第558話 組合長の毛髪が
本話は旧558話「組合長の髪の毛が」の改訂版となります。
「ここからわたしがヤヅさんの指示を違えることはありません。たとえリン様が傷を負おうとも、勝手な行動をしないと約束します」
「メーラさん……」
コトの成り行きを見届けたいと希望した物好きなメンバーと一緒に組合へ向かう道中で、メーラさんが小さな声で俺に語り掛けてきた。レアどこじゃなく激レアな現象だぞ。
ティア様は前の方で中宮さんと熱く語っているのに、傍を離れて俺のところに来ているだと!?
しかも内容が凄まじい。いや、一年一組では当然の取り決めなんだけど、メーラさんの口から出てくるとは。
「リン様は冒険者たらんとしています。悔しいですがヤヅさん、あなたを頼りに……」
「お二人に配慮した指示出しだってできますよ?」
「それは『一年一組』ではないでしょう?」
俺ってメーラさんとこんなに会話したのって初めてじゃないだろうか。ヘタをしたら累積文字数ですら、今回で追い越す可能性も……。
言っていることもやたら真っ当だし、中身が入れ替わっているんじゃないだろうな?
けれども澱んだ瞳が、ここで俺に語り掛けている人がメーラさんであることを示している。
「……それはティア様に言われて?」
「いえ、わたしの判断です。ここまでして『一年一組』に入るからには、そうあるべきではないでしょうか」
「わかりました。ですけどティア様との連携は、やっぱりメーラさんが一番です。メーラさんが魔獣の動きを止めて、ティア様がズドン。それですよ」
「そうですか。……ありがとうございます」
俺のセリフを聞いたメーラさんはふっと小さく微笑み、前にいるティア様の方に戻って行った。今、メーラさん、俺に対して笑った?
今日はティア様とメーラさんの主従コンビにやられっぱなしだな。
「お姉さんに認めてもらえて良かったじゃない」
メーラさんの豹変による動揺から戻るのに手こずっていたその時、斜め前を歩いていた綿原さんから、微妙に棘を含んだ声が飛んできた。聞かれていたか。
そして俺の周囲を二匹の双頭サメが回遊し始める。
「俺は海藤じゃないから!」
お姉さんキャラにモテるのは野球が得意なアイツだけで十分だ。キャラが被るじゃないか。
「……そ」
綿原さんのセリフはそっけない。だけど俺にはわかるんだ。
彼女お得意のワンフレーズの響き方と、俺の肩スレスレを掠めたサメが主の下へと戻って行くのを見れば、なんとかご機嫌を戻してくれたってことくらいは。だよな?
ちなみに俺と綿原さんが事務所グループに加わっているのは、興味とかもちょっとはあるけれど、迷宮委員だからだ。念のため。
「事務所、騒ぎになるだろうなあ」
「楽しみね」
「意地悪くないか?」
確かに俺だってこの先の展開を面白がってはいるけど、組合の皆さんの胃が心配にもなるんだよ。
◇◇◇
「待たせても悪いから、簡単な方の要件を先に終わらせよう。八津と綿原さんも、一緒に来てもらえるかな」
「ああ」
「ええ」
どんちゃん騒ぎを予想した藍城委員長が、俺と綿原さんに声を掛けてくる。
返事ひとつで終わらせることのできる案件を真っ先に片付け、ついでに嵐がやって来るまでの時間稼ぎってところかな。何気に委員長もこの状況を楽しんでいるのかもしれない。
これからひと騒動を起こすのが確定しているティア様と王城の入り口で別れた俺たちが組合事務所に入れば、一階のカウンターにいた事務員さんが即座にここに案内してくれた。どうやら話が通っていたらしい。
「グラハスさん」
「おう。遅かったな」
「いろいろありまして」
委員長が話し掛けたのは、山盛りの資料に目を通しているグラハス副組合長だ。
臨時総会の時に使った大講堂に隣接する控室は、組合事務員の人たちで騒がしい。視界内ではマクターナさんやミーハさんも忙しそうに動き回っている。バスタ顧問も資料を手に、あっちこっちしているな。
ベルハンザ組合長はどっかと座り、頑張っている職員に優し気な眼差しを送っている。実に上司っぽい。
このあと、白ザビエルな組合長に降りかかる危難を思うと……。
さておき、第七会議室からこちらに場所を移した組合の人たちは、ここを『シュウカク作戦』の本部にしたそうだ。
たくさん置かれたテーブルの上には雑然と書類が並び、壁には色分けされた四層の地図と、作戦の舞台となる新区画の拡大図が貼られている。アウローニヤでクーデター直前の談話室がこんなだったな。
壁際のテーブルには軽食や飲み物も乗っているし、食事もちゃんとしているようだ。そこだけは一安心だな。
「『シュウカク作戦』ですけど、『一年一組』は参加ということでお願いします」
「おう、助かる」
「いえ。返事が遅くなってしまって申し訳ありません」
見るからに忙しそうということもあり、手短にした方がいいと判断したのだろう委員長が端的に『一年一組』の参加を伝えれば、副組合長はほっとしたように頷いてくれた。
「明日の九刻から大会議場で作戦の説明会だ。新種の解説もやるぞ。せっかくだからヤヅ、壇上に立つか?」
「勘弁してください」
テーブルの端に置かれていたティーカップの茶を飲みほしてたグラハスさんが俺に水を向けてくる。
嫌だよ。そういう意地の悪いことを言うと、ティア様という名の鬼が来るぞ?
「まあいい。説明会は一つの隊から四名までだ」
即答した俺に副組合長は苦笑を浮かべ、一枚の紙を手渡してきた。
なるほど説明会の案内か。開催時刻は夕方の六時で、場所はこの部屋の隣にある大会議場。以前臨時総会が行われたでっかい部屋だ。
「参加はこの四人かな。誰かが外れて白石さんか野来でもいいけど」
「このままのメンバーが筋よ。それにほら、選抜するってなったら……」
「そうだね」
俺から紙を受け取った委員長が出席者を検討するが、綿原さんはバッサリだ。
ついでにティア様のコトも匂わせてイタズラっぽく口の端を持ち上げる。これには委員長も苦笑いするしかない。
でもまあ、これについては綿原さんの言う通りで、組長として先生、副長の委員長、そして迷宮委員の綿原さんと俺。四名までとなれば、このメンツが正論となる。
委員長を外して書記の野来か白石さんという手もあるが、ヒーラーがいなくなるのはいただけない。俺と綿原さんがキッチリメモをすればいいだけだ。
俺たちは拠点を離れて行動する時に、基本的にヒーラーと盾、斥候を外さない。今のケースでもこの場と拠点にそれぞれ回復役と盾役を配置してある。もちろんメガネ忍者な草間も拠点組。
そういう点で両方ができる委員長はとても便利なユニットなのだ。さすがは勇者オブ勇者。迷宮でも存分に使ってやるから覚悟してくれ。サトウキビとかトウモロコシで。
「八津。悪い目付きになってるぞ?」
ゴメン委員長、だからメガネを光らせるのをやめてくれ。
「ところで副組合長」
「なんだ?」
「『一年一組』の参加人数なんですけど、二十四名でお願いできますか?」
「二十四? お前らのトコは──」
気軽に付け加えられた委員長のセリフの意味を捉えかねたグラハス副組合長を置き去りに、その瞬間、広間の扉が大きな音を立てて解き放たれた。
タイミングはバッチリってヤツだな。
超特急どころじゃなくリニアモーターかと感じるそれくらいの速攻で、ティア様とメーラさんは手続きを済ませきたようだ。
「これからなんですよ。ウチが二十四名になるのは」
「お前ら……、まさかっ!?」
メガネをキラッキラとさせた委員長がキメ顔でいい感じなセリフを吐き、グラハス副組合長は腰が引けている。委員長、ノリノリだなあ。
◇◇◇
「これはこれは侯息女殿下……。ご用件を伺っても?」
「わたくし、冒険者になりに来ましたの!」
元侯爵令嬢が突如入室してきたのを見て、慌ててて立ち上がったベルハンザ組合長にティア様の言葉が突き刺さる。残機がそれほどでもない寿命と毛髪が心配だ。
このような事態を受けて、作戦決行に向けて熱く渦巻いていた部屋の空気は、当然のことながら現在固形化されている。
そんな中、愕然としているマクターナさんは、この先の展開が見えているのだろう。冒険者になると叫んだティア様が、今後どこの組に所属する気なのかを。
ところでここ、組合の機密の塊みたいになっているんだけど、作戦に参加を要請されている俺たちはさておき、如何な元侯爵令嬢とはいえ、ティア様が入ってきてもいいのだろうか。
現状、ティア様の冒険者宣言のせいで、入室の可否どころじゃなくなっているけど。
「あ、あの。それはどういう意味でしょうか? 侯爵家で使われる符丁について、私はとんと──」
「言葉の通りですわ。わたくし、リンパッティア・ペルメッダと、こちらのメーラハラ・レルハリアは冒険者となり、『一年一組』に所属いたしますの!」
何とか現実から逃避しようとしたベルハンザ組合長だったけど、ティア様からは逃げられない。
再び組合長をはじめとする組合職員さんたちが硬直した。言葉に宿る力って、本当にあるんだな。
メーラさんを引き連れたティア様は、なすすべもないグラハス副組合長やバスタ顧問の脇を通り抜け、ベルハンザ組合長の前に立つ。背後に傲岸不遜という看板が見える気がするくらい、堂々と、そして泰然とした姿勢だ。
「書類は揃っていますわ。それと、登録手数料もですわね」
ティア様はメーラさんに持たせていたカバンから書類を受け取り、組合長の座っていたテーブルに積み上げた。追加で大金貨も十枚。多いって。
「あとは【神授認識】だけですわね」
何気に努力家なティア様は、事前に冒険者登録の手順を学び、必要な書類も全て完備してしまっていたのだ。
最終的な登録判断は組合長か副組合長の権限になるとはいえ、詰んでるよなあ、これ。
「こ、これはっ!?」
『シュウカク作戦』の資料と、ティア様がぶちまけた書類とで雑然としてしまったテーブルを眺めたベルハンザ組合長の視点が、とある箇所で固定された。
置かれた書類の中にはこれまで三度あった『一年一組』によるティア様との迷宮での活動記録やら、さっき書き上げたばかりの滝沢組長による推薦状もある。加えてティア様自身による自己の戦闘記録なんかも。
ティア様がちゃんと自分でこういう書類を作っていたのは、俺たちもついさっき知ったばかりだ。
どうにもティア様、やはりどこかで冒険者になるのを狙っていた感じなんだよな。婚約破棄と、自身の階位が十二になったことで俺たちにレベリング依頼を出すのにグレーな言い訳が必要になるタイミング。
トウモロコシについてはイレギュラーとして、なるほどと思えるところなのだ。
さておき今はワナワナと震えているベルハンザ組合長の心臓を心配しよう。なにせ白ザビエルさんが見ている書類は──。
「爵位返上願いに国籍離脱届……。すでに受理されている、だと?」
「何ですと!?」
組合長のブツブツとした呟きを聞いたバスタ顧問が大声を上げながら石化を解除し、ダッシュでテーブルに向かった。
確かに見せられた中で飛び抜けてヤバい書類なのは、俺にも理解できる。
「国印と……、侯家印が押されています。籍務局の印も」
「確かなのか? バスタ顧問。偽造では」
「いえ、本物です。ですが侯息女殿下が持ち出し、ご自身で捺印された可能性は捨て切れませんが」
「あのお方ならば……、あり得るか」
あのお方とやらを目の前にして、必死の表情で書類を確認しているバスタ顧問とベルハンザ組合長だけど、メーラさんこそ眉をしかめた程度で、当のティア様は涼し気なものだ。
バリッバリの不敬が開催されているようにも聞こえるのだけど、ティア様的には勝利を確信しているし、そもそもすでに平民だからなあ。なるほど、不敬罪は成立しないか。
そう、ここにいるティア様とメーラさんは国籍を持たない平民で、そんなお二人が書面を整え冒険者になることを申請してきたのだ。断ればどうなるか。
侯爵家の顔に泥を塗るだけでなく、元侯爵令嬢を理由なく、いや、むしろそれこそを理由に冒険者として認めないなど、できるはずもない。ましてや彼女たちは十二階位の前衛職で、『一年一組』の推薦状を携えているのだから。
「無論、正真正銘の本物ですわよ? なんでしたら国に確認してくださっても構いませんわ」
余裕綽々のティア様にそこまで言われてしまえば、疑うという行為すら憚られる空気になってしまう。
「それよりも、何やら戦の準備でお忙しいのでしょう? 急いで冒険者登録を終わらせ、お仕事に戻ることをお勧めいたしますわ」
絶賛お仕事を妨害中のティア様による、勝利宣言にも取れる発言だ。容赦ないなあ。
「殿下は本気である、と」
「すでに殿下と呼ばれるような存在ではありませんわね。冒険者となることを望む、ただの平民ですわ」
ティア様にトドメを刺されたベルハンザ組合長が黙り込む。
「そも、前例の無いことでもないですわ。お爺様の代に家を出て冒険者となられた方がいらっしゃいましたわね」
「存じ上げておりますが、アレは四男です」
「そうそう、組合長と同世代でしたわね」
「殿下……、リンパッティア様は、一人娘ではありませんか」
「辺境伯時代までさかのぼれば──」
ティア様と組合長のやり取りから察するに、どうやらここがペルメールだった時代も合わせ、侯爵家や辺境伯家から冒険者となった人がそれなりにいたようだ。
直近では先代侯王の弟さんか。冒険者を貴ぶ気風のあるこの国で、四男ともなればアリなんだろう。
むしろ国の頂点にある家の一員が冒険者になることは、危険な商売であるからこそ業界の士気向上に繋がる気もする。もちろん当人のお人柄にもよるのだろうけど。
そういう意味ではティア様って、冒険者を煽るのに滅茶苦茶向いているんじゃないだろうか。
同時に、もしもがあったならば、どれだけの騒動になるのかが問題なのだ。
「次期侯王はウィル兄様が継ぐことで確定していますわ。となれば長女も次女も関係ありませんわよ。アウローニヤへの輿入れが流れた今、わたくしは暇を持て余していますの」
「冒険者は、遊びではありませんぞ?」
「わたくしの行為を遊びだとして、組合長はどう思いますの?」
「……全力で、精一杯遊び抜くのでしょうね」
ティア様が露悪的に煽るが、ベルハンザ組合長はため息をこぼすように答えを述べる。ティア様のコト、わかっているんだなあ。
魔獣が増え続け、新種のトウモロコシまでもが出現した今このタイミングで、侯爵家の一人娘が冒険者になるというのはマズいと組合長は考えているのだろう。ティア様が迷宮に向かないとされる【強拳士】というのもあるし、それに加えて受け入れるのが『一年一組』ときた。
ティア様の気性を知っている人ならば、彼女が『シュウカク作戦』に当然のごとく参加するところまで見えてしまうだろう。
「積年の夢でしたのよ。技を磨き、階位を積み重ねた拳士がどこまでいけるのか。この身でもって確かめたいのですわ!」
この部屋にいる全ての人間に叩きつけるように言い放ったティア様の咆哮に、組合長は言葉を失ってしまった。
「ご安心していただけるかどうか、絶対の自信があるわけではありませんが、彼女たちは『一年一組』が責任を持ってお預かりします」
少しの間を置いてからティア様の横に並んだ先生が、ベルハンザ組合長に語り掛ける。
覚悟が決まったとなれば、先生は強い。キリっとした表情で組合長をただ見つめるのみだ。
「大丈夫、なのかね?」
「特別扱いなどしません。ウチの大切な組員と等しく扱います。それがティアさんの望みですから」
「そうか……、そうなんだね。手続きに問題が無い上に、私はリンパッティア様の気性を知っている。冒険者として迎え入れることに異は唱えることはできないよ」
落ち着いた声の先生にそう告げられた組合長は、諦めたように笑った。
うん。ここまでだな。
「誰でも構わない。手の空いている【識術師】を呼んできてもらえるかな」
「はい」
ベルハンザ組合長の声を受け、ハラハラとした顔でコトの成り行きを見守っていたミーハさんが立ち上がり、速足で部屋を出ていく。
ため息を吐くマクターナさんの肩をグラハス副組合長が軽く叩いている近くでは、バスタ顧問が百面相だ。
ティア様が冒険者になることの影響を、メリットとデメリットの両方から計算しているんだろうなあ。もちろん自分の功績のために。
◇◇◇
「お姫さんは十二階位の【強拳士】で、そっちのお嬢ちゃんは同じく十二階位の【堅騎士】だ。間違いないよ」
お久しぶりとなる組合所属の【識術師】、キッパおばあちゃんがティア様とメーラさんに【神授認識】を掛け、相変わらずのキツい口調で結果を告げた。
『へえ、そうなのかい。頑張りな』
ティア様たちが冒険者になるから【神授認識】を頼むと組合長に言われたキッパおばあちゃんのセリフがこれだ。
もしかしたらこの部屋にいる人間で、一番の度胸持ちかもしれない。
【神授認識】も行われ、書類に不備はない。もちろん初期費用についても必要以上なくらい大雑把に支払われている。あれってお釣りはどうなるんだろう。
そして残される手続きは──。
「では……。ペルマ迷宮冒険者組合所属『一年一組』は、リンパッティア・ペルメッダさんとメーラハラ・レルハリアさんが冒険者として活動できると判断し、組合に推薦します。また、彼女たちお二人が『一年一組』に所属することも併せて申請します」
「『一年一組』専属担当、ペルマ迷宮冒険者組合一等書記官、マクターナ・テルトが確認いたしました」
厳かな空気をまとった先生とマクターナさんの声が部屋に響く。
俺たちが冒険者となった時と似たようなやり取りだが、もちろん文言はちょっと異なっている。
『シュウカク作戦』関連の資料を片付け、冒険者登録に必要な書類だけが置かれたテーブルには、こちら側からは当事者のティア様、メーラさん、組長として先生、副長の委員長と中宮さんが席に着き、向かい側にはベルハンザ組合長、グラハス副組合長、『一年一組』専属担当のマクターナさん、記録係のミーハさんが座る。
作戦の準備中だったため、バスタ顧問を含めて組合側の見物客もたくさんだ。一年一組からは迷宮委員として俺と綿原さん。純粋に野次馬なのがチャラ子な疋さん、暴れん坊エルフのミア、好奇心旺盛な酒季姉弟、オタな古韮と野来、白石さん、そしてティア様とメーラさんたってのご要望で御使いの奉谷さんがいる。
ホント気に入られているよな。出会った頃ならチャラ男の藤永とか筋肉の馬那だったのに。
「新たな冒険者が我がペルマ迷宮冒険者組合に参加してくれたことを喜ばしく思う。活躍を期待しているよ」
すっかり諦めた……、もとい納得してくれたベルハンザ組合長の口調は、開き直ったのかのように軽快だ。
「おめでとうございます!」
そして笑顔のバスタ顧問が拍手と共にすかさず祝福を口にする。
こういうところがこの人らしい。大人というか、社会人って感じで。太鼓持ちってヤツだっけ。
それでも顧問の声に釣られたかのように部屋中が拍手に包まれたのだから、バスタ顧問のやり口は上手いよな。
「めでたいねぇ~」
「新しい仲間だねっ!」
「一緒に頑張ろうね」
「悪役令嬢がパーティに加わったってパターンか」
「アリじゃない?」
「アリだよ」
もちろん一年一組の面々も拍手と共にお祝いの言葉を贈る。一部そうでもないのも混じっているけどな。
「わたくし、やってやりますわよ!」
優雅に立ち上がったティア様が拍手に応えるように吼え、横ではメーラさんが小さく頭を下げている。
おかしいなあ、俺たちが冒険者になった時ってこんなだったか?
ともあれ、こうして二人の冒険者が誕生し、俺たちの仲間となった。
『一年一組』は二十四人の組として、これから活動していくことになる。
「出席番号が必要ね」
盛り上がっている場を生暖かく見守っていたら、綿原さんから微妙な話題が飛んできた。
「つぎって何番だっけ」
「女王様が二十八だから、二十九と三十よ。けど──」
「ティア様、女王様よりうしろって怒らないかな」
「凛と鳴子に任せましょう」
騒ぎが目に浮かぶな。この件については綿原さんの言うように、中宮さんと奉谷さんに一任だ。
どれだけティア様がゴネようと、二十二から二十八は埋まっている。それが覆されることはない。
そして、ティア様とメーラさんに出席番号を与えないという選択も無しだ。それが一年一組のやり方だから。
「今後はこれまでとは別の形になりますけれど、よろしくお願いいたしますわ。わたくしの専属担当、マクターナ・テルト」
「ええ、こちらこそ。わたしのことはマクターナだけで構いません」
「ではマクターナ『さん』、と」
俺と綿原さんが怒れるティア様の姿を想像しているあいだにも、状況は進んでいた。
ひとしきり周囲からの賞賛を受け取ったティア様が、『一年一組』専属担当のマクターナさんに改めて挨拶したのだ。ティア様が敢えて『さん』付けなんて、逆に怖い。
マクターナさんのことを『微笑み守銭奴』呼ばわりしていたティア様からの言葉を、笑顔で受け止める『ペルマ七剣』の図か。龍虎とまでは言わなくても、そこに何かしらの火花が散ったのを俺は幻視する。
ティア様を仲間にして周囲と付き合っていくって、つまるところはこういうことなのだ。
「前途は洋々としていて多難ね。サメだらけの海みたい」
「それって綿原さん好みってことじゃないか」
「そうかもしれないわね」
ツッコミを入れる俺に、綿原さんはモチャっと笑顔で答えてくれた。
◇◇◇
「さて、わたくしはここで一度お別れですわね。みなさん、お仕事の邪魔をしたことをお詫びいたしますわ。明後日の作戦、わたくしも参加いたしますので、勘定に入れておいてくださいませ!」
ひとしきりの騒ぎも終わり、ここで一旦ティア様とメーラさんとはお別れだ。ついでにアジっているけど、そこもまたティア様だな。
彼女たちは今夜だけは王城に泊まり、『一年一組』の拠点への引っ越しは明日の朝となる。
何しろ今夜はアウローニヤ外交使節団との晩餐会だからな。主役の一人が欠けるわけにも……、って、冒険者になったティア様がそういう場に出るって大丈夫なんだろうか。
ああ、なるほど。さっき聖女な上杉さんが政治とかってティア様に質問していたのは、こういう部分も含めてってことか。
「早速報告に参りますわよ。メーラ!」
「はっ」
退室していくティア様とメーラさんがなんか凄い速足だけど、また外交会談の場に突撃する気だろうか。するんだろうなあ。
こうして『一年一組』のメンバーは二十四人となった。俺たちが異世界に飛ばされてから百一日目の出来事である。
次回の投稿は明日(2025/09/22)を予定しています。