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第531話 意外と深い芋煮道



「基本は『ほうれん草』ですね。『猪』はかなり厳しいですし、『海老』も危険な魔獣です」


 一年一組が迷宮三層を突き進む中、マクターナさんが社会人の基本みたいなコトを言っているが、話題は五層の魔獣、ひいては戦いについてだ。


 マクターナさんは十五階位。つまり五層を経験しているワケで、体験談はとても貴重である。

 こっちも情報を組合に出したのだからと、オタイケメンな古韮(ふるにら)が五層の話を聞きたがり、マクターナさんはそれを笑って受け入れてくれた。


「基本は自分たちで対応できる魔獣を選ぶことです。現実的には逃走する機会の方が多いくらいですね」


 バリバリの前衛アタッカーなマクターナさんですら、五層では敵を選ぶということだ。

 まあ単独ならば通用するにしても、パーティメンバーの安全まで考慮してってことだろうけど、それにしても五層の厳しさが伝わってくる。

 猪とか、如何にも攻撃的な魔獣って感じだよな。ほうれん草で台無しだけど。


 四層でならば、ウチの前衛職は全員が一番硬い三角丸太を倒すことが可能だ。ニンジャな草間とチャラ子な(ひき)さんが少々危ういけれど、それでもなんとかできている。

 なんなら中型の牛や馬なんかは【身体強化】持ちの後衛が、奉谷さんの【身体補強】を受ければ倒せてしまうくらいだ。逆に俺やメガネ文学女子な白石(しらいし)さんは、ジャガイモや白菜相手に芋煮会をやってなんとか、ってところなのが情けない。


「一段階どころか二段階ってことかよ」


「ゲームバランス悪いよね」


「エビは食べたいけどさぁ~」


 前の方からそれぞれヤンキーな佩丘(はきおか)、文系オタの野来(のき)、チャラい疋さんによる、それぞれの個性をはらんだ感想が飛んでくる。


 そう、マクターナさんの語った内容そのものが、多くの迷宮探索者が十三階位で止まってしまう理由だ。

 繰り返しになるが、前衛アタッカーが敵を選びながらでなければ戦うことができない舞台が、迷宮五層ってことになる。


 十三階位が十四になるならば、五層の中型を数体。十四から十五なら二十体くらい。そして限界階位の十六ともなればそれ以上。

 マクターナさんは手ごわい魔獣を避け、五層において強い方ではないほうれん草なんかを狩りながら、時間を掛けて十五階位に到達した。なにも彼女は五層を制覇し、六層を目指しているワケではないと言う。四層までで起きる迷宮事故において迅速な対応が可能とするための力を求めたのだと。


 彼女もまた俺たち同じように、強さを手段と割り切っているのだ。



「普通なら人数を増やして全員が十三階位、そこに五層経験者も参加するのが条件ですね。【聖術師】だけが例外になりますが、十四や十五階位の専属護衛を付ける形になります」


「うえぇ」


 マクターナさんの言う条件にクラスの誰かが嫌そうな声を上げた。


 冒険者としての『一年一組』は、ほかの組との親子関係を持たない、独立系という建前を保っている。

 何しろ稼ぐことより、強くなること、その先に帰還のヒントを探すのが目的で冒険者をやっているのだ。悪く言えば、帰還の術すら見つかれば、とっとと冒険者を辞めることになるだろう。

 俺を含む一部のクラスメイトは、ラノベ的な感覚で冒険者への憧れを持ってはいる。ついでにこの世界の冒険者たちは物語以上に善良だ。だけどそれでも、なんだよな。


 冒険者への想いはさておき、マクターナさんの出してきた前提条件を俺たちが満たすことは困難だ。

 アウローニヤにいた頃ならば『灰羽』のヒルロッドさん、『黄石』のジェブリーさん、『蒼雷』のキャルシヤさんが上位者として俺たちを引っ張ってくれた。


 けれども親筋を持たない俺たちは、ペルマ迷宮でそういう助力を得られないのだ。

 ほかの組へのレベリング依頼なんて、冒険者的にはタブーに近い。一般人や貴族の階位上げなら普通に行われているが、冒険者同士であるならば、傘下に入るのが筋とされる。

 そもそも十三から十四階位へのレベリングなんて、身内で最強部隊を作るためにやることであって、依頼とかお願いでどうにかするなんて領域ではないのだ。


 今回の四層で一年一組にはさらに数名の十二階位が誕生するだろう。前衛はもちろん、後衛だって……、綿原さんあたりが怪しいな。

 まだまだ四層での階位上げと、さらには迷宮の異常に意識が持っていかれてたけど、そろそろ五層を意識すべき時期かとマクターナさんとの会話で思い至った。



「ほかの五層経験者にも聞き取りした方がいいんだろうねえ」


「ええっと、侯王様はちょっとだし、サメッグ組長とかナルハイト組長、それとデリィガさんあたり?」


 同じ意識を持ったのか、アネゴな笹見(ささみ)さんと弟系の夏樹(なつき)が言葉を交わす。


 もちろん俺たちは独自に五層の魔獣を調べていないわけではない。

 それでも経験者の言葉は大切だ。アウローニヤでまともに五層を体験していて、話が通じそうだったのはキャルシヤさんくらいのものだけど、当時はクーデターからの追放でドタバタだったからなあ。俺たちは十階位と十一階位で四層チャレンジが始まったばかりだし。


 その点ペルメッダでは五層経験者の知り合いが結構多いのが助かる。

 夏樹が名を挙げた『担い手』サメッグ組長は十六、『オース組』のナルハイト組長とデリィガ副長は十五階位だ。侯王様は当たり前みたいに十六階位だけど、この国のトップに話を聞くのは憚られる。いや、ティア様を通せばその日の夜に登場しそうな気もするけれど、こっちの心臓が持たない。


 ほかには組合長や副組合長なんかも高階位らしいけど、侯王様と同じ理由でパス。

 知り合いの組では『蝉の音組』、『ジャーク組』、『雪山組』が思い浮かぶけど、そちらは十三階位が一番上だ。『白組』についてはサーヴィさんとピュラータさんと面識があるだけで、組長とは繋がりがない。昨日の総会には来てたけどな。


 実のところペルマ迷宮で冒険者をやっている人で、五層経験者はそう多くない。四層での活動さえ安定できれば、十分以上に食っていけるから。

 というわけで、夏樹の挙げた候補は、実に真っ当なのだ。



「追々考えないと、かな」


「そうね。この場でこれ以上聞いたら萎縮しちゃいそう」


 斜め前を行く綿原さんが俺の呟きを拾ってくれた。この話題になった当初からサメが俺のそばにいたから、たぶん会話の機会を窺っていたのだろう。


「全員が十二階位を達成したら、ちょっとだけでも五層チャレンジって考えてたけど……」


「十三階位を増やしてからになりそうね。それよりも今の目標は四層の安定よ」


「切り替えるよ。さあ、もうすぐ階段だ」


 背を向けながら俺と語る綿原さんと意識を共有しつつ、一年一組は迷宮四層を目指す。



 ◇◇◇



「ミーハさん、ここを一だと思ってください。まずはそこからです」


「わかりました。クサマさん」


 迷宮四層階段前の広間で、メガネで前髪を長くした草間(くさま)が、金髪ミドルなミーハさんと、この場の魔力量を確認し合っている。


 草間が教える側となっている非常に珍しい光景だけど、クラスメイトたちの視線は生暖かい。


「なんだよ。こっち見なくていいからさっ」


 周囲の雰囲気を察した草間は叫ぶのだけど、どうしたどうしたメガネ忍者よ。年上のお姉さんに知見を伝授しているのだろう。忍者の奥義とか繰り出しちゃってもいいんだぞ?


 さておき、二人の持つ【魔力察知】は【気配察知】と同じく、迷宮の壁越しでも通用する技能だ。それだけに技能は全て魔術だと仮定している一年一組的には、結構な特殊魔術だと考えられている。

 通常、魔術は視界内でコントロールするものだ。思い出したくもないが、ヴァフターに拉致された時に笹見さんが目隠しされていたのもそれが理由だった。

 夏樹の石にしたって、視界の通らない場所にブチ込むことは可能でも、コントロールはガタ落ちする。


 けれども俺はちょっとした予感を持っているのだ。

 綿原さんのサメが進化して、五感を持ってしまう可能性。将来的には自立稼働まであり得るんじゃなかろうか。なんてな。



「ミーハ、しっかり体得してくださいね」


「はいっ」


 マクターナさんがミーハさんに発破をかけているけれど、雰囲気は姉妹にも見える。

 先日の打ち合わせで抜き打ちテスト紛いなマネをしていたマクターナさんからは、ミーハさんへの優しさが感じられるのだ。それこそ滝沢(たきざわ)先生が俺たちに向ける目のような。


 とはいえ、本日ミーハさんの責任は大きい。【魔力察知】ができるミーハさんがマクターナさんとペアとはいえ、単独で俺たちと同行しているのには理由、というか組合の都合がある。

 本来ならばミーハさん以外の【捜術師】も同行した方が数字合わせという意味では効率的なのだけど、現状は四層に散らばる特異値を網羅するのが優先されているからだ。

 昨日の臨時総会でも説明されていたが、緊急調査という名目で組合職員だけでなく、各組に所属していて四層に同行できるような【捜術師】は、幅広く魔力部屋探しを依頼されているのだとか。


「じゃあ予定通りの順路で行きます。どうせ予定は崩れますけど、随時更新ってことで」


「ヤヅさんらしいですね」


 俺の意味不明なコールにマクターナさんが的確なツッコミを入れてくれた。


「今の四層は舐めてかかれませんから」


「期待しています」


「任せてください。出発だ」


「おう!」


 必要以上に自信のある素振りを見せて、俺はみんなに移動を促した。



 ◇◇◇



「……三、です」


「惜しい。三・二です」


「小数点までですか!?」


 三部屋ほど移動しながら、ミーハさんと草間が【魔力察知】で魔力量の数字を合わせていく。


「草間ぁ、ふざけてんじゃねえぞ」


「ダメだよ、草間くん。ミーハさんをからかっちゃ」


「ごめんごめん。ミーハさんもごめんなさい」


 イラストの掲示と魔力量調査の師匠というイベントが続いたせいか、草間のおふざけは絶好調だ。本人だって小数点以下なんてまともに把握なんかできていないだろうに。

 すかさず前方からヤンキーな佩丘と、うしろからは奉谷さんの声が飛び、草間はへらへらと謝っている。


 前髪の長いメガネ忍者な草間は見た目が陰キャなんだけど、実態は感情豊かな夏樹タイプだ。落ち込む時はガッツリ落ち込むし、泣く時は泣く。そしていいことがあれば、調子にも乗ってしまう。

 それでも俺たち四人が二層に転落した時は、魔力不足になるのも顧みず【気配遮断】を取得して、魔獣の集団を潜り抜け単身登場するなんていうマネをしてしまう、熱い心を持つヤツでもある。


 ちなみにこの世界、測量技術こそ曖昧だけど、小数点の概念は存在しているし、なんなら分数もある。たとえばだけど、八割三分みたいな割合だって普通に使われているのだ。

 いつもなら藍城(あいしろ)委員長あたりが地球がー、って騒ぎだすパターンかと思ったら、この手の概念は元の世界でもわりと古くからあったりしたので不思議ではないのだとか。数学の歴史なんて、俺にはさっぱりだよ。謎に雑学豊富な委員長である。



「来ますっ!」


「……七か八。小型で一種類。たぶん──」


『ジャガイモ!』


 そんな軽い場の雰囲気を吹き飛ばしたのは、当のミーハさんと草間だった。


 数秒とはいえ魔獣の接近に先に気づいたのはミーハさん。このあたりは【気配察知】の熟練の差だろう。それでも草間だって負けてはいない。こちらは濃密な実戦経験から魔獣の数と種類の特定が的確だ。

 しかして、確定の声はシンクロした。カッコいいじゃないか、二人とも。


(はる)さん、疋さん」


「こっちは異常なし!」


「アタシの方もだねぇ」


 この部屋にある扉は前後左右に四つで水路も存在している。草間とミーハさんの視線は前方に向けられていたので、左右を任せる二人に確認をしてみれば、返答は魔獣の影は無し。

 ここまでの経路を振り返れば、背後からの魔獣接近は当面あり得ないだろう。


「ミーハさん、マクターナさんと一緒に下がって後方警戒お願いします。やるぞ『芋煮会』!」


「おう!」


 四層初手としては上々だ。ここはゲスト二人に俺たちの戦い方を見せてあげようじゃないか。

 これがヒヨドリ相手だったらカッコよく『対空戦闘用意!』だったのになあ。



 ◇◇◇



「蒸す方が楽だなんてねえ。考え違いしてたよ。なにしろ具材に【熱術】が邪魔されなくてさあ」


「そんなことじゃねぇかと思ってたよ」


「だったら先に言いなよ。副料理長さんがね」


 元々声が大きい笹見さんセリフはよく響く。最前列でジャガイモの(つる)をちぎっていた佩丘がツッコミを入れるけれど、笹見さんは悪びれることもなく肩を竦めるだけだ。


 前回の迷宮から持ち込んだ蒸し器だけど、戦闘で使うのは今回が初めてになる。もちろん笹見さんが活躍するのだけど、ここで思い違いが発覚した。

 煮るのと蒸すのでは沸騰したお湯を準備するところまでは一緒なのだけど、魔術的な違いは保温の方だった。単に煮るだけならば、笹見さんが『具材』と表現した魔獣、すなわちジャガイモが生きたままゴロゴロとお湯の中で転がると、それに合わせて【熱術】が阻害される。そこをこれまで笹見さんは魔術を数秒単位で被せ掛けしていたのだ。まさに力業である。


 けれども蒸し器を前提とした場合、鍋底のお湯を沸騰させ続ければいい。とても単純な話だけど、笹見さん的には違ったのだ。

 こういうのは本当に術者本人の感覚が前面に出るので、たとえば風呂にこだわる笹見さんの場合、蒸気を出し続けるよりかは、お湯の保温の方が楽だという感情があったらしい。要はイメージの問題だな。


 周りも、とくに料理番の上杉(うえすぎ)さんや佩丘あたりは薄々気付いていたようだけど、蒸し器が本格稼働したのは今回が初めてだ。やってみればわかるさ、などという程度だったらしい。



「とはいえねえ。茹でてる方はそろそろだよ」


 二つの寸胴鍋の面倒を見ていた笹見さんが、片方が『仕上がった』のを教えてくれた。


「そっちは上杉さんと奉谷さんで」


「はい」


「わかった!」


 俺の指示で柔らか組の二人が動き出す。方や【鋭刃】を候補とし、十二階位での取得を目指す料理人の上杉さん。もう片方は自身に【身体補強】を掛けることで、効率よくパワーアップを図れるロリッ娘な奉谷さんだ。

 自衛が苦手という意味で、この二人に加えてアルビノ系な深山(みやま)さんとメガネおさげ少女の白石さんはレベリングは急務となる。同じ柔らかグループの夏樹は石、俺は目で守備が可能であるため後回し。


 上杉さんが【鋭刃】を取得したら、トドメ力最弱は俺になっちゃうんだけどなあ。


 本来の予定では次回の迷宮でティア様たちのレベリングをする体裁を取り繕うために、一年一組は職を選ばず十二階位を増やしておくつもりだった。目標は半数以上ってところか。

 だけど事情は変わりつつある。四層の魔力異常、『魔獣溜まり』の存在だ。これがどれくらいの規模に及ぶのか、現状では予測ができない。もしも急激にコトが進んだ場合、柔らかグループが十一階位のままなのはいただけないのだ。

 今回の迷宮では後衛の十二階位を増やしておきたい。たとえ十二を達成できなくても、少しでも近づけておきたいって感じでクラスの意見はまとまっている。


「じゃあ、倒すよー」


「はい」


 奉谷さんと上杉さんが二人掛かりで鍋を倒し、転がり出てきたジャガイモに短剣を突き立てていく。うん、いい感じに柔らかくなっているようだ。


 お行儀の悪い手順に見えるが、この手順は今回の芋煮会から導入された手法となる。前回の迷宮で『ホーシロ隊』に先生が侮辱された一件で、笹見さんが寸胴を倒してしまうミスを犯した。が、それこそがヒントともなったのだ。

 鍋の中に転がるジャガイモよりも、床に転がした方がトドメは刺しやすい。ある意味当たり前ではあるが、芋煮会の歴史は浅いため、まだまだ気付きが足りていないともいえる。


 倒れた寸胴については誰かが起き上がらせれば、【水術】使いが元通りにできるという寸法だ。

 事実、笹見さんがすでに水球を浮かばせて、加熱に入っている。【多術化】を持っている彼女は蒸し器の面倒を見ながら、こういう芸当をして見せるのだ。攻撃的な精密操作は苦手だけど、こうしてお湯を扱わせると、本当に見事な働きをしてくれる。

 一年一組の芋煮会は今もまだバージョンアップの途上なのだ。


「蒸してる方はあたしじゃ把握できないよ。八津、どれくらいだい?」


「三分か。そろそろ試しとこう。深山さん、最初は【鋭刃】無しで頼む」


「うん」


 ハッキリと苦笑を浮かべた笹見さんの声を受け、委員長から借りた腕時計で時間を計っていた俺は、深山さんにトドメをお願いする。

【冷徹】を使っているせいでポヤっとしたまま短剣を片手に鍋に近づく深山さんは……、ちょっとしたホラーだ。なにしろ【鋭刃】持ちだからなあ。


 広間に飛び込んできたジャガイモは八体。ジャガイモはボーラのように蔓でつながった双体の魔獣だけに十六個となる。両方から経験値が得られるという、迷宮でもかなり特殊な魔獣だ。ただし一個ずつの経験値は少なくて、一体倒すのならヒヨドリの方が余程効率がいい。


 お湯の準備をしているあいだに蔓をちぎられ、足をもがれたジャガイモは八個。それを第一陣として六個を茹でに、二個を蒸し器に突っ込んだ。

 現在も前線では処理が進められていて、もう数分で無力化自体は完了しそうな様相である。



「ちょっと硬いかも。【鋭刃】無しでギリギリ……、かな」


「そうか。残り一個はもう一分使ってみよう。深山さん、ソレは一気にやっちゃって」


「うん」


 蒸気の溢れ出した寸胴に短剣を突き入れた深山さんだったけど、どうやら蒸し時間が足りていなかったようだ。それでも【鋭刃】を使えば瞬殺できる。


 俺たちがやっているのは『適切な蒸し時間』の検証だ。

 最初の頃こそワリと適当にやっていた芋煮会だが、茹で時間についてはほぼ完璧に判断できるようになっている。煮殺してしまっては経験値が消滅するし、かといって硬いままでは煮ること自体の意味が薄くなってしまう。そこらへんの見切りこそが芋煮会の極意なのだ。

 そこで笹見さんが活躍する。ジャガイモ本体によって阻害される【熱術】の通りが良くなってきたタイミングこそが、絶妙なラインであると彼女は言い出した。要は半死半生ってことだな。


 そう、一見非効率とも思える強引な【熱術】の重ね掛けだけど、そこにはちゃんと意味があったのだ。

 調理的な意味では問題外な判断基準だけど、これは戦いである。現状の芋煮会では笹見さんが頃合いを判定するのが基本となった。料理としてなら倒してから再度煮込めばいいだけの話だからな。



「あ」


「ミーハさん?」


 通常の冒険者からしてみれば迷宮内でこんなことをするなんて異常な光景だ。

 戦闘も安定してきたところで見学に来ていた組合の二人だけど、その片方、ミーハさんが小さく声を上げた。思わず時計から目を離してそちらを見てしまう。


「その……、気配が消えたというか、変わりました。鍋の中」


「あー、やっちゃったか。四分だと蒸し殺しちゃった、と」


 ミーハさんはたぶん、興味半分で【気配察知】を使っていたんだろう。そしてジャガイモの気配が変わったのを察知した。

 心の中で便利だなと思いつつも、俺は敢えて明るくおちゃらける。試行錯誤で失敗なんていうのは、この世界では何度もやってきたことだ。むしろ初回でラインが見えたのは大きい。


「たしかに死んでる」


 蒸し器の中に一個残ったジャガイモにサクっと短剣を突き立てた深山さんが自分の目で確認してから、ソレを俺に見せつけてくる。やっぱり怖いって。


「蒸す方は三分ちょいってところが無難だねえ。ちょっと硬いかもだけどさあ」


「そこは分担次第だからイケるさ」


 暫定レシピを決めてきた笹見さんに、俺は前向きに答えてみせる。


「一長一短でままならないもんだねえ。んじゃあ頼むよ隊長さん」


「残り半々でいこう。煮たのは上杉さんと奉谷さん。蒸した方は白石さんと深山さんで」


「了解だよ。ほうら、どんどん持ってきなあ!」


 笹見さんに軽く背中を叩かれた俺は、人員の振り分けをする。白石さんと深山さんは【鋭刃】持ちだから、少々硬くてもイケるだろうという判断だ。

 前衛側に大声を飛ばした笹見さんの指示に従い、うごめくジャガイモを手にしたクラスメイトたちが集まってくる。



「ところで本当にいいんですか? ミーハさんの階位上げ」


「それは組合の中でやるべきことですから。こうして実際の『芋煮会』を見せていただけただけでも十分です」


 ついでと思って十階位のミーハさんのレベリングも提案したのだけど、そちらはあっさり断られた。

 マクターナさんとミーハさんは、俺たちの目標を知っている。魔獣の素材から得られる収入よりも、階位、というより強さの方を重視していることをだ。

 だから彼女たちは階位上げを断った。もちろんそこには組合職員としてのプライドや、冒険者としてのルールなんかもあるのだろう。


「せめて一個だけでもどうぞ。いい経験になると思いますから」


 それでもこれはせっかくの機会だ。柔らかくなったジャガイモがどんなものか、ミーハさんには是非体験してもらいたい。

 なにしろこれは一年一組自慢の戦法だからな。ほらほら奉谷さん、急いでミーハさんに【身体補強】を掛けてあげるのだ。



 次回の投稿は明後日(2025/07/26)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
なんだろう、何だかバターを用意したくなっちゃったw
ああ、ミーハさんも一年一組スタイルに毒されていく(こら いや、彼らはそこがいいんですけどね。マメに検証してやり方を変化させていけるのはいい事ですよね。
可愛いお姉さんに自分の得意分野を教えるなんてイベント、そうそうあるものじゃないですからね。ちょっと浮かれちゃうのも分かる。 八津がメンバーの中でも本当に「そこまで強くない」まま成長していくの、なんか他…
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