第553話 逃げ延びてから
「予定を放棄して即時撤退。それしかないよな」
「反対する人はいないわね? 帰りの経路に『旧魔力部屋』は?」
「もちろん通るさ。そのためにこっちに進んだんだから」
断言する俺に、サメを従えた綿原さんがクラスメイトたちの様子見てから同意する。
三度の攻撃でメーラさんがトウモロコシを倒してすぐに、俺たちは地上への帰還を決定した。
幸いなことにティア様とメーラさんを十二階位にするという依頼は完遂されている。投げ捨てた素材を取りに戻ることもなく、最低限だけのブツと、そしてトウモロコシ五体ぶんの残骸を手にし、俺たちは行動前の最終打ち合わせ中だ。
「わたくしに異はありませんわ。冒険者としての責務を果たしなさいませ」
ティア様の檄をもらい、みんなは頷き合う。
「経路は、こうだ」
「なるほど。楽ができそうだな」
みんなの前でマップを指でなぞれば、田村が珍しく真っ当に納得の表情となった。
新種の魔獣が迫っていると草間に言われた時、真っ先に俺が考えたのは地上へ戻ることだ。そこには逃走も含まれていたけれど、結果としてはなんとかなった。
だからこそ、俺は復路としてこのルートを選択したのだ。接近してきた三体と五体のトウモロコシで数の多い後者を選んだのは、こちらこそ俺たちがここまで踏破してきた経路に当たるから。ただし、一つ目の魔力部屋は避ける予定だ。
要は魔獣が少ないはずで、ついでに魔力を失った魔力部屋もルートに含まれるという形になる。
「最短で戻る。草間、魔力調査は最低限でいいから、むしろ周辺警戒だ。トウモロコシ畑があると思ってくれ」
「わかってるけど、その表現はちょっと」
さっき思い付いたフレーズを口にすれば、草間だけでなくクラスの半分くらいが、げんなりとした顔になってしまった。
これは指揮官として失敗だったかな。やっぱり俺はジョークが下手くそなんだろう。
「いいじゃない。わたし、トウキビ畑を駆け抜けるって憧れてたのよね」
「ハルはやったことあるよ!」
そんな俺を救ってくれたのは、不敵に笑う中宮副委員長と、そこに乗っかる春さんだ。
山士幌にはトウモロコシ畑もある。アニメの一シーンみたいのをリアルでやったのか、春さん。
そういえば小麦畑でも似たようなコトをしたって話も聞いたことがあったっけ。確かその時って──。
「僕も連れてかれて、ひどい目にあったよ。擦り傷だらけになるし、怒られるし」
「ドえらく叱られマシた」
春さんの弟、夏樹は引きずり回される側で、ミアは一緒してたってところかな。
そりゃあバレれば怒られるだろう。
「頼もしいじゃねぇか。経験者がいるってんだ」
「まったくだ。こっちはグラウンドならお手の物なんだけどな」
珍しいことにヤンキーな佩丘が話に加わり、野球小僧な海藤も続く。二人ともがギラギラとした目つきで、口の端を獰猛に釣り上げている。
気づけば場の空気は完全に入れ替わっていた。やってくれるなあ、みんなして。
「俺の負けだよ。認める。下手くそな冗談言って悪かった」
謝罪の言葉を吐く俺は、間違いなくニヤけているのだろう。
「何言ってるの八津くん。迷宮を歩かせたら誰よりも上手でしょ? 冗談はアレだけど、たまにカッコいいこというじゃない」
モチョっと笑顔な綿原さんがとりなしてくれたけど、セリフの最後の方で苦笑いになってるのがなあ。
けどまあ、カッコいいって言ってもらえただけで、俺の胸はバクバクするのだ。
やってやろうじゃないか、ってな。
「行こう。地上を目指すぞ」
「おう!」
俺の声と共に、一年一組プラス二名が動き出す。
◇◇◇
「三のままだね」
「構造も変わっていない。罠も無し」
草間に続き、俺も見た通りを皆に伝える。
辿り着いた『旧魔力部屋』は、さっきのままだった。魔獣もいない。
これについては概ね予想通りだった。魔力さえなければ魔獣が集まる理由が見当たらないような場所だし。
「少しだけ休むか」
「そうですね。助かります」
俺の言葉に聖女な上杉さんが、自身を悪者にしてまで賛同してくれた。結構なハイペースだったからなあ。
撤退を開始してからここまで、魔獣との遭遇は三度。ただし全部スルーだ。逃走ともいう。
内訳はトウモロコシが二回で三角丸太が一回だったけど、傾向としてはよろしくない。トウモロコシの頻度が高いという点がだ。四層で魔獣が増加している現状で、さらにトウモロコシが追加なら最悪だが、ほかの魔獣との入れ替わりだったとしても慣れない相手との戦いは……。
「大活躍だったね」
「ありがと」
メガネおさげの白石さんが栗毛の深山さんに【魔力譲渡】しながら褒め言葉を掛けているが、全く持ってその通りだ。
三角丸太を振り切るのは簡単だけど、トウモロコシではそうもいかない。
そこで活用されたのが深山さんの『氷床』だ。前方から迫るトウモロコシを力業で押しのけたり、ジャンプを搔い潜るなりして置き去りにし、追いかけっこ状態を作り出してから『氷床』。これが二度もハマれば探知外に逃れるまでの時間を稼ぐことができた。
敢えて後方に草間を配置して【気配察知】を使い続けることで、『氷床』を迷宮に消させないという念の入れようだ。
左右前方の警戒については【聴覚強化】持ちの面々が活躍してくれた。そこには新たにティア様も含まれているわけで、トウモロコシとは相性がよろしくない拳士として戦いこそ避けてもらったが、それでも全体のためにと彼女は邪悪に笑って斥候役を請け負ったのだ。
もちろんメーラさんはすぐ傍に配置した。それくらいは気を遣うさ。
「【痛覚軽減】が無かったらヤバかったかもなぁ」
ボヤく田村に皆が頷く。
強引にまかり通った際に、数名が痛覚毒を食らったのだ。都度【解毒】はしたが、【痛覚軽減】が無ければそこで足が鈍って、追いつかれていたのは間違いない。
いろいろと試した結果として見えてきたことだけど、ぶっちゃけトウモロコシは俺たちと相性がいい。
クラスの全員が【痛覚軽減】を持っているという点がひとつ。ティア様とメーラさんには申し訳ないけれど、魔力量に優れた『勇者チート』がここで生きてきた。
ほかにもいくつか挙げることができる。遠距離攻撃の豊富さ、複数のヒーラーと魔力タンクの存在、藤永の【雷術】、深山さんの『氷床』に疋さんのムチなどなど。
前後左右どこからトウモロコシがやってきても、一年一組は好きな方向に進み、逃走することが可能なのだ。
それこそトウモロコシ畑を駆け抜けるかのように、だな。
「迷宮が新しい魔獣を設計するのに魔力を使ったっていうのは、どうかな」
「考えるのに栄養を使った、ってか」
「ひどい例えだけど、言いたいことはその通りかな」
近くから藍城委員長と古韮の会話が聞こえてくる。
どうやら委員長も、この部屋の魔力が減ったこととトウモロコシの出現を関連付けて考えているようだ。
魔獣を生み出すのではなく、設計図を作るのに魔力を消費したって考えは、なるほど頷けるものがある。
「何考えてんだかなあ。迷宮さんよ」
「叩いたら怒られるかもしれないよ?」
座ったままの姿勢でペチペチと床を叩く古韮に、純真な夏樹がツッコミを入れた。
それでもまあ、イケメンオタな古韮が迷宮にモノ申したくなるのもわかるんだ。
ある程度のルールが存在している中で手を変え品を変え、よくもこうして翻弄してくれる。
「どうせ異変を起こすなら、この部屋を山士幌に飛ばしてほしいよな」
「それは楽しそうですわね。そうなれば、今度はわたくしが勇者ですわ!」
「ティア様とメーラさんなら大歓迎ですよ。そんなラノベもあったよな」
古韮のセリフにティア様が食いつき、謎な方向に会話が転がり出した。
日本へようこそ悪役令嬢、ってか。アリだな。
ついでにアウローニヤの女王様とマッドな教授もお誘いしたいところだよ。
◇◇◇
「報告は上がっていない、ですか」
「はい。少なくとも現時点では。昨夜四層に入った国軍からもです」
委員長の確認に対するマクターナさんから出てきた情報は、未だトウモロコシが未知の魔獣であるという内容だ。
地上への階段を登り切った俺たちはそこでティア様たちと別れ、素材受け取りカウンターも風呂もスルーし、とにかくマクターナさんに報告することを優先した。
時刻は午後の二時。さすがに上がりが早過ぎてマクターナさんは驚いていたが、それ以上に俺たち持ち込んだブツは爆弾だ。
マクターナさんの得ている情報によるところ、昨日の夜、四層に挑んだウィル様たちはトウモロコシを見ていないらしい。
それどころか現時点で遭遇したのは俺たちだけということだ。タイミングなのか、それとも発生する区画が限定されているのかは現状で定かではない。
ウィル様たちが昨夜のうちに無事地上に戻ってきているというのは朗報だけどな。
「これが、迷宮で出たってのか」
「新種だって?」
「何十年か前に鯛が増えたって話を聞いたことがあるぞ」
「アイツら、初見の魔獣を倒して持って帰ってきたのかよ」
組合事務所の一階ロビーに置かれたテーブルの上に俺たちが持ち込んだトウモロコシが二体置かれ、たまたまここにいた冒険者たちがザワついている。
手が空いていた組合の職員さんたちも一緒に大騒ぎだ。バスタ顧問まで混じってるし。
「今後どうなるかが、気になるところですね」
そんな騒ぎを他所に一年一組とマクターナさんは、壁際のテーブルの上にあるトウモロコシを見ながら議論中だ。
とはいえ俺たちは前例を知っている。
「アラウド迷宮一層に現れた鮭は、時間を経過して全域に発生するようになりました」
「はい。こちらでも経緯は把握しています」
委員長の言葉にマクターナさんは動じることもなく、アラウド迷宮の状況を把握している態度を隠そうともしない。
実際、アウローニヤの近衛騎士であれ兵士であれ、ちょっと小金を積めば幾らでも情報は得られるのだろう。
アラウド迷宮で発生したシャケは当初こそ一定の区画に発生していたが、その範囲を徐々に広げ、最終的には一層全域で現れる魔獣となった。
となれば、トウモロコシも同じような発生の仕方を辿ると想定すべきだ。委員長が『設計』という表現を使ったのも、そのことを知っていたからこその発想だな。
「……注意喚起では足りませんね。現実に起こりえるものとして、冒険者に布告するよう検討しましょう」
マクターナさんのセリフは、最早決定事項に聞こえるんだよなあ。
いちおう組合の上層部で話し合うのだろうけど、マクターナさんなら押し切りそうな。事実上のトップみたいなモノだったりして。
「ではヤヅさん」
「あ、はい」
「この唐土について、ご教授願えますか?」
マクターナさんのご指名は俺なわけだが、一年一組の内部事情を知っているならこうもなるか。
「少なくはありますが、あちらの皆さんにも聞いてもらいましょう。お願いできますか?」
中央に置かれたテーブルに群がる冒険者と組合職員たちに視線を送るマクターナさんに従い、俺たちは移動する。
荷物こそ下したものの、革鎧は汚れたままなんだけどなあ。
◇◇◇
「十階位の後衛では追いつかれると」
「個人の能力にもよるでしょうけど、たぶん」
「いえいえヤヅ殿の言葉を疑うわけではありませんぞ」
俺の説明を聞いた組合のバスタ顧問が両手を前に出して釈明する。相変わらず大袈裟な人だよな。
十分程度の時間ではあったが、俺はトウモロコシとの戦闘内容や、敵の特徴を思い付く限りで解説した。
急所と思われる個所はもちろん、攻撃手段、挙動、痛覚毒など諸々を。時には俺だけでなく、受けに回った騎士メンバーもトウモロコシの打撃力に言及し、しまいには春さんが実際に宙返りジャンプを披露してみせたり。
春さんって【風術】が使えるにしても、飛距離が七メートル級の宙返りなんてできるんだな。
綿原さんのサメ芸、疋さんの白菜芸にとどまらず、トウモロコシ芸の担当者が生まれてしまった瞬間だ。一年一組は芸人集団かなにかだろうか。
「終盤は新種から逃走したということで、間違いありませんね?」
「え、はい。そうなります」
「なるほど。この区画にはまだ残っている……」
セリフだけなら俺たちを責めているかのような内容だけど、マクターナさんの瞳には覇気が宿っている。ああ、やる気なんだ。
「わたしも一度、対峙しておく必要がありそうですね。今夜にでも」
組合事務職員、マクターナさんの残業が確定した瞬間であった。
この人はどこまでも手を伸ばすんだろうな。ティア様からマクターナさんの事情を聞いた今となっては、この人はこれくらい没頭していた方が救われるんじゃないかと思わなくもない。
なんて、高校一年生の俺が知ったようなコトは口には出さないけど。
◇◇◇
「ところでこの件、国軍には?」
トウモロコシ談義も終盤となり、マクターナさんは観衆を遠ざけてから声を小さくして訊ねてきた。
「ティア様を通じて。実物も渡してあります」
「そうですか。あとで組合と国とで情報を共有することにします」
ティア様とメーラさんにも二体のトウモロコシを渡してある。今頃は侯王様やウィル様の知るところになっているだろう。国のトップクラスが発見者の一人だったのだから、話が早くていいことだ。
それなのに委員長の言葉を聞いたマクターナさんは、何故か苦笑となっている。なんだ?
いや待て。今日って確か──。
「侯王陛下はアウローニヤの外交使節団と面談中のはずです。騒ぎになっていなければいいのですが」
「うわあ」
続くマクターナさんのセリフにクラスメイトたちから悲鳴染みた声が上がる。
頭の中でいろいろなパターンが思い浮かぶが、どれもこれもティア様が突撃するケースばかりだ。しかも相手はあの豪放な合法ロリのベルサリア様。そこには侯王様もいるわけで、怪獣大決戦みたいなことになっていないといいのだけど。
「だ、大丈夫。わたしたちとは無関係だから」
「どっちとも関係あるって思うけど。飛び火してきそうな気がしない?」
震え声で現実逃避をする中宮さんに、サメマスコットを肩に乗せた綿原さんが素で突っ込む。やめてあげなよ。
「とりあえず話も終わりだし、ほら、風呂でも入って落ち着こう──」
「これは、ちょうどいいところに」
動揺する中宮さん救おうと委員長が口を開いたところで、大きな額縁を持った職員さんたちが現れた。
大きな板を二枚運ぶ形になっているので、一枚につき二名が動員されている。四人ともが臨時総会の手伝いで見た顔だ。
「さっき受け取ったばかりなんですよ。掲示するところ、見ていきませんか?」
まだトウモロコシの件を聞いてない様子の職員さんは、魔獣の血で汚れたままでここにいる俺たちに首を傾げながらも、笑顔で提案してくれた。
「ええっと。どうする? 八津、草間」
巨大額縁の正体を知る委員長がこっちに振ってきたけど、どうしたものか。個人的には風呂が先なんだけど。
「僕としては、見届けたいかな」
「草間……、じゃあ俺も」
気恥ずかしそうに草間が俺を見るものだから、イラスト仲間として同意せざるを得ない。
クラスメイトの表情はそれぞれだ。期待の眼差しやら、どうでもいい、とっとと風呂に入りたいって並びか。
「すぐだろ? いいじゃないか。みんなで見てこうぜ」
「へっ、画伯の名画ってか?」
意地の悪い笑顔で海藤がまとめに入れば、田村が鼻を鳴らす。
別行動でもいいんじゃないかと思った俺なんだけど、妙なところで一年一組の結束は固いんだよなあ。
「わたしも立ち会わせてください。この場にいたこと、侯息女殿下には秘密にしておいてくださいね」
「マクターナさん……」
いい笑顔で乗っかってきたマクターナさんに、中宮さんはため息で返した。
◇◇◇
「もう一度、事務所に顔出すか?」
「トウモロコシ、見つかったかなあ」
拠点の談話室でダベりながらも、みんなの口から出てくるのはトウモロコシの話がメインだ。
警備をしてくれていたサメッグ組長は早上がりをしてきた俺たちに驚いていたが、事情を話した途端に表情を真剣なものに変えて、情報提供を願ってきた。もちろん全てを伝えてある。
ダッシュで組に戻って行ったけど、『サメッグ組』は大手だから今日も四層に組員が入っていたらしい。こちらとしては無事を祈るしかない。
俺たちといえば、時刻はまだ六時だけど早めの夕食も終わり、このあと体を動かしてから夜食ってことで、今は絶賛雑談中だ。
「マクターナさん、大丈夫だといいんだけど」
「問題ないさ。組合の最強部隊で行くみたいだし、副組合長まで一緒なんだろ?」
組合は新種の登場で慌ただしい。
俺たちが組合の風呂を上がった時には、すでに俺と草間の巨大イラスト以外に、トウモロコシの情報が暫定という前置きで実物と共に掲示されていた。
ちなみに持ち帰ったトウモロコシは組合に寄贈という形にしてもらい、後日特別貢献が与えられることになっている。現状で値段の付けようがないからだ。
「あれさ、デントコーンだよね」
「ああ。俺もそう思った。迷宮のが同じかどうかは知らんけどな」
トウモロコシの話題が続く中、実家が小麦農家の野来が妙なコトを言い出し、これまた牧場の息子な海藤が同意する。
「デントコーンってなんだ?」
「八津お前、仮にも牧場に住んでんのに、それはマズいだろ」
「単語としてはどこかで聞いたことあるけど」
気になったので質問をしてみれば、海藤からは呆れ果てたといった風な返事が飛んできた。脳内で検索してみたが、単語以上の情報が見当たらない。これって常識なのか?
「僕たちが普段食べてるのはスイートコーン。古韮くんが冗談で言っていたのはポップコーンになる爆裂種。これは知ってるよね?」
「あ、ああ」
農業話になるとガチモードに入る野来が早口でまくし立ててきた。対する俺は引き気味で答える。
俺が爆裂種を知っていたのはラノベ知識だ。異世界に転生した主人公が、現地では価値が薄いとされていた爆裂種をポップコーンとして売り出すってヤツ。所謂知識チートだな。
スイートコーンは、まあわかる。野来の言うように如何にもトウモロコシって感じで齧って食べているのが、たしかそのはずだ。小学生の頃、札幌中心部の公園で食べた記憶が思い浮かぶ。アレは美味かった。
「で、デントコーン。馬歯種っていって、実は世界で一番栽培されているトウモロコシなんだよ」
さらに早口になった野来からもたらされる情報は、果たして必要知識なんだろうか。横で腕組みしてウンウンと頷いている海藤だけど、お前、そういうキャラだったか?
米の時もそうだったけど、なんで小麦農家な野来はこんなのに詳しいんだろう。作物マニアかよ。
「使い道は主に家畜の飼料。そういうことだ」
「あ、そういや餌やり手伝った時、草の中にトウモロコシっぽいのがいろいろ混じってたかも」
「そう。濃厚飼料っていってな、いい牛を育てるには草だけじゃダメなんだよ」
なるほど、海藤とのやり取りでやっと話が見えてきた。牛の餌になるんだ、デントコーンって。
「ほら、ツブの真ん中がヘコんでたでしょ? アレが馬の歯みたいだから馬歯種」
矢継ぎ早に野来の雑学が続く。繰り返すけど必要なのか? この情報。
むしろ組合にこそ教えてあげるべきじゃないだろうか。
「ほかにはコーンスターチ、食用油、バイオエタノールなんかも──」
「お客さんだねぇ~」
語り続ける野来に、疋さんの声が被った。確かに呼び鈴が鳴ったな。
予定にお客さんの来訪なんて無いけれど、一体誰が来たのやら。トラブル方面じゃないことを祈りながら俺たちは立ち上がった。
次回の投稿は明後日(2025/09/09)を予定しています。