第562話 決闘に向けて
「さて、つぎに決めなければならないのは、勝利条件ですわね」
相手に確認を取ることもせず、さっきまでの会話が決定事項とばかりにティアさんは話題を切り替えた。
さすがは速度で鳴らす拳士。息も切らさぬ連続攻撃だ。最早当事者以外は口を挟む暇もない。
「ならば貴族の係累として潔く──」
「さすがに命を奪おうとまでは思いませんわ。そちらはわたくしを生かしたままで奪い取りたいのでしょう?」
それっぽいコトを口にしかけた子爵家三男のニューサルだったが、ティアさんは欠片の遠慮もなく被せていった。
命とか生きるとかいう単語で圧をかけていくスタイルか。勉強になる。
「そうそう、その前に。わたくしは【強拳士】ですから、この革鎧のまま素手でお相手いたしますわ。そちらは木剣であれば、あとはお好きにどうぞ」
「わかりました。私も騎士です。無意味に相手を傷付けることはしたくありません。【鋭刃】を使わないことをお約束しましょう」
「まあ、お優しいこと」
ティアさんが素手宣言をしたことでちょっと持ち直したのか、ニューサルは【鋭刃】の封印を切り出す。少しだけでも尊き者の意地を見せておきたいってところか。
コレってイザとなったら使うフラグだよな。現在は漂白されたアウローニヤのチンピラ騎士、ハウーズと先生の対戦を思い出すようなやり取りだ。
それにしてもティアさん、クルクルと話題をあっちこっちさせて、その度に言質を拾っていってるんだよな。大した交渉っぷりだよ。
「では勝敗の条件ですわね。五回でよろしくて?」
「五回? まいったの数でしょうか?」
「まさか! わたくしの口からそんな言葉を引き出すつもりだったとは、驚きですわね。なるほどこれが相互理解の難しさというものですか。一つ学ばせてもらいましたわ」
煽りに煽るティアさんだけど、五回という言葉の意味は俺にもわからない。ただまあ、ロクなモノでないことだけは確実だ。
「『一年一組』には優秀な【聖術】使いたちがいますの」
「……意味を計りかねますが」
回りくどいティアさんの言い方にイラついたのか、ニューサルは眉をしかめ元侯爵令嬢に向けちゃダメな表情で問い返す。
あ、わかったような気がする。
でももし俺の想像通りだったとしたら、ティアさんはどこまで悪辣なんだろう。
「戦況に応じ各自の判断で【聖術】を要求し、先に五回となった方が敗者ですわ。これなら怪我も無く終えることができますわね。そうそう、気を失った場合は【覚醒】を使って起こしてもらうことにしましょう。こちらは回数に入れないということで」
「なっ!?」
「うわあ」
「酷え」
「さっすがティアさん」
立板に水とばかりにティアさんが繰り出した提案の凄惨さにニューサルが絶句する。一部を除き、クラスメイトたちもドン引きだよ。
要は我慢大会をしようとティアさんは言い出したのだ。しかも暑さではなく、痛み系。気絶をしても【覚醒】で強制的に起こされるというオマケ付きで。
この条件ならウチの前衛なら全員が圧勝だな。綿原さんでも勝ってしまいそうな気がする。なにせ俺たち全員が【痛覚軽減】持ちだ。避けに徹して『観察カウンター』だけを狙ったら、俺でも勝ち目があるかも……、いや、速度負けするから難しいか。
「楽しくて、そして実に公平な条件と自負いたしますわ!」
「こ、公平という意味なら、その、確かにそうですが……」
お互い向かい合って立ったままなはずなのに、ティアさんがニューサルににじり寄っているかのようにも見えてしまう有様だ。
さっきからティアさんが言っていることだけど、全部真っ当なのが凄い。
ティアさん本人はキチンとリスクを負うし、同じだけを相手が被る提案だけに、断りにくい内容ばかりなんだよな。むしろティアさんが不利にすら聞こえるような取り決めが多いくらいだ。
ただ、もしもこの条件で負けたとしたら、ニューサル本人はもちろんだけど『ニューサル組』の評判までもが地に落ちるだろう。俯くハルス副長を筆頭に、どうして暴走する組長を止められなかったのか、と。
決闘を持ち出してからこっち、どんどんティアさんにやりこめられていっている辺りが哀れを誘う。
「勝負は一刻後。組合の訓練場で対戦ですわ。名目上は訓練としておきましょう」
「……わかりました」
ティアさんの高らかな宣言をもって、レギュレーションは決定された。
酷いよな。決闘場選びすらトラップかよ。
◇◇◇
「なあ、大丈夫なのかな。あちらさんだけど」
「俺には判断できないけど、たぶん可哀想なことになる気がする」
クラスメイトから向けられた棘のような視線を全身に浴びて足早に立ち去っていく『ニューサル組』の二人を見送りつつ、冒険者オタの古韮が哀れ味を込めたセリフを呟く。ほぼ同感だ。
堂々としているティアさんを見ていると、ニューサルに絶対勝ちが無いとは言わないが、とてもそんな光景が想像できないんだよなあ。
「先生はほとんど黙ったままでしたけど、よかったんですか?」
「彼、ニューサルさんの歩き方です。こちらに対する警戒もあったのでしょう。表に出ていましたね」
「ああ、そういう」
大丈夫だろうとは思いつつ滝沢先生に確認してみれば、バトルマンガみたいな答えが返ってきた。
ペルメッダに来てからというものの、先生と武術家の中宮さんは階位も含めて相手の強さを読む努力を続けている。
俺も【観察】を使っていろいろと見てはいるのだけど、やっぱり重量物とかを持つ時くらいしか階位の想像ができないんだよな。微妙な表情の変化とかは見逃さないのだけど。
「同じ系統の技を持つハルス副長と比べれば、見えてもきます。それにわたしたちはメーラさんを知っていますから」
ともあれ、どうやら先生は移動中のニューサルを見て、早い段階で武術判定を終えていたようだ。ついでにハルス副長の方も。
これにより、俺の持つちょっとした杞憂が吹き飛んだ。
「感心はできませんが、真っ当でも七割。提示されたルールでしたら九割はティアさんの勝利です」
先生が言うところの感心できないっていうのは、ティアさんの勝利条件が痛みを伴うことであるのと、そもそも決闘を受けたこと自体を指すのだろう。
たぶん先生もわかっているはずだけど、ティアさんが今回の決闘に同意したのは、見せしめのためだ。
さっきのニューサルみたいに強引なバカはそうそういないにしても、婚約を破棄し冒険者となった今のティアさんならば、自分たちにもチャンスがあるのではと考える貴族関係者はいくらでも生えてくるだろう。
そしてもうひとつ。『シュウカク作戦』の前に、ティアさんの力を冒険者たちに見せつけておくというのもある。
だからこそティアさんは決戦の舞台として組合の訓練場を選んだのだ。
なんだかんだで策士だよな、ティアさんって。たくさんの観衆の前でいい恰好をしたいっていうのもあるんだろうけど。
「彼女のお陰で神剣が一本増えるのが、せめてもの救いですね」
へにょっていた眉を元に戻して苦笑となった先生が、思考に沈み込んだ俺に軽口を振ってきた。
「名前を考えないと。今日だけでティアさんには貰いっぱなしですよ」
「トラブルと賑やかさもですね」
答えた俺に、先生はさらにジョークを重ねていく。なんとか表情が普段の微笑みになったかな。
元々悪役令嬢好きな方向性の先生は、この状況を前向きに切り替えてくれたようだ。
「始めるようですね」
「はい」
先生の声に誘われて、俺は視線を移動する。
「さてメーラ、お願いいたしますわ」
「はっ」
談話室の中央では改まった態度のティアさんが、メーラさんと対峙していた。
両者共に革鎧姿だが、ティアさんが普段通りに無手なのに対し、メーラさんは木剣と大盾のフル装備だ。
ティアさんの拳は基本的には対人戦に重きを置いていない。もちろん護身術どころではないレベルで対人技術を学んではいるが、本来守護騎士に守られるべき立場の彼女は、魔獣との闘争をメインとして技を磨いてきたのだ。
俺たちとのタイマンバトルを楽しんでいたティアさんだけど、実際のところ、アレはじゃれ合いだった。
先生や中宮さんこそ太鼓判を押したものの、実はこの辺りが今回の対戦で俺が不安要素として感じている部分なんだよな。
「いきます」
「そのような声は不要ですわよ」
「……はっ」
声とも呼吸ともつかないメーラさんの発した掠れた音と共に、大盾の脇から片手長剣がティアさんに突き出される。アウローニヤの近衛騎士たちが使う剣技とよく似た、盾を目隠しにした一閃だ。
ペルメッダでは守護騎士と呼ばれる人たちは、基本的にこの剣技を多用する。背後の守護対象を守り抜くために、大盾と自身の体でもって刺客に対する壁となり、時折繰り出す攻撃ですら防御の一環。だからこそ、素早く引き戻すことのできる突きなのだ。
「メーラさんが、当てた?」
「仍一は節穴デス。ティアは捌いたんデスよ」
「うるせえよ。当たったのは事実じゃねえか」
皮肉屋だけど妙な気遣いができる田村の驚きをミアが茶化した。
二人の会話はかみ合っていないが、田村の言うようにこれは驚愕の事実でもある。
肩を掠っただけとはいえ、あのメーラさんがティアさんに剣を当てたのだから。
「ほえー」
「本気かよ」
「メーラさんがねえ」
談話室のど真ん中での対戦を見守るのは俺と先生だけなはずもない。拠点に残っているメンバー全員が、二人の戦いを注視している。
今回の決闘を『一年一組』全員で見届けないということはあり得ない。というわけでニンジャな草間たち数名は、緊急の拠点警備依頼を出すために『サメッグ組』に急行しているのだ。ついでにサメッグ組長にも決闘を見届けてもらう予定だったりするが、もはやニューサルに対するイジメみたいなものだな。
「ふっ」
再びの突きはティアさんの脇腹を掠めてから、前回同様素早く引き戻された。
やっぱりメーラさんは上手いな。大盾の移動が本当に最小限で、最速の突きを放っている。【魔力観察】すると見えるのだが、瞬間的に【広盾】のオンオフまでやっているようだ。
このタイマンはティアさんのために行っているが、メーラさんだって今この時間を使って強くなろうとしているところがカッコいい。絶対に見習うべき姿勢だと思う。
翻ってティアさんだ。
【観察】を使っている俺からすれば一目瞭然なのだが、メーラさんの突きは致命部位ではないものの、掠っている箇所よりやや内側、つまり正中線寄りを狙ったものだった。
ただひたすら磨いてきたメーラさんの技を、ティアさんはたった半歩ではあるものの、見誤ることなく適切に捌いている。うん、いい感じだ。
「いいわよ、ティア。間違ってない。その調子で続けて」
「わかりましたわ!」
この対戦を提案した中宮さんが真剣な表情でエールを送り、ティアさんが元気よく答える。
『ニューサルと副長さんの物腰、メーラさんと同じよね』
先生と同じ結論にたどり着いていた中宮さんの言葉にティアさんが乗っかることで、決闘直前にこの対戦が決定した。
ニューサルの実家、ニューサル子爵家は守護騎士の名門とされている。そこの三男に生まれた以上、幼い頃から目の前でメーラさんが振るっている型を、ヤツは体に覚え込ませているはずだ。
たとえ本番で奇策を繰り出してくる可能性があったとしても、直前に体感しておくのは悪くない。
移動時間も込みで猶予は三十分程度。横からではなく真正面からメーラさんの剣を鋭く見つめる悪役令嬢の口元には、普段の彼女とは一味違う笑みが浮かんでいた。
「速く、力強くなりましたわね、メーラ。目に焼き付けましたわ」
攻撃を受けながら感慨深く呟くティアさんを見つめるメーラさんの口元が、こちらも意味あり気に少しだけ歪んだ。
ティアさんとメーラさんは普段の生活でこそ主従を続けているが、『一年一組』に所属することで明確に新しい関係を築きつつある。守り守られるのではなく、共に高め合うという意気込み。
果たしてこれが彼女たちの望む光景なのか、俺にはわからない。それでも仲間としての付き合い方ができていると思うと、嬉しくもなるんだよな。
◇◇◇
「ありがとう。あなたのお陰で、タキザワ先生の言う九割が十割……、つまりは確実なものとなりましたわ」
模擬戦が終わったところで俺と先生の方をチラ見して邪悪な笑顔を浮かべるティアさんだけど、【聴覚強化】を使ってこちらの会話を聞いていたか。
「……光栄です。わたしは勝利を祈りなどしません。ご自身の力で掴み取ってください」
「何より励みになる言葉ですわ。さすがはメーラ、わかっていますわね!」
主従であり、友でもある二人がそれっぽいやり取りをする。カッコいいじゃないか。
「でさぁ、ティアさん最後あっちの副長さんとなに話してたっしょ?」
簡単なサンドイッチを頬張りながら戦いの終わりを見届けた疋さんが、このタイミングでティアさんに声を掛けた。
実は『ニューサル組』の二人が立ち去る前に、ハルス副長が謝罪の体でティアさんとボソボソ会話をしていたのだ。ニューサルが急げとか喚いていたっけ。
目ざといチャラ子な疋さんは、もしかしたら会話の内容すら【聴覚強化】で聞き取っていたかもしれない。それでもティアさんの口から全員に伝えてほしいって感じか。
「手を煩わせて申し訳ないけれど、手折って欲しい、とのことですわ」
「んじゃぁ、ティアさんはなんて?」
「もちろん全力で、ですわ。アサガオなら承知でしょうに。わたくしの全身全霊を込めてコトを収めてみせますわ」
「だよねぇ~」
ティアさんと疋さんは軽い調子で話しているけど、おいおいって言いたくなるような内容だったのかよ。
ガタイはいいのに顔色の悪いおじさんっていうイメージしかなかったハルス副長だけど、随分とヤバい言葉を残していったものだ。
藍城委員長をはじめとした頭脳派の面々がそれぞれの表情で真意を想像しているのが視界に入る。俺も俺なりに考えておかないと。
「どういう意味なのかしらね」
「本人はもちろんだけど──」
「ヘタをすれば『ニューサル組』そのものまで、かしら」
「あり得るよなあ」
肩にダブルヘッドなサメを乗せた綿原さんも俺と似たようなコトを考えていたのか。
行きつく先は……、そこまであるよな。
ティアさんとメーラさんが引っ越してきた初日から、一年一組は大騒動だ。
◇◇◇
「まさかこんな光景を目にする日がくるとは……」
組員数名と共に見物に駆けつけた『サメッグ組』の白髪お髭のおじいちゃん、サメッグ組長がどこか感慨深げに呟いた。
視線の先にいるのはもちろん、準備万端なティアさんだ。
アクティブなティアさんのことだから、幼い頃からいろいろなところに顔を出していたんだろう。『ペルマ七剣』のサメッグ組長からすれば、お孫さんの冒険者デビューを見ているような気分なのかもしれない。
ペルマ迷宮冒険者組合事務所にある訓練場には、俺たち『一年一組』二十四名のほかにも、それなりの数の冒険者たちが集まっている。
事務所でたむろしていた事務所番やら、明日の『シュウカク作戦』に関与していない事務職員さんなんかも、荒事の匂いを嗅ぎつけて、ここまで足を運んでいるようだ。
ちなみにマクターナさんやミーハさんは作戦の方で忙しいだろうからと、敢えて声は掛けていない。
もし知らせを聞いて駆けつけるようなコトになったら、その時はごめんなさいだな。
「窓の方も、人が増え始めたな」
「さすが八津くん、よく見てるわね」
隣でアクセサリーモードなサメを肩に乗せた綿原さんが俺の声を聞き、王城の窓に視線を向けた。
訓練場は四方を王城の壁に囲まれているが、出入口の一面は組合に、残り三面は行政関係の区画と繋がっている。つまり王城に詰める貴族関係者も、冒険者の訓練風景を自由に見ることができるのだ。今そこで騒ぎが起きつつある。
主役とばかりに中央に仁王立ちしている人物が人物だけに、通りがかりに訓練場をチラ見した人が二度見三度見してから周囲に声を掛けまくっているようなのだ。
音こそ聞こえないものの、俺の【観察】はそういうシーンを見逃さない。
「遅いですわね!」
「ティア、まだ時間には早いから」
「わたくしを待たせている時点で問題外ですわ!」
まだ敵が現れていないのでそこまで意気込む必要もないと思うけど、それでも訓練場の中央に立つティアさんが叫び、セコンド役に抜擢された中宮さんが荒ぶる悪役令嬢を窘める。
そのすぐ傍ではヒーラーとして聖女な上杉さんもスタンバイだ。
『わたくしが『一年一組』に入ることで予想された出来事ですわ。わたくしの命に代えてでも自らの手で払いのけ、そして……、真の意味で仲間として認めてもらいますわよ!』
拠点を出発する前にティアさんが俺たちに言い放ったセリフを思い出す。
会談の席で思うがままにニューサルを翻弄したティアさんだけど、根底にあったのは自分が『一年一組』に持ち込んでしまったトラブルへの悔恨だった。
あの場でニューサルを陥れた会話の全てがティアさんの思い描く、最低限の最善を目指した展開への布石だったのかもしれない。戦場設定、勝敗条件、そもそも決闘を受けること自体。
彼女の想いを俺たち一年一組は正しく受け止められているのかな?
今のティアさんは緑の革鎧姿で腕を組み、革のメットの上に陸上女子な春さんから借り受けたハチガネという完全仕様だ。残念ながら使いこなせないので、先生のフィンガーグローブは無し。
風が吹きすさぶ中、メットの間からゆらりとたなびく四本の金髪縦ロールは、元侯爵令嬢という彼女の正体を隠そうともしていない。
敢えて胸元から外に出している組票と冒険者票が、ティアさんの立場を証明するかのように揺れている。
実に堂々とした女性冒険者のティアさんなのだが、四方を王城に囲まれた訓練場で風が舞ったりはしない。【風術】を使うことが可能なオタの野来が、エフェクトとして近くで風を吹かせているだけなのだ。一年一組のオタメンバーはこういう部分を大切にするんだよ。
「で、ぶっ潰すんでしょ?」
「そりゃそうっしょ。ティアだしねぇ~」
そんな光景を見つめる春さんとチャラ子な疋さんの言葉はかなり物騒だ。それとすっかりティアさんを呼び捨て。
談話室に向かう前の応接室で語られたティアさんとニューサルの会話については、クラス内で共有されている。だが【聴覚強化】持ちの二人は伝聞ではなく、リアルタイムで抑揚も含めてやり取りを全部聞いていたのだ。
もちろん怒りゲージはマックスである。
「むしろ凛がティアを抑えてるのが、ハルにはわかんないんだよね」
「あれっしょ、ほかの人が怒ったら、むしろこっちが冷静になっちゃうってアレ」
「ああ、あるかもね、それ。それでもハルは納得できないかな」
剣呑な雰囲気になっているのは二人だけではない。談話室や組合の訓練場までの道のりで、俺と古韮のメモを回し読みしたクラスメイト全員が怒りの炎を身にまとわせた。
談話室でのニューサルの態度でもとっくに腹が立ってはいたので、再燃とも言う。
『ちょっとこれ、許せないっすよね』
『ウン。わたしも。ティアさんをモノみたいに』
なんとあのチャラ男な藤永と、ポヤっと系アルビノ美少女な深山さんまでもがこんな有様だったのだ。
『ティアさんのこと、わたしたちもサポートしなければいけませんね』
当然のごとく聖女な上杉さんまでもが暗黒オーラを立ち昇らせていた。
そう、気付けば俺たちは、ティアさんのために純粋に怒ることができるようになっていたのだ。
「もう十分ですわよ、ユキノ」
「頑張って」
「もちろんですわ!」
ギリギリまで技能を使っていたティアさんに対し深山さんが【魔力譲渡】を掛け終えたところで、こちらのスタンバイは完了した。
さあ、あとはニューサルの登場を待つばかり。
グダグダして遅れたら、それだけ観客が増えていくぞ。
何しろ『サメッグ組』をはじめ事態を察知した冒険者たちが、方々に決闘騒ぎを伝えに走ってくれているのだから。
「ねえこれ、いつまで風を出せばいいのかな?」
ここにきて情けないコトを抜かす野来だけど、相手が登場するまでずっとじゃないかな。
次回の投稿は明後日(2025/09/30)を予定しています。




