第557話 そして悪役令嬢と話し合う
本話は旧557話「そして悪役令嬢は勝手に決意した」の改訂版となります。
「その……、ティア?」
「なんですの、リン。聞こえていなかったのでしたら、もう一度言い直してもよろしいですわよ?」
「聞こえていたわよ。だけど……」
悪役令嬢担当の中宮さんは困惑を隠せていない。対してティア様は邪悪な笑顔でふんぞり返ったままだ。
中宮さんの気持ちはわかる。それくらいの爆弾発言だったのだから。
以前に一度、似たような会話をしたことがあるが、あの時はティア様の覚悟を示す仮の話だった。
けれども今回は……。ティア様がマジで言っているというのは、嫌でも伝わってくるんだよなあ。
「ワタシは大歓迎デス!」
「ちょっと、ミア。今は静かにしてなさい」
クラスメイトの大半が難しい顔をしている中、能天気エルフなミアが脳みそ空っぽ発言をし、いつになく真顔な綿原さんに諫められている。
ざっと見たところでこの状況を楽し気に見ているのは、俺の親友夏樹、その姉の春さん、チャラ子な疋さん、そしてイケメンオタの古韮くらいだ。
大喜びしそうなロリッ娘の奉谷さんは、腕を組んで考え込んでいる感じか。結構意外だな。
医者の卵な田村や、ヤンキー佩丘あたりが難しい顔をしているのは当然として、あの上杉さんまで笑顔を引っ込めてしまっている。
滝沢先生は……、普通か。ポヤっとしたままの深山さんと同じく【冷徹】を使っているんだろう。
「あらあら、わたくしこれでも本気なんですのよ?」
「それがわかっているから驚いているのよ」
優雅にのたまうティア様は決意を表すかのように本日も革鎧を着こんでいる。最近はドレス姿がめっきり減ったよな。
応対している中宮さんはがっくりと肩を落として、しなびたような声になってしまっているけれど。
「……先生、お願いできますか」
「はい」
脂汗を額に浮かべた藍城委員長が、ついに先生に泣き付いた。さもありなん。これは政治……、しかも国家レベルの問題だ。もう先生に委ねるべき案件だろう。
【冷徹】効果で穏やかなまま表情を固定した先生が、ティア様の前に進み出た。
「リンパッティアさん」
「なんですの?」
先生は敢えてティア様のファーストネームをフルで呼んだ。だがティア様はそのこと自体を口にせず、ごく自然に聞き返す。
もうこのやり取りだけでも、クラスメイトたちに緊張が走るのだ。一部を除いてだけど。
果たしてここから先生はどう切り出すのか。
「まず確認しておきます。ご両親の許可はもらっていますか?」
「ええ、ええ! もちろんですわ! ペルメッダの恥とならぬよう、敢然と迷宮に挑めと、背を押されましたわね」
「……そうですか」
友達の家に泊まりに行く子供に対する声掛けのような先生の問いは、自信満々の返答で不発に終わった。
一拍遅れた返事こそが、先生の心中を表しているんだろうなあ。
「ではお兄さんは」
「笑っていましたわね。リンらしいとか」
「……そうなんですね」
苦し紛れとしてもかなり無理やりな確認だったけど、それもダメか。
表情こそ穏やかな先生の頬を汗がつたう。
どうなってるんだよ、侯爵家は!
激励する両親も、笑って送り出すウィル様も何を考えているんだ。
ああ、なんてことだ。なんかその光景が頭の中で映像化できてしまうんだよなあ。音声付きで。
書状のひとつくらいあってもいい気もするが、あの侯爵一家を知っていると、こんなノリでも不思議に感じない。
むしろティア様が冒険者になってから、抜き打ち家庭訪問とかをしてくるタイプの人たちだ。
「ではあなたは、侯爵家を離れると」
「ええ。冒険者となるからには、当然のことですわ!」
「ペルメッダの国籍も」
「そうなりますわね」
淡々と問い掛ける先生と、元気溌剌に答えていくティア様……。どうしたものだか。
冒険者となるために必要とされる前提は、無国籍であることだ。平民であることは絶対条件ではないにしろ、国籍を持たずに爵位を叙されている者などそうはいない。
まあ、例外に当たるのが目の前で説得に難航している先生なんだけどな。ほかに知る限りでは冒険者組合長のベルハンザさんが該当するが、アレは外交大使クラスの優遇をしているんですよという意味合いだ。先生のは功績によるものなので、何か起きない限り永続するが、組合長の名誉男爵は辞めたら消える爵位だな。
さておき、ティア様が冒険者になるためには、国籍を抜く必要がある。当然爵位も失うことになるだろう。あの侯王様が自分の娘だからと、ティア様の所持する男爵位を名誉男爵とかに切り替えるとかするとは思えないし。
「推薦はどうするのですか?」
「あら、わたくしとメーラの戦いっぷりを最も知る方々が、ここにいるではありませんの」
「わたしたちを……、当てにするのですね」
「わたくし、冒険者になると決めたからには、手段を選ぶつもりはありませんのよ?」
冒険者になるために必要となる、既存の組からの推薦状という角度から切り込んだ先生だったけど、ティア様は悪役令嬢モードで無茶を言い出した。紹介者は当たり前のように俺たち『一年一組』ときたか。
実にティア様らしい。
だが俺たちがこの半ば脅迫染みた提案を受け入れるかどうか、話は別だ。
「メーラハラさん、あなたは納得しているのでしょうか。ご実家も」
「もちろんです。わたしはリン様の守護騎士……、ではなくなりますが、それでも」
矛先を変えた先生の問い掛けにメーラさんはいつになく流暢に返した。
「すでに御家の許可は頂いています。わたしが守るのはリン様の御身だけではありません。心を、その美しいご意思こそを守護するのが……、わたしの本懐です」
決意のこもった濁った瞳。そこにかすかに光る何かがある。
さっきからいつもと違う雰囲気だったメーラさんだったけど、ティア様の決意に賛同していたからこそということか。
「念のためですが、先に証拠をお見せしますわね」
「何を……。爵位返上願いと、国籍離脱届」
ティア様の視線による指示を受けたメーラさんが、手にしたカバンから取り出したのは四枚の羊皮紙。それを見た先生が、ついに表情を曇らせる。
『爵位返上願い』に『国籍離脱届』。
俺たちがフェンタ領でサインしたのとはちょっと書式は違っていても、意味は同じだ。そして二枚が二セット。サインされている名前は、ティア様とメーラさんだった。そして侯王様の確認サインと、見届け人としてウィル様の名も。メーラさんの方の書類には父親にあたるレルハリア男爵のサインがあるな。
仰々しいハンコも押されていて、侯爵家がこの書類を正式なモノとして認めているんだぞ、という迫力が追加されている。
ティア様の偽造でもない限り、この時点でペルメッダ侯爵家とレルハリア男爵家は、この話を受け入れているということか。
「これをしかるべき部署に提出すれば、わたくしとメーラは晴れて無国籍の平民となりますわ」
ティア様は胸を張り、堂々と言い切った。
この展開にはさすがに皆も静まり返る。
レルハリア男爵は知らないが、侯王様の気質からして父親の誇りに賭けてティア様の脅しに屈することはないだろう。間違いなく家族での話し合いが行われたはず。
そうして署名されたこの書類は正式なものとなる。侯王様のサインが入っている以上、ティア様の言うところのしかるべき部署とやらに提出すれば、最速で処理されるんだろうなあ。それこそ数時間も必要とせずに。
フェンタ領で一時間も掛けずに勇者から平民になった経験があるだけに、目の前の書類が持つ意味を理解できてしまうんだよ。
「ここからはあなた方に委ねますわ。全員で話し合って決めるのが『一年一組』の在り方。もちろん質問にはわたくしに許される範囲で正直に答えますわよ」
押しの強い邪悪な笑みを引っ込めたティア様が、急に殊勝な態度になった。
提示すべきことは終わり、あとは俺たちで話し合って決めてくれということだ。
これまでの付き合いで、俺たちのやり方を知っているからこそ、ティア様はこういう手順を踏んだのか。
「ですがひとつ……」
真面目顔のままティア様が言葉を続ける。
「詫びておきたいのですわ」
「え? ティアが?」
「リンはわたくしをなんだと思っていますの!?」
信じがたい単語に中宮さんが反応し、マジ顔をどこかに放り投げたティア様が噛みつく。これは中宮さんが悪い。
「ごめんなさいティア。謝るわ。それでお詫びって、どういうことなの?」
「……全くもうっ。リンは仕方ありませんわね」
素直に謝罪した中宮さんに対し、一度ワガママ悪役令嬢モードになったティア様は、なんとか自分の表情を元に戻すのに苦戦中だ。邪悪な笑みがデフォなものだから、真面目顔を作るのが大変なんだろうなあ。
「んっ、んんっ……。わたくしはあなた方の目標を知っていますわ」
咳払いを数度してからティア様はゆっくりと語り始めた。
「故郷への帰還。それも一刻も早くの。そんなあなた方に対し、わたくしは家族との別離を匂わせる書類を突きつけましたわ。自らの欲求のままに」
そこまで言い切ってからティア様は軽く目を伏せた。彼女なりの謝罪なのだろう。
なるほど。ティア様はそこまで考えてくれていたのか。
ティア様は俺たちと一緒に冒険者をやりたがっているのは確かだ。そのためには侯爵家から籍を抜く必要があるが、それを俺たちの故郷への想いと重ねた。
だからこそ彼女らしくもない殊勝な言葉か。
「そこは気にしなくていいんじゃねえか。です」
「シュンペイ……」
「俺たちの境遇とティア様の都合は別問題だ。無理に罪悪感を持たれる謂れはねえし、そっちは家族と会えなくなるわけじゃねえよな? です」
沈黙したティア様に対しキツい口調で言葉をぶつけたのは、ヤンキーで人一倍家族想いな佩丘だった。最後に『です』って付ければ敬語になるってもんでもないだろうに。
けれども俺としては佩丘の言っていることに同意できる。
確かにティア様は貴族でなくなり、国籍すら失う。だからといって家族との繋がりが無くなるわけではないのだ。
「その通りですわね。わたくしが侯爵家を出たとして、それで血の繋がりが断たれるでもなく、交流を禁じられるわけではありませんもの。状況の違いをわきまえずに勝手に想像し、悦に入るものではありませんわね。シュンペイの言葉、胸に刻みますわ」
「そ、そこまで言ってねえよ」
佩丘の言葉をティア様は正しく受け止めた。大仰な物言いに佩丘が引いているけど、そこはどうでもいいか。
この国の首都、ペルマ=タで主に活動している冒険者は、街に家族がいる人が多い。むしろ多数派と言ってもいいくらいだ。
たとえば『オース組』のフィスカーさんは、家族がペルマ=タで食堂をやっている。結婚についてもまたしかり。旦那さんが冒険者で、奥さんが街で仕事をしているなんていうケースも珍しくない。
ほかの国の冒険者がどうしているのかは詳しくは知らないが、ペルメッダ侯国は冒険者と市民との関係を推奨している。この辺りがこの国を冒険者天国と言わしめている一つの理由だ。たしかウニエラ公国の冒険者はもうちょっと扱いが悪いって冒険者オタの野来が言ってたっけ。
長い歴史と伝統を持つ冒険者という職業は、妙なところで緩いんだよなあ。組合に入るのには、それなりの審査が必要なのに。
「ではわたくし、負い目を捨てますわ。けれど再度。不躾な願いをぶつけたことを、詫びたく思いますの」
そして今度こそ、ティア様は小さく頭を下げた。
俺も含めたクラスメイト全員は唖然と立ち尽くすことしかできない。今日だけでティア様には何度驚かされただろう。
これまで悪びれずに言いたい放題をズバズバ繰り出してくるあの悪役令嬢が、ここまで素直に謝るなんて。
アップダウンの激しい悪役令嬢の交渉術は効果絶大だ。
◇◇◇
「さて、話し合いを続けてくださいまし」
固まる俺たちに対し、ティア様は自分の出番はここまでとばかりに腕を組み、続きを促した。
さて、どうしたものか。
「……ティアさん。わたしからの最後の確認です。たとえば明日、わたしたちが帰還の手段を見出したなら──」
誰が行くんだよという状態でフリーズしている一年一組だったが、先生が言葉で踏み込む。俺たちの先生は、本当に大切なことをティア様に問い掛けた。
そう、仮に二人が冒険者となり『一年一組』に所属してからだ。さっきティア様は俺たちの最終目標について触れた。彼女はそれを知った上で──。
「即座に故郷に戻ることをお勧めいたしますわ。そして、わたくしは全てを賭けて、その手助けをすることをお約束いたしましょう。それもまた、わたくしが『一年一組』に入る目的のひとつでもありますのよ!」
最終確認をした先生に返されたのは、ティア様の俺たちに対する真摯な想いだった。ちゃんと考えてくれていたんだな。
すでに俺たちは、アウローニヤで良くしてくれた人たちとの別れを経験している。ほとんどが年の離れた大人たちだったが、旅の最後で泣き崩れてくれたガラリエさんみたいな人もいた。
そしてひとつだけ年上のリーサリット女王。立場と情勢もあって彼女と接する時間こそ多くはなかったが、それでも心は通じ合えていたと思う。
キツいんだよな、誰かとお別れするって。
そしていつか、ティア様やメーラさんとも。
俺たちが帰還を目指すからには、別離はいつかやってくる。それでもティア様は、それが明日でも構わないと言い切った。
「もちろんその際、預けている宝玉を返してもらう時間はいただきますわよ?」
「……敵いませんでしたね」
こうなればもう、先生も敗北を認めざるを得ない。
そもそも先生は悪役令嬢っぽいティア様を最初から気に入っていたし、逆にティア様は先生のことを師匠としてだけでなく、個人としても尊敬している。
相思相愛なんだよなあ。
「わたしからはここまでです。みなさん、各自で意見を出し合ってください」
ここで先生は仲間の一人に戻った。つまりは二十二名の中の一人として流れを見守るという、いつものポジションに。
◇◇◇
「あー、俺は賛成だ。ティア様が『一年一組』の仲間になるのは個人的に楽しいし、嬉しい」
手を挙げながらそんなことを言う古韮は、本当に嬉しそうにニヤニヤと笑っている。
こういう時にノリのいい古韮は、別れよりも今現在の楽しさに重きを置いているんだろう。刹那的な楽しさに偏るタイプなんだ。
別れにビビらず今を明るく生きるなんて在り様は完全に陽キャサイドだけど、古韮はこれでオタだっていうんだから、よくわからないヤツだよなあ。
「申し訳ありません。聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
「なんですの? ミノリ」
ここで小さく手を挙げた上杉さんが会話に加わった。こういうシーンではワリと珍しいな。ティア様は鷹揚に先を促す。
「政治として問題にはならないのですか?」
「わたくしが侯爵家の者である以上、皆無とはいきませんわね。とはいえ、些細でしょう。誓ってわたくしに含みはありませんわ」
「……そうですか。ありがとうございます」
妙なやり取りにそこかしこで首を傾げるヤツらが続出するが、上杉さんはティア様の短い返答に納得したようだ。
ここで上杉さんが素直に引いたということは、それほどでもないってことだろうか。謀略があるのならティア様も邪悪に笑うのだろうけど、今はむしろ飄々とした様子だ。
「迷宮委員として聞かせてほしいの。ティア様じゃなくて八津くんに」
「俺?」
上杉さんに続けて声を上げたのは腰の辺りに双頭サメを周回させた綿原さんだ。しかも相手は俺ときたか。
「二十二人が二十四人になるとして、全体の戦力は上がるのかしら」
その質問は、随分とまた武力方面だった。ここまで主に精神的な要素で話し合ってきたところに、ぶっこんできたなあ。
人数が増えたからといって、そのまま集団がパワーアップするとはいかないのが迷宮戦闘だ。
ただでさえウチは二十二人と、ひとつの隊としては大所帯。多彩な手数と連携こそがウリとなっている。そこに二人が加わるとして、それが即戦力アップになると喜んでばかりはいられない。
「ウチにはいない剣も使える騎士と、師匠のお陰で力をつけつつある近接火力だ。これで戦力が落ちたら、俺のせいだな」
「できるの?」
自虐とも捉えられることを自信満々に俺が言ってのければ、綿原さんが楽し気に問いただす。まったく、楽しい掛け合いだよ。
「できるできないじゃない。やるさ」
「そ。わたしが確認したかったのはそこだけよ」
俺のカッコいいキメセリフを聞いた綿原さんは、サメの回遊速度をちょっと上げて、モチャっと笑った。
「わたくしとメーラが『一年一組』の力となるのは喜ばしいことですわ。そうなった暁には、コウシ、使いこなしてみせなさいませ!」
「努力を約束します」
高らかに要求してくるティア様に俺は頷く。彼女の意気に応えないで、どうするかってな。
◇◇◇
「わたしからも一つ確認させて、ティア」
「いくつでも構いませんわよ?」
「ティア、あなたは冒険者になりたいの? それともわたしたちと一緒にいたい、どちらが重要なのかしら」
キツ目の表情でティア様に訊ねたのは中宮さんだ。なんとなくだけど、これが最後の問答になる気がするな。
中宮さんの問いは正直、誰もが思っていて、口にしにくい内容だと思う。先生がたぶん敢えてボカしていた部分に、中宮さんは木刀使いらしく真っ直ぐに切り込んだ。
「愚問ですわね。そんなの両方に決まっていますわ!」
ティア様からの回答は、まさに悪役令嬢を体現するかのように、強欲そのものだった。望むもの全てを手に入れたいという意思が、彼女の邪悪な笑みから伝わってくる。
「ぷはっ、そうよね。それがティアよね。あはっ、あははは」
ティア様のセリフを聞いた中宮さんはため息のひとつでも吐くかと思えば、なんと吹きだし、そこから腹を抱えて大笑いを始めた。
こんな中宮さんを見るのは初めてだよ。爆笑なんてできたんだな。
「あははっ。わかった。賛成するわ。わたしもティアと一緒に戦いたいって思う。同じ組の仲間として」
そして中宮さんは賛同の意味を込めて真っ直ぐ上に手を伸ばす。すでに吹っ切ったのだろう。彼女の瞳にはもはや少しの曇りも有りはしない。
これで決まりかな。
けれども、口にはしないが俺にも考える部分がある。
俺たちが断ったらどうする気だったのかは、最早意味を持たない。
そっちじゃなくて、俺たちがいなくなったあとの話だ。ティア様が別の組に伝手を持っているのかどうかは知らないけれど、以前の会話に出てきたように、侯爵令嬢が冒険者なんてやっぱり無理でした、なんていうのは通用しない。あの侯王様だって認めない予感がある。
ティア様とメーラさんの立場なら、考えれば考えるほど軍に入る方が筋が通しやすいんだよな。ネックになるのは神授職が【強拳士】ってことなんだけど。
でもまあ、出会ってから一番と言えるほど生き生きとしているティア様を見てしまうと、これでいいかなってなってしまうんだ。
「そろそろいいかな。決を採るよ」
中宮さんの大笑いのお陰か、少し力を取り戻した委員長が多数決を宣言する。すでに大勢は決した感じがあるし、確認作業に近い行為だよな。
「ティア様と一緒に冒険者になるなんてね。初めて会った時って、仲良くし過ぎたらアウローニヤの女王様に申し訳ないって言ってたのに」
「メイコっ、意地が悪いですわよ!」
なるほど、奉谷さんが考えてたのはそういうことだったのか。
ティア様の叫びと共に、談話室が笑いに包まれる。
彼女と対面してから二十日くらいか。気付けばお互いこんな関係になっていたんだな。
◇◇◇
「さあ、早速登録にまいりますわよ。タキザワ先生、推薦状をお願いいたしますわ!」
ティア様が先生を急かす。
一年一組全員による多数決は、結果として満場一致で賛成となった。
そんな状況で、それじゃあ明日とはならないのがティア様だ。当然のように、今すぐ手続きに突撃するらしい。
「鎧の色も変えなくてはいけませんわね!」
予備に残していた『一年一組』の組票をぶら下げたティア様は大はしゃぎである。冒険者登録、まだ終わっていないんだけどなあ。
すぐ傍のテーブルでは先生が『オース組』に書いてもらった推薦状の控えと睨めっこをしながら首をひねっている。先生は書類仕事が苦手……、あまり得意な方ではないのだ。
それでも推薦状ともなれば、やはり組長クラスの人が書く必要がある。『オース組』が作ってくれたのも、文章を書いたのは誰かはわからないがナルハイト組長名義だったし。
「あの、先生。口頭で言ってくれたらわたしが」
「ありがとうございます。白石さん」
見かねた白石さんによるヘルプの声に、先生は本当に嬉しそうに頷いた。偉いな白石さん。さすがはウチのクラスの書記さんだよ。
「ほらほら、組合の方の報告もするよ。決め事があるんだ。先生と白石さんは同席していたから、作業を続けて聞き流してください」
あまりの展開に食べている余裕の無かったホットドックを急いで飲み込んだ委員長が、みんなに聞こえるように声を大きくした。
「まず、トウモロコシについてだけど、マクターナさんたちも遭遇したそうだよ──」
ティア様のサプライズで置き去りになっていたけど、組合での一件、とくに『シュウカク作戦』への参加の是非は重要案件だ。
委員長は自分のメモを取り出して、箇条書きでも読んでいくかのように要点だけを並べていく。流れるような口ぶりは、毎度のことながら大したものだ。
「二日後の作戦への参加なんだけど、これも多数決を採りたい。もちろん、ティア様とメーラさんも」
「初仕事ですわね。最高の舞台ですわ!」
作戦概要を伝え終えた委員長は、すでにティア様とメーラさんが作戦に参加するのを前提で議題を進めている。それを聞いた悪役令嬢はもう絶好調だ。
「稼ぎが気になる冒険者としちゃ面倒かもだけど、俺たちの立場なら大歓迎だな」
「っすねえ」
「美味しい話だよねぇ~」
「それより八津か? この作戦に名前付けたの」
「野来だよ、野来。最高だろ?」
「いい名前じゃないか。あたしは気に入ったねえ」
「ワタシの弓が唸りマス」
各人が好き勝手を言いながら手を挙げていく様は、一年一組の十八番だな。
「もちろん参加に賛成いたしますわっ!」
暫定ではあるが二十四人となったメンバーによる満場一致で、『シュウカク作戦』への参加が決定した。
次回の投稿は明日(2025/09/21)を予定しています。




