第548話 それがジンギスカンというものだ
「侯息女殿下の施しに感謝致します」
「そう畏まることもありませんわ。ここは迷宮であなた方は冒険者。気安く楽しみなさいませ」
「ありがとうございます」
『サメッグ組』の『担い手』マトアグル・サメッグ組長が恭しく頭を下げると、一列に並んだ組員のお兄さんやお姉さんたちもそれに倣った。とはいえ彼らは冒険者だ。膝を突くところまではなしない。
対するティア様は俺たちの作る列の中央に陣取り、鷹揚に答えてみせる。風呂上りでツヤツヤな金髪ドリルを纏った悪役令嬢様は、実に堂々としたものだ。
『サメッグ組』とこの部屋で落ち合ってから一時間。すでに準備は完了している。
「さて、わたくしからはここまでですわ。宴の進行は……、ナギでしたわね」
「はい。受け取りました」
尊大オーラを薄めたティア様が、場を綿原さんに譲った。なんでこんなに大仰なんだか。
「『サメッグ組』の皆さん、今日は荷運びをありがとうございます」
「なあに、仕事さ」
「いえ、新参なわたしたちのワガママまで聞いていただいて──」
「いいっていいって。感謝している暇があったら、それより早く食わせてくれよ」
かしこまった綿原さんの言葉に対し『サメッグ組』の面々からは、気安い合いの手が飛んでくる。
飛び交う声にも、肩に双頭サメを乗せた綿原さんはティア様に負けず劣らず堂々としたものだ。
一度ギスってしまった『ホーシロ隊』と違い、この場の面々とは出会いこそぎこちなかったものの、運動会を通じて簡単に打ち解け合えたからなあ。やらかしてくれた『ホーシロ隊』の面々とも和解はできているから、俺たちの想定で警戒している冒険者は、今の時点でそう多くはない。
「そうですね。お話しは食事の最中でもいいですし、準備もできました。始めましょうか」
「おおう!」
綿原さんによる開宴の宣言に会場が湧きあがる。
素材を壁際に山積みにした広間の中央にみんなが座り、各人が冒険者必携の鉄のカップや皿、スプーンなんかを広げている。洗ったバックラーを裏返し、大皿代わりにするのも最早俺たちには定番の光景だけど、本来ならば非常時の対応なんだよな。
事前に伝えておいたので、『サメッグ組』の食器も不足はない。
すでに四層素材をふんだんに使った料理は完成している。カニの脚の炙り焼き、牛肉やヒヨドリ肉の串焼き、マッシュポテトに白菜スープなんかが皆の前に並んでいるのだ。一人一個ずつではあるが、大きめの塩おにぎりまでも。
だけどこの場の本命はソレらじゃない。『サメッグ組』からしてみれば全部が全部、迷宮の中で食べるとしたら異常にレベルの高い料理に見えているだろう。
それでも一年一組の期待は、広間のど真ん中に置かれた三つのジンギスカン鍋に集中しているのだ。
「じゃあ、朝顔、美野里、佩丘くん、お願い」
「了解っしょ」
「はい。お任せください」
「おうよぉ!」
綿原さんからの指示を受けた三人は、それぞれジンギスカン奉行として抜擢された面々となる。
頼んだぞ、疋さん、上杉さん、そして佩丘。道産子の意地と誇りを、異世界で見せ付けてくれ!
すでに炭火で熱せられたジンギスカン鍋の脇には、タレに漬け込まれた羊肉とカットし終えたタマネギ、山のように積まれたモヤシがどこか整然と、バックラー大皿に盛られている。
昨日の夜のうちに拠点で仕込み、氷使いの深山さんが凍らせる手前まで冷却してから、今朝一番でサメッグ組長に渡しておいた食材の数々。『サメッグ組』の人たちが、わざわざここまで運んでくれたのだ。
「始めるよぉ~」
菜箸を持った疋さんが、肉ではなく、モヤシとタマネギに手を伸ばす。
「やっぱしこの鍋じゃねぇとなあ」
いつになく嬉しそうな佩丘が、疋さんと同じく箸で野菜を持ち上げ、ジンギスカン鍋の縁にある溝に投入していく。
まずは周囲を野菜で囲む。これがジンギスカンの基本だ。
「ふふっ」
小さく笑った上杉さんも同様の手順を終えてから、本命とばかりに盛り上がった鍋の中央部に羊肉を敷き詰め始めた。
途端、ジュワリという音が広間に響き、湯気が立ち昇る。そんな光景を見物している面々は、ゴクリと喉を鳴らすばかりだ。流れるような三人の手際に気圧されているというのも、あるのかもしれない。
「肉の上に野菜を追加乗せしちゃうのがウチなんだよね~」
「俺ん家は途中からだなぁ。くくっ」
「店ではお客さん次第ですから。うふふふ」
蒸し焼き色を押し出す疋さん、味の変化を考える佩丘、『うえすぎ』一筋な上杉さん。妙な笑い声が混じっているのが気になるところだが、それぞれの家庭にその数だけのジンギスカンがあるのだろう。
それでいい。それが道民だからだ。
「……ビールが」
小さな……、ほんの小さな呟きは聞こえなかったことにしておこう。
◇◇◇
「ほう。野菜に肉の味が染みている。これは中々」
「お口にあったなら嬉しいです」
肉と野菜を口にしたサメッグ組長が、優しいおじいちゃん風に笑い、コロコロと上杉さんが微笑みを返す。
そう、焼けた肉汁とタレが鍋を伝い、溝の野菜に染み込んでこそのジンギスカンだ。これまでジンギスカン風焼肉をジンギスカンだと言い張っていた一年一組は、ここまできた。しかも迷宮で。
昨日のうちに佩丘や上杉さんたち料理班はテストと称して、夜遅くにこそこそやっていたのは知っている。
だけど初めての本格始動は今日、こうして迷宮内で『サメッグ組』の人たちと一緒であることにこそ意味があるのだ。もちろんそこにはティア様やメーラさんも含まれている。
「いやあ美味いな、これ」
「ちょっと辛いのはアウローニヤの味なのか?」
「米、だったか? やたらと合うぞ」
ジンギスカンと共に握り飯を頬張る冒険者が喝采を上げ、周囲の面々もそれに続く。
日本では独特の匂いがネックで好き嫌いが起きやすいジンギスカンだが、幸いにしてアウローニヤ=ペルメッダ文化圏では迷宮三層素材である羊肉は比較的メジャーな食材だ。つまり元々の忌避感は薄い。
アウローニヤでは羊肉のハンバーグみたいな料理も出てきたことがあるし、それなりの羊肉料理は存在しているのだ。
「うんっ、いいな」
思わず俺の口から言葉が漏れる。
なにもこの世界の羊料理をサゲるつもりはないが、やっぱり俺にとってはコレなんだよな。
上杉さんと佩丘が苦心の上で作り上げた、毎回バージョンアップしていくピリ辛のタレは、バカ舌の俺でもわかるくらいにどんどんジンギスカンに近づいていると思う。
濃い味の肉と、タレを吸いつつもシャキっとしたモヤシやタマネギ。それらがしょっぱくて、それでいて少しだけ甘い米とマッチしているぞ。
鍋の上にいる時間が長かったせいで少し焦げた肉の渋味も、汁を吸いすぎてクタクタになってしまったモヤシだって悪くない。こういう変化を楽しむのだってジンギスカンだと、俺は思うのだ。
「『じんぎすかん』だったか。いいな。すげえ美味い」
これには『サメッグ組』のお兄さんたちも大絶賛である。
ところでおいおい。北海道民がジンギスカンを褒められたらどうなるか、わかっているかい? お兄さんたち。
「さあさあ、どんどん焼きますからもっと食べてくださいね」
答えは肉と野菜が追加される、だ。
あの上杉さんをもってして、ゾーンに入ってしまうくらいだぞ。凄いだろう?
自分たちが食べたかったジンギスカン。同じモノを美味しそうに食べてくれている人たち。
これがジンギスカンなんだよ。こういう和気あいあいとした、やたらと楽しい空間そのものがだ。
この数分、俺は脳内で何度ジンギスカンという単語を並べたのやら。
「やっぱこうだよな」
「すっごい美味しいよねっ!」
「見事にジンギスカンデス!」
「美味しいね。藤永クン」
「っすねえ」
笑顔なクラスメイトたちの頭の中も、たぶん今の俺と似たようなものなんだろうな。
◇◇◇
「なあ、次回の荷運びもウチでやらせてくれよ」
「お前なあ、毎度毎度じゃ甘えすぎだろ。なんで食い物前提なんだよ」
「けどよお」
「あたしでも作れるかしら」
和気あいあいとした時間が流れ、『サメッグ組』の人たちも、すっかり迷宮料理に魅せられた空気になっている。今後こういうノリが、ペルマの冒険者たちに伝播していったらちょっと面白いかもしれない。
「わたくしの狩った食材が、すっかり脇役ですわね」
「ティア……」
「いいのですわ。これがリンたちの故郷の味なのでしょう?」
「そうね。そう」
「ですから、こうして一緒に食しているわたくしも嬉しく思いますの。美味ですわよ? この『じんぎすかん』」
すっかり自分の出番は終わったとばかりなノリのティア様は、中宮さんと並んで優雅に食事を続けている。さらに横にはメーラさんと奉谷さんペアも。すっかり定番の並びだな。
侯爵令嬢であるにも係わらず、自分が脇役でも構わないというティア様の度量には感服させられるけど、スイッチひとつで爆発しかねない怖さが同居しているあたりがなあ。がんばれ、セーフティトリガーな中宮さん。
「ん?」
「二本丸太か。二体」
宴会も終盤に差し掛かったタイミングで、忍者な草間と『ハレーバ隊』の斥候さんが魔獣を察知した。
「無粋にも程がある。野菜が焦げてしまうではないか」
わかるようなわからないような言葉と共に、白髪の『ペルマ七剣』がゆらりと立ち上がる。片手には皿を持ったままで。
「こうして饗してくれた『一年一組』の面々に手を煩わせことを恥と思え。者共、わかっているだろうな」
「うっす!」
時代劇風な言い方のサメッグ組長に、組員たちが一斉に応じる。任侠モノかな?
「儂も打って出る!」
気炎を立ち昇らせる『担い手』のサメッグ組長だけど、出撃の前に皿は置いた方がいいんじゃないだろうか。
◇◇◇
「やあ。待たせたかな」
「遅いですわよ!」
「こんばんは。こちらは準備もできていますし、あとは訓練と話し合いだけでここから動きません。いつでも始められますよ」
キチンとした迷宮装備で爽やか笑顔なウィル様に対し、ティア様からは定番のお言葉が飛び、それから藍城委員長の挨拶が続く。こういう展開にも慣れたよなあ。
二本丸太を滅殺した『サメッグ組』の人たちが立ち去ってから一時間。夜の七時くらいになったところで、ウィル様率いるペルメッダ国軍の面々が登場した。というか、わざわざウィル様まで立ち会うのか。忙しいはずなのに、律儀な人だよ。
総勢……、七十八名か。概ね予想通りだけど、こちらと合わせて百人以上。体育館サイズの広間は人だかりになってしまっている。炊き出しをしようと屋台セットを展開しているので、それも併せてやたらと狭い。
「殿下……」
「姫様が、何故ここに?」
「迷宮装備、だと」
ティア様の声を聞き、姿を認めた兵士たちに動揺が走っているようだけど、ウィル様、まさか。
「黙ってたのかよ」
たぶん田村の言う通りなんだろうなあ。
「兵たちにリンがいることを黙っていたのは済まない。僕たちの主目的とは無関係だから、とりたてて、ね」
「構いませんことよ。ウィル兄様」
なんてことはないという風に語るウィル様に、邪悪な笑顔なティア様が同意する。まったくもってこの兄妹ときたら。示し合わせてかは知らないが、ワザと黙っていたな。
俺たちはいいけれど、兵士さんたちに謎のサプライズなんて必要ないと思うのだけど。
「さて、さすがにこれでは手狭だね。各隊、見学者を選抜して、それ以外は隣接する部屋に移動してもらおうかな」
「はっ!」
苦笑を浮かべたウィル様が肩を竦めつつ、指令を下す。俺の指示出しとは貫禄が大違いだ。命令し慣れているんだろうな。
「だけどその前に。リン、兵たちに一言もらえるかな?」
「わかりましたわ。ウィル兄様の勧めが無くとも、わたくしから兵に伝えたいこともありましたし」
ウィル様の言葉に促され、というか自発的に一年一組の塊からメーラさんを引き連れ歩み出た悪役令嬢が威風堂々、兵士たちと対峙した。
深紅の革鎧を着こんだ彼女は腰のうしろに横刺しした短剣以外の装備は持っていない。剣も槍も、あまつさえバックラーすら装備せず、手甲こそあるものの、全くの素手だ。とてもではないが迷宮に挑む者とは思えないだろう。
けれどもそこには雰囲気がある。魔獣との死闘を経験した者の持つオーラ。
現場感を出すために、敢えて被ったヘルメットの端から伸びる金色ドリルがゆらゆらと輝き、彼女が間違いなく侯爵令嬢であることを誇示している。
今確かに、この国のお姫様は迷宮に存在しているのだ。
そんなティア様の立ち姿に、兵士たちが一瞬にして直立不動となった。引き込まれたクラスメイトたちまでもが起立の姿勢で黙り込む。
「まずは勇敢にも四層に挑む兵たちに、激励と賞賛を」
静まり返った広間に、ティア様の声だけが響く。
「わたくしと守護騎士のメーラも、先程まで四層にて魔獣との戦いを経験してきましたわ。七日前と今日で二度。そんな短期間にも四層は様変わりしていましたわね。より手強く……、今後を考えることが恐ろしくなる程に」
続く言葉で兵士たちの一部が肩を動かした。驚きの表情になっている人もいる。何かに気付いたかのような視線をこっちに向けている人も。
そりゃあそうだ。ティア様が七階位の【強拳士】だなんていうのはこの国で、しかも軍に所属していれば知れ渡っていてもおかしくない。二層の限界階位が七。そんなティア様が、三層どころか四層で戦ってきたということ自体が意味不明だ。
「お察しの通りですわ。わたくしとメーラは、彼ら『一年一組』に階位上げを依頼し、現状で十一階位となりました。明日には十二階位を達成するつもりですわ」
「なっ!?」
ついに驚愕の声が飛び出すが、それでも兵士たちはなんとか姿勢だけは保っている。階位とか関係なしに、こういうところは軍人って感じだよな。冒険者だったら大騒ぎになっているかもしれない。
冒険者とは違って侯国の、ましてや侯爵家のご令嬢のレベルアップなんて、いちいち公表はされていないのだろう。アウローニヤに嫁ぐ前提で七階位で止めていた時期が長かったから、そっちが広まっているのは当然として。
数年の時を経てティア様がレベリングを再開してからまだ十日とちょっと。国の上層部や迷宮入口の衛兵から噂くらいは流れていたかもしれないが、この場に集まる兵士たちが把握できていなくても仕方がない。
「ペルマの異常が続き、状況が悪くなっていくならば、わたくしも何らかの形で立ち向かいたいと考えていますの。そのためには戦うための力が必要ですわ」
握りこぶしを胸に当てたティア様が、決意のこもった瞳を兵士たちに叩きつける。
尋常な発言ではない。彼女は兵士ではなく、冒険者でもないのだ。ティア様はこの国のお姫様。迷宮に異変が起きていたとしても、本来王城の奥で社交の華としてあるべき存在だ。
けれどもティア様はドレスではなく革鎧姿でここにいる。居並ぶ兵士たちの一部よりも高い階位となって。
「彼らのような若輩から学びを得るという行為に、忌避感を覚える者もいるかもしれませんわね。ですがっ──」
なるほど、そう繋ぐのか。
侯爵令嬢である自分ですら俺たち『一年一組』を頼ったのだから、兵士たちだってそうしろという論法だ。嬉々として俺たちに絡んできたクセに、そんなコトはおくびにも出さないのが悪役令嬢っぽい。
「あらゆる手段を持って対峙する必要がありますわ! それが迷宮に挑むということ。わたくしに言われるまでもなく、栄えあるペルメッダの精鋭たちならば、承知していることでしょうね」
いちいち兵士たちを持ち上げる辺りが上手いというか、『ホーシロ隊』にディスられた時に俺たちの背中を押した演説でもそうだったけど、ティア様ってアジるよなあ。
うん。一部俺たちのことを訝し気に見ていた国軍の人たちの目つきが変わっていく。さすがはティア様だよ。
「繰り返しますわよ。わたくしは果敢にも迷宮に飛び込むあなた方に、最大限の敬意を表しますわ。よって──」
そんなセリフと共に、ティア様が纏っていた苛烈なオーラが弱まった。そろそろシメのお言葉かな。
「そんなあなた方、誇り高きペルメッダ国軍兵士たちに、わたくしから施しを致しましょう」
ここで本日二度目となる施し発言である。高飛車なところは悪役令嬢の本領発揮だ。
地上から持ち込んだジンギスカンこそ『サメッグ組』と一緒に食べ尽くしてしまったが、ティア様とメーラさんがトドメを刺した食材はまだまだ残されている。
たとえ九割が組合に抜かれたとしてもそれなりの金額にはなるが、ティア様の選択はそうじゃない。朝イチの依頼を受けた俺たちに、どうせならばここで兵士たちの士気を上げる方に使うべきだと彼女は言い張ったのだ。士気とか抜きに、元々俺たちもそういう意思を持ち合わせていたし、素材が余るのも目に見えていたからこちらに否はない。
むしろ、ティア様と一年一組の考えが一致していたのが愉快なくらいだ。
この機会にティア様へ向けられる、ペルメッダ軍の兵士さんたちの忠誠やら好感度を上げるのも悪くないしな。
「わたくしとメーラが手ずから倒した魔獣を、『一年一組』が調理した品ですわ。ささやかではありますが、四層の前に英気を養ってくださいまし」
「おおっ」
「姫様自ら、だと」
「なんという栄誉」
「お優しく、育ちなさいましたな」
さっき俺たちがティア様のレベリングをやっているって聞いた時にはなんとか踏みとどまっていた人たちだけど、ここで決壊だ。
なんか、涙している人までいるんだけど。とくに年配な人たちが……。ティア様って小さい頃は、どんな扱いだったのやら。
ま、まあ、いい感じの方向で盛り上がってるから良しとしよう。ウチの連中などは一部がドン引きしているけどな。
「ほかの部屋で警戒にあたる者たちを先にいたしましょう。配膳の仕切りはミノリに任せますわ。ナギ、よろしいですわね?」
「畏まりました」
「問題ありません」
すかさず繰り出されたティア様の指示に、微笑みを浮かべた上杉さんと、兵士たちの様子に若干引いていた綿原さんが答える。
あくまでこの炊き出しがティア様主導っていうのを印象付けたいのだろうけど、悪役令嬢様から『わたくし『一年一組』のコトを理解していますのよ』ムーブが感じられるんだよなあ。
先に料理長たる上杉さんの名前を出して、そこから迷宮委員の綿原さんへの事後承諾っていう繋ぎが実にそれっぽいし。
「では、ティア様の仰った通り、警備してくださる方を先に。料理は作り終えていますので、お待たせすることはありません」
八十人近い兵士を前にしても上杉さんに怯みはない。伊達に幼い頃から小料理屋『うえすぎ』の看板娘をしていたわけではないのだ。
ちゃんとティア様を立てながら、おじさんやお兄さん、一部お姉さんとおばちゃんを誘導していく。
「一人一杯だからねえ」
汁物の配膳担当主任は温泉宿の娘にしてアネゴな笹見さんだ。オタマを手に、威勢のいい声でカニと白菜の入ったスープを兵士から差し出されたカップによそっていく。
「じゃんじゃん焼いてるから、どんどん食ってくれ。です」
「焼きたてで美味いすよ」
焼き物は副料理長の佩丘がメインで、最近ではすっかりサブとなっているピッチャー海藤も大活躍だな。
こちらは牛とヒヨドリ、ジャガイモとニンニクの炒め物だ。塩コショウを多めに使い、ペルメッダ風に仕上がっている。鉄串が足りていないのでこんなメニューにしたらしい。
「へえ。こりゃあ美味そうだ」
さすがに国軍兵士だけあって、彼らは割り込みなんてすることもなく、順番を守って整然と料理を受け取っていく。
「全部が四層素材か。すげえ贅沢じゃないか」
「これを姫様が狩ったのか。二度と味わえないかもしれないなあ」
「感謝して食べないとね」
「わたし、家族に自慢する」
早速隣の部屋から、景気のいい声が響き始めた。最初から心配なんてしていなかったけれど、やっぱりウチの料理番たちの作る食事は外れない。
「ありがとう、リン。兵士たちの士気も上々だ」
「どういたしまして、ですわ。ウィル兄様」
侯爵家の兄妹が含みのあるお顔で会話をしているけれど、それはまあいいか。
思惑はどうあれ、美味しい食事はそれだけで正義なのだ。
次回の投稿は明後日(2025/08/29)を予定しています。




