表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤツらは仲間を見捨てない ~道立山士幌高校一年一組が異世界にクラス召喚された場合~  作者: えがおをみせて


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

550/592

第550話 迷宮で怪談



「さて、今日もいろいろあったけど、どのあたりからにしよう」


 ウィル様たちが四層に向かい、定番の二十四人となったところで藍城(あいしろ)委員長が切り出した。


 屋台セットの片づけも終わり、広間の壁際には明日用の食材と俺たちの荷物が並べられている。布団もすでに設置完了。

 周囲への警戒こそ怠ってはいないが、クラスメイトたちとティア様、メーラさんは雑然とした輪となり、まったりとオレンジ色な炭火キャンプファイヤーを眺めているところだ。


 ドタバタとした迷宮泊の一日目が、ようやく終わろうとしている。


「俺からいいかぁ?」


「どうぞ」


 皮肉屋な田村(たむら)が手も上げず、どちらかといえばダラっとした感じで口を開き、委員長が先を促す。


 迷宮内ではあるものの、こういう話し合いの時間ともなれば、自然と委員長が仕切る側になる。たまには綿原(わたはら)さんが司会っぽいこともするけれど、このあたりは場の雰囲気次第だ。


「丸太戦法だ。ありゃあ微妙じゃないか?」


「初挑戦だったし、僕自身としてもまあ、成功だったとは思っていないよ」


 丸太戦法の肝は丸太の設置だ。神授職がバラけているウチのクラスの場合、必然的に騎士職が担当することになる。

 田村の直截な物言いに対し、当事者の委員長は肩を竦めつつも素直にミスを認めた。


 同じく担当者となったヤンキーな佩丘(はきおか)などは、ダメ出ししてきた田村に反発しそうなものだが、顔をしかめつつ無言を保っている。寡黙な馬那(まな)は当然として、普段は軽いノリをしている古韮(ふるにら)まで、この話題になってからは難しい表情だ。

 自分たちでも上手くやれていないという認識なんだろう。


 ちなみに動き回るのが役どころの文系オタな野来(のき)は、丸太戦法には参加していない。


「けどまぁ、捨てるには惜しいよなあ。手数は多い方がいいに決まってるしよ」


「田村、お前なあ」


 会話の流れからして否定派だと思っていた田村が手のひらを返したところで、さすがに古韮がツッコミを入れる。そういえば古韮は丸太戦法に反対の側だったか。


「やる、やらないの最初の判断と、置く場所の指示は八津(やづ)だな」


「あ、ああ」


「で、どうせ俺は騎士のうしろが定位置だ。微調整とかは俺が近くで判断するさ。八津も見えてんだろうから、その都度声掛けろや」


 流れるように役割分担を並べていく田村に、俺は頷くばかりだ。コイツ、たぶんずっと考えていたんだろうな。

 作戦の実行判断と大雑把な位置は俺で、現場指示は田村、そこから二人で微調整か。悪くはない。


「それと、俺も丸太を担ぐ。【身体操作】の熟練稼ぎになりそうだしよ」


 そして一年一組名物、言い出しっぺの法則が発動だ。田村は自分で丸太を扱うとまで言い出した。

 だが、そこは田村だ。俺をチラ見してから【身体操作】って単語を持ち出す。ちくしょうめ。


「どうせ荷運びの練習だってしなきゃなんねえんだ。精々やってやるさ」


「運ぶ丸太、残ってないけどね」


「うるせえ。やる気の問題なんだよ、こういうのは」


 真っ当に混ぜっ返す野来に、心底嫌そうな顔をした田村が吐き捨てる。俺たちが四層で狩ってきた丸太は、『サメッグ組』が全部地上に運んでしまったからなあ。

 こうして線の細い文系オタな野来が、ブスくれ毒舌な田村に気安くツッコミを入れてしまうあたりがウチのクラスらしい。中学時代の教室なら、絶対に関わり合わないを持たなそうなキャラ同士なんだけど。


「丸太の話はこんなもんでいいだろ?」


「僕からは……、そうだね。地上で丸太の取り回しの練習時間を作ってもいいかなってくらいかな」


 面白くなさそうな表情のまま、田村はこの話題を打ち切りに掛かった。話を振られた委員長が半笑いで自分の意見を付け加える。


「田村くんが丸太委員ってことだね!」


「それ採用っしょ」


 屈託のないロリッ娘な奉谷(ほうたに)さんによる謎な命名にチャラ子な(ひき)さんが乗っかれば、みんなのムードはそっちに偏る。意地の悪いみんなの笑みが田村に集中した。



「もうそれでいいさ。で、八津」


 さすがの田村も奉谷・疋コンビには勝てる気はしなかったらしい。面倒臭そうに認めて、そして俺に振ってくる。


 了解しているさ。


「迷宮が瀕死の牛を吸収した現象について、話し合っておきたい」


 この話題は俺から切り出す必要がある。

 何しろ唯一起きたことを確認できているのが俺で、それによってダメージを食らい、みんなに迷惑を掛けたのだ。そんな俺だからこそ、口火を切らなきゃならない。


「俺は問題ない。だからみんなは気遣いなんてせず、自由な言葉を使ってくれ」


「八津くん。本当なのよね?」


「もちろんだ。ヤバいと感じたら正直にそう言うから」


「……そ」


 心配してくれる綿原さんには申し訳ないが、俺のためにみんなが単語を選んだりしたら、話が回りくどくなったり、ヘタをしたら意味を捉え違える可能性だってあるから。

 だから俺はサメをしんなりさせている綿原さんの目を見て、敢えて気安く言い切った。


「あらあら、事情を知らないわたくしが言ってはならない言葉を吐くかもしれませんわよ?」


「ティア様……。みんな、いいかな?」


 唐突に投げかけられた実にティア様らしい発言には、クラスメイトたちも慣れたものだ。

 すでにこの程度の言葉で憤ってしまう者などいない。本人の興味もあるのかもしれないが、むしろこれはティア様なりの気遣いとすら思えるくらいに。


 ならばと俺がみんなに確認をすれば、全員がそれぞれに頷いてくれた。ゴーサインは受け取ったよ。


「どんな状況で何者が、までは言えません。俺はアラウド迷宮で人が吸われているのを見たことがあるんです」


「……そんなところですわよね。牛が消えたのに驚きながら、すぐに【魔力観察】ですもの。それとナギの態度。察しもつきますわ」


 全くこの悪役令嬢様は、こういうところで観察力が高いんだ。


「もちろん他言は致しませんわ。どんどん秘密が増えていきますわね」


 どうしてそこで邪悪に笑うのやら。人となりを知らない者が見たら、脅しに使う気にしか感じられないぞ?



 ◇◇◇



「要点は二つ。一つ目は目を離した魔獣が吸収されるのを防げるのかだけど、こっちは簡単だな」


 ティア様とのやり取りを終えた俺は、一本指を立ててメガネ忍者な草間(くさま)に視線を送る。


「【気配察知】を使い続ければいいんだね」


「そうだ。何なら検証してもいいんだけど、時間も必要になるし、ここは階位上げを優先したいよなあ」


 草間の即答を聞いてから俺は周囲を見渡す。うん、全員が納得してくれているようだ。


 これまでの経験で、俺たちは【気配察知】に魔獣の発生を阻害するという特性があることを知っている。ならば逆はどうなのか。これはそういう話だ。

 検証は簡単だ。今日の牛消失事件は隣接した部屋で発生した。ならば似たような状況を作り、草間が【気配察知】を使い続ければ……、一時間くらいで十分だろう。


 足を全部切り飛ばして動けなくなった魔獣を一体放置か。実験光景を脳内で描いてみるが、我ながら血生臭い行為にも慣れたと思う。

 アウローニヤでネズミの死骸に短剣で突撃していた頃とは大違いだな。


「ほかに思い付いた可能性は【聴覚強化】かな」


「耳の届く範囲ならってか」


「視界内では起きないんだから、音だってあり得るだろ?」


「まあなあ」


 続く俺の言葉に古韮が合いの手を入れてくれた。そうそう、そういうことだ。


 魔獣の存在を探る手段は【気配察知】だけではない。

【遠視】や【視野拡大】で視界内に収まった場合、迷宮は行動を起こさないのは確定している。ならば【聴覚強化】で強化された耳による音はどうなのか。



「もちろんこの件については後回しでいいと思う。余裕のある時に取りこぼしはしたくないけど、この先を考えたら──」


「群れになったらそんなこと言っていられないものね」


 俺の出した結論に二匹のダブルヘッドなサメを浮かばせた綿原さんが合わせてくれた。さっきまで赤紫だったサメは、スプラッタモードから白へとチェンジを終えている。


 とはいえこのあとでする話はちょっとホラーになるんだけどな。


「何より安全第一だ」


 大怪我をしたことのある馬那の言葉は重たい。俺としてはお前が無茶する方が心配なくらいなんだぞ?


 さて、おおよそ場の空気はまとまったかな。


「検証はするかもしれないけれど、やるなら三層で十分だ。四層では魔力の無駄遣いはしないってことで。いいかな?」


「はーい!」


 俺の出した結論にみんなが緩く唱和してくれる。こういう軽いノリは俺も大好きだ。


 魔獣の発生ならばまだしも、消失の方でムキになる必要はない。武装を残したままとかならマズいかもだけど、それにしたって、補充が利くのだし。


 さて、問題はここからだ。



 ◇◇◇



「で、もう一つの方なんだけど──」


 本当ならこんなコトは話題にしたくないけれど、仕方ない。ここからの話については、クラスメイトの中には田村を筆頭に、たぶん半分以上は気付いている。俺が切り出さなければ、委員長あたりが絶対に議題として持ち出すはずだ。

 たとえネガティブなコトであっても意識を共有しておくのがウチのやり方だからな。


 だからこそ俺だ。何しろ俺は指揮官で、『斥候』に指示を出す側なのだから。


「生きてる人間は……、どうなのか。たとえば怪我をして、単独行動とかになった場合」


 思い切って口にした俺の言葉を聞いた皆が、どこか表情をこわばらせて黙り込む。


 俺たちが想定していたのは、迷宮内で全滅したら、ほぼ間違いなく吸われるだろうというところまでだ。人数に関係なく、その場から生存者がいなくなれば、装備ごと……。

 思い出したくもないアウローニヤの近衛騎士総長の最期を見た俺は、何となくそう思い込んでいた。そう信じなければ、単独の斥候なんて出せやしない。


 そんな大前提を崩したのが、さっきの出来事がもたらした本当の意義だ。素材や経験値が惜しいなんていうのは、オマケでしかない。



「ハルはワリと平気かなっ!」


 重たくなりかけた空気の中、頭のうしろで腕を組んだ陸上女子の(はる)さんが、笑顔で言い切った。

 クラスの中でもミアと並んでポジティブ思考というか、お気楽度が強い彼女だけど、この話題でそんな顔をできる胆力が凄いよ。ムリをしていないといいのだけど。


 一年一組のメンバーで単独行動を取ることが多いのは、春さん、疋さん、そして何より草間の三人だ。

 その中でも、足のある春さんと【気配遮断】持ちの草間はトレインや偵察で大活躍してくれている。


「アタシはそんなに遠出しないしぃ、お化けとか信用してないタイプだしぃ~」


 春さんのノリに乗っかったのか、疋さんもまた軽い調子だ。

 迷宮と幽霊はあんまり関係ないとは思うけど、こういうところで空気を読んでくるんだよな。


「わたしも問題ないわよ。イザとなったら使ってちょうだい」


 凛とした声で自己主張をしてきたのは、これまた【聴覚強化】持ちで、たまに斥候を手伝ってくれる副委員長の中宮(なかみや)さん。

 彼女には圧倒的な武力があるものだから、護衛とかならまだしも本隊から単独で切り離すことは少ないのだけど、やる気は十分に見える。ただ、無茶をしてしまうタイプでもあるから、そこだけが気掛かりだ。


「元々僕なんて、一人の時は【気配遮断】と【気配察知】を使いっぱなしだからね。吸われるなんて考えたことも……、これ以上はやめとくよ。本気で怖くなりそうだし」


 そして本命中の本命は、何んとも中途半端だな。ノリに任せてメガネを光らせながら自信満々で来るかと思えば、草間はちょっとブルっている。


 気持ちはわからなくもない。何しろ俺は、吸われていく人影を見てしまったのだから。

 単独行動をしたら、迷宮で眠ったら……。俺たちが知る範囲で迷宮泊を忌避する人間がほとんどを占めるこの世界で、その手の逸話は事欠かないのだ。



「大丈夫だよ。僕だって──」


「まあ、無いんだろうな。そういうのは」


 空元気を振り絞るかのようにぎこちなく笑おうとした草間のセリフに割り込んだのは古韮だった。


「そもそも明確な事例が確認できていない。あれだけ調べて、だぞ?」


「僕も同感。五百年前は知らないけれど、ここ数十年で、さっきまでそこにいた人が消えたなんていう正式な報告書は、ひとつもないんだよ。逆に単独で迷宮罠に引っ掛かって、生きて帰ってきた人はいくらでもいる」


 念を押す古韮に被せるようにして野来が長セリフを口にする。まるで自分に言い聞かせているようにも見えるけど、これもまたクラスで共有されている事実だ。


「言いにくいけど……、斥候のみんなには今まで通りにがんばってもらいたい。単独行動なんてできない俺が指示を出しているのが情けないけど、遠出の時はなるべく二人組になるように配慮するから」


 そんな二人のアシストを受けた俺は、冷たい現実を口にする。悔しいなあ、俺がもっと動ける技能や目視以外で別の部屋を探る術を持っていれば、こんなことを言わなくても済んだかもしれないのに。



「あの、わたしが【聴覚強化】を取るというのは、どうでしょう。偵察を二人一組にするなら、可能な人が多い方が」


「先生……」


 このままでいこうって雰囲気になりかけたところで、滝沢(たきざわ)先生が【聴覚強化】の取得を申し出た。

 ダメだよ先生。仮に【聴覚強化】で斥候役を増やすにしても、そんなのはあやふやな仮定を前提にするべきじゃない。もしもに対応するための魔力を消費してしまうことに他ならないんだから。


 切り出した先生だって、無理を言っているのはわかっているのだろう。

 それが正解で、俺たちの同意が得られると思ったならば、事後承諾で取得してしまってもいいのだから。


 先生は一見普段通りに見えるけど、俺には【冷徹】を使っているのが丸わかりだ。表情が普通過ぎるんですよ、先生。


「もちろん先生にはどこかで【聴覚強化】を取ってもらいたいと思っています。だけど、それは今なんですか?」


「それは……」


 説得を試みた俺の声色は思った以上に冷めていたようで、言葉に詰まった先生を見るよりも、こちらを睨む視線が多い。俺だって言いたくて言ってるんじゃないのは、みんなにもわかっているんだろうけど、それだけ先生がみんなの心を集めているってことだ。

 それでも誰かが言わなければいけないんだよ。どうせなら、ここは最後まで俺が悪者でいい。


 もちろん先生が【聴覚強化】を取るというのは、アリ中のアリだと思う。それでも今ここでこの時、ではない。あくまでいつかはだ。


「先生には先生にしかできない役割があると思います。一年一組最強の武力。魔獣の波をかきわけて、まとめて殴り倒すのが先生じゃないですか。何度も俺を助けてくれたみたいに」


「八津、君」


「イザという時のために、魔力を温存してほしいんです。技能全開で、長時間戦ってもらうことになるかもしれません。先生が本気で戦ったら、魔力タンクもヒーラーだって追いつけない。もしかしたら【聴覚強化】以外の技能が必要な展開だってあるかもしれないし」


「そう……、なのでしょうね」


 らしくもない俺としては正論と思える長い言葉を投げつけても、先生はどこか歯切れが悪い。本当にこの人は、俺たちのことが心配で仕方がないのだ。



「見ていられませんわね。ならばわたくしがひとつ、お話をして差し上げますわ」


「ティア様?」


 ここまで俺たちの話し合いを黙って傍観しているだけだったティア様が、突然口を挟んできた。

 意地悪であったり激高することも多いティア様だけど、今のお顔はちょっと違う。面白くなさげだけど、それだけではないような。


「十三年程前に、ここ、ペルマ迷宮で実際に起きた迷宮事故のお話ですわ」


 そこからティア様が語り始めたのは一人の、いや、二人の姉妹冒険者の物語だった。



 ◇◇◇



「──満身に怪我を負い、それでも姉の亡骸を背にし、彼女は救出されたと聞いていますわ」


 迷宮でトラップに引っ掛かり、姉妹二人だけで孤立してしまったその冒険者たちは、妹のみが帰ってこれたらしい。


「生きて戻ってこれたのね、その人」


 一人だけでも助かったことを喜ぶべきかどうか悩むような内容だったけど、それでも中宮さんは前向きな捉え方をしているようだ。


「それから彼女がどうしたかについても、付け加えておきますわね」


 俺にはビターエンドに感じられた物語には続きがあるようだ。俗に言うエピローグってところだろうか。

 できれば良い結末だと嬉しいのだけど。


「彼女は『迷宮恐怖症』を患い、組合の事務職員となったそうですわ。再び迷宮に入ることができるようになるのに数年を要したらしいですわね」


 キーワードを使ってきたティア様は、しっかりと俺に視線を向けている。こういうところで容赦が無いお人だよなあ。


「そして冒険者が遭難したならばいち早く救助に駆けつけるためにと力を求め続け、十五という階位を得た」


「それって、まさか」


 思わず声が出てしまったが、俺はそんな人に心当たりがある。


「やはり聞かされていなかったのですわね。彼女は『手を伸ばす』。名をマクターナ・テルトというそうですわ」


 スッキリ爽快とばかりに、ティア様が邪悪に嗤う。

 本人が語らなかった話を遠慮なく俺たちに公開してしまう辺りが悪役令嬢だ。


 それにしても、マクターナさんが迷宮恐怖症だったなんて。どれだけ苦しんで、努力して、十五階位になったんだろう。

 そして、あんな風に朗らかに笑えるなんて……。



「わたくしには迷宮がどのような謎を抱えているのかなど、判断しかねますわ。ですが先程タカノリが言っていたように、単身生きて帰った冒険者はいくらでもいますわよ? それこそあの微笑み守銭奴のように」


「ティア様、その呼び方酷くない?」


 マクターナさんのことを悪口で呼ぶティア様に、弟系の夏樹(なつき)がツッコミを入れる。途中まで励ましっぽいセリフだったのに、最後で台無しだよ、ティア様。


「先日の勝利宣言が気に食わなかっただけですわ!」


「だったら来ればよかったのに。ティア様だったら圧勝だったと思うし」


「ナツキはわかっていますわね! やはり明日、地上に戻ってから組合事務所で布告を──」


 夏樹に乗せられたティア様が不穏なことを言い出しているが、それでも場の雰囲気は切り替わった。

 先生も【冷徹】を解除して、どこかキマった表情になっている。どうやら【聴覚強化】は見送りらしい。



「話の途中でしたわね。魔獣の擬態もしかり、思考を止めない大切さを、わたくしはあなた方から学んでいる最中ですわ。その上で言わせていただけば、万全と最善は違うモノではなくって?」


 しばらくブツブツと何かを呟いていたティア様が我に返り、クラスメイトたちに悪役令嬢オーラを叩きつけてきた。


「時には力尽くで押し通し、頭を空にして突き進むのもよろしいのでは?」


 やおら立ち上がったティア様は、腕を組み、足を開き、胸を張って断言する。


 なんだか話をズラしてはぐらかされたような気もするが、それでもティア様の言葉は俺に刺さった。

 不確定要素にビビっていないで前を向け、ってか。


「そういうの、ハルは得意かも」


「ワタシはちゃんと考えて行動してマス」


 まさにティア様の言葉を体現できそうな二人の答えが正反対だったのもあって、みんなの笑い声が上がる。



「一刻も早く十三階位を達成する。それが真っ当なのでしょうね、八津くん」


「はいっ! 先生」


 そう。先生はそうでなきゃいけない。

 得意の正拳突きのように真っ直ぐな王道だ。まあ先生の場合はトリッキーな搦め手も得意なんだけど。


「十三階位になったら全員で【聴覚強化】とか、どう?」


「面白いかも。一年一組全員斥候計画?」


「八津は【身体操作】が先だから、十四階位までもってかないとだな」


「仲間外れかよ」


 先生の宣言がトドメとなり一気に明るくなった空気の中で、クラスメイトたちが好き勝手を言い出した。うん、ウチのクラスはこれくらいの方が良いに決まってる。

 必要な議論ではあったし、まともな答えが出せないのもわかっていた。それでも笑い合いながら話し合いを終えられたのは、間違いなくティア様のお陰だよ。


 仲間たちの声が響く広間の天井を見上げ、俺は安堵のため息を吐いた。



 次回の投稿は明後日(2025/09/02)を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 今回ので個人的に飲まれる条件は、魔力の枯渇または枯渇に近いほど使い切った状態で、肉体がダンジョンや魔物が放つ魔力に包まれる(又は満たされる)事だと思ったかな。  接触や、聴力強化や魔力察知とかで、…
ティア様がありがた過ぎる。この人のおかげで心が救われる それにしても単独で戻ってきた事例はあるけど、結構最初の迷宮泊でも懸念してた「単独で睡眠したら」の話が多分(?)ないんだよな……そりゃ死んだり消え…
ティア様のカリスマが眩しい……!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ