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第493話 友人だから



「ほう。良いね。うん、これは良いものだ」


 縦に長い紙に書かれた文字列を見て、ペルメッダ侯国次期侯王様たるウィルハストン・ハーク・ペルメッダ殿下が満足そうに頷いている。


 傍にいる妹のティア様はちょっと不満そうだ。自分だけの特別が、っていう思いがあるのだろう。

 そしてもう一人、ダメージを食らっているのは、これを書いた張本人である中宮(なかみや)副委員長だ。書道家ってわけでもないしなあ。


 習字は三枚。


 一枚目の『うぃるはすとん・はーく・ぺるめっだ』と二枚目な『ウィルハストン・ハーク・ペルメッダ』まではいいだろう。当然日本語で縦書きである。

 問題となるのは三枚目だ。


『威留覇洲惇・把握・辺流迷陀』


 前回のティア様に引き続き、原案を考えたのはチャラ子な(ひき)さんなのだけど、たしかに武闘派なペルメッダ侯爵家に相応しい当て字だとは思える。毎度のことながら謎のセンスを発揮する疋さんには恐れ入るな。

 なにしろ優しげなイケメンであるウィル様は、俺が言うのもなんだけどこの若さで十三階位の【砂騎士】なのだ。ティア様だってすぐに階位を上げていくだろうし、国のトップに高階位がそろい踏みというのは大したものだと思う。

『ハーク』に『把握』を当てたのも、次期王として相応しく思えてくるから不思議なものだ。


 ちょっとだけ議論になったのはファーストネームの最後、『トン』の部分で、疋さん案だと『敦』だった。ここに物言い付けたのは聖女な上杉(うえすぎ)さん。

 勇ましさを出すなら『惇』なのだそうだ。意味がわからないけれど、彼女なりの何かがあるのだろう。


 もちろんおちゃらけ連中がペルメッダ組に聞こえないように提案した『丼』なんてのは却下だ。さすがに『豚』を持ち出す大バカ者はウチのクラスにはいない。



「『かんじ』だったかな? これは最早芸術品だね」


「わたしは専門ではありませんが、絵と同じく芸術として扱われることもあります」


 感心しきりのウィル様だけど、俺からしてみればバイクをブワンブワン言わせている集団しか連想できない。すかさず美談に持ち込む中宮さんは立派だなあ。


「わたくしのより文字数が多いのが気に入りませんわ!」


 ティア様が妙なポイントで憤っているけれど、彼女の漢字表記は『凛溌帝亜・深・辺流迷陀』で、まあたしかにお兄さんより二文字少ないのは事実だ。


「変えることもできるっしょ」


「なにを言っていますの、アサガオ。わたくしはリンと同じ文字なアレがお気に入りなのですわよ!」


「考えたアタシとしては、そう言ってもらえると嬉しいかなぁ」


「ふんっ! このわたくしを鞭で縛ったことを忘れてはいけませんわよ!」


 不敬の塊みたいな口調で疋さんが茶化すけれど、怒れるティア様は先日のが気に入っているそうだ。どっちなんだか。


 知らない人が聞いたら侯息女様になにしてんだお前らってなりそうな会話内容だけど、兄のウィル様は笑い、護衛のメーラハラさんは死んだ目のまんま。

 いつの間にやらティア様も一年一組と打ち解けたものである。一緒に迷宮に入ればダチって感じかな。



 ◇◇◇



「それで、今日の迷宮はどうでしたの? わたくしを四層に連れて行く算段は?」


「目途は立ったと思いますけど、時間はいいんですか?」


 ウィル様への報酬も払い終わり、お開きムードな一年一組だけど、ティア様はさらに粘りをみせる。迷宮委員な綿原(わたはら)さんが、宥めるような言い方をするけれど、近くを泳ぐサメはちょっとお疲れ気味だ。


 なにしろすでに二十二時を回っている。俺たちとしては普通に起きて、筋トレとかをやっていそうな時間だけど、この国の頂点付近にいるお二人がここにいるのはどうなんだろう。

 まさかとは思うけど、ティア様は泊っていく気でいるとか……。


「今日の出来事については、明日か明後日ならわたしたちでも時間を合わせますから、そっちでお願いします」


「仕方ありませんわね。……明日の午後、こちらに伺わせていただきますわ」


 俺たちの四層話を期待してくれているティア様には悪いのだけど、さすがにこれ以上遅くなるのは問題になりかねない。なんとか綿原さんがご遠慮をお願いしたのをティア様は渋々了承してくれた。


 どの道レベリングでティア様には四層に行ってもらうことになるので、俺たちとの連携と合わせて事前ミーティングは必要なのだから、そこはキッチリ時間を取りたいんだ。


「どこに飾ろうかな。釣り合う額縁を選ばないと」


 チラっとお兄さんの方に視線を送るけれど、次期侯王様は乾いたばかりの習字に夢中のご様子で、こちらを気にもかけていない。どれだけ気に入ったのやら。



「……それで次回の迷宮は、三日後にって考えてますけど、ティア様の予定はどうです?」


「空けますわ!」


 さすがにここでぶった切るのは可哀想かと判断したのか、綿原さんは日程だけでも提示した。

 途端食いつくティア様だけど、お貴族の仕事とかはいいのかなあ。


「その時は二日を使って四層を巡ります」


「二日……、ですって?」


「迷宮泊です、ティア様。泊るのは三層になりますけど」


「よくぞ言ってくれましたわ、ナギっ! 褒めて差し上げますわ!」


 綿原さんからの提案は一年一組十八番となる迷宮泊へのお誘いだった。

 これにはティア様のテンションが一気に爆発し、書道に夢中だった兄のウィル様がマジ顔に、護衛として同行することが確定しているメーラハラさんは流石に目が細くなった。メーラハラさんの表情がここまで大きく動くのはレアだな。ポジなのかネガなのかが不明なのが困りものだけど。


 俺たちの冒険を知っているティア様は、迷宮泊についても当然どういうものか認識できている。それこそが俺たち一年一組の急速なレベルアップの理由であることも。

 目も輝くというものだろう。



「わたしたちには自信があります。けれどもお父さん……、侯王様とお兄さんの同意は、必ず取ってください」


「リン、これはちょっと」


 綿原さんの視線を受けたウィル様が渋るのも仕方がない。なにしろアラウド迷宮と同じく、ペルマでも迷宮に泊るなんていう文化は無いからな。

 そんなお兄さんから否定的な言葉をもらっても、ティア様は素知らぬ顔だけど。


 しかも主戦場が四層ともなればティア様の適正階層を超えているわけで、ペルメッダの常識としては二重の意味で推奨などできるはずもない。

 宿泊場所こそ三層となるけれど、とにかく保護者の同意は絶対だよな。


「もしも許可が下りなかった場合は、約束もありますので一日を全部使ってティア様の階位だけを上げることに集中します。前半を三層で九階位、後半で四層に降りて十階位になれると思います」


 貴族的な常識で迷宮泊など問題外と言われても不思議は全然ないので、綿原さんは代替え案も説明する。

 けれどもティア様の顔を見るに、却下なんだろうな。


「迷宮泊をした場合の目標は……、八津(やづ)くん?」


「二日を使うなら、ティア様の十階位を最優先してから……」


 こうやっていきなり俺に振ってくるのが綿原さんだ。口元をモチャらせてまで、俺の出番を作らなくてもいいのに。

 絨毯から立ち上がりつつ、俺は口を開いた。


 本当は一人だけ十階位で残されているメガネ忍者の草間(くさま)を最優先なんだけど、お金を受け取るレベリング依頼である以上は二番手になっても仕方がない。

 大丈夫、四層に入った時点でティア様と同時進行で一気にレベルアップしてもらうから。


「そのあとは全員で階位上げを狙います。依頼としての目標は、ティア様の十一階位。『一年一組』は少しでも多く十二階位を増やしましょう」


 だけどそうしたら階位的にティア様は俺たちと並ぶことになるので、組合事務のマクターナさんの言っていたように、レベリング依頼という名目は受けにくくなるのは間違いない。

 屁理屈になるけれど、経験値ラストアタックシステムのお陰で、トドメを集中させてしまえば自分たちよりも階位が上の人でもレベルアップさせてあげることは可能なんだけどな。


 だけどそんなのティア様は、望まないんだろう。


 対応としては、身内の十二階位を増やしておくことで体裁を整えるくらいか。

 さすがにクラス全員に確認したことではないけれど、俺個人としてはティア様と一緒に迷宮に入るのは嫌いではない。高飛車口調の努力系悪役令嬢なんて最高だし。


 なりよりここで、魔族の情報を教えてくれたのを持ち出さないってあたりが、好感度高いんだよな。



「僕としてもリンには確認しておきたいかな」


「なんですの? ウィル兄様」


 思考を巡らせながら言葉を続けようとしたところで、ウィル様が会話に割り込んできた。

 迷宮泊という単語の動揺から立ち直ったのか、優しげな雰囲気に戻ってはいるものの、口調からは真剣さが伝わってくる。これにはティア様もさっきのようにスルーはムリのようだ。


「婚約を破棄したことでリンが堂々と迷宮に入ることには、僕も反対しない。むしろ喜んでいるくらいさ」


「ええ、わたくしも楽しくやれている自覚がありますわ」


 ウィル様の言うところの喜んでいるとは、婚約破棄と迷宮とどっちに掛っているのやら。答えたティア様はたぶん両方なんだろうな。だけど話が迷宮泊からズレたせいか、彼女の口調は硬い。


 元々亡国がほぼ確定しているアウローニヤへの嫁入りなんて、本人はもしも滅亡間近になったら楽勝で逃げてくるなんて悪い笑顔で言っていたけど、内心では嫌で仕方がなかったんだろうと思う。

 そんな婚姻があっさりと流れ、さらには不遇職な拳士系の滝沢(たきざわ)先生という師匠に巡り合ってしまった。


 婚約破棄騒動のお陰で、すぐにつぎの婚約者探しなんてことにもならず、政治的にも重要な役を持たないティア様は、自らを縛る鎖から解き放たれた上に時間に余裕まである状況なのだ。

 武闘派な彼女にとっては人生始まって以来のボーナスタイムかもしれない。


 ウィル様のシスコン疑惑はさておき、つまりさっきのセリフ通りにティア様は楽しんでいるんだ。



「ウィル兄様はなにを仰りたいのですか? 端的にお聞かせ願いたいものですわね」


 機先を制するように口を開いたティア様は、面倒くさそうに先を促す。悪役してるなあ。


「リンはどこまでを目指しているのかを聞きたいんだ。彼らとの関わりも含めて」


 ウィル様は注文通り端的に、だけど漠然とした問い掛けをする。


 それを聞いたクラスメイトたちのあいだにも同意の空気が流れた。今まで曖昧にしてきた部分なんだよな、その件は。

 俺なんかは漠然と十三階位くらいまでかな、って考えていた程度だし。


 しかしウィル様はそれ以上を確認しようとしている。どこまでを目指すというのは、階位だけでなく、力を得てからどうするかってところまで。

 そしていつまで一年一組とつるむつもりでいるのかも。


「……そうですわね。とりあえずは十六階位ですわ」


「とりあえず? 十六階位が?」


 十三なんていう俺の温い想定をティア様は軽々と越えていく。これにはお兄さんの優しい笑顔も引きつるというものだ。


 この国には複数名の十六階位がいる。アウローニヤ王国ではあの近衛騎士総長ひとりだったけど、ペルメッダでは侯王様を筆頭に冒険者組合長や数名の組長なんかがそうだ。マクターナさんを筆頭に十五階位ならばそれなりの人数になるはずだし、少数精鋭を謳う軍と冒険者の国という背景もあって、ペルメッダは強者が多い。

 けれども十六階位の多くは前線から一歩引き、それなりの立場を持っている人たちばかりだ。


 現在八階位のティア様だけど、たぶんつぎの迷宮で十一階位にはなれると思う。迷宮泊を敢行すればだけど。

 追加でもう一度、集中レベリングを依頼してきたら、そこで十二階位だ。ティア様の性格上、俺たちの行動を制限してまでそんなことはしないだろうけれど、その気になれば、それこそ国の兵を頼れば十三階位はそれほど時間を掛けずに達成できるだろう。


 ティア様は現在十七歳で、もしも十八までに十三階位を達成できれば、かなり若手の部類になる。なにより彼女は迷宮向きとはされていない【強拳士】だ。ペルメッダでも稀有な存在とされるだろう。その時点で侯爵令嬢としての面目は完全に守られる。


 だけどそこからが大変なはずだ。

 俺たちだってティア様に対して一緒に十三階位を目指しましょう、くらいは言えるかもしれないけれど、それ以上となる迷宮五層は資料でこそ知ってはいても、リアルな難易度は見えていない。


 五層で死闘を繰り返すことで到達できる実質的な人類の頂点、それが十六階位だ。

 迷宮六層が舞台となる十七階位以降は、資料とかではチラホラ見かけたものの、どこまでが実在なのか怪しい人も混じっている。全てが作り話だとは思わないけれど、現実的ではない。


 それでも帰還のために十七階位が必要ならば、俺たちはそうするのだろうけど。


 さておきティア様は、そんな人間の頂上を目指すと言っているのだ。十三階位で【砂騎士】な兄の前で。



「まあいい。仮にリンが十六階位になったとして、どうする気なのかな?」


 俺と同じ様にいろいろな想いを心の中で転がしたのだろうウィル様は、目頭を指で揉み、少し間を置いてからその先を求めた。なんかおいたわしくなってきたなあ。


「とりあえずはお父様に勝っておきたいですわね。ついでに十七階位も目指してみたいですわ」


「リン……」


 余裕綽々と答えるティア様と、がっくりと肩を下げるウィル様の構図である。そうか、ティア様はとりあえずのレベルでペルメッダ最強になるらしい。


 ところで凄いなメーラハラさん。こんなぶっ飛んだ会話が目の前で交わされているのに、表情を変えずに直立不動のままだ。


「今のわたくしは強くなりたい心でいっぱい。何故でしょうね、彼らといるとそんな気持ちになってしまうのですわ。先のことは強くなってから考えるだけのことですわね」


 やおら椅子から立ち上がったティア様は一年一組を見渡し、高揚した声を響かせる。


「そうですわね、『ペルマ七剣』がいるならば、わたくしは『ペルマの拳』を名乗るとしますわ。誰からも文句を付けさせないくらいの強さでもって!」


 そうきたか。発想が『ペルマ十三術師』みたいなことを言っていた夏樹(なつき)と近いレベルだけど、ティア様の場合はガチっぽいのがなあ。


 ところで父さんから男の嗜みだとか言われて読んだマンガのタイトルを連想させるんだけど。古いマンガだし、わかってるヤツはクラスにいるんだろうか。

 イケメンオタの古韮(ふるにら)は知っているっぽい顔をしている。ほかには疋さんと、意外なところだとピッチャーの海藤(かいとう)か。あ、滝沢(たきざわ)先生が表情をとりつくろっている。空手家だし、そういう知識もアリなのかな。



「僕の聞きたいことはそういうことではないのだけど……、強さについては、まあいいか。ならリン、彼らとはどう付き合っていくのかな?」


 強さ談義に切りがないと踏んだのか、ウィル様は話題を切り替えた。しかも厳しい方向に。


「この方たちは、わたくしの友人ですわ。大切な……、とても大切な」


「彼らは故郷に帰る術を探していたのだったね。リンパッティア、君は彼らの道を塞いでいるんじゃないかな?」


「そんなことっ」


 こちらこそと言いたくなるティア様の嬉しいセリフだけど、ウィル様のツッコミは辛辣だ。


 表情と声は優しいままだけど、愛称呼びを止めたところからも、真剣さがにじみ出ている。こんなことを言われてしまっては、ウィル様よりも俺たちとずっと話す機会の多いティア様としては詰まるしかないよな。ウィル様に指摘されるまでもなく、一年一組の真情を理解しているのだから。


 だけど俺たちだって、わかっててティア様と付き合っている。

 彼女はゲームのイベントキャラなんかじゃない。俺たちと同じく血の通った、楽しくて魅力的な人間だ。



「わたしは、ティアの友人です」


 さて、誰から切り込むかと眺めていたけれど、中宮さんからか。なにしろ唯一『様』付けを禁止されている親友認定枠だものな。中宮さん本人も満更ってこともなさそうだし。

 タメ口についてはナチュラルにやってしまうのがクラスメイトに複数名いるけれど、そちらについてはティア様のお墨付きをもらっている。


 すっと席から立ち上がった中宮さんはティア様の横に並び、こちらは座ったままのウィル様を真っすぐに見つめた。


「リン……」


 横にいる中宮さんを見て、これまで見たこともないような苦しげで嬉しそうな表情になったティア様が一言だけを呟いた。ややこしいけれど、(りん)、つまり中宮さんの下の名を。

 これまでティア様絡みではぎこちなかった中宮さんだけど、今ばかりは自然な笑顔で頷き返す。


 そんな光景を見ているウィル様の表情は嬉しげだ。結局は妹思いのお兄さんってところなんだろうな。

 ついでに生徒思いな先生まで優しい笑顔だ。先生にとって、これまた中宮さんは妹分だし。



「だよね!」


「うん、偉い人だけど僕も友達感覚で話してた」


 談話室に敷かれている絨毯の上に座っていた二人、ロリっ娘な奉谷(ほうたに)さんと、弟系の夏樹が立ち上がる。

 クラスのムードメーカーが動けばあとはもう。


「っすね」


「ウン」


 チャラ男の藤永(ふじなが)とポヤッと系な深山(みやま)さんが続く。


「まあねえ」


「だよねぇ~」


 アネゴな笹見(ささみ)さんとチャラ子な疋さんも立ち上がった。


「いいんじゃね?」


「とっくにだよね」


「そうだよ」


 ここまできてしまえば、そこからはまさに続々といった感じだ。声を上げるヤツもいれば黙ったまま立ち上がるヤツもいる。

 会話の流れで立ったままの俺と綿原さんはむしろ所在無げなくらいだな。


「一度座り直す?」


「やめとこう」


 冗談を振ってきた綿原さんは口元がモチャっている。

 俺もなんだか楽しいよ。一年一組にいると、こういうシチュエーションに出会うことが多いからなあ。



 数秒後、絨毯組で残るは二人。


「ったく」


 捨て台詞っぽいことを言いながら小太りな田村(たむら)が立ち、ほぼ同時に無言なままでヤンキーの佩丘(はきおか)も腰を上げた。


 佩丘なんかはクラスの中でも速攻帰還派の筆頭だけど、同時に情が厚い男でもある。

 アウローニヤでの最後の夜に、女王様たちに放った言葉には驚いたものだ。何が何でも日本に帰ると決意はしていても、同時に不義理はしたくないってタイプなんだよな。

 考えてみれば、召喚当日の夜に古韮が追放ネタを繰り出した時に、真っ先に文句を付けたのは佩丘だったか。


 これが一年一組じゃなかったら同調圧力なんていう単語を思い浮かべていたかもしれないけれど、ウチのクラスの連中は異議があるならちゃんと口にするんだよな。



 さて、これで二十人が立っていることになった。プラスしてティア様とメーラハラさん。

 座っているのはテーブル組の三人だけだ。


「立場を弁えながら、友人でありたいと思っています。こちらの事情とも折り合いをつけて、節度あるお付き合いをさせてください」


 苦笑を浮かべながらも如才の無い言い方をして立ち上がったのは藍城(あいしろ)委員長。なんか結婚を前提に、なんて単語がくっ付きそうなセリフだな。


 そして──。


「わたし自身は年長なので友人とは呼び難いかもしれません。ですが、この子たちの人柄については保証します。決して『妹さん』を悪くはしません」


 最後に席を立った先生が、ムズ痒くなるようなセリフを言ってのけた。



「妹の友人たち、か。僕からも礼を言わせてください、タキザワ男爵。我儘で奔放な妹をよろしく頼みます」


 そしてウィル様も椅子から立ち上がり、口調を敬語に切り替えほんの小さく頭を下げる。


 クラスメイトたちがザワつくが、ちょっと考えれば理解もできる。ウィル様は侯爵子息であると同時に現役男爵だ。国籍は持たないけれど名誉男爵な先生とは対外的に互角と取ることもできる。

 つまりウィル様は、単純に年長者を敬ったのだ。


 そんな流れを唖然と見つめていたティア様だけど、中宮さんにハンカチで涙を拭ってもらっていた。

 そう、ティア様は途中から泣いていたんだよな。もちろん誰もツッコマないけれど、悪役令嬢の涙って尊いよな。


 使われているハンカチは中宮さんの私物で、日本から持ってきたものだ。

 優しく笑う中宮さんは、涙が止まらなくてクシャった顔になったままのティア様に小声で何かを語り掛けて、そのままハンカチを手渡した。


「『これはあげるから、自分で拭きなさい』だってさ。ツンデレだねぇ」


 素早く【聴覚強化】を使ったのだろう、ピーピング疋さんがこちらも小声で教えてくれる。

 これで今夜中にはクラス全員に知られることになるわけで、女子部屋で中宮さんがイジられる展開が目に浮かぶようだ。


 同性に贈るハンカチは『変わらない友好、敬愛』。


 普段の高飛車なセリフを放つこともできないでいるティア様は、雨量を増やしっぱなしである。

 その背後で小さく俯いたメーラハラさんの目の端で光るものが俺には見えているのだけど、喜びなのか悲しみなのか判別がつかないので、知らないふりをしておこう。


 これは次回の手紙でアウローニヤのリーサリット女王様も友達だと思っているって書かないとだな。もちろんハンカチを添えて。じゃないと不公平だ。



 次回の投稿は明後日(2025/04/27)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
>勇ましさを出すなら『惇』なのだそうだ。意味がわからないけれど、彼女なりの何かがあるのだろう。  夏侯惇……は良いけど、あの人は目に矢を受けて、その矢を引き抜いて一緒に取れちゃった目を食ったとか言う…
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