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第566話 決闘の結末は



「ですわっ!」


 ティアさんの声と共にズゴンという大きな音が訓練場に響き渡る。


「ぐばぁっ!」


 思いっきり盾を殴られたニューサルの左腕が変な方を向き、ヤツはその場に崩れ落ちた。

 いくら相手の動きが悪いとはいえ、力を逃がさない攻撃ができるようになってきてるな、ティアさん。


 治療していない頬だって、【痛覚軽減】持っていない彼女にとって信じられないくらい痛いだろうに、それを全く気にもしていないように見える精神が恐ろしい。

 状況は完全に優勢であるにも関わらず、それでも自ら治癒を求めずに相手に圧をかけ続ける姿勢は大したものだ。


 などという感想はさておき、【聖術】使用回数二対一でティアさんが負けている状況で再開されてからの試合展開は、まあ想定通りだった。いや、それ以上か。

 なにしろ滝沢(たきざわ)先生が九割と言っていたように、【聖術】で戦いを一時停止できるルールなら、ティアさんがニューサルの攻撃に慣れてしまえばそこまでだ。


 ティアさんがそれを実行できるだけの能力を持つと、先生や中宮(なかみや)さんは保証している。つまりは一度ティアさんの側に傾いた天秤は戻らないということだ。

 現在のところ二対三。たぶん今ので左肩が折れたか外れたかしているニューサルが四回目を使うのは確定だろうから、これで王手ということになる。


「せ、【聖術】、を……」


「……はい」


 ほらな。


 ニューサルの剣を学びつつ戦うティアさんに対し、相手は精神と武器が怪しげな状態で、それどころではない。微妙に歪めた木剣が効いている。

 攻撃が狂ったものだから、ニューサルは守備を主体にして必死に頑張ってはいたものの、二度目の【聖術】を受けた辺りからは、ティアさんの一方的な攻勢が続けられた。


 金のドリルを振り乱し、頬から血を流しながらも闘志満々で迫ってくる悪役令嬢をひたすら迎え撃つ死闘。俺だったら速攻で降参だけど、ニューサルはそれすら許されていないのだ。

 もうちょっと冷静だったら木剣の交換くらいは思い浮かんだかもしれないが、それでも結果は変わらなかっただろうなあ。



「哀れなものね。哀れとは思わないけど」


 一行で矛盾している綿原(わたはら)さんの言葉に俺は頷く。


 クラスメイトたちは概ね綿原さんに同意って感じだが、観衆に至っては半数以上がドン引きだ。

 審判団は基本的にニューサルアンチで統一されているので、すでに終わっている状況でも試合を止めたりはしない。そもそもそんな権限を持っているわけでもないし、悪役令嬢に怒られる。


「こうなると落としどころなのかな」


「そういうのはティアさんに任せればいいのよ。当事者だし、貴族絡みなんだから」


「苛烈な裁定にならないか?」


「どうかしら。ティアさんって、アレでバランス考える人だし」


 俺と綿原さんの会話はすでに戦後に及んでいるが、当初の想定ではこんなに圧倒的になると思ってなかったんだよなあ。


 繰り返しになるが、あの先生が九割の太鼓判を押したのだから、勝利自体は疑ってはいなかった。

 イザ蓋を開けてみればニューサルはそれなりに技術を持っていたが、それでもティアさんの勝ちは堅かったと思う。技が上限で打ち止めになっているニューサルに対し、伸びしろのティアさん。基本路線は怪我を恐れず見切りながら勝機を見出すってことで問題ない。


 それをなさしめているのは、やっぱりティアさんのド根性だ。



「サメの口に正面から突っ込んでいける精神か」


「先生もそうだけど、ああいう強さもあるって思い知ったわ」


 俺の呟きに綿原さんが頷く。


 明らかなターニングポイントはティアさんが頬に怪我を負いつつも、ニューサルに一撃を入れたあの攻防だろう。

 以前綿原さんがティアさんとタイマンを張った時、悪役令嬢は堂々と巨大サメに飛び込んだ。結果として擦り傷だらけになったのだけど、ティアさんは戦闘に支障が出ない限り出血を恐れない。


 そういう精神性が、技術以上に今回の決闘に影響しているのは一目瞭然だ。

 現に今も、治療中のニューサルを泰然と見つめるティアさんの瞳には、爛々とした闘争の意思が宿っている。こんな有様なのに、どこにも油断の色が無いのが凄い。


「ニューサル、追い詰められたけど、試合再開できるのかな」


「さあ? アイツとティアさんにしか判断できないんじゃないかしら」


 俺の言葉にサメを乗せた肩を竦めた綿原さんだけど、ほんと、ニューサルには塩対応だよなあ。


「治療、終わりましたっ」


「そう、か」


 なんてことをしているうちに、どうやらニューサルの治療は終わったらしい。

 怯えた顔のおじさん【聖術師】が転がるようなダッシュで組長の下を離れていく。ニューサルが怖いというよりは、少しでもティアさんから距離を取りたいってところかな。


「降参の言葉は、無しですわよ?」


「……ああ、ああ」


 治療が終わってなお立ち上がることができず、顔を俯けて肩を震わせているニューサルに、悪役令嬢からの冷酷な言葉が贈られた。容赦が無さすぎだよ、ティアさん。

 やりすぎるとチンピラが魔王に覚醒するフラグになってしまいそうで心配になるくらいだ。



 ◇◇◇



「ぐがっ」


 脇腹にティアさんの左フックをもらったニューサルが膝を突く。


 気圧され、動きに精彩を欠いたニューサルは、完全に間合いのコントロールをティアさんに奪われている。あのフック、俺も食らいかけたんだよなあ。くわばらすぎる。

 そんなニューサルを見下ろし、ティアさんは口を開かない。


「くっ」


 ここで【聖術】を求めればそこで試合終了となるニューサルは、ぎゅっと目をつむった。


 負ければ貴族出身としての誇りと組長の矜持を失うことになる。

 だからといって痛みは恐怖だ。同時に戦力低下にも繋がり、今以上の劣勢を背負うことになってしまう。


 ニューサルはもう、詰んでいるのだ。


 それとだけど、勝敗の行方とはべつにメーラさんの黒オーラが引っ込んだのが助かる。うん、ちゃんと色が戻って人間の顔として認識できるな。



「まだだあっ!」


「意気や良し、ですわ!」


 いきなり目を大きく見開き、素早く立ち上がったニューサルが大きく剣を横に振るった。

 モーションが見え見えな荒っぽい動きをするニューサルに言葉を浴びせつつ、ティアさんが距離を取る。


「ホントに覚醒イベント?」


 文系オタな野来(のき)が身をのけぞらせているが、俺と似たようなコトを考えていたんだな。


「動きが落ちていない?」


「妙デス。今までは痛む部分を庇っていマシた!」


 ゲームやマンガ的にニューサルの変わりようを捉えた野来と違い、武闘派な中宮さんとミアはマジ顔だ。

 先生もまた、目を細めて事態を見守っている。


「俺にはあまり違いがわからん。けどよ、現実的なら【痛覚軽減】なんじゃねえか?」


 物語派や武術家たちとは別感覚で納得できる答えを導き出したのは、皮肉屋の田村(たむら)だった。


 あり得る。新技能の取得はレベルアップ時ではなく任意だ。多くの場合で階位上昇に合わせているのは、魔力量が増えたのを契機にしているにすぎない。

 このタイミングでニューサルが【痛覚軽減】を取って痛みを軽減したのなら、あの動きにも説明が付く。


 ここで一発逆転を狙って【痛覚軽減】を取りたくなる気持ちはわからなくもない。だが、冒険者としての今後を見据えるなら……。



「やばっ……。アイツ、使える技能全部回してる」


「えっ!?」


 大声になりかけた俺の言葉に、横にいた綿原さんが驚く。ヤバさに気付いてくれただろうか。


 田村の言葉の意味を頭の中で回しながら【魔力観察】をしてみれば、ニューサルは体中と目、剣と盾の全部に魔力を通しているのが見えてしまった。途中まではできていたオンオフなんてしていない。ずっと使いっぱなしかよ。

 最早事前の約束通り【鋭刃】を封印しているかどうかすら怪しい。


「ティアさんっ!」


 ニューサルの攻撃を躱し続けているティアさんの名を呼びながら、俺は小さくハンドサインを送る。

 とにかく【鋭刃】の可能性を伝えないと。


「ティアっ、絶対に避け切りなさい!」


「頑張って!」


「お任せです、わっ!」


 中宮さんとロリっ娘奉谷(ほうたに)さんの声を受けたティアさんは、頬を鮮血で赤く染め、汗を流しつつも不敵に笑う。



「それとですわ、メーラ! 控えてなさいましっ!」


「メーラさん、あんな大雑把な攻撃がティアさんに通じるとでも?」


 ニューサルの余りに無軌道な行動を見たメーラさんが前に出かけたところで、その足を止めさせたのはティアさんと先生の強い言葉だった。


「……はい」


 ぎゅっと手を握りしめたメーラさんは、澱んだ瞳でティアさんの戦いを見つめている。

 大丈夫だよメーラさん。ティアさんならやり遂げられるから。


「自爆攻撃って、テンプレすぎだよ」


「バーサーカーモードかよ」


 悲壮なメーラさんに対して、オタメンバーな野来と古韮(ふるにら)に掛かれば、ニューサルの暴走なんてこんな扱いか。


 まあ、俺も二人に同感なんだけどな。

 あんなのが長続きするはずもないし、ティアさんは避けに徹してくれている。


 ニューサル本人に自覚があるのかは不明だが、技術と精神で負けている状況だ。一か八か技能全開で戦うこと自体は間違いとは言い切れない。冷静であれば、だけどな。

 けれども焦りのせいで剣が雑になっている。あれじゃあティアさんには届かない。


 なんにしろニューサルに残された時間は少ない。



 ◇◇◇



「これで終わり、ですわっ!」


 ティアさん渾身の右正拳突きがニューサルの鳩尾に突き刺さった。

 自称高貴なる血を持つ冒険者とやらが、ダラリと口から舌を伸ばし、目を白くして前のめりに崩れ落ちていく。顔に一撃とかティアさんは言っていたけど、今のニューサルにそれをやったら殺しかねないもんなあ。


 ニューサルが【痛覚軽減】を取得し、暴走モードを維持できたのはたったの二分。

 それどころかもっと手前で剣と盾を覆っていた魔力は掻き消えていたので、ヤツが危険な存在と表現できたのは最初の一分にも満たない。


 迷宮内に比べて魔力回復の遅い地上で、しかもあんなに技能を継続して使いまくればこうもなる。

 武器防具系から始まって、【視覚強化】【反応向上】【体力向上】へ回す魔力を失ったニューサルは、最終的に【身体強化】すら失っていた。全身系の技能は【魔力観察】で判別できないが、段階的に動きが悪くなっていくのを見れば、誰にだって理解できる。


 たぶん最後に残っていたのは【痛覚軽減】だったんだろうな。

 ずっと育ててきたはずの技能ではなく、最終的に頼ったのが取ったばかりの痛み止めっていうのがなんとも皮肉な結末だ。最終形態のニューサルだったら、俺でも倒せていたかもしれない。



「さて、決まりでは【覚醒】を使うことになっていますが、このまま起こしたところで魔力が尽きて治療もままならず……」


「ひぃっ!?」


 べっちゃりと地面に貼り付くニューサルから『ニューサル組』の【聖術師】さんに視線を動かしたティアさんだけど、標的となったおじさんは腰を抜かして後ずさるばかりだ。

 ニューサルを目覚めさせたところで、怪我と魔力不足で戦闘は不可能。負けを認めて【聖術】で治療しようにも、対象者が魔力を失っていては効果は期待できない。すべての意味でニューサルは終わっている。


 まさかこんなオチになるとはな。

 いやまあ、バーサーカーモードになった時点で想像はできていたのだけど。


「何といいましたか……。そう、ハルス副長?」


「ご裁可は姫様のご意思のままに」


「そうですの」


 ティアさんがさらに目線を動かし問えば、観客の最前列にいたハルス副長は悲し気な表情で、それでもこちらに判断を委ねるようだ。妙な方向で覚悟が決まった人だなあ。


「魔力が尽きた状態の弱者をいたぶる趣味はありませんわね。【魔力譲渡】については取り決めていませんでしたし」


 ハルス副長にキツい目を向けながら、ティアさんは残酷なことを言い出した。

 ここからニューサルに【魔力譲渡】をしたとしても、残虐ショーが繰り返されるだけだぞ。観衆の輪にも、さざ波のように動揺やら同情が広がっていく。


「ですが、事前に交わしてもいない取り決めで、どうあっても勝敗を決しようとは思えませんわね。ここは分けとしましょう」


「それは……」


 ティアさんの言葉にハルス副長が驚いた表情となる。

 ここまで無礼を働き、あまつさえ元侯爵令嬢の顔に傷を負わせるような決闘騒動まで持ち込んだのは、ほかならぬニューサルだ。しかも最後はバーサーカーとなり調伏されたというオマケ付き。


 それでも決着を明確にしない?



「わたくしとそこなニューサルは力を尽くし、お互いに冒険者としての気概を見せた。それだけで十分だと考えますわ」


「……はい」


 どう考えても言葉だけの奇麗ごとを言ってのけるティアさんに、ハルス副長は深々と頭を下げた。

 誰がどう見てもティアさんが凄かったという印象なのだけど、これが悪役令嬢の裁定か。


 観客の中に紛れ込んで存在感を薄くしていた『ニューサル組』の組員たちが地べたに崩れ落ちる。中には泣いている人もいるな。

 悔しいとかそんな感じじゃなく、どちらかといえば安堵の度合いが大きいように見える。組が安堵されるかどうかはまだ不明だけど、この場でニューサルの発言集を朗読されるよりは余程マシだ。


 暴露はしないってことだよな? ティアさん。


「想定外の決着ではありましたものの……、よろしいですわね? サーヴィ・ロゥト」


 ティアさんは審判をしてくれている『ペルマ七剣』の三人ではなく、『白組』のサーヴィさんに声を掛けた。


「姫様のご意向のままに……。さて、冒険者たち。全額払い戻しだが、明日は朝から大規模作戦だ。あぶく銭だからと飲み過ぎないようにな」


 そういえばサーヴィさんは賭けの胴元だったか。

 引き分けに賭けた人はいないからという理屈で親の総取りってことにはならないようだ。


「ウチは参加しねぇんだよなあ、明日はよ」


「自分たちの金だ。好きにさせろや」


「英気を養うんだよ!」


「あたしたちも前祝いで飲むんだけどね」


 サーヴィさんから冗談交じりのお小言を受けた冒険者たちが、笑いながら喚き合う。奥さんのピュラータさんまでもがガヤに混じっているけど、サーヴィさん的にはそれでいいのだろうか。

 それでも思いがけない結末で、盛り上がっていいんだか迷っていた観客が沸き上がったのだから、サーヴィさんも口が上手い。



「さて、こちらも始末を付けなければいけませんわね」


 返金のために冒険者たちがサーヴィさんの下に群がるのを他所に、ティアさんは冷めた目で地に伏せるニューサルを見下ろしている。

 ニューサルのすぐ傍で泣きながら尻もちをついているおじさん【聖術師】は、何もできずに首を横に振るだけだ。こういう類の大人の涙は、見ているこっちが居たたまれなくなるんだよなあ。


「ヨウスケ」


「……本当は嫌っすけど、仕方ないっすね」


 ティアさんからご指名を受けたチャラ男な藤永(ふじなが)は、らしくもなく一拍置いてから動き出した。


「感謝します」


 同時に向こう側からハルス副長も現場に向かう。


「いいっすよ。ティアさんがやれって言ったから、そうするだけっすから」


「それでもです」


 珍しい藤永の憎まれ口にも、ハルス副長は軽く頭を下げた。顔色こそ未だに優れないが、どこか吹っ切れたような雰囲気だ。


 藤永がニューサルの背中に手を当て【魔力譲渡】を掛けていく。とにかく魔力を回復させないと何も始まらないからな。

 審判の三人、サメッグ組長とビスアード組長、スチェアリィさんも横たわるニューサルの近くに集まり、俺たちもゾロゾロとティアさんの下へと歩き出す。『ニューサル組』の連中が遠くで座ったままなのが空しい。


 マクターナさんたち組合職員はといえば、決闘の結末を見届けたと同時に、俺たちに声も掛けずに足早に立ち去っていった。

 これから『シュウカク作戦』の説明会だもんなあ。建前上訓練だったのもあって『ニューサル組』のゴタゴタは後回しってところか。



 ◇◇◇



「ここからは任せていいっすよね?」


「は、はいっ!」


 魔力の回復を終わらせた藤永が立ち上がり、ここからの処置をおじさん【聖術師】に丸投げする。

 ううむ、藤永に気圧される人って初めて見たかもしれない。


「藤永クン、カッコいい」


 深山(みやま)さん、【冷徹】を解除してまで藤永を褒めたたえなくても……。



「『一年一組』はこれから説明会ですね。お忙しい中、申し訳ありませんでした。詳しくは明後日にでも説明させていただければ」


「それで納得するかはわたくしではなく、組の意思ですわ」


「はい。理解しているつもりです」


 ニューサルの治療に目もくれず、ハルス副長が釈明について触れてきた。堂々と対応しているティアさんだけど、藍城(あいしろ)委員長をチラ見しているし、この辺りで俺たちは退散かな。


「では僕たちはこれで」


 ティアさんから無言の指示を受けた委員長が苦笑を浮かべつつも撤退を表明する。


 これ以上この場に残ったところで、回復したニューサルが何を言い出すかわかったものじゃないからなあ。

 ハルス副長も頷いているし、おじさん【聖術師】も空気を読んで、まだニューサルに【覚醒】を掛けてもいない。早々に立ち去ろう。


「立ち会いの皆さんも、ありがとうございました」


「ありがとうございました!」


 結局何もすることがなかった審判の三人に委員長が礼を述べ、俺たちは声を合わせて頭を下げる。


「まあ、面白いモノは見れたさ」


「あたしもだね。姫様、やるじゃないか」


「姫様の成長を嬉しく思いますぞ」


 ビスアード組長とスチェアリィさん、サメッグ組長がそれぞれ感想を言ってくるが、内容は概ね好意的だ。

 この三人が率いる組はペルマ迷宮でもトップクラスだし、友好関係は大切だよな。


「それとだお前ら。俺のことはビスアードではなく、ニュエットだ。以後は──」


「なっ、『赤組』の。それをここで持ち出すのか」


 最後の最後でファーストネーム呼びを求めてきたビスアード組長改めニュエットさんにサメッグ組長が噛みつくのを尻目に、俺たちは訓練場をあとにする。


 背後から目を覚ましたニューサルの喚き声が聞こえてくるけど、たぶん気のせいだろう。


「『【覚醒】は【聖術】じゃないから気絶中でも攻撃できる作戦』、使えなかったね」


 発案者とはいえ残念そうな顔をするなよ、夏樹(なつき)



 ◇◇◇



「あ、あのっ」


「何ですか?」


 訓練場から事務所への通路を歩いていると、たむろしていた数名の冒険者がおずおずと話し掛けてきた。委員長が怪訝そうに返事をするが、さもありなん。相手の挙動が怪しすぎる。

 額に汗を浮かべ、顔色がよろしくないのに、この人たちは無理やりな笑顔なのだ。何を言い出すのやら。


「姫様のご活躍に期待しています」


「見事な戦いでしたっ」


「言葉は受け取っておきますわ。わたくしたち、先を急いでおりますの」


 なんか揉み手をするようなおべっかを言ってきた冒険者たちにティアさんが鷹揚に答え、俺たちはさっさと冒険者集団を置き去りにする。


「何だったんだ? 今の」


「顔は知らんけど貴族系だろ。『ニューサル組』の轍は踏まないってことだ」


 冒険者関連ならマニアな古韮かと思って聞いてみれば、案の定な返事が飛んできた。なるほどなあ。



「事務所でミアたちは『魔獣』の提案だったよね。中宮さん、拠点組をよろしく」


「期待しててくだサイ!」


「任されたわ」


 事務所を目の前にし、委員長がここからの行動に触れる。元気に答えるミアと真面目顔な中宮さんの対比だ。


 組合が提案を受けてくれるという前提で、俺たちはここから三班にわかれることになる。

 俺も含めて説明会に参加するメンバー、『魔獣の擬態』を申し出るミアたち、そして帰宅組。


「ティアさんはどうします?」


「わたくしは拠点に戻って、マコトたちの帰りを待つことにいたしますわ」


 サクサクと役割分担をしていく俺たちに新たに加わったティアさんとメーラさんだけど、行動は即断タイプだ。今回はどうやら中宮さんたちと行動を共にするらしい。


「ティアさん、お疲れ様でした。拠点で先程の戦いを振り返ってみてください」


「リンと話し合っておきますわ。タキザワ先生の意見も聞きたいですし、お早いお戻りを」


 優しく微笑む先生にティアさんがスッキリとした笑顔で返す。邪悪方面じゃなく、ストレートな笑みだ。


 ともあれ、ニューサル騒動は完全に終息したわけではないにしろ、決闘自体はティアさんの実質的な勝利で決着がついた。

 ここからは明日に向けて切り替えていかないとだな。



 次回の投稿は明後日(2025/10/09)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
終わってみれば、ティア様は最初からこの落とし所を狙っていたような気がします。 貴族にとって致命的な最後を避けるために5回目は意地でも使わないと思っていたのでは? だから、今回のような「分け」があるルー…
喚き立てる元気があるなら、まあ副長さんがしっかり叱れれば再起は可能か……?いや、それが出来なかったから今回の件が起きたようなものだし、難しそうですね。 それはそれとして完全に勝利して暴露会をすれば、失…
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