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第500話 その頃:ヴァフター・バークマット王室直轄迷宮特務戦隊『緑風』隊員



「──みなさんには今更な話になってしまうかもしれません」


 俺たちが整列する位置に対し、一段高いところから柔らかくも芯の入った声が響く。


 その人に対峙して並ぶ王室直轄迷宮特務戦隊『緑風』の隊員たちは緊張の面持ちで、静粛に耳を傾けるだけだ。なにしろこの集会にはなんと、女王陛下がご臨席されているのだから。


 あのお方の正式な戴冠から十七日。



「わたしはこの戦隊の長でありながら、十一階位です。この中には十三階位の者たちも混じっているのはみなさんも承知していることでしょう」


 壇上で訓示を行っているのはガラリエ・ショウ・フェンタ。王国男爵にして『緑風』の戦隊長だ。


 今この場で行われているのは、『緑風』が正式に活動を開始するための、いわば決起式典となる。

 会場となっているのは旧『水鳥の離宮』改め、現『緑風』詰め所の大広間だ。


 戴冠式典からこちら『褒美として与えられた帰郷』という名目で十日以上も姿を消していた戦隊長は帰城まもなく、女王陛下の手引きもあって、素早くこの場を設けることになったらしい。

 俺の横に並ぶシャルフォ・ヘピーニム前衛統括を含むヘピーニム隊の主力も行方知れずだったことを考えれば、彼女たちが何をしていたのかは想像に安い。


 俺がその内容を口にすることはないだろうが。


「ならばなぜわたしが戦隊長なのか。先の動乱での功があったから……、事実です。加えて女王陛下を元より支持する者だったから。これも間違いのない真実です」


 濃緑色の革鎧を着込み、同色の外套を羽織ったガラリエ戦隊長は、堂々と言い放つ。


 そこにあるのは勝ち組となった者の余裕ではない。むしろここからこそが本番だという気概が見受けられる。

 この女、どこか変わった。俺の想像する『勇者との旅』で、何かがあったのだろうな。あの若造たちは、自然に大人を煽るのでタチが悪い。そのあたりは俺も実感するところだ。でなければこの場に俺はいないはずなのだから。



「ですが最大の理由は……。わたしが勇者たちと時間を共有していたことです。七十と余日。迷宮に限っても延べ十八日。この国において、もっとも多くの時間を勇者と共に過ごした者の一人といえるでしょう。それ故に──」


 戦隊長が勇者と一緒にいた時間が長いというのは、この場にいる誰もが知ることだが、この話題になった途端、舞台の脇に座っている女王陛下のご機嫌が悪くなったように見えるのは俺だけだろうか。

 戦隊長の声色が高揚していくのに合わせてというのがタチが悪い。


 壇上には中央に立ち演説を打っている戦隊長以外に、左右に分かれて五名がいる。右には女王陛下が座り、そこに近衛騎士装備で侍っているのは『紅忠犬』ミルーマ・リィ・ヘルベット。こちらはもちろん立ったままだ。

 左側には三名。一人は好々爺然と笑うカルフォン・テウ・ゲイヘン軍務卿代理、もう一人は緊張した面持ちのキャルシヤ・ケイ・イトル近衛騎士総長代理、そして苦笑を浮かべているのがアヴェステラ・シ・フォウ・ラルドール内務卿。全員が着席している。


 ほかにいる重鎮といえば、起立している『緑風』の列に混ざり、イヤらしい笑みを浮かべている王室相談役のシシルノ・ヒトミ・ジェサルか。

 なんでアレはこっち側なんだろうなあ。


 参席しているメンツを考えれば、もしも今この場に賊が現れればアウローニヤが終わりかねない。

 とはいえ、元犯罪者たる俺たちバークマット隊とファイベル隊の残党が盾となって時間さえ稼げば、どこかにあるだろう隠し通路をつかって『紅忠犬』が陛下たち重要人物を逃がすだろう。


 なにしろ『任務中』に俺が命を落とした場合、城内で軽軟禁されている家族が開放されるのだから。しかも遺族が生きていくだけの保証金すら出るという条件だ。



「この場には勇者たちに関わりを持った者も多いはずです。みなさんは彼らから、なにを感じましたか?」


 俺が詮無きことを考えているあいだにもガラリエ戦隊長の訓示は続く。


「無頼の強さ。地上でよりも迷宮を生きる場としているかのような強靭さ。まるで全ての部品が完璧に噛み合い、正確に鐘を鳴らす時計の様な緻密さを持つ戦いぶり。それこそ芸術品であるかの如く」


 そこまで言ってから一拍間を置いた戦隊長は、チラリと部屋の隅に設置されている水時計に目を向けた。


 あれだけバラバラな神授職を持っている集団が一体となって戦う光景は、敵味方双方の立場から間近で見届けた俺としても、理解までには時間が掛かったものだ。


「それらを兼ね揃えた彼らは、同時に未熟な若者たちでした。嬉しければ笑い、悲しければ泣く。そんな普通の、どこにでもいる存在……」


 現状で戦隊総員七十余名の内、少しでも勇者たちと関わったことのある者は半数程度か。

 前衛職はほぼ全員がアレの恐ろしさを知る面々だが、追加された術師たちは見たことすらない連中も混じっている。


 首を傾げざるを得ない戦隊長の言葉を、そんなヤツらは引き締まった表情で傾聴している。

 そのあたりは術師統括のベスティ・エクラーと王室相談役が口酸っぱく吹き込んでいたからな。



「勇者たちの、彼らの持つ最大の武器がなんであったか、わたしは断言することができます」


 勇者を知ると自負する戦隊長は、そこで再び間を置いた。


「創意工夫。試行錯誤。検証と反証。意思の疎通。本来ならばわたしたちが当たり前にすべきことです。本当に……、それだけ」


 ガラリエ戦隊長の言っていることは正しい。


 王国とて何もしてこなかったわけではないが、そこにあった慣習化された旧態依然を、勇者と名乗る小僧たちは別の道を使って駆け抜けたのだ。

 アイツらは様々な知見を残して去って行った。少しずつではあるが近衛も軍も、取り入れられるものを採用しつつある。


 そして今後、勇者がやってのけたような新たな何かを見出すこと。それこそが『緑風』の存在意義だ。


「真似るべきは彼らの行動ではありません。行動原理こそを習うのです」


 熱の籠った声を吐き出した戦隊長は、一瞬背後を振り返ってから正面に向き直る。


「わたしたちは山肌をなぞり、吹き抜ける風。そう、山が生み出した息吹を纏った、迷宮に吹き荒れる風です」


 戦隊長のその背後には『緑風』の戦隊旗が掲げられている。


 鋭く切り立った緑の山の周囲で渦巻く、様々な色で描かれた線。数多の神授職を持つ者たちが集い、共に山を登る意思が込められている。

 そんな戦隊章が俺の左肩にも……。


「『緑風』が戦隊長、ガラリエ・ショウ・フェンタがここに命を下します。活動を開始しましょう。追うべきは勇者の背ではなく、彼らの思索です」


 ただひとつ思うのだ。勇者への傾倒が酷すぎやしないだろうかと。



「などという堅苦しくて重たい覚悟を、勇者たちは煩わしく思うことでしょう。気負うなと、苦笑いを浮かべるに違いありません。故にわたしたちは、自らに出来る限りで応えるのです。ここに集うみなさんならば可能であると、わたしは信じています」


 ああ、コイツ、本当に変わったな。入れ込むだけではなく、理解を深めてきやがった。

 勇者どものうしろを歩いていた頃とは大違いだ。


 わかっているじゃないか。面白い。付き合ってやるとしよう。

 アイツらはクソ真面目だが、だからといって四角四面にお利口な連中じゃない。子供臭いバカをするのが本物の勇者だっていうのには、俺も全く同意見だ。


 俺の横で列の先頭にいるシャルフォ・ヘピーニムが薄く笑う。

 それは俺と同じ意味か。それとも、戦隊長の側なのか。


『勇者との旅』を二人に任せた女王陛下は、まさかとは思うが、ここまでを狙っていたのか?

 底知れないな。バカな選択をした以前の俺を罵ってもし切れない。



 ◇◇◇



 女王陛下……、当時の第三王女殿下が勇者を個人として手中に収めていることを想定出来ていなかったのは、完全に俺の落ち度だ。

 もっと言えば、女王陛下やその周囲の者たちの能力と勇者の力を低く見積もり過ぎていた。



 第五近衛騎士団『黄石』は『平民騎士団』だ。第四の『蒼雷』もそう呼ばれるが、あちらには『寄付金』を払えなかった貴族子弟なんていうのが混じっている。

 対して『黄石』に所属している貴族関係者など、政争に敗れるなりして平民落ちした連中が精々だ。


 近衛騎士団は全員が騎士爵を持ってはいるものの、本物の貴族からしてみれば、そんなものは肩に付いた糸屑みたいなものでしかない。

 代々そこの騎士団長をやってはいるものの、領地も持たないバークマット男爵家がどんな見られ方をされていたなど、言うまでもないだろう。


 政治にコネを持てずに間接的な情報だけを頼りに国の将来を想像すれば、答えは明白に滅亡だった。最大勢力を持つ宰相派に付こうにも、真っ先に捨て駒扱いされるのは目に見えている。

 ならばと団員達には自由にさせ、建前上の中立を貫いていた矢先に、勇者が降臨した。



 勇者拉致を持ち掛けてきたのは監禁役を担ったマルライ・ファイベル。ファイベル隊の隊長で、アイツは宰相に弱みを握られていた。

 すでに勇者との面識があり、アイツらの気質は知っていた俺は、心を痛めつつも結局自らと家族の安全を選んだ。ヤヅに指摘されたとおり、無様な言い訳だな。


 断れば宰相からは目を付けられることになるだろうし、成功する算段は非常に高いとも思われたから。

 異常なまでの早さで階位を上げていたのは事実だが、物語とは違い勇者たちは神授職の枠組みを超えた存在などではない。ましてや若さという、絶対的な甘さを持っているとすら思った。


 宰相に降るわけではなく、一度で手切れの仕事。そういう条件で話を受けたのが俺の人生における最大の失敗、いや、転機か。


 その結果、後衛術師、しかもひとりは斥候職の三人に、階位が上である騎士三人が密室で不覚を取ったのだ。『指揮官』だの『地図師』だの言われていた【観察者】は、見事な『詐欺師』でもあった。


 普通ならばその時点で詰みだ。

 一族郎党が城門に晒されていてもおかしくないはずの境遇が、御家断絶程度で済まされた上に、三日に一度は家族との面会時間すら与えられている状況。王都の平民よりもマシな生活といえる。

 そんな王都の民すらも、女王陛下は変えていくのだろうな。


 涙と共に自らの腕を傷つけ血を流したヤヅを、喉元に迫るタキザワのつま先を、そしてなにより俺の目の前で斬り飛ばされたマナの腕を、忘れてなどいない。あだ名を付けられ笑い合っていた連中の顔もだ。


 自分と家族の命を繋ぐため、ついでにアイツら小僧どもの望みを叶えるために、俺は成すべきことをしよう。



 ◇◇◇



「では本日これからの行動予定を、ベスティ副隊長」


 訓示を終えたガラリエ戦隊長は、発言を副隊長のベスティ・エクラーに譲った。


 なんとこの状況で女王陛下のお言葉すら頂かない。というより陛下ご本人に、それをする素振りもないのだ。


「まずは第一班。本日はリーサリット特別隊員並びにアヴェステラ特別指揮官、両者の護衛としてミルーマ特別隊員が同行します」


 そんな進行に何の疑問も持たないかのごとく、飄々と手にした資料を読み上げるベスティのセリフに、新入りどもがざわめいた。

 同時に名を呼ばれた三人は当たり前のように席を立ち、あろうことか舞台から降りて隊員の列に加わる。


 そんな光景を見たゲイヘン軍務卿は笑みを深め、イトル総長は片手で目を覆った。



 ここ『緑風』では家名を使わない。役職名を付けることはあっても、間違っても閣下だのとは言い出さない。言葉遣いですら自由とされている。もちろん身内だけの時という条件であるし、なにより『紅忠犬』のミルーマが許したのだ。

 元犯罪者で平民な俺も強要されているのが、ツラい時もある。


 実質的な賓客二名も実情は知らされているが、傍で見せつけられると思うところはあるだろう。


 戦隊内序列ではなく、外における格の順番で名が呼ばれたのだけでも手心を加えたってところだな。女王陛下が特別という単語が付くとはいえ、平隊員扱いな組織など世界に類をみないだろう。

 発案者は言うまでもない。


 付け加えればこの事実を昨日知ったらしいガラリエ隊長が、額に汗を浮かべていることくらいか。

 とはいえ『様』付けは許されているので、それほどの大事ではない。陛下を名で呼ぶことを畏れ多く思うか、光栄と捉えるかの違いはそれぞれになる。



「第二班は半休息。午前を訓練に当ててください。訓練内容については、昨日の指示通りに。第三班は三層で後衛術師の階位上げです」


 現状の『緑風』は三班構成を基本としている。班と呼称している理由は、人員が流動的だからだ。


 基本は一班と二班が交代しながら三層と四層で活動し、三班は三層での階位上げを中心としている。

 後衛の階位を上げることも『緑風』の行動では必須だ。まだまだ数は少ないが、九階位か十階位となり三班を修了した術師たちは、順次一班と二班に振り分けられて、四層での活動に回されるのだ。


 そんな後衛職の大半は、ここ二十日弱で増員された隊員で占められている。

 攻撃系術師の数は少なく、【聖術師】以外の多くは『魔力渡し』として育成されているのだが、出自は文官系貴族の子息子女が多い。それも元宰相派や第一王子派だった家の出、つまりは人質だ。

 それでも待遇は悪くはない上に、四階位程度だった連中が一気に十階位まで引っ張り上げられるのだから、不満は少ない。むしろ御家再興のために必死ですらある。


 元々の女王派の人間が、彼らを下に見ることを厳禁としたのも大きいだろう。


「──班分けについては掲示の通りです。では隊長、お返しします」


 女王陛下がいるというのに、完全に定例の内容だけを言い終えたベスティ副隊長は、ガラリエ戦隊長に発言の機会を戻した。



「わたしは『緑風』として初めての迷宮となります。みなさんの活躍に期待します」


「はっ!」


 戦隊長の声に、隊員たちが一斉に叫ぶ。そこに女王陛下も加わってしまっているのは、俺もどうかと思う。


 若き女王陛下のごっこ遊びならば付き合いもするのだが、このお方に限っては本気なのが問題だ。

 これからのアウローニヤが変わっていくのだと主張するような振る舞いは、なるほどこのお方らしいとも思ってしまう。



 ◇◇◇



「二十日も経っていないというのに、随分と様変わりしましたね」


「そうですな」


 感慨深げに迷宮を見渡すガラリエ戦隊長に短く返答すると、微妙そうな顔をされた。


 迷宮二層、階段を繋ぐ主要経路を歩いているのもあって、人通りは多い。女王陛下が迷宮を征く姿を見せつけるために勤務を割り振られた者もいるんだろうな。


「口調は元通りでお願いできますか」


「了解だ。戦隊長殿」


 こちらとしても半分以上は冗談のつもりだったが、訂正されていなければ目上への言葉を使うつもりでいたのも本当だ。


 なにしろ俺は勇者に手を上げた。あとになって共闘こそしたものの、アレは罪を償うためというより、命惜しさで阿るためだった。

 アイシロたち勇者の取り成しでこんな立場になってはいるが、ガラリエ個人が俺を許せるかは別問題だろう。


 女王陛下の肝煎りで創設された『緑風』は元の派閥による差別を許さない規律正しい隊であるとは思うが、個人的感情に完全な蓋をするのは難しいものだ。

 勇者を害した俺などは、恨み節のひとつやふたつ、投げられたところで受け止める覚悟などはできていた。なのにだ。



「含むところが無いとは言いません。ですが、彼らは望まないでしょうから」


「そうか? ワタハラあたりからはかなり恨まれていると思うぞ? ヤヅが怪我を負ったのだし」


「ふふっ」


 水に流すと言われても、はいそうですかと受け止めるほど俺は素直ではない。ひねくれた返しをしてみれば、どうやらガラリエ戦隊長にはウケたらしい。



「……アイツらは元気にしてたか?」


 だから一歩だけ踏み込んでみた。俺も大バカ者だな。ヘタな詮索は自身の命を縮めるだけなのに。


「どうでしょうね。あの子たちは迷宮でも地上でも元気いっぱいですから」


「そういえばそんな連中だったか」


 はぐらかしつつも真顔で答えてくれたガラリエ戦隊長の言葉に、俺も自然と納得できてしまう。


 アイツらがペルメッダで冒険者をやっているのだろうというのは、簡単に想像できる。

 あちらでも大暴れをしているんだろうな。


 そう考えると、自然と口元が緩むのが自覚できる。

 ガラリエだけじゃない。俺も十分勇者に毒されてしまったものだ。



「それよりもこの光景です。王都軍が少し減って、近衛が増えましたね。それに、運び屋も」


「概ねその通りだ。いい気味なことに総長命令で『紫心』と『白水』が総動員されている。王都軍が減ったように見えるのは、西と東に回されたのが大きいんだろうな」


 話題を戻した戦隊長の問いに、知っている範囲を答える。


 近衛の第一から第三、つまり『紫心』『白水』『紅天』は、迷宮に入らない騎士団とされていた。

 あくまで慣習であって、文章とされたものではない。つまり法を書き換えなくても近衛騎士総長の判断ひとつで即時動かすことのできる戦力なのだ。

 女性騎士団の『紅天』にしても、元王妃と幼い第二王子までもが国を去り、警護対象は女王陛下ただ一人。そのため半数が交代しながら迷宮に入っている。


 迷宮に近衛が溢れるのは当然のことだな。


 王都軍の一部は地方への食糧輸送と、治安回復、軍の綱紀粛正の名目で東西に派遣されている。

 結果として迷宮で行動する兵士が少なくなり、近衛が増えたのだが、ガラリエ戦隊長とてこの施策は知っていないはずもない。

 徐々に変化していく様を見ていた俺はまだしも、戦隊長は二十日近くも王都を離れていたのだ。目の当たりにすれば、感慨深くもなるのだろう。



「運び屋連中のことだって聞いてるだろ?」


「ええ。七階位でしたか」


 これまで四階位や五階位で制限され、それ以上の階位上げができなかった運び屋たちの境遇も変わった。

 軍務卿権限で上限を七階位と規定し直し、明文化されていなかった装備についても、大盾や長剣こそ許されないものの国軍兵士相当の革鎧が支給されることになったのだ。

 同時に王都の貧困層からの増員も成されている。近い将来には二層の戦力として、運び屋を勘定に入れることができるようになるかもしれない。


 幸いというか不幸にも、迷宮には未だ魔獣が溢れている。とくに三層素材のダブつきは顕著だ。

 以前であれば平民に流さないような素材であっても、臨時措置という名目で城外にばら撒いているのが実情となっている。差配しているのはラルドール内務卿。今日に限ってはアヴェステラ特別指揮官だな。


 食材は王都だけでなく近郊、果ては東西に送られ、皮素材は職人たちに降ろされる。

 たっぷりと貯め込んでいた不逞貴族どもから没収した資産もあって、予算は今のところ潤沢らしい。そうすると王都を中心とした経済が回り始めるという寸法だ。


 最後あたりの下りは軍学に偏っている俺にはよくわからないのだが、どうやら良いことではあるらしい。

 ガラリエ戦隊長はそのあたりのことをよく理解できているのだろう、真面目な顔が少しだけ柔らかくなったのがその証拠だ。



「今日こそは十二階位を目指します」


「困りますなあ。わたしとアヴィの十一階位が先でしょう」


 背後からは女王陛下に口答えするシシルノ相談役の声が聞こえてくるが、慇懃無礼なあの女は『緑風』にどこかよく似合う。

 もっと早くに陛下の性根と野望を知っていたら、俺は今頃どこで何をしていたんだろうな。


 だが、この状況が嫌ではない自分がいる。



「アイツら、どうしてるかな」


「ふふっ、わたしたちと同じく、今頃は迷宮かもしれませんよ」


「違いない」


 こうして会話をしていると、どうしてもヤツらの顔が頭に浮かんでしまう。


「負けてはいられません」


 そんな言葉とは裏腹にガラリエは笑みを浮かべてみせた。俺もたぶん似たような顔になっているはずだ。


「戦隊長の仰せのままに、だ」


 精々やらせてもらおう。この戦隊で失態を犯したら、アイツらに面目が立たないからな。



 次回の投稿は明後日(2025/05/11)を予定しています。

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>あの若造たちは、自然に大人を煽るのでタチが悪い。  この文で、当の若造達と全く関係ない「ざぁこざぁこ」とか「よわよわお兄ちゃん(お姉ちゃん)」とかってワードが頭に浮かんだのは、最近のネットに毒され…
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