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第564話 意外と手強い相手



「何故わたくしを差し置いて、妙な会話をしていますのよ!」


 両手にメイスを持った陸上女子の(はる)さんと、『覇声』のスチェアリィさんのあいだに入り込んだティアさんが、プリプリと文句を垂れている。


「ごめんね、ティア」


「……もういいですわよ。ハルがそんななのはとっくに承知ですわ」


「えへへ」


 それでも注意されている側の春さんがテヘって感じで謝れば、どうしたってティアさんは折れてしまうのだ。裏表が無い春さんこその特権だよな。俺だったらもっとネチネチやられるだろう。


「あたしも謝るよ。邪魔して申し訳なかったね、姫様」


「全くですわ!」


 長身なスチェアリィさんは頭を下げても、ティアさんが見上げる形になる。それが気に食わないのか、ティアさんはそっぽを向いて許しを与えた。



「……ところで、決闘というのは言葉の綾ですわ。それくらいの覚悟で挑むという、わたくしの心掛けと知ってくださいまし!」


 そこからとってつけたようなセリフに周囲の面々はティアさんに生暖かい視線を送る。まあ、状況証拠は揃っていたし、今更ではあるんだよな。


「強引だなあ」


「そうね。ティアさんらしいけれど……」


 そんな光景を見て、俺と肩にサメを乗せた綿原(わたはら)さんが苦笑を交わす。


「んっ、んんっ……。立ち合いについては名乗り出た三者が意見をひとつにすれば良いだけのことですわ。『七剣』を背負う者が見誤ることなどあり得ないと、わたくしは確信していましてよ」


「さすがは姫様。見事なご判断ですな」


 自分に向けられた視線を振り払うように咳払いをしてからティアさんがまくし立てた提案は、うん、サメッグ組長が合いの手を入れるように悪くない。


 なにも審判が一人でなければいけない、なんてことはないんだ。むしろ三人でより緻密な……。

 とかではなく、『七剣』の三人が試合前に争わない状況になるというのが実にいい。さっすがティアさんだぜ。


「むう、比べられるような扱いは気に食わないが」


「面白そうだし、あたしは構わないよ」


 どうやらビスアード組長とスチェアリィさんも乗っかってくれるようだ。素晴らしい展開だな。


 近くでやり取りを見守っていた『ペルマ七剣』のマクターナさんが、それなら自分もと言いたげな顔をしているけれど、見物役で十分ですよ。

 前回のマウント合戦でもそうだったけど、マクターナさんってイベントに参加したがりなんだよなあ。コトが終わったあとで良いことも言うから、そういうところはカッコいいのだけど。



「さて、これ以上観衆を待たせるわけにもいきませんわ。ニューサル。心の準備はよろしくて? わたくしはいつでも始められますわよ!」


「あ、う……」


 待ちくたびれたとばかりにティアさんが大声で開始を迫るが、ニューサルはどうにも歯切れが悪い。


 すでに観衆は当事者たちから距離を取り、審判役の三人は申し合わせもしていないのに一辺が二十メートルくらいの正三角形に位置取っている。

『一年一組』もセコンドの中宮(なかみや)さんと、ヒーラーの上杉(うえすぎ)さん以外は、観衆の輪の中だ。もちろん最前列。

 俺はティアさんや上杉さんの背後ではなく、両者が見える横からの視界を確保している。全部を見るのが俺の仕事だからな。


 対する『ニューサル組』の方はハルス副長とおじさん【聖術師】だけを残して、組員たちは逃げるように観客に紛れてしまった。

 組内でニューサルの人望ってどうなっているのやら。


「組み立ては終わっているけれど、熱く、冷静にね。ティア」


「勝利のために、ですわね」


「そう。ティアらしく心を燃やしつつ、見て、考えて、動いて。それを繰り返すの。最初から最後まで、ずっとよ」


「わかりましたわ、リン。見届けてくださいまし」


 最後にティアさんと言葉を交わした中宮さんは、コツンと悪役令嬢と拳を合わせ、俺たちの列に加わった。


 上杉さんの位置取りはティアさんの後方五メートル。ティアさんが声を掛ければ、二秒で対応できるような距離だ。

 こちらの準備は整った。残されたのはビビり散らかしているニューサルなのだけど──。


「う、うあ。あ」


 やっぱり踏ん切りは付いてはいなさそうだ。

 ハルス副長が黙って横に立ち、背後では【聖術師】さんが気まずそうな表情になっている。


 自身は十三階位の騎士で相手は急造された十二階位の拳士。どう考えたってニューサルに有利な状況だ。

 それでも堂々と立つティアさんの雄姿と気迫からは、階位と神授職の差など鼻にもかけない何かが伝わっているのだろう。加えて『ペルマ七剣』をはじめとした大量の観客の大半が敵に見えてしまえば怯えもする。俺だったら逃げてしまいそうだよ。


 凄惨な決闘のルールもそうだけど、仮に負けた場合、応接室での会話を暴露すると脅されているのもキツいのだろう。元侯爵令嬢に対し、その身柄を得るために決闘を迫ったなんて、本人どころか御家の危機にもなりかねない。

 ニューサルがバカな言質を取られまくられたとはいえ、ティアさんの容赦の無さを考えれば……、哀れなものだ。


 だけど、いつまでもそうしているわけにはいかないし、俺たちは情けを掛けるつもりも無いぞ。



「いい加減に──」


「この期に及んで栓無き事です。組長が選んだ道を、せめて堂々と歩んではいただけませんか」


 しびれを切らしたティアさんが声を掛けそうになったところで、ニューサルではなくハルス副長が口を開いた。

 さっき拠点に訪れた時と違って、掠れがちではあるものの、低く落ち着いた声でニューサルを諭す。


 横からニューサルの肩に置かれた副長の手は、必要以上に強く握られているようにも見える。手折(たお)ってくれとティアさんに伝えたらしいハルス副長は、どんな想いで語り掛けているのだろう。

 二人の関係は知らないけれど、副長の方には何かがあるようにも見えるんだ。


「……ハルス、私は、勝てるか?」


「わかりかねます」


「そうか。もういい、ハルス」


 そんな短い会話をしてからハルス副長はニューサルの下を去る。ニューサルめ、雰囲気が変わったか。


「あんな顔ができるんなら、最初っからそうしとけってんだ」


 ヤンキー佩丘(はきおか)の呟きに周囲の仲間が頷いた。


 佩丘の言うように、今のニューサルは苦く口を歪ませながらも、ある程度は怯えを引っ込めている。

 さっきまでのビビり顔でなく、初対面での厭らしい笑みでもない。元の造形は悪くないんだから、こっちの方が余程マシだ。


「けどまあ、性根まで治ってるとは思わないけどな」


 そして付け加えられたピッチャー海藤(かいとう)の感想にも、これまた同意だ。人の性格なんて言葉一つでどうにかなるようなものじゃない。

 その仮面はいつまで保つのかな。


「さあさあさあ! 抜きなさいな、ニューサル。わたくしにあなたの力を見せてくださいまし!」


 決死の形相を浮かべるニューサルに、悪役令嬢から容赦の無い発破が掛けられた。



「ところで開始の声掛けは……、また人選で面倒なことになりそうですわね」


 剣を手にしたニューサルと間合いを取り、いよいよ戦闘開始という段となったところで、ティアさんが困った顔になる。これには観客たちも頷くしかない。


 三人の審判のうち誰が開始をコールするかで、また謎の序列争いが勃発する予感しかしないのだ。事実、『担い手』さんと『(ただ)の盾』さん、そして『覇声』さんがお互いに牽制し合うような視線のキャッチボールをしているし。

 いや、すでに銃撃戦の様相か。


「これ以上は時間のムダですわ。ニューサル、譲りますから宣言なさい」


「……始めます」


 圧を込めたティアさんの指示を受け、少しだけ口ごもったニューサルが戦闘開始を小声で告げた。ここまで長かったなあ。



 ◇◇◇



「すぐには、動かないよな」


「お互いカウンター勝負……。とくにティアはそうするしかないよね」


 十メートルくらいの距離を置いて向き合うティアさんとニューサルを見つめながら、海藤と春さんがソレっぽい会話をしている。

 野球男子と陸上女子がリアルバトルについて語るようになってしまったんだから、俺たちも妙な経験を積んでしまったものだ。


 右手の長剣を引き、低い姿勢で大盾を構えるニューサルと、やや前傾姿勢で自然体なティアさん。両者ともにカウンター型の戦士だ。

 盾で受けてから剣を突くニューサルに対し、ティアさんは捌いてから殴る。要はお互いが先に相手に手を出させたい。

 春さんが言うようにリーチが短いティアさんが先に飛び込むっていうのは、リスクを抱える戦い方になってしまうだろう。


 実はこの決闘、俺たちはティアさんからある程度の戦法を聞かされている。情報共有を大切にする一年一組のやり方を実践してくれてなにより。

 ただし内容がなあ。真っ直ぐに力と技で勝負したいタイプの中宮さんなんかは、ティアさんの作戦を知って眉をひそめたくらいだ。


「気合と根性か」


「それと卑怯で悪辣もね」


 小声で呟く俺に、綿原さんが合わせてくれる。


 ティアさんの作戦には、俺と綿原さんが口にした要素が結構混じっている。

 あのニューサル相手に卑怯な手を叩き込むのに異論はないが、根性の方がなあ。



「こうなるのは当然ですが、埒が明きませんわね」


 対峙すること五秒くらいでティアさんは膠着に飽きたらしい。前傾姿勢を保ちつつ前に向かって普通に歩きだした。


 待ち受けることになったニューサルがピクリと肩を揺らしたが、それでも黙ったままで盾を構える。

 内心こそ窺うことはできないが、試合前の怯えっぷりはなりを潜めているようだ。これはもしかすると面倒なことになるかもしれない。


 さて、十三階位で【閃騎士】のニューサルは、反応速度に長ける速度型の騎士職だ。

 なんとも残念なことに、アウローニヤでお世話になった元『黄石』のジェブリーさんと一緒なんだよな。印象が悪くなるからカブって欲しくなかったのに、階位まで一緒というのが気に食わない。

【風術】を使う【翔騎士】のガラリエさんや【風騎士】の野来(のき)とは違い、魔術併用型の騎士ではなく、単純に動きのいい騎士って感じだ。


 ウチのクラスだと似たようなタイプの騎士はいないんだよな。一年一組の騎士メンバーは強いか硬いか魔術が使えるかっていう構成だし。

 強いて言えば騎士職じゃないピッチャーの海藤(かいとう)が近いかもしれないけれど、アレは素の運動神経だからなあ。



「ふー、ふーっ」


 ゆっくりと近づいてくるティアさんに盾を向けるニューサルの呼吸音が俺にも聞こえるくらいに大きくなった。盾の影で構えられている木剣は小さく震えている。

 余程緊張しているのだろう。それくらい最初の交錯はニューサルにとって大切なんだ。


 もしも剣が届いたならば、ニューサルはひとまず精神的な安心を得ることができる。ここまで散々揺さぶられたのもあって、アイツが縋るのはその辺りだろうか。


「とあっ!」


「ですわっ!」


 ついに両者の距離が一メートル半くらいになったところで、ニューサルとティアさんの声が同時に響いた。


 瞬間だけ突き出されたニューサルの剣が元の位置に引き戻されて、ティアさんは交戦した地点から後方に。彼我の間合いは三メートルまで広がっている。

 交錯時に音はしなかった。


「速いな」


「二人とも、意外とやるじゃないか」


「いやいや、姫様、今何やった?」


 じりじりとした展開を息をひそめて見物していた冒険者たちから声が上がる。驚いている人もそれなりに多い。


 ニューサルが突き出した剣をティアさんが後退することで躱しただけの攻防だったが、悪役令嬢の側はそもそも試しただけだ。

 事前攻撃が届くと予想した距離の一歩手前くらいで、ティアさんはいつでも後ずさることが可能な歩法に切り替えていた。まだまだにわか仕込みでしかないティアさんの『北方中宮流』の足捌きだけど、【身体操作】と持ち前の熱心さで、事前に使うと決めたタイミングでなら結構いい感じだ。流れの中ではまだムリなんだけどな。



「鋭い……、突きでしたわ」


「……ありがとうございます」


 ちょっとだけ目を大きくしたティアさんの言葉にニューサルが答える。さっきまでより落ち着いた声になっているのが厄介だな。

 それくらいニューサルの突きは速かった。


 御家事情による幼少からの訓練と十三階位であることの慣れ、あとは必死さの度合いってところか。そういう要因が絡まって、ニューサルの剣はメーラさんに負けず劣らずの鋭さを持っていたとは思う。

 盾の動きが結構大きかったが、それだけ踏み込みが深かったということだ。守りがとにかくメインのメーラさんと冷静さに欠けたニューサルの差だろう。


 初手の攻防でニューサルはある程度精神を持ち直したかもしれないが、ティアさんは距離を見届けた。さあ、天秤はどっちに傾く。


「相手がまだ硬かったわね。守備を捨てたら、あそこから『〇・三キュビ』は伸びるわよ、アレ」


「それを言ったらティアの反応も微妙デス。緊張なんてらしくもないデス」


 ウチの武闘派な二人、中宮さんとミアが感想を述べ合っているが、実はこれも情報伝達という名の作戦の内だ。でなければ二人の会話で『〇・三キュビ』なんて単語は出てこない。

 周囲に聞こえる会話程度で戦場にまで届くような声ではないが、ティアさんは【聴覚強化】を持っている。十二階位でせっかく取得した技能だ。使わないともったいない。


 まあ、当のティアさんはミアの酷評で面白く無さげになっているんだけど、今回のルールに外野からのアドバイスは禁止なんて文言は含まれていないからな。


「さあさあ、どんどん行きますわよ!」


 ミアに煽られたのが面白くなかったのか、声を荒げたティアさんがすぐさま歩き出す。


「ちょっと荒ぶった方が普段のティアっぽくなりマス」


「どうしてあれで動きが良くなるのかしらね。冷静にって言ったわたしがバカみたい」


「熱くなれとも言ってマシた。スイッチの入ったティアならゾーンに到達できるはずデス」


 確かにちょっと動きが良くなっているように見えるティアさんを、ミアと中宮さんが評価する。

 普段はアレなんだけど、コトがサバイバルと戦闘になると途端に鋭くなるのがミアなんだよな。それと飯盒炊爨(はんごうすいさん)でも。


 ちゃんと聞こえていたのだろう、ミアの最後の言葉に気をよくしたティアさんが邪悪な笑みを浮かべる。こういうところでの緩急が激しいのが我らの悪役令嬢なのだ。

 とはいえ魔力がもったいないから、そろそろ【聴覚強化】は控えてほしいのだけど。



 ◇◇◇



「はあっ!」


「ですわぁ!」


 二度目の激突では、ニューサルの木剣がティアさんの肩を掠めた。ニューサルの表情に落ち着きが戻って行くのが見えてしまうのが面白くない。どこか声にも力が入り始めているし。


 とはいえ今回の交錯は、ティアさんがさっきよりも深く斜め前に踏み込んだからこその結果だ。

 少なくとも初手と同じ行動に出ていたなら、ティアさんは余裕で後退していただろう。だけど──。


「厄介なのは【大剣】か。五ミリの違いが大きい」


八津(やづ)くんは見えるのだからいいわよね」


 親指と人差し指で作った隙間をティアさんの視界に入るようにしてみせた俺に、中宮さんがジト目を向けてくる。これもなんか久しぶりかもな。

【観察】絡みで俺が見切りを発動すると、中宮さんはこうなるのだ。まあ、ネチネチと引っ張ったりはしないのも彼女なのだけど。


「自分で言うのもなんだけど、【剛剣】もタチが悪いのよね。衝撃が通るの」


「デスデス」


 肩を竦める中宮さんにミアがわかったように頷いている。実際ミアは中宮さんの【魔力伝導】プラス【剛剣】をちゃんと体験しているので、そういう態度にも説得力はあるんだけどな。


 魔力的に剣をちょっとだけ大きくし、硬くするのが【大剣】と【剛剣】だ。鋭くするのは【鋭刃】で、これは剣を扱う高階位者必須のセットだとされている。

 この世界の魔力は相互干渉で相殺されるので、武器に技能を被せ掛けをすると、効果は違えど攻撃そのものが通りやすくなるのだ。


「ニューサルなんだけど、ちゃんと技能の使いどころを調整してるんだよ」


「そりゃ、それくらいはするでしょ。使った瞬間にティアに伝えてあげたら?」


「突き出し動作の途中からなんだ。間に合わない」


「……あんなでも、修練だけは積んでいたってことね。もったいないわ、本当に」


 俺の言葉を聞いた中宮さんは、大きくため息を吐く。


『勇者チート』を持つ俺たちと違い、この世界の人たちは厳しい魔力管理を必要とされている。

 技能のオンオフなんていうのは、基本中の基本だ。基本だからこそ、それができる精神状態が大切で、事実ニューサルは初手の攻防では【大剣】と【剛剣】を使いっぱなしだった。

 そういうところからもアイツが持ち直してきているのがわかるのだ。



「こうなると手数が少ないのが厳しいわね」


「わかってはいたけどな。それよりニューサルの対人技術が思っていたより高い」


「伊達に守護騎士の名門に生まれたわけじゃないってことね……。どうしてああなったのかしら」


 俺の所感に実家が武道場をやっている中宮さんにも思うところがあるのだろう。中宮さんも武術家としてはサラブレットだからなあ。


 ところでミアと綿原さん、何故頷き合う俺と中宮さんにジト目を向けてくるのかな。追加で周囲からは生暖かい視線も多数。

 ほら、こっちはいいからティアさんに声援でも送るんだ。


 さておき、手数と表現した中宮さんの言う通り、堅牢で堅実な騎士を相手にするティアさんにできることは少ない。


 先生が多用するように下段攻撃を織り交ぜたいところだけど、ティアさんのローキックは実戦レベルに到達していない。むしろ蹴り技ならば俺たちと出会った頃の膝蹴りで安定だ。

 それ故ティアさんのメイン攻撃は拳と肘になる。しかもジャブもまだまだ甘いので、必殺技たる渾身の正拳突きには繋ぎにくい。相手を崩さずに繰り出せば当然上体が突っ込むことになり、これが恰好のカウンターの的になるのは言うまでもないだろう。


 それでも決闘が始まってしまった以上、ティアさんは自分の手札で勝負するしかないんだ。



 ◇◇◇



「あっ」


「うわあ」


「突っ込みすぎだろ」


「作戦も何も無しか」


 ついに大きく動いた展開を見たクラスメイトと冒険者たちの悲鳴やら寸評が、訓練場のあちこちから響く。


 三度目の交錯にして、ついにニューサルの剣がティアさんの肩を捉えたのだ。

 もちろん切り裂かれるようなことはなかったが、アレは骨折まではいかなくても明らかなダメージとなっているはず。予想されていた展開とはいえ、胸が痛む。悔しいなあ。


「ミノリ。【聖術】を」


「はい」


 それでも落ち着き払ったティアさんの声を聞いた上杉さんが素早く走り寄る。攻撃を食らって冷静になるあたりがティアさんだよな。


 追撃を掛けようとしていたニューサルが無念そうに立ち止まる。【聖術】の行使中は試合は一時停止。そういうルールを守れるくらいの精神状態ってことか。


 ティアさんが先に【聖術】を要請したという事実は大きい。

 観衆からはどよめきが起こり、ニューサルの目には自信の色が戻っているようにも見える。というか薄っすらと、あのニチャっとした笑みが口元に浮かんでいるんだよな。畜生めが。


 だからこそ、俺は俺の仕事だ。


「ティアさん、気にせず頑張れ!」


「この程度のこと、問題にもなりませんわ!」


 俺の声援にティアさんはニューサルから目を離さずに答える。一見激励とそれに応える決闘者の図であるが、それは半分だけだ。

 この瞬間にも俺はあらかじめ決めてあった指を折るハンドサインを使い、上杉さん経由で治療中のティアさんに情報を届けている。


 十三階位の【閃騎士】たるニューサルの持つ技能として【身体強化】【頑強】【反応向上】【視覚強化】辺りは確かめる必要もないくらいの鉄板だ。【鋭刃】は自己申告で持っているのは確定。


 ここまで三度の交錯で、俺は【観察】と【魔力観察】を使いさらに先を見た。


 体の動かし方と眼球の移動からして【身体操作】と【視野拡大】は無し。手首回りに魔力が集中した様子はないので【握力強化】も持っていない。代わりに剣と盾に魔力が通り、さらには広がりからして【広盾】【大剣】【剛剣】は確実だ。

 アイツは技能が連鎖する『クラスチート』なんて持っているはずもないので【魔力伝導】や【鉄拳】は、まず除外できる。


 要は基礎技能を取った上で武器防具系を持つ、ごく一般的な騎士と言えるだろう。


 特徴的なのは、どうやら【一点集中】を使っているというところか。【魔力観察】では拾えないタイプの技能だが、ティアさんに対応するのとは関係なく、ここぞという時に不自然に目を細めているのが【観察】できた。

 アウローニヤのシシルノさんがそうだったけど、特定の技能を使う時に顔に出てしまう人は結構多いのだ。


 ここに不確定ではあるが、冒険者の基本となる【体力向上】を加えれば、十三階位で十個の技能ってことになる。前衛職としてはスタンダードな構成だな。

 神授職的には可能性として【硬盾】や【強靭】も考えられるが、そっちは現状では判別できないのでごめんなさいだ。


 幼い頃からの訓練で【身体操作】を省き、それ以外の技能を取るというのはアウローニヤでもペルメッダでも普通のことだが、なんだかんだでニューサルはちゃんとした騎士をしている。周囲の冒険者も認めているように、動き自体は悪くないんだ。

 あんな性格じゃなければ、だけどな。


 以上の情報を受け取った上杉さんは治療をしつつ、小声でティアさんに届けてくれている。

 直接の声掛けじゃないのは、まかり間違っても俺がこういう特技を持っていることを晒したくないからだ。セコいと言うなかれ。



「まだまだ、勝負はこれからですわよ!」


 一分も経たずに治療を終えたティアさんが敢然と立ち上がる。


 頑張れティアさん。ここまでの展開は予想の範疇だ。



 次回の投稿は三日後(2025/10/05)を予定しています。遅くなってしまい、申し訳ありません。

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腐っても現地人同士の一階位差と、培った年月は大きいってことですよね。まあ、本当になんであんなにいい大人を手本にできる環境であんなになっちゃったのか……( それにしても中宮さんとの会話中……このときの八…
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