第491話 魔族に詳しい人
「納めておいてなんだけど、普通じゃないよねえ」
「面白いよね」
アネゴな笹見さんが今更なことを言えば、弟系男子の夏樹が笑う。この二人が並ぶと身長差が十センチ近くになるので、夏樹が見上げる形になるのが微笑ましい。
地上に戻った一年一組は、まず素材を引き取りコーナーに提出した。
テンプレな大量納品に担当者さんが驚いて、倉庫に呼ばれ言葉遣いが粗い解体担当親方との遭遇、なんてことは起きなかったけど、それでも四層素材を二十二人が持ってきたものだから、それなり分量がある。担当者さんは笑顔で受け取ってくれた。
納品したのは丸太が六本なのを筆頭に、料理に工夫が必要らしいカニのハサミを九個、煮込まなかったジャガイモ七個、解体した牛が二体分、ニンニクと白菜を少々。これでもそれなりに昼食と夕食で消費した結果だ。
持ち帰るのは残ったカニの足と甲羅全部とハサミを一個、牛肉を二食分くらい、ジャガイモ、ニンニク、白菜を数個ずつとなる。
あまりのバラエティに自分たちのやったことながら、みんなから変な笑いが起きてしまうのも無理はない。
農林水産業を一度に全部やったリザルトだよな、これ。ついでに畜産も。
「やっと素材を納品できたし、これで僕たちも一端の冒険者だよね」
「ああ、冒険者だな」
共に異世界オタな野来と古韮は、冒険者というフレーズにこだわっている。気持ちはわかるぞ。
なんにしてもこれで貢献点も稼げたわけだし、俺たちもやっと『一年一組』の冒険者として活動できたことに大満足だ。
『黒剣隊』が見つけたという新区画フラグは脳の片隅に追いやるとしよう。
組合付属の風呂にも入り、ついでに『磨き屋』に革鎧も洗ってもらった俺たちは、意気揚々と事務所に入場する。
藍城委員長が懐から取り出した腕時計によれば、時刻は午後の六時五十分。予定時間の十分前に到着という万全っぷりだ。
「みなさん、お疲れさまでした」
事務所に入って直ぐに、こちらを待ち受けるようにそこに立っていた笑顔のマクターナさんが労ってくれる。いいな、こういうのも。だけど……。
何度も訪れている組合事務所だが、マクターナさんがいなかったことはない。こんな時間でもだ。
これがRPGとかならNPCとして当たり前だと思ってしまいそうだけど、お互い人間同士。やっぱり勤務形態が気になってしまう。今日なんて普通にいないものだと思い込んでいた。
マクターナさんは『一年一組』の専属だけど、サブとして二等書記官のミーハさんがいてくれることにはなっているのだが。ううむ。
「あの、こんな時間まで待っててくれたんですか?」
なので俺はそんなことを聞いてしまうのだ。
マクターナさんと出会ってから七日。思い出しながら指折り数えてみれば、なんらかの理由で毎日仲間の誰かしらがこの人と会っている。
日本人感覚からしてみればまるまる一週間の連続勤務で、しかも十九時直前というのは俺的には残業としか思えない。これが噂に聞くブラックってヤツなのか?
地球ではブラックだったけど異世界に来たら素敵なスローライフっていうのは、この世界では通用しないのだろうか。
そんな俺の質問に笑顔を崩さないマクターナさんに対して、滝沢先生の表情が歪んだんだけど。学校の先生って激務だって聞くし、地雷踏んだか? 俺。
「この場で待っていたというのは本当ですが、明日はお休みをいただく予定でしたね」
「過去形、ですか」
表情を苦笑に切り替えたマクターナさんの言葉に、なんだか物凄く乾き切った感じで先生が敏感に反応した。そこに哀愁を伴っていたのは気のせいなんかじゃないだろう。
「みなさんもご存じでしたね。新しい区画が見つかった件で、ちょっと」
「お察しします」
ネタバレをカマすマクターナさんに、先生はマジ顔で返答する。そこにあるのは激務に対する共感と同時に、その件には関わりたくないという空気だ。
俺としては新区画の調査に立候補するのはちょっとだけアリだとも思えるが、先生的にはナシってことか。『黒剣隊』の人たちには言わなかった多数決案件がコレなんだけど、先生が手を挙げなければ、まず否決になるだろうな。
「現状では組合専属、もしくは十三階位より上の冒険者に頼ることになるでしょう。そうですね、【捜術師】も数名はいますので、【魔力察知】も可能ですから」
マクターナさんの言う【捜術師】は後衛系の斥候職だ。身体強化系の技能の代わりに【気配察知】や【魔力察知】を得意とするタイプだな。
『黒剣隊』からの伝言なのか、それとも最初っから想定されているのか、魔力を調べるのは織り込み済みのようだ。
まあ要するにマクターナさんは、俺たちが出張る必要はないと言ってくれている。
「もうすぐ掲示されますけれど、新発見があった区画については、当面封鎖措置がとられます」
「マクターナさんも行くんですか?」
「いえ、明日についてはわたしは地上待機ですね。心配してくれてありがとうございます。クサマさん」
忍者な草間が心配そうに聞けば、マクターナさんは優しく笑いかけた。直撃を受けた草間の頬が赤くなるが、これは拠点に戻ってからかわれるだろうな。
「それよりもお伝えしなければならないことが」
顔を俯けた草間をスルーしたマクターナさんが言葉を続ける。笑顔のままだから重大案件とは思えないけど、なんだろう。
「侯息女殿下が『一年一組』の拠点でお待ちしていると」
「げえっ!?」
してやったり顔なマクターナさんと、慌てる一年一組の構図であった。
◇◇◇
「遅いですわよっ!」
最早何度目かも覚えていないセリフが俺たちに飛んでくる。
しかもアレには親愛すら込められていることを知る俺たちは、お互いに小さく笑い合ってから、仁王立ちをしているティア様の下に向かうのだ。
だがしかし。
ダッシュで拠点に戻ってきた一年一組を待ち受けていたのは、門の内側に停車した一台の馬車と、その傍に立つ八人だった。
ティア様と護衛のメーラハラさん、さらには俺たちのホームを警備してくれていた『雪山組』の四人まではいい。ちなみに『雪山組』の人たちは今朝初めて会った、おじさんとおばさんだったりする。
問題は残りの二人だ。片方は馬車の御者さんなので、そちらはさておき。
年のころは二十歳を超えたくらいだろう。少し長めの金髪に翡翠色の目をした男性、というかお兄さんって感じの人だ。
ティア様のドレスとマッチさせたかのような赤いジャケットにグレーのスラックスはいいのだけど、その胸にはペルメッダ侯爵家の紋章が刻まれている。
何者であるか、大体想像がついたところでお顔をよく見れば、なるほどティア様と似ている部分もあるな。侯王様の面影も。
百八十近くあるすらっとした長身で、超イケメンな人が優しげに笑っているのだけど、どうしよう。
ああ、この笑顔だけは父親と妹とは似ていないか。
「初めましてだね。ウィルハストン・ハーク・ペルメッダだ」
次期侯国王にしてティア様のお兄さん。もちろん名前は知っていたけど、そんなご当人は笑顔に似合う優しげな声で名乗りを上げた。
繰り返しになるけど超ハンサムだ。アウローニヤの元第一王子とか、大使館のスメスタさんとかもイケメンだけど、この人は一段上って感じがある。
それでもウチのクラスの女子は耐性が高いのか、アニメとかみたいにボーっと見惚れている人はいない。アルビノ系な深山さんがポヤっとしているけれど、それはいつも通りだしな。
なんとなくだけど、こういうのに一番耐性がなさそうなのって先生な気がする。
「敷地内で待たせてもらってすまないね」
「いえ、外でというわけにもいきませんから」
ウィルハストン様の応対は、とりあえず委員長にお任せだ。
警備をしてくれていた『雪山組』のおじさんたちには、先触れでなく、もしもティア様ご当人が登場したら敷地内に入れても構わないとは伝えてあったので、問題行動ではない。ティア様のやることなのでよもやという可能性を考慮しておいたのだ。ホントになるとはなあ。
俺たちが戻ってきてすぐにおじさんたちはくたびれた顔で帰っていったけど、この国の冒険者と貴族の距離感がよくわからない。先日のタイマンではティア様の近くで騒いでいたのに、今日はこれだ。
もしかしたら大人数でイベント的な状況だったからああいうノリだったのかもしれないな。ティア様自身は兵士や街の人から敬遠はされていないようだし、少人数で面と向かって応対みたいなシチュエーションがキツいだけってこともあるか。
「挨拶はあとでもできますわ。屋敷に入りますわよ!」
「はーい!」
そんな俺の思考は勢いの良いティア様のコールで吹き飛ばされてしまうのだ。
◇◇◇
「魔族と魔王国について知りたい、だったね?」
「はい。ですけど、殿下がいらっしゃるとは」
場所を談話室に移して軽く自己紹介をしてからすぐ、ウィルハストン様は主題に切り込んだ。こういうところは好印象だな。貴族的な遠まわしは必要ない。
会話の中心となるテーブルについているのはペルメッダ兄妹と、一年一組からは先生と委員長、副委員長の中宮さんの五人。もちろん兄妹の背後にはメーラハラさんが普段と一緒な死んだ目のままで立っている。次期侯王様の前でもそうなのか。
ほかのクラスメイトたちは壁際の椅子に座っていたり、カーペットの上に座り込んだりと、いつも通りの一年一組スタイルだ。
失礼に当たるかと事前にティア様に確認をしたら、こういうことになってしまった。
「僕がリンに我儘を言っただけさ。気にしないでほしいかな」
「ウィル兄様にも困ったものですわ。ですが適任であるのも事実ですし」
卒のない言い方をするウィルハストン様に、ティア様はソッポを向く。
ただまあティア様はツンデレがデフォだから、むしろ信頼の証的対応なのかも。
それにしてもなるほど、ティア様からはウィル様ってか。俺も心の中ではそう呼ばせてもらおうかな。長い名前は面倒くさい。
とはいえペルメッダ侯国が魔族をどう扱っているかの説明という意味では、侯王様を除けばこれ以上ない適任者なんだろう。社会科の授業で教頭先生が出てきたようなものだ、なんていうのはちょっと違うか。
それでもティア様よりは遥かに政治にタッチしているはずの人だし、ウィル様の授業には期待が持てる。
「まずは魔王国というか魔族との接触についてだけど、実はこの地ではね、百年以上も前から続いているんだ」
「それって言っていいことなんですか!?」
初手爆弾発言に、委員長の声が裏返った。結構珍しい現象だな。
ペルメッダ侯国が成立してから三十年も経っていない。で、その前まではアウローニヤ王国の一部だったわけで、とすると百年前っていうのはマズい情報だ。
五百年前とか建国神話の時代の話ならまだしも、百年前なんて普通に有史だし、アウローニヤは明確に魔族を排斥していたはずなのに。
「ペルメール辺境伯はアウローニヤにとって北の魔王国に対応するために置かれていたのは知っているよね。魔族からペルマ迷宮を守るために」
「……はい。だからこそ『辺境伯』、なんですよね」
今度はペルメッダの前身がペルメールだったことまで含めて話を進めるウィル様に、委員長は諦めたように合いの手を入れる。
同席している先生と中宮さんは頑なに口を開かない。可哀想な委員長の図だな。
そう、ウィル様は完全に暴露する体勢になっているし、横でそれを聞くティア様は悪く笑うだけだ。恐ろしい兄妹である。
全てを聞いた後、俺たちの命は大丈夫なんだろうか。なにしろこの人たちは、一年一組がアウローニヤの女王様と深くつながっていることを知っているのだから。
「辺境伯が中央、パス・アラウドに向けた報告では、魔王国と何度か小競り合いをしたとされているけれど、そんな事実はない。年に一、二度、選抜された部隊が北部で演習をしていただけさ」
そして偽の報告までやっていたときた。このお兄さん、ティア様とは別の意味でタチが悪いじゃないか。
委員長が黙ってしまっているぞ。
「でないと王城からの補助金が出し渋られるからだよ。それにしたって中央が緩み始めた五、六十年くらい前の話だけどね。おっと、これは言い過ぎたかな」
ははっ、助成金詐欺かあ。そんなに前の出来事なら時効になるんだろうか。そもそも独立を果たしているから、無かったことになっているんだろうけど。
それにしてもウィル様、言い過ぎたとかほざいている人の顔じゃないんだけどな。
「過去についてはこんなものだよ。結論としてペルメール時代もペルメッダとして独立してからも、ここ二百年程は魔族との抗争という歴史は無いんだ。五百年前の勇者はわからないけどね」
勇者だけは例外かもしれないと含みを持たせながらも、そうしてウィル様は過去をまとめ上げた。
「ペルメッダの人たちが魔族を極端に恐れていないのは、そういうことだったんですね。魔族による被害なんて無かったから」
「そうだね。とはいえ正式に国交を持つようになったのは二十三年前。交易の拠点は北の山脈近くにある村が主体だったから、堂々とここ、ペルマ=タに彼らが現れるようになったのはそれからだよ。最初は住民もおっかなびっくりだったらしいね」
ふぅと息を吐いた委員長がくたびれながらも納得したのを見届けてから、ウィル様は現状にも触れる。
うん、元気っ子な奉谷さんの報告にあった、『オース組』のナルハイト組長の話と同じだ。
そしてなるほど、アウローニヤに所属していたペルメール辺境伯の時代には、魔族とは北の方だけでこっそり交易をしていたから王城にはバレていなかったってことか。
アウローニヤの貴族たちも悪質なことをしていたけれど、ペルメール辺境伯も大概だ。女王様だって第三王女時代から暗躍をしていたわけだし、綺麗ごとだけで生きていけない世界なのがなあ。
「さて、ここまでが前提だ。質問がたくさんあるはずだよね?」
自分のターンは終了とばかりに、ウィル様は用意されていたお茶を口にしてから俺たちを見渡した。
ちなみにだけど、ウィル様の使っている『ティーカップ』だけど、陶器で出来た綺麗なブツだ。ちゃんとソーサーまで揃っている。それがなんと十二セットも搬入された。
これはさっきティア様が持ってきたもので、俺たちが恥をかかないように『しばらく貸し出して』くれることになったのだ。超高級品とまではいかないが、そこそこのものなのだとか。
メーラハラさんが運搬係をやっていたけど護衛騎士としてはどうなんだ、なんて思ってしまった。
『ウィル兄様に粗末な茶器を出すわけにはいきませんわ』
なんて言っていたけど、ティア様が使う頻度が一番高いのは目に見えている。
ティア様の性格からして、ここにあるコップ類に不満があるのではなく、自分専用を置いておきたいってところだろう。
「まずは僕から。フィルド語で『魔族』って良い意味を含んでいませんけど、それでいいんですか?」
「面白い質問だね。答えとしては、彼らは気にしていないようなんだよ。好きに呼べばいい、と」
「余裕、ですか」
「どちらかというと、僕はおおらかに感じたかな」
委員長の質問に、ウィル様はスラスラと答えていく。
おおらかというのは、『オース組』や『スルバーの工房』から得られた情報とも一致する。
気の良い猫耳さんやら犬耳さんか。ケモ度も低いし、なんかスローライフ的な魔王国って感じになってきた。モフモフパラダイスってヤツだな。
「気になるようなら『猫耳の人』とかで構わないそうだ。付け加えると、彼らは独自のいわば『魔族語』も使っている。『フィルダール語』というらしいね」
「フィルダール語……、ですか。音が似てますね。殿下は使えますか?」
「学んではいるが、使いこなすのは難しいね。文法は似ているのだけど、魔族特有の発音が混じっているんだよ」
そして飛び出す新情報だ。いや、魔族が別の言語を使っていることに驚きはない。アウローニヤの資料でも、物凄く侮蔑的な表現で存在が示唆されていたし。
委員長が顎に手を当てて疑問を口にし、ウィル様が含みのある笑顔で答えることで、周囲に理解が広がっていく。
たしかに響きが似てるよな、フィルド語とフィルダール語。まるでペルメッダとペルメールの関係みたいに。
「そういえば言っていなかったね。魔王国という単語は魔族と同じく蔑称で、他称だ。繰り返しになるけれど、彼らはそう呼ばれることを気にする素振りはみせていない」
「魔族の国には本当の名前があるってことですか」
「そう。『フィルダール北部種族連合王国』。それが彼らの名乗りだよ」
委員長の問いかけに答えたウィル様の言葉に、クラスメイトたちがどよめく。
そういえばあまり考えていなかったな。魔族談義こそ身内でたくさんしてきたけれど、正式な国号なんて話題はなかったと思う。
アウローニヤの資料には存在しなかったことだけは確実だ。ペルメッダに来てからだって、見かけていない。
「大陸西部における共通語はフィルド語。魔族が使うフィルダール語。国名に含まれる『北部』という単語。そして勇者伝承。歴史の謎を感じないかい?」
軽く手を広げたウィル様は爽やかに笑いながら、言葉を並べてみせた。
ああ、聖女な上杉さんが、やたらといい笑顔になっている。歴女モードってやつかな。
そしてウィル様だけど、次期侯王様はもしかして魔族オタか?
なんとなく見えてきた。ここまでの話だけど、全部ではなくても組合職員としてマクターナさんは把握していたんだ。たとえば国の名前とか。
そしてウィル様の気質も知っていて、ティア様を通せばこういう展開になると読んでいたんだろう。
「おほほほっ、こういうことですわ。ウィル兄様を連れてきて良かったでしょう?」
扇を広げたティア様の高笑いが談話室に響く。なるほどたしかに適任だよ。
次回の投稿は明後日(2025/04/22)を予定しています。
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申し訳ありませんが、1日遅れで(2025/04/23)とさせてください(2025/04/22追記)。