第543話 悪役令嬢と付き合っていく
「冒険者たちの大騒ぎで話はお終いよ」
昨日の出来事を説明し切ったティア様担当である中宮副委員長は大きく息を吐く。聞いている側としてはかなり詳細に語られたと感じたし、過不足の無い内容だったと思う。中宮さんのシッカリした性格が出ていたって感じだな。
「その場にいなかったことが悔やまれますわ」
「ボク、期待してたんだよ。一番の仲良しはわたくしですわー、って登場するの!」
「まあまあまあ、やはりメイコは見る目がありますわね」
昨日組合事務所で巻き起こった最後の争乱を聞き終えたティア様が本気で悔しがり、それをロリッ娘な奉谷さんが一気に解消する。
奉谷さんってすっかりティア様とメーラさんの鎮静剤だよな。鎮静とは違うか。興奮剤か安定剤?
なんにしろ、そこに欠片も打算が無いあたりが彼女らしい。悪役令嬢マニアとして俺も負けていられないという思いもあるけど、やっぱり奉谷さんの真っ直ぐさには敵う気がしないよ。
すっかり機嫌を取り戻したティア様だけど、説明の道中では感情のままに合いの手を入れていた。
ミーハさんとマクターナさんの演武を見た話では悔しがり、俺たちの戦いやレベルアップを喜び、賞賛し、『赤組』救出では前のめりになって大興奮。そして聖女な上杉さんが【聖導術】を使ったというところで納得したようなマジ顔に──。
それでいて最後の冒険者マウント合戦で憤慨してしまうあたり、中宮さんの語りが上手いのか、それともティア様のノリがいいのか。
「どんな秘め事があるかと思えば、そういうことでしたのね」
「美野里の個人的な考えじゃなくて、わたしたち全員で決めていたの。ここまで親しくなったのに黙っていたことは、申し訳ないと思っているけれど……」
腕を組み俺たちに睨むような視線を投げつけてくるティア様に対し、中宮さんが真摯な言葉を贈るのだけど、クラスメイトたちの中には悪びれていない者もそれなりにいる。
ティア様に上杉さんの聖女バレをするかどうか、クラスで昨晩話し合いが行われた。
勇者リーダーなのに真顔で嘘を吐けてしまう委員長やリアリストで皮肉屋な田村なんかは、伝えること自体にはむしろ積極的に賛成していたけど、うしろめたさなんかは感じる必要ないって立場だ。実は綿原さんなんかもそっち側だったりする。
いきなり異世界に飛ばされて、訳もわからずここまでやってきたのだ。秘密のひとつやふたつ、あって当然だからと。
同時に俺たちはティア様を信じている。今も邪悪っぽいオーラを立ち昇らせている悪役令嬢は、傲慢で傍若無人ではあるものの、芯の強さと信義を持っているからだ。中宮さんは、勘の良さにも言及していたっけ。
良い人悪い人、こちらの世界で様々な人を疑い、そして信じることができるようになってきた俺たちは、ティア様とメーラさんならば大丈夫だと、最終的にそう判断した。
決め手となったのは俺たち全員が、上手く口をつぐめるかだ。昨日の武勇伝をティア様が聴きたがるのは必然だし、その際クラスの誰かが口を滑らせるのが最悪のケースだとした委員長の考えは正しいだろう。
中宮さんはどちらかといえば情で、委員長はほぼ打算で。俺は……、卑怯だけど、どっちもってところか。
さて、俺たちが信じるティア様は、ここからどう出るのやら。
「もしもわたくしやメーラが大怪我をしたならば、あなた方は──」
「怒るわよ? ティア。わたしたちは相手が誰であっても同じことをするわよ」
「ならば、わたくしに隠していたことは許して差し上げますわ。もちろんこの件、父様や母様、ウィル兄様にも言わないでおきましょう」
「そう……。ありがとう」
そんな会話を経て中宮さんはキリリと、ティア様は扇を口元に寄せ、それからお互いに微笑み合ったのだ。
高飛車なティア様の言動を含め、なんとも美しい光景じゃないか。やっぱり中宮さんに応対を任せて正解だった。
ティア様のことだから、このタイミングでネタバレした俺たちの真意にも気付いたかもしれないし、それでも呑み込む度量を見せた可能性も結構高い。けれどもせっかくならば、コトは温かく進んだ方がいいに決まってるからな。
「それにしても伝説の【聖導術】。あなた方、本当に勇者なのですわね。このままでは魔族に戦いを挑んだりしそうですわ」
何故かティア様は、ジト目を俺の方に向けてくる。
まさかとは思うけど、俺が主導して魔王国に攻め込むとか想像したりしていないだろうな。確かに俺は一年一組の戦闘指揮官役ではあるけれど、意思決定は二十二分の一でしかないんだぞ?
「それでも今は勇者である前に冒険者ですわよ? 自覚は?」
「四層で手こずるようじゃ、とても勇者だなんて名乗れません。冒険者らしく、ティア様の依頼を達成してみせますよ」
「意気や良し、ですわ!」
声を掛けられた俺は、ティア様が好みそうな表現で煽りを入れる。
「言っておきますけど、【聖導術】前提の作戦なんて問題外ですよ?」
「それはとても残念ですわね」
言ってからしまったと思った時は遅かった。ティア様ならば、そうやって答えて当然だ。彼女はそういう人なのだから。
完全に俺の失言だな、これは。ティア様より、むしろ俺の方が悪いくらいだ。
「ティア」
「どうしましたの? リン」
静かになった談話室に中宮さんの低い声が響く。それに返すティア様は意外な風でもなく、むしろ堂々としたものだ。まったくもってこの悪役令嬢様は……。
「昨日だけでなく、アウローニヤでも数度、美野里は【聖導術】を使っているわ。最初はこの場にいる仲間のひとり」
「そうなのでしょうね」
敢えて対象者となった馬那の名を出さず、中宮さんは淡々と言葉を紡ぐ。応じるティア様も当然だろうと頷くだけだ。
「わたしたちの中にも口が悪い人はいるわね。突拍子もないこともする人も。それも含めて仲間で友達。ティア、あなたもよ」
諦めたように大きく首を横に振った中宮さんは、苦笑を浮かべてそう言い切った。
露悪的なティア様の言動も、もはや何度目かということもあるし、クラスメイトもワリと受け入れている雰囲気が見て取れる。大失敗した俺は安堵のため息だ。
ところで言われてるぞ? 田村、佩丘、そしてミア。たぶん俺はそこに含まれていないはず。綿原さんは中宮さん的には、やらかす側判定されていそうな気もするけど。
「あらあらまあ。リンも丸いですこと。わたくし、殴りかかられるかと思いましたわ」
「ティア……」
あっけらかんと放たれたティア様の暴言に、中宮さんはがっくりとうなだれる。
そうなんだよな。ティア様は組んだ足を少しだけ緩めて、いつでもテーブルを蹴り上げられる態勢に入っていた。格闘技マンガかよ。メーラさんもちょっと前傾姿勢だったし、随分と好戦的な主従だなあ。いや、メーラさんは振り回されている方か。
言い訳だけど、俺は全部が見えているだけで、ティア様のおみ足に着目していたわけではない。念のため。
「ならばわたくしから申し込みましょう。勝負ですわ、リン。表に出なさいまし!」
「いい覚悟ね。ならばわたしは素手で相手をしてあげるわ! 全力で掛かってきなさい!」
「拳士相手に素手とは吹きましたわね! 以前と違い、階位はひとつしか違いませんことよ!?」
やおら立ち上がったティア様からの挑戦状を、中宮さんは吹き上がる気炎を伴い受け取った。
滝沢先生は、なんで止めないかなあ。
「最初っから話が終わったら外で訓練、だったよね」
「うん」
野来、白石さん、仲良しなのはわかったから、マジレスはやめて差し上げろ。
◇◇◇
「ぜひゅー、ぜひゅー」
「ちゃんと強くなっているわよ、ティア」
三十分くらいの後、『一年一組』の拠点にある裏庭では、土まみれになった金髪ドリルな女性が芝の上に横たわっていた。傍には額に汗を浮かべた武術少女の姿もある。
さらに近くでは普段より目の色が暗くなったメーラさんがいて、その横には先生も立ち、いつでも守護騎士の動きを止められる態勢だ。
「ぜはーっ、わたくし、まだまだ強くなりますわよ」
「……そうね。間違いなく強くなれるわ」
寝っ転がったままこの期に及んで邪悪な笑顔を浮かべるティア様に、マジ顔の中宮さんが答えている。
確かにティア様は強くなっていた。
競技のたびにすっころんでいた合同運動会を挟んで中二日。短期間に階位を四つも上げて、上昇した力に振り回されがちだったティア様だけど、動きが良くなっているのが俺には見えていたのだ。正確にはフォームが先生と中宮さんの教えた通りに戻りつつあって、それでもスピードはしっかり上がっているって感じだな。
まだまだ足捌きが暴れているけれど、そこを修正すればもっと……、って俺は何様か。
そんなティア様の攻撃を受けに回った中宮さんは、全てを捌ききることに失敗していた。とはいえそこは中宮さん。打撃を受けても問題ない体勢からダメージを流しつつ、むしろその反動を利用してポンとティア様を投げ飛ばしたのだ。人間ってあんなに高くまで飛ばされるんだと、驚いたくらい奇麗に。
パンチを受け流して投げるのは理解できるのだけど、どうしてローキックを捌いたら敵の上下が反転するのか、俺にはその術理が想像できない。
それでも中宮さんが気を配っていたのは俺にもわかった。
背中と腹という違いはあっても、ティア様は頭から落下することだけは一度も無かったからだ。メーラさんにもそれが理解できていたのだろう。ギリギリのラインで踏みとどまってくれているというのが現状だ。
「うおらっ!」
美少女二人が土と汗にまみれて交流しているのとは離れた場所では、海藤による槍投げを見物するためにクラスメイトが群がっている。さっきまではこっちのバトルに目が集まっていたのに、切り替えの早いことだ。
「凄いね、海藤くん」
「でしょでしょ、ナツ」
「なんで春姉が自慢げなのさ」
「だってハルが考えたんだよ?」
弟の夏樹に対し、姉の春さんがマウントを取ろうとしている。酒季姉弟の会話は平常運転だなあ。
「おいおい、アレってヤバいんじゃねえか?」
「こりゃあ海藤がミアに並んじまうかもな」
とはいえ、工房に行かなかったメンバーは、海藤の投げる槍の威力に驚きを隠せていない。ふふん。俺なんか先に見てたんだぜ、アレを。
「イイヤァ!」
「凄いもんだねえ。貫通するなんてさ」
「魔力の入っていない丸太なんて、おちゃのこデス」
海藤の隣ではミアが剛弓を披露している。アネゴな笹見さんからストレートな賛辞を受け取り、ミアはもうドヤッドヤだ。
以前は奇麗な芝生の庭だったはずのこの場所は、一年一組の訓練やら合同運動会を経ることで変貌を遂げている。
建物の壁に傷を付けないように壁際には土壁が作られ、その手前には丸太がニョキニョキ生えているのだ。横に寝かされたのもあるけれど、迷宮素材が豊富なこの世界では、訓練といえばイコール丸太となる。とんでもない世界に来てしまったなあ。
ちなみにこの邸宅はティア様、というか侯爵家のお勧め物件で、賃貸だ。建物自体は美化委員の笹見さんによる指導の下、奇麗に使っているつもりだが、庭ばっかりはどうしようもない。
『一向に構いませんわ』
そんな大家の娘さんの一言で、庭の改造はアリとなった。
アウローニヤの女王様なら自分も一緒になって作業をしたいと言い出しそうな展開だけど、ティア様は違う。俺たちが穴を掘り、丸太を立てる作業をしている光景を、キッチリと優雅にお茶を飲みながら監督してくれていた。迷宮に入る日以外は毎日のように改造が進んでいるので、全部を見守っていたわけじゃないけどな。
「海藤、ミア。距離はつかめたか?」
庭事情を思いつつも俺は射撃班に歩み寄り、現状で一番大事なコトを問いかけた。見ればわかる威力じゃなくて、大切なのは距離だ。
「はいはい! ワタシは、この辺りまでならイケマス!」
ミアが木の棒で地面にガリガリラインを引き、ふんぞり返る。
「過剰申告はダメだからな?」
「心外デス!」
憤慨しているミアだけど、これは本当に重要なことなんだ。まあいくらお調子者とはいえ、この手のことでミアが嘘を吐くとは思えないが。
俺が二人に確認しているのは、新兵器の『実戦的有効射程距離』だ。立ち止まってよく狙ってではなく、ある程度動きながらターゲットに矢なり槍なりを叩きこむことのできる距離を知っておく必要がある。最長射程なんかはどうでもいい。
以前からそうであったけれど、今回は派手に武器の威力が上がっただけに味方誤射はもちろん、ただ的に当てればいいってものではなくった。毎度魔獣を爆散させていては、ラストアタックの調整が難しくなるのだ。
「ミアは……、二十八・五キュビか」
俺は片手を伸ばし、【目測】で距離を測る。
およそ二十四メートル。自己申告ではあるが、この距離より内側ならば、ミアは狙ったところに的中させると言っている。ただし標的だって移動するのだから、さらに短めに考えておく必要があるだろう。
それでもこの距離ならば、ミアは『絶対に』味方の背中に矢を突き立てたりはしない。そういうことだ。
問題なのは──。
「俺はまあ、こんなもんか」
海藤の引いたラインはミアのモノよりかなり丸太寄りになった。
「十七・四、だな」
「まあ、ここから伸ばすけど。今は……、すまん」
十五メートル弱を申告してきた海藤が、申し訳なさそうに頭を掻く。
さもありなん。ボールを投げていた時は二十メートルを超えていたもんなあ。しかも変化球を使いこなす形で。けれどもボールから槍への変更だ。有効射程を維持するなんて最初から望めるはずもない。
「陣形と先制攻撃で十分使えるさ。べつにボールを封印するワケでもないし」
「だな」
「いきなり海藤が覚醒して俺つえぇされても困る。そういうのは俺がやりたいんだ」
「なんだそりゃ。相変わらずそっちサイドの言葉は難しいな」
意味こそ通じなくても、俺の気概は伝わったはず。だよな?
「みんな、速さと軌道をちゃんと見てた?」
「手離れと射撃の間隔も、ですね」
俺がミアと海藤の性能を聞き取りしているところに中宮さんと先生が登場した。
うしろからはなんとか復活を果たしたらしいティア様とメーラさんも続く。
こうやって新武装をお披露目しているミアと海藤を見物するのにはちゃんとした意味もある。
俺たちのウリは、多彩なジョブ持ちが揃っていることと、そこから繰り出される連携だ。連携ってだけならペルマの冒険者たちだって俺たち以上にやってのけているはずだけど、この場合はバリエーションだな。
堅牢……、とまでは言い切れなくても安定してきている盾。対して圧倒的な攻撃力を誇るアタッカー。自己防衛ができる攻撃術師たち。なお一部は物理攻撃も可能ときた。
そして四人ものヒーラーと魔力タンク。二人のバッファー。【気配察知】できるニンジャと【聴覚強化】が使える斥候が四人。最後に口幅ったいけど、全部が見える俺。
これだけ多彩なコトができるメンバーが揃ったパーティは、アウローニヤはおろか、ペルメッダの冒険者たちですら存在していないだろう。
そんな連中が時にはペアで、状況次第では複雑な連携を取ることで、魔獣ならば殲滅し、人であれば初見殺しで翻弄しながら戦えてしまうのが一年一組の強さだ。
それを成立させているのは、相互理解と普段からの練習、そして実戦ってことになる。
今回、俺たちは強力なカードを一度に二枚も手に入れた。
確かに単体での攻撃力は間違いなく上昇しただろう。けれども一年一組的にはそれでは足りない。連携してナンボ。ミアと海藤が味方誤射をしないのは当然として、俺たち全員が揃って二人の射線を作り出す必要がある。
「ミア、海藤、いけるか?」
タイマン組が集合したことで、クラスメイト全員と客人二人がこの場に揃った。少しだけの休憩を入れていたミアと海藤に、俺は声を掛ける。
「イケマス! けれどやっぱり、ちょっと指が痛いデスね。美野里、お願いできマスか?」
「もちろんです」
「田村。俺の方も肩と肘、念のために」
「へっ、海藤はいっつもだよな」
山士幌時代から体力お化けな二人なだけに、疲労自体は問題なさそうだけど、小さな怪我は簡単には回復しない。
ミアは剛弓を引くことで指先を、海藤は慣れない槍で肘と肩に負担が掛かっているようだ。とくに海藤などは普段から肩は消耗品とか言って、投げ込みをしたあとは、ちょくちょく【聖術】を受けている。
「さて八津、注文は?」
「リクエストオーダーデスよ、広志!」
軽い治療だけに三十秒もしないで復活した二人は、揃って俺に声を掛けてきた。
「有効射程の内側で動き回りながら連射、かな。設定した的をちゃんと狙ってだ。二人が交錯するシーンも欲しい。最初はゆっくりで、段々早くしていってくれ」
「おうよ」
「ラジャーデス!」
俺の指示出しに海藤とミアは仲良く答えてくれる。普段から明るい二人だけに、ノリが小気味いい。
「先生、中宮さん。二人の前に出てもらえますか。動きはゆっくりで構いません」
「わかりました」
「酷い扱いね」
追加注文を受けた先生と中宮さんが、当たり前のように前に出る。
申し訳ないけれど、これ以上の適任者がいないんだ。
元々から武力が高いのに加えて、二人はクラスでもかなり早い時点で【視野拡大】を取っている。なにしろ【観察者】の俺より先だ。先生は迷宮に入るのより先に、中宮さんは第一回の終了後、だったかな。要はそれだけ熟練を稼げている。
なにもミアと海藤を信じて完全に背を向けろってことじゃない。半身で構えて【視野拡大】を使ってくれれば、この二人ならば見てから避けたをリアルでやってくれるのだ。実際、ミアが今まで使っていた弓と海藤のボールでも同じことをしていたし。
「ミア、当てたりしないでね」
「そんなの貴に言うべきデス」
「精々気を付けるさ」
「ハルだって避けられるんだけどなあ」
「アタシはゴメンだねぇ~」
「コウシ、わたくしも混ざりたいですわ!」
訓練場と化した庭に、様々なセリフが飛び交う。こういうちょっとした緩さが俺たちのノリだ。
「俺も含めて、みんながお互いに慣れてきたら、追々で。さあ、始めてくれ」
一泊二日の迷宮泊を明日に控え、俺たちの訓練は夕方まで続けられた。
次回の投稿は明後日(2025/08/19)を予定しています。