第488話 目指す道
「【上半身強化】はバランス的にお勧めできないけれど、【握力強化】はアリかもしれないわね。もちろん個人次第で、だけど」
「凛が意地悪いコト言ってマス!」
サムライガールな中宮さんが【握力強化】を評価すると、エルフガールなミアが噛みつく。
「ミアは普通に【上半身強化】を使いこなし始めてるじゃない。正直羨ましいくらいよ」
「凛は見る目がありマス。昔からそう思っていまシタ」
一転深々としたり顔で頷くミアに、中宮さんは苦笑を浮かべる。どれだけチョロいんだよ。
滝沢先生に出現した【握力強化】はレアではあるが超レアとまではいかない技能だ。効果は文字通り握力の向上。
高階位で上位職の剣士系や騎士系に出やすいけれど、内魔力の関係であまり取得している人はいない、というのが神授職並びに技能研究家たる文系メガネ少女、白石さんの言である。一年一組は『勇者チート』があるからそれほど気にはしていないが、前衛系は内魔力が少ないので技能取得は気を付けないとならないのだ。
実はこういう細かい強化系技能は幾つも確認されている。ただし、アウローニヤの資料にはホントかウソかも怪しいネタ技能も満載なので、どこまで信用できるか怪しいのも混じっているのだが。たとえば【咬合力強化】とか。
話題になった【握力強化】については名前だけはクラスメイトの多くが覚えていたけれど、技能メモまで迷宮に持ち込むはずもなく、こういう時に分野ごとの人間辞書がいてくれるのは本当に助かる。
【豪拳士】の先生に出たのはどうなんだという話なんだけど、そこは先生だからということで納得も出来てしまうのだ。なにせ先生は【冷徹】まで候補に持っているからなあ。
それはさておき中宮さんが言う様に、たしかに使い勝手としてはアリな部類だと思う。実際、俺も欲しいくらいだし。
「それとだけど、わたしにも出たわ、今」
「えっ!?」
続く中宮さんの爆弾発言に、周囲で手をニギニギしていた連中から驚きの声が上がる。もちろんだけど、俺には生えない。
これまたサメをニギニギしていた綿原さんにも出てはいないようで、中宮さんに羨望の眼差しを送っている。
先生と二人だけでお揃いというのが嬉しいのか、中宮さんの笑顔が輝いているなあ。
こういう時にぶち壊しムーブをカマしてくるミアもどうやら出現していないようだ。それでも彼女はニコニコしながら中宮さんを祝っている。言動が時々アレだけど、良い子なんだよ、本当に。
「取得コストは軽そうですけど、先生はどうです?」
「そうですね。資料では本当に握力にしか効果が無いとありましたし、そういうことなんでしょう」
ニッコニコの中宮から話を振られた先生は、こちらは優しく微笑みながら返事をしている。
なんと先生、しっかり資料を記憶していたのか。身体強化系だからかな。
「ですがわたしは【聴覚強化】が先ですし、十三階位はパスの予定ですから」
「当面わたしたちには必要なさそうですよね」
先生が【握力強化】の取得に動かないと聞いた中宮さんは、自分も同じだと言ってのける。ちょっと嬉しそうなのは、どうなんだろうか。
二人が【握力強化】を後回しにする理由はみんなも理解できている。クラスの中で一番要らないんだろうなあ、っていう二人であることも。
先日リンゴを握りしめていた先生だけど、本命の武器は打撃だ。どっかのマンガかアニメで握力は打撃力に直結するみたいなのを見た記憶はあるけれど、先生の戦い方からは握力がどうのこうのというのは感じられないんだ。
中宮さんにしてもまたしかりで、根っからの木刀使いな彼女はこれ以上の握力を必要としていない様に思える。というか中宮さんの手から木刀がすっぽ抜けるなんて光景は、ちょっと想像できないんだよな。それこそマンガみたいに、指先三本とかでも木刀を振っちゃいそうなタイプだし。
とはいえ、二人が【握力強化】を否定することはないだろう。力があって損をすることなんてない。
たとえばだけど、四層ならジャガイモ魔獣の蔓を引き千切るとかにも役立ちそうだし、なにもメイスや盾を保持するだけが握力の使いどころではないのだ。
「アタシは普通に欲しいっしょ。このムチを手放すなんてゴメンだしぃ」
チャラ子な疋さんが手にしたムチのグリップを皆に見せびらかして笑う。
そこにぶら下がっているのは、誕生日プレゼントにクラスメイトが贈ったストラップだ。泣かせてくれるじゃないか。これにはクラスの仲間たちもニッコリだ。
「ハルだったら要るかな? 手首が丈夫になったりさ」
続けて疋さんとは別の視点で陸上女子な春さんが発言した。
両手にメイススタイルの春さんは武術経験の少なさと自身の速度のせいで、アタッカーメンバーの中でもとりわけ怪我が多い。とくに肘と手首が、だな。
「それはなんとも言えないわね。腱が鍛えられるわけでもないし……、むしろ有効なのは【鉄拳】かしら。けれど魔力なら、もしかして」
ならば【握力強化】があればと考えるのは理解出来る話だけど、中宮さんはその考えに首を傾げる。
そもそも魔力による身体能力の向上はほとんど原理が解明されていないので、経験則でしか語られないことが多すぎるのだ。
魔力とくればシシルノさんなんだけど、あの人はどちらかといえば迷宮研究に力を入れていたし、戦技教官のヒルロッドさんはそれこそ経験に基づく脳筋タイプである。悪口ではないぞ。
「わたしの感覚でもそうですね。関節の強化という意味では【鉄拳】の方が確実だと思います。ですが【握力強化】で手首が強化される可能性を否定できる材料もありませんし」
クラスで唯一の【鉄拳】持ちな先生がそう言うならば、それはそういうことなんだろう。
「【鉄拳】かあ。ハルにも出ないかなあ」
握りこぶしを作った春さんがポツリとこぼす。
俺たちの知る限りで【鉄拳】を持っているのは先生と、つい先日取得したばかりのティア様の二人。
武術家の中宮さんや、野生なミアにすら出現していない技能だし、これはもう俺の【観察】や綿原さんの【鮫術】みたいに、拳士だけのユニークなんじゃないだろうか。
「攻撃ではなく、防御としての【鉄拳】……」
「空手をやったら出るような気がしマス」
空を飛ぶサメを相手にシャドーボクシング染みたことを始める綿原さんと、えいっと腰の入った正拳を突き出すミア。
それを見た一部の連中が真似を始めた。解体班から冷たい視線が飛んできてるぞ?
パンチ、か。一昨日やった『雪山組』とのタイマンを思い出すなあ。俺の『観察カウンター』もとい『瞬撃』で手首を痛めたけれど、【鉄拳】があったら違ったんだろうか。相手に大怪我させてたかもだけど。
──って、おい。
「出た」
「え?」
俺の呟きを横にいた綿原さんが拾った。
「八津くんまさか」
「ああ。【鉄拳】が候補に出てる」
「やったじゃない! ……っ」
両手を広げた綿原さんが俺に走り寄り、はっとした表情で急停止する。思わず使った【目測】によると、彼我の距離は〇・一キュビ。つまり、十センチを割り込んだ至近距離だ。顔を真っ赤にしている彼女は、すかさず白いサメを三匹叩き込んできた。さっきまで赤サメだったのに、瞬間的に切り替えるとか、すごいな綿原さんは。
はてさて、俺はどんな顔をすべきなのか。少なくとも綿原さんが喜んでくれているのは、モチャる口元から伺えるから、俺としても実に喜ばしいのだけど。
それと中宮さんに羽交い絞めされながらジタバタしているミア。君はなにをしたいのかな?
迷宮正座は一度で十分だぞ、俺としては。
◇◇◇
「出現条件だよね」
「拳士系以外で出たのはデカいよね」
検証勢の白石さんと野来が、両者分かり合ったように頷いている。隊列の関係で近くにいるので、今日は二人の会話が多いのだ。
俺に【鉄拳】が出たことで大騒ぎになった場は、解体をやっていたヤンキー佩丘の一喝で静かになった。
そこから数分、大量のカニ素材を紐で縛り革袋に詰め込んだ俺たちは移動を再開している。一部はこのあと予定されている昼食用として寸胴鍋に入っているので万全だ。
ちなみに巨大なハサミなんだけど、中身は食べられるけれど硬いらしく、料理するにはそれなりに工夫が必要で、硬い殻はなんと鎧の材料にも使われているらしい。どっかで聞いたことがある気がするよな、カニアーマー。
「やっぱし『観察カウンター』っしょ」
「『一閃』だ」
前方でパンチを繰り出しながら歩く疋さんの使う用語を訂正しながら、俺も考えてはいるのだけど。
先生やティア様は拳士だからデフォっていう可能性が高い。ならば俺に生えた理屈は別にあるはず。
認識ができてしまった今、一年一組の面々になら生えるヤツがいて当然なんだ。最近はとくに意味なくポコポコ連鎖していたものだから、もどかしさがあるなあ。こんなのは騎馬戦で解決した【身体操作】以来だ。ホント、条件ってなんだろう。
『観察カウンター』……、だから違う。『一閃』もしくは『瞬撃』を使ったから?
いやいや、パンチの練習なら俺だけじゃなく、前衛メンバーと後衛の一部がやっている。だがしかし、あの中宮さんやミア、綿原さんですら出ていないのだ。まさかとは思うけど、カウンターを派手にキメるのが条件? 物騒だし、まるでゲームみたいな条件だよなあ。
「ねえ、八津くん」
「魔獣か? 草間」
「違うけど。忍者ってさ、手刀ってイメージない?」
こちらを見ずに前を行くメガネ忍者な草間は、どうやら自分に【鉄拳】が生えないのが不満のご様子だ。先生だけなら仕方ないと思っていたのだろうけど、後衛職の俺に生えたってあたりが刺さったんだろう。
でもまあたしかに貫手でグサリっていうのは忍者イメージだよな。ウチのクラスだとすっかり先生の専売特許だけど。
「草間も『瞬撃』の練習するか? 生えるかもだぞ、【鉄拳】」
「僕は【観察】持ってないんだけど。あとさ、名前は自分で付けるから」
「そこは【視覚強化】と【反応向上】でイケるだろ」
せっかくだからこっち側へ来いよ、草間。名付けも手伝うからさ。ほれほれ。
「『一閃』でも『瞬撃』でもいいんだけどさ、そろそろどっちかに統一したら?」
「……悩んでるんだよ」
草間め、痛いところを突いてくる。なんかもうアレだし、わかりやすく『観察カウンター』でもいい気がしてきたじゃないか。
「まあいいや。僕もカウンターの練習してみる」
「応援してるぞ、草間」
「うん」
よっし釣れた。『柔らかグループ』に続く『鉄拳グループ』でも作ろうかな。
「それで、八津くんは【鉄拳】取るのかしら。【身体操作】が先よね?」
そこでどこか上機嫌な綿原さんが会話に入り込んできた。
草間と同じく本人は俺に背を向けて斜め前を歩いているのだけど、カニの生き血原産の赤紫サメはこっちに顔を向けている。
「綿原さん、俺に近接戦をやれって?」
「対人で使えるだけじゃなくって、リンゴみたいなタイプには有効でしょう?」
「それは、まあ」
たしかに言うとおりだ。使いどころはかなり限定的ではあるけれどな。
今の俺ならすっ飛んでくるリンゴにだって拳を合せることはできるだろう、たぶん。【身体操作】を取ればより確実になるはずだ。そしてほぼ間違いなく自分の拳が砕ける。
だけど【鉄拳】があったならば。四層の魔獣なら……、ジャガイモやニンニクあたりなら煮込まなくても倒せるかも……っ。
「綿原さん、ありがとう」
「八津くんっ!?」
俺の言葉を受けて、サメだけでなく綿原さん本体がこっちを振り返った。さっきと同じくお顔が赤いけど、陣形が乱れるのでそれはダメだよ。
「前向いて」
「そ、そうね。ごめんなさい」
礼に対して謝罪のセリフになってしまった綿原さんだけど、俺の持つ感謝の気持ちは本当だ。
「【身体操作】を取ってから【鉄拳】で行くよ。十四階位あたりになるかな」
もしかしたら【鉄拳】だけでは足りないかもしれない。取り損となってしまう可能性だってある。
けれども四列目の俺が魔獣を迎撃できるようになれば、横に並ぶロリっ娘で副官の奉谷さんや書記担当の白石さんを守ってあげることだって。
ならば磨いてやろうじゃないか、『観察カウンター』を。
俺には【聴覚強化】なんかも候補に出ていて、取得を検討しているのだけど、そっちは順次仲間たちが取ってくれる予定になっている。しばらくは頼らせてもらうとしよう。
「それまでに【身体強化】も出るかもしれないわね」
「最高だな、それ」
前に向き直って背中越しに話しかけてくる綿原さんの声には、笑いが混じっている。嘲りではなく、楽しくて仕方がないって雰囲気だ。
「ついに八津くんの時代? ラノベ主人公ルートとか」
「勘弁してくれよ」
背後からこれまた笑いの混じった異世界オタな野来の声が飛んでくる。同じくラノベオタの白石さんがクスリと笑うのも。
当初は不遇ジョブだと嘆きつつ、思いがけない打開策から華々しい活躍をすることができる主人公に憧れなかったわけではない。
能力的に戦闘が難しい立場だとして、知識チートで周囲から尊敬の目を向けられたくなかったかといえば、それも嘘になるだろう。
だけど、もしも死に戻り的な何かが起きて召喚直後に引き返したとしても、俺は今と同じ道を歩む自信がある。いや、今度は自分から指揮官をやらせてくれって名乗り出るかな。俺が持つ能力はそっち向きだって言って。
それだけじゃない。戻った日付が召喚の前日だったら、つぎの日俺は必ず登校するだろう。母さんと心尋を山士幌に残すことになってもだ。
一年一組は先生も入れて二十二人でひとつ。みんながいたからここまでこれて、そこには俺もいなければいけないから。
一人で召喚から逃げ出すことなんて、絶対にごめんだ。俺は仲間と一緒でありたい。
あ、いや、召喚前日に戻れたなら、なんとか言いくるめて全員を教室から避難させればいいのか。締まらないなあ。
まあいい、心持ちってことだ。気概だよ、これは。
「なんか八津くん、楽しそう?」
「そうだね」
なんて臭いコトを考えていたら、両脇の奉谷さんと白石さんからツッコミが入った。前方ではサメが三匹とも振り返ってこっち見てるし。
ヤバい。結構恥ずかしいぞ、これ。絶対口にはできないな。
「楽しいのはいいんだけどさ、右から小物がたくさん向かってきてる。十体くらいかな。この感じ──」
「蔓の音がする。ジャガイモじゃないかな、これって」
草間と春さんの警報で、緩んだ空気が一気に霧散した。
ナイスタイミングだ。キモイ妄想はここまでとしておこう。
「ここで受け止めよう。芋煮会スタンバイ! 全部後衛に回すぞ!」
「おう!」
俺のコールを受けて、威勢のいいみんなの声が迷宮に響き渡る。
後衛の十階位は夏樹と白石さん、奉谷さん、深山さんの四人。夏樹は石、奉谷さんは自己バフ、そして白石さんと深山さんは【鋭刃】を持っている。
前までよりはずっと手早く処理できるだろう。さあ来いジャガイモ、たっぷりと煮込んでやるぞ。
お湯の準備ができてからな。
◇◇◇
「いやあ、美味いよ。美味い!」
スプーンを口に入れたままの海藤が喜びの声を上げる。
「本当なら蒸してコロッケなんだけどなぁ」
「カニコロッケ!」
「……明日あたり、そうするか」
昼飯を作った佩丘が無念っぽいコトを言っているが、明るい奉谷さんはものともしない。光属性攻撃を食らった佩丘は、苦笑いをしながら明日に意識を向けたようだ。
皿代わりの鉄コップに詰め込まれているのはマッシュポテトもどきだ。茹でたジャガイモなのでそういうことらしい。
深山さんが氷漬けにして持ち込んだバターがたっぷり使われていて、塩コショウで味付けされている。そしてなんといっても、ほぐした茹でカニの身が入っているのが実に素晴らしい。
さすがに油やパン粉は持ち込んできていないので、コロッケまでは手が届かなかったのだ。
「品種が違うのかな」
「野来は変なとこでこだわるよなあ。いいじゃねぇか、迷宮ごとにちょっと違うってだけで」
料理に使わなかったジャガイモを手にした野来だけど、これについては田村のツッコミは正しいと思うぞ。こっちの世界で品種鑑定をしても仕方ないだろう。
アラウド迷宮と同じく【双体二脚芋】と呼ばれるペルマ迷宮のジャガイモだけど、たしかにちょっと違っていた。二個のジャガイモ本体が蔓で繋がっているのは一緒なんだけどな。
具体的には蔓がちょっとだけ短くて、代わりにイモ本体が少し大きいって感じなのだ。
襲ってきたのは十体で、つまり二十個のジャガイモに対処した一年一組なのだけど、リザルトとしては──。
「もうちょっとだったのになあ」
「ボクだってだよ。大丈夫、つぎもみんなが手伝ってくれるから」
ちょっとしょぼくれた夏樹を、すかさず奉谷さんが励ましている。
残念ながら夏樹と奉谷さんは十一階位になれなかった。その代わりというわけではないが、【鋭刃】コンビな深山さんと白石さんが見事に十一階位を達成している。
これで残る十階位は八名。その中で後衛は二人だけなので、小物さえ出てきてくれればすぐにレベルアップは可能だろう。前衛メンバーは魔獣を選ばず倒せるし、心配は不要だ。
聖女な上杉さんの【聖導術】と俺の【魔力観察】の取得から続いていた全体的な魔力不足も、こうして後衛を優先してレベリングすることでいちおうの安定が得られるところまではきた。
後回しになっている騎士たちには申し訳ない。
ちなみに十一階位になった白石さんと深山さんだけど、二人揃って【身体操作】を取得している。【身体操作】持ちも増えたよなあ。残されてるのは田村と俺だけだ。
こうなれば早く俺も十二階位になって【身体操作】を取ってやる。そしていつか【鉄拳】だって。
うん、盛り上がってきた。俺だけのカウンタースタイル、極めてやろうじゃないか。
次回の投稿は明後日(2025/04/16)を予定しています。