第554話 侯爵夫妻の突撃訪問
「貴様らが一人も欠けることなく壮健であることを、嬉しく思うぞ」
食堂のお誕生日席に座った外交特使のロリフェイスが尊大に語る。相変わらずだなあ。
名をベルサリア・ハィリ・レムト=ラハイド。ラハイド侯爵夫人にして、アウローニヤの元第二王女だ。俺たち的には女王様の姉という関係性がしっくりくる。
金髪碧眼なのは姉妹で一緒だけど目付きがキツく、対して身長が百五十に届かないという合法なロリ王女様だ。
夕刻の来客者はアウローニヤ外交使節団と大使館のスメスタさんだった。具体的にはスメスタさんに加えてラハイド侯爵夫妻と護衛が四名。もちろん外交使節団全員ではないよな。
現在この部屋にはラハイド侯爵家のお二人とスメスタさん、そして一年一組の面々だけがテーブルについている。護衛の四人は二名が門の前で、残りは食堂の扉を外側で警護中だ。
俺たちを信用しているアピールなのか、それとも護衛にすら聞かせたくない話をする気か、たぶんどっちもなんだろう。
あるかなと想定していた侯爵夫妻の来訪だけど、まさかペルマ=タに到着したその日とは思っていなかった。
こういうのって先触れするものかと思っていたけど、全員がフードを被ってお忍びモードだったので、まあこんなものかという感想しかない。俺たちを驚かせようとしたって魂胆もあるのだろうし。
総じてラハイド侯爵夫妻らしいかなって思うのだ。電撃訪問は得意技だから。
「明日は歓迎の晩餐会もあって、朝から夜まで埋まっているんだ。少しでも早く君たちの顔を見たくてね」
トレードマークとなる紺を基調としたジャケットを着こんだラハイド侯爵、イスライド・キャス・ラハイドさんが、嬉しそうに俺たちを見渡しながら語り掛けてくる。
この人って場面ごとで口調が変わるんだよな。外ではバスタ顧問のように仰々しく、内ではウィル様みたいな優し気な感じで。
ご当人はたれ目で優しいタヌキを思わせる風貌と体形をしているから、ウィル様と比較するのはアレだけど。
「お久しぶりです。みなさんの活動は僕も興味深く拝見させてもらっていますよ」
そしてイケメンオーラのスメスタさんが続く。
こうして語る順番こそが、お客としてやってきた三人の権力差だ。一位と二位は言うまでもないけど、三位のスメスタさんは大きく引き離されているけどな。
ところでスメスタさんは、なんで俺たちのことをチェックしているのだろう。まあ、組合に行けば依頼任務くらいは調べられるけど。
アレか、ティア様と俺たちとの繋がりを確認しているってところかな。
「こちらこそご無沙汰しています」
「やはり貴様か、アイシロ。平民になってもまだその態度とはな」
こちらを代表して挨拶を返した藍城委員長だが、ベルサリア様は滝沢先生にチラリと視線を送ってから苦言とも取れる表現をする。
「失礼に当たるのでしたら──」
「構わぬ。貴様ららしくもあり、変わっていないことがむしろ喜ばしいくらいだ。うわはははは!」
委員長も先生を見てから口を開きかけたところで、ベルサリア様は見事に切って捨てた。そして、定番となるキーの高い声での大笑いだ。
変わってないなあ。アウローニヤで出会ってからひと月程度だし、変わるはずもないのだけど、それでもどこか懐かしい。
アウローニヤでラハイド侯爵夫妻と面談した当時、俺たちは『王家の客人』かつ勇者扱いだった。侯爵相手でもほぼ対等に話せる立場……、もしかしたら格上ですらあったかもしれない。
対して現状、一年一組は国籍を持たない平民だ。かろうじて先生がアウローニヤの名誉男爵ではあるが、侯爵と元王女様とは釣り合わないよな。
「せっかくお忍びで来た上に、護衛にも席を外してもらったんだ。以前のようにしてくれると僕としても嬉しいよ。ね、カイトウ殿」
「お、俺すか!?」
穏やかに笑うラハイド侯爵に突如名指しされたピッチャー海藤の声が裏返る。
「であるな。カイトウ貴様、あの時はこのわれに好き勝手を言ってくれたものよ」
「ひっ!」
笑いを引っ込めたベルサリア様のお言葉に海藤が震えあがる。
ベルサリア様の物言いは悪役令嬢ティア様とカブる部分もあるけれど、苛烈さは段違いだ。ガワならティア様に軍配が上がるんだけど、やっぱりベルサリア様には貫禄がある。
前回面談した時に諫言とまではいかなくても、海藤が姉妹だからとツッコミ入れたのは事実だ。
けどまあ、このお二人がこんなところで切腹を申し付けるようなコトを言い出すとは思えないし、海藤には申し訳ないけど部屋の空気も悪くはない。
イケメンオタの古韮などはニヤニヤしているくらいだ。図太いなあ。
◇◇◇
「アレは見物であったわ」
「血塗れの鎧姿で魔獣を手にしたまま会談の間に乱入だからね」
物騒なコトを言っているワリに、ラハイド侯爵夫妻は楽しそうだ。
「しかもまさに婚約破棄の正式文書に筆を入れる瞬間だ。間が良すぎて笑ってしまったぞ」
「侯息女殿下もご自身で署名できたのだから、結果としては良かったよ」
お二人が仲良くティア様乱入の顛末を語ってくれる。
どうやらティア様は身支度をすることもなく周囲の制止を振り切って、アウローニヤ外交使節団と侯王様たちが初日の面談をしている最中の現場に突撃したらしい。もちろんメーラさんを伴って。
最近ではティア様を押さえたり、別行動する時もあるメーラさんだけど、今回は違ったか。コトがコトだけに間違いだとまでは思わない。
アウローニヤだって冒険者にツテはあるわけで、四層に新種発生なんて情報は当日にでも手に入る。それこそ『オース組』ならスメスタさんあたりにすかさず伝えるかもしれない。
秘匿は不可能。ならば即報告だ。うん、ティア様の行動は正しい。
ただ体裁ってものがなあ。
俺たちだって汚れたままの姿で組合事務所に駆け込んだけど、それを国家レベルで会議しているところでやるのはどうなんだろう。
それでもこれは想像の範疇だ。俺もティア様を理解してきているってことだな。
「そも、到着初日に交わすような案件でもないのだがな」
「普通なら挨拶で済ませる程度の面談だったはずなんだよ。既定路線とはいえ、僕も驚いたくらいさ。賠償交渉を後回しなんて、ちょっと考えられないからね」
呆れたように語るベルサリア様の言葉の意味を、太っちょな体で肩を竦めたラハイド侯爵が解説してくれる。
「兄も随分と嫌われたものよ。アウローニヤの旧体制が、と言った方が正確ではあるのだがな」
自嘲の笑みを浮かべるベルサリア様だけど、そもそもティア様が望んでの婚約じゃなかったからなあ。
ティア様のことだから、あの元第一王子に対して好きも嫌いもあったもんじゃないだろうし、細かい経緯は知らないけれど、ペルメッダ侯爵家だって政治を鑑みて仕方なくだったのは伝わっている。
『そうですの……。ウィル兄様、署名は父様に任せるとお伝えくださいませ』
昨夜、魔獣ごっこを見せ終わったあと、去っていくウィル様にティア様が投げ掛けた言葉だ。
外交使節団来訪の初日にアウローニヤの元第一王子との正式な婚約破棄というスケジュールは、ベルサリア様の言うように、かなりいきなりに感じる。そこに侯王様の強固な意思とメッセージが込められているのは間違いないのだろうけど、ご当人は迷宮泊中なんだよなあ。
なんというか、ティア様的には終わったコトで、自分とは関係のない手続きくらいに考えているのが伝わってくるのだ。
敢えてなのか、ナチュラルにそうしているのかはわからないけど、ティア様の心が明らかに迷宮に傾いているのは間違いない。
そして、それはもう生き生きと。俺たちが知っているティア様は、そういうお人だ。
◇◇◇
「婚約破棄は成ったが、本格的な外交交渉は明日以降が本番だ。相手は手強いが、ライドには期待しておるぞ?」
「いえいえ、サリア様が同席してこそですから」
ティア様乱入事件を語り終えた侯爵夫妻は紅茶を口にしながら笑い合う。
このご夫婦って上下関係がハッキリしているんだよな。日本人感覚だと平等か、ちょっと偏っているくらいが普通だって思うし、あからさまな上とか下とかあったらヤバいと感じる。
けれどもラハイド侯爵夫妻を見ていると、これが当たり前で凄くハマっているように思えてしまうから不思議だ。
俺と綿原さんだったら……、気が早すぎるよな。
「どうしたの? 八津くん」
「あ、いや、何でもないよ」
「そ」
真向いに座る綿原さんから声を掛けられ、声が裏返りそうになる。目ざといなあ。
俺は慌てた素振りを隠すために、なるべくゆっくりマグカップを口元に持っていく。ごまかされてくれよ?
ちなみにお客様が使っているのはティア様が持ち込んだ偉い人用のティーカップで、俺たちは個人用のマグカップだ。
さすがにコーヒーは冒険が過ぎるので、ペルマ=タの内市街で上杉さんが仕入れてきた高級品をお出ししている。ティア様を筆頭に、この拠点にはワリと偉い人が頻繁にやってくるので、そういうのもちゃんと用意してあるのだ。
もちろん俺はノータッチの領域だけどな。
「さて、これから始まる細かな交渉内容を貴様らに語ることはできぬし、密かに伝えても意味はないだろう」
「はい。僕たちが触れていいコトではないと思います」
ベルサリア様の言葉に委員長が答え、クラスのみんなも頷いた。
関税やら流通量がどうこうなんて、高校一年生が教えてもらったところで意味はない。数名程わかっちゃいそうなメンツもいるが、それでもだ。
「代わりというわけではないが、渡す物と見せたい物がある」
妙なコトを言い出したベルサリア様に促されたようにラハイド侯爵が立ち上がり、壁際のテーブルに置かれていたカバンと細長い布袋を持って戻ってきた。
カバンはさておき、気になってたんだよな、袋の方。
ナチュラルに侯爵様がベルサリア様の手下っぽい行動をしているけど、これが二人の普通なんだろう。立ち上がるタイミングを見逃したスメスタさんが困った顔になっているが、侯爵夫妻は気にも留めていない。
「まずは我が妹からの書状だ。受け取るがいい。七日に一度、だったか」
侯爵がカバンから取り出した紙の束を受け取ったベルサリア様は、それをそのまま近くの席にいた先生に手渡した。
「なに。中を覗いたりはしていないぞ?」
「そんなことは……」
ロリ顔を悪くして付け加えたベルサリア様に、先生が眉をひそめて短く答える。
アウローニヤからの手紙。なるほど、遅れなどがなければ今日あたりに届いていてもおかしくない。
本来なら大使館に届いているはずだけど、まさかベルサリア様が手ずから?
チラリとスメスタさんを見れば、苦笑になっている。そういうことか。
「今日はお忍びでしたから、荷物は明日の午前中ということで」
「はい。それでお願いします」
視線でベルサリア様に確認をしたスメスタさんがネタバレをかまし、半笑いの委員長がそれに頷いた。
ここでいう荷物とは、米やスパイス類をはじめとしたアウローニヤからの物資だ。要は定期便で、女王様の手紙が同封されている。
ベルサリア様はそれを奪い取り、こうして大仰に手渡したのだ。『我が妹』って言いたかっただけまであるぞ、これ。豪放で合法なロリは、隠れシスコンだったりするからなあ。
「そしてこちらだ」
妹さんの手紙に触れることができて満足そうなベルサリア様は、小ぎれいで細長い布の袋をこれまた侯爵様から受け取った。
そしてソレをテーブルの上に置く。カタリという音がしたので、中に硬い物が入っているのは想像できるけど……。
今度は何が飛び出すのかと、クラスメイトたちが固唾をのんでいるのがわかる。もちろん俺もだよ、ベルサリア様。いちいちやることが大仰なんだよなあ。
革製品が多いこの世界で、黄色がかった薄い布は比較的高級品となる。何かお高い物でも入っているのだろうか。
「ほれ」
袋の先端を結んでいた飾り紐を解き、ベルサリア様が取り出したのは──。
「木刀……」
専門家の中宮さんが唖然としながら声にしたそれは、まさに木刀としか表現できないだった。
サイズは中宮さんの愛用しているのと同じで一メートルくらい。曲がり具合も一緒で、なんというか普通にレプリカだ。
色だけは違う。中宮さんの黒に対し、薄っすらと木目が浮かぶ薄茶色の刀身は何らかの表面処理をしたのか艶がある。実用性はわからないけど、奇麗な仕上がりだとは思うけど……。
あれ? これってまさか。
「ナカミヤよ、お前に渡すためのものではないぞ。コレはわれのだ。なかなかに美しかろう?」
「え?」
リアルで『でも、あーげない』をやってのけたベルサリア様に対し、中宮さんはらしくもなく間の抜けた声だ。
べつに中宮さんは替えの木刀なんて必要としていない。アウローニヤを旅立つ前日にヒルロッドさんから渡された二振りを、彼女は大切に使い続けている。
では目の前でロリ侯爵夫人が自慢げに手にしているのは……。ごめん、中宮さんは驚き顔だが、俺は経緯が想像できてしまった。
「ここまでの道中、イトル領イタルトに寄ることになってな」
その言葉でクラスの半数以上の表情が、納得に切り替わった。
「そこでベゼース・イトルと面会したのだ。すると面白い物を見せてきた」
「それが……、あの時の」
「そうよ、一番上等な物を購入してきた。われは立場上、旅など滅多にできぬでな。土産としても面白い」
完全に素人な手付きで木刀を片手にしたベルサリア様が語り、視線をぶつけられた中宮さんもそこで気付いた様子になる。
ベゼース・イトルさん。イトル領代官にして、アウローニヤの近衛騎士総長であるキャルシヤさんの旦那さんだ。
ペルメッダへの旅の途中で出会い、確かに去り際、勇者印の木刀ネタを出したのを覚えている。現実にしちゃったのかよ。
「希望があれば勇者の名を焼き印するとまで言われてのう。あやつ、代官の割には商売っ気が強いようだ」
悪い笑顔のベルサリア様は、手にした木刀をテーブルの上に置いた。
なるほど確かに柄の部分に黒く焦げた文字が並んでいる。しかも──。
『海藤貴』
一番遠くに座る俺は【遠視】持ちだ。焼き印された名前がハッキリ見えた。ベルサリア様も意地が悪いなあ。
本気で根に持ってるんじゃないかって思うくらいだ。
「奴めはコレを『勇者文字』だとかほざいていたな」
「また俺!?」
「喜べカイトウ。われ自らが選んだのだぞ?」
「光栄……、す」
哀れ海藤。この場だけは元第二王女のおもちゃとして頑張ってくれ。
「あの、ケイちゃん……、ケイタールちゃんは元気にしていましたか?」
「おお。やんちゃな小娘であったな。コレと似たような物を振り回して遊んでいたぞ」
「……そうですか。ありがとうございます」
海藤がイジられているシーンを救うかのように中宮さんが訊ねたのは、キャルシヤさんとベゼースさんの娘さん、ケイタールちゃん、通称ケイちゃん五歳についてだった。
ここがゲームみたいな異世界であっても、アウローニヤで出会った人たちは過去のままで固定などされていない。俺たちと同じように生きて、変わっていく。良い方向でも悪い方でもだ。
俺たちはアウローニヤからの便りでそれを一部だけでも知ることができているけど、こうして実際の声で聞かされるのは、これまた一味違うもんなんだな。
◇◇◇
「おっと忘れていた。スメスタ・ミィル・ハキュバよ」
「はい」
ひとしきりイトル領での出来事やそこからの旅路、ザルカット領やフェンタ領について語ったベルサリア様が、唐突にスメスタさんの名を呼んだ。すかさずスメスタさんが席を立つ。
「こ奴が今後、アウローニヤ男爵として駐ペルメッダ大使となる。近くペルメッダ侯国名誉男爵位もだな」
ラハイド侯爵がカバンから素早く二枚の書類を取り出して俺たちに晒し、ベルサリア様が宣言する。ご夫婦による阿吽の呼吸はやっぱり見事だ。
「スメスタ・ミィル・ハキュバと名乗ることとなりました。今後ともよろしくお願いいたします」
「おめでとうございます!」
「良かったね、スメスタさん」
「男爵かあ、先生と一緒だ」
イケメンフェイスに輝く笑顔なスメスタさんが優雅に頭を下げれば、一年一組から拍手と共に歓声が飛んだ。
ティア様の婚約破棄が既定路線だったのと同じく、スメスタさんが外交大使になるのも俺たちは知っていた。いち冒険者がアウローニヤの政治事情に詳しいというのはどうかとも思うけど、経緯がなあ。
なんにせよ、これでスメスタさんも権限が拡大されてやりやすくなるだろう。ラハイド侯爵夫妻が新体制アウローニヤとペルメッダ侯国との関係をまとめ、大使となったスメスタさんが運転するという形だ。
「さて、せっかく手に入れたコレなのだが、使ってみたくなるのも人情であろう?」
スメスタさんがクラスメイトたちから賞賛されている光景をひとしきり眺めたベルサリア様が、テーブルの上に置きっぱなしだった木刀を再び手にし、妙なコトを言い出した。
「一手御指南いただけるかな、ナカミヤよ」
いやいやベルサリア様、そこはスメスタさんおめでとうってことで終わりにしていいじゃないか。ほら、中宮さんが顔を引きつらせているし。
「ははっ、海藤と中宮の決闘ってか」
「勘弁してくれよ」
古韮が茶化し、海藤が首を振る。仲良しだなあ。
◇◇◇
「食堂もそうであったが殺風景よの。まあ、アレは見逃してやるとしよう」
ぞろぞろと連れ立って談話室に移動した矢先、ベルサリア様が目ざとく……、もないか。壁の『帰還旗』を見て悪い笑顔になる。
しまったな、急な来訪だったから隠しそびれていた。というか、そもそも談話室にご案内、なんて予定も無かったのだし。でもまあ、ラハイド侯爵夫妻がアレを見とがめるタイプではないのは知っていたつもりだから、結果オーライか。
俺たちの『帰還旗』は、アウローニヤに実在した騎士団である『緑山』の旗として正式に記録されている。
つまり、ペルマの冒険者の拠点に飾っていい代物ではないのだ。当たり前のように目こぼししてくれたアウローニヤ貴族のお三方には感謝だな。
「時間も惜しい。ほれ、ナカミヤ」
「えっと、まずは握りからで」
「中々本格的ではないか」
「基本は大切ですから」
アウローニヤの法などどうでもいいといった風なベルサリア様が高飛車な態度で教えを請い、中宮さんが真面目に対応する。
アウローニヤの先代巫女であったベルサリア様は、たしか五階位の【誘術師】だったはずだ。得意なのは【魔力定着】と【魔力凝縮】。
ぶっちゃけ剣で戦うような神授職でもお立場でもない。ましてや木刀なんて真っ当に使うはずもないのに、こうしてちゃんと基本から教え始める辺り、実に中宮さんである。
「ほう、こうか?」
「はい。左手の小指と薬指に意識を──」
元巫女様に丁寧に指導する中宮さんを視界に入れつつ、ふと思う。
リーサリット女王は今も【魔力定着】を続けてくれているのだろうか。さっき受け取った手紙に、その辺りも書いてあるかもしれない。
トウモロコシとアウローニヤの大物の登場に驚かされ、そして異世界での百日目の夜は、こうして更けていった。
次回の投稿は明後日(2025/09/11)を予定しています。