第552話 トウモロコシ
前話において、一部修正が入っております。変更内容については前書きに記載してありますので、旧バージョン(1時間程度公開していました)をお読みの方には申し訳ありませんが、ご確認をお願いいたします。
「縦回転、かよ……」
素直な感想が口からこぼれる。
のけぞってからジャンプしたトウモロコシは、空中で縦に一回転して見事に足から着地し、その反動で頭を前方に倒した。
なるほど、俺がさっき見た光景はそのシーンだったということか。しかもうねるように軸まで回転させている。俗に言う伸身宙返り一ひねりってか。
こんなのが微妙にズレた距離とタイミングで五体。
「高さは胴体中央が三・五キュビ。距離は八・五だ!」
反射的に右手を伸ばして【目測】し、性能を調べていく。
一番高いところで約三メートル。跳躍距離は七メートルと少し。迷宮には段差があるので距離や高さは状況次第ってことになるから、あくまで目安として。
高さについては胴体中央で判定したので、地面との隙間は二メートルってところだ。やろうと思えば潜れそうだな。
幾ら茎が太くて頭も大きいとはいえ、牛や丸太に比べれば細身のトウモロコシが、こんなにド派手なアクションをしてくるのだ。そりゃあミアの剛弓や海藤の槍が初見で外れても仕方がない。
四十メートル以上もある広間の長辺での対峙になっているので、二度のジャンプを終えてもまだ二十メートルくらいの余裕はあるのが救いか。ここからなら二度、チャレンジの余地がある。
「誰か。ジャンプの間隔は?」
「三秒から五秒ってとこだなぁ」
俺の問い掛けに前方で大盾を構えるヤンキー佩丘が、こちらには目もくれずに即答してくれた。アイツのことだから、面白くもなさそうに魔獣を睨みつけているんだろう。
「逃げるにしてもギリギリってところか」
「逃げるの?」
「状況次第で」
横に来ていたロリッ娘バッファーの奉谷さんに、俺は無理やり作った笑顔を向ける。
魔獣の行動パターンがジャンプ一辺倒ならば下を潜るとか、もしくは脇を駆け抜ければ距離を取ることも不可能ではない。
けれどもそんな甘い見通しなどしているようでは、話にならないだろう。
俺たちが資料の存在しない新種に出会ったのはこれで二度目。アラウド迷宮一層のシャケと今回だ。
シャケは速さこそ二層のウサギに匹敵していたが、そのぶん攻撃力に欠けた。所詮は一層相当の魔獣でしかない。あの時は数が数だっただけに、後方にいた俺たちまでもが戦うハメになっただけだ。
だが今回は『四層』での新種。当然四層に値する能力を持っているとみるべきだろう。
場合によっては文献に登場するユニークモンスター、特殊個体なんてことも考えられるのだ。五体だからと迂闊には対応できない。魔力の色自体は普通の魔獣と一緒なんだけど……。
なんでトウモロコシがラスボスっぽく登場するんだよ。
「術師は全員で跳躍中を攻撃。白石さんもだ。ミアと海藤は着地直後を狙ってくれ」
まだ距離は残されている。序盤は徹底的に遠距離攻撃しかない。どうせ初見だ。通じるかはわからないけど、【騒術師】の白石さんにも試してもらおう。
「イザって時は盾組、頼んだぞ!」
「おうよ!」
騎士たちからの頼もしい声に励まされた俺は、ヒップバッグから迷宮のしおりを引っ張り出して、余白ページに魔獣のスケッチを始める。
急いでいるのでほとんど落書きレベルだが、一体も倒せずに逃走なんてことになったら、これだって重要な資料になり得るからな。こういう時は【観察】と【視野拡大】が役に立つ。顔を下げずにイラストを描くなんて芸当は、アウローニヤからペルメッダでの旅路で地図を描くために何度もやってきたから慣れたものだ。
見れば隣の奉谷さんも同じようにスケッチ中か。役目柄、視覚系技能を持っていないものだから顔を上げ下げしながらだけど、それでも必死でがんばってくれている。
アラウド迷宮でシャケに遭遇した頃の俺たちとは違うんだ。
迷宮で多くの経験を積み、階位を上げて技能を取った。冒険者を学び、だからこそ、やるべきことをやってやる。
「落ち着け。落ち着け。俺」
口に出して自分に言い聞かせるんだ。
迷宮は意地悪で無理難題を投げつけてくるけれど、ルールを破ったりはしない。
相手はあくまで四層に出てきた魔獣。倒せないはずがないんだ。さっき浮かんだ特殊個体という単語も、ちゃんと頭の片隅に置きつつ魔獣を見据える。
一つの挙動も見逃すものか!
「サメはかすり傷。水は当たらない。音は反応なし。矢はかすったくらいじゃダメか。石は弾かれたけど、動きは邪魔できている。葉っぱが怪しいな──」
つぎつぎとジャンプしてくるトウモロコシに対し、嵐のように放たれたこちらの遠距離攻撃の結果を評価していく。
現状では有効な攻撃にはなっていない。ミアの剛弓か海藤の槍が直撃できれば何とかなりそうな予感はあるのだけど。
「柔らかいってことは、ないか」
嫌だなあ、独り言が多くなっているのが自覚できるのは。
着地を狙った海藤のボールが見事頭部に直撃したが、トウモロコシは少しバランスを崩した程度で再びのけぞる。
頭が二つになって強化されたサメが当たっても、ジャンプ軌道を少し変えることしかできないくらいには、硬い……、というより強靭ってところか。
戦闘が始まってから一分も経っていないが、未だ弱点らしい弱点は見当たらない。滝沢先生と中宮さんが合流してくれたら心強いんだけど。
「深山さん、着地点を狙って『氷床』。場所は俺が指差す。藤永はジャンプ中を狙って『水雷膜』を試してくれ」
「ウン」
「っす」
彼我の距離は十メートルと少し。つぎの跳躍が終われば、そこからは近接戦になる。今のうちに取れる手段は全部試しておかないと。
「そこだっ。直径二キュビの円で」
「『氷床』」
鉛筆を持ったまま指差した先に水が流れ込み、薄っすらと凍り付く。大きさは二・二キュビか。見事だ。【冷徹】を使っているお陰でポヤっとしたままの深山さんに手抜かりは無い。
さすがは『氷結の魔』……、このネタは封印したんだっけ。
「コケたね」
「だな。けど立て直しも早い、か」
結果だけを端的に述べた深山さんはいつも通りに口数が少ない。これで綿原さんとはワリと話す方なんだよなあ。
なんていう俺の感想はさておき、着地したトウモロコシはちゃんと転んでくれた。そこからその場でジタバタというかビチビチと暴れ……、立ち上がるまで三秒ってところか。これもまた行動パターンのひとつとして覚えておかないと。
ヒヨドリには絶大な効果を持つ藤永の『水雷膜』は、うーん、ちょっと効果が薄いかな。一瞬のスタンで着地が怪しくなってはいるけれど、ギリギリで踏みとどまったって感じだ。
「急所って胴体か頭か、どっちかだよな」
「だねっ」
俺の漏らしたセリフに奉谷さんが同意してくれる。正確に意味を把握してくれている辺りは、さすがは我が副官だな。
どうやらスケッチは終わったらしく、今は行動パターンなんかをメモ中か。本当に助かるよ。
迷宮の魔獣は必ず弱点部位を持つ。作為を感じるくらいに、ある程度短剣を突き込めれば、活動を停止させることのできる箇所が。
わかりやすい魔獣もいれば、そうでない場合もある。ただし手足の先とかいう極端な事例は無い。
敵の攻撃パターンは見えてきた。あとは早い段階で急所を把握したいところなんだけど。
そうこうしているうちに、いよいよ戦いは近接戦へと──。
「よいっしょぉ~」
間の抜けた声と共にムチがうねった。
剣と盾の間合いの一歩手前という中途半端な位置に着地したトウモロコシが、再びのけぞろうとしたところで胴体を絡め取られる。
間違いなく【魔力伝導】が通用しているのだろう。これまでよりも動きが鈍くなったトウモロコシの脇に人影が現れた。
絡めたムチを支点にした飛び込み技。またの名を白菜芸。
「あっちゃあ。結構硬いっしょ」
一年一組唯一にして最高の中距離アタッカー、疋さんが手にした短剣を突き込んだのはトウモロコシの頭と胴体の付根部分だ。
しかし一撃で切断とまではいかない。さっき夏樹から神剣を奪っていたのは見えていたけど、アレでもムリか。
疋さんはムキにならず、軽いバックステップで暴れるトウモロコシの葉っぱを避ける。初見の魔獣だけに、どこにどんな毒があるかわかったものではないからな。
ムチを巻き付けたままのヒットアンドアウェイ戦法なんて、彼女だけの芸当だ。
「んじゃあこっちね~」
首と表現するべき場所を刺され体勢を崩したトウモロコシに対し、疋さんは自分から飛び込まずに引っ張り、手繰り寄せる。
「もいっちょっ!」
迎え撃つ形で疋さんが突き出した短剣は、こんどこそトウモロコシの首を……、実の部分を切り落とした。
それでも疋さんは、ムチを巻き付けたまま目の前で崩れ落ちたトウモロコシに注意を払っている。死んだふりをする魔獣なんて五層ですら出現しないと資料にはあるのだけど、それでも彼女は油断していない。
チャラ子なクセして、先生や中宮さんの教えを忘れていない辺りが立派なものだ。
「うん。大丈夫そうかなぁ」
三秒程様子を窺った疋さんは、そこでようやくムチを解く。ちなみに戦闘時間は十秒に満たない程度で、結局トウモロコシは彼女に触れることすらなく倒された。
「そりゃあトウキビもぎるなら、ここっしょ」
「目から鱗だよ。そりゃその通りだ」
さも当然とばかりに言い切る疋さんに、盾を構えて今まさにトウモロコシを受け止めようとしている古韮が感じ入っている。
俺だって高校生にもなったのだ、トウモロコシ畑で実を千切るなんて経験くらいしたことはある。
疋さんはストレートに実践しただけなんだけど、初手でその選択ができるのが彼女の度胸だ。相手に奥の手があったらどうするんだって感じだけど、思い切りがいいよな。
いや、そうであっても対応できるっていう自信か。
召喚当初は談話室の片隅で革紐をペチペチしていた疋さんだけど、ここまで化けるとは思ってなかったよ。
ともあれだ、トウモロコシは倒せる魔獣と確定したことになる。急所は首で、もしかしたら頭をぶっ壊してもイケるって感じだろうか。
こりゃあ今回の戦闘におけるMVPは疋さんで確定だな。
「春さん、回収! 近接戦闘はもうちょい様子見だから、急いで戻ってくれ」
「了解だよっ。ハルがそのまま持ってればいいんだよね?」
「うん。頼んだ」
俺の声掛けとほぼ同時に、これまで戦況を窺っていたスプリンターの春さんが走り出す。
本当なら頭部……、実だけでもいいのだけど、もちろん今回は全部を地上に持ち帰る。新種の貴重なサンプルってヤツだからな。そういう意味でも奇麗に倒してくれた疋さんの功績は大きい。
そして同時に俺と奉谷さんのスケッチがほぼ意味を失ったことも意味する。ここから先生たちと合流して逃げるにしても、そこの残骸だけでも確保すればリアルなブツが手に入るのだから。
まあ、そっちはいいか。動きだってメモってあるんだし。
「うおっ! 結構重たいぞ、これ」
俺が軽く安堵したその瞬間、古韮がトウモロコシの攻撃を大盾で受け止めた。
「まんま頭突きかよ」
その光景を横で見ていた佩丘が嫌そうな顔になっているけど、ある意味わかりやすい攻撃だよなあ。
古韮の眼前に着地したトウモロコシは、再びのけぞってからのジャンプではなく、頭を振り下ろして盾にぶつけた。
攻撃などをみじんも考えずに受けに徹していた古韮が重いと言ったのだ。ほかに攻撃手段があるかは未だ不明だが、形状からしてメインはアレでほぼ確定だろう。
少しずつだけど、トウモロコシの性能が見えてきたぞ。
ついでにつぎの一手も動き始めている。
「草間っ。そこだ!」
「とうっ!」
俺の指差した場所にトウモロコシが着地した直後、草間の短剣が突き出された。狙いはまさに疋さんが示したように、頭の付け根。
忍者な草間の得意技、一度限りのステルスアタックなのだけど、今回は俺の誘導付きだ。
ネタバレすれば俺は草間の【気配遮断】を見ることができる。これもまた【魔力観察】の効果だな。姿が見えなくても魔力の色がそこだけ違うものだから、気付いた時なんて最初は笑ってしまったものだ。
「硬っ。僕、【鋭刃】取ったんだけどさ。って、うわあ!?」
残念ながら首狩りに失敗した草間に暴れるトウモロコシの葉っぱがバサリとぶつかり、アイツは慌てて後退する。顔の一部に浅い切り傷か。あれも攻撃手段ってことになるんだろうな。
ところで草間、さっき十二階位になった時は技能を保留していたのに、ここで【鋭刃】を取ったのか。いい判断だとは思うけど、それでも一撃で決め切れなかったのはトウモロコシが硬いのか、それとも狙いどころがシビアなのか。
どちらにしろ、後衛職の柔らかグループが手出しできる魔獣ではないな。
「あれ? 痛っ。なんだこれ、痛い」
「まさか『痛覚毒』か? 草間ぁ、【痛覚軽減】使え。で、こっち来い」
痛覚毒は魔獣の持つ毒の一種だ。アラウド迷宮であれば四層のレモンなんかが使ってくるけど、アレはレアモンスターだったから草間は初体験かもしれない。ちなみに俺も未経験。【痛覚軽減】である程度は抑え込めるが、そうでなければ確実に動きが悪くなるくらいには痛いらしい。
俺と違って前線で何度か体験している【聖盾師】の田村はすぐに気付いたのか、すかさず草間を呼び寄せた。
「間違いねぇな。痛覚毒だ」
「早く治してよ!」
情報を確定させるためとはいえ、即【解毒】を使わずに【治癒識別】から始めた田村に草間が泣きつく。鬼の所業だ。
「盾で受けるだけならイケる! 葉っぱの毒にだけ気を付けろ!」
古韮の叫びに被せるように、ドン、ガンと大盾を叩く音が広間に響く。ついに彼我の距離がゼロとなり、いつも通りの近接戦が始まった。
四体となった敵に五枚のメイン盾は、受けるだけなら確実に機能している。接近してしまえばジャンプをしない仕様なのか、トウモロコシを床の上に拘束できているのはデカい。
「委員長向きだなぁ。こりゃあ」
「サトウキビでこりごりだよ」
「【痛覚軽減】って最高だよ!」
「まったくだ」
迷宮の魔獣は人を見つければ絶対に攻撃を止めたりはしない。
好き勝手を言っている騎士たちだけど、アイツらがああしてくれている限り、ほかの連中の安全が確保できるんだ。頼んだぞ。
「当面受け続けてくれ。術師と遠距離攻撃を試しまくる!」
「おうっ!」
戦況が安定したのなら情報収集をやっておくべきだ。そろそろ先生たちも来てくれることだろう。
◇◇◇
「遅れました」
「どう? って、何、これ」
それから一分弱で、先生と中宮さんが広間に駆け込んできた。この二人のことだ、あっちの三角丸太の無力化は、聞くまでもなく完了しているはずだ。
「見ての通り、トウモロコシっぽい魔獣です。攻撃手段は頭をぶつけてくるのと、葉っぱに痛覚毒。距離を取ったらジャンプして──」
ひたすら受けに徹してくれている盾組のお陰で、四体の魔獣は健在ではあるものの状況は悪くない。俺は早口でここまで得られたトウモロコシの特徴を、先生と中宮さんにまくしたてた。
「イヤァア!」
そんな中、ミアの矢がのけぞりかけたトウモロコシの頭部に直撃し、突き立つ。だが、トドメには至っていない。アレでもダメなのか。やっぱり実を切り落とすレベルでないと。
トウモロコシの明確な弱点が知れてからというもの、遠隔攻撃、とくにコントロールが効く夏樹の石は頭、綿原さんのサメが首を狙い続けているが、決定打には届いていないのが実情だ。
痛覚毒を持つ相手だけに、超近距離で勝負する先生やティア様には手控えてもらうが、中宮さんならば──。
「雷、やってみるっす」
何故かその声はチャラくても良く通り、効果もまた歴然であった。
ミアがトウモロコシの頭に突き刺した『鉄矢』に【雷術師】の藤永が雷を落としたそれだけで、対象となった魔獣は完全に倒れ込んだ。そこから暴れつつ起き上がるまでの時間は三秒程度だが、これはデカい。
さっきの『水雷膜』はそれ程でもなかったのに、今度はこれか。コンビネーションとして使うことはあるのだけれど、ここまで効果覿面なのは初めてじゃないか?
「芯に通る電流には弱いってことっすかね」
自分でやったことに対し冷静な判定を下す藤永をキャラっぽくないと思う心もあるが、これは明確な攻撃補助手段だ。
「前衛なら誰でもいい。トドメを刺してくれ! ミア、藤永。見せ場だぞ!」
「うおおお!」
ヘッドバンキングのような挙動を繰り返すトウモロコシに、ミアが適切に矢を当て、藤永の雷がスタンを繰り返す。
そこに群がり、時には痛覚毒をもらいつつも、トウモロコシの収穫作業は続いた。
せっかく来てもらってアレなのだけど、先生の出番はどこにもない。
◇◇◇
「すみません。メーラさん、試してみてもらえますか」
「……おやりなさい、メーラ」
「はっ」
俺の言葉に剣呑っぽい視線を向けてきたメーラさんだけど、ティア様の命令にはすかさず答える。
「僕のことは気にせずどうぞ」
「はい」
委員長が一体のトウモロコシのヘイトを取り続け、横合いからメーラさんが切りつけるという作戦だ。
自己解毒が可能な委員長はサトウキビでもトウモロコシでも大活躍の盾役だな。メーラさんの背後には、いつでもサポートできるように田村が控えている。
メーラさんはこの場にいる人間で、唯一の長剣使いだ。つまりは一般的な冒険者と比較できる存在ってことになる。
ウチのクラスだと木刀使いの中宮さんがかろうじてってところだけど、彼女は特殊だからなあ。
当初対峙した五体の討伐は完了している。
今、メーラさんが相手をしようとしているのは、後方からやってきた三体の中の一体だ。
一体はミアの矢と藤永の雷撃で、もう一体は疋さんのムチを経て盾での抑え込みが完了している。そっちは後衛職で【身体強化】持ちが倒せるかを実験中。具体的には綿原さんと笹見さんが、横倒しになって抑えつけられているトウモロコシの茎を神剣でゴリゴリしているところだ。
「【聖術師】が足を引っ張る展開、か」
「それでも【解毒】無しは、話にならないんだよなあ」
そんな光景を見ながらこぼした俺の呟きを古韮が拾った。
実は最初に遭遇した五体のトウモロコシを倒し、俺たちは一度『逃げた』のだ。状態の良いトウモロコシを二体選んで運びながら。
で、隣の部屋まで来ていた三体のトウモロコシとの競走は、ほぼ引き分けに終わった。長々と逃げてほかの魔獣と遭遇するのもアホらしいので、三部屋だけで諦めたのだ。
ウチのクラスで足の遅い部類に入るのは、聖女な上杉さん、歌い手の白石さん、そして冷徹なる深山さんあたりとなる。
どんな部隊であっても、移動速度は足の遅い側に付き合うことになるのは当然だ。バッファーの奉谷さんから【身体補強】をもらって引き分けたのだから、良くて十階位の【聖術師】を連れているのが当たり前の冒険者たちは、ほぼ確実にトウモロコシに追いつかれることになる。
俺たちが逃走を試みたのは、この情報を得るためだった。
「素材を放り出してコレだもんな」
「丸太なんて問題外だろうなあ」
「丸太で殴りつけるかもよ?」
古韮の言葉に、頭の中で丸太を振り回す冒険者たちの姿が思い浮かぶ。結構いい勝負になりそうだな。
「ふっ」
委員長が一歩身を引き、追いすがろうとしたトウモロコシにメーラさんが横から長剣を薙ぐ。狙いはもちろん首だ。
「硬い、ですね。いえ、むしろ柔軟」
剣を振りぬいたメーラさんは、ここまでちゃんとしたお膳立てがあったのに、クリティカルに失敗した。【鋭刃】を持っていないとはいえ、一撃での首狩りはできなかったのだ。
茎の一部に切り傷が入ったトウモロコシは吹き飛ばされてからジャンプの姿勢に入るが、【風術】を併用した野来が素早くそれを阻止する。速い騎士ってこういうシーンで便利だよな。
俺を含めた柔らかグループは挑戦すらしていないが、順番に一発を入れていった面々の感想はメーラさんと一緒だ。曰くゴムみたいだとか。
「冒険者と相性が良くないってことかしら」
「それもひっくるめて地上に持ち帰るさ。あとは判断次第だ」
「そ。八津くんの感想は?」
トウモロコシの首を切り落とすことに成功した綿原さんがサメを伴い俺の横に来て、戦闘を続けるメーラさんに視線を送る。
「それでも逸脱はしていない……、と思う」
目の前で再びメーラさんに切りつけられているトウモロコシは、資料で読んだ特殊個体と呼ばれる魔獣程とは思えない。
プロが振るう長剣ですら、そう簡単に一撃必殺とはいかないのが四層の魔獣だ。トウモロコシはその範疇に入っていると感じる。
「牛とかサトウキビくらいかな」
「それは……、まあ朗報ね」
朗報とは言いつつも、綿原さんはモチャり顔をしていない。たぶん俺と同じことを考えているんだろうなあ。
アレの数が増え続けたらどうなるか。
迷宮でトウモロコシの畑なんて、見たくもない。アレは青空の下だからこそ奇麗なんだ。
次回の投稿は明後日(2025/09/07)を予定しています。