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第49話 戦いすんで



「無事で何よりです」


「ごめんなさい!」


 ちょっとだけ不満げな先生に藍城(あいしろ)委員長たち三班の面々は、素直に全員で頭を下げて謝った。先生の顔が安堵に歪む。心配していたからな。



 少しだけ早く戻ってきた一班と二班が地べたに座り込んで話し込んでいるうちに、約束の三刻(六時間)が過ぎていた。

 すぐにヒルロッドさんとジェブリーさんが話し合いを始め、万一があった時の捜索人員や経路を考えたり、先生もついていくと言いだしたところで彼らは戻ってきた。

 たぶん三十分くらいの遅れだったと思う。


 そして驚いた。


 広間に現れた三班の面々は疲れ果てているように見えたのに、どこか満足げな空気を醸し出していたからだ。なにかがあったのは確かなんだろう。

 よく見れば野来(のき)の革鎧は一部破けているし、(ひき)さんと笹見(ささみ)さん、それと白石(しらいし)さんは身を寄せ合いながら、背嚢を手にぶら下げて歩いていた。



「本来は許されん失態だ。報告は上げさせてもらうぞ」


「構いません」


 ジェブリーさん、つまり直接の上司の叱責に分隊長の、ええとたしかヴェッツさんは殊勝に頭を下げた。


「あの、僕たちからもいいですか?」


 そこに割り込んだのは委員長たち三班の面々だ。


「経路を変えたのはわたしが弱っていたからです」


「三班を守ってくれた騎士の人たちは、精一杯がんばってくれました。断言します」


 まず原因は白石さんだと言い、中宮(なかみや)さんはハッキリと騎士たちを擁護した。



「……その証言も併せて報告させてもらう」


「ありがとよ、勇者さんたち」


 気圧されたようなジェブリーさんと、三班にも軽く頭を下げるヴェッツさんたちが印象的だった。

 いつの間にそんな関係になったのか、これはもうあとで話をじっくり聞かせてもらうしかない。大冒険譚の予感だ。



 こうして山士幌高校一年一組最初の冒険が終わった。もちろん全員が無事に帰還。

 階位は上がって力持ちになったはずなのに、地上への階段を登るのはとてもきつかった。



 ◇◇◇



「みんな、今日はお疲れさまでした」


「お疲れさまでした!」


 委員長の音頭に全員が唱和する。


 昼を跨いで迷宮に入っていた俺たちはいつもより早めに離宮に戻り、風呂と夕食を終えた。


 事前のリクエストで久しぶりの肉抜き料理だ。たぶん食べられないだろうからとアーケラさんたちメイド三人組に伝えておいたら、後付けで軽い肉料理を勧められた。食べられるなら食べた方がいいと。

 そしてなんと俺も含めて半数以上がそれを食べることができた。こういうのを成長といっていいものかどうか、悪い話ではないのに悩ましく思う。



「やっぱり負荷が大きい方が熟練度が伸びるのかもな」


田村(たむら)は迷宮で【平静】を取ったんだよね」


「二階位になった直後にな。慣れもあるだろうが、最初と最後でけっこう違う気がする」


 近くから田村と草間(くさま)のやり取りが聞こえてきた。


 今日の時点で【平静】を持っていなかった人は、迷宮で階位を上げたらその場で取ることを決めていた。対象は先生、ミア、上杉(うえすぎ)さん、白石さん、そして田村だ。それと笹見さんが【体力向上】を。


『わたしだって人間ですよ』


【平静】を取ると決まった時に聞いた先生のお言葉だ。少し意外だったがそりゃそうか。


 これで【平静】を持っていないメンバーはいなくなったことになる。



 夜、王国側の人たちが全員いなくなったあと、談話室で本日の報告会が開催された。



 ◇◇◇



「まずは魔獣を倒した感想からかな。各班長からと、付け加えたい人がいたら自由にどうぞ」


 司会進行はもちろん委員長。


「えっとね、怖かったし気持ち悪かったけど、一番に思ったのは『キモかった』かな」


 一班班長ことロリっ子奉谷(ほうたに)さんの意見は、実に心に沁み渡った。よくぞ言ってくれたという感じだ。

 気持ち悪いとキモいが被ってる? 違うんだ。アレを見てしまうと、気持ち悪いと吐き捨てるより、キモって感じになる。実体が動いているとゾワゾワっとしてきて、命を奪う意味とかを考える前に消えてほしい、逃げ出したいという欲望が先にくるというか。



「俺も奉谷さんに同感。でも逆に良かったとも思ってる」


「どういうこと?」


 ちゃんと同意してあげたのに、自分で言っておいて首を傾げる奉谷さんは背格好を合せてちょっとかわいい。


「罪悪感より先に嫌悪感だったからさ、それほど悩まずに戦えた、かな」


「あー、なるほど」


 実のところ俺は躊躇しまくりだったけどそれでもなんとかなった。みんなも似たようなものだろう。

 魔獣が地球外生命体とか謎の邪神みたいな姿で、本当に助かった。かわいい柴犬型だったら絶対にできなかっただろうな。



「それとさ、言い方が生々しくなるんだけど、刺した後で心臓が止まる感触が薄いように感じた」


「……どういうことだ?」


 医者志望の田村が訝しげに聞いてくる。


「予習で聞いてただろ。魔獣は内臓が普通と違っていて、たぶん魔力で血を流しているって話」


「ああ、それか」


「だからかな、たくさん血は噴き出したけど、心臓が静かになっていくのを感じなかったんだ」


 魔獣を倒す時、短剣を突き出した自分の体は相手に密着している。だから伝わるんだ。犬や猫を飼っていた人ならわかるだろう。なんなら牛でも馬でもいい。触れれば実感できる生命感っていうのを。

 体温はあるのに、身を寄せたときの生命感が魔獣からは伝わってこなかった。


 それはすなわち、相手の死の瞬間を実感できないということだ。正直、これは僥倖だと思っている。



「同感かな、たしかにあるかもしれないね。三班からは、あー僕たちは、ね」


 委員長が苦笑まじりで口ごもった。

 そりゃまあ三班は報告がありまくりだろう。なにせ騎士にサポートしてもらいながら刺しただけの班と違って『戦った』んだから。


「ええと、戦いを見れていたのは後衛組の誰かかな」


「あたしはパスかな。【熱術】のあとは白石のことでいっぱいいっぱいだったし」


「わたしも、途中から記憶があいまいで」


 笹見さんと白石さんは辞退。となると。


「えー、アタシ?」


 残るは疋さんということになる。

 いかにも渋々といった感じで彼女は語り始めた。



「──そこでな、なんとかアタシが一体やっつけたとこでさ、残りのもう一体が(あおい)玲子(れいこ)に向かっちゃってね」


 それはもうノリノリだった。

 身振り手振りで熱く語る疋さんはなんだか妙に誇らしげで、それは一体を倒した自分だけじゃなく、みんなでがんばったからなんだと、全力で表現しているみたいで。


 聞いている連中も要所要所で合いの手を入れて盛り上がる。


 野来が盾を放り出して身を挺したなんていう話の時は、さすがの先生も眉をしかめてしまったけれど、治った今となればちょっとのお小言くらいですまされるかもしれない。


「ほら、みんなも帰り道で聴いたよね? 碧の歌。碧が野来に膝枕してさ」


朝顔(あさがお)ちゃん!?」


「えっ!?」


 白石さんの悲痛な叫びと野来の驚きは同時だった。野来は気付いていなかったみたいで、鈍感系主人公みたいなノリを見せている。


 ま、まあ確かに帰り道の階段を登る間に聴かせてもらった、白石さんの【鎮静歌唱】は格別だった。

 あのアニメのエンディング、しっとりとしていて良いんだよ。


 そんな感じで疋さんによる三班激闘の記録が最後まで語られた。


 とにかくなんというか、各人がやるべき役目をはたした上で魔獣に打ち勝った三班はすごい。もう何人かが身体強化系を取って、委員長が【聖術】を持てば、すごいチームになるんじゃないかな。



「疋さんも野来もすごかったよ。僕なんて一体目を受け止めるだけで精一杯だった」


 委員長は自分を卑下すると同時に二人をベタ褒めだ。


「階位を上げて、技能の熟練も積んでからじゃないと怖いよ。あのときは無我夢中だったけど、後で震えが来た。碧ちゃんの歌があって、本当に助かったんだ」


 経験に裏打ちされた野来の言葉には実感が込められている。

 つい朝まで『白石さん』だったのが『碧ちゃん』呼びになっていることに、ご当人の白石さんを含めて全員が気が付いているけれど、そこは温かい心でつっこまないでおこう。


 それに気付いていない野来は真剣な顔でその時の気持ちを語る。


「一度言ってみたかったからここで使うよ。『死ぬほど痛い』よ」


「【痛覚軽減】持ってるだろうに」


 意味が分かる古韮(ふるにら)が茶化す。


「ごめん、実はあんまり覚えていないんだ。言いたかっただけ」


 顔を赤くするくらい恥ずかしいなら言わなければいいのに。白石さんは別の意味で今も顔が赤いし。



 ◇◇◇



「わたしたちに剣や槍を使う技術はないわ。刃物なら朝顔ちゃんが上手だったけど」


「あれはたまたま組み着けたからできただけ」


 話の流れで中宮さんの出した話題は、具体的な戦い方についてだった。

 テレ顔の疋さんだけど、魔獣に組みついて短剣で刺したってすごいことだぞ。


「あいつ【裂鞭士】だよな」


「神授職の判定、間違ってるんじゃないか?」


 ほら、そういう声が上がる。当然疋さんに睨まれて静かになるわけだけど。



「断言できるのは脚狙いね。相手の胴体はブヨブヨで衝撃が通るか怪しいし、足を止めるのが最優先だと思う」


 そう言い切った中宮さんは先生の方をチラ見した。


「……そうですね。人間と違って意識を刈るような急所がわかりません。当面は低い位置への打ち下ろしを練習するのがいいと思います」


 意識を刈るとか、先生と中宮さんの会話はときどき物騒になる。

 メイスで脚を殴るのか。どうやるのがいいか、こんど教えてもらわないと。


「先生の『脛斬り』ですね!」


「あれはただのローキックです」


 伝説の左ジャブに続いて先生第二の必殺技が登場した。全国ベスト4ってどれだけなんだ。


 だけど先生、あまり乗り気じゃないように見えるのが気になるな。



「わたしは刺すより抑え込むほうが嫌かも。ジタバタされるだろうし」


「そこらへんは騎士組にお願いだな。やっぱり【身体強化】は絶対じゃないか?」


「うーん、僕は【聖術】を取るし──」


 戦い方の話題から雑談が広がっていく。

 三班の奮闘を聞いたからか、それとも戦いとなると高校生の血が騒ぐのか。


 それでも一番は恐怖心なのかもしれない。

 理屈ではわかっていたつもりでも、迷宮に入る以上はどこかで危険がやってくる。とても嫌だけどそれがリアルなのだから。



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