第560話 貴族家出身の冒険者
「ティアさんたちの持って来た家具って、意外と地味だったよね」
「こら、鳴子」
ピザを頬張りつつ無遠慮なコトを言い出したロリっ娘奉谷さんを、アネゴな笹見さんがたしなめる。
「構いませんことよ、レイコ。……そういえば響きが似ていますわね、レイコとメイコで」
「あははっ、そうなんだよね」
ティアさんは鷹揚に笹見さんの名を呼んでから、ふと今気付いたかのようなコトを言い出し、つぎのピザに手を伸ばしかけていた奉谷さんが笑って答える。
ウチのクラスで名前に『子』が付いているのは三人。奉谷鳴子と笹見玲子、そして滝沢昇子先生だ。
滝沢先生はさておき、響きが似ている二人がクラスの女子最高身長と最低身長のペアって辺りが面白い。
「ウチらの国の文化でね、女性の名前に『コ』が付く子って多いのさ。最近はめっきり減ったけどねえ」
「そうなんですわね」
律儀に説明する笹見さんにティアさんが興味深げに頷いている。うん、話題が家具から明後日だな。
ちなみに奉谷さんが言っていたように、ティアさんとメーラさんの部屋に運び込まれた家具類は確かに地味だった。もちろん侯爵令嬢としては、だけど。
守護騎士だったメーラさんはさておき、お姫様のティアさんだったら天蓋付きの巨大ベッドとかデカいクローゼットもあり得ると考えて、広めの部屋を用意しておいたのだけど、そんな必要は全然なくって肩透かしだ。
片付けが済んだ二人の部屋を覗かせてもらったが、置かれていたのはちょっとだけ立派なベッドが二つと、大きなクローゼット、本棚、お茶会ができそうな丸テーブルに数脚の椅子が配置されていたくらいだった。
これが元侯爵令嬢の部屋だとは思えない、絶対グレードを下げた家具を持って来たと想像できるラインナップだ。カーテンや絨毯ですら、シンプルなものだったし。
俺たちに合わせて敢えてそうしたんだろうというのが、ありありと伝わってくる光景だ。
とはいえ、壁には中宮さんの書の数々が豪華な額縁に入れて壁に飾られ、綿原さんとの死闘で傷付いたドレスもトルソーだっけ、マネキンみたいなやつに着せられて部屋の片隅に鎮座していた。それを見た綿原さんが強化させたサメを突撃させ掛けたのを阻止したのは俺。
せっかく大切にしているんだから、そっとしておいてあげないとだよ。
これは想像なんだけど、王城のティアさんの部屋って、家具とかはそのままなんじゃないだろうかと思うんだ。メイドさんが毎日掃除して、常にピカピカって感じで。
山士幌の俺の部屋も、母さんがそうしてくれてるかもしれないな……。パソコンの中だけは覗かないでくれよ? 頼むから。
「とても助かります。お高い品でしょうに」
「あなた方の言うところの引っ越し祝いですわ。わたくしたちの家具と同じく城の余り物を持ち込んだだけですので、気にする必要はありませんわよ」
料理番の上杉さんが手に掲げた『陶器』の皿に視線を向けたティアさんは、手をひらひらとさせて軽く流す。
そう、ティアさんは引っ越し祝いと称していろんな皿やガラス製のコップ、小さなテーブルやらソファー、椅子なんかを大量に持ってきてくれたのだ。ぶっちゃけ大きい方の荷車二台の半分以上は『一年一組』で共有できるものだった。
ウチの拠点事情を知るティアさんの心遣いが身に染みる。
すなわち追加された食器や家具は見た目こそ地味だが、ロイヤルなブツであったのだ。そのものの値段は大したことがなくても、侯爵家から下賜されたという価値の方がヤバいんじゃないだろうか。
お陰で会計の白石さんが珍しく意地を張り、受け取る現金を二十二分の二から一・三にすることでティアさんとの交渉は妥結したらしい。
「さて、食べ終えたなら腹ごなしですわ。一手御指南いただけますわよね」
「ええ。構いませんよ」
食事もすでに終盤。手首をこねくり回すティアさんが闘争を求め、先生が小さな笑みでそれに応える。
これからここの日常はこうなるんだろう。
◇◇◇
「ただいま。ティアさんたちのコト、ちゃんと掲示されてたよ」
「お疲れ草間、注目度とかどうだった?」
「人の少ないはずの時間だったはずなのに、たくさん聞かれたよ。ホントかって」
「そりゃそうだ。時間を遅らせても意味なかったか」
引っ越し祝いの昼食後に組合事務所に向かった忍者な草間たちは、一時間もかけずに戻ってきた。労う俺に草間は肩を竦める。
いろんな人に取り囲まれたんだろうなあ。
昨日の夕方の時点でティアさんとメーラさんが『一年一組』に入ったという掲示はされていたはずなので、今日中にはペルマの冒険者たちのほぼ全員がその事実を知ることになるだろう。
そのままの流れで明日の『シュウカク作戦』にティアさんたちも参加することになるし、できれば活躍の場を作ってあげたいところだ。その前に今夜の説明会でいろいろ聞かれそうだけどな。
「大使館の方はどうだった?」
「ラハイド侯爵やスメスタさんたちはいなかったよ。お城だって」
「職員の人たちは……」
「うん。全員知ってるみたい。やっぱり偉い人たちの会談中に乱入したみたいだけど、これからどうなるかはわからないってさ」
草間たちがアウローニヤ大使館に顔を出したのは、昨夜野来、白石ペアがなんとか書き上げた手紙を届けるためだ。
かなり言い訳がましい文面に仕上がっていたけど、果たして女王様はどう受け止めるだろう。
「ですわっ!」
「引きをもっと素早く。腰に意識を」
「わかりましたわ!」
手紙はさておき、今もすぐそこで先生と手合わせをしているティアさんは、やっぱり会談中に冒険者となって突撃したのだ。さっきのピザパーティではおくびにも出さなかったのに。
もちろんこっちから、乱入しましたか? なんて聞けるはずもない。
もうこの人の中では、冒険者登録やら国家間の事情は終わったコトで、心は明日の迷宮なんだろう。
藍城委員長や上杉さんはそれ程不安視していなかったけど、アウローニヤとペルメッダの明日はどうなるのやら。
◇◇◇
「ありがとうございましたわ」
「どういたしまして。良くなっていますよ」
それから一時間程続いたティアさんと先生の訓練は、一旦休憩となった。
道中【体力向上】と【身体操作】をフル回転させることで、訓練の効果は上々だ。ときおりウチの魔力タンクから【魔力譲渡】を受けつつ、技能を使いまくりながらずっと動き続けたティアさんは、いい笑顔で汗を拭っている。
今はとにかく十二階位の体に慣れることが重要だ。俺の目から見ても、ティアさんの動きは確実に良くなっていると思う。あえて裸足になり、足の指先にまで気を配りながら着実に。
一年一組には魔力タンクが四人もいるから特定メンバーに集中して、こういう魔力消費を度外視した訓練ができるのだ。
勇者式トレーニングは迷宮だけでなく、地上でも効果的なのだよ。とくに【身体操作】持ちには……。
俺は独り、十二階位での【身体操作】取得を心に誓う。これって何度目だろう。
「こっちも休みましょうよ、メーラさん」
「……そうですね」
近くで【霧騎士】の古韮と大盾をぶつけ合っていたメーラさんもここで一休みか。
彼女も十二階位の力の使い方と、新規で取得した【広盾】の熟練上げに努めていた。派手なアクションをすることなく、広がった盾の感覚を身に着けることに熱心な様子は如何にもメーラさんらしい。
「どうでした、コウシ。わたくしの動きは?」
「いい感じでした。単独で牛とか馬も相手にできると思います。ここから夕方までは、メーラさんが誰かの攻撃を受けるのと、そこにティアさんの飛び出しを合わせながら調整してみますか」
「いいですわね。やりますわ!」
俺の誉め言葉を受け取ったティアさんが、邪悪な笑顔で気合を入れ直す。
何様かと言われてしまいそうな俺の寸評だが、魔獣の動きと味方の対応は目に焼き付けてある。今のティアさんならば、速さでも力でも、牛くらいなら真っ当に勝負できると断言しようじゃないか。おべっかなどではなく本心で。
俺の言葉が彼女のモチベになってくれてると嬉しいのだけど。
うん、昨日綿原さんに問われたけれど、剣を使える盾役と、長年の修練で基本がシッカリしているアタッカーの加入は大きい。これであれば中型の魔獣までなら丸々一体追加でも十分対応可能だ。
大騒ぎになったティアさんたちの冒険者登録だったけど、純粋に戦力だけを見るなら確実にプラスで間違いない。
あとは俺がちゃんと観察して、指示を出せるかだな。
そんな風に前向きなコトを考えていたタイミングで呼び鈴が鳴った。
「ティアさんたちが入ったって聞いた誰かじゃない?」
「『オース組』とかかな」
「晩飯のおかず一個賭けようぜ。俺は『赤組』」
「海藤それって、『赤組』がウチの拠点に来るネタにしたがってるってことっしょ」
「バレたか。あの人たち、絶対理由探すと思うんだよな」
ワイワイと会話しながら、クラスメイトたちがエントランスへと向かう。
◇◇◇
「事前の連絡もなく、これはどういうことですの?」
「それはこちらの台詞ですよ。姫殿下」
ティアさんの冷え切った声に若い男、といっても二十代半ばくらいのお兄さんが飄々と答えた。最後の単語でティアさんの額に青筋が見えたような。
長めの金髪に青い瞳のお兄さんは、なんというか絶妙にチャラくてウザい。ウチのクラスならばイケメンオタな古韮とチャラ男の藤永を合体させて、ウザ成分を大量に投入したらこんな感じになるかも……。などと俺が現実逃避するくらいには面倒臭い雰囲気が応接室を漂っている。
「わたくしはすでに殿下などではなくってよ?」
「あなたは青い血をお持ちなのです。ご自覚をお持ちいただけねば」
お兄さんがやれやれとばかりに肩を竦めた。ティアさんの前でそれができるって凄い根性だよな。よくもまあこの悪役令嬢に意味不明な諫言をできるものだ。
拠点を訪ねてきたのは、俺たちと面識のない二人だった。
人の顔を覚えるのが得意な上杉さんや綿原さんが、組合事務所や臨時総会で見かけたことがあるとは教えてくれたが、これまで全く接点が存在していないはずの人が、なぜ今になって……。
いや、まあ理由は想像できるのだけど。
『私は『ニューサル組』の組長、ユイルド・ニューサルだ。こちらは副長のハルス』
事前予約も無く登場したお兄さん……、もうニューサルでいいか。ソイツはそう名乗った。イケメンではあるが、度合いならばスメスタさんやウィル様が遥か上を行くので、今更俺に動揺はない。
同行していた副長のハルスさんは四十歳くらいのゴツいガタイのおじさん。どっちが組長かと聞かれたら、俺たち全員がハルスさんを指差すだろう。
ハルス副長の顔色が青ざめていなければ、だけど。
出会った途端にティアさんが放った嫌悪の視線と、ニューサルのこちらを舐め切った目を見た時点ですぐにお引き取りを願いたかったのだが、組長を名乗られた以上は仕方がない。
俺たちの憩いの場でもある談話室や食堂に通す気にもなれず、ティアさんがソファーや椅子、サイドテーブルなどを持ち込んでくれたお陰でそこそこ見られるようになった応接室にご案内したというのがここまでの流れだ。
で、口を開いたかと思えば青い血ときた。冒険者同士の会話とは思えない。
「勇者を扮する彼らが何者で、冒険者としてどのように活動しても構いません。私には関係の無いことですからね」
「そうですの」
「ですが……、あなたが所属するともなれば、話は別です」
「意図するところが見えてきませんね。あなたは何をおっしゃりたくて?」
絶対にわかってるはずなのに、ティアさんはすっとぼける。
青い血とか俺たちを下に見る発言で激高するかと思えば、怒りを突き抜けた冷徹モードになっているのかもしれない。これは展開次第で血の雨が降るかもな。本当に血が青かったらどうしよう。
ちなみにティアさんは訓練中だったのもあり、敢えて着替えもせずに革鎧姿のままだ。こちらもまた相手を舐めまくった態度ってヤツだな。
それを見たニューサルは一度目を見開き、それから俺たちを睨みつけてきたが、あんたらにとやかく言われる筋合いはない。真面目な修行中に押し掛けてきたお前らが悪いのだ。
現在この部屋にいる人間は、向こうが二人でこちらは六人。
『ニューサル組』の二人に対峙する形でティアさんと先生がソファーに座り、背後に立つのがメーラさんと委員長。そして観察係としての俺と冒険者アドバイザーの古韮が扉の近くで控えている。
どうせ【聴覚強化】組は壁の向こうで音を拾っているだろう。
中宮さんがいたらティアさんの代わりに斬ってしまいそうな雰囲気になりそうだったので、部屋に呼んではいない。ちなみにこれは、古韮の提言だ。つまりはそういう会話になるのが事前に予想できる相手だっていうことになる。
だから乱入とかは勘弁だぞ? 中宮さん。
「姫が所属すべき組はここではないということです。強いて言うならば青き血を濃くする我が『ニューサル組』こそふさわしい。そうは思いませんか?」
「それで『事前の連絡』ですの。わたくしは組合の規定に則って冒険者となりましたが、そんな附則があったとは」
言いたいことはわかるが意味不明なコトをのたまうニューサルに、ティアさんは嫌味で返した。
ペルマ迷宮冒険者組合に所属している数多の組は様々な背景や方向性を持っている。ゲームにおけるガチ勢とかエンジョイ勢とはまた違って。
たとえば俺たちが最初にお世話になった『オース組』はフェンタ領出身者が多く、そういう経緯もあってアウローニヤ大使館のスメスタさんとの繋がりが深い。大使館からも依頼を出しやすいという関係だ。
義理と人情を重んずる冒険者たちは、出身や繋がりを大切にする。
そういう意味で俺たち『一年一組』はかなり特殊な存在と言えるだろう。
ではすぐそこで舐めた口を叩いているユイルド・ニューサル率いる『ニューサル組』はどうなのかといえば、代々ペルメッダ侯国で、それこそ辺境伯時代から守護騎士の任に就くニューサル子爵家にルーツを持つ、お抱えの組みたいなものだ。
とりたててニューサル子爵家そのものを悪く言うつもりはない。ただし、古韮や野来が集めてきた元貴族系クラン『ニューサル組』の現組長の評判がアレなのだ。
「客を迎えるとも思えないこの殺風景な部屋を見ただけでも明瞭ではないですか。歩いてきた廊下ひとつを取ってもそうですがね。金に飽かしてガワを買ったはいいが、中身が伴わないでは……。組の品格が問われます」
ヤレヤレとばかりにウチの応接室を見渡してから、ニューサルはふざけたことを抜かした。応接室と冒険者がどう繋がるのか、意味不明にも程がある。組の品格なんてフレーズ、ペルメッダに来てから初めて聞いた。
そりゃあ絵画とか骨董品とかの飾り気は皆無だけど、アンタの座っているソファーは侯爵家からの持ち込みだぞ。自分から目が節穴だと白状してどうするんだよ。
コイツは現ニューサル子爵の三男ではあるが、冒険者となった以上は無国籍の平民でしかない。
だがそれでも貴族の血を持ち出す、そんなくだらない男という冒険者界隈の噂を拾ってきたのは俺の横で苦笑中の古韮だ。すでにその噂が真実であることはこの場で証明されているな。
抜け抜けと、貴族出身の冒険者であることを隠しもしてやがらない。
ペルマの冒険者には平民はもちろん、兵士を経て迷宮ジャンキーのごとくなった人たちの受け皿も存在している。今回の『シュウカク作戦』にも参加する大規模二等級の組などもそこに含まれているのだけど──。
そして貴族子弟を積極的に受け入れ、元高貴なる者が主導する組もある。
コイツが血筋だけを名目に頭を張っている『ニューサル組』は小規模三等級。去年までは中規模だったらしい。
陽気で前向きな冒険者たちの中で、仕方ないとはいえ歪んだ組長を受け入れてしまったが故に、こうもなってしまった組もあるのか。
「繰り返しますが、リンパッティア姫。あなたは『ニューサル組』に入るべきです。副長でも、なんでしたら名誉組長の肩書を担ってもらえれば、我々青き血を引く者たちの励みとなるでしょう。掲示を見れば『一年一組』では役職すら与えられておられないと。とてもではないが信じ難い──」
まくしたてるニューサルはどこか陶然としていて、自分に酔っているかのようだ。
なるほど、ティアさんが激怒でなく冷徹呆れ状態なのも理解できるよ。
これは勉強になるな。俺も中二モードを発動することはままあるけれど、こういうのにはならないように気を付けよう。なにせ、キモすぎる。綿原さんに嫌われたりしたらどうするか。
「なあ古韮。この場合、どうなるんだ?」
「両方の組と本人の合意があれば、移籍はアリだ。ただし組合の聴取が入る。脅迫を避けるため、らしい」
「だよな。てことは組合にチクれば、それで終わりか」
「だな」
アレと中二芸は別物だと自分に言い聞かせながら、念のために小声で古韮に確認してみれば、返ってきた言葉は俺の知識と同じものだった。
「『一年一組』に入って早々に勧誘されてしまいましたわ。わたくし大人気ですわね。ねえ、コウシ?」
ティアさん、そこで何故俺に振る。
ほら、ニューサルがイケメンがしちゃいけない顔でこっちを見ているじゃないか。凄いな、アレは人間を見る目じゃない。俺は泥人形か何かだろうか。
「姫も婚約相手がいなくなり、自棄になるのは理解できなくもありません。ですが、こんな場所を選ばれる──」
「わたくしは十二階位の【強拳士】。ご存じですわよね?」
「……それはもちろんです」
「では、わたくしが『ニューサル組』に入ったとして、担うべき役目とは? わたくしは最前線を求めますわよ?」
「そんなことは……、できるはずもないでしょう」
そんなやり取りを聞けばわかるように、結局ニューサルが求めているのはティアさんの身柄だけなのだ。もっと言えば元侯爵令嬢という肩書を組に取り入れて箔を付けたいってところか。
加えてもしかしたら、ニューサル自身がティアさんの持つ『青き血』を狙っているのかもしれない。
「まさかとは思いますが、あなたが言うような青きわたくしの『赤い血』を求めての勧誘でして?」
「それこそまさかですよ。高貴なる身の上の姫を、本心から心配しているからこその提言なのです。ご理解を──」
シンクロしたかと思うくらい、俺の思考とティアさんのセリフが丸被りした。すらっとぼけるニューサルのチャラくて厭らしい笑みを見れば一目瞭然だな。
本気でこの場に中宮さんがいなくて良かった。ニューサルが無事にこの邸宅から脱出できるかは不透明だけど。
ところでなんだが、最初に『よろしくお願いいたします』と発言して以来、全く口を開こうとしない副長のハルスさんが顔色を悪くして、汗をダラダラ流しているのがさっきから気になっているんだよな。
ニューサルを抑え込むことができない立場なのかもしれない。それでも副長だから、か。だとしたら可哀想に。
「ニューサルとやら。話はわかりましたが、わたくしは『一年一組』に自ら望んで所属していますの。こここそがわたくしに相応しいと確信した上での結論ですのよ?」
「それがお考え違いであると私は──」
「平行線……、いえ、すでに意味を持たない会話ですわね」
珍しくもため息を吐いたティアさんが、困ったように笑う。
彼女にしては、よくぞここまで我慢しているよ。対応は極限まで塩だけど。
もしかしたらティアさんは『一年一組』を慮って、荒事にしないために穏便に終わらせようとしているのかもしれない。そう思うと、これは胸が熱くなるってヤツだ。
元侯爵令嬢の肩書とその身に流れる血は、冒険者になったからといって消えるものでもない。だからこそティアさんは家族との交流を断つつもりはなさそうだし、イザという時の切り札にすらしかねないお人だ。
そんなカードを持っているが故に、こういうムダな揉め事もやってくるということか。
「で、どうすればあなたは諦めてくださるのですか?」
「そうですね……」
結論を求めたティアさんに対し、ニューサルはワザとらしく悩んだポーズを取ってから、ニチャりと笑う。
「では、貴族に系譜を持つ者として『決闘』にて、というのはどうでしょう」
もったいぶったニューサルが意味不明なセリフを吐いた。
どこからそんな単語が出てきたんだよ。
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