第520話 あちらから来た
「こんな場所ですみません」
「いや。いきなり押し掛けたのは儂たちの方だ。気にしないでほしい」
藍城委員長の謝罪の言葉にそう答えたのは来客の一人、大規模二等級『サメッグ組』の組長、マトアグル・サメッグさんだった。
六十歳近いだろうおじいちゃんで長く伸ばした髪とあご髭は真っ白だけど、喋りは堂々としたものだ。体つきにしてもまたしかりで、ガッチリとしていて年齢を感じさせない。
食堂のテーブルを挟んで向こうは三人、こちらは五人。
大邸宅に客を迎えたのになんでここなのかといえば、この拠点、応接室や執務室はちゃんとあるのだけれど調度品がほぼ一掃されているのだ。
で、俺たちはソファーとかの応接セットなんて準備していない。
侯爵家御一行を迎えたこともあるけれど、こっちのスタイルに合わせてくれたもんなあ。
ちなみに談話室のクッションは、主にチャラ子な疋さんの手により増殖を続けている。
そういう拠点の事情はさておき、こっちのメンバーは滝沢先生、委員長、中宮副委員長、サメを肩に乗せた綿原さん、そして俺。
さすがにクラスの全員が出席したら人数差がキツすぎる。
あちらの残る二人は片方が、これまた白髪を伸ばした『蝉の音組』のフィライハ・インさん。サメッグ組長と同じ世代で、ムスっとした雰囲気のおばあちゃんだ。
最後の一人は『ジャーク組』のスラヂオ・デスタクスさん。五十歳くらいで先の二人よりはちょっと若い。とはいえ俺たちからしてみれば、十分おじさんだけど。
そしてそんなデスタクスさんだけど、非常に顔色が悪い。青いというか白いってレベルだ。アウローニヤで第三王女の襲来を受けたヒルロッドさんみたいになっている。
玄関で迎え入れた時からそうだったので、これもまたこちら側の人数を絞ろうということになった理由だ。
『蝉の音組』のインさんと、『ジャーク組』のデスタクスさんだけど、このお二人は共に組長を名乗った。
そう、このお三方は『アウローニヤからの流民』を受け入れていることで、俺たちが要警戒だとチェックを入れていた組のトップなのである。
しかも──。
「『担い手』の名は僕たちも存じています」
「なに、周りが勝手に言っているだけだ。儂が好きでしていることを大仰にな」
委員長の軽い探りだけど、サメッグ組長はあっさりと流してみせる。
目の前で威風を放つおじいちゃんこそ『ペルマ七剣』の一人、『担い手』サメッグ。
アウローニヤからの流民だけではなく、ペルメッダの貧困層からも有力な冒険者を生み出して、ペルマ迷宮でも指折りな大規模組を率いる、まさに導きの手を持つ人なのだ。故に『担い手』。
ところで『手を伸ばす』マクターナさんとかこういう二つ名ってカッコいいけど、なんで二人も『手』がいるんだろう。せっかくだから『目』とか『足』みたいにバラバラなのが良いと思うのに。
ほかにも『豊穣』なんていう、剣士と全然関係なさそうな人もいるのだけれど、それはさておき。
こちらの三人が求めてきたのは会談だ。
◇◇◇
『約束を取り付けたわけではないが、会談の場を設けたいのだ。恥ずかしい言い方になるが、弁明でもある』
玄関ホールで軽く挨拶を交わしたあとで、サメッグ組長は堂々とそう言った。
見知らぬ人の突然の訪問という事態に最初に思いついたのが、あの『ホーシロ隊』のイタズラだったんだよな。俗にいうピンポンダッシュみたいなやつ。
この邸宅はメンバーの誰かが居る時は夜に正門を閉めて、朝イチで開けて、昼間は出入り自由って形にしている。迷宮に行っている時は警備を依頼したおじさんやおばちゃん冒険者たちが正門前で仁王立ち、ならぬ日向ぼっこだけどな。
夜中であっても正門前で大声を出してくれれば屋内まで聞こえるくらいの距離だから、二十四時間対応はできるけど、そんな経験はさすがに無い。
ペルメッダの首都たるペルマ=タは朝早くに動き出し、飲み屋以外は夜早くに静かになるという、実に健全な都市なのだ。
「儂たちがここを訪ねさせてもらった理由だが……、想像できるかな」
「ある程度なら、ですが」
「ほう? 我々と君たちは初対面のはずだが」
あっさりとした委員長の受け答えに、サメッグ組長は興味深げな表情になった。
だってほら、隣の席で青白い顔をして汗ダラダラなデスタクス組長を見ればなあ。
昨日やらかしてくれた『ホーシロ隊』がデスタクス組長率いる『ジャーク組』の部隊である以上、それが理由なのは明白だ。そしてデスタクス組長は明らかに動揺を隠せていない。
「三つの組がアウローニヤの流民を迎えていることは事前に調べていたので知っています。だからその……」
俺たちが情報を持っていることを明言した委員長は、セリフを区切って『ジャーク組』の組長さんを見る。そこにあるのは同情の視線だ。概ね先生や中宮さん、綿原さんも似たような感じで、たぶん俺もそうだろう。
そりゃあ、親の世代くらいの大の大人がこれっていうのは居たたまれない。
「組合のテルト女史から言われてな。全てをそのまま話すのが一番だろうと」
「……マクターナさんに相談したんですか」
「彼女は聞かなかったことにしてくれるそうだ」
せっかく黙っていたのが台無しとなる発言を聞いた委員長の声が低くなったけれど、続くセリフで全員から安堵の息がこぼれた。
さすがはマクターナさん、話を通していなくても俺たちの意図を汲んでくれたらしい。
そんな俺たちの様子を見たサメッグ組長が目を細める。軽い笑みってところだろうか。嘲笑ではなく、安堵って感じの。
対して『蝉の音組』のイン組長……、おばあちゃんはムスっとしたままだ。挨拶で名乗って以来、一言も口を開いてないよな、この人。
「お話を聞かせてもらえますか?」
「ああ。すまないが彼、デスタクスがこのザマだ。儂が成り代わってになるが、構わないかな?」
「もちろんです」
いつまでも話が進まないのでは時間のムダだ。デスタクス組長が使い物にならないとして、委員長はそれでも聞く姿勢であることを示した。
「助かる。ではそもそもの発端からになるが──」
白髪のおじいちゃんはマクターナさんの助言の通り、全部を打ち明けてくれるようだ。
まず前提として、アウローニヤの流民を冒険者として育てている三つの組は、『一年一組』という思いがけない組の登場に対し、それなりには注目していたらしい。
組が結成された時点で掲示された内容から、ペルメッダではなくアウローニヤ系だということは簡単に把握できる。年齢と階位からしても、平民出身ではなさそうだと当たりは付けていたようだ。勇者なんていう実在するかどうかすら怪しいモノではなく、一番疑わしいのは逃亡貴族だと。
それでも組長たちは『オース組』が紹介するならば、出自はどうあれ冒険者として対応するべきだと判断し、『ホーシロ隊』を含めた流民出身者たちにはキチンと言い含めてはいたそうだ。
「名高い『オース組』のナルハイト組長が推薦し、組合が受理したんだ。ならば一介の冒険者として扱うのが筋だろう?」
「そう言っていただけると助かります」
さも当然とばかりなサメッグ組長の横でガクガクと首を縦に振っているデスタクス組長をチラ見しながら、それでも委員長は殊勝に答える。
「だが、デスタクスは『ホーシロ隊』のような者が持つ、アウローニヤ貴族への恨みつらみを測り違えていたようだ。これについては儂もだな。もしも出会う順序が違えば、儂がこうなっていたやもしれん。『雪山組』との模擬戦についても事務所番から聞かされていたのにな」
「フンっ」
言っているセリフの内容と違って、やたらと堂々としているサメッグ組長の隣では、おばあちゃんなイン組長が鼻を鳴らしている。
どうやらこのおばあちゃん、俺たちの存在以上に『ホーシロ隊』がやらかしたのが気に食わないようだ。こっちよりもデスタクス組長に向けている視線が冷たい。
「どうして儂たちが顛末を知ったのかだが──」
俺たちを嘲った『ホーシロ隊』の暴挙がどうしてデスタクス組長に知れたかといえば、これまた冒険者っぽいエピソードだった。
チンピラ冒険者たちの先輩には、四層で戦うことのできる『ジャーク組』のエースもいる。その日、というか昨日から観測され始めた魔獣の増加でたまたま当たりを引き、予想以上の収穫を得たエースな人たちは、後輩たる『ホーシロ隊』の面々を引き連れて街に繰り出した。うん、実に冒険者している。
酔っ払った、という単語が出たところで先生が微妙な反応を示していたが、それはさておき……。
酒の入った『ホーシロ隊』の連中は語ってしまったのだ。自分たちの『武勇伝』を。
『だからっすねぇ、俺たちはソコでビシっと言ってやったっすよ。アウローニヤの負け犬連中に!』
サメッグ組長からは具体的なセリフこそ出てこなかったけど、こんな感じだったんだろう。一部藤永節っぽくなっているのは、俺が勝手に脳内変換しただけだ。
で、それを聞いた先輩は、念のため程度の意味でデスタクス組長にそのことを報告した。チクったというよりは、組のあいだでトラブルになったらマズいと考えたかららしい。
仲の悪い組同士なら割とありがちなイザコザだけど、迷宮内というのは冒険者としてよろしくないし、ましてや相手がアウローニヤの没落貴族だ。大事に発展したりしないようにと。
その時点で『一年一組』からの抗議は来ていないし、組合もまたしかり。デスタクス組長は翌日にでもシラフになった連中への説教と、場合によっては相手への謝罪が必要だと考えていたけれど、何となく引っかかったので、似たような立場の『サメッグ組』と『蝉の音組』にも注意喚起を行った。
思ってた以上にアウローニヤからの流民たちは、故国の貴族に対する反感が強いようだと。
「ここまでが昨日の出来事だ。今更だが、儂も組の連中に一言入れておいた」
「そうだったんですか」
俺からしてみれば冒険者トークっぽくて興味深く聞いていられたのだけど、委員長には響かなかったようで、相槌は平坦なものだ。
中宮さんなんかは昨日のシーンを思い出したのか、ちょい熱になってるのを先生が無言で肩に手を乗せ宥められている。綿原さんの肩のサメもピクついているし。
これじゃあ俺だけがお気楽になってるみたいで、ちょっと心苦しい。引き締めていこう。
「今日になって儂たちは精査をすることにした。本来なら念のため、程度だったのだが……」
テーブルに置かれたお茶で口を湿らせたサメッグ組長が、今朝からの動きを説明し始めた。
「『雪山組』が起こした転落事故の件は儂たちも把握していた。他山の石でもあるし、若手にこそ肝に銘じてもらいたいからな。そこに救助隊として登場したのが『白組』と、君たち『一年一組』の名だ。儂などは感心していたものだよ」
リップサービスという空気を感じさせないサメッグ組長の語りが身に沁みるが、今はそんな言葉で素直に笑える楽しい会談の場じゃないんだよな。
「そこで儂らは手分けして『オース組』と『雪山組』、そして『白組』に話を聞きに行ったのだ。『一年一組』に接触し、どう思ったのかを。そこで散々と説かれた」
果たしてもたらされたのは、絶賛の雨あられだったらしい。とくに救出された『雪山組』のウルドウさんなんかがかなり熱く語ったようで、聞いていてこっちが痒くなるくらいだ。
だけど身悶えている場合じゃない。出てきた組の名を聞いて、俺はヤバい事実に気付いてしまった。そして『ジャーク組』のデスタクス組長の態度に納得がいく。
俺の理解が及ぶようなコトだ。この場に居る一年一組サイドの面々ならば、当たり前の様に全員が勘付いてしまう。
委員長が小さいため息を吐いたのが聞こえてきた。
「その中で聞き捨てならない話があった。君たちが侯息女殿下と行動を共にしていた、というものだ。『雪山組』は直接、『白組』は傘下から報告を受けていた」
それまで毅然とした態度を崩さなかったサメッグ組長が、ここで表情を小さく歪める。
やっぱりそういうことだったのか。
「……一昨日に関しては同行していました。その時に荷運びをお願いしたウルドウさんたち『雪山組』や、たまたま出会った『白羽組』にもお会いしています。ですが翌日、つまり昨日のことですが、侯息女殿下はおられなかったと記憶しています」
それでも委員長はぬけぬけと嘘を吐く。凄いな、真顔で全く表情を変えなかったぞ。
最後の救いともいえる委員長の言葉に、サメッグ組長は薄く笑みを浮かべる。意味するところは……。
ダメなんだろうな、これは。
「気遣いには感謝するが、すまん。組合で依頼内容は確認したのだ。『ペルメッダ貴顕の階位上げ依頼』。君たちはそれを二度受理し、延べ三日を使って達成している。お相手は侯息女殿下で間違いないのだろうな」
ああ、この人たちは『ホーシロ隊』が俺たちに言い掛かりを付けた時に、ティア様がその場にいたことを確信しているんだ。
組合を通すことで交わされる依頼は、内容をボヤかしたり隠すこともできる制度になっているけれど、基本的には公開される。冒険者の信用の証明にも繋がるからだ。依頼主が冒険者の実績を知るために使うこともできるからな。
ではティア様のレベリング依頼はどうなのかといえば、明確に隠蔽してはいない。将来に渡って『一年一組』の名声になるかもしれないというティア様の意見を採用したからだ。
それでもティア様の名を出さずにペルメッダ貴族の階位上げという表現に抑えていたのだけど、そんなの目撃者に訊ねればモロバレか。
「サメッグさん、ここからは俺に話させてくれ」
静かになってしまった食堂に響いたのは、『ジャーク組』のデスタクス組長の声だった。
体は小刻みに震えてはいるものの、さっきまでとは様子が違い、顔には血の気が戻っている。歯を食いしばり、何かを覚悟したのが伝わってくるような表情だ。
「不甲斐ない俺に代わりここまで説明させて、すまなかった」
「……構わんさ」
サメッグ組長に向かって小さく頭を下げたデスタクス組長は、その場で席を立った。
「まずは謝罪させてくれ。ウチの者が本当にすまないことをした。この通りだ」
そのままデスタクス組長は俺たちに向かって深々と頭を、それこそテーブルにぶつかるくらいの角度まで降ろす。
こういうやり口はズルいとは思うけど、それでも一年一組にはクリティカルだ。
さっきまでチラついていた怒りの色が、中宮さんや綿原さんから一気に消える。もちろん俺も。委員長なんかは町長の息子としてこういうことにワリと耐性があるはずだけど、それでもキツそうだ。
俺たちは全員が【平静】を持っているが、心を乱す原因そのものに対する慣れだってある。
魔獣相手ならば普通に戦えるようになっても、おじさんのガチ謝罪とかいうレア現象には耐性が追い付かない。
気付けばこちら側の五人全員が立ち上がっていた。ほとんど無意識の行動だけど、頭を下げ続けている相手は五十歳くらいのおじさんで、こちらの最年長である先生からしてみても、親世代になってしまう人なのだから。
サメッグ組長とイン組長が座ったままこっちの様子を窺っているようだけど、今はそれどころではない。
「……頭を上げてください。そのままでは、謝罪を受け入れるかどうかの判断もできません」
「わかった。だがもう一度だけ言わせてくれ。ウチの連中が申し訳ないことをした」
感情を抑え込むように低くした先生の声を聞いたデスタクス組長は、腰を折った姿勢のままでもう一度謝罪の言葉を口にしてから、ゆっくりと頭を上げた。
デスタクス組長の表情はむしろ怒っているかのようだけど、そこには真摯な謝罪の色が見える。加えて必死さも。
『【冷徹】を取りました。ここからは私が対応します。ごめんなさい』
「えっ?」
向かいに立つデスタクス組長を見つめながら先生が小さい声で日本語を使い、その内容に中宮さんが目を見開いた。
十二階位になった時、先生は魔力温存のために技能を取得しなかったのに、このタイミングでかよ。しかも謝りの言葉まで付けて……。
いくら呟き声だったとしても静まり返った空間だ、異国語が聞こえた組長たちは訝しげな表情だ。いや、デスタクス組長だけは一瞬眉をひそめたけれど、すぐに元通りの必死な顔に戻っている。
意味不明な言葉を聞いたというのにそれについては全く触れず、ただこちらの出方を待っている姿は立派なものだと思う。
先生だって本当ならばこういうやり取りは苦手なはずのに、【冷徹】を取ってまで『組長』として立ち向かうつもりなのだ。
異世界にやって来てから、こうして何度も大人たちの凄さを見せつけられる機会ばっかりだよ。
俺はこういう人たちみたいになれるんだろうか。
「『一年一組』の組長として、わたし、ショウコ・タキザワは謝罪を受け取りましょう」
いつもの穏やかな表情になった先生が優しげな声で、それでもハッキリと宣言する。
俺ももちろん【平静】は回しているが、【冷徹】は次元が違うな。本当に普段通りの先生だ。
通常時の俺たちならば、まず間違いなく委員長がこのセリフを言っていただろう。けれどもあちらは組長だ。ならばこちらもというのが筋になると先生は考えたのかもしれない。
「そうか……。感謝する」
「ですが──」
「わかっている。謝罪のつぎは賠償だ」
先生の言葉を遮り、デスタクス組長が続けて償いに言及した。冷徹となった先生は黙って先を促す様子だ。
「まず俺は組長を降りる。出来る限りの詫び金も支払おう。何なら俺の腕一本なら持って行ってくれても構わない」
「……そこまでする必要があるとは思えませんが」
デスタクス組長の出してきた賠償の内容にほんの少しだけ眉をひそめた先生は、それでも落ち着いた声で返す。
俺などは腕一本ってところで馬那のことを思い出し、ふざけるなと言いかけたくらいなのにな。綿原さんたちもなんとか抑え込むようにギュッと目を閉じている。
談話室に通じる扉がギシリと音を立てたけど、この場にいる誰もそっちに視線は向けない。
「言えた義理ではないが、どうか頼む。侯息女殿下に取り成してもらえないだろうか。タキザワ男爵、あなたもだ。『ジャーク組』の看板と『ホーシロ隊』の連中を、不敬にだけは問わないでやってほしい」
そんなセリフを叫ぶように言い切ってから、デスタクス組長は再び深く深く、頭を下げた。
余りにも大袈裟な償いの内容が出てきた時点で気付いてはいたけれど、やっぱりそういうことになるのか。
次回の投稿は明後日(2025/06/25)を予定しています。