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第565話 ギリギリの攻防



「リンパッティア様、この辺りで終わりにしませんか?」


 怪我の治療を終えて再び戦闘態勢に入ったティアさんに、ニューサルが声を掛ける。


 ティアさんに一撃を入れることに成功したお陰か、ある程度余裕を取り戻したニューサルの顔が、滅茶苦茶苛立たしい。

 拠点に登場して応接室で会話をしていた時とまではいかないが、微妙に口の端を釣り上げ、無駄に整った顔に何ともいえない笑みを浮かべているのだ。


「降参の宣言は許されていないと、取り決めたはずでしたわよね」


 対するティアさんは、ニューサルを真正面から見据えて言い放つ。

 意外だけどそこに表立った怒りは見当たらない。


「あなたが降参するのではなく、私がこれ以上の戦いは無意味だと言っているのです。実力の差は明白ですから」


「面白い言葉遊びですわね」


 意味が通っているのかどうか怪しいコトを抜かしたニューサルに、ティアさんは不敵な笑みで答える。

 それとだが、それほどの実力差なんて見当たらないぞ。



「……ティアさんは受け流せても、わたしはムリね。ああいうのって、ちょっと受け付けられないわ」


 俺の隣では綿原(わたはら)さんが鳥肌と同時に怒りの気炎を上げていた。マスコットモードだった肩のサメがちょっと浮かび上がり、ビチビチと暴れている。


 近くで決闘を見守るティアさん贔屓の中宮(なかみや)さんなんかはもう、スンっと表情を消して虫けらを見る目って感じだ。

 チャラ子な(ひき)さんですら笑みを引きつらせ、朗らかなロリっ娘の奉谷(ほうたに)さんは真顔。視界の端に映っているメーラさんに至っては体全体が黒くなり、影だけがそこにいるようにすら思えるくらいだ。


 女子たちが怖い。


「同感だよ。けどあれ、ビビりもあると思う」


「そうなの?」


「結構汗かいてるし、手も少しだけ震えてる。虚勢半分ってとこかな」


「……全部が見えるのも考え物ね」


 綿原さんが俺との距離を三センチくらい広げてボソっと呟く。ごめんよ、ニューサルとは別方向でキモくて。


 ニューサルは良い感じの一撃こそ入れたものの、ティアさんの挙動を掴み切れていない。

 そもそもニューサルの突きは体の中央を狙っていた。ティアさんが大きく踏み込み、そこからの捌きを試みたからこそ肩に当たっただけで、避けを重視していたら違う展開もあっただろう。


 思い返しつつ、そこで虚勢張ってアホなコトをほざいているニューサルを見れば、結局は許しがたいって思いしか出てこないんだよな。



「これ以上の問答は無用ですわ」


「後悔なさいます、なっ!?」


 直後、さっきまでとは違いジグザグに走り出したティアさんを見て、ニューサルの声が裏返った。

 願望に縋りたい気持ちはわからなくもないが、意識が浅すぎるぞ、ニューサル。相手が悪役令嬢だってことを忘れてるんじゃないだろうな。


 五メートルくらいあった間合いは二秒も経たずに潰された。

 良いな。開き直ったティアさんは、ちゃんと全力が出せている状態だ。


「ですわよ!」


「くっ!」


 ここまでゆっくりと距離の詰めてきたという布石もあり、全速で迫るティアさんにニューサルは剣を伸ばすことができていない。ならば当然ガードを固めるということになる。

 結果、ガンっという音と共に、ティアさんの拳が盾に叩きつけられた。


「それよ。まずはどこでもいいから、ちゃんとした一撃を当てること」


 ニューサルのキモいムーブについさっきまで瞳を漆黒の闇にしていた中宮さんが、ティアさんのパンチを見て目に光を取り戻す。


「でっすわぁ!」


 勢いに乗ったティアさんがガンゴンと短い間隔で相手の盾に連打を叩き込んでいく。短打なのでニューサルにダメージが入っているとは思えないが、戦いの主導権を掴み取るためにもこのノリが大事なんだ。


 さっきまでは相手の剣を見届けるための時間で、今のコレは防御の確認。両方が揃って、初めて本格的な戦闘が始まる。


「ちぃいっ!」


 ティアさんの拳による圧から逃げるように、ニューサルは真後ろにジャンプすることで無理やり距離を作った。



「あらあら、騎士ともあろう方が、拳士の攻撃を受けて退きますの?」


 ニューサルに打ち勝ったティアさんは、戦場の中央で悠然と仁王立ちだ。

 戦いの前にベタ褒めしていた相手に対し、イザ本番となれば真逆を言ってのけるのが悪役令嬢たるティアさんである。それだけ調子が出てきたってことだ。


「そちらは受けてばかりですわね。ですが勇ましく掛かってこいとは言いませんわ。人には向き不向きがありますもの。もしくは勇気……。それだけはわたくし、自信がありましてよ!」


 そんなセリフを吐きながら、ティアさんが再びゆっくりとニューサルに向けて歩み始めた。


 まるで女王が玉座へと登壇するごとく堂々と歩を進めるティアさんの姿に訓練場の空気が熱くなる。ニューサルの攻撃を食らい、専属ヒーラーの上杉(うえすぎ)さんから【聖術】を受けたのもなんのその。いや、だからこそ。

 ひとつ上の階位の騎士職がひたすら受けとカウンターに徹するのに対し、敢然と打ちかかる拳士がいるんだ。どっちを応援したくなるのかなんて、元々の贔屓も含めて考えるまでもないだろう。


「すげぇな。アレ」


「俺、受けきる自信ねえわ」


「手数の多い短剣を捌くようなもんか」


 ましてやリーチの短い拳士のラッシュなんて、観客たちのほとんどが見たこともないはずだ。


 この時点でティアさんは完全に観衆たちを味方につけた。ほぼ最初っからそうだったかもしれないが、それでも彼女は自らの行動で見事に色分けさせたのだ。


 ティアさんとニューサル、どちらが冒険者としてカッコいい存在であるのかを。


 戦場を挟んだ反対側の観客の中に、顔を暗くしているハルス副長の姿も見える。

 だけど、悪いな。ニューサルには負けてもらうしかないんだ。アイツはそれだけのことを仕出かした。


「ここからね」


「ああ」


 弾んだ声の綿原さんに、俺も思わず笑顔が浮かんでしまう。

 三匹ものサメが空中で舞い踊っているのは置いておいて、さあティアさん、今度は物理で相手をねじ伏せるステージだぞ。



 ◇◇◇



「でぇ、っすわぁ!」


「ぐっ!?」


 観客たちの声援を背に受けニューサルに歩み寄ったティアさんは、今度は剣の間合いの少し外側で一気に加速した。

 ニューサル視点で左側。自らの大盾が相手の動きを見るには邪魔になるティアさんの踏み込みに、ニューサルは剣を振るうことができていない。そのままティアさんのパンチがニューサルの盾に再び叩きつけられる。


 滝沢(たきざわ)先生が対人戦で得意とする、相手の盾にデメリットを押し付ける攻撃パターンだ。

 先生の場合、そこに加えて軌道が変化するローキックやら見えないジャブを使うので、技を知っているか余程の階位差がない限り、ワケがわからないうちにブチのめされることになる。


「とあっ!」


 妙な掛け声と共に繰り出されたニューサルの突きは、ほぼ苦し紛れだ。パンチを食らいたくないが故に盾の動きを最小限にしながら放つものだから、狙いがどうしても狭く、そして甘くなる。


「ですわっ!」


「うおっ!?」


 突き出された剣先を左肩で弾きながら、ティアさんがニューサルの盾に叩き込んだのは、これまでのような様子見のパンチではない。

 左足がニューサルの足元に届くくらい深く踏み込まれ、思い切り腰を回転させながら放つ右拳。万全な体勢ではないため出力全開ではないにしろ、これぞティアさんの必殺技、すなわち右正拳突きだ。


「ナイスタイミングデス!」


「相手の剣に(たい)を合わせられているわね。いいわよ、ティア!」


 バトルジャンキーエセエルフなミアと、中宮さんから歓声が上げた。


 実行は難しいけど、術理は俺も知っている。

 左腕を引きつつ鋭く腰を回転させることで右拳に速度を与えるのと同時に、その動きそのものが相手の剣を流すのだ。攻防一体って単語が普通に当て嵌まるのが実にカッコいい。


 技と力とギリッギリの境界線に挑む踏み込みと、なによりクソ度胸がなければ成し遂げることができない領域。

 拳士に一番大切なのは、根性なのかもしれないって思わせられるよな。相手の軌道に腕を置くだけの『観察カウンター』とは大違いだ。


「すげえ。アレ、力で押し切っただろ」


「盾を構えた騎士をかよ。十三階位なんだろ、ニューなんとかって」


 ティアさんの最大攻撃が炸裂し、その結果としてニューサルは体ごと後方に飛ばされた。

 さっきは細かいラッシュを嫌い自ら退いたのだが、今回は違う。力の乗った拳ひとつで、十二階位の拳士が十三階位の騎士を押し込んだのだ。



「打ち下ろしの角度がもう少しですね。後退させるのではなく、膝を突かせるのが理想なのですが」


「先生……、採点厳しいよね。学校に戻ったら甘目でお願いします」


「学習指導要領に則って、公平に判定します」


「うえぇ」


 どよめく観客を他所に、先生の判定は意外と辛い。恐る恐る訊ねた子犬系の夏樹(なつき)が、容赦ない返答を食らって情けない声になった。


 先生の攻撃はマンガとかのバトルシーンみたいに、相手が吹き飛んで壁にめり込むような感じにはならない。

 曰く、むしろそれでは力が通っていないらしいのだ。正解はその場で崩れ落ちること。対象の膝や足首に吸収できないような衝撃を与えるのが理想なんだとか。


 マジカル空手だよなあ。


「それに、全力だからこそ技術をしっかりしなければ怪我をしてしまいます。どうでした? 八津(やづ)君」


「はい。ビビったのか【広盾】を使わずに、それでも盾に魔力が通っていました」


 先生に指名された俺は、小声で見たままを答えた。


「つまり【硬盾】。ネタばらしはこの辺りで終わりかしら」


「だと思う。十一個だ」


 合いの手を入れてくれた綿原さんにも頷いておく。


 ニューサルは汗を流して息遣いも荒いけれど、アレは精神状態によるものだ。体力的にはまだまだ疲労しているようには見受けられない。【体力向上】もほぼ確定だな。


 把握できたヤツの技能は、これで十一個。十三階位の前衛職なら、通常この辺りで上限だ。

 迷宮業界では魔力タンクが希少であるし、これくらいの数の技能を年単位でじっくり育てていくというのがスタンダードとなっている。


 性能はほぼ見切ったぞ、ニューサル。



「ミノリ、もう一度【聖術】ですわ」


「お任せください」


 盾を構えて警戒態勢を取るニューサルにあっさりと背を向けたティアさんが、上杉さんに治療を要請する。

 これで二度目。勝敗条件を考えればティアさんが負けている状況だが、空気は真逆だ。


【鉄拳】持ちのティアさんが故障したのが手首であることを考えれば、彼女がどれだけの力で殴ったのか、そして【硬盾】の効果を思い知らされる。

 ついでに先生の指摘によるところの技術の甘さも。

 そんな複数の意味が込められた治療光景を見て、同系統の怪我が多い陸上女子の(はる)さんやメガネ忍者な草間(くさま)も思うところがあるのか、自分たちの手首をブラブラさせている。


 もちろん俺は【硬盾】が確定したことを上杉さんに伝達し、それを聞いたティアさんの口端がニタリと吊り上がった。


「そろそろ攻勢ですわね」


「十分攻撃していますけど」


「盾を相手ではつまりませんわ。あのだらしない顔に一撃叩き込んで差し上げないと、『一年一組』を名乗れませんわよ」


「あらあら、相手に同情してしまいそうです」


 悪役令嬢と聖女の会話がやたらと物騒なのは、この際置いておくとしよう。



 ◇◇◇



「お強いですわね、ニューサル。わたくし負け越してしまっていますわ」


 二度目の治療を終えたティアさんがゆっくりとした動作で膝を上げ、ニューサルと対峙する。


 観客を味方にし、精神的にも優位となったティアさんの殊勝な言葉は、厭らしい形に弧を描いた口から発せられたものだ。余裕綽々ってところか。

 気圧されまくりのニューサルからの返答はない。


「ここからは巻き返しですわ。わたくしには負けることのできない事情がありますの」


「それ、は」


 ティアさんのセリフにニューサルが青い顔色をさらに悪くする。

 ヤツの心の叫びは、真相の暴露は約束破りじゃないか、ってところかな。


 ウチのティアさんがそんなことをするはずもないのに。


「『一年一組』の組員に、敗北は許されていないのですわ!」


 一度俺たちの方を見てから高らかに宣言したティアさんが、ニューサルに向かって大きく一歩を踏み出す。



「なあ、俺たちって無敗だったか?」


「近衛騎士総長くらいね。明らかに負けたのって」


「アレはリベンジしただろ。勝ったんだよ、俺たちは」


「ははっ、これからも負けられなくなっちゃったねぇ~」


「前衛はまだマシっすよ。俺なんてこないだ……」


藤永(ふじなが)クンは勝ったよね?」


 ティアさんの言葉にたじろぐニューサルだったが、一年一組にも動揺が走る。同時に笑いも。


「悪役令嬢の要求が高すぎるんだよなあ」


「八津くんは急いで十二階位になって【身体操作】ね」


「トドメの融通に期待してる」


「任せて」


 楽しくボヤく俺にサメを掠らせた綿原さんがモチャっと笑いながら答えてくれた。

 まったくもって、あの悪役令嬢様はワガママなのだ。



「ですわぁ!」


「うあっ!」


 クラスメイトたちが謎の盛り上がりをしているあいだにも、戦闘は再開されていた。


 初手は前回と同じ。ティアさんがニューサルの盾側に踏み込んでからの攻防だ。

 ただし、これを繰り返しているだけでは埒が明かない。展開的にティアさんの負けは見当たらないが、ここから先は手を変える必要がある。


「ですわよぉ」


 その一手目を、早速ティアさんが使った。


 盾を殴るのではなく、掌底を使って流したのだ。方向はティアさんから見て右斜め下へ。

【硬盾】を使っていようと、盾の位置が固定されるわけもない。【身体強化】や階位によるパワーも影響するが、そこは技術の問題だ。

 盾に頼る相手なら、まずはソレを無力化してしまえばいい。先生がアウローニヤでヴァフターを倒した時に使った技の派生だな。


「うあああっ!」


 盾をズラされ拳士に胴体を晒すことになったニューサルが、叫び声と共に剣を突き出す。

 当たり前の展開だ。それくらいしかできることがないのだし、そうせざるを得ないのだから。でなければニューサルは大ダメージ待ったなしの状況だ。


「そこよっ、ティア!」


 変化した展開を見てクワっと目を見開いた中宮さんが叫び、ティアさんはその声に促されるようにニューサルを睨みつけた。


 とはいえ、ティアさんの体勢だってよろしくはない。盾を逸らすことに全力を傾けたせいで、ニューサルの剣に対して左側面を晒している位置関係となってしまっている。

 先生だったら突きを掻い潜る左ジャブ一発で逆転できてしまうんだけど、ティアさんにはそれが無い。


 何度も引き合いに出して申し訳ないが、技術の引き出しと流れを作り出す先読みが、先生とティアさんでは違いすぎるのだ。

 それでもこれはニューサルの精神を揺さぶり、体勢を崩し、そこまでしてやっと到達した状況だ。投げ捨てるなんてとんでもない。


「ですわ!」


 だからティアさんは最上を取りにいく。


 ニューサルの足元に踏み込んだ左足を軸に、ティアさんは右膝を持ち上げた。釣られて上体がのけぞり始め、その挙動が突きを避ける形になる。右膝の狙う先はニューサルが剣を持つ右手首だ。

 深く身を逸らすことで完全回避も可能な形ではあるものの、ティアさんは避けと攻めを同時に選択した。だけどそれはとてもリスキーで──。



「くっ!」


「ぐあぁっ!」


 ティアさんとニューサルが同時に苦悶の声を上げ、続けてカランという音が響く。この時ばかりは観客たちも静まり返り、木剣が地に落ちる様を見つめるのみだ。


 自身の右手首を左手で握るニューサルが訓練場に膝から崩れ落ち、苦し気に表情を歪めている。


「ティアっ!?」


「ティアさん!」


「大丈夫かよ」


「治療をっ!」


 憎き敵が大ダメージを負ったにも関わらず、それでも一年一組の面々が凝視してしまっているのはティアさんの方だ。


 訓練場の地べたにボタボタと血が落ち、赤い染みを作っていく。ティアさんの左頬はザックリと裂けていた。

 ニューサルが【鋭刃】を使ったわけではない。いくら先を丸めてあったとしても、魔力を纏わせた木剣が掠めれば切れもする。いや、切れたのではない。切っ先がティアさんの頬の皮ごと裂いたというのが正確だ。


 全部が見えてはいたんだ。

 自分の膝蹴りが確実にニューサルの手首に当たるように、迫りくる剣を凝視しながらも最後のギリギリまで顔を逸らさなかったティアさんの姿が、目に焼き付いて離れない。

 予定ではそこまでする必要なんてなかった。ニューサルの剣を避ける方に比重を置いて、打撃を当てる場所はアバウトで十分だって話だったのに。


「タイミングと打撃部位は完璧でした。けれども、全くあの子は……」


 ティアさんのことをあの子なんて言ってしまうのは、もちろん先生だ。思わずってところか。

 大きく眉を下げて困り顔なのに、どこか嬉しそうな響きが混じっているのはティアさんの流血を鑑みるとどうなんだろう。バイオレンス慣れしてるんだよなあ。



「さてニューサル。どうなさいますの? わたくしはこのまま続けてもよろしくてよ?」


「ちっ、治癒だ!【聖術】を寄越せぇ!」


 声を荒げたニューサルが組員に向き直り、怒りにまみれた顔で治療を求める。なるほど、どんなに技量があったとしてもそれが素か。


「あらあらあらまあ、余裕のないこと。ところでニューサル」


 こちらもまた駆け寄ろうとした上杉さんを見もせずに片手で制したティアさんが、滴り落ちる血を拭うこともせず、まるで誇るかのごとく胸を張った。


「あなたは青い血がどうこうと言っていましたが、わたくしの体に流れるのは熱くて赤い血であると、図らずも証明してしまいましたわね」


 地面に落ちたニューサルの木剣を踏みつけたティアさんが、凄惨に嗤う。青い血談義の意趣返しに成功したのが楽しくて仕方がないといった様相だ。


 ちにみにここで、ティアさんは悪辣な小細工を仕掛けている。

 観衆の視線が自分の顔に向けられているのを承知して、踏みつけたニューサルの木剣の基部にちょっとした歪みを入れたのだ。たぶん俺の【観察】でもない限り、見えていても気付かない程度の動作って辺りが実にニクい。ティアさんがワザと頬に傷を負ったのではないかと疑うくらいに巧妙だ。


 これもまた事前の話し合いで考案された、勝つための手段として提案されたものの一つだったりする。


『武器破壊、ですの?』


 作戦会議中にゲーマーな夏樹から出てきた単語にティアさんは首を傾げていたが、実際にやってみれば見事成功と判定していいだろう。卑劣だけどな。


 完全に壊してしまっては武器交換でモメる可能性があったので、ほんの少しに留めてある。超パワー持ちの戦士たちが訓練用に使う木剣は迷宮産の木材に鉄の芯を入れてあるから、そう簡単には折れたりしない。

 それでも微妙に歪んだ木剣は、果たしてニューサルにどの程度のデバフを与えることになるのか。


 実行タイミングはあちらの【聖術師】が治療に入る直前だったので、ルールに抵触はしていない。

 そういうところでティアさんは律儀なお人なのだ。



「そちらも治療をっ!」


「こんなかすり傷程度で騒げませんわよ。それにほら、わたくしは現状二対一で不利な立場ですもの」


「ですがっ……」


 膝を突いたままで治療を終えたニューサルは、頬から血を流し続けるティアさんを見上げて、必死の形相になっている。

 さっきまでは自分の痛みでティアさんのことなどそっちのけだったのに、現状に気付いて動揺を隠せていない。


 散々バトルをしてきて何度も怪我を負わせて何を今更ではあるが、ニューサルは侯爵家の血を継ぐ姫の顔に傷を付けたのだ。責任を取って血痕、もとい結婚なんていう展開も在りがちかもしれないが、その心配は必要ない。

 そもそも【聖術】を使えば元通りなのだから。


「お嬢様に怪我をさせたっていうのと、お顔に傷を付けた。別物だよなあ」


 俺の心を読んだようなセリフを背後から飛ばしてきたのは、この手の物語に詳しい古韮(ふるにら)だった。ラノベとかでは定番ネタだよな。

 たとえ治すことができて、奇麗さっぱり元通りだとしても、ってか。あの侯王様の性格からしたら激怒パターンと、冒険者ならさもありなんの両方があり得て、展開が読めない。むしろウィル様が怖いかも。


「もしかしてティアさん、狙ったのかも」


「八津は見えてたんだろ?」


「そうなんだけど、膝を確実に当てにいったところまでしか」


 古韮の方に振り向いて俺なりの想像を伝えるが、絶対の答えが見い出せるはずもない。


 勝つために手段を選ばないティアさんなら、これくらいのことをやってしまいそうなんだよな。

 黙って会話を聞いているクラスメイトたちも、どこか納得の表情になってるし。


 例外なのはメーラさん。真っ黒なオーラが可視化して、背丈が二倍くらいになってるように感じるんだけど……。



「殿下、いえ姫様、そのままではあまりに」


 審判役のサメッグ組長が、孫を心配しているおじいちゃんみたいな声で語り掛ける。


「あたしはカッコいい態度だと思うけどね」


「ああ。見事な気概だ」


「お前たち……」


 対して同じく審判をしているスチェアリィさんとビスアード組長は、ティアさんの気概に感じ入っているようだ。恐るべきことにスチェアリィさんはニコニコと笑っている。そういえばティアさんって国軍では人気者だったっけ。

 こんな反応は思ってもみなかったのだろう、サメッグ組長が呆れた声になる。


 この辺りはどっちもどっちだよな。俺なんかは悪役令嬢かっけー派だし。


「立ち合い人は黙っていてくださいまし。さあさあニューサル。治療が終わったならば、戦いの再開ですわよ!」


 おざなりに審判たちのセリフを流したティアさんの叫びを食らい、ニューサルはヒュっと息を飲み込んだ。



 次回の投稿は明後日(2025/10/07)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
お嬢カッケーっす。としか言えねえ。
そうそう、噛ませはそうじゃなくっちゃ(失礼極まりない言いぐさ) 冗談はさておき、ティア様がほんとティア様で素敵(結局様付けに戻るレベルで)!
相手の地金が見えてきましたね。それに対してティア様は階位差を覆すための策を要する必要がありながらも、堂々としてて素晴らしい。 メーラさんはそのうち殺意の波動とかに目覚めそう(
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