第501話 歌よ迷宮に響け
「ん?」
「どうしたの?」
「なんか聞こえたような気がして」
「八津くん、変なの」
俺の上げた変な声に、横を歩くロリっ娘な奉谷さんが反応した。
ペルマ迷宮三層を速足で移動していたら、声というかキュピーンとした何かが聞こえた気がしたのだ。もしかして俺は新人類にでもなったのだろうか。それとも魔力的な?
ベタなパターンだとアウローニヤの誰かが俺たちのことを考えてたっていうのがあるけど、さてはて。
まさかとは思うけれど迷宮の声とか……、そういう怖いのは勘弁してほしい。
前方にはサメが三匹も浮かび、そのうち一匹がこっちを向いている。うん、和むなあ。最高の精神安定剤だよ。
本日はペルマ迷宮では初となる迷宮泊の初日だ。
一年一組がたくさんのキャンプセットを担ぎ、迷宮に入ったのが大体午前の十時。迷宮の入り口にある特別室で待っていたティア様が遅いと叫んだのは毎度のことで、一年一組はもう慣れている。もちろんメーラハラさんも普段通りに濁った瞳でティア様の傍に控えていた。
それから一時間弱。もう少しで四層への階段に辿り着く地点まで俺たちはやってきている。
先輩冒険者たちが朝イチで先行してくれているだけあって、階段を結ぶ経路の魔獣はハッキリと薄い。
ここまでの戦闘は二層で一度と三層でも一回のみで、ティア様が全部のトドメを刺してくれた。最初っから気合満点である。残念ながら九階位は達成できていないけれど、四層に降りれば一撃じゃないだろうか。
ちなみに倒した魔獣はトマトと山芋なので、ちょうどいい昼飯の材料になるだろう。
「前から三体。えっと──」
「足音が聞こえたわ。羊ね」
メガネ忍者な草間の警告に続いて、木刀少女の中宮さんが魔獣を特定をしてくれた。
普段からなるべく【聴覚強化】を使っている中宮さんたちだけど、小さい音を拾うのが上手くなっているだけでなく、判別能力が伸びているらしい。まさしく聴覚全体の強化って感じで。
いろいろな技能があるけれど、結局は迷宮で役立つものばかりってことだな。
「またも昼からジンギスカンってか」
「いいな!」
「燃えるっしょ」
「やってやりますわっ!」
ヒツジ大好きなクラスメイトたちのテンションが一気に上がる。最初の頃にネズミでビビり散らかしていた高校生はもういない。
それでも未だに【平静】は神スキルだ。迷宮外の実生活でも感情の揺れに対応できるあたりが助かるんだよ。
今回の迷宮行で三層の素材を地上に上げるつもりはない。せっかくなら迷宮内で消費できる食べ物が望ましいところで、ヒツジの登場は大歓迎だ。ティア様の力との折り合いもいい相手だしな。
「ここで受け止めよう。陣形を左に寄せてくれ。海藤、ミア、夏樹で遠距離先制攻撃だ。とくにミアは──」
「トドメなんて刺しまセン。広志はもっとワタシを信用してくだサイ!」
「信頼してる」
「デス!」
指示出しの途中で口を挟んできたミアだけど、最後の一言で満面の笑顔だ。信頼してるっていうのは本音だからな。
この部屋に引き込んで、無力化してからトドメを全部ティア様に回す。
全員が【魔力付与】を持っている海藤のボール、ミアの矢、夏樹の石は三層のヒツジが三体程度ならば、余裕で対応できるのだ。……やっぱりミアの矢が怖いな。オーバーキルっていう意味で。
「草間は姿消しておいてくれ。中宮さん、秒読み」
「うんっ」
「了解したわ。六、五……」
指名を受けた草間が気配を薄くし、中宮さんはカウントダウンを始める。
「よ~ん、さ~ん……」
そこにチャラ子な疋さんがお気軽に被せてきた。
ここから先は俺が口を出すまでもない、なんて言ったら偉そうだけど、クラスメイトのみんなはここからの展開を完全に理解してくれているのだ。俺の思い込みとかではなく、共通認識として。
後衛職は部屋の左後方で待機し、前の方は盾持ちの騎士職がヒツジを横から叩き伏せるポジションについている。アタッカーたちがいつでも踏み込める隙間を空けているあたりは練習の成果だな。
「いちっ!」
中宮さんのコールと同時に、横一列に並んだ三体のヒツジが一年一組の待ち構える広間に突入してきた。完全に遠距離攻撃の的だな。
「らぁ!」
「えいっ」
直後、海藤のボールと夏樹の石が飛ぶ。敵の勢いを止めるのには十分な攻撃だろう。
「イヤァッ!」
ちょっとだけ懸念していたミアの矢は、疑って申し訳ないくらいに実に見事だった。
ボールと石を追い抜き、向かって一番右側にいるヒツジの足の付け根部分に刺さった鉄矢は、完璧に相手の動きを悪くしている。キチンとクリティカルな場所を避けているし、突き抜けて矢が破損しないような箇所に突き立っているんだよな。いやあ、素晴らしい。
「あれ?」
「あ」
むしろ不覚を取ったのは夏樹と海藤の方だった。
夏樹に一撃必倒はムリで、海藤は当たり所次第ってところなのだけど、ヒツジの様子がおかしい。
海藤のボールは明らかに球速が上がっているし、夏樹の石は速度や動きこそいつも通りなのに、当たった時のダメージだけがデカいんだ。
「【剛力】と【魔力付与】だね」
俺の横でメガネを光らせた白石さんの指摘で、俺も思い至る。
副官である奉谷さんと一緒に記録係をしてくれている白石さんは、何気に観察眼も優れているのだ。
海藤と夏樹は前回の迷宮で階位が上がり、それぞれ【剛力】と【魔力付与】を取得している。ついでに海藤の場合は階位上昇による外魔力も上乗せだ。四層で効果は検証していたのだが、三層はスルーしていたからなあ。
目に見えて強くなっているのはいいのだけど……。
アラウド迷宮三層でも出てくる前後に頭が付いているヒツジ、【四脚二頭羊】はペルマ迷宮にもいる。違いといえば、ペルマの方はちょっと斜めになって突進してくるくらいだ。腹が急所なのも一緒。
ミアが足止めした右端は良しとして、海藤の剛速球が向かってくる頭部に直撃したのと、ご丁寧にも前後の頭両方に夏樹の石を食らったヒツジ二体が同時によれた。しかもお互いが衝突する方向に。
ブチ当たった二体のうち片方がたたらを踏んで想定よりも勢いよく、待ち構えている俺たちに突っ込んでくる。
そう、想定よりもだ。
「八津ぅ!」
ヒツジの横を取りつつ最前面で大盾を構える【重騎士】の佩丘が前を向いたままで叫ぶ。
意思は通っている。今回の戦闘はティア様のレベリングを前提にしているが、それを継続するか否かだ。
この世界に来て学んだことではあるけれど、魔獣との戦闘ではたった一手で戦況がおかしなことになるケースがある。たとえそれが、いい方向であってもだ。
その時々に判断が必要になるのだが、今回はタイミングがよろしくない。
一体だけは諦めて素早く処理し、残り二体をティア様に回すのが無難だろう。三層が二度目なティア様を乱戦に組み込むのは危険だ。
無理やり抑え込むこともできるだろうけど、盾役の誰かが怪我を負う可能性も高い。たとえ治せる負傷であっても、それは一年一組のやり方じゃないんだ。
【思考強化】で考えを巡らせている俺に、ふと目の前にある背中が語り掛けてきたような気がした。
彼女なら──。
「綿原さん」
「任せて」
急いで二歩ほど前進した俺は、綿原さんの名前を呼びながら、彼女の背中を軽く叩く。
アラウド迷宮では一度に十体以上のヒツジと対戦したことだってある。たったの三体なんて、まさにティア様の餌だと思っていた俺たちだから、綿原さんは傍観の姿勢だった。
そんな彼女が大きく踏み出し、三匹の白いサメが合体して少し大きめの体を形成する。威嚇用の巨大サメではなく、密度を上げた衝撃力タイプだ。
悠々と、かつ素早く綿原さんが前線に向かう。【身体強化】と【身体操作】が羨ましい。
その行動に込められた意味は一年一組なら理解してくれるはずだ。すなわち、レベリングは続行。下準備の一手は綿原さんがやってくれる。
これくらいの想定外など、リカバリーの練習台にしてみせるんだ。
「行きなさい」
すっと腕を前に伸ばした綿原さんの言葉に従い、うねるようにサメが突出した。
イレギュラーな事態に前衛の騎士たちは盾の間隔を狭めていたが、人が通ることのできない隙間を縫った白いサメは、転がり込んできたヒツジの胴体にヒットする。
存分に【魔力付与】を掛けてあったのだろう、サメを食らったヒツジは明確に速度を落とし、ちょうど盾の目の前で倒れ込んだ。
「朝顔、凛」
「草間、真ん中のヤツだ」
綿原さんと俺の声が被るが、呼びかけた面々はキッチリと動いてくれる。
「よ~いしょっとぉ」
「しゅぇあっ!」
片や気の抜けた、もう片方は鋭い奇声が響く。
綿原さんが足止めしたヒツジに疋さんのムチが絡みつき、中宮さんの木刀が足を叩き折る。両者ともに【魔力伝導】を使っているので、相手の魔力がガンガン削られているはずだ。
「えいっ」
軽い調子の掛け声でメガネ忍者な草間がヒツジの背後からメイスを振り下ろす。
海藤のボールが顔に当たり、ついでに味方と衝突して千鳥足になっていたヒツジだが、突如出現したニンジャにもう片方の頭を殴られた格好だ。
これでこっちも時間稼ぎは十分。
最後の一体はミアが二本目の矢を当て、まだまだ生きてはいるもののまともに動きが取れない状態になっている。
「やったね!」
立て直された戦況を見た奉谷さんが、小さい体で大きくガッツポーズだ。
俺も大きく息を吐く。
やる気になればなんでもできる、なんて思わない。ウチのクラスメイトたちは、普段の練習でできることをキッチリとやり遂げてくれた。見ているだけの俺だけど、それが凄まじい快感なんだよ。
「ティア様。やっちゃってください」
「おっほほほ! あなた方でも狼狽えることはありますのね!」
「そりゃあ、ありますよ」
俺のコールを受けて、すでに短剣を抜き放っていたティア様がメーラハラさんを引き連れヒツジに歩み寄る。実に堂々とした行進だ。
アウローニヤでも似たような光景を見たことがあったなあ。
「九階位ですわよ!」
五分後、三体のヒツジにトドメを刺したティア様が九階位を達成した。
◇◇◇
「さあさあ、お食べなさいませ。わたくし自らで狩った羊肉ですわ!」
「は、はあ」
「じゃあ、遠慮なく」
「いいのかよ」
「いや、だってよ。こんな風に勧められたら、な?」
上機嫌なティア様と、通りすがりのおじさん冒険者たちの対比である。
場所は迷宮三層のままだけど、ヒツジと戦った場所からはちょっと移動して、四層への階段を目の前にした部屋で、一年一組とティア様、メーラハラさんは昼食とすることにした。
わざわざ危険な四層で昼というのも面倒であるし、初日にティア様が狩った素材を地上に運ぶつもりもない。
ならばということで、急遽ジンギスカンパーティが開催されているのだ。迷宮だから時間感覚はアレだけど、まっ昼間からである。
どうせ四層では芋煮会を開催することになるのだし、三時のオヤツも確保できるだろう。
やるとなれば素早いのが一年一組だ。
手早くバーベキューコンロを組み上げ、ヒツジの肉が焼かれていく。さすがに米は炊かないが、これまたティア様が倒したトマトと山芋をカットして、ペルメッダ風に胡椒を効かせたドレッシングを乗せた簡単なサラダを作ってしまう料理長な上杉さんには感謝しかない。
『な、何してんだ、あんたら』
そんな時に通りがかったのが、小規模三等級クラン『白羽組』のみなさん。総勢八名、全員が三十代後半のおじさんたちだった。
こんな時間に四層から三層に戻ってくるなんて珍しいとお話を聞いてみれば、不運にも牛の集団に遭遇してしまい、最終的に勝ったはいいけれどヒーラーさんの魔力が危ないラインになったからだとか。
こういう話を聞いてしまうと、やっぱり俺たちの『勇者チート』は恵まれている。
全員が厳選された牛の素材を担いでいるのは、撤退しつつも最低限の稼ぎを確保したということだろう。
先日の『黒剣隊』の人たちもそうだったけど、ベテラン冒険者っていうのは損切りができるのがカッコいいと思うのだ。
ちなみにだけど『白羽組』は、ペルマ迷宮が誇る一等級、サーヴィさんやピュラータさんの所属する『白組』の傘下らしい。言われてみればなるほどな名前だよな。
俺たち『一年一組』についても知っていて、なんでも『白組』からも注目の的として通達されているのだとか。
で、九階位を達成し【剛力】を取ったお陰で、やたらとハイテンションな侯息女様からの施しが下賜されたのであった。
うん。ジンギスカンは美味しいよな。アウローニヤ風のピリ辛なタレがたまらない。
「これくらいでいいですか?」
「ああ、十分だ。助かったよ」
そんな食事中、クラスが誇る魔力タンクの白石さんが、『白羽組』のヒーラーさんに【魔力譲渡】を掛けてあげている。
座っているおじさんの肩に手を乗せている白石さんは、お父さんに肩たたきって感じに見えるなあ。
「『魔力渡し』とは珍しいな。アンタ、このあと大丈夫なのか?」
「はい。選任みたいな感じですから、わたし」
「若いのに大したもんだ。これから四層なんだろう?」
白石さんに心を砕くおじさんは、もはや娘に向ける優しい瞳になっている。
現状で【音術】が魔獣に通用しにくい白石さんは、事実上選任魔力タンク兼務記録係だ。対人戦なら前衛一人分くらいの働きをしてしまうのだけどな。
チャラ男な藤永が前衛で魔力タンクをやっているのに対し、白石さんは後衛専属ってことになる。
ほかに魔力タンクができるのは、氷使いの深山さんと奉谷さんになるけれど、それぞれ【冷術】と【身体補強】が戦闘時や素材保存で役立っているので、あくまでサブ。
そんな魔力タンク四人組だが、全員が【魔力回復】を持っているので、魔力が濃い四層に入ってしまえばむしろ余裕が持てるくらいだ。
一年一組は各人が役割り毎に必要とする技能を取ってきたけれど、振り返ってみれば成長したものである。
「ほら、お代だ。本当に助かったよ。ありがとう」
「え、あ、はい。こっちこそありがとうございます」
そして【魔力譲渡】をしてもらったおじさんが白石さんに手渡したのは一枚の小金貨。つまり一万ペルマだった。
魔力タンク、こちらでは『魔力渡し』が少ないから、【魔力譲渡】の相場は不明だけれど、治療費としては最大限ってところが一万ペルマだったはず。
半分以上はおじさんからのお小遣いって感じの金額だよな、これ。
一瞬遠慮しかけた白石さんだけど、おじさんの笑顔を見てしまうと突っ返すことも難しい。周囲を見渡して、誰も反対しないのを確認してから丁寧に懐にしまい込んだ。そういう仕草が実に白石さんらしい。
「アオイは歌も素敵らしいですわよ。どうです、一曲」
「ええぇ?」
自分のコトのように自慢げなティア様だけど、ご当人の前で白石さんが歌を披露したことはない。
たぶん資料で【鎮静歌唱】や【奮戦歌唱】あたりを見たのだろうけど、剛速球な無茶ぶりに白石さんがワタワタしている。
「おお、そいつはいいなあ」
慌てる白石さんに優しい視線を送っていたヒーラーのおじさんが、ティア様に乗っかった。
これがキラーパスってヤツなのかもしれない。さて、白石さんはどうするのか。
「えっと……、勇ましい系と優しい系、どっちがいいですか?」
「おう。嬢ちゃんの好きにしてくれ」
「得意なのでいいぜ」
なんだかんだでリクエストを聞いてしまう白石さんなのであった。歌うこと自体は大好きなんだよな。
囃し立てる冒険者のおじさんたちは、学芸会を見に来た親御さんたちみたいな顔になっている。
「じゃ、じゃあいきます。『心、心、心を燃やせ! それが、熱く! 風が、今っ、ここにぃ吹き荒れるぅ、からぁ~』」
どうやら白石さん、ハイテンション系でいくようだ。
うん、俺も知っている歌だったりもする。いいよな、それ。難しい曲だから俺には歌えないけれど。
日本語の歌詞をフィルド語にするのも慣れたもので、白石さんは淀みなく、勢いをつけて歌い上げていく。
さすがに楽器とかは持ち合わせていないけど、奉谷さんや夏樹なんかは元気に手拍子をはじめ、クラスメイトたちがそれに乗っかる。藤永に至っては盾を楽器代わりにポコポコ叩いてリズムを合わせているくらいだ。
まさか藤永、楽器できちゃう系男子ってヤツか?
器用な藤永のことだ、それくらいやってのけてもおかしくない。というか、ウチのクラスはいろんなところから謎の才能が飛び出てくるからなあ。
ところでさてはて、一年一組がノリノリなのはいいのだけど──。
◇◇◇
「い、いや、なんか凄かったな」
「若い連中ってああいう歌が流行ってるのか?」
というのが『白羽組』のおじさんたちの感想であった。
うん、俺は途中から気付いていた。大盛り上がりだった一年一組とは違って、冒険者のおじさんたちはあっけに取られてたもんなあ。
昔のタイムマシンモノの映画で見たことがあるけど、未来の曲を聞いてビックリしてしまったパターンだ。
そのワリにティア様が邪悪でいい笑顔なのは、適性の高さなんだろうか。もちろんメーラハラさんは無表情のままだけど。
「あ、えと、あれ?」
歌っている最中は世界に入っていた白石さんだけど、周囲の反応に気付いてオロオロし始めた。
「碧ちゃん、もう一曲聞かせてよ。こっち風のやつ」
そんな風に白石さんに声をかけたのは、相方の文系男子な野来だ。いいとこ見せるじゃないか。
アウローニヤにいた頃は式典とかで荘厳な音楽なんて聞いたことは、実はなかった。
そういう文化なんだろうと勝手に納得していたが、ならばペルメッダではとなると、街にある飲み屋兼食堂みたいなところから漏れ聞こえてきたことがある。
演奏しているところを覗いたわけじゃないけれど、ギターみたいな弦楽器と、笛、それと太鼓を組み合わせた、軽いテンポの曲だったかな。
野来のリクエストはそういうノリの曲だ。気付いた白石さんはちょっとだけ考え込んでから大きく息を吸い込み、そして声を出す。
『はい、はい、はい、はい、お~らぃえ~』
今度の歌は、さっきみたいに複雑に音程が変わるような曲ではない。
小気味いいリズムでシンプル、そして明るく。まさしく手拍子をしてくれといわんばかりの歌だ。
真っ先に野来が手を叩き始めて、そこにクラスメイトたちが乗っていく。
この曲知ってるわって感じで奉谷さんや疋さんまでが歌い出し、広間はさっきまでとはちょっと違うノリになってきた。
「おう。これなら俺にもわかる」
「いいじゃないか」
「ははっ、頑張れ嬢ちゃんたち」
今度の曲はおじさんたちにもツボだったらしい。
笑顔になった冒険者たちも、こちらと一緒に手拍子を始めてくれた。
それを見た白石さんのメガネが光り、心持ち声量が大きくなる。ああ、楽しそうだ。音楽だもんな。
迷宮三層の一角が、そこだけが魔獣との闘争と切り離されて、歌は鳴り響くのだ。
所要があって次回の投稿は三日後(2025/05/14)を予定しています。申し訳ありません。