第546話 三人目の
『いらっしゃいませ』
『やあ、若旦那。今日はレジに若女将、いないんだね』
『今はバックヤードですよ。それと、若旦那と若女将はちょっと……』
『なぁに言ってるんだ。こないだ『うえすぎ』で、ウチの将来は安泰だって、ココのオーナーに自慢されたばかりだぞ』
『気が早すぎますって』
まったくもって山士幌のネットワークはどうなっているのやら。有象無象なネットの情報よりも、余程根拠があるのが始末に悪い。
『ははっ、ここの将来が楽しみだ!』
『どうしたの? 広志』
『何でもないさ。からかわれただけだよ、凪』
レジの奥から顔を出した彼女が当たり前のように下の名で俺を呼ぶ。それに答える俺も。
『広志』
モチャっと笑う凪……、ん? 綿原さんがそっと手を伸ばし、俺の頬に触れようとして──。
『広志』
ピタンと叩かれた。え?
痛くはないけど、どういう状況だ? 俺って怒られるような事、したか?
『起きてくだサイ。広志』
気付けば目の前の綿原さんが、金髪ポニテで緑色の瞳をしたエルフみたいな美少女になっている。あれ?
◇◇◇
「お寝坊デスよ、広志」
「……ミア?」
妙に嬉し気な声が聞こえて目を開けた俺の視界に飛び込んできたのは、滅茶苦茶楽しそうなミアの顔だった。
「もう一発デス。んふふぅ」
「いや、もう起きたから」
やたらと良い笑顔で腕を振り上げたエセエルフにツッコミを入れつつ、俺は慌てて上半身を起こしてみせる。途端座ったままのミアの顔が不満気になるが、こういうシチュは勘弁してほしい。どうせミアのことだ、ピシャピシャするのが楽しかっただけなんだろ?
「あれ?」
そこで視界に入ったのは、俺を挟んでミアの反対側に座っているのに、こちらに背を向けた綿原さんだ。何でそんなに耳が赤いんだ?
まさか俺、またなんかやっちゃいましたか? ではなく、もしかしてヤバい寝言をカマしたとか。
「残念だけど、寝言は無かったなあ」
エスパーみたいな察知能力で俺の動揺に忍び込んできたのは、すぐ傍に立ち、ニヤニヤしながらこっちを見下ろすチョイイケメンな古韮だった。
「ただまあ、なんていうか、やたらと無防備でニヤニヤしながら寝てるもんだから、な」
何が『な』なのかは知らないけれど、そのニヤつきはどうなんだ、古韮よ。
「【安眠】ってそんなにいいものなのかなあ」
「【安眠】は最強デス! 夢はすぐ忘れるけど、毎晩ウキウキデス! 持っているのはワタシと広志だけデスよ」
俺を覗き込むようにしながらネチっこいコトを言ってくる古韮にミアの煽りが入った瞬間、赤かったはずの綿原さんの耳がすっと白くなった。へえ、人の肌の色ってこんなにも簡単に変わるんだ。
「ミアの【安眠】自慢は聞き飽きたのだけど」
「凪が取らないのが悪いんデス」
「じゅ、十三階位でっ」
「魔力は大丈夫なんデスか? 【多頭化】を使うと大変って言ってマシた」
「くっ。どうしてミアはこういう時だけ正論になるのかしら」
「ワタシはいつでもマジメデス」
ズバっとこちらに向き直った綿原さんが、俺を挟む形でミアと張り合い始める。どちらかというと綿原さんがムキになってて、ミアは無垢に受け止めている感じだけど、なんだこれ。
古韮もその厭らしい笑みを止めて、二人をなんとかしてくれよ。
「自分で倒した獲物を食すのはやめられませんわ! 見事な調理ですわよ、シュンペイ」
「お、おう」
少し離れた場所ではバーベキューセットが展開され、順調に焼き鳥が仕上がっているようだ。今気付いたけれど、肉の焼けるいい匂いが辺りを漂っている。
ティア様もすっかり迷宮食が当たり前みたいになっているし、やたらと満足そうな邪悪笑顔が眩しいよ。
焼き鳥を担当してる佩丘は理学療法士を志望しているけど、イザとなったら屋台の店主とかでもやっていけそうだよなあ。
などという現実逃避はここまでにして。
「ええっと、俺ってそんなに長く寝てた?」
「なんで俺に聞く?」
「……質問に質問を返すなってヤツなんだけど」
床に座る俺の両脇では鮫女とエセエルフがなんかやり合ってるし、どっちかに声を掛けたら角が立つだろうが。察しのいい古韮なら、とっくにわかってるはずなのに、コイツときたら。
「四十分ってとこだな」
「そうか。やっぱり寝坊だったんだ」
「いい夢見れたんだろ?」
「……まあな」
それでも結局は状況を教えてくれるあたり、古韮は良い友人だなって思ったけれど、余計な一言をくっ付けないように。
「どんな夢を見たんデスか?」
「あー、山士幌に戻ってたって感じ。おぼろ気だけどな」
すかさず食い付いてきたミアには曖昧に返しておく。実際もう、なんかいい感じの夢だったってくらいになってるし。
ミアの反対側で耳を大きくしている子が登場していたのは間違いないけど、すでに内容はそれこそ夢の中だ。
「みんなのぶんだよ。ほら!」
「カッコいいでしょ、コレ。野来くんに教わったんだよ!」
混沌とした場にクラスの元気印な二人、ロリッ娘の奉谷さんと、俺の親友たる夏樹が小走りでやってくる。この状況で最高の助っ人だな。古韮とは大違いだ。
俺の知る日本のモノより肉が大き目にカットされた焼き鳥を、奉谷さんは両手に三本ずつ握って、何故か自慢げに高く掲げている。対する夏樹は、握りこぶしを作った指の隙間からこれまた三本ずつ。なんで両腕を左右に伸ばしているのやら。
うん、アニメで見たことあるよ、そういうの。野来は何を教えているんだかなあ。
ピュアな夏樹がこっち側になってしまうじゃないか。それはそれで、アリ寄りのアリだけどさ。メガネ忍者な草間も、最近ではワリとそういうムーブだし。
「ありがとう。はい、八津くん。気分はどう? 最初に聞かなくちゃいけなかったのに、ごめんなさい」
「やっちまいマシた。ごめんなサイ、広志」
焼き鳥を持ってきてくれた二人の恰好に毒気を抜かれたようで、串を受け取った綿原さんはちょっと頬を赤く染めつつ、俺に手渡してくる。反対側のミアもバツが悪そうに謝ってくれた。
二人が仲良くしてくれると、俺としても助かるよ。
「うん。体調は問題ないよ。美味そうだな」
だから俺は笑って焼き鳥を受け取り、それを頬張るのだ。
うん、今回のは塩オンリーか。これはこれで肉の味って感じで悪くない。
「蒸かしイモもあるっしょ。バターは自分でねぇ」
今度はジャグリングでもするかのように四つのジャガイモをポンポンと宙に浮かばせたチャラ子な疋さんがやってきて、そのうち一個を俺に投げ渡してくる。
これは嬉しい。やっぱり俺はジャガイモ派なんだよな。あれ?
「ジャガイモなんて持ち込んでたっけ?」
「八津が寝てるあいだに五体っしょ。みんなで静かに倒そうって、凪がねぇ~」
俺の疑問に、悪い笑みを浮かべた疋さんが答えてくれる。
「や、八津くんの指揮が無くたって、それくらいならできるわよ。八津くんの護衛は古韮くんがやってくれてたし、ちゃんとトドメはティア様とメーラさんに回したわ!」
声のトーンが高くなった綿原さんがアワアワしながら解説を加えた。白いツインヘッドなサメがビチビチしているのが面白いよな。
「そうか。ありがとう。さすがは迷宮委員」
「……どういたしまして」
俺を起こしたくなかったという気概がありありと伝わってきたので、ここは素直に礼を言っておこう。
モチャっとはにかむ綿原さんと、笑顔なミア。周囲でいろんな表情をしている仲間たち。こういうのって悪くないよ。
だからこそ必要であれば、俺は【魔力観察】をためらわないし、それ以外でもなんだってやってやるんだ──。
「あれ?」
「どうしたの? やっぱり調子がまだ──」
場にそぐわない俺の声を聞いた瞬間、綿原さんが一気に距離を詰めてきた。近いよ。綿原さん、近い。
「技能が増えてる。【冷徹】が候補に……、なってるんだ」
とりあえずはありのままを白状しておく。一年一組でこの手の隠し事はナシだからな。あとはなるようになれだ。
「八津くん……」
「ワタシに出てないのが悔しいデス」
凄まじく複雑そうな表情をしている綿原さんとミアだけど、そんなに欲しいか? 要る要らないなら、あった方がいいけれど。
「【平静】があった上で、よっぽど精神が追い込まれたら出るって……、ことか。羞恥だけじゃなく、衝撃でもアリなのか。あとは個人差とか【平静】の熟練度もか?」
「なんで哀れっぽく検証してるんだよ、古韮」
「いや、だって、なあ。あの深山と先生。で、お前だろ? どう考えたって精神的な圧じゃないか」
くたびれたように両腕を軽く広げた古韮は、もはや確信に至っているようだ。
草間がムキになった【鉄拳】騒動では体を痛めつけるっていう条件だったけど、【冷徹】は精神的ダメージか。
そうなんだろうという想像はできていたけど、俺で三人目ともなれば、ほぼ確定なんだろうな。
アウローニヤで【魔力観察】を使ってぶっ倒れた時に出てくれていても良かっただろうに、これだから技能の出現パターンは面倒くさいんだ。完全な特定が難しいっていうか。
サメを殴って【鉄拳】を出してしまう女子もいるくらいだし。
「出たんだ。八津クンにも。仲間だね」
「出現条件を考えると……、胸が痛くはなりますが」
直接聞こえたのか、それとも伝言ゲームで知ったのかはわからないけど、【冷徹】所有者の深山さんと滝沢先生までもがやってきて会話に加わる。
どうして瞳の中に哀れみが混じっているんだろう。
「辛かった、よね」
栗毛で赤目の深山さんが、心の底からって月並みな表現がピッタリ嵌りそうな声色で、いたわりの言葉を投げかけてきた。
普段は感情があまり動かない彼女がここまで言うとはな。クラスで一番最初に【冷徹】を出現させた深山さんの闇の深さはどれ程だったんだろう。
「なんか悔しいデス……。そうデスっ! 広志、ワタシの悪いところを言ってくだサイ! ワタシは欠点なんて無いから難しくっても、広志なら見つけられるかもしれまセン! 広志に言われたら出そうな、そんな気がするんデス!」
沈痛な空気のせいで静かになってしまった広間に、突如ミアの声が響き渡った。
やろうと思えば幾らでも挙げられるよ! ミアは自分自身をなんだと思っているんだ? 上側に振り切ったその自己評価はどこからくるんだよ。
そりゃまあ途轍もない美少女で、戦力としても、心の支えでも、滅茶苦茶助かってるけどさあ。
「や、八津くん、わたしを罵って! サメサメっ、サメの悪口でもいいからっ。そうしたらわたしにも、もしかして。でも、サメを悪く言われたら、わたしどうなってしまうか。あ、セミとかトマトなら、なんとか耐えられるかも──」
なあ、綿原さん。さっき【魔力観察】使った俺に、落ち着けとか言ってたよな?
ミアがお揃い好きなのは知っているけど、綿原さんまで一緒になって必死なのはどうなんだろう。
さっきから二人の緩急が激しすぎる。
それとだな……、綿原さんとミアは俺のことをなんだと思っているんだ? 罵倒が得意技だとでも?
疋さん、こっちに指を向けてケタケタ笑うのをやめてくれ。古韮もだっ。
「コウシに面白い技能が出たと聞きましたわ! どういうことですの!」
ここで鉄串を握ったティア様まで参戦か。ああもう。
◇◇◇
「なんか広志と【冷徹】って似合わないデス。広志はもっとワチャワチャ慌てるキャラだと思いマス」
「ミアに同感。八津くんは指揮する時ってノリノリで叫んでる気がするのだけど。それで、取るの?【冷徹】」
ミアと綿原さんから飛んでくる毒舌にもめげず、一年一組は迷宮四層を進む。ダメージが入っているのは俺だけなんだけどな。
君たち、さっきまで【冷徹】を出そうとしていた必死さはどこへいったのかね?
「どう考えても【身体操作】が先だよ。それと【鉄拳】や【聴覚強化】。取るとしても【冷徹】はかなり先だなあ」
さすがに俺だってここで内心を吐露する程バカじゃない。
確かに冷静系指揮官に憧れがないわけではないが、現状で上手く回っている以上、俺自身の強化が先になる。
ティア様が乱入することで大騒ぎとなった場は、しばらく放置されたのち、副委員長の中宮さんと暗黒聖女な上杉さんが降臨することで、見事に鎮圧された。
罪一等とされたのは、なんと綿原さん。迷宮委員が迷宮で錯乱してどうする、というのが中宮さんのジャッジだ。前回の【多頭化】とか砂糖で狂喜していた綿原さんは、これで三度目ということもあり、あのミアよりも重罪とされたのだった。
とはいえ迷宮内で何かをするわけでもなく……、まあ正座五分とお説教くらいはされてたけれど、それで終わり。あとを引きずらないのが一年一組なのだ。ちなみに俺はギリギリセーフ判定をいただいて、無事。
そんなわけで、綿原さんとミアは元気に迷宮を歩いている。
◇◇◇
「ここは三。やっぱりさっきの部屋が当たりだと思う」
「罠は無し。しばらくは魔力部屋の周囲をなぞっていく経路でいいかな」
部屋を移動するたびに草間が魔力量をカウントし、記録係の奉谷さんや白石さんがメモをしていく。
俺はといえば余程の事態でもない限り、本日の【魔力観察】は禁止とされた。なので【観察】を使ってトラップ探しに集中している。
ちなみに俺が寝ていた魔力部屋は、牛を三体吸収しても魔力量が目に見えて増大してはいなかった。その辺りは予想通りだな。
『また報告しなきゃだね』
なんて、シシルノさん専属の白石さんが苦笑していたが、本人はワリと教授とのやり取りを楽しんでいるらしい。王女様を挟んでるんだけどな。
前回の手紙では影から魔獣が現れた件と【気配察知】で停止できる可能性が高い事を伝えてある。三日後に送付予定の次回は、魔獣の吸収を確認したって報告だな。アウローニヤの頭脳にして魔力マッドなシシルノさんは喜んでくれるだろう。
「なあ、丸太戦法って俺たちにもできると思うか?」
「ウチは『氷床』があるし、誰かにぶつけちゃいそうで、僕は怖いかな」
「冒険者たちは丸太を担いで十年以上、だもんなあ」
さっき倒した丸太の中で傷が少ない四本を担いだ騎士職たちが話しているのは、最近の『魔獣溜まり』に対応するために冒険者のあいだで流行しつつある丸太戦法についてだ。
理屈は単純で、複数方向から魔獣が来るならそこに丸太を置けばいいじゃないかという考え方。シンプル故にわかりやすくて、有効そうに思える戦法だ。
動きながら戦うのを得意とする『一年一組』からは生まれてこないアイデアだよな。なにも俺たちだけが最先端でも、唯一の正解を握っているわけではない。冒険者たちだって、彼らなりに今回の迷宮異変に対応しようと模索しているという一例だろう。
けれども今のところ俺たちは、採用には消極的だったりする。少しだけなら試してもいいかな、くらいの程度だ。
丸太戦法は諸刃の剣だと俺たちは考えている。魔獣をせき止めるのに有効な手段であることには賛成できるが、同時にそれは自分自身にも当てはまるからだ。
戦域が一部屋や二部屋で、複数種の魔獣程度であれば確かに安定するかもしれないが、今後『魔獣溜まり』が『魔獣の群れ』となった場合、常にルート選択を迫られるような戦いとなる。その際、設置した丸太が、自らのルートをふさぐことになりかねないのを、俺たちは問題と感じるのだ。
「群れになったら危ないんじゃないかって、伝えてあげないの?」
「実際に見たことないし、あくまで俺たちの想定だからなあ」
「もしかしたら上手くいっちゃうかもだしね。丸太作戦」
「そういうこと。マクターナさんにそれとなく伝えて、あとはあっちに任せるくらいでいいと思う」
前の方でなされている会話を耳にしたロリッ娘な奉谷さんが俺に話し掛けてきた。
腰に白菜をぶら下げているのがシュールだよな。俺もなんだけど。
一年一組の特徴がこの戦法にはマッチしない。丸太で魔獣の妨害をするならば、ウチの場合は術師で担うことができている。
そしてなにしろ迷宮の広間は平坦ではない。水路だけではなく、いたるところが段差だらけ。そんな床の狙った場所に、果たして正確に丸太を置くことはできるのか。
前列で古韮がボヤいていたように、俺たちがこの世界に飛ばされてきて百日足らず。アウローニヤの後半では、素材なんてどうでもいいみたいな戦いばかりだったので、技能の熟練度と同様に丸太操作に欠けるのが一年一組という集団だ。
十年以上も冒険者をやってきて、下積み時代に運び屋をやっている人たちとは経験が違いすぎる。
丸太の扱いに慣れてる高校生一年生がいたら怖いよ。
まあウチのクラスの場合、大人のあしらい方が上手すぎる人とか、尋常じゃないくらい武力に優れた仲間もいたりするんだけどな。
「丸太の上げ下げよりか、メイスと短剣だよな」
腰のメイスを叩く古韮の言う通りで、俺たちはそっちを重視するのだ。要は冒険者として方向性の違いだな。
騒がしくはないけれど、会話の止まない一行は迷宮を行く。
◇◇◇
「なあ、全員でコレやったら、話が早くないか?」
戦いの推移を見届けたミリオタの馬那が、ボソっと呟いた。
「ほとんどの連中が的を外して、初手で間合いを大損するだけだろうなあ」
「マネできそうなのって、ミアか疋くらいだろ。ミアは弓なんだし」
「荷物が多くなりすぎて素材を持って帰れなくなりそう」
途端、クラスメイトたちからはネガティブな反応が返ってくるのが残念だけど、おおよそ現実だろう。
「わたしはムリよ。いちおう『木刀投擲術』は習ったけれど、得意じゃないの」
さらっと木刀を投げつける技があると中宮さんは言うけれど、『北方中宮流』ってどれだけなんだよ。
魔力部屋の周囲をめぐる途中で不意に起こった五体のカニとの遭遇戦だったが、海藤の槍による先制三連射によって、戦闘は想像以上に早く終わった。
なにせカニ最大の攻撃手段となるハサミの片方が一射ごとに吹っ飛んだのだ。勢いよく回るハサミを盾でガードするのが仕事である馬那あたりから、槍最強論が出てくるのも仕方がない。
「わりい。全部当たったのってマグレだ。たまたまいい感じの距離にいてくれたからなあ。角度次第では弾かれてたと思う」
「海藤くん……」
バツが悪そうな表情で頭を掻こうとしてメットを被っていたことに気付き、苦笑となった海藤に、中宮さんが真剣な視線を送る。
「混戦で使えないのはもちろん、球数を増やせば荷物が多くなる。一度投げたら、戦闘中に拾いにいくのは危ない。小さい魔獣には当てられないし、柔らかいのは素材をダメにする。今のとこは蟹か牛、馬の足止めに使うのが精々だな」
比較的脳筋傾向が強い方なのに、海藤の自己分析は見事なくらい的確だ。
「今の時点じゃ百発百中どころか三度に一度か二度と思ってくれ」
ネガティブな言葉の羅列に、クラスメイトが静かになってしまう。カニの素材回収組も顔を上げて手が止まっているし。
『野球はな、頭だって使うスポーツなんだ。自分の得意不得意を把握して、場面ごとでできるプレーを考え続けるんだよ』
そういや以前、アイツはそんなことを言っていたっけ。
「見事ですわ! 自己の弱みを自身で判定できる人間がどれだけいるか。タカシの評価を一段上げる必要がありますわね!」
「そ、そうすか。ありがとうございます」
「礼には及びませんわ。わたくし、正当な査定を旨としておりますの!」
尊大の権化みたいなティア様から高得点を与えられた海藤は、頭の代わりに頬を指で掻くのだった。
次回の投稿は明後日(2025/08/25)を予定しています。