表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤツらは仲間を見捨てない ~道立山士幌高校一年一組が異世界にクラス召喚された場合~  作者: えがおをみせて


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

551/592

第551話 百日目に

 笹見の十二階位達成が二度目だというご指摘があり、その通りでしたので。急遽修正を致しました。

 全体の流れは同一ですが、一部の文章が変更されています。(20025/09/02 18:55)



「日付が変わったよ」


 自分の腕時計をじっと見つめていた藍城(あいしろ)委員長が、ポツリと呟いた。


「百日かあ」


「日数制限で帰還とか、まあ、無いよね」


「もしかしたら召喚された時間になったら、とか」


「二時間目の途中だったから十時くらい?」


「期待はしないでおくよ」


 クラスメイトたちが言うように、もしかしてっていう思いはあったんだ。


 本来なら多くの冒険者が行き来するペルマ迷宮での宿泊は、時間帯をズラすためにも早寝早起きをしておきたい。現状明確な敵対者がいないとはいえ、この前の『ホーシロ隊』みたいのはゴメンだからな。

 それでもこうして遅くまで全員で起きていたのには理由がある。


 百日。そう、アウローニヤの王城、召喚の間に俺たちが出現してから今日で百日目だ。


 すでに昨日となったジンギスカンは、新兵器と共に故郷の料理を『サメッグ組』に自慢したいというのもあったけど、もうひとつ小さな思惑が存在していた。

 何となくの願掛け。アウローニヤではクーデターの前日にトンカツが出されたが、今回はジンギスカン鍋ができたタイミングもあって、そうしたっていうだけのことだ。



「あらあら、そんなコトが起きたなら、わたくしとメーラが二人きりで迷宮に残されてしまいますわね」


「わたしたちと迷宮を一緒していたら、いつもそういうことになるわよ?」


 発言の内容とは裏腹に、ティア様の口調は気軽い。悪役令嬢の友たる中宮(なかみや)さんの受け答えもまた同様だ。

 中宮さん自身がそんな都合のいいタイマーなんて信じてもいなかったんだろう。


「そうなった時は、わたくしとメーラで力を合わせ、這ってでも地上に戻りますわ」


 邪悪に微笑むティア様からは微塵の怯みも感じない。さっきの激励もそうだったけど、この人は基本的に獰猛な方向でポジティブなのだ。


「そして、祝いましょう。勇者たちの帰還と、それを見届けた者としてですわ。アウローニヤの女王陛下に書簡を送らなければいけませんわね」


 で、こうくる。いちいち演技掛かっているけれど、それがサマになっているのが悪役令嬢という存在なんだよなあ。



「そろそろ就寝よ。明日は三刻に起床で三刻半から行動開始」


 小さく手を打ち鳴らした迷宮委員の綿原(わたはら)さんが、クラスメイトたちの輪の外周にサメをひと泳ぎさせた。


 六時間弱を二交代。一人三時間の就寝ではあるが、八十日も使い続けてきた【睡眠】は熟練を重ね、その効果もあってか苦でもない。


「わたくしは早番ですわね」


 ティア様は【睡眠】を持たないが、迷宮で眠ることができてしまう強心臓の持ち主だ。余裕綽々で午前三時から就寝を予定している。


「半刻で必ず起こしてください」


「もちろん。約束するね!」


 そして先日【睡眠】を取得したメーラさんは、ティア様と御使い奉谷(ほうたに)さんの説得により、一時間だけ休むことにになったらしい。もちろん俺はノータッチ案件だ。

 タイミングはもちろんティア様が起きている時間帯。そのあいだは中宮さんと滝沢(たきざわ)先生による悪役令嬢絶対警護が約束されている。



「じゃあ草間(くさま)、あとよろしく」


「うん。八津(やづ)くんは【安眠】だね」


 こういう交代制だと俺とはほぼ一緒にならない草間に声を掛けて、足早に自分の寝床に向かう。

 なにせ【安眠】って単語が耳に入ったのか、ミアがこっちを見てキラキラした瞳になっているからだ。ミアがそのモードに入ると自動的に綿原さん煽りになるんだよ。


「じゃあお休み」


「ああ、消えんじゃねえぞ」


 隣ですでに横になっていた田村(たむら)の笑えない冗談を聞き流しつつ、俺は普段よりもちょっとだけ特別な就寝時間を迎えたのだ。



 ◇◇◇



「十二階位ですわっ!」


 ティア様がレベルアップを宣言した。ついにである。


 召喚百日目の迷宮探索を開始してから一時間。四層で二度目となる戦闘がちょうど終わったところだ。

 敵は白菜が五体で、草間とティア様によるトドメの同時並行作業中の出来事である。草間、残念。


「この短剣、扱いやすいですわね!」


「八津のお手柄だね」


 五層素材の短剣を手にティア様が邪悪に笑い、そこに茶々を入れたのは陸上女子な(はる)さんだ。

 な? あの時武器をねだったのって、いい判断だったろ?


 前衛職で【剛力】持ちのティア様が、五層素材の新装備『エクスカリバー』を使えば、白菜などはサクサクである。

 芋煮会なんか全く必要としていないので、戦闘がスムーズに進んでくれるのが助かるよ。


「中々の切れ味でしたわ。誰に渡せばいいのですの?」


白石(しらいし)さんでお願いします」


「わかりましたわ。アオイ」


「あ、はい」


 しげしげと短剣を見つめていたティア様は俺の指示に素直に従い、メガネおさげな白石さんに短剣を手渡す。


『赤組』のビスアード組長から譲り受けた五層素材の短剣は三本。今回の戦闘では、ティア様と草間が使っていた。もう一本は夏樹(なつき)が持っていたけど、今回は見物係。

 十二階位が多数派になったので、ここからは後衛専用武器みたいな感じになる。ただし草間を除くけど。


 侯爵家の宝物庫なら五層や六層素材の短剣とかが眠っていそうだけど、ティア様はあくまで一般的な冒険者装備で迷宮に挑んでいる。派手な色をした革鎧姿ではあるものの、素材自体は四層のものだ。

 それが侯爵家の教育方針であることと、俺たちに希少な短剣を貸し出すのは冒険者としての体裁がなあ。逆パターンはアリっていうのが、依頼した側とされた側の差ってところか。


 ちなみに『エクスカリバー』以外の残り二本の名は『アメノムラクモ』と『カンショウ・バクヤ』。和洋中のやりたい放題である。ネットで噂に聞くイギリス料理については気にしないでおこう。

 ここから三十本くらい増えても、俺たち高校一年生にかかればこの手のネーミングに困ることはない。何しろ有志メンバーで紙に書きこんだのをくじ引きして決めたくらいには候補があったのだ。危うく三本とも『エクスカリバー』になりかけたけどな。

 こういうバカを忘れないのが一年一組の良いところだと俺は思うよ。


 名前を付けてまで愛用しているんだぞと、機会があったら『赤組』にはアピールしておきたい。



「ここからは小型は芋煮会。中型は全部草間で、大型は任意ってことで。ティア様とメーラさんは補助に回ってください」


 広間の全員に聞こえるように声を大きくした俺は、今後の大雑把な方針を皆に伝える。


 この時点でティア様とメーラさんからの依頼は達成された。

 ここから先は一年一組のレベリングが最優先となる。以前十二階位になったら戦力として使えと言ってきた以上、ティア様たちにもちゃんと働いてもらおうじゃないか。


「おほほほほっ! このわたくしの助力を請うとは、コウシも随分と偉くなったものですわね」


 なんていう俺の想定は、悪役令嬢の高笑いで打ち消される。階位が上がってテンションもアガっているのはわかるけど、いつにも増して上機嫌だな。


「ということで、わたくし【聴覚強化】を取りましたわ!」


 その発言には、さすがに全員が動きを止めた。素材回収を主に担当している、あのヤンキー佩丘(はきおか)までもが唖然として仁王立ちするティア様を見上げている。


「ティアさん……」


「あら、わたくし、自らの戦力強化と考えていましてよ? わずかな音を聞き逃さないのもまた、武術ではなくって?」


「……そうですね。その通りです」


 昨夜の論争で取りざたされた【聴覚強化】を、ティア様が取った、のか。そうか、ティア様……。


 これには滝沢(たきざわ)先生が率先して問いただす権利もあるだろうけれども、ティア様の返事は真っ当でしかない。

 恐るべきは悪役令嬢だ。先生の思惑の上を行くとは。


「さてさて。コウシはわたくしを使いこなせますかしら?」


「……ティア様は中宮さんと並んで前方警戒に注力です。なるべく【聴覚強化】を使うようにして、中宮さんと答え合わせをしながら、魔獣の音を判別できるようになってください。メーラさんは直掩で」


「了解いたしましたわ!」


 できるだけティア様のお好みに合うような指示を出してはおいたけど、ダメだな。自然の頬が緩んでいるのが自覚できる。

 一年一組の二十二人に、二名が追加されてしまっているじゃないか。しかも、明確な戦力としてだ。


「十一階位も残り少ない。俺も十二階位になったら【身体操作】が取れて嬉しいんだ。頼んだぞ!」


「おう!」


 召喚されてから百日。さらにパワーアップした一年一組と愉快な仲間が迷宮二日目を行く。

 幸い魔獣には事欠かない。精々狩りまくってやるとしよう。



 ◇◇◇



「三、だね」


「え?」


 メガネ忍者な草間の言葉に、思わず声が出てしまった。


「白石さん、ここ、魔力部屋だったはずだよな?」


「うん。数値にはなってないけど……」


 慌てて書記の白石さんに確認すれば、答えは俺の見ているマップと一緒だった。


 草間の魔力量判定に疑いを掛けているわけじゃない。それでもこの部屋は、組合が魔力部屋だと公表していたはずである。

 どっちかが間違っていたとするならば、俺は草間を信用するだろう。


 だけど、どちらも本当だったとしたら──。


「全員、警戒を最大だ! 罠は無し。この部屋を完全に確認しよう」


「おうっ!」


 裏返った声で出した俺の指示に、全員が緊張のこもった返事をしてくれた。


 騎士とアタッカーたちが三組にわかれて扉に向かって立ちふさがる。わきまえてくれているのか、ティア様とメーラさんは俺や白石さんの近く、広間の中央に待機してくれた。


 ここは以前フィスカーさんたち『黒剣隊』がトラブった時に見つけた新区画に当たる。組合が調査を完全に終え、先日から冒険者に開放されていて、三日前にはそれこそ『オース組』が使っていたはずだ。

 魔力部屋も二か所見つかっていて美味しい狩場だろうと思っていたし、事実一つ目の部屋で遭遇した牛を倒しきったことで草間が念願の十二階位を達成している。ちなみに技能は保留。



「構造は……、変わっていない。大きさも組合の地図が合っていたなら、たぶん」


 急いで【観察】と【目測】、加えて【魔力観察】を使うが、取り立てて何かが見つかることはない。壁や天井にも異変はなさそうだ。もちろん魔獣の影も無い。

 扉の数は三つで、位置もマップの通り。部屋の形に違和感なども感じられなかった。


「異常は見当たらない……。どうしてだ」


 俺の結論を聞いたクラスメイトたちは、警戒を解かずにそっと息を吐く。


「どういう意味ですの?」


「俺たちはアラウド迷宮で二度、明確に魔力が減った部屋を見たことがあります」


 素直に疑問をぶつけてきたティア様に、俺は正直に答える。


「その二回ともで、新しい扉が生まれたんです」


「迷宮が育った……。そもそもこの区画自体がその結果でしたわね」


「はい。なのに、この部屋は構造を変えていない」


 続けた説明で、ティア様は俺の困惑を理解してくれたようだ。


 一年一組が経験した二度の魔力減少現象。一度は一層でシャケ、二度目は三層で珪砂部屋の発見。けれどもここは、何も変わっていない。

 それが異常……、というより異様なんだ。


 少々の魔獣の発生や吸収で広間の魔力が大きく変動しないことを俺たちは知っている。ならば、ここはなんだ? 何が起きた?



「大量の魔獣が生まれて、どこかに移動したってのは、どうだ?」


「同感だよ。直ぐに思い付くのはそのあたりかな」


 一瞬の沈黙を破ったのは、らしくもなく難しい顔をした古韮(ふるにら)だ。そこに委員長が続く。


「まさか、群れ?」


「ここで魔力を大きく減らすくらいの魔獣が湧いたとして、一斉に移動ってありえるのか?」


「種類が揃ってて、ほかに魔力部屋ができてたら……、あるのかな」


 おのおのが扉に視線を送りつつ、自分なりの疑問や意見を並べている。こういうところは、さすが一年一組だ。


「初見の場所だ。実は部屋が広くなってたとか、ねえか?」


「それならそれで穏便っしょ。アタシはそれがいいかなぁ」


 田村の意見も可能性としてはアリだな。疋さんがそれに乗っかる気持ちもわかるよ。

 是非ともそうであってほしい考えではあるけれど、証明しようがないのがなあ。


 俺たちは組合から受け取ったマップに、なるべくサイズを記入するようにしている。

 ロープを使った計測こそとっくに止めてしまったものの、俺の【目測】ならそれ程時間は必要としない。緊急事態で駆け抜けるような場合は素直に諦めているので、ワリと歯抜けではあるんだけどな。


「天井が高くなったとか、面白いかも」


「柱が太くなってても、絶対わかんないよね」


 おいおい、確かにそっち方面だったら大助かりだけど、楽観は……、大丈夫そうか。ここで気を抜くような一年一組ではない。

 アラウド迷宮で十一、ペルマでは六度目。積み重ねてきた迷宮での経験は、油断なんて単語が入り込む余地が無いほどに分厚くなっている。


 バカを言ったり笑い合っても、俺たちは迷宮を甘くは見ない。


「魔力の量は相変わらず。魔獣も来てないよ」


「こっちの扉から音は……、大丈夫ね」


「アタシんトコもなんも聞こえないっしょ」


 軽い口調で会話をしつつも、みんなはやるべきことを続けてくれている。俺に言われるまでもなくって辺りが、個人的には痛快だ。


「魔獣の影も、罠も現れたりはしてない。今のところは、だけどな」


 もちろん俺も周囲【観察】し続け、ときおり【魔力観察】で魔力の色を探っている。



「相変わらずあなた方は愉快ですわね」


 そしてメーラさんを横に控えさせたティア様は余裕綽々のご様子だ。この状況でそんな態度ができる悪役令嬢様だって、十分に愉快だと思う。


「コウシ。方針はどうなさるの?」


「……とりあえず、もう少しだけ様子を見てから移動ですね」


「この場を去るのですの?」


「何かが起きるのだとしても、俺たちがここにいたら、迷宮が手控えると思うので」


 ティア様の追及に俺は肩を竦める。ここが魔力部屋のままなら魔獣を待ち受けるっていう手もあるけど、むしろ周囲より低くなってしまっている現状ではそれも望めない。

 ちゃっちゃと移動して経験値稼ぎに勤しむべきだろう。


「だなあ」


「逆に魔獣も寄ってこないでしょ、ここ」


「帰り道で確認しないとだね」


 クラスメイトたちも移動には乗り気だ。

 俺たちがいなくなったあとでこの部屋が変化する可能性は低いだろうけど、迷宮が何をしてくるかなんてわからないし、確かにあとで確認は必要だな。ルートを設定し直さないと。


 異常事態ではあるものの、目に見えた何かがあるわけでもないし、クラスメイトの雰囲気も即地上って感じでもない。

 カッコいい冒険者を目指しているオタメンバーこそが、むしろ周辺探索に乗り気なくらいだ。


「モンスターハウスになってたりしてね」


 ところで夏樹、明るく不吉なコトは言わないでくれ。



 ◇◇◇



「なんか来てる! 五体くらい! こっちは三体、かな。中型だと思うけど……、なんだこれ!?」


 後方警戒に就いていた草間が叫ぶ。だけどアイツらしくない。声に焦りがあるし、なにより魔獣の特定ができていないことがおかしい。

 困惑の表情を浮かべた草間は、顔を青ざめさせて俺を見ながら首を振る。本当にわからないってことかよ。


 それだけでもかなりの異常事態だけど、タイミングが悪すぎる。

 何しろ俺たちは現在三体の三角丸太と戦闘中で、この部屋にある扉は三つ。一つは丸太を一体ずつ引き入れる俺たち得意の戦法だけど、まだ一体目の処理中だ。

 それなのに、残り二つの扉から魔獣が来るのはマズい。それが正体不明っていうのは最悪じゃないか!


「詳細だ。草間っ!」


「両方とも二部屋先まで来てる。速さは牛よりちょっと遅いくらい。ってか、たぶんジャンプしてる!」


 未知の魔獣に対し【気配察知】をオンにし続けていたのだろう草間は、俺の問いにすぐさま情報をくれた。


 丸太との戦闘を先に終わらせるっていうのは……、間に合わないか。かといってここで受け止めるのはお話にならない。

 ならばどっちを選ぶかだ。


「五体の方に走る!」


 素早くマップを再確認し、扉を指差しながら俺は叫んだ。


 数の多い方を選択したのは経路の関係でしかない。こっちの方がここからの展開でマシな状況を作りやすいから。

 くそっ、魔獣の性能が不明なだけで、ここまで判断が厄介になるとは。


「奉谷さん、柔らか組にできるだけ【身体補強】。先生と中宮さんは横倒しになるまで丸太の足を削ってくれ。速攻で手放せる素材は全部放棄!」


「おうっ!」


 矢継ぎ早に口にした俺の指示にみんなが応え、ドサドサと革袋を落としていく音が広間に響く。


「あぁぁぁい!」


「しゅえあっ!」


「遠距離組と騎士は先行して走れ! 敵が見え次第、全力射撃! 草間、姿消してくれ!」


 先生と中宮さんの奇声を背に、俺はミアに剛弓を投げつける。


「神剣クリティカル、期待してるぞ」


「うんっ」


 ミアを先頭に、先生と中宮さん以外の全員が隊列も整える間もなく走り出した。


「ティア様とメーラさんは俺と一緒に移動です。ごめんなさい」


「わかっていますわ」


 ダッシュしかけていたティア様に声を掛け、足を緩めてもらう。いくら戦力カウントしているとはいえ、この国のお姫様を未知の魔獣と最前線で対峙させるのは、さすがにマズい。


「コウシ。全力で走りなさいませ!」


「はいっ!」


 今できる全力疾走で、俺は迷宮を駆け抜ける。



 ◇◇◇



唐土(もろこし)?」


「トウモロコシか、これ」


「トウキビ?」


 ティア様と俺、白石さんの声が被った。


 先行組に遅れること十秒程度で俺が飛び込んだ隣の部屋では、すでに戦闘は開始されていた。それでもまだ近接戦には及んでいない。


 たぶん一度目の射撃が終わった直後だろう。ミアの矢と海藤(かいとう)の槍が地面に落ちているのが見える。当たらなかったか。

 綿原さんのサメと笹見さんの熱水球が飛び交っているが、動きには戸惑いがある。どうなっているんだ? 草間の姿は見当たらないし。


 それ以外の面々は、一年一組の基本となる騎士を前に並べた陣形で距離を取っている。少なくとも防御面では問題なさそうか。


「来たか。すまん、アレに当てる自信がない。ボールに切り替える」


「わたしも普通の弓に戻しマス」


「ああ。自分の判断でやってくれ」


 俺に遅れて部屋に飛び込んできた夏樹の石も攻撃に加わるが、あくまで牽制に留まっている。

 海藤とミアが高火力を捨てると言ってきた意味もわかるよ。アレを狙うのは大変そうだ。


 この世界には『唐土』と呼ばれるトウモロコシが存在している。なぜ異世界で『唐』なんていうのは今更だ。フィルド語翻訳がそういう字を当てているだけでしかないので、そこはどうでもいい。

 とにかくだ。広間の反対側にいる魔獣は、トウモロコシに確かに似ている。


 ただし迷宮の魔獣らしく違和感は満載だ。


 太い茎の下部には笹のような巨大な葉っぱが四枚、足として使われている。茎にも数枚。そしてトウモロコシがトウモロコシである最大の特徴、部位の名称は知らないが食べる部分のアレ。俺の記憶では茎の横に数個のはずなのに、てっぺんに大ぶりのが一個しかない。


 仮に頭ということにして、緑の葉に包まれた内側にはちゃんと黄色いツブが奇麗に並んでいて、ご丁寧に一番上からヒゲまではやしているけれど、縦に三つの目玉があるんだよなあ。


 全体の背丈は二メートルを超えたくらい。そのうち頭が四十センチってところか。今はつんのめるように前傾している。

 そこからソイツが大きくのけぞった。



「コレで爆裂種だったら、異世界ポップコーン無双だなっ!」


 頬に汗を浮かべる古韮(ふるにら)の軽口が頼もしいよ。


 迷宮で避けることのできないヤバい事態はいつくもあるが、今回のは飛び切りだ。

 俺たちにとっては二度目となる、未知の魔獣との遭遇。


「来るぞ!」


 海藤の叫びに合わせたかのように、のけぞった反動を使い『トウモロコシ』が跳躍する。


 この日ペルマ迷宮に、新種の魔獣が登場した。



 所要のため次回の投稿は三日後(2025/09/05)を予定しています。申し訳ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 火魔法で炙ったらポップコーンになりましたは、マジで怖いな。  なにせ地球のみたく柔らかくなって飛び散るんじゃないのだろうと、予測できるから。  どうせ爆発して、銃弾以上の速度でかっ飛ぶ全方位ショット…
世界の名剣大集合してるの好き。アメノムラクモで草刈りしたい( 新種のもろこし魔物がなんか、ロボもののアニメで最終的に出てくる「人間を全滅させるために稼働する無人機」みたいなシルエットしてそう。
おおおう!新種!とんもろこし! 馬歯種じゃないことを祈る☆
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ