第505話 連戦は望むところ
「ほれ、治ったぞ」
「ありがと、田村。あんにゃろう」
「その意気だ」
治療の時だけデレ期を迎える田村が、白菜の蔓を頬に食らって麻痺った春さんを励ましている。
一定の高さで振るわれるカニのハサミと違って、白菜の蔓は変幻自在だ。それでもすでに五体のうちの三体は蔓が引きちぎられて、騎士組によって抑えつけるところまでは到達している。
やってくれたのはチャラ子な疋さんと木刀使いの中宮さん、そしてワイルドエルフなミアだ。疋さんとミアは短剣を使ったのだけど、中宮さんはどうして木刀で斬ることができるんだろう。
残りの二体は、これまた疋さんがムチを使って蔓と綱引き中で、もう片方は滝沢先生が超至近距離で躱し続けている。
魔獣のヘイトはダメージ量とかは関係なく近くの人間に手当たり次第なので、先生のやっていることは避けタンクとしては素晴らしいのだけど、最早超人としか思えない動きだ。
「硬いっ、でっすわねえ!」
傍にメーラハラさんを控えさせたティア様が、憤怒の表情で白菜に短剣を突き立てる。一体目を処理中なのだ。
うん、見た目は白菜なんだけど、やたらと硬いんだよ。煮たら少しは柔らかくなるし、死んだら普通に白菜なんだけどな。
それでもティア様は前衛職で【剛力】を持っている。ロリっ娘バッファーの奉谷さんから【身体補強】も貰っているし、九階位であっても後衛十一階位の俺なんかよりは、よっぽどマシだろう。
「倒しましたわ!」
「ティア様、二体目です。佩丘が抑えてるのをやってください」
「わかりましたわ!」
短剣の扱いに慣れているティア様は、なんだかんだ処理が速かった。十秒くらいで一体目のトドメを終えて、すかさずヤンキー佩丘の下へ向かう。勝利の余韻に浸らせてあげたいところだけど、そういうのは全部の戦闘が終わってから。
あ、疋さんが綱引きしてた白菜の蔓を、中宮さんが叩き斬った。
繰り返しになるけれど【魔力伝導】を使っているからといって、どうして【鋭刃】無しであんなことができるのか。ウチの副委員長にして木刀サムライガールは底が知れない。
「こっちから小型! 七から八ってとこ!」
ティア様が二体目の処理を終えようとしているタイミングで、戦闘に参加せず周辺警戒に専念してくれていた忍者な草間が叫んだ。
白菜とは別の部屋からこっちに向けて、魔獣が迫っている。
「春さんっ」
「任せて!」
おおよそ当たりはついているけれど、念のための確認は必要だ。白菜の無力化はほぼ終わっているし、速度に優れる春さんに偵察をお願いする。
たった一言、名前を呼んだだけで動き出してくれるあたり、意思の疎通は万全だな。
「ティア様はそのままトドメに専念してください。残り三体は、一体をティア様、二体は誰でもいいから──」
「ああぁぁい!」
「しゃうっ!」
指示を出し切るまでもなく、武闘派の二人が奇声と共に動いてくれた。
先生はタイマンを張っていた白菜の蔓を掻い潜るように、本体にローキックをブチ込んでから、貫手を突き入れる。先生の蹴りは、マンガみたいに相手を吹き飛ばしたりはしない。その場に抑え込む様な力の与え方をするものだから、追撃の貫手を丁度いい間合いで叩き込めるのだ。
もう一方の中宮さんは、木刀の下段突き。こちらはもう、理屈もへったくれもない。すでに蔓が断ち切られていたのもあって、両手持ちされた木刀の切っ先が、ただひたすらシンプルに滑り込むように白菜の胴体を通過した。
もしもこの二人がクラス召喚にいなかったら、たとえば英語の授業中でなかったら、さっきまでしていたティア様との問答じゃないけれど、一年一組はどうなっていたんだろうな。
それを言ったら二十二人、役割ごとに全員、誰一人でも欠けていたら、なんだけど。
「終わりましたわ! 九階位のままですわよ」
「三体目ヤってください。慌てなくていいですよ」
二体目の白菜にトドメを刺したティア様が大声で報告してくれる。残念でしただけど、つぎで上がるだろう。
「馬那を残して盾組は新手に対応だ。陣形作れ!」
「おう!」
ティア様には安心して白菜に専念してもらって大丈夫。白菜を大盾で潰すように抑え込んでいる馬那を除いたメンバーは、新たな敵に対応するための態勢に入ってもらう。
「ははっ、忙しくなってきた。アラウド迷宮を思い出すぜ」
「だよぉ~、ティア様。こんなのまだまだだからねぇ」
「わかっていますわ!」
さっきの会話の意趣返しのように、イケメンオタな古韮とチャラ子な疋さんが煽れば、ティア様は短剣を白菜に突き立てながら叫び返す。ティア様を相手に、二人ともよくやるよ。
何気に空気を読むのが上手い古韮と疋さんがこうなのだから、ティア様は一年一組にとってイジれる対象だってことだ。
もう、そういう関係なんだよな。
「あなた方はもっとひどい状態を乗り越えてきたのでしょう。もうっ、信じていますわよ!」
「あはははっ!」
ヤケクソになったティア様にクラスメイトたちから笑いが贈られる。そこには意地悪な空気なんて、とっくにない。
俺たちが修羅場を潜ってきたお陰で、今こうしてティア様のレベリングができている。わざわざそんなコトを口に出すバカなんていやしないのが一年一組だ。
「ジャガイモが八体だった。みんなして、なに笑ってるのさ」
直後、物凄い勢いで春さんが広間に駆け込んできた。偵察といっても、ものの一分もかかっていない。相変わらずのスピードだ。
「なんでもありませんわっ!」
笑いながら戦闘態勢を整え直している俺たちに首を傾げた春さんに、ティア様の悲鳴みたいな声が飛ぶ。
「引っ張ってくれた?」
「するまでもなかった。三十秒くらいかな」
春さんになら言わずともトレインしてくれるだろうと思っていたが、必要なかったようだ。
まあ俺たちも大声でやり取りしていたし、なによりここが『魔力部屋』への経路上っていうのが大きいんだろう。
狙い通りでもある。いくら魔獣が増えているペルマの四層とはいえ、アラウド迷宮に比べればまだまだ温い。せっかく見つけた魔力部屋なんだし、地上への報告をする前に、精々利用させてもらうとしよう。
「基本はティア様とメーラハラさん。それと前衛でやろう。『芋煮会』はまた今度」
「やれやれ、手間が省けて助かるねえ」
芋煮会の開催を否定した俺に対し、主担当でアネゴな笹見さんが肩を竦める。
「十階位ですわ!」
そんなタイミングでティア様からの朗報だ。
三体目の白菜を倒したところでレベルアップか。ほぼ白石さんの予測通りだな。
「おおう!」
「やったね!」
「おめでとうございます」
「【視野拡大】、取りましたわよ!」
さっきまでイタズラっぽい笑いだったクラスメイトたちが一転、本気の歓声を上げ、それに気を良くしたティア様が元気に宣言した。
取得した技能は【視野拡大】。先生リスペクトが顕著なティア様は、師匠が持っていて自分が持っていない技能の中からそれを選んだようだ。
格闘家が視角を広げるのは悪いことじゃない。個人的には【睡眠】推しなんだけど、まあいいか。ティア様の場合【平静】とかは似合わない気もするし。
「来るよっ!」
「おう!」
ジャガイモの接近を測っていた春さんの声を受け、ティア様を含めた全員が唱和した。
◇◇◇
「影は無くなってる。綺麗さっぱりだ」
ジャガイモとの戦闘が無事終了し、急いで『魔力部屋』に戻った俺が【魔力観察】で見たものは、赤紫一色でどこにも揺らぎのない平坦な床だった。
「シシルノさんに報告しないとね」
その違いが見えてはいない綿原さんだけど、自信満々でアウローニヤに伝えると言っている。
初めて観測された、魔獣の影が現れてから消えたという現象だからな。しかも影と同一の魔獣が確認できたのだし。
前回の三つ又丸太の時は俺がアレだったので、この点を調べることができなかったのだ。
「フェイントみたいに、影をチラ見させてから引っ込めただけかも」
「それを言ったらキリがないわね。迷宮が八津くんだけを相手に?」
「もしそうだったら俺って主人公っぽいな」
アホなコトを言う俺に呆れたのか、綿原さんからはそれ以上の言葉は無かった。
代わりに赤紫のサメが脅すかのように至近距離を通過する。【魔力付与】を使う様になってから、距離が近いんだよな。
「なにバカなこと言ってるのさ。七のままだよ」
「白菜五体程度じゃ目に見えて減らない、か」
同じく呆れ声の草間がやって来て【魔力察知】の結果を教えてくれた。
結果として少々魔獣が発生しても、ここは未だに魔力部屋だということだ。
「有効活用しないとね」
「だな」
メガネを光らせた草間が悪く笑えば、俺もそれに合わせる。
それを見る綿原さん本人どころか、サメまでもが肩を竦めるように胸ヒレを揺らしてみせた。
「でもまあ、いろいろあったし、連戦したばっかりだ。ここは一休みってことで」
「そうね。ティア様とのお喋りも疲れたし」
さっきのアレをお喋りと表現する綿原さんは優しいな。
魔力部屋と魔獣の影を発見して、ティア様と微妙なムードでやり取りし、そこから連戦。
いろんな意味で疲れたのだ。
そういえばメーラハラさんの持っている【疲労回復】って気疲れには効くのだろうか。女王様やアヴェステラさんに聞いたことがなかったな。
というわけで部屋の端では、さっき収穫したばかりのジャガイモが調理されている最中だ。一年一組は魔力部屋に居座る気満々だぞ。
食事が終わったら、この部屋を中心に周回する予定である。
「魔力部屋だし、また魔獣が向かってくるかもね」
「草間くん、やる気ね」
「そりゃもう。【鉄拳】持ちだからね」
やたらと前向きな草間に、綿原さんは苦笑いだ。
ジャガイモ戦では誰の階位も上がらなかったが、その中でこれまで以上に奮闘してみせた一人が草間だったりする。
最初の頃は明らかなインドア派に見えた草間が中学で卓球部だったのを知ったのは、アラウド迷宮の三層でミカンと戦ったあたりだったかな。
『思いっ切りスイングするのって、やっぱりいいよね。みんなも【鉄拳】取ろうよ』
なんてことを戦闘中に口走った草間だけど、ストレートに同調したのは野球部出身の海藤くらいなものだった。
木刀使いの中宮さんあたりは賛成するかと思ったが、『北方中宮流』にとって力任せのフルスイングなど未熟の証明らしい。やっぱり視点が違い過ぎるよなあ。
だからといって草間を否定することもしないあたりは、武術家を目指すか否かの違いってところか。
綿原さんや春さんを筆頭に、【鉄拳】の効果を求めているメンバーは多い。もちろんそこには俺も含まれているわけで。
今後の展開次第では一年一組に【鉄拳】と【握力強化】ブームがやって来そうな雰囲気だな。俺はその前に【身体操作】だから、乗り遅れるのは確定だけど。
「わたくしの名が聞こえましたわよ」
ここでメーラハラさんを引き連れたティア様の登場である。
さっきまで先生から型を習ったり、調理場を見学したりと、迷宮泊への期待とレベルアップでテンションアゲアゲになったティア様は活発に行動していたのだけど、今度はこちらに目を付けたらしい。
「有名人ですから」
「それは否定できませんわね」
綿原さんが笑顔で茶化しても、華麗に受け止めるくらいには上機嫌なティア様である。
ところで草間、お前はなんで【気配遮断】しながら距離を取るのかな。
今さら剣呑なコトにはならないって。
「【視野拡大】、どうです?」
「まだ慣れませんわね。使い続けてはいますわよ?」
「魔力が必要になったら誰かに声を掛けてください」
「本当にあなた方は愉快な冒険者ですわね」
助言通り、ちゃんとティア様は【視野拡大】を使い続けてくれているようだ。
迷宮内では地上より技能の熟練度が上がりやすい。微々たるものかもしれないけれど、それが俺たちとシシルノさんの話し合いで出た仮説だ。まあ、そんな気がするっていうレベルでもあるけれど。
そうじゃなくても迷宮は魔力回復が速いし、なによりここは魔力部屋だ。要は技能をぶん回すのに向いている。ティア様だけでなく、この場の全員が何らかの技能を使い続けているのだ。
「ところでチラリと聞こえましたが、シシルノ、ですか」
ポジティブな会話をしている中で、ティア様の口から出てきたのは意外な人名だった。
最初っから俺と綿原さんの会話に聞き耳を立ててたってことかよ。
で、ティア様の表情がちょっと悪い感じになっているんだ。もしかしてフェードアウトしていった草間の行動が正解なのか?
「シシルノ・ジェサル。魔力研究者、でしたわね」
「詳しいですね」
「全員とは申しませんが、アウローニヤの人物、とくに『勝ち組』は知っておいて当然ですわ」
邪悪な笑顔でティア様が胸を張っている。本当にご機嫌だな。
ペルメッダの大使も参席していたアウローニヤ新女王の戴冠式が終わって二十日近くも経っている。
式典で授爵されたシシルノさんは、魔力研究所所長と王室相談役兼任なんていう大層な役目を貰って、目立っていたのは間違いない。
ただティア様のセリフには、そこに『勇者と関わった』っていう単語が引っ付いている気がするんだよなあ。
「今はシシルノ・ヒトミ・ジェサル男爵ですけどね」
何となく最新のフルネームを伝えたつぎの瞬間、綿原さんが咎めるように目を細めて俺を見た。
え? なんか俺、やらかした? どうせティア様だって知っている情報だろうし、これくらいなら。
見れば、ティア様の笑みが邪悪度を上げ、緑の瞳がギランと輝いている。これはヤバい。
「『ヒトミ』……、『中の名』としては変わった響きですわね。ついぞ聞いたことがありませんわ」
ああ、そういうことか。俺はなんて迂闊なんだ。
アウローニヤ王国からペルメッダ侯国が離脱して三十年弱。ペルメッダの文化は基本的にアウローニヤをベースにしている。この国独自の風習なんて、ペルメール辺境伯時代に確立されていたものがほとんどらしくて、それは単純に地方色だ。東京と北海道の違いみたいなものだな。
話は戻ってティア様の言う『中の名』、つまりミドルネーム文化はアウローニヤとペルメッダでほぼ共通している。
本来は貴族家当主か次期当主のみに許される名乗り。ティア様の場合は侯爵家のご令嬢で次期当主でもないのだが、個別に男爵位を持っている。お兄さんのウィル様もだし、実は侯王妃様もだったりするのだ。
アウローニヤのレムト王家は個別に爵位を持たずに全員がミドルネーム持ちで、しかも王様になれば『アウローニヤ』という名が追加される。
けれどもペルメッダは建前上侯爵家によって統治されている国家なので、夫人とある程度の年齢以上になった子供全員を男爵とすることで体裁を保っているのだ。まあティア様の場合は、アウローニヤに嫁ぐための箔付けという意味もあるらしいけど。
なんてバックグラウンドを考えている場合ではないな。
「贈りましたわね?」
「何を、でしょう」
「『中の名』に決まっていますわ」
俺の背中に冷たい汗が流れる。
今すぐにでも魔獣が来てくれないかなあ。綿原さんは目を逸らしていて、会話に加わってくれないし。
「ガラリエ・『ショウ』・フェンタ。ヒルロッド・『キョウ』・ミームス。もしかしたらジェブリー・『セン』・カリハも」
「く、詳しいですね」
次々と名前を並べていくティア様に、俺はさっきと同じようなセリフしか返せない。
ガラリエさんとヒルロッドさんは『緑山』関係者だからまだしも、ジェブリーさんとの関係までバレてるとか、授爵陞爵者の一覧は公表されているとはいえティア様はどこまで踏み込んだのやら。
「わたくし勇者通を自負しておりますの。ところで、わたくしにも──」
「でもティア様はもう、立派な名をお持ちじゃないですか。『シーン』ってカッコいいし、それを変えるのはちょっと」
ティア様のお言葉を遮るのは申し訳ないと思いつつ、俺は早口でまくしたてる。
親から貰ったかどうか由来は知らないけれど、ティア様には素敵なミドルネームがある。漢字なら『深』だ。いいじゃないか、それで。
あれ、綿原さん、どうして手で目を覆っているのだろう。サメと一緒になって天を仰がなくても。
「アヴェステラ・『シ』・フォウ・ラルドール。そして、リーサリット・アウローニヤ・フェル・『リード』・レムト」
ダメだった。なるほど、綿原さんが呆れるはずだ。
どうせティア様のことだ。真実はとっくに知っていて、どこかで切り出すタイミングを窺っていたのだろう。もしかしたら中宮さんの習字が時間稼ぎをしてくれていたのかもしれない。
なのに俺が藪をつついてしまった。
「是非ともわたくしにも、と思っていたのですが、考えを改めましたわ」
混乱する俺を見て悪い笑顔を引っ込めたティア様が、マジメな声に切り替えて語り掛けてくる。なんだろう、雰囲気が変わったんだけど。
「先ほどの会話ですわ。あなた方にはアウローニヤで、苦しみながらも積み上げてきたものがある。共に戦い、勝ち取ったものもありますわよね。その結実なのでしょう?」
「それは……、そうですね」
「かの者たちが新たに名乗ったのは、新王の即位式にて。つまりあなた方と別れる直前。そういうことですわね?」
「はい、そうなります」
そうか、ティア様はわかってくれていたんだ。
こうなるとさっきのギスりかけた対話も無駄じゃなかったと思えてくるから不思議だな。横にいる綿原さんもホッとした表情になっている。
「あなた方はいつかこの地を去りますわ。向かう先が直接故郷の地であれ、一旦はアウローニヤだとしても」
少しの寂しさを交えたティア様の言葉を、俺と綿原さんは神妙に聞くしかない。一部の連中も聞き耳を立てているようだ。
「ですので」
そこで再びティア様が悪く笑う。だけどそこに嫌な予感は無い。
「旅立ちの際、タキザワ先生に託した石を返還してもらうのと一緒に、ということではいかが?」
「みんなで話し合っておきますね」
「それでこそですわ!」
どうやら綿原さんの返答は百点満点だったようだ。ティア様の天晴れをいただくことができてなにより。
「さあさあ、軽食が出来ましたよ」
一連のやり取りがひと段落するのを待ち受けていたのか、絶妙なタイミングで料理長の上杉さんが声を掛けてきた。
迷宮泊初日は後半を迎えつつある。
次回の投稿は三日後(2025/05/24)を予定しています。遅れてしまって申し訳ありません。以降は隔日ペースに戻せると思います。