第530話 演武と剣舞
「うっひょう!」
「ミーハさん、カッコいい!」
クラスメイトたちの歓声が迷宮一層の一角に響く。ここは階段前から少し進んだ魔獣の襲撃に対応しやすい広間だ。
行われているのは十階位の【捜術師】、組合二等書記官のミーハ・カミュロさんによる杖の演武である。
いちおう周辺警戒こそ怠っていないものの、みんなの目は杖を振り回すミーハさんに釘付けだ。
四層に出現する三角丸太由来の木製の杖は、俺より少し小さいミーハさんの身長とほぼ同等。普段はおっとりたれ目系なミーハさんだけど、この時ばかりは真剣な表情となっている。
ちなみに年齢は二十台の半ばってところかな。もちろんリアルな数字を聞いたことはないけど。
この世界において所謂『魔法使いの杖』的なモノは確認されていない。
魔石が嵌っていて魔術を強化したり、詠唱を省いたり、そんな魔道具的なブツは存在しないのだ。あったらとっくにアウローニヤで試している。そもそもこの世界の魔術は無詠唱が基本だからな。ロマンが足りていないというのは、俺の勝手な思いだろうか。
つまるところミーハさんの杖は、普通に物理武器なのだ。
見ていると何となく理解できるが、防御的な動作が多い。振り回される杖は、しなりとその反動を前提としている型に思える。あれなら三層の小型魔獣ならば、弾くように逸らすことも可能だろう。
時折、突きも繰り出されているけれど、中型魔獣に対する最後の足止めだろうか。むしろ対人戦でこそ有効そうにも見えるのだけど。
杖で戦うというよりかは、古いカンフー映画とかで見たことのある『棍術』に近い。飛んだり跳ねたりの派手なアクションこそ無いものの、中国武術的なアレだ。少なくとも一年一組のメンバーが振るうメイスよりは、遥かにサマになっている。
例外となるのは黙って演武を見つめている滝沢先生と武術家の中宮さんなんだけど……。
なんか中宮さんにうずうずしている素振りがある。具体的にはティア様に指導をしていた時に纏っていた空気が。
視線の先は……、足か。どうやら中宮さんはミーハさんの、所謂運足が気になるらしい。
「ダメですよ。中宮さん」
「……はい」
気配を察知したのだろう先生が小声で窘めると、中宮さんは間をおいてから頷いた。
そりゃそうだ。ミーハさんが誰に習ったのか、もしくは独自に頑張ったのかは知らないけれど、求められもせずに口を出すのはNG行為だろう。
武術に真っ直ぐな中宮さんからしてみれば歯がゆいものがあったとしても、それはこちらから申し出るべきではない。
これまで出会った冒険者たちの戦いを見てきたのだけど、余程明確な改善点でも見つけたのだろうか、中宮さんがこうなったのは初めてだ。ティア様は自発的に聞いてきたからなあ。
状況次第ではそれとなくミーハさんに伝えるのもアリかもしれないが、その判断は先生と中宮さんの二人でってことになるだろうから、俺からは口出しできない。
「お見事!」
「すっごかったぁ」
「お見苦しい点もあったかと」
なんてことを考えていたところでミーハさんによる一連の演武は終了し、周囲から喝采が巻き起こる。
謙遜してみせるミーハさんだけど、いやあ、本気でカッコよかったと思う。ちゃんと先生や中宮さんも拍手を贈っているし、ミーハさんは真面目顔を引っ込めて……、照れてるなあ。
さて、こっちの我が儘を聞いてもらったばかりで申し訳ないけど、そろそろ移動しないと──。
「あの、マクターナさんも剣技を修めているのですよね。前回の迷宮では戦闘だけでしたし、ここで見せていただくことは」
そんなタイミングでマクターナさんに語り掛けたのは、聖女たる上杉さんだった。途端クラスメイトたちに緊張が走る。
こういう武術関係で上杉さんがこんな風に口を挟むことは、まずあり得ない。だからこそ、そこに意味が込められているというのを、俺たち全員が理解しているのだ。ただし、どうしてなのかが、俺にはさっぱりなんだが。
「……わたしも、ですか」
「ええ。是非とも」
ここは迷宮一層だから魔獣が出たところで安全は確保されているのはさておき、あくまで今回の迷宮は調査を含めた四層行がメインだ。
たとえ数分だからとはいえ、被せるように押しているのが上杉さんというのは違和感すぎる。
「何か感じたんでしょうね」
「だよな」
俺の横でミーハさんの演武を見ていた綿原さんが、わからないけど意味はあるみたいなコトを言う。表情からして、上杉さんへの信頼が見て取れるようだ。まあ、それについては俺もなのだけど。
ところでわかった風な口を利く綿原さんだけど、昨日の総会での謎なポンコツは何だったんだろう。
拠点に戻ってきた時には普通に戻っていたんだよなあ。それだけにツッコミを入れるタイミングを見失ったのだ。
「わかりました。では少々」
遠慮がちに腰の剣を抜いたマクターナさんだけど、口元がもちょもちょしているような……。まさかと思うが、自分もやりたかったとか!?
だとしたら、それに気づいた上杉さんの言動もわからなくもないけれど、ウチの聖女は読心までできるのかよ。いや、料理屋の娘として培った観察眼か。俺の【観察】は見えるだけで、心を見通すなんてできないもんなあ。
「もう少し離れてもらえますか」
一年一組に輪を広げるように言ったマクターナさんは、右手に持った剣を振りかぶった。
俺たちは当初、ミーハさんの杖術を見たかっただけなのだ。だって、アウローニヤでは見たこともない武器だったし、ペルメッダに来てからも、そんなスタイルの冒険者に出会ったことが無かったのだから。
それでも、今からなされるのは十五階位の【斬剣士】の演武だ。これは是非とも目に焼き付けておかねば。
「ふっ」
軽い呼吸音と共に、マクターナさんの剣が『消失』した。
◇◇◇
「凄え」
「ところどころ、見えないんだけど」
「なんで、あそこから突きが出るんだ?」
ミーハさんの演武に続き、クラスメイトたちから歓声が上がる。ただしマクターナさんの場合は、戸惑いの声も多い。
なにしろ『速すぎる』んだ。俺は【観察】で追えているが、後衛組なんかはマクターナさんの剣の残像を追いかけるような感じになっているかもしれない。もしかしたらコマ落ちとかも。
以前、アウローニヤの近衛騎士総長と低い階位の頃に訓練と称して対峙したことはあるが、あの時とはもう違う。十一階位の俺は十五階位の剣士の動きが全部見えているぞ。動作が終わったあとばかりだけど。
さっきのミーハさんの演武も中々のものだったけど、こっちは次元が違う。動きが三段階は上なのだ。
「凄いわね。どうして途中で両手に切り替えられるのかしら」
「普通なら盾が邪魔するんだろうけど、ああいうのを上手いって言うんだろうなあ」
話しかけてきた綿原さんは、後衛にも関わらず【身体強化】と【反応向上】、さらには【視覚強化】も持っている。全部を使えば、マクターナさんの動きをある程度は掴めているのだろう。
今日のマクターナさんは前回同様、中盾と片手長剣を装備している。
綿原さんも使っている中盾、ヒーターシールドは革の装具で腕に固定し、取っ手を握ることで安定が得られる仕組みだ。騎士メンバーの大盾、カイトシールドもまたしかり。
なのにマクターナさんは取っ手から手を放し、時折だけど柄の長い片手長剣を両手持ちにする芸当を見せてくる。こちらとしては、よくぞ左腕の盾が干渉しないものだと感心するばかりだ。
ちなみにウチの場合、武器を両手持ちで真っ当に扱えるメンバーなんて、木刀を持った中宮さんか、バーサークモードになったミアくらいのものである。
とはいえ中宮さんは盾を持たないスタイルだし、ミアは手首がフリーなバックラーだからできているだけなんだけど。
「しゃっ」
あ、今度は盾を目隠しにして下段への二連突きか。大盾じゃなく、中盾だからこその技だ。絶対避けられないな、あれ。
片手と両手の使い分け。つまり速さと力強さの切り替えができてしまうということだ。
ここまでマクターナさんを見ていて何より凄いのが、そういった一連の動作に全く澱みや揺らぎを感じないところだろう。完璧な型として成立しているのが、大迫力で伝わってくる。
「しゅっ」
何故かとてもいい笑顔で、演武というより剣舞をしているとも表現できるようなマクターナさんだけど、それがまた見ていて気持ちがいい。こっちまで笑顔になりそうだ。
ところで今、片手で下段を切り裂いたはずの剣が、次の瞬間両手持ちの上段になっているんだけど。クルリと剣が一回転しているあたり、曲芸みたいだな。
振り下ろしたと同時に大きく踏み込んで斜め上への片手突きに変化してるし。まさに変幻自在だ。つぎに何が起きるかなんて、俺には全く予想できない。
マクターナさんは階位も高いのだけど、アウローニヤの騎士たちとはまた違う、剣士としての技術が凄い。いや、凄すぎる。
「……先生。アレ、捌けますか?」
「間合いに入れば、ある程度は。かなり厳しいでしょうけど──」
「拳の範囲に入れてもらえるかどうか、ですね」
ちょっと離れたところでは中宮さんと先生が、小声で物騒な会話をしている。
なんで戦うことが前提になっているのやら。マクターナさんは隠れたラスボスじゃないと思うのだけど。むしろ俺の視点ならば侯王様ではなく、令息たるウィル様が怪しい。物語的にって意味で。
「十五階位の剣士ということは【鋭刃】【剛剣】【大剣】は確実でしょう。盾も強化されている可能性もあります」
「見た目だけで飛び込んだら、危ないですよね」
「わたしならローキックの牽制から、でしょうか。あの下段突きを躱しながら、しかも意識を逸らさないと……、斬られますね」
「先生……」
アホなことを考えていた俺とは違い、武術コンビの会話は真剣そのものだ。そもそもあっちは十五階位で二人は十二なんだから、普通に考えれば無理筋だ。なのに、ギリギリ戦えてしまいそうな物言いは頼もしくも恐ろしい。
階位でパワーアップし、技能で思わぬ強化点を作り出せてしまうこの世界では、目に見えるだけが全てではない。
【魔力観察】してみたが、今のマクターナさんは剣や盾そのものに技能は使っていないと思う。つまりそれは、あそこからさらに上があるということだ。
「マクターナさん、楽しそう」
マクターナさんが技能を省いていることを先生たちに伝えようかと思ったところで、綿原さんの呟き声が俺の耳に届いた。深刻に語る二人と違って、こちらは妙に明るい。
確かに綿原さんの言うように、マクターナさんは革のヘルメットからはみ出た茶色の髪を靡かせつつ、笑顔で剣を振るい続けている。冒険者特有の獣のような笑みではなく、かといって魔剣に憑りつかれた狂的なでもなく──。
いつも朗らかな彼女が、そのままさらに笑みを大きくしたような、そんな感じだ。だから戦力分析をしている一部を除き、観客側まで楽しくなってくる。
チラっと綿原さんの瞳を確認したけど、どうやらハートマークは浮かんでいないようだ。綿原さんがそっち路線に向かってはいないようで一安心。付近を泳ぐサメはピョンピョンしてるけどな。
とはいえクラスメイトの全員とミーハさんは、マクターナさんから視線を外すことができないでいるのも事実だ。
「ああ、凄くて、楽しい。マクターナさんらしい」
綿原さんに返事をしたつもりでもなく、俺の口からは自然と言葉がこぼれた。
あれが『ペルマ七剣』のひとり、『手を伸ばす』マクターナ・テルト。なるほど、二つ名を持つのも理解できてしまいそうな、そんな華麗な剣舞だと俺には思えてしまうのだ。
◇◇◇
「いかがでしたか」
薄っすらと汗を浮かべたマクターナさんが明るい笑顔を振りまいている。
「マジ凄かったっすよ!」
「うんうん。絶対防げる気がしなかった。てか、半分くらい見えなかったな」
「カッコ良すぎてヤバいんだけど~」
クラスメイトたちから飛ぶのは絶賛の声ばかりだ。戦力分析をしていた先生や中宮さんまでもが素直に拍手を贈っている。
時間にして五分程度の剣舞だったのだけど、やたらと俺は感動していた。
動きも凄かったけど、楽しそうだったのが心に刺さったんだよなあ。俺もあんな風にできるようになりたくなるような。もちろん普段の練習中に限ってだけど。
「みなさんの前で剣を振るのが、どうにも楽しくなってしまって。普段以上にはしゃいでしまったかもしれません」
「普段以上?」
「はい。みなさんのお陰です」
中宮さんの問いかけに、俺たちが見ていたからこそいつも以上にノリノリだったとマクターナさんは言うけれど、表現が微妙な気がする。
発奮材料という感じじゃなくって、トリガー、みたいな……。
視界の端でミーハさんが表情を曇らせているけれど、アレは自分よりマクターナさんの方がウケたのが悔しいっていう感じではないよな。そもそもミーハさんはマクターナさんを尊敬している節があるし。
とすればマクターナさんに何かがあるってことかもしれないけれど、ご当人は朗らかに笑っている。何人かの仲間もどこか訝し気にしているけれど、こっちから追及するようなことじゃない、か。
「時間を使ってしまい、申し訳ありませんでした」
俺の思考を他所に、笑顔なマクターナさんが軽く頭を下げる。この場に止まるのはここまでってことだな。
「じゃあ、行きましょうか」
「おう!」
迷宮委員たる俺のコールで、一年一組プラス二名は移動を開始した。
目指すは四層。組合名義で事前予約を入れた、未だ魔力が計測されていない区画となる。
◇◇◇
「昨日は伝えられませんでしたが、ヤヅさんはご立派でした。組合としても感謝しています」
迷宮二層を速度優先な『草樹陣』で駆け抜けている途中で、俺のちょっと前を行くマクターナさんが、こちらを向かずに声を掛けてきた。
「いやあ、戦闘にならなくて良かったです」
「なんです?」
「説明だけでなくって、ついでにお前たちの腕を見せてみろ。って感じのコトがあったんですよ」
目を丸くして俺の方を振り向いたマクターナさんは、続く言葉で納得の表情になる。
「『一年一組』の噂は『魔獣溜まり』と並んで、冒険者たちの話題の中心ですから」
「そんなことになってるんですか」
「出自こそいろいろ言われているようですが、実力を疑う人は少ないでしょうね」
前に向き直ったマクターナさんは背中をこちらに見せたまま話を続けていく。
斜め前には白いサメを泳がせる綿原さんがいて、黙ったまま俺たちの会話を聞いている。どこか耳が赤いようなのは、俺の気のせいだろうか。臨時総会絡みの話になると、どうにも綿原さんの挙動がおかしいような。
「ところでですが、組合は『一年一組』による臨時総会へのご協力について、期待以上であったと高く評価しました。そこで特別貢献点を二十万として計上しています」
「ええっ!?」
雑談みたいに持ち出したマクターナさんの発言に、俺の横を歩くロリッ娘の奉谷さんがビックリ声になった。まあ、俺もなんだけど。
「十万、でしたよね?」
サメと一緒にマクターナさんを向いた綿原さんが、訝し気に確認をする。
昨日の臨時総会で主催者側に協力した『一年一組』には、特別貢献が十万贈られることになっていた。
なんでそれが倍になるのか。そもそも昨日の帰り際、藍城委員長が依頼達成のサインをしていたはずなんだけど。
停止こそしていないものの、二十四人の歩みが自然とゆっくりになっていく。
「ヤヅさんの説明時間が予定以上に長くなりましたのと、もちろん内容についてもです。総会の振り返りとして議事録を確認していた場で話が出まして。満場一致となりました」
「そんなことに……。いえ、夜遅くまでお疲れ様です」
笑顔で俺を讃えてくるマクターナさんの前方から委員長の声が聞こえてきた。総会が終わったのが夜の十一時くらいだったから、マクターナさんたちはそこから締めの会議をやっていたのか。委員長の言うように、本当にお疲れ様だ。
お疲れ会とか打ち上げ的なコトを想像していたのだけど、どうやら組合は本当に真面目な組織らしい。
「名目としては『魔獣の群れ』を提供していただいた功績を讃える形になります」
「やったじゃねぇか、八津、草間ぁ。貢献が十万ってことは、素材換算で百万だ。名画だなぁ」
マクターナさんの持ち出した建前、俺と草間の絵が評価されたと聞いて、口の悪い田村が茶々を入れてくる。
「そうですね。事務所に展示してはどうかという意見も出ています。昨日、総会に参加していた組長たちよりも、むしろ現場の冒険者にこそ知らしめたいと」
「草間と八津次第だね」
マクターナさんのむず痒い提案を受け、委員長が全部をぶん投げてきた。そういうところだぞ。
「僕はまあ、構わないかな」
斥候として最前列付近にいる草間がオーケーを出す。声色からして結構嬉しそうだ。メガネを光らせてるんだろうなあ。
「俺も、はい」
気恥ずかしさはある。けれども、自分の描いた絵を認めてもらえたっていう嬉しさが、やっぱり上なんだよ。
「ありがとうございます」
「良かったわね」
同時にこちらに振り向いた二人、マクターナさんと綿原さんから声が届けられる。サメを浮かばせた綿原さんはいつものモチャ笑顔だ。
彼女に良かったって言ってもらえるなら、やった甲斐もあるってとこかな。でもやっぱり気恥ずかしい。
「それよりも足が止まってる。先を急ごう!」
「八津さぁ、そこまで照れなくてもいいっしょ」
ごまかすように叫んだ俺に、チャラ子な疋さんが茶々を入れ、クラスメイトたちから笑い声が上がった。
次回の投稿は明後日(2025/07/24)を予定しています。(またPCがぶっ壊れたりしない限り)イケます。