いてもなお熱ければ、体組織の変性という形でダメージに繋がるのだ。芋煮と同じ理屈だな。


 まさに熱したナイフでバターを切るかのごとく……、というのとは意味が違っている気もするけど、そこはまあいい。

 要はピュラータさんの『熱剣』は、魔獣に余剰ダメージを残存させる効果を持つ剣ってことになる。


 中宮さんたちが使う【魔力伝導】による魔力相殺とはまた違う、物理的な攻撃手段か。

 一瞬『芋煮ソード』とかいう単語が頭をよぎるが、口にするのは思いとどまる。


 ちなみに笹見さんが候補には出していてもアクティベートできていない【熱導術】は、もしかしたら魔獣に火をつける領域なんじゃないかっていうのがクラスの共通見解だ。伝承では太陽を地上に顕現させたらしいし、そこまではいかなくてもせめて薪に直接着火するくらいならイケるはず。

 温度低下特化型である深山さんの【冷術】にしてもアブソリュートな絶対零度には程遠く、むしろ程よい低温保存がウリだし、意外と温度操作系の魔術は幅が狭いのだ。


 ホント、この世界の魔術って微妙だよなあ。



「意外と硬い、わねっ」


 ところでピュラータさん、『熱剣』で斬りつけまくるのは構わないんだけど、勢いで前のめりになったら──。


「あ、痛い! すっごく痛い! 助けてっ!」


 そう、うごめく葉っぱから痛覚毒をもらうことになる。


 近くでガリゴリ短剣を動かしている綿原さんなんかは足で葉っぱを踏みつけながら、ちゃんと上体を逸らせて毒を食らわないように気を使っているのに。前衛職の人で【鋭刃】持ちなら突きが一番安全だけど、『熱剣』効果を考えればアレがピュラータさんの攻撃スタイルなんだろう。

 まあ、こういうのも慣れるためのステップだから仕方がない。


「田村」


「おう。いい経験だろうさ」


 俺が声を掛けた時には、田村はすでにピュラータさんに駆け寄り出していた。


「頼んだよ、タムラ。あれでも俺の嫁さんなんでね」


 奥さんがジタバタしている光景を見るサーヴィさんが苦笑いだけど、こういうのも夫婦関係なのかな。



 ◇◇◇



「ねえ、やっぱりやらなきゃダメ?」


「終わったら【魔力譲渡】しますから、技能全開でやってください」


「そ、そう。それじゃあ遠慮なく」


 佩丘と馬那が盾で挟み込んでいる『無傷』のトウモロコシを見つめるピュラータさんは引け腰だ。それでもここはやってもらう一択しかない。


 事前にサーヴィさんが弱らせていたトウモロコシは、ピュラータさんのギブアップにより笹見さんがいただくことになった。決してピュラータさんが弱いとは思わないが、痛覚毒がかなり堪えたらしい。ウチには【痛覚軽減】があるので、ある程度の時間は耐えることができるのだけど、素の状態だとかなりキツいと草間も証言していたっけ。


 とはいえトウモロコシの挙動は散々確認したし、急所の位置だってハッキリしているのだから、ピュラータさんには踏ん張ってもらいたい。

 絶賛決行中の『シュウカク作戦』において、突入部隊は組合からそれなりの自由裁量が与えられている。一番の作戦目標が新種であるトウモロコシへの対応をそれぞれが模索することだから、話し合ったりするための時間的な猶予が多めに見積もられているのだ。ただし、指定区画の完全網羅もまた重要な任務である。


 要は時間を使うべき場面をしっかり判断する必要があるってことだ。


 よってビビっている時間はムダ判定。

 さっきサーヴィさんとピュラータさんの同行について多数決をしたのは、目を背ける。さあ、終わってしまった過去は振り返らずに切り替えていこう。



「はい、やりましょう。三、二……」


「え? わかったわよ、もうっ!」


 万全状態のトウモロコシを捕獲している二人に視線を送ってから、俺はカウントダウンを始める。

 ピュラータさんが一児の母とは思えないようなノリになっているけど、そんなのは無視だ。


 少々スパルタっぽく見えるが、この状況でピュラータさんが【聖導術】を使わなきゃならないような怪我を負う可能性はゼロに等しい。

 ヤバい事態になる一歩手前で疋さんのムチと中宮さんの木刀が動くことになっているし、ピュラータさんのすぐうしろには【聖盾師】の田村もいるのだ。間違いが起きるはずもない。


 ちなみに奉谷さんの【身体補強】は無し。『白組』にはバッファーなんていないから。


「タゲは取れたか。お?」


 俺がカウントを終了した瞬間、馬那と佩丘が大きく後方に跳び、その場に残されたトウモロコシのヘイトが完全にピュラータさんに向かったのを確認したところで、面白い現象が起きた。


「俺よりそれっぽくないか? アレ」


「霧とは原理が違うだろが」


 楽し気な声の古韮に、盾を構えたままの田村がツッコム。


【霧騎士】の古韮が言いたくなるのもわかるのだ。なにしろピュラータさんの剣から明確に陽炎が立ち昇っているのだから。

 さっき失敗したトウモロコシでは薄っすらとだったが、今回は気合を入れて【熱術】全開ってところか。


「あれ、もっと鍛えたら見えない剣になるんじゃないかな」


「それって風だよ。孝則(たかのり)くん」


「いやあ!」


 野来と白石さんのオタ会話にピュラータさんの叫びがカットインした。


 彼我の距離が短いせいかトウモロコシはジャンプではなく、その場でのけぞりつつ頭突きモーションに入る。

 対するピュラータさんは、敵の首元を狙う突きの体勢だ。


 頑張れピュラータさん。冷静になって戦えば、普通に勝てる相手だぞ。



 次回の投稿は明後日(2025/10/24)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
八津、いい感じのメンタルになっていいですね。サーヴィさんの矢もまた面白いですね!最小の範囲で非常に高い能力を発揮してる。 一年一組初期装備がどうしても似たようなものだったので、個性が出てくると戦闘が映…
あらあら、ピュラータさんが可愛い。 サーヴィさんはいい男感あるし、素敵なご夫婦感が戦闘回ですら現れるのいいっすねえ。
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