第528話 掴み取るためのインパクト
「みなさんは新たに結成された『一年一組』をご存じでしょう。突如現れた十階位を超える若者たちの集団を。ここまでの説明は、仮説を含めて彼らから伝えられたものです」
今度こそハッキリと俺に向き直ったマクターナさんが、観衆に言う。まるで宣言するかのようだ。
「ご想像の通りです。彼らはアラウド迷宮で活動していたという経歴を持って、ペルマ=タにやってきました。そこで起きていた異変についての知見を携えて」
字の通り俺に『手を伸ばし』、マクターナさんは俺を手招きする。
「『一年一組』が見てきたものがペルマ迷宮でも起きるのか、それはわかりません。同じ理屈が通るのかすら不明です。ですが、可能性のひとつとして……、学ぶべきでしょう」
そう、マクターナさんの言う通り、俺たちが知るのはアラウド迷宮で起きたことだけでしかない。それがペルマ迷宮でも通じるかなんて、誰にも保証できないことだ。
ペルマの冒険者組合だって仮説だけでは動きにくい。そもそもアラウド迷宮とペルマ迷宮で『ルール』が違っている可能性だってあるのだから。
当初、マクターナさんから説明役をお願いされた時は、あくまで可能性のひとつだという体で話をする予定になっていたのだけど、事情は変わった。四人もの引退者を出してしまったことで、組合は決断したのだ。仮説が仮のままであっても、先行して対応すべきだと。
「さあ、どうぞ」
「はい」
俺はマクターナさんの言葉に従い立ち上がる。
ぶっちゃけ怖い。アウローニヤの調査会議でもこの手の説明をした経験はあるけれど、今回のは人数が文字通り桁違いだもんなあ。
「みんな、アレを頼む」
「おうよ。任せろ」
席から立ちあがり演壇へと向かう俺は、仲間に声を掛ける。
古韮が真っ先に立ち上がり、俺とは反対側となる壁側へと歩き始めた。手にはぐるぐる巻きにした大きな紙がある。藍城委員長立ち上がり、もちろん筆頭助手な綿原さんもそれに続いて──。
「将来……、将来……。わたしたちの……」
なんか綿原さん、ポンコツってないか?
古韮と委員長のあとに続いてはいるが、妙な単語をブツブツと呟いているんだけど。ああ、もしかしたら俺の言葉でホームシックに陥らせてしまったのかもしれない。だとしたら、申し訳ないことをした。
俺はマクターナさんの待つ演壇に向かわないといけないので、今はどうしようもないんだ。あとで謝っておかないと。
「なんだ、あれは」
「おいおいおい」
「冗談にしちゃあ、タチが悪すぎだろ」
背後のメンバーを心配しつつ俺が演壇に到着したところで、会場が大きくどよめいた。
ベルハンザ組合長の挨拶やマクターナさんの説明を、心に炎を持ちながらも大人しく聞いていた冒険者たちがだ。
なにも俺が黒髪黒目の若造だからという理由ではない。
だって観衆の視線は俺を通り過ぎて、綿原さんたちがいるはずの壁に向かっているのだから。初っ端から俺に集中されるよりはよっぽどマシか。
狙い通り。掴みは上々だな。
やったぞ草間、俺たちの努力は無駄にはならなさそうだ。
「『一年一組』で部隊指揮を担当している、ヤヅさんです」
「八津と言います。よろしくお願いします!」
冒険者たちによるざわめきの中、マクターナさんが俺のことを紹介してくれた。
俺は大声で名乗り、いちおう大きく頭を下げておく。そのタイミングでマクターナさんは俺の斜めうしろに下がったようだ。あとは任せたってところだろう。
「まず最初に、アレは俺たちが現実に見てきたことをそのまま描いただけのものです」
「アンタたち、こんなものを……。本当なのかい?」
話を切り出した俺に返してきたのは、前の方に座っていた『蝉の音組』のおばあちゃん組長、フィライハ・インさんだ。声が震えているようだけど、昨日ぶりですね。
「一切の誇張はしていないつもりです。アラウド迷宮の三層で俺たち『一年一組』はこんな光景を目の当たりにしました」
なるべく飄々と、俺はそのまんまだと言い張ってみせる。
綿原さんや古韮、委員長が組合の人たちと一緒になって壁に貼り付けたのは、俺とメガネな草間が描いた魔獣の群れのイラストだ。
横に貼られた迷宮ハザードマップよりはやや小さいものの、学校の自由研究とかで使ったことのある模造紙よりは遥かに大きい。それが二枚。
草間が担当したのは俯瞰図チックな一枚で、迷宮の天井を透明にして上から見下ろす形になっている。複数の広間を跨いで何種類もの魔獣が押し寄せ、中央に描かれた八名の冒険者が如何にヤバい状態なのかが一発で理解できてしまう。
ロボットイラストで俺を感動させたことがある草間は、緻密な絵を描かせればクラスで一番だ。大丸太やらヒツジやらヘビやらキュウリやら、合計すれば百体以上の魔獣が複数の部屋から冒険者たちに迫っている光景が詳細に伝わってくる。加えて逃げ場をすでに失っていることも。
彼らの運命や如何にって感じだな。
そしてもう一枚。もちろんこっちは俺が主導して描いたものだ。
草間の絵が俯瞰ならば、俺のはリアル視点となる。ちょっと高めの視点にはしてあるが、それは広間の全体像を理解しやすくするための工夫だと思ってもらいたい。
前方では革鎧を着こみ盾を構える騎士や、メイスを手にした剣士がいる。さらにその先には三十体を超える、これまた複数種の魔獣の群れ。あまつさえ、二か所ある扉からは追加が絶賛進入中だ。
アニメ調は抑えてあって、そう、ほら、主人公が危機的状況になって、次話でどうなるのかっていう止め絵みたいな感じになっていると思う。
俺たちがアラウド迷宮で見たのは、間違いなくこんな場面だった。
嘘や誇張はない。ただし──。
『この絵はあくまで個人的印象です。現実を保証するものではありません』
なんていうフレーズが絵の右下に『日本語』で書かれているんだけどな。イザという時のための保険は大切なのだ。
そのまんまだけど、題して『魔獣の群れ』。
描いている最中は文化祭みたいだよなって思ったものだ。
途中で綿原さんや疋さんがサメやら花やらをいたずらで混ぜ込もうとしたけど、昔のアニメじゃあるまいし、そういうのはNGとした。総会が終わったら資料として組合に提供することになっているので、新種の魔獣とか思われたらどうする。
これも特別貢献点のうちだし、紙やインク代は組合が経費として支払ってくれることになっているので、俺たちの懐にやさしい仕事だった。
それにしても、やっぱりビジュアルイメージは大事だよな。
横にある色分けされた迷宮の地図、そこに理屈の説明や大雑把な数字を加えても、それだけではインパクトが足りない。
これから起きうる最悪の事態。それを目に焼き付けてもらいたくて、俺たちはコレを用意したのだ。
未だに収まらないざわめきの中、俺は黙ったまま密かな達成感を味わっていた。
◇◇◇
「テルトさんが言っていたように、こんなことがペルマ迷宮の四層で起きるかどうかはわかりません」
一分か二分か、俺と草間の絵を見て騒然となった冒険者たちの声が静かになったところで、俺は口を開いた。マクターナさんのことをファーストネームで呼ばなかったのは、公式の場ってことで。
「疑うのは当然だと思います。俺がいきなりこれを見せられたら、信じないか、半分くらい信じて近づかないようにするかもしれません」
だけど本当の出来事なんだよな。俺ごときの言葉と目力と、顔つきで伝わるかは自信がないけど。
最後に軽いジョークを加えてみたが、誰一人として笑ってくれる人がいないのが切ないなあ。あ、観客席でチャラ子な疋さんが悪い顔をしてやがる。滝沢先生や、野来は苦笑だし、これは拠点に戻ってからイジられるパターンか。背後では委員長や古韮、そして綿原さんも同じ感じになっているかもしれない。
なんてことを思ったら、気が楽になってきた。
大観衆なんて何てことない。迷宮のジャガイモの群れだと思えばいい。芋煮会でも開催しようか。
「『一年一組』はここで冒険者になる前、アラウド迷宮で十や十一になるまで階位を上げました。必要とした期間は六十日弱。迷宮に潜ったのは延べ二十二日です」
「マジかよ」
観衆に向かって俺が並べた数字は、ハッキリ言って異常だ。どこからか信じられないといった風な声が聞こえてくるが、それもそうだろう。
俺を見る冒険者たちの表情はいろいろだ。さっきまでは全員が背後の絵に対してそれぞれの顔をしていたけれど、今は俺の言葉を聞いて、思うところがあるのだろう。
疑う人、呆れる人、怒っている人、そして憐れむ人もいる。こういう時って【観察】は便利だな。全部が見えてしまうのだから。
いっそ学校の先生でも目指してみようか。いやいや、俺が滝沢先生みたいになれるわけがない。強さではなく、とてもじゃないけど精神面で届く気がしないんだよなあ。そもそも【観察】は持って帰れないだろうし。
さておき、下働きを重視する徒弟制度的色合いが強いペルマの冒険者たちは、促成栽培を好まない。
アウローニヤだと第一近衛騎士団『紫心』と第二の『白水』に入る予定の貴族たちは、接待全開で七階位まで短期間で引き上げていたけれど、ここでは違う。
冒険者とは育てるものであって、決して無理やり仕立て上げるモノではない。そういう意味で、俺たち『一年一組』は歪だという自覚はある。
数こそ多くはないものの、俺を見て怒ったり、憐れんだりしている冒険者の多くは年配者だ。たぶん組長クラスなんだろうって想像できる。
彼らの感情の向かう先は、『一年一組』の背後なんだろう。俺に怒っているのではなく、若造にそんなことをさせたアウローニヤに腹を立ててくれているんだ。
そういう気質を嬉しく思う半分、アウローニヤに申し訳なくなってしまう部分もある。だってこれは、俺たちが望んだ結果でもあるのだから。
アウローニヤの女王様の顔を思い浮かべつつ、俺は口を開く。
「それを可能にしたのがこの絵に描かれたモノだったと考えてください。こんなのに立ち向かったら、そりゃあ階位だって上がりますよ」
俺が言い放った一年一組の真実。こんなのを倒しまくらなければ、これほどの短期間で俺たちが十階位を達成することなんて、できるはずもないのは理解してもらえるはずだ。
『勇者チート』と『クラスチート』があったとしても、本質はそこじゃない。ただひたすら魔獣と対峙し続けた。それが俺たちを今の位置に登らせてくれたんだ。
「最終的には百ではなく、千単位の魔獣を倒したと思います。それでも二層と三層での話なので、四層ではもっと手こずるでしょけど」
さて、今の俺は不敵な顔をできているだろうか。視界に映る観客席の先生や、野来、疋さんたちは合格点をくれている表情をしてるけど。
「それでも『一年一組』は、明日からも迷宮の四層に入ります。冒険者として……、そして自分自身のために」
格好をつけた俺のセリフを浴びた冒険者たちの瞳に火が灯ったような気がした。
こんな駆け出し冒険者が、先の見通せない四層に挑むと言ったのだ。さあ、黙ってこの先の説明を聞いてくれるか。
「荒唐無稽に思えるかもしれませんが、みなさん、アラウド迷宮で何が起きて、どうしてそうなったのかを聞いてもらえないでしょうか」
精一杯ドスを効かせた声で俺は言った。
もしかしたら近い将来、この国の冒険者たちが味わうかもしれない未来を伝えたいから。
最初からプログラムでここから俺の説明が続くことは決まっていたし、冒険者たちにそれを邪魔する権利はない。
ただ、詐欺師とか若造の大言壮語なんていう風に捉えられたままで、この先を続けたくはないのだ。
ここで誰から何も言ってもらえなくても説明はするけれど、しょっぱい空気になるんだろうなあ。
◇◇◇
「『一年一組』はウチが推薦したんだ。俺はヤヅの話を聞きたいと思う」
会議場の一角から声が飛んだ。俺たちが冒険者として登録する時に推薦人になってくれた『オース組』のナルハイト組長が立ち上がり、鋭い目線を周囲に向けている。隣では、こちらは座ったままだけど『黒剣隊』のリーダー、フィスカーさんが獰猛に笑う。
「俺のとこは彼らに世話を掛けた。依頼を受けて四層の素材を運ばせてもらったが、聞くところ実に見事な処理だったそうだ。『一年一組』は新人とは思えない程立派な冒険者だと、俺は認識している」
ナルハイト組長に続いたのは、転落事故で関わった『雪山組』のグッター組長だ。お付きは十階位のウルドウさんではなく、前回素材運びをお願いした人か。
それにしても『雪山組』の好感度が高すぎて、ちょっと引くくらいなんだけど。
「儂も是非彼の言葉に耳を傾けたい」
会議場の後方から声が響き、驚いたように冒険者たちが振り返る。
「なに、少々縁があってな。彼ら『一年一組』の誠実さを知っているのだよ」
そう言い切ったのは『サメッグ組』のおじいちゃん組長にして『ペルマ七剣』のひとり、『担い手』のサメッグさんだった。
これまた昨日ぶりではあるのだけど、知り合ってからまだ三日目なんだよなあ。確かに運動会で親睦は深められたと思っているが、評価が高すぎる。
とはいえ俺の背後に立つ『手を伸ばす』マクターナさんに続き、『ペルマ七剣』の二本目がこちらを推す形になった。
繰り返しになるけれど、ここから俺の話が進むのは最初っから決まっていた議事進行になる。
それでもこうして有力な組長たちが前向きになってくれれば、会場全体が温まるというものだ。どうせなら与太話とかじゃなく、真剣に聞いてもらいたいじゃないか。
もはや俺がちょっと恐れていた『なぜアラウド迷宮を知っているのか』とか『やはり貴族崩れなのか』、なんて声が上がる様子は欠片もない。
ああ、疋さんがニヤついている。野来は左右をキョロキョロしながら嬉しそうだ。先生は静かに目を細めて冒険者たちの空気を感じ取っているってところか。
なんか二階席でティア様が腕組みでドヤ顔してるけど、あれって後方なんとやらってヤツかな。俺からしたら前方なんだけど。
「ありがとうございます。さっきのテルトさんの説明と合わせて、アラウド迷宮で体験したことを話させてもらいます」
上方腕組み悪役令嬢パワーを授かった俺は、胸を張って説明を始める。もちろん背後からはサメも応援してくれているはずだ。
◇◇◇
「──魔力部屋がより多くの魔獣を生み出すというのは、経験則でも間違いないと考えています。一度に複数種が生まれる、なんてことがあるかはわかりませんけど」
なるべくマクターナさんの説明とカブらないように、前提は軽く流す。
俺は【魔力観察】を使うことで魔力部屋で発生間際の魔獣を『見た』。ただし普通の部屋と比較してデータを集めたっていう段階ではない。おおよそ魔力量が多い部屋の方が魔獣がたくさん生まれるんだろうなあっていう、アラウド迷宮と合わせた体験談だ。
「そして、大きさにもよりますが十体程度の魔獣の発生でも、部屋の魔力は目に見えて減りません。明らかに減少が確認されたのは迷宮の構造が変化した時くらいのものらしいです」
一年一組は二度、迷宮の構造が変化した場面に出くわしている。
一度目は一層でシャケを新発見した時、もうひとつは三層で『珪砂部屋』を見つけた時だ。両方において、顕著に魔力は減少していた。ペルマ迷宮でも先日新しい区画が発生したが、付近に魔力部屋は確認されていない。
けれども、それ以外のケースで明確に魔力が減ったって現象を見たことがないんだよな。
さすがに新魔獣や珪砂部屋の件はアウローニヤの許可なく言えるわけはないので、その辺りは又聞きなんですよって体裁でボカして説明を続ける。
ついでに一晩、魔力部屋で技能を使いまくっても魔力を減らすことができなかったっていう逸話を付け加えたら、ドン引きされてしまった。やっぱり俺はジョークが下手くそらしい。
「むしろ問題になるのは、誘因の方ですね」
重要なのは魔力部屋に魔獣が惹きつけられて、放っておいたらとんでもないことになるという点だ。なるだけ早い段階で数を減らすのが肝心なのだけど。
「たとえばここ。複数の魔力部屋があることで、三方向から魔獣が寄ってくる位置取りになっています」
壁に貼られた迷宮地図に歩み寄り、一角を指差して、なんとか深刻な表情を作りながらヤバさを伝える。
「ただし現在のペルマ迷宮の魔力量では、すぐにアラウド迷宮の様なことになるとは思えません。さっきテルトさんが魔力が顕著に多い広間のことを『魔力部屋』と呼ぶとしていましたけど、数字上ではこれでも小規模なんです」
決してペルマの冒険者たちがぬるま湯に浸かっているという意味ではないから勘違いしてくれないように祈りながら、俺は言葉を並べた。観衆の表情を見るに……、大丈夫そうかな。
「魔獣が寄り付きにくい階段前の広間を一として、アラウドの三層の場合は平均して四から五。魔力部屋と呼ばれるのは十を超えたくらいからになります。対するペルマは、道中で二から三。六からが魔力部屋って感じですね」
草間の計測によれば、ペルマ迷宮の魔力異常はアラウド迷宮に比べればまだまだ甘い。アラウド迷宮の一段階以上は手前ってところだろう。だから『魔獣の群れ』ではなく、『魔獣溜まり』程度で済んでいる。
それでも今後を見据えれば、全体の魔力量も魔力部屋だって増えていくと想定した方が無難で、そして自然だ。アラウド迷宮という前提があるのだから。
「魔獣の大量発生と高い魔力を目指した移動、そして部屋の構造でどうしても発生してしまう渋滞。そういった経緯で出来上がってしまったモノをアウローニヤでは『魔獣の群れ』と称していました」
俺はゆっくりと、地図の横にあるイラストに指の向きを変えた。
「複数種の五十を超える魔獣が、群れを成して迷宮を移動していく現象です。大規模になれば数百体から……、千体以上」
さて、冒険者たちは最初に受けたインパクトと、どうしてこうなったのかという理屈を聞いてどう感じただろう。
次回の投稿は三日後(2025/07/20)を予定しています。なるべく早く隔日投稿に戻したいと思っています。