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第512話 モヤモヤするのも当たり前



「こそこそ隠れてる年増。アンタが組長なんじゃねぇのか? 前に出て来いよ。いい年こいて臆病なこった」


 ギャンギャン好き勝手を喚いていた『ホーシロ隊』の一人が、うしろの方で目立たない様にしていた滝沢(たきざわ)先生を指差して叫んだ。


 ティア様とメーラさんを隠すのを優先したものだから、先生の退避が遅れたのには気付いていたが、中途半端に目ざとい相手に腹が立つ。

 いや、怒る理由が違うな。ウチの先生のこと、お前、今なんて言った!?


 指を差された先生は事前に定めてあったクラスの決め事を守って、自分のことじゃないよね? という態度で顔を俯け続けてくれている。だからこそ、クラスメイトたちの血液が沸騰した。

 嘲りや蔑みには慣れている俺たちだけど、直截的な、ましてや先生への暴言を許せるほど人ができてはいないぞ!


 さっきまで悲しげになっていたロリっ娘な奉谷(ほうたに)さんが、小さな体でハッキリとお怒りになっている。会話メモを取っている文学少女の白石(しらいし)さんは、メガネが光って目が見えない。

 綿原(わたはら)さんのサメがブワリと大きさを増し、夏樹(なつき)の石が速度を上げた。

 光の聖女たる上杉(うえすぎ)さんが黒いオーラを立ち昇らせて、暴言にひるんでいた笹見(ささみ)さんまでもが、ニヒルでアネゴな笑みを取り戻している。


 後衛組ですらこうなのだ。気の強い前衛連中がどうなるか。

 ポニーテールのミアが髪の毛を逆立たせ、イケメンオタな古韮(ふるにら)やチャラ子な(ひき)さんが口を大きく開いて獰猛に笑っている。ヤンキーな佩丘(はきおか)なんて言うまでもないだろう。

 うしろから見るクラスメイトたちの背中が一回り大きくなったかのようだ。


 部屋の気温が一気に上がったことに気付いたのか、『ホーシロ隊』の八人がちょっとたじろぎ、がなり声が一瞬止まった。



 そんな状況でも、飛び抜けてヤバいのが二人。


「失礼します」


「メーラっ」


「申し訳ございません。ですが」


 俺の背後ではイザコザが起きていた。


 今にも最前線に突撃を掛けそうになったティア様を、なんとメーラさんが背後から抱きかかえて抑え込んでいる。

 主の意に反するメーラさんなんてちょっと信じがたいけれど、やっていることは大正解だ。


「わたしは大丈夫ですから、落ち着いてください。ティアさん」


 しまいには侮辱された当事者たる先生までもがティア様を宥めに掛る始末である。 


 先生を侮辱されて身を潜める覚悟が吹き飛ぶあたり、やっぱりティア様なんだよな。

 メーラさんにしても、よくぞ動いてくれた。今回の迷宮泊でメーラさんは何かが変わった気がする。俺としては好ましい方向に。



「冒険者同士のイザコザはご法度ぉ。ましてや迷宮では! ですよねぇ!?」


 裏返った声でそう叫んだのは藍城(あいしろ)委員長だった。


 怒りに燃える前衛連中にあってティア様と並ぶ怒髪天状態筆頭が一人、気炎を立ち昇らせて木刀をゆらりと動かした中宮(なかみや)さんの前進を阻む様な立ち位置に移動しているあたり、こちらもナイスプレイだといっていい。

 先生を馬鹿にされたことへの怒りよりも、中宮さんを抑え込む選択ができるのが委員長だ。かなり慌てたせいで声があんなことになっていたけれど、むしろ俺たちには鎮静剤になるくらいだよ。


 誰だって『ホーシロ隊』をぶん殴りたい。俺だって自分がこんなに暴力的な思考になってることに驚いているくらいだけど、それでもだ。

 そんな怒りを持つ筆頭格の二人、中宮さんとティア様を封じ込めておかないと、コトが大きくなりすぎる。とくにティア様だけは。


『みなさん。【平静】を』


 委員長のパフォーマンスに続けて、先生が日本語で俺たちに指示を出す。

 一番傷付けられたのは先生なのに、この人はいつだって俺たちと、そしてたぶん相手、つまり『ホーシロ隊』の心配だ。どれだけだよ。


 ここまでの展開で仲間たちは小刻みに【平静】を使っていたはずだ。本当だったらこの怒りを消したくなくて本気で【平静】なんて掛けたくないけれど、先生に言われてしまえば仕方がない。


「ちっ」


 佩丘の舌打ちが耳に届く。自分が落ち着いていくのが面白くないんだろうな。気持ちは一緒だぞ。


 強めに【平静】を起動したことで、クラスメイトたちの怒気もなんとか内側に隠す程度には落ち着いた様に見える。

 怒れるクラスメイトの中で深山(みやま)さんだけは、先生に言われる前どころか、『ホーシロ隊』と遭遇した瞬間からポヤっとしたままだ。凄いよな【冷徹】って。



「……やあっとマトモに口開きやがったか」


 ちょっと間抜けだった委員長の声と、怒りを内側に封じ込めた俺たちを見て、年上冒険者が再起動する。ダサいぞ、それは。


「言われなくても、んなこた分かってんだよ! 昨日今日冒険者になったガキが調子こいてんじゃねえぞ」


「あんたたちが冒険者じゃなかったら、とっくに殴りつけてるわっ!」


 再び飛んできたのは口の悪い田村(たむら)もかくやという罵詈雑言だった。さっきからずっとだけどな。


 俺たちにペルメッダから出ていけなどとほざいたお兄さんにしても、直接手出しをするつもりはないようだ。それもそう、あちらも冒険者として最低限のルールくらいは知っている。

 調べた範囲で『ジャーク組』は真っ当だ。そんな組が冒険者の基礎を教えていないなんて考えられない。


 今さっき委員長が叫んだ通り、冒険者同士のイザコザは組合がハッキリと禁止している。ましてやいつ魔獣が現れるかもわからない迷宮内なんて問題外だ。

 もちろん因縁とかがあって、代々仲の悪い組とかもあるらしい。そんな人たちがたまたま酒場で鉢合わせして喧嘩になった、なんていうことは普通にあるのだとか。


 だけど事務所とか迷宮でのイザコザは、どちらかが報告したり誰かに見られてたら組合が仲介に入る案件だ。

『ホーシロ隊』だって分かっていて、だから口で罵るだけ。ヘタをしたら怒ったこちらが手を出すのを待っている可能性すら……、それはたぶんないんだろうな。


 それくらいこの人たちは、アウローニヤの貴族への憎悪に染まって暴走している。組合にチクられる恐れがあるにも関わらずだ。

 なんでペルメッダに来てまで過去のアウローニヤに呪われなければならないのか。今度資料で調べて『ホーシロ隊』の出身地を突きとめてやる。ザルカット領が怪しいな。そこからどうしてくれようか。



「そちらが僕たちのことをどう思おうと、それは勝手です」


「なんだとコラぁっ!」


「だけどみなさんだって『ジャーク組』の名を背負っているのなら、ちゃんと冒険者しませんか?」


 さっきの叫びから一転、委員長はあえて低くした声で忠告するような言い方をした。


 向こうは自分たちが『ジャーク組』と名乗っていないのに、こちらが知っていることを気に留めた様子もない。やっぱり無計画で感情的な行動なんだろう。


「これ以上不毛な言い争いというか、そちらからの一方的な罵倒が続くなら、僕たちに付き合う義理はありません。組長同士の話し合いで決着をつけるか。訓練場で雌雄を決するか。僕としてはどちらでも構いません」


「てめえ、親の名をっ!」


「だって、どうしようもないじゃないですか。これから先、会う度にこうするつもりなんですか?」


 感情的な『ホーシロ隊』に対し、落ち着きを取り戻した委員長の正論アタックが繰り出される。

 あえて委員長が組合による仲裁っていうフレーズを抜いていることに気付いてくれているか? ムリだろうなあ。


 ところでどうして委員長がこうも冷静になれたのか。

 実はついさっき草間(くさま)が戻ってきてくれたのだ。で、白石さんが小さく【音術】でソレを委員長に知らせた。

 罵声を聞くこともなく一仕事を終えた草間は涼しい顔だし、白石さんも役目を果たせて少しは溜飲が下がっているといいのだけれど。


 ここでの論争もそろそろ時間切れだ。



「あなたたちの言っていることは一部正しいと僕たちも自覚しています。ですが、過去はどうあれ『一年一組』は『オース組』の推薦を受けて『組合』が認めた冒険者です。あなたたちだって『ジャーク組』の庇護下で冒険者になったのでしょう? 全部の顔に泥を塗る気ですか?」


「だったらてめえらが冒険者を──」


「辞めませんよ。そちらが冒険者をやっているように、僕たちも冒険者をします」


 委員長はズバリと言い切る。


 ここで俺たちがヘタれるのは、お互いのためにならない。

 鬱屈した心を持つ『ホーシロ隊』が、勘違いした精神的勝利を得てしまうかもしれないからだ。今後もこうして会う度にこんなことが繰り返されて、ヘタをすると行くところまで行ってしまうまである。


 かといってティア様を持ち出すわけにもいかない。

 それをやってしまったら『ジャーク組』自体が潰れかねないからだ。一番良くても『ホーシロ隊』の八人がパージされるってところか。

 いくら冒険者組合が国から離れた運営をしているからといって、ペルマ迷宮自体は侯国の所有物だ。組合のやっていることは、国からの業務委託みたいなものにすぎない。国のトップ中のトップであるお姫様が依頼したレベリングを大した理由もなく妨害するだなんて、いくら冒険者の味方である組合だって擁護なんかできるものか。

 何しろ冒険者同士のイザコザにティア様が巻き込まれた構図なんだ。どっちの言い分が通るかなんて目に見えている。


 先生にしてもアウローニヤの名誉男爵だ。この件をアウローニヤ大使館を経由して、組合に抗議をすれば『ジャーク組』の処罰が下りる可能性はそこそこ高い。あのスメスタさんなら、先生が絡んだとなれば喜んで協力してくれそうな気もするし。

 もちろん先生はそんなことを望まないけど。


 なので、立場のある三人には隠れてもらった。

 そんな中で先生に対するとてつもない不敬発言があったのだが、あれは言われた当人が誰に向けた言葉なのかを曖昧にすることで、ギリ回避だ。


 最初からティア様を前面に押し出していれば、不敬をする前に尻尾を巻いて逃げ出していたかもしれないが、レベリングを依頼されている俺たちに足を止めさせた時点でほぼアウトだ。加えて看過できない捨て台詞を吐くかもしれないし、ティア様と繋がっていると知ったアイツらがヒステリックになって『一年一組』を執拗に狙うようになったらどうする。

 この手の連中は、メリットデメリットを感情で飛び越えてきそうで怖いんだ。


 それよりなにより、俺たちはティア様を印籠代わりになんてしたくない。たしかに彼女は権威を持っているけれど、迷宮の中では仲間も同然なんだから。


 そういった事情でもって、この場は『一年一組』が単独で対応するしかないし、降参するわけにもいかない。たとえそれが何の解決にならないとしても。

 だからこそ、この場の論争を担っているのは迷宮委員の俺や綿原さんではなく、クラスの外交担当にして論客である委員長なのだ。


 まあ、今から煙に巻くようなことをするんだけどな。

 彼らには一度俺たちから離れてクールダウンしてもらう必要がある。落ち着いてくれるかなあ。



「言わせておけばぁ──」


「いいんですか?」


 負けを認めない委員長の態度を見て憎しげな声を上げる連中に、青白い怒りの炎を含んだ中宮副委員長のセリフがカットインした。

 手にした木刀を突き出し中宮さんが指し示すのは、『ホーシロ隊』を挟んで『一年一組』の反対側にある扉だ。


「羊が五体です。そちらの斥候は何をしているんですか?」


「なにっ!?」


 中宮さんは正確な情報を伝えているのに、相手は半信半疑でうしろを見たり、こっちに振り返ったりしている。

 まさかとは思うけど、ブラフを仕掛けてこちらが背後からだまし討ちをするとでも思っているのだろうか。やるなら真正面からで楽勝だぞ?


「疑うのは勝手ですが……、七、六」


「ホントに来てるっ。構えてっ!」


 カウントダウンを始めた中宮さんに被せるように、慌てた様子の斥候職だろう女性が叫んだ。


「なるほど、アレでちゃんとしてるんだな」


 こちらに背を向けて魔獣への迎撃態勢を取る『ホーシロ隊』の動きは、中々大したものだ。思わず呟きが出てしまうくらいには。

 これならキチンと魔獣を倒せるだろうし、それならこちらも罠を仕掛けた罪悪感を持たずに済む。


 事態はもちろん仕込みだ。


 迷宮では先に接敵した方に討伐の権利が与えられ、助けを求められない限り、別の隊が手出しするのはご法度だ。なので草間にこっそりトレインしてもらって、向こうさんの『背後』から魔獣に現れてもらった。アウローニヤの騎士総長すら食らった一年一組の得意技だぞ。ありがたく受け取るといい。

 白石さんの【音術】で相手の注意を逸らしてから逃げる方が早かったのだけど、こちらの手札を晒すのは惜しいから今回は回避したのだ。魔獣の襲来の方が自然だし。


 偶然って怖いよな。迷宮で言い争いなんてするもんじゃない。



「その感じなら楽勝ですよね? では僕たちはこれで」


「待てよお前らっ。ちくしょうめぇ!」


 さよならを告げる委員長に、絡んできた冒険者が何かを叫んでいるが、そんなのは知ったことではない。


「できれば一度落ち着いて考えてみてください。『一年一組』はみなさんの敵じゃありませんから」


 優しい委員長のセリフを残し、俺たちは素早くその場から立ち去った。



 ◇◇◇



「ダメだ。荒い」


「なんか良くないよね」


「ああ。言ってる俺もだけど、気が乗らなくって」


「うん。ボクも」


 愚痴ともつかない俺の言葉に、横にいる奉谷さんが応対してくれる。


 魔獣を押し付けることで颯爽と暴言からおさらばして、即四層に降りてきた俺たちだけど、戦闘が始まったというのに気もそぞろだ。

 先生への暴言もそうだけど、実際に大金を所持していることへの後ろめたさ、そして何より純粋な悪意。こんなの感情を整理するのに時間が掛かっても仕方がない。


 二日目の四層で最初に対峙することになった八体のジャガイモなんだけど、なんと二体も中衛を越えようとしている。

 前衛の動きが、ほんの少しだけどぎこちないのだ。四層ともなれば、そういうのが大きな傷になりかねない。


 こんなことなら四層への階段の途中で、ちゃんとみんなで話し合っておくべきだったかも。

 四層に降りてすぐとはいえ、無口なままで戦闘に入ってしまったのは失策だったろうか。



「あっ」


 念のためにと芋煮会の準備をしていた笹見さんが、予想外にジャガイモに手こずる前衛の姿を見て寸胴を倒してしまい、そこらに熱湯がぶちまけられた。


 普段の彼女ならこんな粗相でも慌てずすぐに立て直せていただろう。【水術】を使って鍋に戻せばいいだけなのだし、そもそも鍋をひっくり返す笹見さんなんて初めて見た。温泉宿の娘だけあって、配膳や清掃の手際が良いのが彼女のウリなのに。


「大丈夫だよ?」


「あ、ああ。ありがとね」


 そんな笹見さんの下に駆け寄り、鍋の位置を直してから水を戻したのは深山さんだった。さすがは【冷徹】使い、ポヤっとした表情のままなのが今こそ頼もしい。心の底からナイスフォローだ。

 深山さんだけは、今回の戦闘でも普段と動きが変わっていないんだよな。【冷徹】の凄まじさを思い知った。



「あとは『サメッグ組』と『蝉の音組』だったかしら。どうしよう、なんか喧嘩を売られてる気分」


 鍋を立て直す二人に向かったジャガイモにサメを叩き込むことでフォローを入れた綿原さんが、ブツブツと物騒なことを呟いている。


 水陸両用感と夏の山士幌を思い出させる名を持つ二つの組は、『ジャーク組』と同じくアウローニヤからの流民の面倒をみているという点で、チェック対象になっていたところだ。今回の一件で、謂れもなく要注意な組になってしまったわけだけど。


「難民を救っているんだから良い組なのよね。うん、正義。鮫と蝉は正義。ゾンビやトマトもハイジだって──」


 やることはやってくれているので口を挟むつもりはないけれど、正直怖い。『ホーシロ隊』め、先生を侮辱するだけでなく綿原さんにまで精神攻撃を仕掛けやがって。


「うおっ!? 綿原っ、何やってやがる!」


「あ、ごめんなさい!」


 普段は精緻な動きがウリである綿原さんのサメだけど、今回に限って動きが粗い。

 前衛側に押し返すつもりだったはずのジャガイモへのひと当てが、ヒーラーの田村の方に向かってしまった。田村が振り返り盾を構えるが、前衛ヒーラーが最前線に背を向ける形になっている。


 さすがにこの展開はいただけない。


「白石さん。【鎮静歌唱】、頼めるかな」


「う、うんっ」


 どこが悪いと具体的に指摘しにくい一年一組のおたつきをなんとか緩和しようと、俺は歌い手な白石さんに【鎮静歌唱】をオーダーする。


『ゼロとイチが連なれば、どこまでだって、なんだって──』


 ああ、ダメだ。いつもなら歌い始めればノリノリになれる白石さんだけど、今に限っては弱気なままで声が震えてしまっている。


 お陰で鎮静効果も効きが悪い。白石さん当人もわかっているのだろう、焦りでますます声が小さくなっている。

 悪循環だな、これは。ジャガイモが八体程度ならどうとでもなると思っていたけれど、意外な苦戦になってしまった。



「ああぁぁぁいぃっ!」


 負けは無いにしても、負傷者と魔力消費が心配になりかけた状況で、広間に普段よりもひときわ大きい奇声が轟く。


 直後、綿原さんのサメアタックを食らい、新たなターゲットとなった田村に絡み付こうとしていたジャガイモが消えた。

 正確には地面に叩きつけられてから、踏みつけられて爆散したって感じだ。しかも二つある体の両方が立て続けに。音で表せばガン、ドン、ドンっていう妙に整ったリズムで。


 こんなことをやってのけるのは、もちろん我らが【豪拳士】の滝沢先生しかいない。


「あぁぁぁ……っ、いぃっ!」


 そこだけで先生は止まらなかった。確認するまでもなくトドメを刺し切ったジャガイモの破片には目もくれず、続けて疋さんのムチに(つる)を絡めとられた個体を横から殴りつける。

 宙に浮かんで支えが無いはずなのに、その場でジャガイモが砕け散った。どうしてそうなる?


「あぁい!」


 残った片割れは、先生が繰り出した右膝と振り下ろされた右肘に挟み込まれる形で、これまた潰された。

 疋さんのムチの先には寂しげに蔓だけが残されているのが、ちょっとシュールだな。


 ここまで約五秒。


「これは、なん……、ですの?」


 疋さんが拘束していたジャガイモを倒そうと動き出していたティア様が、唖然とした表情で立ち止まっている。

 まさか先生によって得物を横取りされるなんて、想像もしていなかったのだろうな。


 普段なら俺の指示出しを待ってくれる先生が独自に動いた。つまりは異常事態への対処ということだ。

 結果としてたった数秒で中衛まで潜り込んでいた魔獣は消え去り、戦局は立て直された。


 それより何より、みんなの目付きが変わったのが先生による最大の成果だ。ただしティア様とメーラさんを除いてだけど。


「しゃぁうっ!」


「やりマス! イヤァァ!」


 残り六体十二個のジャガイモのうち、二体の蔓が千切れ飛ぶ。片方は中宮さんの木刀で、もう片方はミアの短剣によるものだ。

 地に落ちた四個のジャガイモに、アタッカーをはじめとしたクラスメイトたちが殺到する。綿原さんや夏樹も混じっているんだけど、それはまあいいか。なんかゾンビ映画を見ているような、そんな気分にさせられる荒っぽい戦いっぷりだ。


 先生主導によるバーサーカースイッチで、みんなの動きが本来のもの……、なんかそれ以上のノリになっていく。

 俺の指示出しではこうはいかないだろうな。悔しいとも思えないくらいだ。文字通り先生は自らの言と動で手本を示すものだから、なんというかこう、わかりやすいんだ。まさに教師の鏡だよ。


 今回の戦闘だけはティア様とメーラさんのレベリングが置き去りになっているけど、まあそれは諦めてもらおう。

 現状で大切なのは、一年一組本来のテンションを取り戻すことだ。反動からか、それ以上になっている気もするけれど。



「先ほどの件を引きずるなとは言いません。みなさんなら励まし合って立ち直り、必ず最善の道を選ぶことをわたしは知っています。欠片の心配も必要ないことを」


 さらにもう一体、二個のジャガイモを撃破した先生が獰猛に笑う。


「年増と呼ばれたことについて思うところは多々ありますが、臆病については論ずるまでもありません」


 なんだか凄く根に持った空気を発している先生の言葉は、ビリビリと背筋にくるものがある。コレが途轍もなく心地良く感じられるのだから、俺も完全に毒されているな。


「わたしが臆するものなんて、みなさんの英語の成績くらいなものですから」


 笑えない冗談を交えた先生の頼もしいセリフを聞いて、クラスの何人かがそっと目を背けた。まだ戦闘中だぞ、おい。

 本当だったら俺も顔を俯けたいところだけど、指揮官としての責任を背負って全体を見ているんだ。だからみんなも付き合えよ。


「あの人たちにどれだけ、何を言われようと、わたしたちの方が強いと示せばいいだけのことです。心も体も」


 いっそ気軽に言ってしまう先生は、さすがとしか言い様がない。こと戦闘中のたった一分で一年一組の雰囲気を一変させるなんて手際は、本気以上になった先生にしかできないコトだろう。


 完全に安定した戦況を見届けた先生が、ふーっと大きくて長い息を吐く。

 技能全開であんな無茶をやったんだ、そりゃあ疲れもするだろう。それでも先生は今この場面で必要だと判断し、動いてくれた。


「わたしも十二階位になりました。さっきまで悪口を言った人たちに教えてあげたいと思うのは、さすがに意地悪なんでしょうね」


 軽く拳を持ち上げた先生は、さっきまでの陰鬱な空気を吹き飛ばすかのように、そう言ってのけたのだ。



 次回の投稿は明後日(2025/06/08)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
思う所は色々あるとはいえ。この子ら対応が大人だなあ。
> 『サメッグ組』と『蝉の音組』 これも綿原さんを逆撫でする組名ですな^^ あぁ「速い攻撃」ではなく「即行動」でしたかmOm
一年一組が使ってるカバーストーリーがジャーク組のあれな人らを一番かき乱してる大きな原因なんだろうけど、お偉いさんにはやたら好奇心を向けられるし敵意も向けられるし面倒わねえ生きるって
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