第568話 これぞ真なるトウモロコシ芸だ
「ワタシは『一年一組』のミア・カッシュナーデス! 弓士をやってマス!」
「ハルはハルです。今日は補助をやります!」
「もちろんワタシが本体デス!」
「最初はハルの役目だったのに、取られちゃいました!」
壇上では天衣無縫の体現者たるミアと元気溌剌な春さんの掛け合いがなされていた。
二人とも滅茶苦茶明るく元気なタイプなだけに、観衆を相手に物怖じする様子は見られない。
ステージにはさらに二人、チャラ男な藤永と聖女の上杉さんもいて、こちらは黙ったまま。控室の扉が薄く開かれ、そこからは栗毛の深山さんと寡黙な馬那がこちらを覗き見ている。
以上六名が本日の『魔獣擬態班』だ。最後の二人は見守り係だけどな。
演じる魔獣によってメンバーは可変するぞ。
「時間ももったいなので、すぐにやりマス!」
キラキラな笑顔のミアが早速の開宴を宣言した。
観客となった冒険者たちはここから何が起きるのかに一部が気付き、それ以外は……、なんか楽しそうにしている。
ミアと春さんの明るいオーラが効果的って感じか。今は拠点にいるはずのロリっ娘バッファー奉谷さんをここに突っ込んだらどうなってしまうのやら。
「本物を見たなら話は簡単デス。頭が頭で、手が葉っぱデス」
敢えてメットをしないで金髪を晒すミアが、首を動かし、手をヒラヒラとさせる。額を覆うのは春さんから借り受けたハチガネだ。ティアさんに続き、今日はレンタルされまくりだな。
そんな語りの最中に藤永と上杉さんが舞台の端に移動して、ミアと春さんから距離を取った。
巨大会議場の舞台は座席数に見合うくらいには広いので、トウモロコシの跳躍距離である七メートルくらいは楽勝だ。
「ではいきマス! 刮目してくだサイ!」
藤永が所定の位置に到着し、盾を構えたのを確認したミアが高らかに叫ぶ。
エセエルフが足を揃え、両手をユラユラさせながら、一気にのけぞった。
「トウッ!」
掛け声と共にのけぞりの反動を使って腰から上をおもいっきり前に倒し、助走もせずにミアの体が宙に浮く。
ちなみにこの際、ミアの背中側に立っていた春さんが【風術】で跳躍をサポートしている。物理系じゃない春さんの【風術】は、術が解けても現象としての風を残すことができるのだ。
「おおっ!」
観客席からミアの挙動を見守っていた冒険者たちから歓声が上がる。
助走無しでの伸身宙返り一ひねり。しかも跳躍距離は七メートルで、空中でのうねりまでもが再現されている、見事なトウモロコシ芸だ。
金色の髪をポニーテールにしているミアの頭は、まさにトウモロコシに通ずるものがあるよなあ。
トウモロコシ芸は元々春さんの持ちネタだったのだけど、空中における挙動の再現は、持ち前のセンスとクラスで唯一【上半身強化】を持つミアが頭一つ抜けている。
だたし飛距離に難があったので、結果としてミアが主導し、春さんがサポートという形が再現度最高として採用されたのだ。表現するならピチピチならぬビッチビチ。余すところなく、存分にトウモロコシをやっている。
自分の芸をミアに譲り渡して補助までやってあげる辺り、なんだかんだで春さんは良い人だし、二人は親友ってヤツなんだよな。
山士幌時代も幼い頃からアウトドアで一緒にヤンチャしまくりだったらしいし。
「うわあ、魔獣が跳んできたっすー!」
「どかーん! デスっ」
「結構重たい攻撃っすー!」
のけぞりながら藤永の目の前に着地したミアが、腰から前に倒れ込み、構えられた盾に頭をぶつけた。このためのハチガネだったりするけど、痛くないんだろうか。
それと藤永、もうちょい演技を頑張ってくれ。ミアと春さん以外の役はジャンケンで決めただけだから仕方ないけど。
「頭で攻撃しながら葉っぱがわしゃわしゃー、デス」
「なんっす!?」
額を盾に押し付けたまま、ミアが両手を伸ばして藤永の頬っぺたをまさぐる。会場の全員がそんな光景に釘付けだけど、俺だけは扉の隙間から監視している深山さんの目が赤く光ったのを捉えてしまった。見たくないのになあ。
「あれ? 痛い。痛いっすー!」
「あらあら、これは痛覚毒ですねぇ」
ミアの手で頬をわちゃわちゃされた藤永がその場で転倒しながら白々しく叫び、そこに駆け寄った上杉さんが触りもせずに平坦な声で断定する。それはもう、もう真っ平らな棒読みで。
「すぐに【解毒】しちゃいますね~」
最早ここまできたら学芸会だ。しかもへたっぴが多い。上杉さんの口調なんてキャラ崩壊を起こしているぞ。
完璧万能タイプだと信じていた上杉さんにこんな弱点があったなんて。リアリティを出すためにとかいう理屈で藍城委員長以外のヒーラー三人がジャンケンして、負けた上杉さんが微笑みを小さくヒクつかせていたのはこういうことだったのか。
俺以外のクラスメイトたちは……、知っていたんだろうなあ。
一年一組というヤツらはやたらと仲良しで、平等に残酷だ。まさかあの上杉さんまでもがイジりの対象になり得るとは。
「これで一万なんだから、ボロいわよね」
「生臭いなあ」
隣の席で口元をモチャらせながらメガネをキラっとさせた綿原さんに、ツッコミを入れておく。
確かに見事な再現具合だとは思うけど、こんなトウモロコシ芸を披露するだけで特別貢献点が一万もらえることになったのだ。素材納品なら十万勘定。確かに美味しいよなあ。
とはいえ一度では終わらないと思うんだけど……。俺たちは見ているだけだからまあいいか。
「それを是非、正面から受け止めてみたいのだが」
ほらな。
◇◇◇
「儂も明日の作戦に参加するのだ。この老骨に、経験を積ませてもらえないだろうか」
やおら立ち上がり、そんなコトを言い出したのは本作戦参加者の中で最年長、『ペルマ七剣』が一人、『担い手』のマトアグル・サメッグおじいちゃんだった。
勇ましくも切実なセリフではあるが、サメッグ組長は孫を見るような優しい表情になっている。表現を変えれば、緩んでだらしない顔とも……。
俺の懸念がズバリだな。こうなるんじゃないかってほぼ確信していたよ。サメッグ組長から行くとは思わなかったけど。
「ちょっと組長、なんかそれ、ズルくないですか?」
「何を言っておる。儂はお前たちのために──」
そして身内からのブーイングだ。組長権限の強い冒険者業界ではあるが、モノ申したくなるのもわかる。
「公平にやりマス! 全部の組で一回ずつデスよ?」
内紛状態の『サメッグ組』に壇上から裁定を下したのは当のミアだった。
ミアは『サメッグ組』だけでなく、ここに集まった二十四の組に体験をさせると通達したのだ。ただし一回ずつ。正確には俺たち『一年一組』はスルーなので、二十三ジャンプか。
組合職員も一部がウズウズしているようだが、さすがに手を挙げる人はいない。マクターナさんなんかは実戦経験があるので余裕の表情だ。
「【風術】の魔力、大丈夫かな」
「そのための雪乃と陽介デス!」
魔力の心配をする春さんだけど、ノリノリの笑顔だったりする。当たり前のように魔力タンクとして深山さんと藤永を活用する気満々のミアも大したタマだよ。
「わたしの出番は終わりですね。良かった」
「緊張したっす」
「藤永クン、お疲れ様」
「俺は護衛だ。何もしないからな」
受け担当だった上杉さんと藤永がミアと春さんの下に歩みより、控室から深山さんと大盾を持った馬那も集合だ。『魔獣擬態班』が勢ぞろいである。最後の二人はここまで何にもしてないけどな。
胸に手を当てた上杉さんなんかは、『赤組』のビスアード組長……、ニュエットさんを助けた時と同じくらい安堵の表情だ。そこまでだったのか、アレ。
「これで一回ほぼ四百円。随分お安くなっちゃったわね」
「円じゃないだろ」
「感覚の問題よ」
「わかるけどさあ」
サメを乗せた肩を竦める綿原さんにとりあえず合いの手は入れておくけど、かくもコンビニ娘は経営に厳しいのだ。
「左右に分かれて並んでください。均等にお願いします」
演技を終えた上杉さんは事務モードに入れば有能だ。
二十三の組を十二と十一に分けて、演壇に登る左右の階段に並ばせる。こうすればいちいちミアがスタート地点に戻る必要がなくなるのだ。
「しっかりと受け止めてみせるので、新種に近い打撃をお願いしたい」
「任せてくだサイ。マジでいきマス!」
「うむっ」
組合から盾を借りたサメッグ組長が離れた位置にいるミアに声を掛ける。
横には『サメッグ組』の組員さんが三人。結局組長権限が通った形だ。それでも正面からミアのジャンプを見るのも勉強にはなるだろう。
ところで頭突きを食らうのがご褒美みたいなノリになっているのはどうなんだ?
「やりマスっ!」
ミアがのけぞり、奇麗な金髪が舞う。
◇◇◇
「楽しかったねえ」
「いい汗かきマシた!」
春さんとミアの笑い声が路地に響く。
説明会に参加した四人と『魔獣擬態班』の六人が合流して十名となった俺たちは組合を辞去し、家路を急いでいるところだ。
一組一回だけって宣言したのに、おかわりを要求したそうな顔をした冒険者が大多数だったので、逃げ出したともいう。当のミアがまだまだ続けそうになっていたのを上杉さんがぶった切ってくれて助かったよ。
見ている分には面白い出し物だったとは思う。
跳躍するミアと補助する春さんが反復移動するのは当然として、魔力タンクをやることになった深山さんと藤永が小走りで追いかけ、それを舞台の脇で見守る上杉さんと馬那の図だ。
それを見下ろす形になった俺は、カルガモの親子みたいだな、なんて感想になった。カルガモの親はあんなに派手にジャンプしないだろうけど。
幾度か魔力タンクの二人から【魔力譲渡】を受けたミアと春さんは、キッチリ最後までやり切った。ミアが言っていたように、後半ではジャンプのたびにキラキラした汗が舞っていたくらいには結構な運動量だったのだろう。
まあ、ヤンチャで元気なミアと春さんはニコニコだけどな。
「八時半か」
「佩丘辺りがうるさそうだな」
懐から取り出した腕時計を見て委員長が眉をへにょらせ、馬那が深刻そうな顔になる。
ティアさんの決闘前に軽食を口にしたものの、一年一組の夕食としてはかなり遅い。すでに夜食の時間帯だな。
上杉さんがこっちに加わっているので、食事の仕切りをしているのがヤンキーな佩丘だけに、馬那の懸念は真っ当だ。事情を話せば面倒臭いって表情で許してくれるのは知っているけど、料理番には申し訳ない。
電子レンジで温めれば出来上がりっていう世界観じゃないからなあ。
「ティアさんも騒いでいそうね」
「遅いですわよ、ってな」
心持ち足早になった綿原さんに歩調を合わせながら言葉を交わす。
なにせ今日はティアさんとメーラさんを拠点に迎えて初めての夜なのだ。
朝の引っ越し、昼の訓練からのニューサル事件と作戦説明会。今日も盛りだくさんだったなあ。
「八津君」
「大丈夫です、先生。警戒は緩めません」
先生から掛けられた言葉に、胸を張って返事をする。
内市街だからと油断せず、ちゃんと【観察】はしているので安心してほしい。先生だってフル警戒なんでしょう?
何故か俺の左右をガードするように空を泳ぐ双頭サメと共に、十人は拠点への帰還を急ぐのだ。
◇◇◇
「遅いですわよっ!」
「とか言いつつ、メーラさんとジャレてたっしょ」
「アサガオ、これは訓練ですわっ」
予想通りのティアさんのお言葉と、からかうようなチャラ子の疋さんの声が飛び交う。
拠点に到着し、談話室に入った途端にこの騒ぎだ。
視界に入ってきたのは大盾と木剣を装備したメーラさんと、素手のティアさんが対峙している光景だった。
なるほど、ニューサル戦のおさらいを真面目にやっていたってことか。周囲で見物しているクラスメイトたちは部屋着に着替えているのに、二人だけは革鎧というガチっぷりだ。
鋭い目つきで二人を見守る中宮さんが指導員ってところかな。
もちろんだけど決闘直後に上杉さんが治療したので、ティアさんの頬に傷など見当たらない。
ただし血の代わりに顔は汗まみれになっている。本当に真剣に復習してたんだな。
「遅かったな。トラブったか?」
「いや、大盛り上がりだった。それで遅くなったんだよ」
ニヤリと笑いながら近づいてきた古韮に返事をする。
「いつかは俺もああいう練習するのかな」
「剣、か」
「普通に高校生やってたら憧れもしたんだろうけどなあ」
古韮の視線はティアさんではなく、同じ騎士職のメーラさんを向いていた。
俺たちは短剣とメイスの練習はしているけれど、メーラさんみたいに長剣には手を出したことがない。試しに持たせてもらったことくらいはあるが、長い刃物を振り回すのはやっぱりおっかないんだ。
ファンタジー好きとしてはちょっとは悔しいって気持ちもあるけど、一年一組は現実的なラインで地道に強くなるしかないんだ。
「ほらほら。風呂は出来てるよ。食事の前にティアさんとメーラさんも入ってきなよ」
俺が小さくため息を吐いていると、開け放たれている食堂側のドアからアネゴな笹見さんが声を掛けてきた。
「ハルも入ろうかな」
「もちろんワタシもデス!」
「わたしも」
これにはさっきまで飛び回っていた春さんとミアも大喜びだ。深山さんも一緒するらしい。
「男子連中はあとでだよ? あたしは食事の温め係だからねえ」
ついでに笹見さんが釘を刺してくる。風呂と食事の両方に関わってくれるクラスのおっかさんは忙しいのだ。
とはいえ説明会に参加したメンバーで汗をかいた男子なんて……、藤永が微妙に該当するか。
「男子風呂の桶にお湯は作っておいたよ。藤永ならそれでいいよね?」
「助かるっす、笹見っち」
「あいよっ」
それだけ言って笹見さんはキッチンの方に引っ込んでいった。良かったな、藤永。お前だけなら【水術】込みで好き放題だ。
「上杉はどうだ?」
立ち去った笹見さんと交代する形で登場したのは、やや顔をしかめた佩丘だった。早速とばかりに料理番を所望してくる。
「わたしは動いていませんから。お風呂はあとでいただきます」
「……下ごしらえは終わってる。手伝えや」
「はいはい。着替えてすぐに行きます」
こと料理となればこの二人は燃え上がるのだ。
笑みを深めた上杉さんはすぐさま着替えのために談話室に背を向けた。それを見る佩丘も、さっきまでの不機嫌さが掻き消えている。
「わたしたちも着替えましょう」
「だな。腹が減ったよ」
「迷宮トウモロコシの口直しね」
綿原さんの声に促され、組合から戻ってきた面々は談話室をあとにした。
迷宮と関係なしに外出する時であっても、俺たちは安全を考慮して革鎧プラスフード付きマントを装備をしている。腰には短剣とメイスをぶら下げているし、盾も背負っていることも多い。実は今の俺だって、マントの内側ではあったものの、ジンギスカン鍋を背中に括り付けていたりする。
階位のお陰で重荷と感じることもないけれど、やっぱり解放感は欲しいんだよな。そこからの食事と風呂で気分もアガるし。
さて、遅い時間にはなってしまったけれど、夕食の時間だ。実に楽しみである。
◇◇◇
「せっかくの食事ですから早くいただきましょう。お互いの報告は食後に」
配膳が終わったテーブルのお誕生日席に座った先生が『一年一組』の面々に告げた。
これまではお客さんを迎えてもいない限り、食堂の大テーブルは長辺を男子列と女子列として向かい合わせで着席だったのだけど、今日の夕食からは席替えがなされた。
昼食のピザを食べた時は新入りのお客様扱いもあって、ティアさんとメーラさんが並んでお誕生日席だったのだけど、それは違うんじゃないかっていう話し合いが拠点でされていたらしいのだ。言い出したのはティアさんだったとか。
『平の新入りが上座というのはおかしいですわよ。わたくし、女性の列に加わりますわ』
『それだとティアさんとメーラさんの正面に誰もいなくて寂しいよね』
ティアさんと奉谷さんはそんな会話をしたそうな。なるほど両者の言い分もわかるというものだ。
で、お誕生日席には組長たる先生が中央、左右に副長の委員長と中宮さんが座ることになった。先生と委員長が不在の内に結論が出ていたけれど、この程度の話なら事後承諾でも十分だ。
これにより男子席が一つ、女子席が二つ前にズレることになり、俺の正面にはティアさんが座ることになった。ティアさんの左右にそれぞれ綿原さんとメーラさんって形だな。綿原さんが真正面じゃないのが寂しいが、会話は楽勝の距離だから気にしてはいけない。
それよりもティアさんの対応と、その横に座るメーラさんが……。
「……よろしくお願いします」
「あ、いえ、こちらこそ」
俺の視線を感じ取ったメーラさんから話し掛けてきたのには驚きだ。返事がどもってしまったじゃないか。
相変わらず澱んだ瞳で無表情なメーラさんだけど、今朝からこちら、随分と口数が多くなったと思う。打ち解けてきてくれていると嬉しいかな。
ニューサル騒動の時の暗黒オーラは勘弁してほしいから、ティアさんをイジるのだけはやめておこう。
「じゃあ、いただきます!」
「いただきます!」
アネゴな笹見さんのコールにみんなが唱和する。
食事の挨拶は担当が決まってはいないし、順番もあるわけでもない。
なんとなくっていうレベルの取り決めでしかないので、誰かがランダムに口を開くのだ。そういうノリなので無口系と大人し系なメンツがコールすることはまずない。具体的には馬那とか佩丘とか田村とか、白石さんや深山さん、上杉さんあたり。藤永は意外とやってくれるタイプだ。
そのうちティアさんにも登場してもらおう。凄く高飛車っぽく宣言してくれそうだ。
メーラさんは、まあムリか。向き不向きってヤツがある。
「いやあ、匂いだけでヤバかったよ」
「スタミナペッパーライスだ」
嬉しそうに木製ドンブリの蓋を開けるピッチャー海藤に、佩丘が答えを告げる。
遅れてはならじと急いで蓋を開いた先にあったのは、湯気立てていい香りを立ち昇らせる、バリバリに胡椒を効かせたガーリックライスだった。上に乗るのは余熱で赤茶から茶色に色を変えつつある細切れの牛肉と大量のコーン。頂上には四角く切ったバターが添えられている。
「昼間のピザも大概だったけど、これはひと際だな」
「今から腕が鳴りますわ!」
早速スプーンを動かす俺の正面からティアさんの声が飛んできた。
見ればギラギラと輝く緑の瞳が憎き敵とばかりにコーンを睨んでいる。悪役令嬢はバトルサイドだなあ。隣の綿原さんがちょっと引いてるんだけど。
配膳されているのは丼だけではない。ジャガイモをこしたスープと山盛りのサラダの皿もある。ティアさんが持ち込んだ大皿が大活躍だな。
かなりヤバいな、コレ。やたらと美味いし、腹の底からパワーが湧いてくるような気がする。
あながちティアさんの言葉も間違っていないってくらいに。
「ティアの言う通りね。たくさん食べて、明日に備えないと」
「おかわりもありますからね」
ガツガツとかっこむクラスメイトたちを見た中宮さんがティアさんに乗っかり、上杉さんもそれに続いた。
俺ももう一杯はいけるかな。
◇◇◇
「俺の槍なんだけどさ、オスドンのおっちゃんが頑張ってくれて二本追加が間に合った。ミアの矢も買っておいたぞ」
「助かりマス」
「トウモロコシ芸はどうだった?」
「ミアとハルが組んだんだから、もちろんバッチリ!」
食堂にみんなの声が響く。俺たちは静かな食事を滅多にしない。
明日も迷宮で、しかも大勝負だからこそ、こうして元気に騒ぐのだ。
「楽しみですわね。メーラ」
「はい」
ティアさんとメーラさんも騒がしい空気に委縮した感じは無い。元から距離が近かったのもあって、すっかりクラスに溶け込んだ感じになっている。
「八津くん、明日の階位上げだけど」
「十一階位組はヒヨドリだけかな。むしろアタッカーの十三階位が先になるかも」
「そうね。慌ただしくなりそう」
「十二から十三は遠いけど──」
もちろん綿原さんや俺だって黙って食べたりはしない。
今までよりもちょっとだけ距離が離れたけれど、代わりとばかりに俺のすぐ傍を白いサメが泳いでいる。
夜も十時を回っているけど、俺達の拠点は明るくにぎやかだ。明日一緒に戦うことになる冒険者たちは、今頃どんな時間を送っているのかな。
次回の投稿は明後日(2025/10/13)を予定しています。