第569話 作戦の朝に
「出席番号二十九番、リンパッティア・ペルメッダ。準備は完了していますわ!」
「三十番、メーラハラ・レルハリア。問題ありません」
朝の談話室に片や元気な、もう片方は抑えた声が響く。
滝沢先生と藍城委員長、中宮副委員長に対面する形で横二列に並んだ俺たちだけど、ティアさんとメーラさんは自発的に後列の端に位置取っている。
最近では出発前の点呼はワリと温い空気でやっていたのだが、今日は新生『一年一組』の初陣ということもあり、せっかくだからとしっかりと整列してお堅めなノリなのだ。
新人お二人の番号は、昨夜夕食後に授与された。
アウローニヤ組の後塵を拝することに予想通りティアさんが一時難色を示したが、女子部屋でなされた御使い奉谷さんや生真面目な中宮さんとクラス女子たちの説得でワリと簡単に絆されたらしい。今朝になってみれば、むしろ上機嫌といった感じですらある。
『二十四時間、ずっと一緒にいるような関係性を持つ人だけになの』
なんてことを中宮さんは言ってのけたそうだ。
その条件だとアウローニヤの女王様やアヴェステラさん、ヒルロッドさんが除外されしまいそうだが、そこはまあ言葉の綾である。
二十二人でスタートした俺たちの異世界生活だけど、仲間を増やしてついに三十番に到達か。信頼できる人たちはもっと多いけど、それでも出席番号を付けるともなると特別だ。
まあ、その場の雰囲気も大きいんだけどな。
「先生、お願いします」
「はい」
委員長の言葉に先生が軽く頷き、訓示が始まる。
「百と三日目の朝ですね」
足元に背嚢を置き、腕にヘルメットを抱えた先生は、構えるでもなく奇麗な自然体で語り出した。
朝の六時に起床して、現時刻は八時半。余裕を持って九時過ぎには組合の大会議室に入る予定だ。
「皆さん問題なく準備はできていますか?」
「はい!」
クラスメイト全員が声を合わせる。
ここでいう準備とは、なにも装備や荷物だけのことではない。
事前のウォームアップ、体調、心構え、ついでに朝風呂と朝食も含めた全てを意味する。細かいことを先生から確認してくることも、すっかり少なくなった。
「迷宮ではいつも通り、八津君の指示に従ってください。そう、今日もいつも通りです」
【冷徹】とは無関係の優しい笑みで先生が俺を見る。
同じ単語を繰り返しているが、これは今日が大規模な作戦だからといって気負うなという心遣いだ。それくらいは俺にだって理解できる。
「そして、これもいつも通り、自分自身で考えながら行動することを忘れてはいけません。気になることがあれば、口に出して相談してください。もちろんティアさんやメーラさんもです」
「わかりましたわ!」
言葉を紡ぎながら視線を俺の横に移した先生に、ティアさんが元気に返事をする。
何度もティアさんとメーラさんには伝えてあるし、彼女たちも理解していることだ。
俺たちはどんな状況でも思考を放棄しない。誰かを頼ることは構わないが、考えることを面倒に思ってその結果と、というのはダメなのだ。
そして、思うところがあれば、口にする。
それが一年一組であり、冒険者クラン『一年一組』に所属した以上、ティアさんとメーラさんにもそうしてもらう。
「では迷宮委員の八津君と綿原さんに譲ります」
「はい」
「はい」
心構えについてはここまでだ。促された俺と綿原さんは前に出て先生たちの列に加わる。
回れ右をすれば迷宮装備の頼もしい仲間たちの姿がそこにあった。そう、いつも通りにだ。
拠点の談話室というのもあって、綿原さんの肩付近を泳ぐツインヘッドシャークも大きめである。これも通常営業。
「先生の言葉を否定するつもりはないけど、今回は普段より楽なのよね。八津くんだけが例外だけど。それと草間くんも?」
口を開くなりいきなりブチかました綿原さんのセリフを聞いて、クラスメイトたちが小さく笑う。
先生や真面目な中宮さんも苦笑を浮かべているくらいだ。
さっきまで先生が念押ししていたのは精神的な部分で、綿原さんと俺は現実を前に出す。それもまた役割分担だな。
「俺は確定なんだ」
「なんで僕は疑問形?」
「四層の道中は事前にお膳立てがしてあって、戦闘になっても近くには協力的な冒険者がいっぱい。素材回収も帰り道でついでにって程度」
俺とメガネ忍者な草間からの苦情を無視して綿原さんが続ける。
「アラウド迷宮の三層で群れと戦っていた時と似ているけれど、今回はそれ以上にいい条件なのよね。いちおう経路も決まっているし、新種といってもトウモロコシは倒した実績があって、わたしたちとは相性もいいから」
「随分とデカいフラグだな」
指を折りながら余裕の表情で語る綿原さんに、イケメンを半笑いにした古韮が突っ込んだ。
もちろんガチではない。事実、仲間たちの笑いが大きくなっている。
「『ふらぐ』って何ですの? ユキノ」
「えっと、それは──」
日本語を聞きとがめたティアさんが、俺と綿原さんが抜けたことで隣になったアルビノ女子な深山さんに問いただしているのはさておき。
「要するに普段以上に気を遣う点は周囲との連携と戦闘判断くらい。だから八津くんと草間くんね」
追撃するみたいな言い方をする綿原さんはモチャっと笑い、視線で俺にバトンを渡してきた。出番か。
「苦労することになりそうな俺から、本日の目標を確認させてもらう」
「チャラついてるからだよ。いい気味だ」
「……その前に田村、サトウキビが出たら積極的に倒してくれ」
「てめえ」
俺が話し始めた途端に小さい声で憎まれ口を叩いてきた皮肉屋の田村には一言牽制を入れておく。
こんなやり取りがじゃれ合いだって理解できるくらいには、俺だってクラスには馴染んだんだ。嘔吐毒で苦しむがいい、とまでは思っていないから、存分にチャレンジしてくれ。
綿原さんの耳が赤くなってるのは気のせいだってことにしておこう。
「目標はもちろん『シュウカク作戦』の完遂だ。『一年一組』は実力があって模範的な組だと証明し続ける」
「おう!」
揃った返事が心地いいな。
こんな話は昨日まで散々してきた今更な内容だ。俺が口にしているのは最終確認に過ぎない。
「裏目標はティアさんやメーラさんとの連携強化。そして全員の階位上げだな。お題は『殲滅速度』だ」
レベルアップなど、なるべく日本語を使わないように気を付けながら、言葉を選びつつ裏目標である本命を告げた。
「具体的にはだけど、前衛職の十三階位を目指したい。誰かに集中すると戦闘時間が延びるから、満遍なく。次回以降の下地作りってとこかな」
俺のセリフを受けて、ミアなどを筆頭に攻めっ気が強い連中の目に力が宿る。ティアさんもなんだよなあ。
今日一日だけで十三階位が誕生するとは思っていない。ラストアタックを絞り込みにくい条件なだけに、今回の迷宮では各自に経験値を広くばらまくことになるだろう。
次回以降の布石に使わせてもらう感覚でいい。実際に十三階位が生まれたら四層でのレベルアップが頭打ちになるので、それはそれで指示を出す側は悲喜こもごもなんだよな。
「同じく時間の掛かる芋煮会は無し。ただしヒヨドリだけは十一階位に食べさせてほしい。俺は後回しで構わないから……、というより指示出しに集中したいんだ」
「カッコつけるねぇ~」
「組の体裁が関わってくるからさ。次回で俺を優遇してくれたら嬉しいかな」
チャラくツッコミを入れてくる疋さんに苦笑を返す。
今回はどこで誰に見られているかわかったもんじゃないから、あからさまに狙ったレベリングは避けておきたいし、俺はメンバーの動きをちゃんと見てキビキビと行動したいんだ。
体裁と言えばあわよくば程度だけど、組長を張ってくれている先生には早い段階で十三階位を達成してもらいたいという意見も出ている。界隈の組長さんは十三階位どころかそれ以上ってとこも多いしなあ。
だけど今日については──。
「で、大活躍してもらう予定なのは、海藤とミアだ。もちろん全員にも、だけどな」
「お? 俺の時代か?」
「ブッコミマス!」
俺の声に答える海藤とミアは、やたらとキマった顔になっている。とくにミアなんかはギンギンに戦闘モードだ。まだ地上なんだぞ?
事前通達はとっくに終わっているのだけど、良くも悪くもスイッチが入っていやがる。
「今回は積極的に遠距離攻撃を使う。牛、馬、白菜、カニ辺りは先手を取れたら全部倒すつもりでやってくれ」
「了解デス!」
「トドメを刺さなくてもいいって話なんだろ?」
元気に返事をしてきたミアに対し、海藤は組合の資料に書かれていた決め事を口にした。わかっているクセに、ニヤニヤしやがって。
今回の作戦では十三組十五隊の突入メンバーのあとに、素材回収を目論む部隊も新区画を回ることになっている。先行する突入部隊のお仕事は、あとからやって来る人たちが苦労しない程度に魔獣を無害化しておくのがメインだ。
トドメは絶対条件じゃないんだよな。
「全部倒してはいけませんなんて、一言も書かれてないさ」
「僕たちだけでやっちゃってもいいんだよね? ってヤツ」
ワルっぽく笑う俺に文系オタな野来が被せてきた。そういうことだよ。
「だから八津は指揮に集中か。了解したよ」
手にした巨大ダーツをポンと浮かせた海藤がニカっと笑った。なるほど、気遣っての言葉だったのか。
「そしてですけどトドメ担当として、メーラさんには凄く期待しています」
「……はい」
口調を敬語に切り替えた俺は、出来る限りの真剣な眼差しでメーラさんにお願いする。対するメーラさんは、ちょっとだけ目を細めて不満そうな表情……、なのかどうかよくわからん。判別が付けにくい人だよな。
とはいえ、彼女が言わなかったセリフは何となく想像できるんだ。
「わたくしも期待していますわ。何でしたらメーラ、『一年一組』で一番先に十三階位におなりなさいな!」
ナイスフォロー過ぎるぞティアさん。そう、それこそなんだ。
メーラさんの性格からして、未だにティアさんの守りこそ自分の役目の中心だと考えていると思う。俺だってあからさまにそれを否定するつもりはない。
それでも一歩、メーラさんには踏み出してもらいたいんだ。『一年一組』という組の中で、中型大型に対するトドメ力という視点では、片手長剣を使うメーラさんは間違いなくトップクラスなのだから。
昨夜も話して一応の了承はもらっているけど、この場でもう一度、確約してほしいんだ。
メーラさん自身だって十三階位になれば、それだけティアさんを守りやすくなるのだし。
「わかりました。全力でやらせていただきます」
ちゃんとした言葉で、明確にいつもより力強く言い切ってくれたメーラさんの声で、談話室の空気が軽くなった気がする。
「ありがとうございます。メーラさんには中型以上、とくに三角丸太のトドメを任せたいんです」
「はい」
嬉しさのせいでちょっと早口になった俺のセリフを聞いて、メーラさんはきっぱりと返事をしてくれた。
ぶっちゃけ今回の作戦において、一番の難敵はトウモロコシではない。
三角丸太だ。素材として度外視するにしても、無力化まで持っていくのにすら時間がかかる。ましてや殲滅を狙うとなれば、それ相応に。
かといって作戦の目的が目的だけに、意図してスルーするのも体裁が悪すぎる。要は難敵というか、面倒臭い魔獣なんだよな。
少々強引にでもトドメを刺すなら、メーラさんは確実にカウントできる。ヘタをしたら貫き手を使う先生よりも手早く終わらせてくれるかもしれないくらいだ。木刀をねじこむ中宮さんと同等くらいはやってくれるんじゃないかな。
「で、随分とメーラに入れ込んでいるコウシは、わたくしに何をさせますの?」
メーラさんの懸念が晴れれば、今度は意地悪い悪役令嬢の出番か。さっきは手伝ってくれたというのに、数秒後にはこのザマだ。
そもそも役割りは伝えてあるだろうに。
「ティアさんにはジャガイモとニンニクを中心にやってもらいます。先生と一緒に殴りまくってください」
「よろしくてよ!」
結局はこういうやり取りをしたかっただけなんじゃないだろうかという思いもあるが、納得してくれたならそれでよし。
十二階位になったとはいえ、素手のティアさんは迷宮四層で縦横無尽に大暴れができるような存在ではない。ウチの先生が常軌を逸しているだけだ。
相手をするのは小型の魔獣に限定し、先生をお手本にしてまずはそっちのスペシャリストになってもらいたい。
「本命のトウモロコシへの対応は、先生とティアさん、メーラさん以外の前衛全員だ。術師はバンバン牽制攻撃をしてくれ。ミアと藤永、深山さんにはとくに期待してる」
「ワタシは出番がいっぱいデス」
「やっと術師らしいことができるっす」
「ウン」
そしてトウモロコシの扱いだ。
組合による昨日の先行偵察で、新区画の魔獣比率がトウモロコシに偏っているという傾向は発覚している。
絶妙な頑丈さと痛覚毒が特徴なので、超近接型の先生とティアさんは近づけたくない。それでも先生ならやりきるだろうとは思うけど、【解毒】の魔力がもったいないのだ。【痛覚軽減】を持たないメーラさんはリアルに危険なので、むしろトウモロコシ相手の際にはティアさんの護衛に集中してもらう。
活躍側で挙げた三人はミアの鉄矢と藤永の雷コンボ、俗称『避雷針』もしくは『アローサンダー』が強力で、深山さんの『氷床』も効果的なのがハッキリしている。存分に頼らせてもらう所存だ。
藤永の【雷術】は超レアだけど、この世界では電気がまともに認識されていないので、使ったところでバレたりはしないだろう。謎のスタン術使いって感じになると思う。
「悪いけど白石さんは魔力の温存に専念だ。奉谷さんも【身体補強】は最低限で」
今回の戦闘では魔力タンク寄りだった藤永と深山さんが本格的に戦闘に出る。
後衛のレベリングを見送るのに合わせ、白石さんはもちろん、奉谷さんにも魔力タンクに比重を傾けてもらうしかない。
「任せて!」
「うん。記録もだね」
それを十二分に理解してくれている奉谷さんと白石さんの返事が、とてつもなく頼もしい。
「俺は観察系を全力で使いまくる。草間も普段以上に警戒してくれ。ティアさんの耳にも期待しています」
「ありゃぁ~、八津はティア贔屓ってことかなぁ?」
「ハルも耳はいいんだけどさっ」
「八津くん、凪ちゃんが隣に……」
せっかくだからティアさんをアゲておこうと思った俺のセリフを聞いた一年一組の地獄耳女子たちが、一斉にツッコミを入れてくる。あ、サメが近い、近いって。
「おほほほほっ! コウシはわたくしに期待しているのですわね」
「あ、はい」
勝ち誇るような高笑いをする悪役令嬢に、今更否は突き付けられない。
左右から俺を凝視する双頭サメの存在感に怯えつつ、俺はコクコク首を縦に振るのみだ。
「で、八津くん。確認はそれくらいでいいのかしら」
「あ、ああ。うん、十分だと思う。みんなもわかってるだろうし」
ため息をひとつ吐いた綿原さんが口をムニムニさせながら、この展開を終了させる感じなことを言ってきた。もちろん俺は同意する。
無理やりの打ち切りではない。本当に言うべきことは言ったんだ。綿原さんだってその辺りはわかっている側だからな。
「じゃあ予定通りやりましょう。ティアさん」
俺の傍から離脱していったサメがティアさんの近くに浮かび、そこに綿原さんの声が乗っかる。
「早速のお役目ですわね! 皆さん、輪を作りますわよ!」
「おう!」
「ホントにやるのかよ」
「せっかくだから、ね」
ティアさんの呼びかけでみんなの列が崩れ、なるだけ身を寄せ合った輪が作られていく。
ノリノリなヤツもいれば、はいはいみたいな感じのメンバーもいるけれど、結局は全員が参加する。要はいつもの一年一組ってことだ。
ティアさんが真っ先に差し出した手に、続々と無骨なグローブが重なっていく。そして──。
「『一年一組』~、ふぁいおー、ですわ!」
ウチの組に新たに参加した悪役令嬢が、事前に習っておいた単語を叫ぶ。
「ファイオー!」
もちろんクラスメイトたちは唱和し、全員が天井に向けて腕を高く伸ばすのだ。
さあ、出発しよう。
◇◇◇
「おう、今日は随分と荷物が少ないんだな」
「早いですね。お疲れ様です」
組合一階事務所の喧騒を抜け二階の大会議室に入ったら、『赤組』の巨漢なビスアード組長、もといニュエット組長が待ち受けていた。ちょっと気圧された感じの委員長が挨拶をする。
今日は『シュウカク作戦』モードということで、俺たちは芋煮会用の寸胴やらバーベキューセットは担いでいない。
俺が決戦兵器たるミアの剛弓を背中に担いでいたり、海藤の槍が増えてはいるものの、全体的に今日の『一年一組』は軽装備となっている。
作戦終了後に打ち上げの出店でもやろうかっていう案もあったのだが、とある理由でそちらは却下された。
「お早うございます。『一年一組』は六番目ですよ」
「集まりいいんですね」
「やる気の証明でしょう。組合の職員として誇りに思います」
ニュエット組長と委員長が会話をしているのを他所に、入口の脇にテーブルを置いて座っていた組合職員のミーハさんが話し掛けてきた。こちらは肩にマスコットモードなサメを乗せた綿原さんが応対する。
九時半と言われた集合時間まで、まだ十五分は残されているのに六番手か。
今回の作戦で迷宮に入らないミーハさんは、ここで突入部隊の集合確認をしているのだろう。テーブル上の書類に手早くチェックを入れている。
「やあ」
「お早うございます!」
『ときめき組』のスチェアリィ組長が離れた場所から俺たちに手を振り、こちらも大きな声で返事をする。
スチェアリィ組長こそ盾無し双剣スタイルだけど、十六名の冒険者たちの装備は四種類くらいで統一されている。伊達に兵士出身者たちの集まりをやっているわけではないって雰囲気だ。
盾と片手長剣か同じく盾と短槍な人が多く、数名が盾だけもしくは短剣装備か。装備が軽い人たちは【聖術師】と斥候なんだろう。鎧の色は薄い青で統一されていて、ある意味俺たち『一年一組』と似ているかもしれない。
「やっぱりアレ、カッコいいよな」
「ああ。雰囲気ある」
イケメンオタな古韮と俺が頷き合う要素は、『ときめき組』の人たちが持つ盾に描かれた組章についてだったりする。
剣と槍をクロスさせ、バックに五層魔獣の猪が描かれた組章は、どこにときめく要素があるのかわからないけど、確かにカッコいい。【観察】を使うと見えるのだけど、盾を縁取るように迷宮の魔獣を模したマークと横に数字が刻まれている。たぶんだけど、キルマークってヤツかな。
ミリオタな馬那が提案したことがあるのだけど、ウチではまだ導入していない制度だ。
ほかにも個人を表しているマークやら、意味ありげな勲章っぽい飾りなんかが革鎧の各所にくっついていて、歴戦の冒険者感と国軍上がりであることを誇示するかのようだ。
とはいえ、古韮の欲は今夜満たされることになるのだけどな。
「とりあえず座ろうか」
「はーい!」
ダベりモードに入りかけた俺たちに委員長が声掛けをして、クラスの面々はまだ席が空いている一角に移動を開始した。
◇◇◇
「十三組から二百十六名……。ただの一人も欠けることなく、この場に集合してくれたことを嬉しく思う」
定刻ぴったりの九時半。壇上に立った白いザビエルことベルハンザ組合長が普段の穏やかさを隠し、重々しく告げる。
組合長の背後には組合カラーの茶色の革鎧を着込んだマクターナさんがいて、やる気満々の様相だ。
二百名以上の冒険者を動員し、トウモロコシの発生した区画を徹底的に掃討する『シュウカク作戦』の中核が、ここに集まった突入部隊の面々となる。
俺たちを除いて平均すると、おおよそ一組十六名。ぶっちゃけ二十名を超える人数を擁するのは『一年一組』だけだ。
ここに組合専属戦闘部隊の『第一』と『第二』、さらには事務員さんのマクターナさんを合わせた三十二名が加わるので、突入部隊の総人数は二百四十八名となる。
アウローニヤでもほかの隊と集団行動をしたことはあるが、さすがにこの規模は初体験だ。普通に騎士団総動員レベルだもんなあ。
しかも大多数が十三階位で、ちらほらそれ以上が混じっているっていうのが恐ろしい。
してはいけない想像だけど、なるほど『ペルメールの乱』で独立を勝ち取れてしまったというのも理解できる。少数精鋭の極みみたいな集団だよな。ペルメッダ侯国というのは、そういう国なんだ。
「最早多くを語る必要はないだろう。諸君は存分に暴れてくれればそれでいい。仲良くな?」
続く組合長の言葉に、大会議場のそこいら中からヤジや笑いが巻き起こった。
「だがひとつだけ、念を押しておきたいことがある……」
薄笑いを真面目顔に切り替えたベルハンザ組合長が、そこで一拍溜める。
「明日は国軍が新区画に入る。そこで『魔獣溜まり』を発見したなどという報告がなされれば、それは組合の、冒険者の恥だ」
「おおぉう!」
頭頂部を輝かせつつ放たれた組合長のセリフに、冒険者たちが大きな咆哮を上げた。
ウチのクラスメイトの一部、こういうのが大好物な古韮たちや、さらにはティアさんまでもが声を出す。
「諸君らの活躍に期待している」
最後にそう結んだベルハンザ組合長は、獰猛に笑ったのだ。組合長のそんな顔、初めて見たぞ。
大会議場に熱い風が吹き抜け、そして作戦が始まる。
次回の投稿は明後日(2025/10/15)を予定しています。