第571話 元勇者たちとの関係性:サーヴィ・ロゥト『白組』所属冒険者
遅くなりました。申し訳ありません。
『今っ、戦場を征く君は、熱く血潮をたぎらせるっ! ライライ! ラライ、ライラライ──』
「なんだこれは。歌?」
「【奮戦歌唱】……、か?」
迷宮を速足で進む『白組』の組員たちが訝し気な表情となっている。
【音術師】の使う【奮戦歌唱】は周囲への戦意向上効果を持つことで広く知られる技能のひとつだ。
最も一般的な使用場面は軍での士気高揚、つまり戦場において多人数の兵士に行使される。迷宮に限定すれば、二層あたりで駆け出しの尻に火をつけるくらいか。俺も若い頃に何度か受けた経験はある。
「四層だぞ?【音術師】なんて──」
仲間が首を傾げてしまうのも当然だ。この状況はあまりに不自然だからな。
【音術師】は迷宮戦闘に向く神授職ではない。かなり無茶をして三層で味方を鼓舞するような運用は可能だとしても、四層では明らかに足手まといだ。ほぼ確実に専属の護衛が必要となるので、割かれる人員も無駄になる。
ましてや今回の『しゅうかく作戦』は、高階位者のみを選抜した特別なものだから。
だが俺は記憶している。彼ら若者たちの中に、こんな聞いたことも無い調子の歌を歌うことができる背景を持つ少女と、それを指示するかもしれない少年の存在を。
「いる。『一年一組』に一人。自称【音術師】のアオイ・シライシ。たしか十一階位だったはずだ」
「あの丸眼鏡の子ね」
俺の言葉に相方のピュラータが頷く。
ピュラータとてシライシが【音術師】ではなく、本当は【騒術師】であることは知っているが、特段口にすることもない。
俺の持つ伝手で仕入れた『一年一組』の情報は組内でも一部には伝えているが、敢えて広めるようなマネはしないと決めている。彼らに敵対する可能性がある行為など、する気にもならないのもあるが……。
なによりあの若者たちは元勇者であるかもしれないが、今は俺たちと同じくただの冒険者なのだから。
「大人しそうな子だったのに、こんな大声で……。なるほど【大声】ってこと」
勝手に印象付けて、そこから素早く答えを見出して納得している辺りがピュラータらしい。
ウチの組長の娘であることはさておき、奔放で、そして聡明な人なのだ。
全くもって、俺にはもったいないくらいのお相手だな。
「それにこの声の感じ、楽しそう。もしかしたらそういう子なのかもしれないわね」
「ピュラータ、人物鑑定はそこまでだ。問題なのは──」
「戦闘が起きているのか? でしょう」
「そうだ。歌声が強すぎて、俺には戦闘音が拾えてない」
「わたしもね」
シライシの歌声こそ聞こえるものの、戦闘自体はまだ先の部屋で行われているのは間違いない。剣戟の音は届いていないにも関わらず、歌だけはしっかりと聴き取れるというどこか薄気味悪い状況だ。
「夫婦漫才はそこまでだ。どうせ倒す敵など出やしない。罠に警戒しつつ、走るぞ」
「了解だよ、隊長」
今回の臨時編成で『白組』の看板を背負うことになったフライスク隊長の言葉に従い、俺たちは速度を速める。
◇◇◇
「もっと球速あった方がいいすか?」
「そうですわね。それよりその妙な口調はおやめなさいな、タカシ。ヨウスケのマネですの?」
「わかった、よっ!」
異様な光景だった。
芋を倒すために蔓を千切り無力化を図るのは常套手段であるが、【剛擲士】のタカシ・カイトウは何故それを投げているのだろう。
飛来した魔獣に拳を合わせて打ち砕いたのは侯息女殿下……、現在は一介の冒険者であるリンパッティア・ペルメッダ。どうしてそんな迂遠なことをしているのか、ちょっと理由が及ばない。
「ふっ」
芋で遊んでいるかのような面々とは離れた場所で、三角丸太が重たい響きと共に倒れていく。
急所にねじ込んだ剣を引き抜くのは、二人一組という意味で知った顔だ。
あの『情無し』とまで呼ばれたメーラハラ・レルハリアが、迷宮戦闘とはいえ主と別行動をしている?
「あははははっ! あはっ! ときめくねえ!」
「ああ、こいつはまったく、ときめきまさあ!」
そしてげらげらと笑いながらスチェアリィ・バーハ組長と『ときめき組』の組員たちが新種の魔獣【葉脚三眼唐土】を相手に、妙に手際よくトドメを刺していた。
目立った怪我人は……、見当たらないか。
なんなんだ、これは。呆れと驚きという感情しか浮かばない。
芋、牛、丸太、そして新種の唐土の残骸が広間中に散らばっている。
合計すれば遭遇した魔獣は二十体を超えていたのだろう。『ときめき組』と『一年一組』が合力すれば、戦えない後衛職を多く抱えていたとしても倒しきるのに疑問は感じない。だが、それにしても余裕がありすぎでは。
「ようこそだよ、『白組』。腑に落ちない顔だねえ。モヤモヤするのはわかるよ」
最後の魔獣を倒し切った『覇声』のスチェアリィが俺たちの方に向き直り、意地の悪い笑みで声を掛けてきた。
『ときめき組』は言動こそイカれているが、その実力は確かとされている。双剣使いの『覇声』こそ派手ではあるものの、軍での経験を活かした堅実な戦いをすることで有名なのだ。だが、この戦場跡からはそんな雰囲気が感じられない。
「けれどさ、こいつらと戦いをご一緒したらわかると思うよ。笑わずにいられるかってね」
いい笑顔のままなスチェアリィ組長の言葉で、俺も思い至る。
新種を発見し倒した実績を持つとはいえ、半数が後衛職という異様な編成をしている十一階位と十二階位の集団が突入部隊に選ばれた。組合は『一年一組』の何かを認めているのだ。
そんな不思議な強さを持つ連中が『ときめき組』に協力すれば、こんな光景が生み出されるということか。
四層での『赤組』救出辺りから実力を疑う気は失せていたが、それでも見積もりの方向を違えていたのかもしれない。
「牛と唐土は全部、丸太と芋だって半分は『ときめき組』じゃないですか。俺たちはおこぼれをもらっただけです」
「結果はそうかもだけど、展開がねえ」
『指揮官』と『覇声』が軽口を叩き合う。
お互いを理解した風に笑う連中の様子に、戦闘そのものを見ておきたかったという気持ちが湧きあがるのは冒険者として当然だ。
「いろいろ物珍しかったけど、俺はあの歌が気に入った!」
「ああ。アレはときめいたな!」
「あ、ど、どうも」
そんな俺の思いを他所に、広間では緩い会話がなされている。
いかつい冒険者たちが娘くらいの年齢のシライシを褒め称えているのは、どうなんだろう。
「改めて、臨時編成『白組』の隊長、フライスク・ミーインだ。後学のため、戦闘の詳細を聞かせてもらってもいいだろうか?」
そんな状況を打破すべく、ウチのフライスク隊長がスチェアリィ組長に頭を下げる。武骨で口数が少ないが、こと迷宮に関する事柄ではしっかりとしている人だ。
ここで会話に入っておかないと、雑談からそのまま行動再開になりそうだったからな。
「構わないけど作戦中だ。手短で勘弁してもらうよ」
「ああ、助かる」
『覇声』もよくぞ受けてくれたとは思うが、さっきまで作戦中に騒いでいた人の言うことだろうか。
◇◇◇
「あたしたちに楽をさせ過ぎだよアンタら。危うく新種を雑魚と勘違いしそうになった」
一連の戦闘について聞かせてもらったのだが、なんと『一年一組』は厄介な新種を次々と無力化していったらしい。
このままでは訓練にならないと、三体は無事なままで残してもらったのだとか。にわかには信じがたい話だ。
【疾弓士】のミア・カッシュナーと【雷術師】とかいうヨウスケ・フジナガの組み合わせか。前者はさておき、後衛術師が新種に有効な手管を持つという事実は大きい。倒すことができないとしても、継続的な足止めが可能とは。
物語に登場する【雷術師】のごとく自在に雷を扱うとは思えないが、注視はしておいた方がいいのかもしれないな。
「あんなことできるのは『一年一組』だけだろうねえ」
「話を聞く限り、是非ともフジナガの技を見たいものだが」
「凄いもんだよ。あたしなんかは、本気で引き抜きたくなったくらいさ」
「俺っす!?」
『ときめき組』のスチェアリィ組長とウチのフライスク隊長から同時に視線を向けられたフジナガが、両手をワタつかせて慌てる。冒険者でもよくあることだが、強さと性格は別物だな。
「ダメ」
「訓練場でわたくしに勝利してから、もう一度ほざきなさいな」
冗談交じりの会話であったにも関わらず、ふたつの声が広間に響く。
短い方は【氷術師】のユキノ・ミヤマ。セリフの内容のワリには、ぼんやりとした緩い表情をしている。
後者は言わずもがな、元侯息女殿下たるリンパッティア姫だ。『ニューサル組』との一件を持ち出しつつバキバキと指を鳴らす姿は強者のそれだな。昨日の戦いっぷりを思い返せば、十三階位で弓士職の俺では近距離で勝てる気がしない。
「あははっ! 盗りゃあしないさ!」
対して闘気を振り撒く姫様にも物怖じしないのが『覇声』のスチェアリィだ。笑顔のままで流してみせる。
「あ、いや、しかし『覇声』の。無茶をし過ぎたんじゃないか?」
慌ててウチの隊長が話材を逸らした。強弱は置いておいて、姫様を擁するような連中と険悪になる必要などない。
「いやあ、『魔獣の群れ』になったらこんな感じにもなるんだよね?」
軽く肩を竦めたスチェアリィ組長の視線の先には、ヤヅがいた。アウローニヤで『魔獣の群れ』を経験したと、彼が満場の冒険者に対し言い放ったことは、記憶に新しい。
「……それはそうですけど、あくまで可能性ですよ?」
「それでもさ。せっかく助太刀がある状況だ。体感しておきたかったんだよ。すまなかったね」
ヤヅの念押しに、イタズラっぽい苦笑を浮かべたスチェアリィ組長が白状する。
こういう抜け目の無さを持つのが『覇声』のスチェアリィだ。
彼らを率いる組長を筆頭に、組員たちは兵士上がりがほとんど。積むべき訓練の機会を見逃さないということか。
そしてもうひとつ。おそらくだがスチェアリィ組長は『一年一組』の実力を測っていた。話の中で出てきたヤヅの指示に従うという判断も、『指揮官』の能力を見たかったからだろう。
逆に『一年一組』もそんな思惑に乗った節がある。カッシュナーとフジナガによる連携で新種の唐土を無力化する手法など、ほかの冒険者たちに真似ができるようなものではない。
意図するところは自分たちの有用性を広く知らしめるといったところか。
つまりは両者の都合が、それなりの落としどころでかみ合った。
俺たち『白組』は、出遅れて劇を見損ねた形になる。なんとももったいないことになってしまったな。
「でさ、あたしからの提案だけど、『白組』はちょっとだけでも『一年一組』と共闘した方がいいんじゃないかな。ヤヅ、調整できるかい?」
「あ、えっと……」
俺たち『白組』の心中を読んだかのようなスチェアリィ組長の持ち掛けに、ヤヅが困惑の表情となった。
「ここからの経路だと、二つの組を合わせるのは無駄が多いですね。七部屋先で合流はできますけど」
取り出した地図を指でなぞったヤヅが、申し訳なさそうに告げる。
確かにヤヅの示した通り、ここから先の予定経路は大雑把に左から『白組』『一年一組』『ときめき組』の並びになるが、その一角が放置されるということか。
今回の『しゅうかく作戦』の骨子はしらみつぶしだ。各組が請け負う範囲は絶対に潰しておく必要がある。
「ではそこまで、こちらから人員を『一年一組』に預けるというのはどうだろう」
「え?」
「道中に魔獣がいれば戦闘に参加させてやってほしい。どうあれ七部屋目で再度合流するということで」
ウチの隊長から出された提案を受け、ヤヅが顎に手を当てた。次善の落としどころとして悪くはないからな。
組合が打ち上げた今回の作戦の予備目標として、組同士の連携強化も含まれている。戦闘面だけでなく、感情的な友好を含めてだ。
今後、迷宮四層の異常が拡大していくとすれば、冒険者たちもこのままのやり方だけでは対応できない可能性が出てくる。隊の人数を増やしたくらいでは処理しきれない数の魔獣が発生した場合に備える必要があるのだ。
組合としても大っぴらに口にはしていないが、組同士の連携を視野に入れているだろう。古くからある『狩場』という概念を覆すことに難色を示す組も多いだろうが、現実には対応しなければならない。
だからこそ今回、新種の発見に繋げる形で複数の組が連携する『しゅうかく作戦』が企図されたと俺たちは睨んでいる。目標は新種との戦闘慣熟と殲滅ということになっているが、裏の事情はそんなところだろう、と。
出立の際にベルハンザ組合長が『仲良く』などと言っていたが、アレは軽い冗談ではないのだ。
組合から声を掛けられた全ての組が参加しているという事実からは、もちろん冒険者としての気概もあるが、組長たちの思惑も見えてくる。
新参の『一年一組』がそういう視点を持ちつつこの作戦に参加しているかどうかはわからない。むしろ狩場という考えが浅い彼らの方が、受け入れやすい事態ではあるだろう。
「サーヴィとピュラータを出す。どうだ? 受けてくれると助かるのだが」
だが、続くフライスク隊長のセリフを聞いた『一年一組』の面々に、ちょっとした緊張が走った。
俺の出自と彼らの事情を知るウチの隊長の考えはわかるが、少し踏み込み過ぎたかもしれない。
「どうするの? 八津くん」
口ごもるヤヅを見つつ、ナギ・ワタハラが心配そうに確認をする。
「えっと、悪い。委員長に頼む」
「わかった。多数決をしよう。今回は……、賛成の場合だけ手を挙げる形かな」
ヤヅに話を振られた勇者、【聖騎士】のマコト・アイシロが仕切り始めた。
それにしても、全員の意見を簡潔にまとめる気か。組長のショウコ・タキザワに一任しないんだな。
「僕は賛成するよ」
「わたくしもですわ!」
率先して手を挙げたアイシロが、感情を抜きにして組同士の関係性を重視したいとういう意思を持っているのは明白だ。
勢いよく姫様が続いたのも、気遣いなのだろう。
つられてパラパラと上がっていく手の中には、そうではない者たちもいる。『情無し』のレルハリアは仕方ないとして、ナツキ・サカキ、ジョウイチ・タムラ、そして腕を組んで考え込んでいるカッシュナーはどこか挙動不審だ。ヤヅは瞳を揺らがせ、ワタハラは彼の様子に判断を迷っている。
明確な反対ではなく、出遅れただけのように見えるが、各人が素直になることのできない何らかの思いを持っているのだろう。
それもこれも、俺の元父と彼らのあいだで起きた事件が原因だ。
思わず以前使った言い訳が口から出そうにになるが、繰り返したところで意味はない。俺の感情とは関係なく、彼らにとってはろくでもない経験なのだから。
「……わたしも、賛成します」
そんな光景を見届けてからゆっくりと手を挙げたタキザワ組長は、複雑な思いを抱えつつ多数側となる子供たちの判断に従ったといったところか。
俺よりも年下なくらいなのに、幼い組員たちの心を汲み取ることができている。いい組長だな。本当に。
「賛成は十八だね」
アイシロが結局手を挙げることのなかったヤヅたちに視線を送る。
「それでも八津と綿原さん、迷宮委員の二人が難しいなら──」
「いや、気にしなくていいよ、委員長。出遅れただけだから……。もちろん多数決に従う」
「わたしも、そうね」
ヤヅとワタハラもボソボソと取り繕いつつ、賛成に回るようだ。この二人、気付いてはいたが妙に距離が近いな。
感謝を口にしたいところだが、もう少しだけでも彼らが納得するための時間が必要だろう。
『雪山組』の遭難騒ぎで彼らと偶然出会った時点では掴めていなかったが、アウローニヤの新女王が戴冠式で発言した内容については十日程前に得られている。
かの争乱時、彼ら勇者は現女王と共に迷宮に入り、俺の血縁上の父である近衛騎士総長ベリィラント伯と対峙した。もちろん敵対者としてだ。結果、公式発表としてベリィラント伯は迷宮にて行方不明。数日後には死亡と推定されている。
俺を放逐した男は、正式な罪人となったのだ。
伝えられた情報とヤヅたち勇者がさっき俺に向けた表情を組み合わせれば、その心情のおおよそは見えてくる。
それでも彼らの力を見ておきたいという欲求と、できることなら親しくなりたいという思いに嘘はない。正直な感情として、提案してくれたフライスク隊長には感謝の念すらあるのだ。
とはいえ、十以上も年下の子供たちに気を遣わせるというのは……。
「今はこれくらいでいいじゃない。付き合っていくうちに、いつか全員が手を挙げてくれるようになるかもしれないわよ?」
「ああ。そうだな。そうなれたら嬉しいよ」
小声で話し掛けてきたピュラータに、弱々しい声で返す俺はたぶん、情けない顔をしているのだろうな。
◇◇◇
『出ていけ。以後ベリィラントを名乗ることは許さん』
俺が勇者と呼ばれる少年少女たちと同じくらいの年頃、十五になってすぐに父親から告げられた言葉がそれだった。
伯爵家当主に逆らうこともできるはずもなく、悲し気な表情で口を開くことがなかった母の顔は、今でも忘れることができない。
【風弓士】という神授職を得た俺は、ベリィラント伯爵家の嫡男として失格の烙印を押されたのだ。
伯爵家の恥だと国軍に入ることすら潰された俺は、母の伝手でペルメッダで冒険者となる道を選ぶことになる。
近衛騎士としては問題外であっても、優秀な弓士であることは冒険者としてなら悪くない。結果として俺は、何を見込まれたのかペルマでも有数の組とされる『白組』に所属し、そして組長の娘であるピュラータと結ばれることになった。
名をサーバエィからサーヴィに変え、嫁さんからはロゥトの姓をもらった俺は生まれ変われたはずだ。
『アウローニヤでの名など最早どうでもいい。持ち出すな。お前はロゥトの人間だ』
婚姻に際し、ベリィラントの血を否定してくれた義父となる組長の言葉は、今も胸に刻み込まれている。
俺は気さくで怒らせると怖い嫁と、数多の将来を持つ息子を得ることができた、どこにでもいそうなひとりの男となれたのだ。
あとは血の繋がりが薄く、顔も見たこともない遠縁の姪がどういう末路を辿ってしまうのかだけがアウローニヤに残した気がかりだったが、そんな懸念も彼らが薄めてくれた。
だから本当に感謝しているんだよ。勇者たちには。
◇◇◇
「うっ、らぁ!」
「ナイスデス!」
「毎回同じ挙動なら慣れもするさ。半分マグレだけどな」
カイトウの投げた奇妙な短槍が新種の急所を突き破り、そのまま貫通した。横の個体に矢を突き立てたカッシュナー……、ミアがカイトウを絶賛する。
ここまでの道中で再確認のために交わした軽い自己紹介でミアと呼べと念を押されたのだ。彼女なりに何かしらのこだわりがあるらしい。
「十三階位の一番乗りが貴になりそうデス。負けていられまセン」
そんなミアがまだ距離のある唐土に弓を向けた。カイトウが一撃で一体を倒したものの、まだ六体が跳躍しながらこちらに向かってきている。そこに殺到するのは術師たちが操る石や魔獣の血で作られた魚。
見てはいけないようなモノを見た気もするが、遠距離からの攻撃で魔獣の足並みを乱し、反撃への起点とする作戦は悪くない。
俺とピュラータが『一年一組』に同行してから三部屋目で遭遇したのは、都合よく新種の魔獣だった。
弓使いの俺としては是非とも先制攻撃に参加したいところだが、ヤヅから敵の動きを注視するよう言い含められている。指揮権があるのは、あくまで『一年一組』だ。
「サーヴィさん。俺はあなたのコトを嫌ったりしているわけじゃありません。ただ、俺たちはアウローニヤで──」
「それ以上は話さなくていいよ、ヤヅ。それよりもせっかくの冒険者同士なんだ。俺としてはこれからも仲良くしてもらいたいと思っているんだが」
「……はい」
近づいてくる魔獣に視線を向けたまま語り掛けてきたヤヅに、出来る限り心がけて柔らかい声で返す。
「俺はね、今の生活を楽しんでいる。心の底から言い切る自信があるんだ」
「はい。だけど俺は……」
さっきの多数決で彼が手を挙げなかった理由が今のやり取りで理解できた。間違いなくヤヅは、俺の父親の死に深くかかわっている。もしかしたらそれ以上の何かすら。
彼は俺との距離が近いことで、アウローニヤでの苦い経験を思い出しているのだ。
ある程度つかず離れずの距離感を意識してはきたが、迷宮内というのが良くないのかもしれない。
申し訳なさが込み上げてくる。やはり同行を願ったのは失敗だったか。
「いえっ、囚われていたらダメですね」
「ヤヅ……」
赤紫の魚が一匹だけこちらを向いているのを見たヤヅが、薄く笑ってから首を振る。直後、彼の目つきが変わった。
あの頭が二つもある魚、ワタハラの使う『サメ』だったか。フジナガの雷といい、彼らは不思議な力を持つ術師ばかりだ。
「サーヴィさん、そろそろ一射、準備をお願いします。ピュラータさんは、もう少しで出番ですよ」
「ああ、任せておけ」
「待ち遠しいわね」
完全に表情を切り替えたヤヅの指示に、俺たち夫婦が声を揃える。
さて、ここで株を下げるわけにはいかない。少しは俺の有用さを見せておかないといけないな。
次回の投稿は明後日(2025/10/22)を予定しています。
日ハムがんばえー!