表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

524/568

第524話 それぞれの味が交わって



「君、なんかカッコいいわよね。挨拶も元気だったし」


「ウチの隊の男連中は不愛想でさあ」


「そ、そうすか?」


 青リンゴの実演を終えたピッチャー海藤(かいとう)に話しかけているのは、アウローニヤからの流民冒険者のお姉さんたちだ。二十歳すぎくらいのお二人。


「あの、僕も頑張ったんだけど」


「君は……。そうね、とっても可愛いかな」


 犬系の夏樹(なつき)がアピールしているが、まさに弟扱い。

 二人の違いは何なのか。それよりも、なぜ海藤ばかりがお姉さんたちにもてはやされるのか。そりゃあ俺は今回の運動会で何ひとつ目立った活躍してないけどさあ。


「カイトウくんだったよね。なんか隊長っぽくない?」


「向いてそうよね」


「い、いや、ウチの隊長は、その」


 そんな風に持ち上げられた海藤が俺に視線を送ってくるけど、無視一択だ。むしろ顔を背けてやる。


 俺の好きなタイプは鮫女子だからな。お姉さん系は海藤が担当するがいい。



「じゃあヒヨドリ、行きます」


 声がした方を見てみれば、俺の好みど真ん中を征くメガネな鮫女、綿原(わたはら)さんが楽しげにサメを泳がせていた。


 空に浮かんだ白サメは二匹。大きさはまさしく迷宮四層に出現するヒヨドリと同じくらいだ。背びれと胸びれが心持ちヒヨドリの三枚羽根を連想させる。

 高度をとったサメはヒヨドリを倣ったかのごとく、律儀に逆立ち状態だ。


 そんなサメを二人の冒険者が見上げている。たしか十階位で、近々四層に挑戦する予定だという期待の中堅って立ち位置らしい。

 今回のオーダーは避けなので、盾を持たずに革鎧だけの状態だ。


 運動会が始まってからこちら、綿原さんがちょくちょくサメを出没させていたせいもあって、冒険者たちはサメ自体にはビビっていない。


 そんな彼らにサメが急降下攻撃を仕掛ける。

 ご丁寧にもヒヨドリのクセを再現するかのように、落下軌道を変える直前に進行方向に首を傾けるというオマケ付きだ。芸が細かいなあ。


 それでも速度に容赦はない。


「うおっ!?」


「ヒヨドリは落下中に軌道を一度だけ変えます。直前に頭……、角をそっち向けるので、視線を逸らさず挙動を見切ってください」


「お、おう」


 実に実戦的なアドバイスが飛び交う。


 地面すれすれで一度滞空したサメが再び高度を取った。つぎのアタックが始まろうとしている。

 綿原さん曰く、サメがこうして自在に空を舞うのはB級映画としては正しい姿であるらしい。サメってなんなんだろうな。


『無限の可能性よ』


 ふと思ってしまった俺の心に、以前綿原さんが語った言葉が聞こえてきた。

 サメとは概念であり、哲学なのだ。



「ぶおんぶおん」


「カニデスよ。ワタシたちは立派なカニなのデス!」


 白菜の(つる)を模したチャラ子な(ひき)さんのムチはさておき、ダブルメイスの(はる)さんやミアのカニなどは、四層経験者たちに馬鹿ウケだった。

 なんかこう、挙動に磨きが掛かっているんだよなあ。努力の方向性ってヤツだ。


「ははっ、ここまでしてくれてるんだ。ビビってないで対応しろ!」


「はい!」


 四層を知る『サメッグ組』の『ハレーバ隊』の声が飛ぶ。


 どんなに珍妙であっても俺たちは大マジだ。

 魔獣の特徴とパワーを乗せた模写を前にして、冒険者たちが威勢のいい声を上げる。良い傾向じゃあないか。それでいいんだよ、それで。



「はいっ、お疲れ様、でした!」


「すまないな。ありがとう」


 ロリっ娘な奉谷(ほうたに)さんが魔力を配って歩いている。今回は【身体補強】や【聖術】の出番がなかったので、魔力が余っているご様子だ。

 運動会に参加して、とことんまで技能を使いまくった冒険者たちに、補充の魔力は沁みわたっていることだろう。


「風呂の準備はとっくにできてるよお。汗を流したら昼ご飯だ」


「本当かよ」


「助かるわあ」


 運動会の終了に合わせて笹見(ささみ)さんが風呂の用意が出来たと皆に声を掛ける。

 ペルマ=タでは昼から風呂って風習は無いものだから、冒険者たちから喜びと驚きが混じった叫びが上がった。


 皆が笑顔で運動会を終えることができたけど、本日の催しはもうちょっとだけ続くのだ。

 運動会なら屋外で昼飯っていうのが定番だろう?



 ◇◇◇



「はいっ、今日はみなさんお疲れ様でした!」


「おおう!」


 裏庭に大会委員たる春さんの元気な声が響き、集まった冒険者たちも大きく唱和する。


「ハルは競走で一着を取れて嬉しかったけど、丸太とかの扱いは全然だから、勉強にもなりました」


「すっげぇ速かったぞ!」


「でしょ!」


 冒険者から飛ぶ声に、春さんは自慢げに胸を張る。たった三時間のあれこれで、こうして気安くやり取りをする関係だ。


 風呂を終えた俺たちはそれぞれの普段着に着替え、敷物の上に座っている。立っているのはスピーチをしている春さんと、斜めうしろの海藤だけだ。

 さっきまでは観客席だった滝沢(たきざわ)先生たち四人の組長も、冒険者たちの中に混ざっている。


 異彩を放っているのはドレス姿になっているティア様と革鎧のままのメーラさんだ。登場した時には荷物なんて持ってなかったはずなのだけど、どうやらティア様はこの拠点に予備のドレスを置いてあるらしい。なんか着実に侵略が進んでいるって感じだな。


 そんな二人も敷物に座っているのは、接待を担当している中宮(なかみや)さんと奉谷さんのお陰だろう。メーラさんを座らせるなんてできるのは、(あるじ)の命令か、奉谷さんのお願いくらいなものである。


 ちなみに雑然と並んでいる敷物だけど、これは『サメッグ組』や『蝉の音組』、『ジャーク組』からの持ち込みだ。サイズもまちまちだし、色もバラバラ。とはいえ全部が革を繋げたモノばかりなので、ほぼ茶色か白系で統一されている。白いのは牛革。アラウドの牛は赤かったけど、ペルマ迷宮のは白いのだ。

 迷宮では使われることのない代物だし、俺たちの場合は布団というかマントが充実しているので、不要なんだよな。


 その点歴史のある組ならば、この手の使用目的があやふやな備品がそれなりに揃っているらしい。

 この場に集まってくれた冒険者たちの大荷物の半分が、この敷物や各人の着替えだったということだ。



「みんなが盛り上がって、楽しんでくれていたなら嬉しいです」


「おうよ!」


「迷宮じゃなくって、外で体を動かすのも悪くないよな」


「訓練って感じじゃなかったのも、うふふっ」


「組同士で競い合うのが面白かったなあ」


「今度は負けねえぞ!」


 元より陽気な春さんが無邪気な笑顔を振りまけば、それに乗せられた冒険者たちも明るく返すというものだ。


 そしてなにより。


「そう! 機会があったら次回もやりたいです。その時は、ほかの組にお邪魔したいかなって」


 一部の言葉に得たりとばかり、春さんは次回以降について触れた。


「ウチは歓迎するぞ」


「よっ、さすがは大規模二等級!」


 春さんの声に答えたのは『サメッグ組』のサメッグ組長だった。すかさず合いの手が入ったけれど、身内じゃないか。


 最初こそ渋々連れてこられた感が漂っていた冒険者たちだけど、普段はこういう気安い間柄だって想像できる。

 見れば残りの二組に属する冒険者たちも、自分のところの組長に視線を送っているようだ。



「次回、ね」


「有るか無いかなんてわからないさ」


「できない約束ってあんまり好きじゃないのよ」


「そこはまあ、ノリだから」


 横に座る綿原さんが俺にだけに聞こえるくらいの声量で小さく呟いた。複雑な気持ちなのは、俺にもわかる。


 この世界に来て以来、親しい人たちが増えるたびにずっと引きずるジレンマ。アウローニヤの女王様をはじめとした勇者担当者たちとの別れを思い出してしまう。

 ペルメッダでだってティア様やメーラさんを筆頭に、こうして気さくに付き合うことができる人たちがたくさんだ。


 つくづくゲームじゃないんだよな。この世界の人たちは、ちゃんとたくさんの感情を持っている。親しくできるものならそうしたい。だけど別れは……。


「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」


「ああ、いや。俺こそごめん」


 俺は難しい顔をしていたのかもしれない。綿原さんが申し訳なさそうにこっちを覗き込んでいた。


 こんなの何度もみんなで愚痴にしたことだから、何をいまさらだ。綿原さんにそんな顔をさせてどうするんだよ、俺。

 俺たちはこれからもこの世界の人たちと触れあっていくし、いつかはお別れをして日本に帰る。


 あそこで楽しそうに笑っている春さんだって、そんなの理解はできているんだ。今はテンションがアガっているから忘れてしまっているかもしれないけれど、それでいい。



「それじゃあ次回以降については追々ってことで。それより、お話が長くなってごめんなさい」


 俺の見つめる先で、春さんは元気に勢いよく頭を下げた。


「みなさんの持ってきてくれた材料で作った料理です!」


「うおおおお!」


 ガバっと顔を上げた春さんのそんなセリフに、今日イチと表現できるくらいの歓声が上がる。


「たくさん運動したら、たくさん食べる。そうだよね!」


「おうっ!」


 なんかもう春さんが扇動者みたいだな。敬語もおかしくなってきてるし。

 これだけの大人数なのに、返事が揃っているのが良い気分だ。今なら無茶な命令すら受け入れてくれるかも。このままみんなで四層に突撃、とか。


 ははっ、ウジウジしたことを考えていた心が一気に切り替わったぞ。



 ◇◇◇



「はい。乾杯!」


「乾杯!!」


 春さんのコールで皆が冒険者風の無骨な鉄製のカップを空にかざす。中身はもちろんアルコールじゃなくて冷えたお茶や、果実水だ。

 調理のあいだに【氷術師】の深山(みやま)さんがたくさん氷を用意してくれたので、皆のカップにはそれが浮かんでいる。


 うん、やっぱり気温高めの屋外で飲む冷たいジュースは気持ちがいいな。


 ちなみに組長たちには昨日の帰り際、中宮さんが『酒』はNGワードだと通達してある。

 理由を聞いたお三方は、大層感心したらしい。組長たちから先生への敬意は増すばかりなのだ。



「昼間から四品もか。豪勢だな!」


「見たことないのが混じってるけど、何かしらこれ」


「ブツブツの団子?」


「麺だよな」


 敷物の上に置かれた皿を見た冒険者たちが陽気に騒ぐ。もちろん『一年一組』の面々もだ。

 冒険者たちにとってはどこかで見たことがあるものから完全に初見な料理もある。


 これらの料理だけど、さっき春さんが言っていたように材料は各組からの持ち込みだ。ついでに一部の調理器具や皿なんかも。一年一組側から提供したのは米と一部の調味料くらい。いや、フェンタ領から定期的に買い入れている材料もか。


 料理をしてくれたのは俺たちの誇る料理長の上杉(うえすぎ)さんと副料理長な佩丘(はきおか)を筆頭に、クラスメイト数名。そして、元流民冒険者たちも手伝ってくれた。

 これだけの量となるとキッチンだけでは無理なので、焼き物は外、それ以外は中ってことになり、裏庭の隅には一年一組自慢のバーベキューセットがフル展開されている。


 各組から料理担当として参加してくれた冒険者たちなのだけど、なんとこの場に居る冒険者たち全員が、そこそこ以上に料理ができるらしい。

 料理だけでなく、掃除、洗濯なんかも叩き込まれているのだとか。如何にも徒弟制度っぽい冒険者の組システムという感想になるけれど、それだけではないのだ。


 冒険者という職業には、向き不向きがある。

 たとえ戦闘向きの神授職を得たとしても、心が戦いに耐えられない人も多いのだ。もしくは純粋にセンスが足りないなんてケースもあって、そういう冒険者たちは最低限の稼ぎしか出せない二層組になる。

 もちろん二層の素材だって大切なモノばかりなので彼らは十分必要な人材だけど、三十を過ぎる頃には別の職を求める傾向が強いらしい。二層組の冒険者たちは、入れ替わりが激しいってことだな。


 この場にいる七階位の人たちが今後どうなっていくのか、それは本人たち次第。


 そのためにあるのが、下積み時代だ。

 組に所属した若手は階位上げや実戦経験だけでなく、料理なんかの家事仕事、さらには定番となる文字の読み書きなんかを叩き込まれる。

 前衛職の七階位ともなれば、地球なら超人レベルの身体能力を得ることになるし、力仕事なんかはお手の物だ。そこに知識と技術が加われば、もはや言うまでもないだろう。


 異世界モノに在りがちな『人材育成無双』だけど、この世界では組という名の冒険者クランが担っているのだ。そんな冒険者たちを生み出すシステムを崩壊させたアウローニヤって、何なんだろうなあ。



「やっぱバーベキューだよな」


「だね」


 オタメンバーな古韮(ふるにら)野来(のき)がウサギ肉とタマネギの串焼きをかじりながら頷き合う。俺と同じくインドアタイプだったはずなんだけど、名残を感じさせない会話だな。


 外に設置されたバーベキューコンロで焼かれた串は、塩コショウメインのシンプルな味付けだ。ペルマ=タでも普通に屋台で売られている、冒険者たちにとっては正に地元の味ってところになる。



「これって麺料理?」


「なんかドロっとしてるけど」


「ふうん? こりゃ奇妙だねえ」


 俺の座っている敷物の近くから、妙な料理を見たって感じの声が聞こえてきた。『蝉の音組』の冒険者とイン組長だ。


「へえ。美味しいじゃない」


「ああ。街では見たことないけど、いいな、これ」


 恐る恐る口にした人たちが表情を変え、称賛の声を上げる。今回の料理に手出しをしてない俺まで誇らしくなってしまうな。


 アウローニヤでもだったけど、ペルマ=タには所謂パスタが存在している。

 さらに言えばペルマ迷宮ではトマトやニンニクが採れるので、ミートソース風やペペロンチーノ風のスパゲッティを食べることもできるのだ。実際、何度か食卓に並んだこともあるし。

 けれどもラーメンは無い。『異世界かん水問題』ってヤツだ。味噌醤油と並んでいつかは、だな。


「それはフェンタ領の卵や牛乳を使っているんです」


「卵かい。高級品じゃないか」


「国境が開かれましたから。もう少しすればお安く仕入れることもできるはずですよ」


 別の料理を配膳するためにイン組長の近くを通りかかった上杉さんが説明しているけれど、後半部分がちょっと生臭い。もちろん料理としてはバッチリだけどな。


 アウローニヤとペルメッダの国境を牛耳っていた名前も憶えていない男爵が失脚したせいで、理不尽な中抜きは無くなった。

 ペルマ=タとフェンタ領は一日の距離なので、痛みの早い牛乳ですら保存次第では楽しめるのだ。ウチには氷使いもいるから、さらに万全。


 さて、『蝉の音組』の人たちが奇妙な料理と評していた料理は、カルボナーラだ。

 詳しい調理方法は知らないけれど、卵、牛乳、チーズなんかが使われているので、まさにフェンタ領あってこその料理となる。


「これからはこんなのが流行るのかもしれないねえ」


「そうですね。新しい料理がやって来ます」


 やれやれと首を振るイン組長に上杉さんが卒なく返す。

 アウローニヤの政変で新しい流行が生まれる。何のことやらって感じだけど、コレはその象徴でもあるのだ。



「随分と赤いな」


「この匂い、まさか」


「おいおい、本当かよ」


 続けて聞こえてきた声は、『サメッグ組』の陣地からだった。


 彼らが持つ皿に入っているのは肉と野菜の具だくさんスープだ。色は真っ赤。主体はトマトである。

 知っている風なことを言ってから驚きの表情になっているのは、エース部隊な『ハレーバ隊』のリーダーか……。


「随分と辛いじゃないか」


「これがいいんじゃないか……。これ、が」


 元流民である彼らが食べているのは、ふんだんにスパイスを効かせたアウローニヤ風スープ。そう、故郷の味だ。


「年に一度の祭りでくらいしか食べたことがなくってなあ。逃げ出す五年も前には祭り自体も無くなってたもんだ」


「そうなんすか。これがアウローニヤの……、味」


 スプーンを置き、スープを見つめながらしんみりと語るリーダーさんの言葉を聞いて、若手の冒険者が遠くを見つめるような目をしている。


 ペルメッダにだってアウローニヤ風の料理は存在しているけれど、こちらの料理との合わせ技になるし、純粋にスパイスの類は輸送の手間もあってお高いのだ。

 今回放出した分は、昨日スメスタさんが届けてくれたアウローニヤからの物資に大量のスパイスが含まれていたから賄うことができた。


 リーダーさんの言う様に年に一度、村の祭りの時だけに出される味と匂いなんだろう。

 若い流民によっては、存在すら知らなかった故郷の特別な味、か。


「なあ、お前ら。こんなことして──」


「これも、量が増えて安くなるだろう。です」


 訝しげな表情になったリーダーさんが言いたいのは、こんな高いモノを、もしくはコレを食わせてどうしたいのかってところかな。

 ブスっと答える佩丘は、これもまたフェンタ領の食材と同じように、もう少し安く回ってくるようになるはずだと伝えている。


「そうか。ペルマ=タのは味が薄くてなあ。やっぱりこれくらいじゃないと。これからは……」


 天を見上げてしまったリーダーに、佩丘はそれ以上声を掛けなかった。



「食事は明るくというのが冒険者だと聞きますわよ? こちらに手を付けてごらんなさいな」


 静かになりかけた会場に鳴り響いたのはティア様の声だ。勢いよく立ち上がった彼女が手にするのは、小ぶりな『おにぎり』である。ドレス姿とのミスマッチが凄いよな。


「これこそが彼らの郷土料理ですわ!」


 まるで我がことのように胸を張るティア様を見た冒険者たちはあっけにとられ、俺たちは苦笑いになる。


 日本人のイメージする運動会だ。昼飯におにぎりがあるのは必然だよな。


「口に合わない人もいますので、無理せずに」


「はっ、俺たちが出された食い物に文句を付けるわけないだろ」


 いちおう付け加えた上杉さんの言葉に、俺たちにいちゃもんを付けてきた『ホーシロ隊』のリーダーが返す。

 言っている内容とは違い、表情自体は明るいものだ。そしてやっぱり坊主頭である。


「美味いじゃないか」


 躊躇なくおにぎりを頬張ったリーダーが、ニカっと笑う。


「いいな。うん」


「アウローニヤのもいいけど、こっちもアリだな」


 あえて塩だけにしてあるおにぎりを食べた冒険者たちが、口々に褒め称えてくるけど、どこまで本気なのかはわからない。


 だけどこれでいいんだと思う。みんなの故郷の味を並べるという案は上杉さんから出て来たものだけど、冒険者たちの顔を見れば成功は間違いなしだ。

 これからは良くなっていくはず、そのための証拠が食事という形でぶつけられれば実感もできるだろう。


「あれ? だけどアンタらの国って、どこにあるかもわからないって」


「米っていうんですけど、似たようなのがウニエラ公国から取り寄せられるんです」


「また随分と遠くじゃないか」


 ふと思いついたようにイン組長がそう問えば、苦笑を浮かべた委員長が答える。


「数少ない贅沢ってことで」


 肩を竦めておどける委員長の姿に冒険者たちは笑い声を上げた。大広間でのやり取りは何処へ行ったのやらだな。



 ◇◇◇



『お前たちの事情は口外しない。約束するよ』


 去り際に『ホーシロ隊』からそんなセリフを貰った俺たちは、目的が達成できて大満足である。

 今回ばかりはナイス海藤ってところだな。第二回もよろしく頼む。


 それはさておき──。


「やあ、お邪魔をするよ」


 冒険者たちと入れ違いのタイミングで爽やかイケメン王子、ウィル様がお忍び姿で登場したのだ。こんなのは今日の予定に入っていない。


 なるほど、これがティア様が言っていた『予定を空けたのと、予定が出来た』ということか。

 メーラさんと同じ立場の守護騎士さんを一人連れているけれど、この国のトップはフットワークが軽すぎではないだろうか。


 当たり前のようにティア様も同席しているし、その背後にはメーラさんもいる。



「単刀直入に言わせてもらうよ。君たちは狙われている」


 前置きを完全に省いたウィル様の声が談話室に響いた。


 ンデデデン! なんか脳内で音がしたような気がするけれど、それは置いておこう。

 俺たちが狙われている? 一体誰に。心当たりが多すぎて判断が追い付かないのだけど。



 次回の投稿は明後日(2025/07/04)を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>「単刀直入に言わせてもらうよ。君たちは狙われている」  こんなんされたら、あのリアクションで返すしかないな!  ΩΩΩΩ<な、なんだってーーー!!!
侯爵家のダンジョンモンスター真似隊の教導を頼みに来たんじゃないのか、お兄さん
春さんイイなあ。やっぱこういうカラッとした子はこういう場で人気出ますよね。海藤は一回爆発して( 一個面倒事が爽やかに終わったと思ったらまたなんか面倒事が舞い込んでくる…一年一組らしくなってきましたね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ