第506話 とりあえず検証だ
感想でご指摘いただき、「鍋シールド」を「鍋蓋シールド」に変更しました。
「美味しいね!」
「うんっ、最高」
ロリっ娘な奉谷さんと弟系な夏樹が口をモグモグさせながら笑い合う。
クラスメイトたちも概ね似たような感じだ。強いて言えば仏頂面が標準な佩丘と皮肉屋の田村、無表情が標準なメーラハラさんが普段通りってところか。
いや、佩丘の口角がちょっと上がっている。今回の料理には手を出していないけれど、お眼鏡には叶ったのかな。
俺たちが口にしているのは、ふかしじゃがバターである。
十字に切れ目を入れてちゃんと蒸したジャガイモに、四角いバターを乗せて塩コショウだ。バター醤油味だったら最高だけど、ないものねだりだな。
うん、それでも十分に美味い。
前回の迷宮では茹でたマッシュポテトだったのだけど、本日ついに一年一組は新兵器たる『迷宮用蒸し器』を持ち込んだのだ。
この世界に揚げ物があるように、しっかりと蒸し料理も存在している。中々料理チートのできない世界観なんだよな。
そんな中で料理番の上杉さんと佩丘が頑張ってくれているのはさておき、ここペルマ=タではちゃんとした蒸し器も販売されていた。鉄でできていて、拠点ではすでに大型のヤツが配備されている。ペルマ迷宮では二層で鉄が採れるので、鉄製品は安いのだ。アラウド迷宮にいた竹は出ないので、竹製品はほとんど見かけないし、必要以上に高い。
で、今回持ち込んだのは、迷宮用に使っている寸胴のサイズに合った蒸し器だ。拠点のヤツよりは小ぶりで、お試しとして寸胴二つに対して一個だけ。今回の迷宮では『煮込み戦法』の代わりに『蒸し戦法』にも挑戦してみる予定だったりする。
煮込みの方が魔力の効率がいいだろうから、ほんのお試し程度になるだろうというのが、今回ジャガイモを蒸してくれた【熱導師】の笹見さんの予想だけど。
一年一組の台所事情、もといキッチン事情はそこそこ充実してきている。
俺たちが拠点としている食道楽な男爵が建てた邸宅にあるキッチンは、パンを焼くこともできる石窯をはじめ、いろいろ設備が整っていた。そこに一年一組がアウローニヤから運んできた調理器具、フライパンや寸胴や大量の土鍋などなどが並べられ、さらにはウチ料理担当者たちがちょこちょこと街で買い込んだブツは今も増え続けている。
なんか中華鍋みたいな丸くて大きい鉄鍋や、迷宮用とは別の寸胴、種類を増やした包丁。近々、ジンギスカン鍋に転用できるバックラーなんていう、ふざけすぎていてアウローニヤでは実現できなかった代物まで手に入る予定だ。発注先は『スルバーの工房』だったりする。俺は同行しなかったけど、おじさんとおばちゃんは呆れていたそうだ。
鍋蓋シールドはRPGの鉄板だけど、ジンギスカン鍋そのものっていう前例はあるのかな。
とにかくまあ、一年一組の食生活は向上を続けている。地上でも迷宮でもだ。
「カニコロッケも美味かったよな」
「一昨日だったのに、また食べたいの?」
何を今さら、俺はジャガイモが大好きなんだよ、綿原さん。
「佩丘くん。八津くんがこんなこと言ってるけど」
「……あぁ、また作ってやるよ」
呆れた綿原さんが佩丘に振れば、アイツは仏頂面で前向きな言葉を返してくる。
こと、食事のリクエストは聞いてくれるんだよな、佩丘って。
この世界には娯楽が少ない、というのはちょっと語弊があるか。
正確にはこの世界において一年一組が遊んでいられる時間が少ない、だな。
そんな中で食事は明確に俺たちのとっての喜びとなっている。
量に個人差はあれ一日五食。朝、昼、三時の軽食、夕食、そして夜食が一年一組のメインルーチンだ。余力のあるヤツは朝と昼のあいだに一食挟むのもいる。そして摂取した栄養を筋肉へと変換するために、とにかく体を動かすのだ。
いつか野球部の海藤に聞かせてもらったことがある。
『甲子園の常連校なんて、食べるのも練習の内だ』
食べることは、生き延びて山士幌に帰るための手段なのだ。
だけど同時に、そこに喜びもなければいけない。それができているのは上杉さんと佩丘たち料理班のお陰だろう。
ガツガツと美味い料理を食べて、俺たちは成長していくのだ。日本に帰った頃にはムキムキボディになっているかもしれないな。
◇◇◇
「来ないわね」
「反応も全然だよ」
中宮さんと草間のやり取りが耳に届く。
魔力部屋にほど近い、一時間ほど前に白菜とジャガイモと戦闘した広間に待機してかれこれ三十分、ペアを入れ換えてはこんな感じの会話が何度も繰り返されている。
さっきと違って今回は草間がずっと【気配察知】を使い続けているので、隣の部屋に斥候を送ることもしていない。
「八津くん、そろそろ」
「だな。俺も疲れたよ。一回確認しに行こう。草間は──」
「わかってるよ。【気配察知】は切らないから」
ついに音を上げた草間に俺も同意する。疲れるよな、この状態って。
じゃがバターを堪能した一年一組プラス二人は、魔力部屋の付近で数体のカニと戦った。とはいえたったの三体で、階位の上がったメンバーはいなかったけど、それは仕方がない。
すぐ近くに魔力部屋があるからといっても数が多くて混成の魔獣が出てこないあたり、まだまだ『群れ』とはいえないだろう。それでもエンカウントは順調だし、やはり今日はこの辺りを周回するという方針をみんなで決定した。
で、もう一度魔力部屋を覗いてみれば、今度は牛の影が三つ現れていたのだ。
ならば検証である。どうせならば同時にふたつ。
ひとつは草間が【気配察知】し続けていたら、魔獣は発生するのかどうか。
草間はなにも、迷宮でずっと【気配察知】を使い続けているわけではない。三十秒毎に一秒とか、そんな感じが最近のパターンだ。これくらいの間隔でも魔獣の接近には十分に対応できる。
ほかの技能をオフにして、現状【気配察知】を三十分間も連続使用してもらっているわけで、くたびれもするだろう。
魔力的には大丈夫なんだけど、普段と違う感覚で気疲れしてしまうのだ。
もうひとつは俺の【魔力観察】だ。こっちも【観察】と合わせて、ここ三十分ほど連続使用している。
何を検証しているかといえば、『人がいる部屋』に魔獣の影が出現するかの確認だ。こっちはまあ、この広間の魔力は濃いわけじゃないし、望みは薄い。ほぼ草間のオマケだな。
そして俺もまた、目疲れがキツいんだ。視界が赤紫一色っていうのがなあ。
もちろん現時点で影は現れていない。そうなっていたら、とっくに俺たちは動いている。
「じゃあ行こう」
「おーう!」
俺のコールに仲間たちの気軽い声が返ってきた。
◇◇◇
「草間の考えは?」
「三十秒に一回でどうかな。二回試してダメだったら、一分間隔で」
「それでいいか。頼む」
「うん」
せっかくだからと聞いてみた、草間の意見は真っ当だと思う。さすがは専門家。
魔獣が発生するのに『必要』な時間を短いところから見極めるってことか。良い発想だ。
結論から言えば、二度見しにいった魔力部屋に牛の影はそのまま残っていた。ほぼあり得ないだろうけど、消えている可能性もゼロじゃなかったので確認しに行ったのだけど、これはまあ予想通り。
草間には【気配察知】を使い続けてもらいながら、この広間に舞い戻ってきたところで、つぎなるアクションを起こすことにしたのだ。
結果が出たのは一分後だった。
「反応あった! 中型が三体。魔力部屋で間違いないよ!」
草間が二度目に使った【気配察知】が魔獣を捉えたのだ。
「牛の足音ね。決まりだと思うわ」
【聴覚強化】持ちの中宮さんがお墨付きを出してくれる。いいぞ、いいぞ。
これで答えのひとつは出たと思ってもいいだろう。【気配察知】を使っている最中には魔獣は出現しなかった。けれども、小刻みにオンオフしている隙間を狙ったかのように、敵は『現れていた』ってことだ。
絶対にそうだとは言い切れないし、俺の【魔力観察】とペアでしか確認もできないので、正直なところあまり意味のない検証だ。
だけどこれで【気配察知】の範囲内で魔獣は生まれないという、これまでの経験則を補強する材料にはなった。
アウローニヤに送るレポートが厚くなるな。だけど今はそれより──。
「戦闘用意。八キュビ先に『氷床』を頼む。トドメの割り当てはティア様、メーラハラさん、前衛の誰かで一体ずつ」
「おう!」
俺の指示に、ティア様を含む全員が答えてくれた。メーラハラさんはやたらと小声だったけど。
◇◇◇
「【気配察知】で魔獣が生まれるのを一時停止できるって、これはこれで発見だよね」
「一時停止って面白い表現だよな」
メガネ忍者の草間が嬉しそうに発言すれば、よいしょと牛の一部を担いだイケメンオタの古韮が軽く笑う。
十分も掛けずに牛の始末は終わった。アタッカーが足を折って、騎士たちが角をひっつかんで抑え込めば、残されるのはトドメだけ。大盾アンド片手長剣スタイルのメーラハラさんは無言で手早く、ティア様は意地悪い笑顔で、そしてチャラ子な疋さんは飄々と。
うーん、牛にトドメを刺すのに慣れた女子高生って、どういうジャンルに需要があるのかなあ。
ティア様とメーラハラさんの倒した牛は、美味しい部位だけを残して水路に投棄した。疋さんのは冒険者査定で値段が付くので、できるだけ多めに。そしてクラスメイトたちの腰にぶら下がる角が増えていくのだ。蛮族チックだな。
一年一組は再び魔力部屋への道すがら、検証結果のおさらいをしているところだ。
「ひとつの魔力部屋から別の魔獣が出てくることもあるっていうのも、いちおう発見ってことになるかな」
「アウローニヤの『珪砂部屋』にたくさんいたのも、半分くらいはあそこで生まれてたのかもね」
「人がいるから影が出ないのか、それとも【魔力観察】されてるからなのか。そっちは判別できないのよね」
「草間は凄いよな。虫よけスプレーみたいだ」
とまあ、こんな感じで雑談っぽく好き勝手に言いたい放題にするのが一年一組スタイルだ。
ちなみに草間を虫よけにたとえたのは野球小僧の海藤だったりする。もうちょっと言い方ってものが。
「キャンプで虫よけは大事デス。やりマスね、壮太」
「いやあ」
ミアもミアだけど、草間よ、テレる内容か?
それにしても【鉄拳】取得に続いて【気配察知】の検証とか、今回の迷宮ではすっかり草間が主役だな。
なんてことを口にしたらティア様が怒るかもだけど、ご当人が上機嫌のままなんだよな。階位が二つも上がって喜んでいるのもあるのだろうけど、どうやら俺たちと一緒に行動していること自体を楽しんでいる節があるような。
などと考えていたら魔力部屋は目の前だ。今日だけで何往復したのやら。
「どう?」
「うん。影は無し」
「そ」
首だけで魔力部屋を覗き込む俺の背後で、綿原さんが小さく囁いた。
事前に草間が【気配察知】を使ってくれているから、魔獣はもちろんいない。
魔獣が検知できていたら俺が先頭にいるはずもないからな。それでも、俺の頭上では赤紫色のサメが護衛をしてくれている。頼もしいよ。
「一旦入ろうか」
俺の言葉を受けて、クラスメイトたちがぞろぞろと魔力部屋に入っていく。
「なんも変わってないよね~」
軽い口調の疋さんの言葉が全員の代弁だ。
魔力部屋は【魔力観察】を使わなければ、なにひとつ変わっていない。いやまあ、変わっていたら迷宮異変になるんだけど。
夏樹なんかは寝転ぶようにしてまで床面を確認しているけど、そこまでしなくていいんじゃないだろうか。
「魔力は七のまんま。魔獣って思ったより魔力を使わなくても生まれられるのかな」
「魔獣が生まれるのって、魔力部屋だけじゃないよね。そんなもんじゃない?」
「だよな。じゃないと二層とかで魔獣が出てこなくなるし」
草間の魔力判定を聞いたみんなが、それぞれ思うところを述べ合う。
俺としても魔獣が魔力部屋でしか発生しないなどとは思わない。だけど頻度は高いんだろうなっていう想像像をするくらいだ。
「僕としては発生時間が気になるかな。影が実体になるのに必要なのが三十秒っていうのは」
「委員長は短いって思うの?」
「うん。僕の感覚だけどね」
藍城委員長の着眼点に、ロリっ娘の奉谷さんが可愛らしく首を傾げる。
なるほどたしかに面白い視点だな。魔獣はちゃんと肉が詰まっている実体として存在している以上、影としての状態から実体化までが三十秒というのはいかにも短い。
迷宮は破壊不可能オブジェクトなので、材質は石っぽいとしか表現できない。夏樹の石は『石切り部屋』で採れたのを材料にしているので例外だ。
つまり材質不明の壁や床だけど、もしかしたら目に見えないくらいの小さな穴がたくさんあって、そこからにゅるにゅると……。あんまり想像したくないな。
そこに影がある以上、べつのところから転送ってことはないと思うけど。
「ゲートオープン! って感じかも。ういーんって床が開いて、下から魔獣が上がってくるんだよ」
「アニメとか特撮だったら秒だね。ヘタしたらミリ秒」
「いや、アニメのバンクなら長尺だろ。神作画で」
「影は本当に影で、実は天井から降ってくるかもデス!」
こんな風に好き勝手なコトを言うのは順にロボット好きの草間、文系オタの野来、同じくイケメンオタの古韮、最後は言わずもがなの破天荒、ミア・カッシュナーだ。
フィルド語会話の一部に混じる日本語を聞いて、単語の意味がわかっていないティア様が面白くなさそうに腕組みをしている。これはあとで解説が必要だな。
古韮あたりにやらせるか。発言した責任は取ってもらわないと。
「想像してもキリないよね。だって迷宮だし。じゃあみんな、せーの!」
「全部魔力が悪い!」
小さな体で両手を大きく広げた奉谷さんのコールを受けて、クラスメイトたちが唱和した。
◇◇◇
「あなた方は面白いですわね。学徒と言いつつ研究で遊んでいるかのようですわ」
夜に古韮からアニメ用語の解説を受ける確約をもぎ取ったティア様は、一転してご機嫌な悪い笑顔で俺に話しかけてきた。
もちろん背後にはメーラハラさんが立っていて、昏い瞳で俺の表情を窺っている。
「こっちの都合で待たせてしまってすみません」
「いえ、迷宮の謎が暴かれるならば、それは我が国の利益にも繋がるかもしれませんわ」
「できれば──」
「わたくしは一度言ったことを理由もなく撤回しませんわよ?【魔力観察】は心の内にだけ、ですわ」
「ありがとうございます。発見次第では国と組合には公表しますから」
漢気溢れるティア様の言葉はありがたい。
レベリング依頼の最中にこんなことをしているのに、文句のひとつも出てこないし。
もしも発表するような事態になったら、その時は匿名でお願いしよう。そのためにもティア様との友好的な関係を築き続けなければ。
今もこうして魔力部屋に留まっているのは、念のためにこの場で【魔力観察】を続けているからだ。
そろそろ三十分くらいになるけれど、今のところ新しい影が現れる様子もないし、移動の頃合いかな。
「癖みたいなものなんですよ。もしかしたらってところに、帰還の鍵が眠っているかもしれませんし」
「……そうですわね」
俺の口にした帰還という単語に、ティア様は一瞬寂しそうな表情になってから、それでも悪い笑みで頷いてくれた。
アウローニヤでもペルメッダでも、こうして別れを惜しんでくれる人がいるって、幸せなコトなんだろうな。
「それと、申し訳ないんですけど」
「わかっていますわ。わたくしの階位上げは一度中断ですわね」
「はい。けど戦いにはお二人とも参加してください。倒さない程度で」
「実戦経験ですわね。望むところですわ!」
ティア様が良い笑顔、すなわち邪悪ムーブで拳を握る。
十階位になってからこちら、ティア様、メーラハラさん、一年一組の前衛誰かで三等分して魔獣を倒してきたのだけど、ペルメッダのお二人の素材が完全にダブついてしまっているのだ。
一年一組が倒した素材は、このあと三層でウルドウさんたち『雪山組』に全部地上に持って行ってもらうとして、ティア様たちの方はできるだけ食べ尽くす予定なんだけど、量がちょっととんでもないことになっている。
ぶっちゃけ、今夜開催予定の宴会どころか、夜食、翌日の朝昼の分くらいは確保できているんだよなあ。
なので申し訳ないけれど、レベリングは一時中断して、ティア様とメーラハラさんには魔獣を倒さない程度に実戦訓練をしてもらいたい。
組合ルールで、レベリング対象者の素材買取料金が安すぎるのが全部悪いのだ。ほかに目が無い以上、誤魔化すことも可能なのだけど、俺たちはそれをしない。ただでさえぽっと出の新参が迷宮泊なんてしているわけで、悪目立ちは避けられなくても、せめて模範的な冒険者でありたいのだ。
四層の地図に『二個』木札をぶら下げた時の、周りの目が思い出される。
アイツらマジかよ、って感じの。
「新しい影は出てこない。そろそろ行こう」
「おーう!」
念のために最後に部屋をシッカリ確認してから、俺は全員に届くように声を上げた。
「ここからは、とりあえず部屋ごとに一度は【魔力観察】をしてみる」
「大丈夫なの?」
そんな俺の言葉を聞いた親友の夏樹は心配そうだ。俺がヤバいことになった時は必死になってくれてたもんな。
「ああ。迷宮の意地悪には慣れたよ」
だけど俺は天井を見上げて言ってのける。
どうせこれからも迷宮は理不尽を突き付けてくるに決まっているけど、受けて立ってやろうじゃないか。
「そんなこと言ったら、もっと無茶なコトされるかもしれないよ?」
「ごめんなさい、迷宮さん」
おちゃらける夏樹と俺を見た仲間たちに笑いが起きた。
ウルドウさんたちとの待ち合わせまで、あと二時間くらい。道中で誰かが十二階位を達成してもおかしくないだろう。
一年一組は迷宮四層を征く。
次回の投稿は三日後(2025/05/27)を予定しています。間隔が空いて申し訳ありません。