第545話 困難を知恵と工夫で乗り越えて
「ヒヨドリの向こう側に牛か。面倒な配置だな」
「両方とも動いてないね。たぶん牛のいる方が魔力部屋になってるんじゃないかな」
「道理だよな。草間って迷宮の魔力研究者っぽくなってきてるぞ」
「シシルノさんみたいな口調にしようかな」
中指一本でメガネをクイっとさせる草間を見て、俺は笑いそうになってしまう。教授口調の草間なんて、似合わないだろうなあ。
ピッチャー海藤が白菜を爆発させてから三十分程、俺たちは少々厄介な場面に遭遇している。
隣の部屋の天井にヒヨドリがたぶん十一体。その先の部屋には牛が三体だ。そしてこの三部屋は一本道だから、迂回するにも道のりが面倒臭い。かといって対策が確立しているヒヨドリは、見逃すにはちょっと惜しいんだ。
ヒヨドリは基本的に動きが鈍く、もちろん人が接近すれば途端に襲い掛かってくるのだけど、この場にいるぶんには問題ない。考える時間はある。
「どうすんだぁ? 迂回か?」
「時間がなあ。七部屋も遠回りだし、ここの魔獣を放置すると、あとでイレギュラーになりかねない」
「ハッキリしろや、八津。俺はどっちでもいいぞ」
ひねくれたコトを言う田村だけど、翻訳すれば俺の意見に従ってくれるって意味になる。
ヒヨドリと牛の位置関係が逆だったら話は早い。順番に倒せばいいだけだ。
けれどもこの場合、目の前の部屋に押し入りヒヨドリとの戦闘に入ると同時に、たぶん牛がやって来る。縦と横からの同時攻撃でも俺たちならば勝ち切る自信はあるが、ノーダメージとはいかないだろうし、なによりトドメの選別が保証できない。
ティア様とメーラさんを除く全員が【痛覚軽減】を持っているとはいえ、なにも進んで怪我をしたいヤツなんてどこにもいないんだ。
もう少しヒヨドリが少なければ突撃一択なんだけどな。
「広志。ワタシと貴、壮太で突っ切りマス。牛の足止めなんて、簡単デス」
「ミア、それは……。あ、いや、アリだな」
いきなり飛び出たミアの提案は、悪くない。強力な遠距離攻撃手段を手に入れた二人と、ステルスが利く忍者を走らせて牛を弱らせる手か。早速新兵器の使いどころを見出してくるとは。
ヒヨドリ部屋を突破するのだと自信満々のミアだが、そこは信頼と実績のエセエルフだ。降ってくるヒヨドリを避け切るだけの力はある。【気配遮断】持ちの草間は楽勝。問題は海藤か。アイツならヒヨドリの一撃くらい……、いや、万全を期すならば。
「海藤の護衛に野来を付けよう」
「僕? ああ、【風術】ってこと。春さんじゃなくっていいの?」
「牛に一撃入れたあとの草間の護衛もだよ」
「なるほどね」
俺の言葉に【風騎士】の野来が理解を示した。
野来には【風術】でヒヨドリをガードしたあとで、牛に対する物理防御をやってもらいたい。同じく風使いだけど、【嵐剣士】の春さんにはできない役割だ。
『誰かに言われた言葉の意味を、自分自身でも考えよう』
一年一組の標語って程でもないが、大なり小なり、ウチのクラスの連中はソレをする。
ミアの提案を俺なりにアレンジしたように、詳細を語るまでもなく野来だって答えに到達してしまうのだ。
「ヒヨドリが安定したらティア様とメーラさんに向かってもらうけど、野来と草間は──」
「倒しちゃってもいいんだね?」
「そういうこと」
オタっぽい言葉を交わしながら俺と野来は笑い合う。
草間と野来はまだ十一階位だ。遠慮なく牛を食べてくれても構わない。
「ヤバいと思ったらヒヨドリ部屋に引いてくれ。撤退の判断は……、ミアだ」
「お任せデス!」
野生の勘を信じるぞ。
再び俺から剛弓を受け取ったミアは、緑色の瞳をギラギラさせて獰猛に笑う。突き出された彼女の右肘に、俺は自身の肘をぶつけるのだ。
そんな俺とミアの周囲を頭が二つなサメが回遊する。近い、近い。
「こっちが先行して上を警戒しながら突っ込む。俺たちでヒヨドリを引き付けるから……、名前はミア隊でいいか。最後に駆け抜けろ」
「んふふぅ。聞きまシタね。ブッコミマスよ? 隊員の皆サン」
「へいへい」
「はーい」
「うん」
自分の名が冠せられたのが気に入ったのか、ミアが鼻息荒く手下に向かって薄い胸を張る。
「ヒヨドリ相手は術師が主力だ。トドメは極力ティア様とメーラさんに回そう。それ以外は護衛か防御、攪乱に専念」
「おう!」
さて方針は決まった。いっちょうやってやろうか。
「佩丘」
「なんだぁ?」
「戦闘が終わったらヤキトリ。頼んだぞ」
「言ってやがれ」
なんとなく佩丘に気軽い口調で話し掛ければ、返ってくるのはいつも通りの悪態だ。
ヒヨドリを倒すのがティア様とメーラさんということは、素材として納めたところで組合に九割抜かれてしまうのだから、換金するのはもったいない。
つまり食べ尽くす一手なのだ。ちょっと昼には早いけど、迷宮での食事タイミングはズレがちなのにはとっくに慣れた。
「じゃあペア決めしておこうか」
「はーい!」
ここから先は俺が指定するまでもない。半ば固定で、時には気分で各自が勝手に組み合わせていく。
たとえば野来がミア隊に入ったことで相方を求める白石さんには、すかさず佩丘が声を掛けている。ツンデレヤンキーめ。
「よろしくね、八津くん」
「こっちこそ」
「今日のサメはちょっと凄いわよ?」
そして、当たり前のように俺のところには彼女がやって来た。
ここで俺がぼっちにならないのが本当に助かるよ、綿原さん。
俺と綿原さんがバディモードになる度に、視界の端には羨まし気にしているミアが映ることが多いのだけど、今日は違う。
やたらと楽しそうに配下に訓示を垂れているようのだ。それにちゃんと付き合っている海藤、草間、野来も気のいい連中だよな。
「さて、活躍しようかねえ」
この状況では有力な戦力としてカウントされるアネゴな笹見さんが、腕まくりをするような動きで皆を見渡す。
全員が頷き合い、事前の意思は確認された。さて──。
「出撃ですわ!」
「おう!」
俺のコールを待たずしてティア様が突撃命令を下し、一年一組はそれに応えるのだ。
◇◇◇
「ヒヨドリ専用『水雷膜』っす」
仮称ヒヨドリ部屋に突入すると同時に、術師たちが動き出す。ノリノリでチャラ男な【雷術師】の藤永もそのひとりだ。
というか、ヒヨドリに対する安定って意味なら、藤永以上に効果的な魔術使いはこの場にいない。
【熱導師】の笹見さんや【氷術師】の深山さんも水球を浮かべてヒヨドリの急降下攻撃を防いではいるが、速度や軌道を逸らす程度の効果で、トドメまでにはもう一手が必要になる。【石術師】の夏樹も、攻撃力こそ高いものの似たようなものだ。
その点、通過したヒヨドリを強制スタンできてしまう藤永は強い。前回は切り裂きの深山さんがペアとなり無力化していたが、今は違う。
「ですわ!」
「はっ!」
ボトボトと落ちてきたヒヨドリに、ティア様とメーラさんが短剣を振り下ろせば終了だ。前衛職の二人はこの世界出身だけに、刃物の扱いには慣れている。動かないヒヨドリなんて一撃で仕留めてくれるのだ。
「ミア隊。行けっ!」
「ガッテンデス!」
ヒヨドリのヘイトは完全に俺たちに向けられている。そんな状況で俺はミアに叫ぶ。
そっちの方が危ないんだ。それでもミアたちならばやってくれるはず。頼んだぞ。
ステルスモードの草間は見えないけれど、駆け出す三人を視界に収めながら、俺は心の中で声援を贈るのだ。
「来るわよ。八津くん」
「おう……。二、一。四・二キュビ!」
「はいっ!」
ヒヨドリの到来を告げた綿原さんに合わせて、俺は天井に向けて腕を伸ばす。ミアたちの心配は後回し。こっちが安定しないと意味がない。
「え?」
「やったわ!」
そんな俺の秘めた思いは、綿原さんのサメがヒヨドリに直撃した瞬間に霧散した。
「羽が千切れた…」
「そ。狙ってやったのよ、あれ」
俺の目の前で背中を見せているだけに声でしかわからないが、綿原さんは今、間違いなくモチョっている。
三枚羽の一枚にダメージを受けたヒヨドリは錐もみしながら地面に落下していく。
「ティア様!」
「わかっていますわ!」
落着地点をチラ見で確認した綿原さんがティア様の名を呼べばそこまでだ。十一体のうち、これで三体。
「八津くんのタイミングありきだけど、最後の微調整は自前よ。胴体に直撃させてガラス入りの砂肝なんて食べたくないでしょ?」
ノリノリの早口で語る綿原さんの視線の向こう側では、ヒヨドリの羽を切り裂いた白いツインヘッドシャークがこちらに降りてくる最中だ。
【観察】で見ていたけど、凄いな。術が解けたのって、ヒヨドリに当たる直前だった。ほぼサメの形状を保ったままかよ。
しかも相手にダメージを入れてから、すぐに術を掛け直しているし。
現在綿原さんは白サメを一匹しか操作していない。全長は三十センチくらいの、彼女としては小さい部類になるサイズだ。
「言ったでしょ? スピードは変わらなくても精密操作と密度はイケるって」
「だから切り裂くために白サメなんだ」
「そ」
敢えて血を使わずに、珪砂を使い続けた理由が理解できた。
綿原さんは昨日一日試行錯誤した結果、ヒヨドリの羽くらいなら『切れる』と判断して、粘つく血サメではなく、削れる砂サメを使役しているのか。
「サメカッターか」
「どちらかというとヤスリみたいな感じね。サメ肌って言うでしょ?」
「もしかしてだけど、ジャガイモの蔓くらいなら──」
「試したいわよね」
俺の思い付きに、嬉しそうな声で綿原さんが返してくる。
「ね。ミアや海藤くんだけじゃなくって、わたしのサメも強くなり続けるの。一緒にみんなも、もちろん八津くんも」
「だな」
天井を睨む綿原さんのつむじが視界に入るけど、目を逸らすことはできない。
視界の中では夏樹が敵に石を当て、疋さんのムチが一体を打ち、【風術】でヒヨドリを揺らした春さんがバックラーを叩きつけているのが見える。あちこちから声を掛けられたティア様とメーラさんが走り回るのも。
今のところ六体。突入してから一分足らずでほぼ半数を倒すことができている。順調だな。
ミア隊に増援を送ってもいいくらい──。
「撤退して来まシタ!」
「ちくしょう。槍を回収できなかった」
ミア隊の四人がダッシュで戻ってきたけど、何があった?
◇◇◇
「もひとつ隣の部屋に三角丸太が二体デス。壮太が見つけてくれマシた」
「お隣はやっぱり魔力部屋だったよ。魔力は七」
上空を警戒して低い体勢でこっちにやってきたミアと草間が立て続けに報告をぶつけてくる。
「魔獣にこっち、捉えられたか」
「うん」
草間が断言するのならそうなんだろう。牛三体との戦闘中に丸太二体の襲撃なんて、盾が一枚しかないミア隊の構成では対応できない。ミアの判断は正解だ。
「けどまあ、牛の足は止めてある。もうちょいでトドメまで持っていけたんだけどなあ」
「あの状況じゃ撤退しかないよ。仕方ないでしょ」
背中の槍が一本だけになっている海藤が悔しそうにしているのを、野来が窘める。野来って山士幌時代とは違って、決断がキッパリしているよなあ。もっとナヨっちい感じだったのに。
「イレギュラーがあったら即撤退。それが冒険者だからね」
成長しただけでなく、冒険者ムーブも楽しんでいるのか。野来らしいよ。
「しばらく牛は来ない。けれども丸太はすぐに来る。それでいいんだな?」
「デス!」
扉の位置取りの関係で、ここから隣の広間の様子は窺えない。心強いミアの返事を信じることにしよう。ならば──。
「階位上げは中断! 誰でもいいからヒヨドリにトドメを刺しまくれ!」
「あぁぁい!」
「しゅぇあ!」
俺の叫びと同時に二つの奇声が広間に響く。
一年一組の誇る絶対の拳と剣。滝沢先生と木刀女子な中宮さんが、それぞれ一体ずつのヒヨドリを始末していた。
ここまではヒヨドリのヘイトを稼ぎつつ、達人ムーブで躱し続けていた二人が本気を出せばこの結果だ。片や左ジャブからの右肘で、もう一方はゆらりと動いて木刀の柄を叩き込むことで。
先生と中宮さんは十二階位。経験値はムダにはならない。ティア様とメーラさんのレベリングがちょっと遅れる程度だ。
今はそんな思考よりも、残ったヒヨドリ三体のヘイトを探れ。丸太に向かわせるメンバーを抽出するんだ。
「海藤、ミア。丸太が入ってきたところで全力射撃! 当たり所はどこでもいいけど、絶対に外すな!」
「おうよ」
「誰にモノを言っているんデス?」
頼もしい二人にだよ。
「盾は……、委員長、馬那、古韮、野来! 佩丘はそのまま白石さんを守ってろ!」
ヒヨドリの攻撃対象を判別してから動かせる騎士に声を掛ける。
すでにガタゴト、ガサガサという不気味な重低音が俺にも聞こえているんだ。五秒もしないうちに二体の三角丸太が同時にやって来るだろう。厭らしいことに、そこの扉がデカいんだよ。一体ずつなら楽なのに。
「来るよ!」
春さんの声に合わせたように巨大な三角形が二つ、広間に姿を現した。
◇◇◇
「せめてメーラにトドメを回してほしかったですわ!」
「まあまあ。牛の方をお願いします」
「仕方ありませんわね」
動かなくなった丸太に突き立った海藤の槍やらミアの矢をチラ見しつつ、ティア様が憤っていらっしゃる。
ワガママを言いつつちゃんと自分の非力を認めてメーラさんを推すあたりが、ティア様の心意気だ。
三角丸太との戦闘は数名の怪我人を出しつつも五分くらいで終了した。
最初の一分はヒヨドリと両方に気を配っていたが、疋さんと綿原さん、藤永が見事敵機を撃墜してくれた辺りで戦況は安定し、そこからは畳みかけるだけ。
ただし、いつ牛がやってくるかもしれない状況だったので、結果として丸太へのトドメは野来と古韮に配分することになったのだ。二人とも階位は上がらなかったけどな。
まあ、ここまでこっちに来ていないってことは、牛は瀕死の状態なんだろう。そっちをティア様とメーラさんにお願いすればいい。
「八津くんっ!」
「新手か!?」
「違う。逆。牛の気配が消えたんだよ」
「まさか……、【気配察知】を使っている最中にか?」
焦りが前面に出た草間の叫びだったが、どうやら魔獣のおかわりではなかったようだ。だけど、それとは別口で見逃せない現象が起きてしまった。
忍者な草間は常に【気配察知】を使い続けているワケではない。
一時期はソレに近いことをしていた頃もあったけど、【魔力察知】と併用しながら魔力消費を抑えるために、通常で三十秒に一度とか、戦闘時なら十秒に一回みたいなパルス状態で使い分けている。
「違うよ。合間で消えたんだ」
なるほど見えてきた。迷宮め、やってくれたな。
◇◇◇
「マジでリサイクルってことかよ」
以前アラウド迷宮で最初に魔獣の影を見つけた時の議論で田村が使った単語を、ヤツはここでも繰り替えしている。田村がシシルノさんに提唱した説は、結果的に正解だったということだ。
ヒヨドリと丸太の後始末を仲間に任せ、こちらの部屋にやってきたのは俺と綿原さん、先生、藍城委員長、田村、ミア、草間、海藤、野来。現場を知っているミア隊のメンバーと硬い頭脳派、迷宮委員というメンツとなっている。
硬い頭脳派という表現がアレだけど、物理的にって意味だから悪口ではない。要は上杉さんや白石が含まれていないってだけだ。佩丘も考えるタイプの一人ではあるのだけど、アイツはこういうのに積極的じゃないからなあ。
さておき、現場に来れば状況も見えてくる。
「本体どころか、血まで消えているのね」
「草間の【気配察知】があるから魔獣が逃げたっていう線は考えにくいとは思ってたけど、確定なんだろうな」
血にこだわる綿原さんのセリフから、もしも逃げたのならば、血痕が残るだろうということに気付く。やっぱり『吸われた』可能性が高い。
「槍が残ってくれてて助かったよ。牛が消えたって聞いてゾワっとしたぞ」
「刺さった矢は消えてマス……」
ほっとしたような海藤と残念そうにしているミアの対比は面白いけど、思い出話にするにはまだ早いか。
瀕死の牛が消えてしまった部屋の片隅に、海藤の槍とミアの矢が残されていた。おそらく貫通したからこそ無事なのだろう。
「発見ではあるよな。しかも二つもだ。確認する、か」
「八津くん……」
意を決して【平静】を回しつつ、俺は【魔力観察】を使った。
何をしようとしているのかに気付いて表情を変えた綿原さんには申し訳ないけれど、これはやっておくべきことだ。
「牛の影が三つ。胴体に刺さった矢も見える。千切れた脚……、四本もか。ミアと海藤は、凄いな」
薄っすらとだけど微妙に色違いな赤紫の影が、確かに見える。矢だけが白いままなのが興味深い。
思い出したくもないけれど、アウローニヤの近衛騎士総長の逆パターンだ。あの時は牛が残されていて、人が先に吸われていた。たぶんだけどランダムなんだろうな。
それにしても、ダメージを受けて動けなくなった魔獣まで呑み込むのかよ、迷宮め。
確かにトレインや救助以外で、最初から負傷していた魔獣なんて見たことがないから、その可能性は感じていたけれど。
「影が薄れて……、いく。人も魔獣も、お構い無しか」
あ、やばい。心臓がバクバクし出した。
おい、もうちょっと真面目に仕事してくれ、【平静】。
「八津くんっ! そこまでよ!」
叫び声と共に俺の胸にサメが直撃した。もちろん痛いわけでもないけれど、綿原さんの意思も一緒に胸に叩き込まれた気がする。
サメアタックの直後、綿原さんは俺と魔獣の影のあいだに割り込んだ。
「【魔力観察】を止めて落ち着いて。わたしたちは、わたしは、八津くんのいない迷宮なんて、絶対にイヤなの」
「大丈夫だよ、綿原さん。あの時ほど酷くないから。ただ、ちょっと、ね」
絶対に俺の前から動かないといわんばかりに、綿原さんは目の前で仁王立ちをしている。魔獣の影を俺に見せない位置で。
「正直に言って、八津くん」
「万全とは、言いかねるかな」
「そうよね。顔色で一目瞭然。だから眠って」
「は?」
物凄い責任放棄を綿原さんは提案してきた。しかも大マジ顔で。
なぜか周囲の視線も綿原さんと概ね同様だ。先生なんかは凄く心配そうな表情をしているのが、やたらと申し訳ない。
本気でこの場で寝ろっていうのかよ。
「八津くん。【安眠】を使って。三十分だけでいいから。わたしたちは後始末と食事の準備をするわ。イザとなったら叩き起こすからね」
「……なるほど。アリだね。緊急パターン二十のAで、あとは頼むよ。ユーコピー?」
「アイコピーよ。お休みなさい、八津くん」
この場合って牛の経験値はどうなるのかな、なんてコトを考えつつ、俺は眠りについた。
次回の投稿は明後日(2025/08/23)を予定しています。