第549話 是非とも盗んでもらいたい
「それじゃ、やりますね」
迷宮三層の宿泊部屋に、ちょっとアガった我らが鮫女、綿原さんの声が響く。
さっきまでは人込みに溢れていたこの広間には、こちら側から一年一組プラスティア様とメーラさんが全員揃っている。悪役令嬢と守護騎士さんを身内としてカウントするのは最早基本だな。
国軍からはウィル様を筆頭に、部隊長クラスが数名。そして主役となるのが四層初体験が待ち受けている十階位の兵士さんが九人だ。加えて俺が要望した【水術】や【土術】使いとムチ使いが合わせて六名。
軍に所属している【鞭士】なんて少ないはずなのに、突然こんな夜の迷宮なんて、俺からの提案だけに大変申し訳ない。
総勢五十名弱と、さっきまでに比べて半分程の人数となった宿泊部屋の天井では、一匹の赤紫なサメが頭を床に向けている。サイズは全長三十センチくらいで、ほぼヒヨドリと一緒だ。
この広間から繋がる三つの部屋には、それぞれ警備の兵が待機してくれているので、魔獣に襲われることはないだろう。
それでも忍者な草間はちゃんと警戒してくれているあたり、いつものように立派な姿勢だ。一年一組のメガネ四天王は真面目なキャラばかりだなあ。五人いるけど。
「最初は当てませんので、動きだけを見ててください」
口元をモチョらせた綿原さんが、説明を述べていく。コトがサメになると、本当に楽しそうになるのが彼女なのだ。
彼女の言葉から一拍の間をおいて、サメが急降下を開始した。途中で首を軽く捻り、軌道を変えつつ、地上一・五メートルあたりで一度停止。そこから、天井に舞い戻る。
ちなみに【多頭化】は使っていないのでシングルヘッドだ。じゃないとヒヨドリのマネとしてはわかりにくいから。
「どうでしたか?」
綿原さんがセリフを向けた先は九人の十階位ではなく、ヒヨドリを知るウィル様や部隊長たちだ。
「……完全だったと、思う」
「速さも動きも、まさにといった感じだな」
「ここまで再現できるとは。挙動も悪くない」
「微妙に姿まで似ているのが楽しいね」
驚き顔の部隊長たちが綿原さんのヒヨドリ芸を完璧だと評し、ウィル様は別方向から褒めてくる。
「ありがとうございます」
賞賛の数々に、綿原さんはモチャドヤ顔だ。こらミア、動き出そうとするな。カニエルフの出番はこのあとだから。
「術師のみなさんは、どうでしたか?」
「う、うむ。形状までは難しいかもしれんが、速さと動きなら」
いい感じの笑顔な綿原さんに話を振られたおじさん術師、たしか【水術】使いさんが、頬を引きつらせてはいるものの、前向きな言葉を口にする。
直後に楕円形の水が宙を舞い、天井付近から軌道を変えつつ急降下を仕掛けた。
うん。悪くないと思う。首振り動作がわかりにくいけど、初回でここまで再現するなんて、やっぱり年長者の熟練度を甘くみてはいけないな。
俺の希望で夜の迷宮に呼ばれた術師のみなさんは、魔獣の擬態を学んでもらうためにここにいる。
軍が冒険者に依頼を出し続けるのは不健全だと思うし、俺たちだって時間に限りがある以上、身内のコトは自分たちでこなせるようになったもらいたいのだ。なにも今回だけの一度きりとまで言い張るつもりはないけれど、それでもな。
そんな思惑で来てもらった術師さんたちだけど、水や土が空を舞う光景を見ているぶんには、かなり有望だ。
厳選した人員を連れてきてくれたウィル様には感謝だな。
「退役間際に最後の一仕事ですな」
「アンタには負けてられないねえ」
五十近いおじさんとおばちゃん術師が、競うようにして土を飛ばしている。なるほど。さすがはウィル様、そういう人材の選び方をしてきたのか。
「あれくらいの精度となると、僕にはちょっと難しいかな」
ウィル様までもが術師と一緒になって、砂を宙に浮かばせている。
そう、【砂騎士】のウィル様は綿原さんと同じく【砂術】が使えてしまうのだ。お揃いなのが羨ましいという思いは置いておいて、実際に砂を使っているのを見るのは初めてだな。
ウチの【風騎士】である野来と同系統の騎士。謂わば魔術騎士ってヤツだ。騎士と術師っていうのは技能の関係上、両立は難しい。騎士側の技能を優先すれば、魔術側は基礎となる術と【魔術強化】、【多術化】くらいで精々ってなるからなあ。
そういう前提で、ウィル様がヒヨドリの再現をするのはやっぱり難しいのだろう。
ところでその白い砂って綿原さんのと色がそっくりなんだけど、もしかしてアウローニヤから仕入れたのかな。
「さて、魔術もいいが、今はほどほどにね。主人公はこれから四層を目指す彼らだ。君たちには地上に戻ってから模索を頼みたい」
「はっ!」
やたらと熱心な術師たちに苦笑を向けたウィル様が、場を仕切り直す。
この場の主役は十階位の兵士たちと、綿原さんなのだ。術師のおじさんたちは実際に動くヒヨドリを見たことがなくても、基本的なイメージは掴んだようだし、十三階位クラスの兵士に監修してもらえば再現度だって担保できるだろう。
「じゃあ頼めるかな。ワタハラ」
「はい。今度は当てにいきます。痛くはしませんけど、できる限り避けてみてください。では、三人ずつでどうぞ」
サメ操作がお仕事というのもあって、ウィル様から促された綿原さんは饒舌だ。
スパルタっぽいやり口だけど、そのための血ザメである。汚れることがあっても、切れる砂サメと違って怪我ってことにはならない。顔への直撃だけは避けてもらいたいところだけど。
ちょっとビビりの入った兵士さんが、仲間に押し出されるようにして広間の中央に進み出る。すでに盾を構えちゃってるけど、大丈夫なんだろうか。
なるほど、ウィル様が俺たちに頼み事をしてくるわけだ。こんな状態ではまともに四層に赴くのは難しいだろう。
というのはちょっと違うんだろうなあ。なにしろ──。
「すぐに追加しますね」
モチャっと笑顔な綿原さんの足元から追加で二匹のサメが誕生し、天井を目指して泳ぎ始めた。
無から有が生まれないというのが魔術の基本。ではどうやったかと問われれば、答えは明瞭だ。
綿原さんの足元には、最初っから魔獣の血溜まりがあったのだから。
そりゃあ兵士さんたちだって怯えもするよな。一年一組やティア様たちは慣れたものだが、ここまでスルーしてきたウィル様も大したタマだ。
ホラーやスプラッタが大好物な綿原さんらしい小粋な演出だけど、異世界的にはどうなんだろう。
食事中はさすがにアレなので、【血術】を使った綿原さんが革袋に溜めていたのを、今さっきみんなの目の前でブチまけたというオマケ付きだ。うむ、やっぱり綿原さんは良い趣味をしている。
「アレを三体同時に操るだと」
そんな血の出どころよりも、術師さんたちはむしろ綿原さんのサメ捌きに意識がいっているようだ。中々の魔術根性だな。
綿原さんのサメは【鮫術】と【血術】による二重魔術とも表現できる。【砂術】や【血術】単体で砂や血を動かすこともできる綿原さんだけど、【鮫術】で形状をサメに固定した場合、魔力消費にさえ目をつむれば全ての性能が上がってしまうという特徴を持っているのだ。
「くっ」
肩の辺りを赤紫に染めた兵士が小さくうめき声を出す。
個別にそれぞれ兵士に襲い掛かった三匹のサメは、一匹が避けられ、一匹は盾に防がれ、もう一匹は革鎧に直撃した。
角持ちのヒヨドリであることを想定しているので、最後の一人は怪我判定だな。本人だって自覚はあるのだろう。悔しそうな表情だけど、むしろ瞳には闘志が宿ったようにも思える。
「もう一度、いきます」
その目を見た綿原さんが得たりと頷きながら、躱された一匹を天井に戻し、血濡れの床から再びサメを二匹生み出した。やっぱりホラーだよなあ。
敢えてそうすることで、兵士さんたちに恐怖耐性を付与していくかのように。
そして再びサメが降ってくる。
◇◇◇
「ジャガイモはこんな感じだよ。です」
俺の親友である夏樹の声と共に、二個の石が複雑な軌道を取りながら宙を駆けていく。
迷宮の床を蹴り上げながらクルクルと舞う石は、まさにジャガイモの再現だ。上手くなったなあ、夏樹。
綿原さんのヒヨドリ芸に続き、今は【石術師】の夏樹によるジャガイモ芸が披露されている。
盾を構えた兵士さんが、決死の表情で軌道を見ているけれど、初見での対応は中々難しいだろう。
「なるほど。分銅よりも本物に近い」
「軍の術師で再現できるだろうか」
「だが蔓の有無が」
そんな光景を見守る部隊長さんたちが、それぞれ感想を語っている。こっちもこっちで、大真面目だ。
本当だったら石を紐で結んでボーラみたいにした方が再現度が高くなるのだけれど、ソレをすると夏樹の【石術】が途端に難しくなってしまう。何かしらの不純物判定なのだろうけど、魔術っていうのは本当に繊細なのである。
「むう。こうか」
「あたしの方が近いんじゃないかね」
広間の端では術師の皆さんが部隊長たちの評価を聞くこともなく、必死に水やら土を操作して、夏樹のマネをしているところだ。
サメの時もそうだったけど、ワリと近いところまでは持っていけてるんだよな。【観察者】の俺が下す評価は自分でも辛い方だと思うけど、それでもだ。
『私も十階位を目指してみますかな。自ら実証してみせるのが正しい在り方でしょう』
ふと、組合のバスタ顧問の言葉を思い出す。どこまで本気かはわからないけど、あの人も【土術師】だったっけ。
迷宮泊の夜ならこういう時間も取れるだろうし、十階位クラスの冒険者たちを強化する手助けになるのなら、組合に声を掛けてみるのも悪くないかもな。もちろんマクターナさんを通してだけど。
◇◇◇
「ブオンブオン」
「蟹デス。ワタシたちはカニなのです!」
「ちゃんと受け止めてね!」
演目も変わり、今度は陸上女子な春さんと、ワイルドエルフなミア、ロリッ娘な奉谷さんによるトリプルカニが兵士に襲い掛かっている。
腰を低くしメイスを二本持ちしてクルクル回る彼女たちは、一見遊んでいるかのようだけど、パワーは本物だ。後衛職の奉谷さんですら自己バフとなる【身体補強】を使っているからな。しかも彼女は【身体操作】も取得しているので、メキメキとカニのマネが上手くなっているのだ。
「ぐあっ!?」
ほら、小さい女の子だからって甘く見てると、盾を弾かれることになるんだぞ?
まあこの世界には魔力があるので、この手の見た目詐欺が横行している。油断というよりも、見積もりが甘かったということだろう。
「そうそう、君たちには伝えておこう。今日の昼間に先触れが入ったんだ」
そんな光景を遠くから見守るウィル様が、呟く程度の小さい声を発した。
聞こえているのはたぶんだけど、近くで接待モードだった藍城委員長と俺、あとは滝沢先生とウィル様の守護騎士さんくらいじゃないだろうか。
「先触れ?」
「アウローニヤの特別外交使節団が明日、到着する」
「ラハイド侯爵、ですか」
呟きで返す委員長の方を見ず、カニ芸に顔を向けたままのウィル様から伝えられた情報は、俺たちにとっては驚く程のものではなかった。
一年一組がアウローニヤを旅立って、おおよそ二十五日。ひと月後と言われていた使節団がちょっと早まったというのは手紙で知らされている。
はてさて、あの豪放な元第二王女様とタヌキみたいな侯爵は、俺たちに面会を求めるだろうか。出向くなり呼ぶなりしそうだなあ。
委員長をチラ見してみれば、あちらも俺に視線を合わせて苦笑を浮かべている。
「さすがは勇者だけあって、事情通だね」
「偶然、とは言えませんね。押し掛けられましたよ」
「僕は会ったことがないのだけど、なるほど。ありがとう」
「柔らかな侯爵と、押し通す奥方っていうのが、僕の印象です」
委員長のそういう語り口は、俺も学んできたので理解できるぞ。委員長はウィル様に、ちょっとだけ贔屓をしたんだ。
一部の関税とティア様の婚約破棄、今後の友好関係は既定路線だし、ペルメッダの王様はアウローニヤの新女王を認めるという書類すら渡している。
それでもアウローニヤから外交使節団が来た以上、ここから細かな両国の交渉が始まることになるのだ。大使ではなく、一外交官でしかないスメスタさんでは持て余すような案件だってあるかもしれない。
そんな舞台に立つのはアウローニヤからベルサリア様とラハイド侯爵。ペルメッダからは商人とも呼ばれる侯王様と、もしかしたらウィル様だ。
怪獣大決戦か、もしくは化かし合いか、どちらにしろ俺たち一年一組からしてみれば化け物同士の戦いで、交渉の光景なんてとてもじゃないが想像もできない。
俺たち一年一組はアウローニヤに恩義は感じつつも、肩入れはしていない。もとい、ちょっと……、結構している。特に女王様と勇者担当者たちには。
だからといってペルメッダを軽んずるわけにもいかない。居住地でもあるし、侯爵家には借りもある。なによりティア様とメーラさんはとっくに友人で、こうして迷宮にいるときなどは、仲間としてすら扱っているんだ。
役に立つのかもわからない、ほんの小さな情報を委員長はウィル様に流した。
あの女王様が寄越した外交特使がヌルいわけがないのはペルメッダだって承知の上だろうし、人となりの情報だって持っていて当然だ。
つまりは委員長のアピールだな。一年一組はペルメッダと仲良くしたいんですよっていう。
「いつも妹をありがとう」
正しく委員長の意思を受け止めたウィル様は、ふんぞり返ってカニ芸を見ている悪役令嬢に視線を送り、薄く笑った。
「いえ。僕たちも楽しく思っていますから」
まったくもって、ウチの委員長はこれなのだ。
◇◇◇
「さあって、いよいよ真打ち登場ってねぇ~」
「よっ。出たな、白菜!」
愛用しているストラップ付きのムチを揺らしながら広間の中央に進み出たのは、チャラくて器用な【裂鞭士】の疋さんである。
ここまでヒヨドリ、ジャガイモ、カニを披露してきた一年一組の大トリは、彼女による白菜芸だ。ピッチャー海藤のにぎやかしに、クラスメイトたちから笑いが起きる。
「お任せっしょ」
白菜には遠距離攻撃が有効とされている。蔓を使ってくる攻撃パターンが厄介なのと、的が大きく比較的柔らかいからだ。
麻痺毒を持った蔓を巻き付け、それを取っ掛かりにした体当たり。二手ではあるが、段階を踏んで攻撃をしてくる魔獣はそう多くない。
嫌だよなあ。白菜の特徴なんて鍋に合うくらいで十分なのに。
ウチのクラスの場合、木刀使いの中宮さんや先生などはそれほど苦戦をしないものの、速度はあっても武術に欠ける春さんなどは、蔓を切断する前の白菜に近づくこと自体危険を伴う。
最前線で盾を構える騎士たちも、白菜が相手ともなれば、ヒーラーの【解毒】を前提に戦うことになるのだ。
剣の距離では危険な魔物。今からそれを疋さんが模倣する。
「まずはねえ、白菜は蔓で相手を狙ってくるっしょ。これに対応できるかどうかが一手目だねぇ」
「そ、そうか」
解説を始めた疋さんに対峙した兵士さんがキョドった声になっているが、これはビビっているからではない。
疋さんのポーズがちょっとアレだからだ。
膝を折りたたみ、ほとんどしゃがみ込むような姿勢になった疋さんは、顔の上に左腕のバックラーを添えて、そのすぐ傍でムチを揺らし、ジリジリと移動する。手首だけで操作されているのに生き物のようにうねるムチは、まさに白菜の風格だ。
「ほう」
「なるほど」
四層を知っている人たちならば、あの姿の意味も伝わっているだろう。
これでもまだ大きいが、疋さんの姿勢はまさに白菜に通ずるものがあるのだから。
「で、いきなりっしょ」
「うおっ!?」
ゆらゆらとムチを揺らしていた疋さんの言葉に、盾を構えて警戒していた兵士さんが驚きの声を上げる。
急速に迫るムチに全く対応できていない。アウトだな。
「反応は悪くないけど、この状況って、もうマズいんだよねぇ~」
兵士の構えた盾にいとも簡単にムチを巻き付けた疋さんは、軽いステップでジャンプした。そのあいだもムチは黙っていたわけではなく、拘束した相手を引き付けるように引き絞られている。
「あっ?」
「こつん、ってねぇ~」
決して全力でも全体重を乗せたわけでもない。あくまで白菜の挙動と重量、速度に合わせ、疋さんは兵士の頭をバックラーで叩いてみせた。もちろん軽く。
適切にムチを引き絞り、自分より重量が軽い白菜に合わせるように自ら飛び込む。そんな芸当を疋さんは見事に成し遂げたのだ。
彼女は今、一体の白菜となった。
「今って、ムチの一撃で倒せてたんじゃ」
「そりゃあそうだけどぉ。それじゃぁ白菜じゃないっしょ」
「……それは、そうね」
術師と入れ替わりで見物者となっていたムチ使いさんの言葉に、なんてことはないという風に疋さんが答える。
ムチで倒すことが目的ではないっていうのは十分にわかっていたはずなのに、あまりに異様な挙動で意識がそっちに持っていかれたってところかな。
頭の上から手首だけでムチを使うなんて、通常じゃあり得ない行為だし。
「ミソなのは鞭の動きを蔓と似せられるかとぉ、飛び込む強さ? 体重の乗せ方? たぶんだけど鞭の方よりソッチが難しいって、アタシは思うかなぁ」
「そ、そうなのね」
「確かに、そうかも」
あっけらかんとした疋さんの説明に、ムチ使いさんたちは言葉を濁す。
ちなみにお二人とも二十代半ばの女性だ。疋さん以外のムチ使いを始めて見たけど、もしかして女性に生えやすい職なのか?
一瞬だけ嫌な想像が頭をよぎるが、すぐに振り払う。なんかメガネを光らせた綿原さんがムチを持っていたような気がしたけど、そんなの絶対に勘違いだ。
「マネできる気がしないんだけど……。あ、もっ、申し訳ございませんっ!」
自信なさげにしているお姉さんだけど、ウィル様の存在を思い出して声を裏返させた。
「いや、気持ちはわからなくもないよ。とりあえずは低い姿勢から鞭を使うところから始めてはどうかな?」
「はいっ! ご指導ありがとうございます!」
そんなムチ使いさんたちにも、ウィル様は持ち前のイケメンっぷりを発揮しまくる。これにはお姉さん二人も頬を赤らめて、いいお返事だ。
まあ、術の模倣に集中すればいい術師たちとは違って、自らの体を白菜本体と思って動けと言われればなあ。
器用で【身体操作】を持つ疋さんが練り上げた技だけに、アレをマネるのは相当の苦労が必要なのは想像に易い。
「コレできるのって、ウチじゃアタシだけだからぁ。さあさあ、どんどんやるっしょ」
再びしゃがみ込みながらつぎの獲物をねだる疋さんの前に、ビビりつつも兵士が進み出た。
◇◇◇
「実に有意義だったよ。依頼は完全に達成されたものとしよう」
「助けになったのなら嬉しく思います」
依頼完遂のサインが入った書類をウィル様から受け取った委員長が、いつもの大人びた物言いで礼をする。
結局予定の二時間をかなりオーバーしてしまったけれど、ウィル様をはじめとする兵士さんたちはやたらと満足気だ。
「では、僕たちはこれで」
「お気をつけて」
「がんばってね!」
「イザってなったら、今夜は俺たちここにいるっすから、助けを呼んでくださいっす」
時間も押しているせいもあるのか、最低限のやり取りだけで立ち去ろうとするウィル様たちに、クラスメイトたちが声援を贈る。
せっかくの機会なので、護衛を付けつつ術師の人たちも四層に潜ることにしたらしい。そりゃあ実物を見るのが一番だしな。
効率的で容赦のないウィル様である。
「わたくしたちはこれからお話し合いがありますの。早くお行きなさいませ。兵たちの健闘を祈っていますわ。……ウィル兄様も」
ティア様。それだとツンデレなんだかよくわからないよ。
次回の投稿は明後日(2025/08/31)を予定しています。