第507話 護る者:【岩騎士】馬那昌一郎
ご指摘をいただき、前話(506話)における「鍋シールド」を「鍋蓋シールド」に変更しました。
さらにご指摘をいただき、馬那の誕生日を七月十二日から七月十日に修正しました(2025/05/30)。
「やれっ、中宮」
「しゃぁうっ!」
俺の呼び声と共に迷宮の床を滑るように移動した中宮が、丸太に木刀を突き込んだ。
すでに半分方抉れていた急所とはいえ、正にそこっていう場所を貫くとはな。【魔力伝導】と【剛剣】を使っているのはわかるのだが、相変わらずの理不尽さだ。
ズズンと重たい音を立てて三角丸太が倒れていく。
「ふぅ……。十二階位よ」
「やりましたわね!」
直後、十二階位を宣言した中宮に対してクラスメイトたちが歓声を上げるが、一番大袈裟なのはティア様だ。
普段の悪い笑顔ではなく、素直な喜びだな。
なんにしろだ、一年一組最初の十二階位は【豪剣士】の中宮が達成した。
「リン、技能はどうするのです?」
「今回は見送ろうかしら。魔力に余力を持たせたいから」
「【剛力】も出ているのですわよね? 【鉄拳】でもいいではないですか。わたくしと一緒になれますわよ?」
「ティア……、そういうのは──」
仲がいいよな。相手はお姫様なのに、渡り合えている中宮は大したものだ。
今の戦闘で痛めた肩に【治癒促進】を掛けながら、騒がしいやり取りをしている二人を何となく見てしまう。
どうやら中宮は十二階位での技能取得を見送るらしい。
今の中宮の場合、候補に出ている中で取得に意味がありそうなのはたしか……、【剛力】【鉄拳】【握力強化】【大剣】【鋭刃】あたりだったか。
それでもアイツは内魔力を温存することにしたようだ。
オタク連中の言う『勇者チート』で内魔力が豊富な一年一組とはいえ、前衛職は外魔力に優れ、内魔力が少ないというルールに縛られている。
階位を上げ、こちらの人間より多くの技能を取ることで半ば無理やり力を得ている俺たちだけど、後衛連中の、とくに藤永にかかっている負担が大きい。
【雷術師】の藤永は、後衛職でありながら前線のすぐうしろで【魔力譲渡】を使ってくれている上に、盾職たちの細かい位置取りにまで合わせてくる。アイツには何が見えているんだろうな。
今回の迷宮ではティア様とメーラハラさんが同行しているので、さすがに一人で前衛全員の魔力タンクができるはずもなく、さらに後衛で前に出せない白石と深山が藤永を経由する形で魔力を送っているというのが現状だ。
連中は魔獣に直接有効な攻撃手段を持たないのだからと、できることを率先してやってくれているが、俺はそれがなんとなく悔しい。立派な役目なのは間違いないが……、八津に言わせると『【雷術師】は化ける』だったか。
いや、うしろ向きな考えは良くない。
ここから十二階位が増えていけば、技能を取らなくても外魔力の分だけ前衛に余裕ができる。一年一組が必須だと考えている【身体操作】だって、残っているのは【観察者】の八津と【聖盾師】の田村だけだ。
アウローニヤでヒルロッドさんが言っていた、技能を合わせれば俺たちはひとつ上の階位に相当するという言葉。
そのまま受け取れば、十二階位は十三だ。そう、十三階位。ごく一部の逸脱した例外を除けば、騎士、兵士、冒険者の頂点が俺たちにも見えてきた。
三か月も掛かったと俺などは思ってしまうが、思い上がりなんだろうな。
この世界の人たちが何年も掛けて到達する領域だ。そこに近づいたからといって、本物の強さは階位や技能だけでは足りない。技が必要なんだ。滝沢先生や中宮を見ていればわかる。
アウローニヤで出会った騎士たちも凄かった。俺たちはまだまだだと戒めろ。
護る側であるはずの俺が、腕を斬り飛ばされたのを思い出す。
一年一組の誰よりも硬いはずだった【岩騎士】の俺がみんなを心配させて、涙を流させてどうする。
二度とあんな失態は犯さない。護る者は、自分も無事でなければ意味がないのだから。
「五層の魔獣を見てから考えるわ。それに四層の魔力異常も気になるの」
「魔力を温存する余裕。やはりリンは憎たらしいですわ」
「どうしてそうなるのよ」
考えに耽るあいだも中宮とティア様の会話は続いていた。こういうのを姦しいというのだったかな。三人じゃなくて二人でもこうなるのか。
「それとありがとう、馬那くん。抑えてくれて助かったわ」
「いや。俺の役目だ」
「いつもそれね。それでもよ」
こちらを振り向いた中宮が労わってくれるのが身に沁みる。
そんな小さな笑顔が俺の欲しいものなんだ。
間違っても恋愛とかそういう意味ではなく。たしかに中宮は美人さんだとは思うがな。
「今日はここまでかな」
「戻る時間を考えたら、そうだね」
仲間たちが丸太の解体をする光景を見ながら、八津が藍城委員長に時間を確認している。
俺も軍用の腕時計を持っているのだけど、部屋に飾っていたからこっちには持ち込めなかった。そこがちょっと悔しい。日本に戻ったら、普段使いをするようにしよう。
「一体だけでも最後に丸太っていうのは助かるよ」
「ウルドウさんたち、持って帰れるかなあ」
「二層なら強引に押し通るんじゃない?」
「ビックリするかも」
クラスメイトたちが騒いでいるように、俺たちの背中や腰には四層の素材が満載だ。それでも三分の一くらいはティア様とメーラハラさんの倒したモノだから、そちらは迷宮の食事で消費する予定になっている。食い応えがありすぎだな。
「じゃあ、移動だ」
「おう!」
八津の声に皆が立ち上がる。
今日もクラスメイトたちと戦い抜くことができた。前衛職の全員と、後衛の一部連中は魔獣の返り血に染まっているが、それでも誰一人欠けていない。
俺にとっては、それが何より嬉しいのだ。
◇◇◇
十数年前に起きた巨大地震とそれに伴う多くの災害。被災者たち。
幼かった頃、テレビの向こう側に俺が見たのは、ひたすら恐怖を覚える光景だった。
同時に、そこで奇妙な模様の服を着た大人たちが、がれきの山の中で働いているのを認識した俺は、なんとなく親に訊ねたらしい。
『あのひとたちって、だれ?』
自衛隊というものがあって、そこで人々を助けるために働く大人たち。自衛官という存在を知った。
それから数年、ネットを親から解禁された俺は、自衛隊の動画を何度も視聴することになる。
海でも、陸でも、空でも。必要に応じて危難に飛び込み、人々を助ける姿。任務を終えて立ち去る際に、感謝を捧げられる人たち。ついでに雪まつりの雪像まで作ってしまうときた。
凄い人たちだ。カッコいいと思った。憧れて当たり前だろう。
それからも自衛隊について調べるうちに、否定的な意見を持つ人がいることも知った。ならばと俺は、その根拠とされる戦争や軍事についても調べるようになる。たしかに戦禍は悲惨だ。戦争なんてすべきものではない。
そのためにあるのが自衛隊の存在意義であると、俺はそう理解した。
結果、想いは変わることなく、あの迷彩服への羨望は募るばかりだ。
クラスメイトたちからはミリオタ呼ばわりされたものだが、アイツらはそれぞれの方面で妙な志向を持つのだから似た者同士だと鼻で笑えた。アニメ好きの古韮からは、それもそうかと切り返されたあたりは、らしいと思う。そういう間柄が心地いい。
どうにも喋るのが苦手な俺なのに、ちょっかいを掛けてくる連中ばかりなのだ。
中学に入る頃には決心はついていた。俺は自衛官になりたい。
まずは体力だとトレーニングを始めれば、クラスの連中からは筋トレマニアの称号が追加されることになる。まったくもって遠慮を知らないヤツらだ。
そして高校に上がる直前に両親に決意を告げて、稼業の小麦農家はどうするのだと大喧嘩となった。弟二人は小六と小三。将来を見据えるような年齢ではない。
結局キチンとした仲直りができないまま、俺を含む山士幌高校一年一組全員が異世界に飛ばされた。
◇◇◇
「前にアンタらに捨てさせた丸太だ。今度は間違いなく地上まで持って帰るさ」
「お願いします」
「それにしても大した量だ。組の連中からも聞いてるが、やっぱり四層はヤバかったか」
「それなんですけど、組合のマクターナさんかミーハさんに伝えてほしいコトが──」
『雪山組』のウルドウさんとウチの綿原が話している光景は、普通に大人同士の会話のようで感心してしまう。
ああいうのは委員長や料理屋の上杉が得意というのは知っていたが、綿原もこれだ。まあ、綿原のアレはこっちに来てからの成長だろう。以前はあんなタイプではなかったはずだし。
なんにしろ、俺には絶対無理な芸当だな。
アウローニヤのアヴェステラさんたちから始まって、常に大人たち相手に腹の探り合いみたいなことばかりだったから、クラスメイトの中からそういうのができるヤツらが出てくるようになった。
委員長や上杉はもとより、中宮、綿原、古韮、八津、そして奉谷もか。滝沢先生はイザという時の隠し札ってところだ。
「で、こっちの角は衛兵さんに渡せばいいんですかい?」
「ですわ。わたくしとメーラが倒したものですの」
「そいつはスゲエですなあ。これって牛ですよね」
「そうですわよ。わたくし、十階位になりましたわ!」
「それはそれは。おめでとうございます」
落ち合った『雪山組』は十五人で、その中でも最年長らしいおじさんがティア様の勢いを卒なく受け流している。
ウルドウさんはあくまで『一年一組』との窓口で、あちらの集団のリーダーはその人のようだ。ティア様を見る目が子供向けなんだよな。子供なのは俺たちも一緒ではあるのだけど、ティア様の場合は立場と言動がキツいので、ビビる人も多い印象があるのに大したものだと思う。
「おっし。設置始めるぞ」
「あたしたちは風呂の準備だねえ。雪乃、藤永、手伝っておくれよ」
素材の受け渡しとは別に、佩丘と笹見は宴会の準備に入るようだ。
三層にあるこの広間は二層に繋がる階段のすぐ傍で、今夜はここでキャンプをすることになっている。
もちろん八津が選んだ。水場、風呂、トイレがしっかり付随していて、逃げやすさも考慮しているのだとか。
迷宮は名前の通りに『迷路のような宮殿』を模している。そのせいか、わりとあちこちにこういう部屋が存在しているのだが、そこに作為を感じているクラスメイトは多い。迷宮ってなんなんだろうな。
「おら、馬那。突っ立ってないで手伝え」
「おう」
佩丘に声を掛けられ、俺は設営側に向かう。これも役割分担だ。
◇◇◇
「気分は大丈夫?」
「あんまり無理しちゃだめだよ」
「ああ。【魔力観察】は四層メインでいくよ。ここでは……、そうだな、一時間に一回くらいで」
「それでも使うのね」
ああして八津が綿原と夏樹に挟まれながら笑えているのに、心から安堵する俺がいる。
ここまで迷宮で本格的に【魔力観察】を使ったのは、初回の『あの時』以来、二度目だ。思い出したくもないだろう記憶だって蘇ったに違いない。強いよな、八津は。
二層に落ちた時も、ヴァフターに拐われた時だって、アイツらはちゃんと全員で帰ってきた。
まあ、横でサメを浮かばせている綿原がいるお陰もあるのだろうけど。
俺が腕を斬られて以来、戦闘が終わるたびに傍にいる野郎連中から無言で背中を叩かれることがある。男だけじゃなく、たまには疋もか。当然そこに甘いものはない。
それと比べると羨ましくも思えるが、中学時代にクールを気取っていた綿原があのザマなのは、見ていてちょっと面白いものだ。
「準備できたね? じゃあ始めるよっ!」
上杉からのアイコンタクトで料理のスタンバイができたことを伝えられた奉谷が立ち上がり、元気な声で宣言した。
一年一組とティア様、メーラハラさんも風呂上りで小ざっぱりとしている。
とはいえティア様が風呂に入るのは問題なかったのだが、頑なに護衛を主張するメーラハラさんの扱いが大変だった。ならばということで、先に風呂を終えた先生と中宮が入り口で仁王立ちして警戒態勢を完璧とすれば、男子たちになすすべはない。
草間などは【気配遮断】を禁じられた上に、女子全員が風呂から出てくるまでは海藤に羽交い絞めにされることになった。元々草間も自殺願望持ちのアホではないし、そもそもそんな度胸を持ち合わせているタイプでもない。むしろ、海藤とじゃれ合っているような状況だった。
結果、ティア様とメーラハラさんが一緒に風呂したのだ。なんでここまで大袈裟な事態になるのだか。
普段よりメーラハラさんの瞳が輝いているように見えるのは気のせいだろう。
「今日のプレゼンターは鳴子なのね」
「なんですの、リン。『ぷれぜんたー』とは」
「ああ、えっと、司会進行役ってこと」
「憶えましたわ」
中宮の失言にティア様がすかさず飛びつくが、ああいうのはアウローニヤでもよくあった光景だ。とくにシシルノさんがなあ。
「はいっ、本日の主役。ほら馬那くん、立って、立って!」
「おう」
奉谷に促され、俺はみんなが作る輪の中央に進み出る。
「今日は馬那くんの誕生日です! はい、みんな拍手ー!」
「おぉぉう!」
これまでは眺める側だったけど、これはかなり気恥ずかしいな。
この世界に飛ばされて九十二日。日本のカレンダーで換算すると七月十日。今日は俺の誕生日だ。
◇◇◇
「迷宮の中ですもの、包装など無粋。ですわよね?」
「……はい」
満面のドヤ顔でティア様が自分の背嚢から取り出したのは、鞘の形からしてたぶん大振りなナイフだった。
「抜いてみても?」
「当然ですわ」
確認を取ってから、革でできた鞘を抜く。
長さは三十センチちょっとで、刃長が二十センチ弱。刃厚はちょと太めの七ミリから八ミリ、か。日本人がナイフと聞けばすぐに思いつく、所謂ハンティングナイフに形状は近い。ハンドル、つまり持ち手は焦げ茶の木製だ。迷宮産なんだろうな。
もちろん鉄製の刃自体、迷宮のが使われているはずだ。厚みがあるのはこっちの世界にステンレスがないのだから、刀剣類の全部に当てはまる。
「いい、ですね」
思わずニヤけてしまうのが自覚できるが、抑える気にもなれない。
何より良いのは、余計な装飾がなされていなくて、実用前提なのが伝わってくるところだ。しかも現状で俺たちが使っているナイフよりも、たぶん上物とみた。
トドメ用の短剣のほかに、一年一組は解体用のナイフを全員が持っているが、これはアウローニヤの制式装備で、しかも一級品とされているものだ。それよりも、少しだけ上を突いてきたか。
「現場での蛮用を前提とした品ですわ」
悪く笑うティア様の目線は俺が手にした鞘に向かっていた。
迷宮産の牛革でできた鞘だが、こちらもまた過度な装飾はなされていない。むしろティア様にしては、驚くくらい無骨なシロモノだと思う。
そんな鞘の一部には小さく『一年一組』の組章が焼き印されている。いいな。こういうのでいいんだ。
「裏返してごらんなさいな」
ティア様言われて鞘をひっくり返してみれば、装備していれば見えない側に『靴と羽の紋章』が、これまた小さく焼き付けられていた。
「これは……」
「なんの効力もありませんわよ」
紋章に意味に気付き口ごもる俺を見たティア様は、特徴的な嘲るような笑みを投げつけてきた。
「ただの友好の証ですわ」
だとしても趣味が悪い。リンパッティア・シーン・ペルメッダ男爵の紋章を俺に押し付けないでほしいのだが。
「わたくしの気遣いに感謝なさいまし」
堂々と言ってのけたティア様に向けられる皆の視線は、どの口がほざくのかってところだ。
それでもティア様は揺らがない。そういうところが妙に面白い人なんだよな。
「ありがとうございます。大事に使います」
「よろしくてよ!」
曰く付きとまでは思わないが、それでもこのナイフはカッコいい。うん、気に入った。
だから物欲しそうな顔をするな、ミア。これは俺のだ。
「じゃあつぎは一年一組からだね!」
「ほれ、鳴子」
「ありがと、朝顔ちゃん」
座ったままの疋から放られた紙の包みを奉谷が受け取り、こちらに笑顔を向けて差し出してくる。
「なんで包装してありますのよ!」
「あれ? そういえば」
それを見たティア様が座りかけていた姿勢で叫び声を上げるのだけど、奉谷は首を傾げるだけだ。
「これは?」
ぎゃいぎゃいと騒いでいるティア様たちから目を逸らし、手渡された包みを開くと、そこにあったのは一枚の布だった。
厚手の生地で、幅は三十センチ強、長さは八十センチくらいか。色は一年一組定番の緑色だ。
「ん~、野来の提案っしょ」
「自衛隊って行進するときに首にマフラーみたいの巻くよね。それをイメージしたんだけど」
「だってさ」
俺から話を向けられた疋は野来に説明をぶん投げた。なるほど、そういうことか。
自衛官が式典などで首に巻くスカーフ。規格よりは少し小さいサイズだと思うけれど、そんなのはどうでもいいことだな。
見てみれば、布の真ん中あたりに白い糸で刺繍された大盾と、その上に『一年一組』の組章が緑色の糸で描かれ、すぐ横には白く漢字で『馬那昌一郎』ときた。
念のために裏も確認してみるが、さすがにサメはいなかった。ああいうのは女子同士とか八津相手だけにしておけばいいのだ。
「持ち物にはちゃんと名前を入れとかないとねぇ~」
「おう。で、巻いてみろって言うんだろ」
「たりまえっしょ」
疋どころか全員がそう言うだろうとは思っていた。佩丘の誕生日でもそうだったからな。
まずは左の太ももに装備したナイフを、留め具を外してティア様から貰った新品と取り換える。この動作にも慣れたものだ。
それから緑のスカーフを首に巻きつけうしろで縛る。いちおう自衛官っぽくなるように、革鎧の胸元に押し込むようにして、顎のすぐ下あたりまで来るように整えてみた。なるほど、組章と名前が首の左側に来るようになっているのか。
「……どうだろう」
なんとなく気恥ずかしくて、声が小さくなったのが自覚できるが、仕方がないだろう。俺に全員の視線が集中することなんて滅多にないことだし。
「いいじゃん!」
「カッコいいぞ!」
「うん、似合ってる」
「ちょっとそれっぽいポーズしてよ」
あちこちから白々しい絶賛が飛んでくるのは予想通りだ。
それでも……、ああ、嬉しいな。
「ありがとう……」
「それだけかよー!」
「……これからも頑張る」
ヤジったのは海藤か。だけど俺にはこれで精一杯だよ。口下手なんだから過度な期待をしないでほしい。
クラスの誰にも言えないことだが、俺はこの世界に呼ばれて良かったと思っている。
護ることの難しさと喜びを知れたから。たとえ片腕を飛ばされるという恐怖を味わったとしても、それでも俺の意思は変わっていない。それを再確認できたことが誇らしいのだ。
だからこそ俺は日本に戻る。
それからちゃんと両親や弟たちと話し合って、納得したいんだ。今ならなんとなくわかる気がする。家を守ることと、国を護ることの両方があって、社会が存在しているのだと。
一年一組の連中と一緒に戦い、それぞれの家の話を何度も聞かされたから。
そんな自分を見つけることができた、別世界での三か月。俺は十六になった。
「それじゃ、ご飯だね!」
大役を成し遂げたみたいな笑顔の奉谷が両手を広げてみんなを見渡す。
広間には美味そうな食事の匂いがいっぱいだ。ああ、俺も腹が減っていたよ。
ところで緑のスカーフを使うのは『衛生科』なのだが、それは言わぬが花ってやつか。
こんな時ばかりは自分の無口さが有難い。
次回の投稿は明後日(2025/05/29)を予定しています。