第570話 ときめけ
サブタイを変えてしまいました。旧サブタイは「突入せよ」となります。
「ブチかましてこいよ!」
「はいっ、ウルドウさん。ありがとうございます」
「おう。退路は任せておけ!」
ペルマ迷宮の三層に、陽気な声が響く。魔獣を呼び寄せそうな大きさだけど、それでも即殲滅なんだろうな。
二層ではおばあちゃんなイン組長こそいなかったけど、『蝉の音組』のエース部隊が俺たちの順路を守ってくれていた。
そして、三層ではウルドウさんたち『雪山組』や、さっきはデスタクス組長自らが率いる『ジャーク組』なんかも。
俺たちは今、マクターナさんを含む組合の『第一』を先頭にして迷宮を進んでいる。
とはいえ『一年一組』は八番手ということもあり、『第一』は三部屋か四部屋くらい先を進んでいるはずだ。もちろん会話なんてやり取りできない。
『お互いの健闘を祈っています』
俺たちの専属担当であり、そして組合の事務員でありながらトップクラスの戦闘力を誇るマクターナさんは、出発前に短く声を掛けてくれた。欠片の緊張も感じさせない笑顔だったのがあの人らしい。
作戦責任者のグラハス副組合長が先行部隊と一緒に行動しているので、マクターナさんは突入部隊の引率責任者みたいな立場になっている。
事務仕事ができて強くて、おっかない威圧も使える笑顔がトレードマークなお姉さんキャラか。アリ寄りのアリだな。
俺の属性は広いので腹黒暗躍系ヒロインやパワー型悪役令嬢だって嬉々として受け入れることができるのだ。もちろんメガネクール系鮫女子は大好物。
なんで俺の横に浮かぶサメは今だけこっちを見ているのかな。
「助かるね。ここまで魔獣と遭遇しない迷宮なんて、初めてかもしれないよ」
「本番が怖いわね。体が冷めないといいのだけれど」
「違いない」
背後から九番手となる『白組』のサーヴィさんとピュラータさん夫妻の会話が聞こえてくるが、半分くらいは同感だ。
先頭を進む『第一』がペースを調整しているのか、行進自体はそれなりに速い。ピュラータさんみたいな高階位の前衛職なら余裕だろうけど、十階位の【聖術師】などは【体力向上】無しでは結構キツいと思う。
一年一組の面々は魔力に余裕があるし、普通に使っているけどな。
トウモロコシが待ち受ける四層新区画までの経路はもちろん最短に設定されている。とはいえ二層と三層のルート全域をカバーできるだけの冒険者が投入されているわけではない。
魔獣が通りやすい、もしくは近づく傾向がありそうな広間を重点的に守り、ところどころでは扉に丸太を置いて半封鎖なんてことまでしているのだ。
「無人の野を行くがごとし、ってな」
「ブルーオーシャンね」
「絶対サメが潜んでるだろ?」
「それがいいのよ」
綿原さんと他愛のない会話をしつつ、俺たちは迷宮を速足で駆け抜ける。
◇◇◇
「すげえ、本気の丸太戦法かよ」
「それだけ真剣なんだってことだろ。目を離したら消えるかもってな」
丸太委員の田村の呆れ声に、巨大ダーツを背負った海藤が乗っかった。
この光景には俺も驚きを隠せない。クラスメイトの半数以上が構造物に注意を持っていかれて、待ち受けていたグラハス副組合長の方を見ていないくらいだ。
四層でトウモロコシの出現が確定している区画の隣室、その入り口となる広間には三つの扉がある。ひとつは新区画へ通じる新しい扉で、もうひとつは階段への経路。ならば最後のひとつは、この場合意味が無い。むしろ邪魔なのだ。
だからということで、そこは二十本程の丸太を組み合わせた柵というか櫓でガッツリと封鎖されている。いやあ、ここまで露骨な閉塞って初めて見たな。やりすぎだろ。
仮の作戦本部となるこの広間を担当する冒険者の数名が、こっちに目もくれずにその要塞に視線を送り続けている。
同じ部屋にいても目を離したら消えるかもっていうのは迷宮のオカルトではあるが、それくらい本気だということだ。
「あっちが気になるか。余裕があっていいことだ」
組み立て式の椅子に座ったままのグラハス副組合長が声を掛けてくる。
要塞っぽく組み上げられた丸太は、予約が効かない現地調達ではなく地上からの持ち込みだ。この規模となると先行部隊はまさに、大人数で丸太を担いで迷宮に突撃したってことになる。
ネットでよく見かけたあの画像が脳裏に浮かぶよな。
「副組合長も、お疲れ様です」
クラスを代表して藍城委員長が挨拶を返す。
お疲れ様という言葉の通り、副組合長の椅子の前にはこれまた組み立て式のテーブルが置かれ、新区画の地図を中心に様々な書類が散らばっている。テーブルの脇には携帯式の水時計や火時計もあって、迷宮の中だというのに普通に事務仕事な空間だ。
もっとこう、仁王立ちして冒険者たちを鼓舞するようなパターンかと思っていたけど、現実はこれか。
「『一年一組』の到着を確認した。現状で四番手までが突入を開始している。数分は待機になるので、休んでおいてくれ。出番になったら係の職員から声が掛かるからな」
「はい!」
「いい返事だ。続いて『白組』の到着も──」
まさに事務的といった感じのセリフがグラハス副組合長から飛んでくる。声を合わせて返事をした俺たちにふっと笑顔を向けてから、副組合長は九番手となる『白組』にも同じように説明を始めた。
「マクターナさんは先陣なんだし、もういるわけないか」
「大丈夫かな」
「あのマクターナさんだぞ? 魔獣が勝手に逃げ出すさ」
「作戦の主旨と違うだろ、それじゃあ」
「『オース組』も入っちゃってるんだ」
二十四人が連れ立って、広間の隙間を目指してぞろぞろと歩いていく。
この部屋はちょっとした体育館くらいの広さがあるので、現状で二百人以上の人がいるのにそれ程狭くは感じない。
副組合長は休めと言ってくれたけど、今まさに五番手が突入したところだし、八番目の俺たちに順番が回ってくるのも間もなくだろう。休憩時間は十分くらいってとこかな。
◇◇◇
「アンタら、ときめいてるかいっ!?」
「これ以上なくっ!」
「ならいいよ。ここで心を燃やさず、どうするのかってねえ! もう一度だ。ときめいてるよね!?」
「おおおう!」
「ときめけっ!」
「ときめくっ!」
仮拠点に俺たちが到着してから数分、広間の一角で奇妙なコールが始まった。
訓示をしているのはもちろん『ときめき組』の組長、スチェアリィさん。ここでときめき要素がくるのか。
野太い声で十五人の組員たちが声を上げているけれど、内五名は女の人だったりする。全員が獰猛かつ大真面目な表情だ。
軍隊上がりなだけあって見事な整列っぷりなのだが、叫んでいる単語でこっちの脳はバグってしまいそうだよ。
「何だありゃあ」
「組にはいろいろやり方があるんだよ。アレが『覇声』の由来さ」
「サーヴィさん。うす」
意味不明と首を傾げたヤンキー佩丘に飄々と話し掛けてきたのは『白組』のサーヴィさんだった。
いろいろあるとは言っても、アレはちょっとどうなんだろう。しかもスチェアリィさんの呼び名が『覇声』なのって、あそこでやっている謎コールのことかよ。『ペルマ七剣』って一体全体……。
「ウチなんかは緩いからね」
「そりゃあ、ウチもだ……。です」
会話モードになってしまい、対応する佩丘は表情を歪めて言葉遣いに苦慮している。佩丘の場合、普通に敬語が使える大人とそうでない人がいるけど、境界線は謎なままだ。
さておき、自分の所属する組を緩いと評するサーヴィさんだけど、『ときめき組』と比べれば大抵のところがそうだろう。
アウローニヤの近衛騎士総長絡みで微妙な因縁を持つ俺たちを気に掛けてくれるサーヴィさんは、『白組』の隊長ではない。ピュラータさんの父親が組長をやっているけど、今回の作戦には不参加。昨日の説明会には来てたんだけどな。
十三階位の【熱剣士】であるピュラータさんも血筋はさておきトップではなく、十五階位のおじさんが今回の隊長らしい。さっきの大会議室で軽く挨拶はしておいたけど、どうやら俺たちとの応対はサーヴィさんとピュラータさんに一任しているようだ。
「よし。『ときめき組』、行ってくれ」
謎の儀式が終わるのを待っていたのか、突入の指示出しをしている組合の人の声にはちょっとした疲れがあった。お労しや。
「『一年一組』はしばらくあたしたちの後追いだね。余力を残してついてきな」
すぐにでも突撃しかねない勢いの『ときめき組』だけど、組長のスチェアリィさんがカッコいい笑顔をこちらに向ける。組員さんたちも整然と並んだまま、俺たちに笑い掛けた。
ああ、やっぱり冒険者は気持ちのいい人ばっかりだな。ただし昨日のニューサルを除くけど。
「頼らせていただきます。お気を付けて」
「あいよぉ」
これまた笑顔な先生の声を背に、『ときめき組』は素早く陣形を変えながら扉の向こうに消えていった。
「セリフはアレだけど、凄いな」
「やっぱり馬那はそう見るんだ」
「ああ」
自衛官志望の馬那からすると、ああいうキビキビした動きに惹かれる部分もあるんだろう。呟きに反応した俺の方に向けた瞳が、らしくもなくキラキラしている。
「陣形変更はウチのウリだろ?」
「そうだな。負けてられない」
何となく突き出した俺の拳に馬那も同じく突き返し、コツンとぶつかった。何となく、本当に勢いだけで。
無口な馬那とのやり取りは、こういうのがいいんだよな。
◇◇◇
「うわあ、凄いね」
その凄惨な光景を見たロリっ娘な奉谷さんが驚き声を上げる。全く怯えを感じさせない辺り、俺たちも慣れたよなあ。
「罠は無し。そこの牛、まだギリギリ動いてる。あっちもだ。手前はメーラさん。遠いのは海藤だ」
「はい」
「了解、っとお!」
素早く状況を【観察】した俺の指示に、二人は即座に反応してくれた。
近場で足を失いジタバタしている牛にメーラさんが走り寄り素早く剣を突き立て、海藤の短槍が轟音を立てて飛ぶ。
ものの五秒で牛二体か。美味しい。美味し過ぎる状況だ。
もしかしたら俺たちの階位を知っている『ときめき組』がワザとやってくれているんじゃないかと、そんな錯覚してしまいそうなくらいに。
「トウモロコシ、いないね」
「満遍なくってワケでもなさそうか」
「どっかに固まってるのかも」
「あり得るなあ」
あっという間に魔獣を倒し切った二人と広間の様子を観察していると、奉谷さんが話を振ってきた。
奉谷さんの言う通り、この部屋には六体の牛がさっきまで動いていたはずだけど、トウモロコシは混じっていないんだ。
『一年一組』が『ときめき組』に続いて突入してからそろそろ十五分になるが、無事な魔獣には未だお目にかかっていない。
三部屋目からは先を行った一番手から六番手とは分岐して、それからここまで踏破したのは一本道となっている四部屋。『ときめき組』の後追いをする形になっている俺たちだけど、トドメを刺すだけまでお膳立てされた三角丸太を一体、そしてここで牛を二体倒しただけだ。
「少し急ぐか?」
「いや、ペースは乱したくない」
「……そうだな」
こっちを振り向いた佩丘がそんなことを言うが、まだまだ序盤だ。焦る必要はない。
義理堅い佩丘のことだから、トドメをもらってばかりというのが気になるのだろう。『ときめき組』に追いついて、手伝いくらいはしたいってところか。
「ねえ、リン。『ぺーす』ってなんですの?」
「えっと、それはね。ちょっと八津くん」
俺のセリフから未知の単語を拾ったティアさんが、すかさず中宮さんに意味を聞きだそうとして、結果こちらに飛び火した。
「あははっ、シシルノさんを思い出すよね」
「わたしは質問責めされたよ」
中宮さんから冷たい視線を浴びる俺を見て、横にいる奉谷さんが噴き出す。
対しておさげメガネの白石さんはしみじみとしたものだ。メガネの向こう側の目は、アウローニヤの思い出にふけっているようにも思える。仲良しだったもんな。
「どうせもう少しで分岐だ。そこからは忙しくなるさ」
槍を回収して戻ってきた海藤を見ながら、俺はみんなに声を掛ける。
牛を確実に倒せているかちゃんと確認していた辺り、海藤もすっかり迷宮の熟達者だ。まあ、俺はこの場から【観察】していたので結果はとっくにわかっていたが、それは口にすまい。
「やっぱし解体しなくていいのは助かるな」
そんな海藤が含みのある表情で俺に語り掛けてきた。俺の考えていたことをわかってるってことだよな。
オーケー、意思の疎通はバッチリだ。
「じゃあ行こう。草間、前をよろしく」
「うん」
メガネ忍者な草間に一声掛けてから、俺たちは移動を再開する。
◇◇◇
「悪いねえ。普通なら引いてるとこだけど、アンタらが来るってわかってたからさ。ちょっと無茶した」
『ときめき組』のスチェアリィ組長が凄まじい勢いで双剣を振り回しながら、こっちに視線を向けずに声を掛けてくる。
ここまで俺たちに魔獣の残骸という痕跡だけを見せつけてきた『ときめき組』にやっと追いついたかと思えば、彼女たちは絶賛大戦闘中だった。
生きている魔獣はジャガイモが七体とトウモロコシが七体。ジャガイモの破片を見るに五体か六体は倒したようだが、トウモロコシの方はダメージを与えつつ様子見って感じかな。
瀕死の牛も三体いるし、二十体くらい魔獣がいた部屋に突入したってことだ。気合入ってるなあ。
「加勢します!」
「助かるよ! 新種は初めてなんでね。そうそう、そこの牛は食べてくれて構わないよ」
「ありがとうございます!」
もちろん俺の返事は助太刀の一択だ。しかも報酬まで用意してくれているとはな。
やっぱり『ときめき組』は、こちらの階位事情を知っていて、配慮してくれているってことか。
牛を倒してからの三部屋目。まさにこの部屋から『一年一組』は単独行動になるはずだったのだけど、ここにきて三種類が一度にだ。
まさか、というかほぼ確信だけど──。
「九。魔力部屋だよ!」
「やっぱりかよ」
草間の叫びに田村が眉をしかめて嫌そうな顔になった。
「朝礼で綿原がフラグ立てたせいだろ、これ」
「悪かったわよ」
半笑いのイケメンオタな古韮が盾を構えつつ綿原さんを茶化す。対する綿原さんは双頭サメを大きくしつつも、げんなりした表情だ。
ちなみに『フラグ』という単語はポヤっと少女な深山さんがティアさんに教えてあげたので、すでにNGワードではなくなっている。
昨日行われた先行偵察の目的はトウモロコシの存在を確認するためであり、新区画の全域を回ったわけではない。そしてこの部屋はそんな偵察から外れていた。直近の魔力量は三。そう、なんでもない普通の部屋だったんだ。
で、本日新たな魔力部屋の発見ということになる。しかもペルマ迷宮としてはかなり強めの。開幕三十分で早くもイレギュラーだ。
綿原さんのせいとは思わないが、この先で軽い魔力部屋を三つも巡る予定だったのにその手前でコレとは、さすがに辟易だな。
いや、『ときめき組』の力を見せてもらえるいい機会だと前向きに捉えよう。
「『ときめき組』は新種の観察とトドメに集中してください。俺たちは無力化を狙いますから、跳躍中には手を出さないで! ジャガイモはこっちで引き受けますので、そっちは最低限の防御でお願いします」
「聞いたねアンタら!」
俺の作戦を聞いたスチェアリィ組長が即断してくれた。注文のひとつも無しかよ。
正直助かるけれど、武闘派で鳴らす『ときめき組』が若造の言葉に素直に従ってくれるというのは、ちょっと驚きだな。
「『一年一組』は新種を知ってる。それにウチは立て直しが、ね」
「へい!」
組長の判断に少し訝し気な表情になった組員さんもいたけれど、追加の言葉で全員が頷いた。やっぱり統率がしっかりしてる組は意思統一が速い。
そしてスチェアリィ組長の言う通り、『ときめき組』は崩れかけている。
戦域から引いた場所では【聖術師】二人が前衛の三名を治療中で、前線では二人が痛覚毒をもらって明らかに動きが悪くなっているんだ。
「ぐあっ。痛覚毒ぅ」
あ、三人目が追加か。ちゃんと自己申告する決まりなんだな。
四層ともなると後衛の【聖術師】は前に出ずに、護衛に守られながら後方で治療をするのが冒険者業界だけでなく、この世界の常識だ。
ヒーラーが動くのではなく怪我人が自発的にっていうのが痛々しい。けれども治療役が駆けつけると、二次災害でヒーラーが動けなくなるなんていう事態も起こり得るのだ。
そういう前提で、現状十六人の『ときめき組』は七名が前線を離れていて、前衛の三人が毒を食らっている状況になっている。斥候職だろう装備の人はちゃんと周辺警戒しているのは立派な姿勢だと思うけど、正面戦力が厳しい状況だ。
治療が終われば前線に戦力が投入できて、入れ替わりで毒をもらった人を後方に下げることができるから、時間を掛けて粘っていれば十分立て直せるのだろうけど。
「全く、ぐにゃぐにゃ……、とお!」
前線のど真ん中で戦うスチェアリィさんが、なんとかトウモロコシを一体倒しきる。
だがパワーだけでねじ伏せたって感じで、こんなのは『ペルマ七剣』の本来とは思えない。昨日の説明会でトウモロコシの急所や特徴は知らされていたけど、初見では荒くもなるか。
【魔力伝導】で弱らせたという前提があっても、そんなトウモロコシを二手で倒した疋さんって何者なんだろうな。度胸と相性がマッチしていたのは事実なんだけど。
「助力と立て直し、殲滅を全部やるぞ! 田村、騎士たちと一緒に前に出ろ。【解毒】だ。上杉さんは後衛の治療に参加。海藤は牛に一撃入れてから上杉さんの護衛に入れ」
「ったく、わかってるさ」
「はいはい」
俺の指示を受けた【聖盾師】の田村が盾を持つ騎士メンバーと共に前線に向かう。片や最強ヒーラーの上杉さんは、海藤を護衛につけて『ときめき組』の治療をお手伝いだ。
入り口付近は現状ほぼ魔獣のヘイト外だから、俺を含む指示出し組は状況が動くまでこの場で待機する。
「トウモロコシ対応。ミアと藤永、外すなよ? 疋さんは距離に注意して前進。深山さんは待機。術師、牽制攻撃!」
「あたぼうデス!」
「やるっすよ」
「へっへ~。やっちゃうか~」
さあ『避雷針』のお披露目だぞ。チャラ子な疋さんのムチ捌きもだ。
『氷床』は身内なら想定しながら戦えるけど、『ときめき組』にはキツいだろうからとりあえず封印。その代わりにサメやら石やらが空に舞う。
「先生、春さん、草間、ジャガイモを潰せ。もちろんティアさんも。メーラさんと中宮さんは牛にトドメを刺してからそっちに参加!」
「お任せですわ!」
名を呼ばれることをとっくに察知していただろうアタッカーたちが、俺の声とほぼ同時に走り出した。
『ときめき組』の斥候さんたちが周辺警戒をしてくれているし、草間も経験値を稼ぎにいってくれ。
これで安定は取れるだろう──。
「こっちから丸太だっ! 三体!」
「まったく、忙しいねえ」
そんなタイミングで『ときめき組』の斥候さんが新たな魔獣の到来を告げ、スチェアリィさんは苦笑する。さすがは歴戦の冒険者、焦りも怯えも一切表に出さないか。
「二班盾組、丸太に──」
「田村の盾は野来を残して──」
状況の変化に対応するために指示を出すスチェアリィ組長と俺の声が被った。思わずお互いの顔を見つめ合ってしまう。
「あ、あはははっ! 助っ人を頼んだのはこっちだ。乗ってあげるよ、ヤヅ。二班盾組、待てだ。ほら、あと何枚必要だい?」
すぐにトウモロコシに集中を戻したスチェアリィさんが、俺を優先すると言ってきた。こういうの、多いよなあ。
「……俺たちがそっちの【聖術師】さんと負傷した人に合流します。護衛の二人を丸太に当ててください! ウチの騎士組も急げ! 綿原さんと笹見さん、深山さんと夏樹はこっちに来てくれ!」
躊躇している場合ではない。二班盾組は挙動と装備からしてどうやら三名。そっちはトウモロコシに残しておく方が安全だ。ならば【聖術師】さんたちの護衛二人を『一年一組』の騎士たちと合体させればいい。
「奉谷さん、【聖術師】さんたちに【身体補強】」
「うんっ!」
田村が担当している前線の治療は残り二人で、後衛は上杉さんの聖女パワーであと一人。柔らかグループは綿原さんと笹見さんが守ってくれる。
何なら俺だって盾になれるぞ。魔力消費を無視して、技能を全開にすればだけど。
「だとさ。動きな。そしてときめけ!」
「ときめけ!」
俺の声にすかさず反応してくれたのはウチのクラスメイトだけだったけど、スチェアリィさんの『覇声』なら話も変わってくる。ときめいちゃっているらしい『ときめき組』の面々も、各自の役目を背負って動き出した。
「ははっ。俺もときめいてるかな」
軽口を叩く古韮が丸太がやってくるであろう扉の前で盾を構える。お前もかよ。
「ときめきっ」
俺の横にいる白石さんにまで、なにやらときめきが伝染したらしい。きゅっと手を握って、丸いメガネを光らせている。
さすがは『ペルマ七剣』。その『覇声』は一種のバフみたいなものだ。
だったらこっちも負けてはいられないな。
「白石さん、【奮戦歌唱】!」
『ライライライライ! ララーイ、ライっ!』
ときめいちゃってる白石さんが【音術】による和太鼓みたいな重低音と共に、【大声】を併用しながら勇ましい声で歌い始めた。
朝イチで白石さんには魔力を温存してほしいと言ったけど、せっかくの機会だしな。ウチのクラスの凄さを見せつけてやろうじゃないか。
体調不良(軽微です)につき、申し訳ありませんが、次回の投稿は三日後を(2025/10/18)予定しています。
2025/10/17追記。体調不良が思ったより長引き投稿が遅れます。19日か20日にはなんとか。




