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第55話 ぶら下げられたエサだけど



「みなさんには快くない結果かもしれませんが、得るモノもあるのは事実です」


「……時間、でしょうか」


「本当にアイシロさんは……」


 藍城(あいしろ)委員長の返答に、アヴェステラさんはなんともいえない笑顔を浮かべた。

 これくらいならさすがの俺でもわかる。ほかの『排斥派』とやらが動きにくくなるってことだろう。


「エラスダ男爵が両殿下に謝罪をしたという事実は記録に残され、噂としても早急に広がることでしょう」


「……」


 広がるんじゃなく『広める』んだろうなと、そろそろ全員が想像できるような話になってきた。これはそういうたぐいのコトなのだ。だから委員長もツッコまない。

 委員長や先生はもちろん、俺や野来(のき)、じつは(ひき)さんなんかもその手の物語は知っているわけで、もしかしたら一番疎いのは中宮(なかみや)さんかもしれないな。


 ここで重要なのは、たぶん王女主導で作られた時間を使って、俺たちになにをさせたいかだ。王子様が関わっているかは不明だけど。

 どうにもあの王女様はつかみにくい。胡散臭いとも、俺たちを買ってくれているようにも、どちらにも思えてしまう。



「この時間を使って強くなっていただきたいと、両殿下はお考えです」


 両殿下ね。アヴェステラさんの言い方は、いちいち含みを感じさせる。


「目安もなく強くなれと言われても、困るとしか返せませんよ」


「七階位から、できれば八階位を目指してもらいたいと考えています。できるかぎり早急に」


 委員長の求めに対して出てきた答えは、妙に具体的だった。どういうことだ?


「さすがのアイシロさんもわかりませんか?」


「……降参です」


 ちょっとだけ溜飲を下げたようなアヴェステラさんは、いつもと少し雰囲気を変えた悪戯っぽい顔つきになった。

 これはまた珍しい。一連のやり取りで、やっと一本とれたというところかな。



「みなさんには新たな騎士団を担ってもらいたいのです」


「なっ!?」


 これには驚いた。本気でビックリして声を出してしまうくらいには。ほかのみんなも唖然として黙っているだけで、想いは俺と一緒だろう。いや、野来だけは妙に目をキラつかせている気がする。

 新しい騎士団って、そもそもどういう意味だ?


「重要な点ですが、創設するのは建前上の近衛騎士団で、本質としては『王家の客人たる勇者たちが集う騎士団』です。立ち上げてしまえば、妙な横やりも避けられるという目的は叶えられます」


 一転していつもの真面目顔に戻ったからこそ、アヴェステラさんは本気なのだと伝わってきた。

 言っていることはわかる。もしそうなれば俺たちの上司は王家と近衛騎士総長だけだ。うーん、総長に大きい顔をされるのはイヤかな。

 だけどそれだけで今回みたいな騒動は牽制できるだろう。他に頼らなくても自前でいろいろな神授職を取り揃えている集団だ。勝手もできる。



「……現実可能な提案なのですか?」


 先生の疑問は政治的にという意味かな。


「七階位なんて、普通にやったらどれくらいかかるのかしら」


「アタシに騎士なんてできるのかなあ」


 中宮さんや疋さんはもうちょっと細かい部分で疑問を感じている。たしかに俺が七階位で騎士になるなんて姿は、まったく想像できない。



「今はまだ両殿下の胸の内です。ですがこの案がみなさんの願いに応えるには最も近いと、わたくしも思います」


 アヴェステラさんの胸に手を当てる素振りは、いかにも真摯に見えた。


「だけど、騎士になるってことは……」


 さすがは委員長、最終目標を忘れていない。先生も横で頷いているし。


 俺たちが鍛えているのはこの世界に居場所を作るためでもあるが、もともとは帰還するためのヒントが今のところ迷宮にしかないからだ。

 迷宮に潜るためには力が必要で、力を得るためには迷宮に入るしかない。


「まさにそこです」


「え?」


 我が意を得たりとアヴェステラさんが返してきた。この展開を待っていたとばかりに。


「そもそも近衛騎士団は王族ならびに王城防衛のための組織であって、先陣に立つたぐいのものではありません。つまり戦争に参加することはないのです」


 畳みかけてきたな。たしかに戦争をしないで済むというのは大きい。



 ◇◇◇



 地球にも色々な騎士団があったと思う。

 宗教色が強いのもあれば、街を防衛する部隊が名乗ったことも。そもそも『騎士』という字面から馬に乗っていなければという話だってある。


 この国の『近衛騎士団』はアヴェステラさんが言ったとおり、王族を守るための存在だ。建前上はという条件付きなのがちょっと悲しいのだけれど。



 自称五百年の歴史を誇るアウローニヤ王国には、現在六つの近衛騎士団が存在している。

 第一近衛騎士団、通称『紫心』。第二近衛騎士団『白水』。第三近衛騎士団『紅天』。第四近衛騎士団『蒼雷』。第五近衛騎士団『黄石』。そして第六近衛騎士団『灰羽』。


 実はこの六つの中で、本当の意味で『近衛』をしているのは、信じがたいことに第三と第四、第五の三つだけだ。

 ヒルロッドさんが所属する第六騎士団『灰羽』は、俺たちが一番お世話になっている教導メインの騎士団だ。騎士を育てる騎士団で通常営業の場合、護衛任務には就かない。


 ならば第一と第二はとなるとこれが非常に厄介で、まさに建前上の騎士団だったりする。

 簡単に言えばコネと献金で作られた名誉騎士団。家を継げない貴族の子息たちが騎士爵を得て、それでいて仕事をしたくないから所属するという、とんでもない集団だ。

 なのに『第一』と『第二』で、しかも規模が大きいのがこの国を表しているとも言える。


 予算のほとんどが貴族からの金で賄われているのがまだ救いだが、訓練場で俺たちを嗤っている連中のほとんどが第一か第二騎士団候補ということだ。滅ばないかな。


 ちなみに第三は女性騎士の集団で、女性王族の警護やスパイ紛いのことをやっているらしい。貴族家から平民出身までが取り揃えられていて、離宮メイドさんの一人、ガラリエさんが『紅天』から来ている。


 軍で実績を上げた元平民で構成されているのが第四と第五騎士団。事実上この二つが体を張って王城を守っているというわけだ。繰り返しになるけれど、規模は第一と第二の方が大きい。



 ◇◇◇



「敵軍が王城に押し寄せるまでは、ですか」


「もしそうなれば、近衛であろうとなかろうと同じことでしょう」


 先生とアヴェステラさんのやり取りは続いていた。

 それでもまあ、この話だけに限れば王国側の言い分が正しいのかもしれない。もちろん変な裏がなければだけど。



「付け加えると、両殿下はみなさんの騎士団を迷宮探索専任にしようとお考えです」


 さっきからアヴェステラさんは『両殿下』を連呼しているけど、全部王女のことだよな。

 初日の晩餐しかり昨日迷宮の前でやっていた訓示しかり、王子の方はこういうのに興味がなさそうだし。


 あのお姫様の心根がどこにあるかは怖いけれど、こちらの意を汲むという意味では的確すぎる。



「この件については、あくまでそうありたいという段階でしかありません。ですが迷宮専任の騎士団が必要とされているのは事実です」


「……そうですか」


 アヴェステラさんは軽く肩をすくめ、委員長も半分諦め顔だ。

 こんな美味しい話がまだまだ弱くてこの先強くなれる保証もない俺たちに簡単に降ってくるわけがない。


「本来の近衛騎士は十階位が基準となっています。みなさんの場合は『勇者』としての肩書を最大限に活用し、さらに『紫心』『白水』の裏基準を適用したいと」


 第一と第二騎士団はそんなことまでしているのか。

 アヴェステラさんに言わせると『階位を金で賄う』だとかで、迷宮に潜るのを最小限に抑えたい貴族子弟が多いのだとか。あらためてひどい国だ。



「今回の事件で作った時間を有効活用してほしいのです。王国側での対応は両殿下を始めとした、わたくし共ができるかぎり努力いたします」


 こちらを立ててくれているようだけど、またも匂わせなのかもしれない。アヴェステラさんは今、王女が抑えないとお前たちが危ないと言ったんじゃないか?

 うん、委員長や先生もしかめ面だ。



「受ける受けないではなく、僕たちの目標にするということでいいんですよね?」


 この場で断るとか受けますとかそういうことにはならない。絵に描いた餅を食べますと言いきるようなものだ。


 アヴェステラさんの向こう側にいる王女様はこういう未来もあり得ますから、今まで以上にがんばってくださいねと教えてくれただけ。俺たちはクラスにこの話を持ち帰って、目標に向かって努力しようと盛り上げる、つまり付きつけられたエサだな。


「もちろんです。ただ、ここでの話は」


「当然です」


 委員長は当たり前として受け止めているけれど、この件はメイド三人衆どころかシシルノさんやヒルロッドさんにも話せないってコトだ。これはもう『日本語案件』にするしかない。



 ◇◇◇



「へえ、騎士団か。名前を考えておかないとな」


 最初にそれかと呆れるのもいれば、嬉しそうにしているのもいる。発言者の古韮(ふるにら)は、俺と一緒でこういうのが好きだからな。

 あちこちであーだこーだと騎士雑談も始まってしまった。それでもそれぞれ技能を回しているのだろうから、ウチのクラスもこのやり方に染まってきたものだ。


 近衛騎士団はそれぞれ色が名前についているから、ここはそうだな、『緑』がいいかな。

 山士幌は小麦の一大生産地だけに黄金色をイメージしそうだけど、春から夏までほとんどの間は緑色だ。好きなんだよな。山と森と畑のそれぞれが違う緑色な光景って。


 甘いエサだとわかっていても、俺もまた妄想全開だった。



 侵入してきた部屋を通ってアヴェステラさんが帰っていったあと、もちろん俺たちは情報を共有した。

 委員長が必死になって、あくまでこれは不確定だと言ったところで、盛り上がるものは盛り上がる。こういうのが大好きなお年頃だからな。


「目標が無かったから、しかたないわね」


 綿原(わたはら)さんなんかは、けっこう冷めた感想を述べながら手元で砂をいじっている。


 こっちに来てからというもの、言いくるめられた感じで訓練また訓練だったわけで、たとえ空手形であってもなにかしらのゴールがあるのは心が楽になってしまうものだ。

 これが王女のやり口だとしたら上手いと思う。



「それよりねえコレを見て」


「へえ、すごいじゃないか」


「でしょう」


 差し出された綿原さんの手のひらには、そこに載せられた砂が盛り上がっていて、一センチくらいのサメの頭ができていた。

【砂術】を取ってからまだ一日も経っていないのに大したものだ。やっぱりサメ形状と相性がいいんだろう。魔術は使い手の想うがままにだな。


「でもリアルすぎないかな。デフォルメ路線でもいいんじゃ」


「ダメよ。わたしはリアリティを大切にするの」


 うん、やっぱりこだわりは大切だよ。



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