第489話 丸太運びは楽じゃない
「よっこいしょー!」
「うおらぁ!」
迷宮四層に【霧騎士】の古韮と【重騎士】な佩丘の叫びが轟く。
「盾組全員一回はやっとくぞ。海藤はもちろんで、田村と藤永もだぁ!」
「俺もかよ」
「やんなきゃダメっすかぁ」
なにげに意識高い系の騎士職な佩丘は、この『三角丸太』を盾使いたち全員に体験させたいようだ。
小太り田村とチャラ男の藤永は後衛職ではあるけれど、定位置は前衛のすぐうしろだから、参加することには意義がある。
アタッカーたちはむしろ避けることが役割りなので、回避に専念と。
佩丘の考えは真っ当なので、指揮官としても俺は口出ししない。
「わたしもやっておこうかしら」
「綿原さん……」
ただし赤紫なサメをフヨらせている綿原さんともなると、どうなんだろう。
なんだか俺が【鉄拳】活用ルートを決意してからこっち、彼女は上機嫌アンドやる気に溢れている。
「ほどほどにね」
「行ってくるわ。すぐ戻るから」
「ああ、頑張って」
そんな綿原さんの意気込みを無下にできない俺は、こうして声援を送るのが精一杯なのだ。
さて問題の三角丸太だけど、現在この部屋で暴れているのは二体。三体だったらこんな悠長なコトはしていないし、できないだろうな。それくらいには強敵だ。
アラウド迷宮の四層では三つ又丸太が登場したが、ペルマ迷宮ではコイツ。文字通り三本の丸太が正三角を形作り、そこかしこから生えた枝を使って転がったりひっくり返ったりと忙しく動き回っている。
一辺一本の丸太なのだけど、明らかに二層に出てくる尺取り丸太よりも太い。なので三層の二本丸太より本数が少なくてもこちらの方が素材としては価値が高いのだ。
ちなみに急所は三角の頂点にある肉質な部分のひとつなのだけど、一番大きく膨れているのがソレなのでギャンブル要素はない。そういう中途半端な親切さがあるのが迷宮システムなのだ。
「ワタシも受けてみたいデス!」
いやミアはやらなくていい。むしろ急所に矢を当てる方を目指してくれ。
昼食を終えて移動を再開してから十分も経たないうちに、一年一組は現在戦っている二体の三角丸太と遭遇することになった。
ぶっちゃけ速度の出ない魔獣なので逃げる手もあったのだけど、そういう選択は俺たちにはない。
せっかくの初見な魔獣で、しかも手ごろな数ということもあり、俺たちは勇んで戦闘を挑んだ。冒険者になってから未だに素材を納品したことがない俺たちとしては、ここらで『一年一組』は四層で稼げる集団であることをアピールしておこうという意味もある。
「初手の『氷床』は有効。熱、冷気、雷は残念。石もちょっと。ゴメンね夏樹くん」
「わかってたし、気にしなくていいよ」
攻撃魔術の効果判定をしていた書記の白石さんが申し訳なさそうにするけれど、石使いの夏樹はそれほど気にしていないようだ。
四層の丸太に石が通用しないのはアラウド迷宮でも経験しているし、最初から想定内だからな。
藤永の【雷術】なんかは将来的で構わないから、木に当たったら相手が真っ二つ、なんていうのを期待しているんだけどなあ。
「サメはいい感じかも」
前に出てドカンバカンとやっている綿原さんには届いていないだろう白石さんの声だけど、聞こえたならば口元をモチャらせていたかもしれない。
夏樹の石に対して綿原さんの砂サメは悪くなかった。
一点の打撃力ならサメより石の方がもちろん上だけど、相手は大量の枝という足を持っている。ならば一本の枝を折るより、たくさんの傷を作れるサメに軍配が上がるのだ。
魔獣に当たってからでも魔術が継続するなら夏樹の石でも十分な効果が見込まれるのだけど、残念ながらそうはならない。衝突の瞬間に魔術は解除されるので、そこから先は惰性というか慣性の法則だ。となれば綿原さんのサメによる範囲攻撃の方が有効ということになる。付け加えれば、綿原さんは【魔力付与】も使っているから魔力相殺に強いというのもあるか。
石とサメを比較するっていうのは字面が微妙過ぎてもにょるな。
「八津。受けはこんなもんでいいぞ」
「了解。アタッカーは盾と合わせて攻撃開始。ミアは弓も試してくれ。味方に当てるなよ?」
「任せてくだサイ。腕が鳴りマス」
二人で一体をローテーションで受け止めていた盾組だけど、どうやら一巡以上はしたようだし頃合いだろう。
樹木種と呼ばれる丸太系の魔獣はほとんど同じ性質を持っているので、今やっていることは再確認に近い。それでも細かいところに違いが出ることも絶対にないとは言い切れないので、一年一組はこうしているのだ。
◇◇◇
「三層に比べて魔獣が濃いのがいいよな。増加中って話が本当なのか、狩場が当たりだったのか」
「両方ってことにしておこう」
「それでも一回に出てくる数は少ないし、同じ種類だけだし」
「いろんな魔獣が混じってないと群れって感じじゃなくなるよね。アラウド迷宮とは大違い」
クラスメイトたちがめいめい雑談をしながら迷宮を進む。
「これなら大人数じゃなくって十人以下のパーティを増やした方が効率的なんだろうな」
「ボクたちはこのやり方が合ってると思うよ?」
俺の話し相手をしてくれているのは、ついさっき十一階位になれてご機嫌の元気っ子な奉谷さんだ。まあ彼女は大抵の場合ポジティブなんだけどな。
「すぐ近くのルートで二分割くらいなら、ってところか」
「今回の区画でそれができるのって、三か所くらいしかなかったんじゃないかな」
「だよなあ」
迷宮は広間と広間が繋がってできているのだけど、都合よく行き来できるような並行ルートなんて早々見つからない。大抵は二、三部屋を回り込まなければ合流もできないし、ヘタをしたら一度別れればその地点まで戻ってこないと再会できない構造すらちょくちょくだ。
今回の迷宮で戦った相手なら一年一組を二つに分けても十分やれたとは思うが、奉谷さんの言うとおりで俺たちは二十二人が一パーティっていうのが当たり前になってしまっている。
三分隊なんていうのはごっこ遊びみたいなものだし、むしろ地上用の班分けに使う方が便利なくらいだ。
「二つに分けたらさ、お互いが心配しちゃうよね」
「うん。集中できないと思う」
奉谷さんの意見には、俺も完全に合意だ。
結局は心の問題なんだよな。夜の議題にはするとしても、たぶん今の編成のままっていう結論になるんだろう。レベリング自体は順調なんだし。
三角丸太を倒してから四時間くらいで七回の戦闘を経た一年一組は、数名がレベルアップしている。
メンツとしては【剛擲士】の海藤、【石術師】の夏樹、【重騎士】の佩丘、【霧騎士】の古韮、そして【奮術師】の奉谷さんの五名だ。
十二階位こそ誕生していないが残る十階位は三名で、しかも後衛職は全員が十一階位を達成したのがデカい。
取得した技能だけど、海藤は【剛力】を取った。体の動かし方次第ではあるが、ピッチャーとしても盾役としても、確実に有効な技能で間違いない。海藤は元々野球選手なわけで、そもそもの下地もあるし頼もしい前衛兼中衛として益々の活躍を期待している。
技能を取ったもう一人は夏樹で、こっちは念願の【魔力付与】だ。
綿原さんのサメで実証されているように、操作する物体に魔力を与えることで魔術の相殺を遅らせることが可能となる。夏樹の場合なら石の威力を上げる結果が得られるということだ。
一年一組で最も強力な攻撃魔術である夏樹の【石術】がパワーアップするのは、これまた非常に喜ばしい。
残りの三人は内魔力の都合で新規技能はパス。
とくに奉谷さんはとても魅力的な候補があるのだけど、彼女は回復とバフ、さらには魔力タンクと魔力消費が忙しい役目を持っている。ぶっちゃけ最近はあまり【魔力譲渡】を使えていないくらいだ。むしろ白石さんから魔力を受け取って、少しでもたくさんの仲間に【身体補強】を掛けてもらっている。
『魔力が尽きるところが想像できませんわ』
前回の迷宮ではティア様に【魔力譲渡】を使いまくったせいか、そんなセリフをいただいたのだが、一年一組としてはそうは思っていない。とくに前衛職が深刻だって考えているくらいだ。
もちろんティア様には魔力に余裕なんてない、なんて言ってはいない。
あのお方に反論するのも憚られるし、自分たちの弱みを教えるのもアレだから。
ウチのクラスは全員が階位に見合わない多数の技能を持っている。
それらをフル活用するためには、前衛職の内魔力では限界がある。現状ではそれを無理やり、それこそ藤永たち魔力タンクの存在で補っている状況なのだ。
このままではいけない。それはクラスの総意となっている。
もちろん魔力タンクたちが階位を上げて内魔力量を増やすことで【魔力譲渡】の回数を高めてはいくが、前衛職が自前の内魔力を温存するのだってやっていくべきことだろう。だからこそ先生は【握力強化】が出たにも拘わらず、十二階位での技能取得をパスすることにしている。
他者から見れば圧倒的速度で階位を上げている俺たちだけど、つきまとう悩みは技能の熟練上げだ。
使えば使うだけ技能の熟練は上がり、方向性こそあるものの性能が良くなっていく。そう、使わなくてはいけないのだ。
まわりの冒険者たちが年単位で磨く技能を、俺たちは少しでも早く育てたい。それこそ日単位で。
そのためには魔力が必要になる。
技能を取るにも魔力、使うにも魔力。そして性能を強化するにも魔力。なんだかなあ。
◇◇◇
ついでに冒険者として活動するに当たり、もうひとつ問題点が──。
「素材運びっていうか、丸太が難点だな」
「荷物が増えてきた時用の陣形も考えないとかしら」
俺のボヤきに綿原さんが答えてくれる。
冒険者は素材を持ち帰ってナンボ。しかも四層ともなれば高級とされる素材ばかりなので、極力投棄はしたくない。
俺たちが迷宮の中で昼食すら作っているのには、そういう理由もある。今日については夕食もだな。それでも丸太以外に、各自の背中にはカニを筆頭にして、牛やらニンニクやら白菜やらの素材が満載だ。とくに牛が重たい。
アウローニヤ時代には魔獣の群れのせいもあって、素材の投棄なんて当たり前だったし、そもそもそこまで本気で持ち帰るつもりもなかった。それが許される立場だったからな。
だけどペルメッダで冒険者をやっている以上、ある程度の体裁は必要だ。俺たちの目的は帰還のヒントを探すことだけど、悪目立ちは避けておきたいから。
現状一番の問題は丸太だ。動物系や野菜果物系は解体して食べられる箇所や希少部位だけを持ち帰ればいいが、丸太はそうもいかない。もちろん枝は切り払うのだけど、本来ならばソレだって少額だけど価値がある。
そして丸太は見た目の通りデカいのだ。一本の長さが五メートル近くもあるとなると陣形にすら影響を及ぼす。
階位パワーでウチのクラスは後衛職ですら丸太を担ぐことができている。これがまた【身体操作】の練習になるらしいのだけど、取っていない俺には体感できないのが悔しいぞ。
ではなく、陣形が広がってしまうってところが問題になっているのだ。縦でも横でも持ち方次第だけど、どうしたって距離を取る必要がある。槍を捧げるように立てて持つのは天井には届かないとはいえ、視界と安定性で論外だし。
なにしろ全体が扉を潜り抜けるのにも通常より時間がかかるのだ。なんとかしたい状況だけどどうしようもない。
「戦術に丸太を組み込むってムリかな。どうせこうやって運んでるんだし、戦闘のたびに邪魔にならないように気を付けながら置くっていうのもなあ」
うしろの方からまさに丸太を肩に担いだ海藤が苦笑交じりで話しかけてきた。ピッチャーならぬバッター的発想ってか?
「丸太に【魔力伝導】してビリビリ~って?」
「絶対どこかで味方に当たるよね。普通に槍を持った方が早いだろうし」
前方からもこれまた丸太を担いだ疋さんが軽い調子でネタ発言だ。笑い声でそれに答える草間だけど、ヤツは動き回ってもらう可能性が高いので丸太を持っていない。
「【握力強化】を取ったら片手で振り回せたりして」
「いくらなんでもですよ」
こうなると完全に雑談モードになってしまうのが一年一組だ。
寡黙なメンバーもそれなりにはいるけれど、今回に至っては滝沢先生までが混じっている。
今日ここまでの戦闘で対決した三角丸太は二体だけなので、運んでいるのは六本ですんでいるけど、これが十本を越えてきたらちょっとシャレにならないよなあ。
ついでに丸太という単語が多すぎる。
どうしてマジックバッグとかインベントリが無い世界観なんだろう。
「やっぱり組の規模なのかなあ」
「運び屋依頼するしかないのかな。『オース組』とか『雪山組』なら請け負ってくれるかもだし。素材の運び方を教わるっていうのもいいかも」
「マクターナさんにも言っておこうよ。『指南書』に素材運びの時の注意点を入れてくださいって」
「ほとんど石切りと鉱石専門の組もあるんだってね。どうやってるんだろう」
「なんかすごそう。見学してみたいかも」
「迷宮泊が困りものね。どうしたって持ち帰れない素材で溢れるだろうし」
「食べきればいいんじゃね?」
クラスメイトたちの語りには、毎度のことながら気付かされるものも含まれる。それより遥かにネタが多いのだけど、それもまた楽しいので問題は無い。
「レベリングと戦闘経験目的だもんなあ、俺たちは」
先頭を行く古韮のボヤきが全てなんだよな。
ちなみに先頭を歩いている騎士職四人は丸太を持っていない。魔獣の襲撃があった場合、真っ先に対応してもらうためだ。
さておき、一年一組の考え方は軍の兵士に近い。しかも精鋭部隊レベルの。だからといって国軍に入るなんていうのは本末転倒だから、できるはずもないけれど。
結局は目標の違いなのだ。ほかの組では持ち帰ることのできる限界に到達したら、そこでその日の迷宮はお開き。だけど俺たちはそうしたくないからややこしい。
どんな冒険者だって強くなりたいとは思っているだろう。だけどそれは稼ぎながら、年単位で進めていく課題であって、根本的な部分で俺たちとは違うんだ。
「ほかの冒険者に功績をパクられるのが問題なんだろ? 誰もいないとこでなら水路に捨てればいい。認められてないわけじゃねえし」
「結局はそうするしかないんだろうね」
面白くなさそうにヤンキーな佩丘が言い放ち、藍城委員長が同調する。
現状で一番現実的な落としどころはそこなんだよな。
素材を捨てるのをもったいないと思ってしまうのは俺たちがそういう気質だというのもあるし、むしろそういう考え方は佩丘だって強いんだ。悔しい思いはあるんだろう。
予定どおりに行動するなら四層での活動時間はもう一時間を切っている。
さて、全員十一階位は達成できるだろうか。
◇◇◇
「僕だけかあ」
「仕方ないさ。次回は最優先だよ」
「八津くんの気持ちがわかるなあ」
そんなコトを言って草間が寂しそうにしながら、それでも【気配察知】を使っている。同じく周囲を警戒する係の俺だけど、引き合いに出されてしまったか。
一時間で出会えた魔獣は五体で、階位が上がったのは【風騎士】の野来と【岩騎士】の馬那。可哀想なメガネ忍者の草間は、クラスでただひとり十階位で取り残される形になってしまったのだ。
俺も大抵の場合で最後の方になるし、一度は七階位で一人になってしまったこともある。あの時は仲間に九階位すら混じっていたので、草間の方がまだましな状況なのだけど、それは口にしてやるまい。
ちなみにレベルアップした野来と馬那は魔力温存策で技能を取得していない。
で、俺たちは現在迷宮内夕食の準備中だ。
アラウド迷宮でやっていた出店ほど大規模ではないので、とっくに寸胴とバーベキューセット、飯盒の設置は終わっていて、現在はサクサクと調理が進められているのだけど──。
「なにやってんだ、アンタら」
「えっと、食事の準備ですね」
ここに到着してから三十分程で、通りすがりの冒険者に珍妙なモノを見る目を向けられること三回目だ。その度に俺か草間が応対している。もはや警備というより説明係だな。
俺たちとしては迷宮泊の予行演習なだけに、本番同様に安全に考慮する形で二層へ向かう階段のすぐ近くの部屋を使っている。つまり冒険者たちが通り道にするすぐ傍の部屋なんだよな。迷宮には開け閉めできる扉があるわけではないので、普通に視界が通っているのが、これまた。
なのでぽつぽつと地上に戻る冒険者たちに絡まれるのだ。べつにカツアゲされてるわけじゃないけど。
時刻はすでに午後六時近く。冒険者が仕事を終えるのは午後五時あたりがピークだが、ゆっくり目な人たちがいないわけでもない。
まあ、まるっきり見世物ってことだ。変な噂になりそうだけど、それはもう諦めている。
「あ、また人だ。六人──」
「おう、そろそろ出来上がるぞ──」
草間が新たな人影を察知し、佩丘が料理の完成を告げるタイミングが被った。
「君たち、こんなとこでなにをしてるんだ?」
「あ」
部屋の扉からこちらを覗き込んできたのは大剣を背負った金髪のおじさんだ。続いて短槍を持った黒髪のおねえさんで、そこからさらに四名追加で合計六人。
「フィスカーさん」
「やあ、ヤヅ」
ここで登場したのは初回の迷宮でお世話になった『オース組』の『黒剣隊』のみなさんだった。
次回の投稿は明後日(2025/04/18)を予定しています。