第503話 パワーアップする忍者
「じゅっ、十一階位、だよっ」
嬉しそうというより、ホッとした感じでメガネ忍者な草間がレベルアップを宣言した。
馬に短剣を突き刺したせいで、革鎧の腹の当たりが返り血で赤紫に染まっているけど、そんなことを気にするような時期はとっくに潜り抜けている。
そんな草間は気を抜かず、そのまま周囲への警戒態勢に入ったようだ。うん、油断していないあたりがさすがだな。
「よっし。じゃあ残り二体はティア様とメーラハラさんで一体ずつ。盾組は抑え込み続行。頼んだぞ」
「わかりましたわ!」
「……はい」
「おう!」
俺の指示にティア様と騎士メンバーの威勢のいい返事が飛び、そのあいだに無感動なメーラハラさんの声が混じる。
メーラハラさんからしてみれば、二体ともティア様に譲ってほしいところなんだろうなあ。
申し訳ないとは思うけど、四層の魔獣は伊達ではない。レベリングに主眼を置いた戦闘なので、前衛の騎士たちは少なからず怪我を負っているのだ。
随時前衛ヒーラーの田村が治してはいるものの、そのぶん魔力は消費されるし、立て直しにも時間がかかる。
現在九階位のティア様ではトドメにも時間が掛かってしまうので、戦闘が長引くことで起きうるリスクは避けておきたいのだ。四層に降りてからの初戦闘だし、スケジュールにはまだまだ余裕があるのだから、今からムリをすることもないだろう。
四層に出現する馬、【七脚双角馬】は、同じく四層の牛である【六足四腕白牛】と並ぶ強敵だ。
体格も大きく、頭と尻尾に毒を持ち、なにより脇腹から左右に二本突き出した角がおっかない。
四層最重量の三角丸太よりも動きが速いぶん、ヘタをすると俺たちにとっては相性が悪いかもしれないくらいだ。
「終わりましたわよ」
「わたしもです」
それから五分くらいを使ってティア様とメーラハラさんによるトドメもなんとか終了した。解体班がすかさず馬をバラしにかかる。
前衛職のティア様がバッファーな奉谷さんから【身体補強】を貰えば、九階位でもトドメくらいはなんとかなった。それなりに苦労はしていたけれど、朗報ではある。三角丸太以外は全部イケるってことになるのだから。
「あなた方でも苦戦するのですわね。少々意外でしたわ」
「そりゃ苦戦もしますよ。俺たちは十一階位ですから」
周辺警戒をしながら解体風景を眺める俺に話しかけてきたティア様の表情は、なにやら複雑そうだ。
前回ティア様と一緒に入った時は三層だった。一年一組は階位上げ対象のティア様にほぼ全ての魔獣を回してみせ、ウルドウさんとフュナーさんが滑落してきてからは驚異の進撃をしたのだ。
そういう印象が強いのだろう、ティア様は俺たちが負傷している姿に驚きすら感じているらしい。
俺たちは十一階位な集団なわけで、最終的に十三階位が要求される四層で誰かをレベリングしようとすれば、それなりに怪我だってするのは当然だ。
これでもかなり上手くやれている自信はあるけれど。
「これが四層」
「三層とは段違いですから」
気を引き締めるかのようにキリっとした表情に切り替えたティア様に対し、俺の声はしみじみってところだ。
正直なところ、ティア様の根性は凄いと思う。なにしろ三層をたった一日でクリアして、四層を徘徊する魔獣の強さを見たのにこの態度なのだから。
アウローニヤの某女王様は、初日四層だったけどな。あの人も心が強いんだよ。
「これがお母様やウィル兄様が見た光景。お父様が通り抜けた道……」
キツい目つきをさらに鋭くしたティア様が獰猛に笑う。
王妃様とウィル様は十三階位で、侯王様は十六階位だ。
階位こそ追い付いてはいないが、ティア様は家族と同じ舞台に辿り着いた。
とりあえず生、みたいなノリで十六階位を目指すと言い切ったティア様は、四層の現実を知っても揺らいでいない。
「五層はさらに過酷……。お父様はそこで戦い続けたのですわね。それが十六階位の居場所」
「十六階位ですか。二度と……、あ、アウローニヤで見たことはあるんですけど、なんか凄すぎて意味不明でした。今ならもうちょっとわかるかもですけど」
ティア様の言葉に乗せられた俺は、口にしそうになった近衛騎士総長という単語を呑み込み、咄嗟の嘘を吐く。
近くにいた綿原さんの視線が痛い。聞かれていたか。
いいですか、ティア様。俺は十六階位のおっさんと最終的にタイマンバトルなんてしたことはないんです。
「……今度お父様と手合わせする段取りでも組みましょうか? 楽しめそうですわね!」
だからティア様、意地の悪い笑顔でそういうことを言い出すのは止めてほしいのだけど。
あの侯王様は初対面でサメを受け止めて高笑いをするような人なのはわかっているから。
◇◇◇
「こんなもんっすかね」
「こっちも終わったよ、藤永クン」
下っ端口調の藤永とポヤっとした深山さんが、解体された素材の最終確認をしてくれた。
魔獣から採れた素材については、草間が倒した二体が冷凍されて地上送りで、ティア様とメーラハラさんのは夕食に回される。そういう風にしておくのが換金効率が高いからだ。
馬の場合、一番価値が高いのは食べることのできない角なので、ペルメッダ組のお二人は個人的記念という形で換金せずに持ち帰ることにするらしい。まさに象牙色っていう感じの角を紐で縛って、腰にぶら下げている。アレくらいなら戦闘に支障はないだろうな。金具ひとつで切り離すこともできるようになっているし。
「じゃあ取るね。【鉄拳】」
「いいのかよ」
さて移動といった段になって、十一階位になりたての草間が【鉄拳】を取ると言い出した。
皮肉屋の田村がツッコミを入れているが、【鉄拳】騒動にもそろそろ決着をつけておきたいというのはクラスの誰もが思っていることだ。
なにも草間は手刀で魔獣を薙ぎ払えるようになれるとは思っていない。もちろん滝沢先生の様に、貫手ひとつで敵を倒せるようにとも。
草間の望みは攻撃時に自らの手首を痛めることで、結果としてヒーラーと自分の魔力を消費するのを避けたいってことだ。
先生の感覚では部位強化に使えている【鉄拳】だけど、関節そのものを強化するという保護的な目的で運用できるかはわからない。技能取得時にありがちなギャンブル要素だな。
この世界には迷宮システムの攻略本なんてないし、技能に対する鑑定スキルもない。
それでも先生は、たぶんイケると踏んでいる。だからこそ積極的に口出ししてこないのだし。
「【聴覚強化】でいいんじゃねぇか?」
「ハルも取るけどね、【鉄拳】」
田村の意地の悪い指摘は正にだし、【鉄拳】を切望している春さんは言いたい放題だ。こういう好き勝手な言い分は、ある意味一年一組らしいな。
斥候スタイルメインの草間なら【遠視】や【聴覚強化】あたりがハマるのは間違いない。効果も明確だからな。
クリティカルやトドメの効率にこだわるならば【鋭刃】だっていい。
それでも、なんだろうなあ。
「うーん、一撃で脱走っていうのは、そろそろ卒業したいかなって」
メガネに長い前髪を被らせた草間は引かなかった。
中学では卓球部だった草間なのだけど、運動神経が良い方ではないのだ。
さっき九階位になったティア様と、これまたさっきまで十階位だった草間が真正面からタイマンを張ったら、ほぼ確実に前者が勝利するだろう。修練を積んできた期間の違いと、草間が索敵系技能の取得に重点を置いた結果だ。
その索敵能力に一年一組は助けられているのだけど、純粋な戦闘力としては、草間は一年一組の前衛職で最弱といって間違いない。
そういうところが草間の自己評価の低さにつながっている。
忍者は忍んでナンボ、戦えてナンボ。後者が出来ていないのを悔しがっているのだ。
【鉄拳】を取ることで、これまで以上に思い切りよくメイスが振り切れれば──。
だからこそ、草間は率先して【鉄拳】を取りにいく。
新しい挑戦。一年一組の誰かがいつもやっていることだ。今回もそれのひとつ。
「草間さ」
「なに?」
「好きに、思いっ切りぶん殴って、みんなに教えてくれよ。そういう指示、出すから」
「うん。わかった」
新しい技能を取る時はいつも同じだ。ちょっとの恐怖と大きな期待がそこにある。
そんな草間のチャレンジを、俺は応援したい。
◇◇◇
「蟹だね。五体」
高揚した声で草間が魔獣の接近を告げてきた。やる気満々だな。
「三体はティア様に回そう。先手は海藤と夏樹だ。倒し切るくらい全力でやってくれ。ミアは直接攻撃」
「おっけい」
「やるよっ!」
「仕方ありまセンね。強い弓が欲しいデス」
前回弓矢が通じなかったミアには申し訳ないけれど、遠距離はピッチャーの海藤と石使いの夏樹だけだ。午前中のヒツジでパワーアップは確認できたし、ここは期待したい。
ミアの強弓についてはお値段もアレだからクラスで検討中だけど、五層を視野に入れたら買うべきなんだろうなあ。
「草間、忍んでからの一撃だ。とにかく全力で殴ってくれ」
「うんっ!」
そして何よりも草間だ。早い段階で【鉄拳】の効果を検証しておきたい。相手が固いカニっていうのが、この際好都合だよな。
「盾組は一人一体。ティア様、飛び込むのは、こっちの指示でお願いします」
「わかっていますわ!」
馬を相手にトドメを手こずっていたティア様だ。硬いカニ相手では回避は余裕でも万全のフォローが必要だろう。
「来るよ~。三、二~」
気の抜けるような疋さんのカウントダウンに合わせて、扉の方からガチャガチャと特徴的な足音が響く。間違いなくカニだな。
「夕食は蟹料理も追加ですね」
料理長な上杉さんの言う通り、今夜は再びカニパーティだ! ついでに馬も。
ティア様とメーラハラさんにも階位を上げてもらって、そこから美味しい夕食が待っているぞ。
◇◇◇
「上がりませんでしたわね」
「たぶんだけど、あと一体か二体くらいで」
「それなら楽勝ですわ!」
各人の倒した魔獣をカウントしている書記な白石さんのセリフに、ティア様がフラグを立てていく。
カニ五体との戦闘は混乱することもなく、シッカリ時間を使ってトドメを調整することができた。
ティア様が三体、メーラハラさんが一体、そして木刀ガールな中宮さんが一体。誰も階位が上がらなかったけれど、配分としてはバッチリだろう。
カニの攻撃に慣れてきた騎士連中は一対一でも完璧なガードに成功していたし、海藤のボールは見事敵をぐらつかせることが出来た。
凄かったのは夏樹で、四つの石を連続で叩き込み、二本も足を折ってみせたのだ。【魔力付与】の効果は明らかで、似たタイプの術師であるサメ使いな綿原さんがぐぬぬっ顔になるくらい凄かった。
ただし四つの石全部に熟練がまだまだの【魔力付与】を掛けたものだから、魔力消費がとんでもない。すかさず白石さんがフォローに入ったが、今後は二個までだな。
それよりなにより──。
「うん。全然大丈夫。痛くもないから」
「【痛覚軽減】切ってるんだろうな?」
「もちろんだよ」
両手首をこねくり回した草間が笑顔で報告してくれた。
疑い深い田村は【治癒識別】を使ってまで判定しているようだけど、異常はなさそうだ。こういう時に田村は小さく笑うからわかりやすい。
草間定番の【気配遮断】からのステルスアタック、両手で握った渾身のメイスは、カニのハサミをはじき返すどころか、付け根の部分にヒビを入れることに成功したのだ。
あまり器用な方ではない草間が、後先を考えずに振るった全力の一撃だった。どんな反動があったかわかったものではない。
今までの草間なら良くて捻挫、ヘタをすれば手首の骨折まであっただろう。
「絶対効果ありだよ。【鉄拳】」
「やったね、草間!」
「おほほほっ、【鉄拳】は最高なのですわよっ、ソウタ」
真っ先に喜んだのは、二刀流メイス使いの春さんとティア様だ。
春さんは未来への展望で、ティア様については【鉄拳】仲間としてって感じだな。
とにかくだ、【鉄拳】には防御的な意味でも効果があることはハッキリとした。
そもそも先生が大丈夫だろうって言っていた通りなんだけどな。それでも先生ではなく草間が効果を見せつけた方が、みんなにも実感が湧くというものだ。決して先生が悪いんじゃない。先生の場合は無意識な技術でカバーできてるんじゃないかっていう疑惑もあったからなあ。
「草間君、【鉄拳】の効果は明確になりましたが、そのぶん肘や肩にも反動が及ぶでしょう。気を付けて使ってください」
「はいっ!」
そんな先生からの指導に、草間は元気に返事をする。
というわけで、俺に生えて以降騒ぎになった【鉄拳】問答は、美しい形で決着したのだ。
「わたしも取ろうかしら」
「綿原さんは【遠隔化】って言ってなかったっけ。それと【蝉術】も」
「……全部ね。順番で迷ってるの」
綿原さん、それって普通に十三階位超えるのが前提になっているんだけど。
◇◇◇
「八津くん、ここ……、七だよ」
「高いな」
カニと戦闘した地点から三つ目の広間に入った直後、絶好調モードだった草間が真顔に戻り、小声で伝えてきた。
部屋を移動するたびに俺は【観察】でトラップの確認、草間は【魔力察知】で部屋の魔力量を観測するのが一年一組の定番なのだけど、七というのはちょっと大きい。というか、ペルマ迷宮では初めての数字だな。
アウローニヤのアラウド迷宮でシシルノさんと草間が共同して数値化したワリと粗目な目安だけど、極端な値となれば信用はできる。
あちらでは十を超えたくらいで特異的な『魔力部屋』だとしていたが、ペルマで七というのは十分それに匹敵するだろう。
すぐ傍では早速白石さんと奉谷さんがメモってくれているけれど、さて、どうしたものか。
「全体一時停止だ。ちょっと時間が欲しい」
「なんですの? 魔獣ではないのですわよね?」
俺の声掛けに一年一組はすかさず停止して、周囲を警戒する構えに入ってくれたが、ティア様は訝しげだ。ここまでトラップの指差し確認はあっても、完全停止なんて魔獣の接近があった時くらいだからな。
「軽い魔力部屋です。ここ」
「魔力部屋……、『しおり』にありましたわね。なるほど、ソウタが」
ティア様も中々察しが良い。
俺たちが作った『迷宮のしおり』には魔力部屋の存在も記載されていたし、明確に伝えてはいなかったものの、それを判定できるのが草間であるということにもすぐに気付いたようだ。
だけどもうひとつ、伝えておかないとならない要素がある。
もしも迷宮で『使う』必要が出た場合、ティア様には教えてもいいだろうと、クラス内での話し合いは終わっているんだ。『クラスチート』は内緒だけどな。
「ティア様、メーラハラさん、これはできれば内密にしておきたいの──」
「承知しましたわ。メーラあなたも」
「はっ」
最後まで言い切る前に承知されてしまったか。
ティア様がこう言うならば、ウィル様や侯王様にすら秘密にしてくれそうだ。メーラハラさんについてはティア様の命令を覆すはずもない。
まあ、バレたところで上杉さんの【聖導術】と違って、致命傷ってこともないし。
精々冒険者組合からお声が掛かるくらいだろう。
「ありがとうございます」
「説明はあるのですわよね?」
「もちろん教えますよ」
ティア様とそんなやり取りをしつつ、俺は度胸を決めるために大きく息を吸う。
大丈夫、少なくともここ十日程度、ペルマ迷宮で行方不明になった冒険者はいない。兵士関連でもだ。
俺にとっては重要な要素になるので、その点については確認してある。
だから、やれ。
「……白菜が、五体」
【魔力観察】を使った俺は、【葉脚五眼白菜】の影を五つ見つけた。
アラウド迷宮の四層にも似たようなタイプが出る、毒持ちで蔓を巻き付けてから体当たりしてくる高級食材だ。
白菜の形をした本体と、基部から伸びる長めの蔓。間違いないだろう。
「近くに魔獣はいないよな? 草間」
「いたら言ってるよ」
ごもっともな草間の確約を貰ってから、素早くマップを確認する。
これからこの部屋で『発生』するだろう魔獣を素早く叩けて、それでいてイザとなったら逃走が可能な部屋は……、あった。さっき通ったばかりの部屋が該当するな。
大丈夫、俺は冷静だ。ずっと【平静】フル稼働だからな。
だから綿原さん、みんな、心配そうな顔で俺を見なくてもいいんだよ。むしろ腕組みをしてふんぞり返っているティア様の方が、俺の心に優しいくらいだ。
「二部屋戻ろう。そこで、待ち受ける」
通算二度目。直接は見れないけれど、魔獣発生にご対面だ。前は俺が壊れていたからゴリ押しだったけど、今回はシッカリと待ち受けてやる。
つぎの手紙でシシルノさんに報告しないとだな。
次回の投稿は明後日(2025/05/18)を予定しています。