第519話 決を採るまでもなく
今回もですが、稼いだ金額については明確な計算をしていません(魔獣毎の単価など)。フレーバー程度としてご理解ください。
「準備と周知もあるから総会を開くのは最短でも三日後。昼間は冒険者たちの都合があるから、夜の開催になるらしいよ」
ちょっとキツめな俺の視線を受けた藍城委員長が総会の説明を始めた。
苦笑を浮かべているけど、もしも出席となったら絶対巻き込んでやる。開会の挨拶を担当させるとかだな。選手宣誓みたいな方向で。
「もちろん組合側でも説明くらいはできるように準備はするそうだけど、実際の体験談に勝るモノは無いっていうのは、まあ僕も理解できるかな」
マクターナさんの要望を委員長はそのまま皆に伝えた。理解しなくていいのに。
「もしも僕たちから説明する人を出すとしたら──」
「そこは議論の余地なんてないだろ。何しろウチには経験者が居るんだし」
海藤め、半笑いで委員長のセリフをぶった切りやがった。
そう、俺は経験者なんだ。
アラウド迷宮で魔獣の群れが確認された時に行われた調査会議に出席しちゃったんだよなあ。しかもかなり詳細な説明まで請け負って。アレは確かシシルノさんとアヴェステラさんあたりの策謀だったっけ。
「だよね!」
「そもそもマクターナさんのご指名なんだし」
「そんなの広志に決まってマス!」
「やっぱここは八津しかないっしょ」
「何なら助手で綿原もだな」
クラスメイトたちが好き勝手を言ってくる。
それでも綿原さんが助手っていうのはまあ、有難いかな。迷宮委員同士、仲良く犠牲になってもらいたい。
「いや、ここは多数決で──」
「する意味ねぇだろ。時間のムダだ」
少々の反抗を試みた俺だけど、心の底からバカにした風な田村の言葉で頓挫した。クラスのルールは何処へ行った?
まあ、多数決をしたところで、結果は見え見えだ。そんなのは俺だってわかっているけど、せめて体裁だけでもだな。
「……助手として綿原さん、護衛兼ヒーラー兼挨拶係で委員長。それともうひとり、護衛を誰か要求する」
「俺がやってもいいぞ。黙ってうしろに立ってればいいんだろ?」
苦し紛れに繰り出した俺の要求に応えたのは、イケメンオタな古韮だ。ちくしょう、余裕たっぷりで、まったく動じていない。なんでオタなのにそこまで陽キャサイドなんだよ。
「わたしもそれでいいわよ」
「八津に押し付ける手前、僕も引き受けるよ。挨拶と僕たちの紹介は組合の人がすると思うけどね。先生はどうします?」
「……危険にはならないでしょうし、わたしは総会に参加する側で見届けたいと思います」
綿原さんと委員長が気軽に参加を引き受けて、調査会議では護衛をしてくれた滝沢先生は見物に回るようだ。
敵も味方もわからなかったアウローニヤの時とは違って、組合主催ともなれば当日の危険はまずないって判断だろう。
「見物って何人まで認めてもらえるのかな」
「あ、僕も見たい」
「日取りが決まったら確認しようよ」
「ここの守りもあるし、全員でってワケにはいかないね」
「ジャンケンな。ジャンケン」
今度は観客席の争奪戦か。先生以外全員負けてしまえばいいのに。
「良かったじゃない、八津くん。大人気よ?」
「ははっ、好きにすればいいさ」
モチャった笑顔をやさぐれた俺に向けている綿原さんに返すことができるのは、乾いた苦笑いくらいだ。俺の意思はどこにあるのやら。
「雑談はここまでにしておこう。人選が先に決まったけれどね」
肩を竦めた委員長がいよいよ本題に入る。雑談レベルで俺の役目が決まったのは納得いかない部分もあるが、ここからは重要だぞ。
「この話を受けるかどうか」
委員長が言う様に、そもそもソコなのだ。
これが昨日までの俺たちだったら、もっと素直に引き受けていたかもしれない。
けれども今朝のアレ、『ホーシロ隊』の悪意を食らったせいで、ちょっとムードがなあ。
「マクターナさんの提案だけど、リアルな体験談と対処法を聞きたいというのはその通りだと思う」
その点について疑ってはいないと委員長は表情も合せて示してみせる。クラスメイトたちも黙って頷くことで同意の様子だ。
俺としてもマクターナさんに限っては『一年一組』担当者としてだけでなく、個人的な人柄で信用できる人だと思う。
「特別貢献が十万っていうのはオマケみたいなもので、確かに僕たちにとっても利のある話ではあるんだ」
「僕たちが凄いんだってことだよね?」
「そう」
笑顔の夏樹が開けっぴろげな発言をして、委員長もつられて笑って答える。
夏樹の表現はアレだけど、俺たちの有用性が証明できるというのが、この件における最大のメリットだ。
出自がどうであれ、俺たち『一年一組』がこれから起きるペルマ迷宮の異変に対し、最初に声を上げたという事実は大きい。ペルマ迷宮冒険者組合の一員として、冒険者たちのためになる行動だ。普通の感覚を持っているなら好意的に受け止めてくれるだろう。
俺たちがすることは、テストの出題範囲を事前に伝え、それに加えて答えまでも教えるに等しい。
もちろん本番の試験ではちょっと捻りが入るので、全員が百点満点とばいかないだろう。それでも破格だって思うんだよな。
テストの本番までだって、まだ少しは時間があるだろうし。あるよな?
「悪目立ちって点は?」
「俺たちがアラウド迷宮を知っているっていうのをモロバレにするのもなあ」
メガネ忍者な草間と古韮は、それぞれ懸念材料を口にする。
『一年一組』誕生秘話、またの名をカバーストーリーなんだけど、俺たちはアウローニヤから落ち延びてきた貴族子弟という設定で冒険者となった。
勇者であることをひた隠しにしているわけではないので、情報収集に優れている人たちならばバレているかもしれないけれど、それについては諦めている。
冒険者になるための制度のせいで漏れる情報……、名前とか紹介者とか階位とか拠点の所在とか、それと合わせてアウローニヤの事情をちょっと調べれば、普通に繋がるもんなあ。ついでにいえば先生が新たな名誉男爵として公表された以上、俺たちが没落貴族の集団だなんて判断できるはずもない。
額面通りに受け取って敵意をむき出しにしてきた連中については現状スルーだ。
クラスのみんなで決めたのに揺らいだところを先生に窘められて、そしてティア様に発破を掛けられた以上は貫くしかない。
「拠点から割れる資金力、年齢にそぐわない階位。『紫心』か『白水』あたりから逃げ出してきたって思われるかな。術師も多いから軍の高官もアリか」
「うえー。なんかそれ、凄くイヤだね」
委員長のセリフにワザとらしく春さんが反応したけど、そう捉えられる設定なのは全員がわかっているので今更だな。
いろいろあったアウローニヤ貴族の中でも、半分以上箔付けのために存在していた第一近衛騎士団『紫心』と第二の『白水』に良い印象はない。
「そういう前提があっても僕たちは冒険者として登録できたのだし、実績だって残しつつある」
「だけどいきなり先生役って、生意気だって思われたりしないっすか。会議に参加するのって目上の人たちばっかりっすよね」
メガネを光らせた委員長は妙に自信にあふれている。俺たちを励ますためにそう見せようとしている可能性もあるけれど。
対してネガティブな発言をしたのはチャラ男な藤永だ。
矢面に立つのは俺なんだぞ。不安になるようなコトを言わないでくれ。
「そこはマクターナさんたち組合のお膳立てを信じればいいんじゃないかな。他の組にだって伝手もできたし、『オース組』や『雪山組』は味方をしてくれるよ。たぶん『白組』だって」
「あははっ、知り合い増えたよね。みんな良い人たちだし、ボクは大丈夫かなって思う」
言われてみればなるほど、委員長の言ってることはその通りだし、それに乗っかるロリっ娘な奉谷さんにも頷ける。こういう時の奉谷さんの感性は信用できるのだ。
「情けない殴り合いをした甲斐があったってか」
「お前のはタックルだったろ。ブサイクなの」
「うるせえよ」
珍しく田村が自虐っぽいコト言い出せば、すかさず海藤が混ぜっ返す。
『雪山組』の『ヤーン隊』救出からの騒動でステゴロタイマンをやったのだけど、見物人には好評だったし、アレで俺たちの顔も広くなった。
あの時の冒険者たちは『ホーシロ隊』の連中と違って、気持ちの良い人たちばかりだったなあ。そうだよな、ここまで出会ったほとんどの冒険者は俺たちに友好的に接してくれてきたじゃないか。
心の中で壇上に立つことへの恐れが溶けていく。うん、大丈夫。当日は俺の横にサメが浮かんでくれているだろうしな。
「問題はペルマ迷宮の異変がアラウドと同じかどうかの保証が無いってところだけど……」
「ハズレなら元に戻せばいいだけだし、別方向ならその時にまた考えるしかないわね」
残された懸念を委員長が提示するけど、中宮副委員長が言う様に、その時になってみなければわからない。
もしかしたらちょっとした群れが散発的になんていう美味しいシチュエーションだってあり得るのだし、それはそれで理想的だ。
ああ、これはフラグな考え方か。
「僕たちが提供するのは、あくまでアラウド迷宮で得られた知見。それを最初に強調しておくしかないね」
「それ、委員長が冒頭で言ってくれないか?」
「マクターナさんか組合の人が司会としてやってくれるよ。資料にだって明示するだろうし」
俺の提案は委員長にさっくり流された。ううむ、こういう会話で委員長に勝てるビジョンが全く浮かばない。
「そろそろ決を採ってもいいかな? 総会にウチから説明する人を出すことに賛成する人」
「おーう!」
意見が出尽くしたと見た委員長が多数決を宣言し、クラスメイトたちがバラバラに手を挙げていく。
俺もまた渋々ではなく、さっきまでよりも前向きに賛成側に回ることができた。やっぱりみんなの意見を聞くのは大切だな。
何よりも、このやり方こそがティア様の言う真正面からぶつかれという言葉に適うのだって、俺は思うんだよ。
くだらない難癖をつけてくる連中なんて、正論と力と、そして結果でねじ伏せてやればいい。
「決まりだね。組合には明日伝えるってことで。だけど次回の迷宮が決めにくいね」
「直近で三日後っていうのが、困りものね」
苦笑を浮かべる委員長に、中宮さんも合せていく。
俺たちは現状、中二日で迷宮に入るようにしている。次回はティア様を連れずに四層を一日。そこで十二階位を増やして、現在十一階位であるティア様からのレベリング依頼を受けるに値する組であるという体裁を整えるわけだ。
で、もう一度中二日でティア様たちと迷宮泊というのが現在の方針なんだけど……。
こうなるとマクターナさんの言う臨時総会を一刻も早く開いて貰いたいという心情になってしまう。
さっきまでとは大違いだな。心持ちひとつでこうもなる。
「仮に三日後だったとしても、昼間は迷宮でいいんじゃない?」
「それもそうだけど、八津とか準備は大丈夫か?」
剛毅な春さんの発言には同意だし、古韮の気遣いにも感謝だ。
「とくに思いつかないし、俺は大丈夫だよ」
それでも三日後の迷宮は、やっぱり外したくない。一日も早い日本への帰還こそが目的なんだから。
そもそも説明することなんてアウローニヤの調査会議の時と、ほとんど変わらないしなあ。
あ、いや。思いついた。面白い考えが降りてきたぞ。
この場合、頼るべきは──。
「用意したいコトができた。草間、手伝ってくれるか?」
「ん、なに? 会議室に忍び込むとかはイヤだからね?」
「そういうのじゃない。草間のリアルスキルだ」
たぶん俺は今、悪い笑みを浮かべているのだろう。だけど、このアイデア自体は悪くないって思うんだ。
そんな感じで一泊二日の迷宮を終えた夜は更けていった。
「んふふぅ、ワタシは今夜から【安眠】デス」
就寝直前になって自慢げなミアが全方面に煽りを入れていたけれど、それについてはまあいいや。
◇◇◇
「木札自体は少なかったけど、どうやらひとつの隊の人数を増やしてるみたい。ミーハさんが教えてくれたよ」
「なるほど、アリだよな。考えによっては稼ぎ時なんだし」
「良い傾向じゃないか。安全を確保しながら、それでも四層を目指すなんて」
翌日、十時くらいに組合事務所に向かった連中が戻ってきて、口々に報告をしてくれる。出発時刻を遅らせた理由は、言うまでもないだろう。
外出組は買い出しも兼任してくれたから、昼食の時間になってしまった。
俺はといえば本日は待機組。ティア様とお兄さんのウィル様からの説明を受けて魔族への警戒を一段階緩めた結果、俺の外出機会が減ることになったのだ。今日に関しては、魔族がいないだろう内市街だけで済む用件だったしな。
ただし迷宮委員としてとか、他者の表情を観察する必要がある場合を除く。なんだかなあ。
拠点への侵入者に対する警戒という点で草間の【気配察知】と俺の【観察】アンド【魔力観察】を比較すると、視界が通るという条件付きで後者に軍配が上がる。俺が拠点の屋上から周囲を見渡す方が、草間が壁伝いに走るよりも楽に人を発見できるのだ。
そこに人の存在があれば、魔力の色という形でモロバレだからな。壁の向こう側に潜んでいるとかならまだしも、目を使ってこちらを偵察しているならば、俺は絶対に見落とすことはない。
深淵を覗く者は、ってアレをリアルでできるのはちょっとアガるな。
とはいえ引きこもりはよろしくないので、俺だって定期的な外出はもちろんする。あくまで度合いっていうレベルの話なのだ。
「自発的にそういうことができるって、冒険者だからこそだよね。アウローニヤだったらすぐにって感じにはならないし」
「ゲイヘン軍団長はかなり早かったと思うけど」
「アレはほら、アラウド迷宮は二層の鉄と塩がヤバかったから」
言っていることは物騒であっても、外出してきたメンバーの顔色は明るい。
組合がしっかり警告を掲示してくれたこと、あのチンピラ冒険者に出くわさなかったことと、冒険者たちの四層への姿勢なんかが好材料っていうのもあるからだろう。そして何より──。
『素材の代金だけど、わたしたちのは組合に預けて、ティア様の分だけ受け取ってきたから』
なんてことを戻ってきて真っ先に、会計担当の白石さんが証書を見せながら報告してくれたのだ。
その金額に皆が歓声を上げ、そのままのテンションで外出組の報告会になったというのが現状である。
なにしろ昨日一昨日と納めた素材の代金だけど、ティア様とメーラさんの分は一万ペルマ少々。九割り引きはキツい。
そして『一年一組』の取り分は、端数を弾いてなんと七十一万だったのだ。これでも一割を組合に上納して、さらには『雪山組』のウルドウさんたちにお願いした運び代を差し引いた結果となる。
さらにはティア様の依頼料である九十万を加えれば、一回の迷宮泊で百六十万ペルマを稼いでしまったのだ。
さすがは四層といったところだけど、これなら俺たちの迷宮ペースを考えれば、レベリング代をティア様から貰わなくても月に五百万近くを稼げる勘定になる。
衣食住の衣と住はすでに完了しているし、家具や食器も充実してきた。ここから継続的に必要になるのは食費がメインで、あとは炭や薪、油あたりの光熱費、武器や防具のメンテナンス、紙やインク代ってところだろう。毎日風呂に入るのに水道代がタダというのもデカい。燃料無しで沸かしてくれる【熱導師】の笹見さんには感謝しかない。
ついでに食事代の半分くらいは迷宮内の食事や、持ち帰った素材で賄える。
これはイケるぞ。冒険者クラン『一年一組』の健全な運営だ。
なるほど、四層で狩りをすることができる冒険者をたくさん抱える大手の組が、今回の異変に果敢に立ち向かうというのもわかってしまう数字だよな。
「こんな風向きなら八津の説明も冒険者たち、受け入れてくれるかもだな」
「俺のってなんだよ。みんなのだろ?」
という明るいムードの中、笑顔な海藤が俺に話を振ってきた。
四層に立ち向かう冒険者たちなら、確かに俺たちのやり方を一部でも受け入れてくれるかもしれない。
だけどハザードマップから始まった魔獣の群れの動向と、それへの対応はみんなで考えたものだ。
決して俺一人で開発したわけじゃなく、あくまでみんなで考えた。そこらへんはハッキリさせておかないとだろ? 海藤よ。
「そうそう、総会の説明役のコト、ちゃんとマクターナさんに伝えておいたよ。八津くんのアイデアも、組合の経費で落としてくれるってさ」
外出組だった文系オタな野来も、これまたいい笑顔で伝えてくれた。
そっか、マクターナさん的に俺の提案はアリなんだ。
「居残り組からだって報告はありマス!」
昨夜騒動を引き起こしたミアが、お返しとばかりに胸を張って言い放つ。うん、相変わらずめげないヤツである。
「午前中にスメスタさんがアウローニヤからの荷物を届けてくれまシタ。手紙もデス」
ドヤドヤで、まるで自分の手柄みたいなお顔のミアだけど、行動してくれたのは最初から最後までアウローニヤの外交官たるスメスタさんだ。
アウローニヤからの定期便は、実は昨日の時点で大使館に届いていた。スメスタさんは一度俺たちの拠点を訪ねたのだけど、こちらが不在と知ってわざわざ今朝になって再び届けてくれた恰好だ。
不在者票とか残してくれればこっちから取りに伺ったのに、俺たちを手間取らせないため警備をしてくれていた『オース組』の人たちには内緒にしておくように言ったらしい。
デキるイケメン、それがスメスタさんなのである。
「お米と、何より凪の珪砂も追加デス!」
こういう場面でナチュラルに綿原さんをメインとして扱ってしまうのがミアの良いところだ。全く持って憎めないエセエルフっぷりである。
ちなみに手紙は未だ開封していない。せっかくなので全員揃ってからと──。
「ん?」
「ノック? 珍しいね」
草間と春さんがほぼ同時に反応した。片や【気配察知】で、もう片方は【聴覚強化】だろう。
まさかスメスタさんが午前と午後の二度も登場するとは思えないし、ティア様たちは公務と聞いている。つまりこのタイミングでの来客はちょっとイレギュラーだ。
ああ、臨時総会の件で組合の職員さんがってのもあり得るか。
「えっと、人が三人、かな。判別できないし……、会ったことはないと思うんだけど」
察知はしたが人物鑑定ができていない草間だけど、少なくとも親しい人ではないってことか。
さて、どんな人がどういう目的で来訪したのやら。
次回の投稿は明後日(2025/06/23)を予定しています。