第508話 宴もたけなわに
「うわあ。凄いね!」
「厚いな。こりゃあいい」
「肉だねぇ」
「アメリカンデス!」
ソレを目にした一年一組は大盛り上がりだ。
木皿やよく洗ったバックラーの裏面に並べられているのは分厚い牛肉ステーキだった。三センチくらいあるじゃないか。
「とりあえずは一人一枚だ。おかわりは俺と上杉が一旦食い終わってからだぞ。ああ、ミアと海藤も焼けるか」
「あたぼうデス」
「俺もかよ」
一年一組焼き物担当の佩丘が念を押す。おかわりされるのが前提なんだな。
まあ、視界の端には切り分けられて下拵えが終わっている肉が見えているのだけど。
ともあれ目の前のステーキだ。
日本で出会ったどんなステーキよりも分厚い。大きさは普通よりちょっと小さいくらいだけど、重量は倍くらいあるんじゃないだろうか。
ソースは掛かっていなくて、シンプルに塩コショウ。肉本体の上には四角かったバターが乗せられていて、それが溶け始めている。
なんでも佩丘が言うにはアルミホイルで包んで寝かせておきたかったらしい。そこで悔しがるあたり、料理に対するこだわりが激しいヤツだ。
「ちょっと赤い?」
「熱は通ってるさ。どうせ迷宮産だ。生でもイケるんだし」
「そっかあ。そうだね」
切断面を見たロリっ娘な奉谷さんが首を傾げているけれど、横からちょっと焼肉に詳しくなったピッチャー海藤がカラっと笑って教えてあげている。
迷宮で採れる素材は全て生でイケるというのがこの世界の常識だ。食中毒を引き起こすような細菌が最初から『付属』していないからというのが俺たちの見解となる。
迷宮様々だよな。
なので主流ではないにしろ、ペルメッダでは牛や羊の刺身を食べることもあるらしい。地上に搬出した段階で痛み始めるので迷宮から離れた場所では食べることのできない珍味扱いなんだとか。
ううむ、ワサビと醤油はどこにあるんだろう。
「いいねっ!」
「最高! やっぱ、肉だよ!」
酒季姉弟の夏樹と春さんが、凄くよく似た笑顔を向け合っている。
階位が上がっているお陰で俺たちは身体能力全てがパワーアップしているので、【咬合力強化】が無くてもこれくらいの肉を嚙み千切るくらいは楽勝だ。
あ、もしかしたらこういうのを食べていたら【咬合力強化】が候補に出るのかも。
なんていう妄想は置いておいて、ステーキを食べるために使っている食器、カッコよく表現すればカトラリーは各人バラバラだったりする。夏樹はフォークで春さんなんかは鉄串一本だ。
切り分けるためのナイフといえば、俺たちがいつも使っている解体用のゴツいやつ。さっき馬那がティア様から新品を拝領していたけれど、それ以外のメンバーはアウローニヤからの持ち込みである。
迷宮内でしか使わないので雑菌が付いているってことはないはずだけど、それでも水で洗ってから【熱導師】な笹見さんが煮沸してくれたのだ。
でかいナイフで肉を切るって、冒険者っぽくて『萌える』よな。なんならあっちでオタな古韮がやってるみたいに、ナイフを肉にぶっ刺してそのまま噛み千切るのも悪くない。
まあ、副委員長な中宮さんに即怒られるわけだけど。迷宮内で、はしたないの境界線ってどのあたりなんだろう。今日に関してはティア様がいるので、中宮さんのラインがキツくなっているのかもしれない。
「焼き加減、もう少し上げられそうですね」
「まあな。けどよぉ、量が量だ」
料理番の上杉さんはこの極厚ステーキをまだまだ突き詰められると考えているようだ。料理となると表情が豊かになる佩丘が苦笑で応対している。
そんな上杉さんだけど、ナイフとフォークで切り分けたステーキを、優雅に箸を使って口に入れている。
変なところで和風にこだわっているなあ。
「リン、わたくしも練習していますの。お披露目も間近ですわ」
「そ、そうなのね」
上杉さんの箸捌きをじっと観察していたティア様が、隣に座る中宮さんに謎アピールをしている。
一年一組の面々が箸を使っているのを見て、自分もとなったらしい。
俺の記憶が確かならばティア様自身が箸を認識したのは、奇しくも滝沢先生の誕生パーティの時だったはず。豚丼が出されて、そのあとでスメスタさんのハンカチ騒動が起きたアレだな。
アウローニヤでは箸文化の流布に失敗したのだが、ペルメッダでは侯息女様に食い込んだか。
あっちの女王様にも渡してはあるのだけど、立場もあってか使っているところを見たことはない。あの方のことだから、部屋に飾ったりしているんじゃなかろうか。いや、もしかしたらティア様みたいに陰で練習しているかも。
つぎに逢った時に箸を使いこなしてみせる女王様の姿が目に浮かぶようだ。
「メーラ、中々の料理ですわね。迷宮でコレならば、大したものだとは思いませんこと?」
「はい」
ちなみにメーラハラさんもティア様を挟んで中宮さんとは反対側に座って食事中だ。
普段は意地でもティア様の背後に立って食事に手を出さないメーラハラさんだけど、迷宮内では座って食べろと主から命令を下された結果である。
風呂の一件といい、ちょっとずつメーラハラさんがこっち側になってきているようで、そこが面白い。
「うん。肉とジャガイモってやっぱり合う」
「八津くんって、本当に好きなのね」
「ああ。地上に戻ったらまたフライドポテトを作ってもらいたいかな」
「そ」
肉を呑み込むのもそこそこに、添えられた薄黄色な物体に俺は手を伸ばし、それを口に放り込む。茹でて崩したジャガイモに肉汁とバターが流れ込んで、それがソースになっているのが素晴らしい。
思わずしみじみとした声が出て、それを聞いた綿原さんがやれやれと笑う。
付け合わせとしてステーキの脇に置かれたマッシュポテトは、ティア様とメーラハラさんが倒したのと、砕けてしまって素材としての価値が落ちてしまったのを合わせて作られた。
明日の朝食分もあるくらいには『大漁』なんだよなあ。穴だらけだけど。
『日本だったら全部規格外野菜よ』
以前ペルマ=タの内市街で売られている野菜を見た綿原さんの言がこれだった。
売られている迷宮素材、とくに野菜や果物類は、どこかに傷がついているものが多い。というかそれが普通だ。傷が見当たらないのは、イコール迷宮産ではないということになる。
たとえばジャガイモなら蔓を千切り、木の枝みたいな足を切り落とし、最後に刃物を突き刺して討伐が完了する。
どうやったって何処かに穴が空くよな。剣を使う冒険者が倒したならば、それこそ真っ二つだし。これでもジャガイモは『目』が無いぶんマシな方だ。芽ではない、念のため。
「馬那くん、こちらもどうぞ」
「ああ。すまん」
視線の先で上杉さんから馬那所有の大ぶりなカップによそわれたのは、白菜とカニの和風スープだ。ぶっちゃけると、鍋だな。
基本はセルフサービスなのだけど本日の主役は馬那だけに、こうして誰かが手渡してやっているのだ。ついでにティア様とメーラハラさんにもだけど。
いいご身分だとは思うけれど、羨ましさは少ししかない。何しろ俺の誕生日は三月十四日で、八か月も先なのだ。そんな頃までこんな異世界にいられるか。俺は日本に帰らせてもらう。
日本でも、こうしてみんなで誕生日を祝い合うのなら大歓迎なんだけどな。
二月十四日生まれで、誕生日にイジられる綿原さんの例もあるわけで、俺もやられそうな嫌な予感はこの際置いておこう。
「さっぱりしていていいな」
「和洋折衷というのには憚れますけどね」
馬那の言葉に上杉さんは薄い苦笑を浮かべる。
たしかに、カニと白菜の鍋とアメリカンなステーキの組み合わせは、俺から見ても滅茶苦茶だとは思う。
それでも馬那に習ってスープを口にすると、肉の油がすっと溶けていくようで悪くない。あくまで脇役であるにも関わらず、こういう優しい味を作り出してしまうのが上杉さんの手腕だ。
そしてもちろん──。
「米は偉大だな。全部を中継ぎしてくれる」
「一人二個だからな」
おにぎりを頬張る古韮に佩丘が釘を刺す。
キャンプになると燃えるエルフなミアは、飯盒炊爨の腕を上げ続けている。拠点だとそうでもないあたりがミアっぽい。
そんなミアが指揮を執り、生徒数名だけでなく先生までもが手伝わされて大量のおにぎりが作成された。具材は事前に拠点で用意されたタイのほぐしと鹿のミンチの二種類。
一年一組的に迷宮で自給自足が効かない米の存在は大問題だ。地上ですら毎食とはいかない状況だけど、今日はせっかくだからと一食分が持ち込まれた。というか、四層チャレンジを始めてからは毎回だけどな。
というわけで以上三品。
こういうラインナップになったのは、四層探索がメインでティア様の狩った素材が余るのが予想できたのと、もちろん馬那の誕生パーティを見込んだからだ。
筋トレマニアな馬那には、シンプルだけど特別感のあるステーキが良く似合う。
「白石さん、歌ってよ。奉谷さんもさ」
「ええ、また?」
「ボクはオッケーだよ!」
「それより肉、食べ終わっちゃったしぃ。焼いてよ~」
「わたくしもまだまだイケますわよ!」
うん、こういう騒がしい食事光景こそが一年一組の本領だよな。
◇◇◇
「ん、人がこっちに向かってる」
「足音、隠してないねぇ」
メガネ忍者の草間とチャラ子な疋さんの反応は、ほぼ同時だった。
宴もたけなわといった感じだった場に緊張が走り、全員が食事を止めて脇に置いてあったメットや盾に手を伸ばす。
メーラハラさんが異常に素早く装備を手にし、そしてティア様は顔をしかめてから鷹揚に立ち上がった。
「もう八時過ぎてるぞ。こんな時間に、なんだよ」
懐から腕時計を取り出し時刻を確認した田村が、普段以上に嫌そうな声を上げる。
魔力異常のお陰で二十四時間態勢のアラウド迷宮とは違い、ペルマの冒険者たちは基本的に朝から夕方までを迷宮に当てるサイクルで動く。
中世ヨーロッパ風である地上は、灯りのコストの関係もあって二十四時間営業の店もない。一部の飲み屋が夜遅くまで営業しているらしい、ってくらいだ。この手の世界だと『魔導灯』とかがありそうなものだけど、魔道具が存在していないからなあ。
冒険者たちがそんな地上のリズムに合わせて生活するのが道理なのは理解できる。お仕事は昼間に終えるものだよ。俺たちのやっていることは、仕事ではなく活動だから例外である。
もしも迷宮でトラブルが起きた場合、区画は別でも、それでも近くに冒険者がいてくれるのは心の支えにもなるだろうし、迷宮は怪談に事欠かない場所だ。誰が吸われた、十年前に消えたはずの冒険者を見た、なんていう噂は、迷宮に入る人たちの定番ネタらしい。
同じ時間帯では狩場の取り合いになるのではという考え方もできるが、それでも迷宮は広大だ。選択の余地はいくらでもある。むしろ一晩寝かせることで、魔獣のリポップに期待している節さえあるのだ。
一年一組のやっている迷宮泊がどれだけ非常識かって話だな。
いや、今は俺たちの行いなんてどうでもいい。そんなことよりもだ。
「六人。疋さん?」
「五、六人かなぁ」
草間と疋さんの意見がほぼ一致する。視界外ならば一年一組最高峰の索敵能力を持つ二人の言うことだ。人が、たぶん徒党を組んだ連中が近づいてきているのは間違いない。
こんな時間に、俺たちが宴会を開いている場所を目指して。
◇◇◇
「邪魔をするよ」
「グラハス、さん」
警戒する俺たちに対し、むしろ飄々とした態度でまるで暖簾をくぐるかのように登場したのは、ペルマ冒険者組合副組合長のグラハスさんだった。
後衛組を守るために大盾を構えていた委員長が、掠れた声になってしまうのも仕方がないだろう。
続けてグラハス副組合長と同じ格好、つまり組合カラーである茶色の革鎧を着た人たちが続々と入室してきた。見たところごく普通の冒険者装備だな。
問題なのはこの人たちの意図するところだ。明確に俺たちがここでキャンプをしているのを把握していて、だから真っすぐにここに来たのに違いない。
仮にもし副組合長自らが新しく発見された四層の区画をお忍びで視察、なんていうことだったとしても、そっちを目指すならここは通らない。
臆病な俺は新区画とはまったく別の場所を今日と明日の狩場に選んだからだ。そもそもここは、四層どころか二層から三層に降りてくる階段からして違うのだけど。
「あれ? 顧問さん?」
「これはこれは。勇者、いや『一年一組』の皆さんとはお久しぶりですな」
最後に入ってきた六人目を見て、奉谷さんがビックリ顔になっている。
にこやかに挨拶をしてきたのは、これまた冒険者装備のバスタ顧問だった。口髭が特徴のおじさんで、俺たちの作った『迷宮のしおり』をパクり、しかもそれに協力させようとしてきた人だ。
迷宮に入るタイプだとは見えなかったけど、これは一気に胡散臭くなってきたぞ。
なんでこの組み合わせの中にマクターナさんがいない。
「まさにお邪魔をしてしまいましたかな。まったく、テルト書記官も人が悪い」
手揉みするかのような物言いのバスタ顧問がちょっと気味悪いなあ。
以前会ったのは『一年一組』を立ち上げたその日だったのだけど、あの時に比べてもやたらと柔らかくてフレンドリーなんだよ。
「テルト書記官の上げた君たちの計画書をたまたまさっき目にしてな。そうしたら顧問が是非とも見学をしたいと言い出して、こうなったんだ。ケチを付けに来たわけじゃない」
ジト目になった俺たちの空気を察したのか、副組合長のグラハスさんがちょっと早口で状況を説明してくれた。
見た目はワイルドなおじさんなんだけど、そういうギャップが面白い人だよな。マクターナさんがバスタ顧問を恫喝していた時もこんな感じだったし。
「そういうことでしたら」
委員長が大盾を降ろし、警戒を解く。
なるほど、大体事情は見えてきた。
マクターナさんだって組合職員である以上、ルールに従って書類を上司に上げる必要はある。それでもあえて俺たちが今日明日で迷宮泊をやるとは口では伝えずにいたはずだ。
そんな書類を見つけた副組合長か顧問が、おっかないマクターナさんには内緒でここに見物しに来た、と。
あとで怒られても知らないぞ?
「しかし、まさに宴の様相ですな。迷宮でここまでするとは、勇者の名に恥じぬ剛毅さだ」
「冒険者たちが噂をしていたぞ。迷宮の三層で宴会をしている連中がいると」
腕を組んで感心しきりなバスタ顧問と、呆れ顔なグラハス副組合長の感想だ。
二人だけでなく乱入してきた六人全員の視線は俺たちよりも、床に置かれた料理や調理器具に向かっている。
三日前の夕食はフィスカーさんたち『黒剣隊』をはじめ、けっこうな人たちに目撃されていたし、今日の昼間は『白羽組』と一緒に盛り上がったからなあ。そりゃあ、噂になっても仕方がないか。
「話はわかりました。視察ということで、いいんですね?」
「もちろんですとも。学ばせていただきますぞ」
委員長の確認に、バスタ顧問は嬉しそうに答える。
五十近いだろうおじさんにここまでされると、やっぱりちょっとキモい。疋さんがコッソリうげー、って舌を出しているんだけど。
さてはて、バスタ顧問どこまで『指南書』の作成に真面目なのか。なにしろここにおわすのは──。
「条件がありますわ!」
「これはこれは、侯息女殿下にはご挨拶が遅れましたことを──」
「構いませんわ!」
さてここからどうしたものかと思っていたところで、ブッコんできたのはティア様だ。
計画書を読んでいたのなら当然彼女がこの場にいることも知っていたのだろう、バスタ顧問が慌てず大仰に腰を折るけれど、ティア様はそれをぶった切る。
「条件とは?」
「見物人のいる状況で、わたくしたちに宴を楽しめと?」
「それは……、まあ」
副組合長が訝しげに問えば、ティア様の解答は正に俺たちの代弁だ。わかっているじゃないか、ティア様。
「シュンペイ、ミノリ、よろしいですわね?」
「おう。仕方ねえなぁ」
「そうですね」
ティア様に名指しされた佩丘と上杉さんが武装を外しながら仮設キッチンに向かう。
「この場にある食材はわたくしとメーラが狩ったものですわ! 相伴に与ることを、わたくしが許しますわ」
「いや……、ですがそれは」
まあ、そうなるよな。口ごもる副組合長だけど、この辺りが落としどころだろう。
「この宴はショウイチロウの生誕を祝うものでもありますわ! 無粋な見物など、許せるはずもないでしょう。加わることが出来ないならば、さっさと立ち去りなさいませっ!」
「ティア様……」
この場が馬那の誕生パーティであることを重く見ていることが知れて、寡黙なアイツはちょっと感動ムードになっている。
それはまた、一年一組の望みに適うものだった。俺たちが遠まわしに勧めるよりも、強引であってもティア様が言ってくれる方が話が早くて正直助かる。
「降参です。喜んで参加させていただきましょう」
「そうですな。食してみなければわからないこともあるでしょうし」
グラハス副組合長とバスタ顧問はお互いの顔色を窺いつつも、どうやら納得はしてくれたようだ。
良かったな馬那、祝ってくれる客が増えたぞ。六名様、追加だ。
「わかればよろしいのですわ。それと」
それと?
「彼らの故郷の風習で、この宴では記念の贈り物をするのが礼儀なのですわ。さあ、お出しなさいませ!」
良かったな、馬那。プレゼントが増えるみたいだ。だから顔を引きつらせるな。
次回の投稿は明後日(2025/05/31)を予定しています。