第484話 調査結果のすり合わせ
「で、『スルバーの工房』に来る『犬耳族』の人は、男女混じって三人から五人のグループで、若くみえる人が多いみたい」
拠点の談話室では、外で固定されていた鬱憤を晴らすかのごとくサメを自在に泳がせている綿原さんが、工房での出来事を説明している。
午前中に別行動をしていた面々は全員無事に拠点に戻り、適当に買ってきた屋台の料理を食べてから、今は各グループが見てきたことの報告会の最中だ。トップを切ったのは工房に出向いていた『綿原隊』。
武器のメンテナンスとミアの補充した鉄矢の代金は、締めて六万ペルマだった。どうやら端数はオマケしてくれたようだけど、高いのか安いのかはちょっと判断が難しい。
迷宮に入る度にこうするかは、儲けと相談といった感じになりそうだ。
ちなみに『スルバーの工房』での素材の取り置きは、魔族の持ち込みに関わらずお願いしておいた。
「それは間違いなく迷宮の素材だったのかな」
「ええ。親方のおじさんが保障してくれたわ。そして犬耳の人たちだけど、冒険者票を持ってた……、って」
手を挙げて発言した藍城委員長に、複雑な表情で綿原さんが答える。
迷宮から得られる素材は魔力の通りがいい。弟系の夏樹が使っている石や、綿原さんのサメの素材になっている珪砂にしても、地上のモノとは雲泥の差がある。
素材鑑定系の技能は発見されていないのだけど、握って技能を発動させれば、どの程度の階層から獲れた素材なのかは慣れた人なら一発でわかるのだ。
ベテランの職人、たとえば『スルバーの工房』の親方、帰り際にお互いに自己紹介をしたのだけど、オスドンさんは犬耳族から持ち込まれた角系の素材は五層のブツだと断言していた。
ちなみにおばちゃんは予想どおり親方の奥さんで、名前はパーフさん。
「一気に情報が増えやがった。魔王国にも迷宮があって冒険者組合も、ってことだなぁ」
腕組みをした田村が面白くなさそうに言い放つ。
「それは予想どおりだろ?」
「そりゃそうだけどよぉ……。まあいい、こっちも冒険者組合で似たような話を聞いたからな」
オタイケメンの古韮が軽い口調で返せば、田村のむくれ顔がさらに深まった。
俺や古韮みたいなオタグループは獣人やエルフなんかを見てみたいし、できれば仲良くしたい派閥となる。対して田村は危険な要素を嫌っているので、こんな感じになってしまうのだ。
アウローニヤの伝承では五百年前に現れた勇者によって魔族は北に追いやられ、そこは不毛の大地とされている。ついでに魔王も打倒されたのだけど、先代勇者っていうのはどれだけなんだろうなあ。
ここで言う不毛っていうのは気候とか地質ではなく、迷宮の存在だ。
地球を知っている俺たちからしてみれば、迷宮がなくても人類は生きていけるとわかっている。
せいぜい北の方は寒そうだから可哀想だなあ、っていうくらいだ。北海道民だからこそ、寒さがキツいのは理解できる。
寒さについては置いておくとして、ガラリエさんの故郷であるフェンタ領が酪農で頑張っているのもあるから、北の魔王国が不毛だと言い切ってしまうのは、いかにもアウローニヤ的だと思う。
「もしかしたらコンブも迷宮産だったりして」
「塩が乗っかってたし違うんじゃね?」
「いやいや、こっちだって迷宮の肉を加工してるし」
魔王国に迷宮が存在していることが確定したことで、クラスメイトたちがいつもの雑談モードに入ってしまう。
あんまり脱線したら中宮副委員長に怒られるぞ?
「『ズィラヴァ迷宮』ですって。個人の名前は教えてもらえなかったけど、それはどうでもいい話ね」
普段着に着替えてこそいるものの、首からぶら下げたままのドッグタグを手にした綿原さんが話を引き戻す。
そもそも冒険者という職業は、千年以上も前に迷宮が誕生した当時から存在しているとされている。
つまり初代勇者が現れるより遥か前、魔族がこの辺りを跋扈していたとされる時代にはとっくに冒険者がいたわけだ。だったら魔族が冒険者をやっていたって特段不思議な話でもない。強さがあれば、という話だけど。
それにしても具体的に迷宮の名前までが出てくると、神授職を持たないという説がどんどん眉唾になっていくよな。
「工房の親方さんがそれを話してくれた時って、どんな感じだった?」
「ああ、それね。美野里が聞いてくれたわ」
顎に手を当てた委員長が綿原さんに訊ねたのは魔族の態度についてだ。
ぶっちゃけ魔族が階位を持つとかの話より、そっちの方が俺たちにとって重要だよな。もちろんどれくらい強いのかも大事だけど。
『わたしたちが魔族の人たちと遭遇したら、どうなると思いますか?』
っていうのが聖女な上杉さんの質問だった。
俺たちは黒髪黒目の集団だ。しかもやたらと良い装備を揃いで持っていて、アウローニヤから流れてきた。工房のおじさんとおばちゃんが俺たちの正体に気付いている可能性は結構高い。
つまり上杉さんは勇者と魔族が出会ってしまったらどうなるかという質問をしたのだ。
「答えは『わからない』、だそうよ」
簡潔に答える綿原さんだけど、みんなはそりゃそうだといった表情だ。
「ということは、ペルメッダの外市街でなら、魔族は普通に受け入れられているんだね」
「そういうこと」
けれども察しの良い委員長はもう一歩、思考を巡らせていた。そんな委員長のセリフに綿原さんが頷く。委員長は居残り組だったけど、これなら聞き込みに同行してもらった方が良かったかもだな。
もしも魔族がペルメッダと反発しながらも、何かの事情で嫌々取引をしているのが態度に出ていたならば、工房のおばちゃんは黒目黒髪の俺たちに注意をしてくれていただろう。
そうではなくて『わからない』というのが解答ならば、少しは光明が差してきたかもしれない。
「その話、ボクもいいかな。あのね、『オース組』のナルハイト組長と事務のスキーファさんに聞いたんだけど、猫耳と犬耳を年に二回とか三回、見ることあるんだって」
話題の流れに乗りたいのか、わちゃわちゃとした擬音を背負ってロリっ娘な奉谷さんが一気にセリフを言い切った。
「でね、この国の人と喧嘩したこともあったみたい」
続く言葉に『奉谷隊』以外のクラスメイトがぎょっとした顔になる。
事前予想で出ていた二つの意味でヤバい要素が絡む案件だからだ。ひとつはペルマ=タの人たちが魔族に持つ悪感情。だけどコレについては工房のおじさんとおばちゃんが否定してくれている。人によりけりってことなんだろうか。
もうひとつは喧嘩が成立しているという事実だ。
ペルメッダではアウローニヤと違い、平民のレベリングが推奨されている。割合としてはわからないけれど、結構な人たちが四階位まで持っていっているのだとか。もちろん金が掛かるので、相対的に貧乏な外市街の人たちは階位を持たないケースも多い。
どちらから喧嘩を吹っかけたかは知らないが、階位が正義なこの世界でってことを考えれば自ずと……。
にしては奉谷さんもそうだし、同行していた『奉谷隊』の表情からはマズい事態な雰囲気は感じられない。
「そ、それって、どうなったっすか?」
「一方的に魔族の勝ちぃ。喧嘩を売ったのはペルマ=タの酔っ払いで、身内から怒られてたって話らしいよ~」
チャラ男な藤永が震え声で問えば、これまたチャラ子な疋さんがあっけらかんと答えてくれた。
「その魔族、犬耳さんだったらしいんだけどぉ~。笑って許してたんだってさっ。カッコいいよねぇ」
「朝顔ちゃん、もう。ボクのセリフ取らないでよ」
「ゴメンっしょ、鳴子。続けて続けて~」
笑いながらプンプンと怒る器用な奉谷さんの抗議を受けて、疋さんは会話のバトンを手渡すようだ。
「町の人も昔はおっかなびっくりだったけど、最近は魔族の人を見ても驚かないみたい。組長さんが言ってたよ」
どうやら『オース組』の人たちは魔族を好意的に見ているらしい。ポジティブっぽく話す奉谷さんに『奉谷隊』の面々も頷いている。
「それとさっきの勇者と会ったらって話だけどね、ヒアタインさんが犬耳の人と話したことがあるんだって。しかもつい最近。ひと月くらい前みたい」
「なっ!?」
続けて出てきたセリフの持つ意味に気付いた仲間たちが絶句する。
なにしろ『黒剣隊』の剣士ヒアタインさんは『髪を黒く染めている』のだから。
「そしたらね、生まれるずっと前のおとぎ話なんて気にしてないって笑ってたって」
語り終わった奉谷さんがニパっと笑い、聞く側だった俺たちはほっと息を吐く。
なるほど、どおりで『奉谷隊』のメンバーが余裕の表情だったわけだ。こんなことなら奉谷さんの報告を先に聞いておけばよかったなあ。
真っ先に話題に出さず、ここまで引っ張ったのは疋さんあたりの仕込みだろうか。真面目な中宮さんが同行していたのにこのザマとは。
だけどコレはデカい。
少なくともペルマ=タにやって来ている魔族は、人間に対して明確な悪感情を抱いていないようだし、良識すら持っているように見受けられる。
そしてもうひとつ、犬耳族の人たちの考え方だ。勇者伝説をおとぎ話と表現するからには、それなり以上に世代交代はしているのだろう。五百年前のおじいちゃんが存命ならばこうはいかないはずなので、『長耳族』たるエルフも長命ではないのかもしれない。種族単位で没交渉って可能性も捨てきれないけれど。
「僕の感想としてはだけど、あっちも人選はしてるんじゃないかな」
緩んだ空気の中、委員長が口を開いた。
「まあなあ」
「そりゃそうか」
「だよね」
すかさず方々から同意の声が上がる。
「向こうの目的はあくまで交易なんだから、トラブルを起こしそうな人に任せるっていうのは、ちょっとないと思うんだ」
そこまで言ってから、委員長はチラリと夏樹に視線を送った。
「ええっとね、マクターナさんは魔族そのものには詳しくないんだって。会ったこともないみたい」
ご指名を受けた夏樹が立ち上がり、説明を始める。
夏樹率いる『夏樹隊』は冒険者組合を担当していたので、委員長はそっち方面からの意見を聞きたかったらしい。
「ペルマの冒険者組合が魔族の冒険者を受け入れたことはないってさ。っていうか、申し込まれたことがない、かな」
「となると内市街で魔族に出会う可能性はほとんど無いってことか」
夏樹の説明から推察する委員長の意見に、クラスのみんなも納得の様子だ。
外市街には俺たちが契約した『スルバーの工房』と『オース組』の拠点があるのがちょっとした難点だけど、犬耳さんたちが黒髪に反発していなかったというのは大きい。
委員長の言う様に、交易をしている魔族は揉め事を起こしたくはないだろうし、冒険者をしにくる様子もない。
魔族に対する警戒だけど、ここまでの情報どおりならば、かなり安全度は高いんじゃないだろうか。
「アウローニヤの大使館でスメスタさんと話してきたけど、魔族については全然みたい」
組合と魔族の関係がわかってきたところで、『オース組』のほかに大使館も担当していた奉谷さんが口を挟んだ。
「スメスタさんは帝国で手一杯で、前の大使さんがね──」
そこから奉谷さんの語るアウローニヤ大使館の実情は、毎度のごとく悲しい話だった。
横領着服マニアな宰相派の元大使は、極限まで魔王国に対する調査を疎かにしていたらしい。予算はどこに消えたんだろうなあ。
そんな中、少ない予算でしかも上役の大使にバレないようにいろいろと手を尽くしていたスメスタさんは、帝国との渡りを作るのとクーデターの準備でいっぱいいっぱい。魔族どころではなかったそうな。そりゃそうだ。
「力になれなくてごめんなさい、だって」
最後にポツリと呟く奉谷さんは、目に見えてしょんぼりしている。感情が表に出る子だよな。
これにはクラスメイトたちも、スメスタさんに同情するしかない。
「巻き返しだな、八津。アレを見せてやれよ」
「ああ。出しどころかな」
場がちょっと微妙な雰囲気になったところで、古韮が俺の肩を叩いて笑う。『奉谷隊』が出し渋っていたように、こっちにもまだ弾はあるのだ。哀れなスメスタさんではあるけれど、ここでアゲていかないでどうするか。
悪い顔をしている『綿原隊』のオタメンバーを見て、分隊長の綿原さんはくたびれた顔になっている。いいじゃないか、大事な報告なんだし。ほら、微笑みの上杉さんを見習うんだ。
「犬耳族についてだけだけど、ケモ度が発覚した」
「えっと……、なんだって?」
「だからケモ度だ。推定一で間違いない。しかも四つ耳タイプ」
勢い込む古韮に対し完全に意味不明の表情になっている委員長だけど、所詮はそんなものか。俺たち異世界好きが持つ意識の高さを見くびってもらっては困るんだよ。
「『スルバーの工房』で確認してきたんだ」
俺はキメ顔でイラストの描かれた紙を絨毯の上に滑らせた。とても良い気分だな、これは。
「これ、は」
委員長をはじめとした幾名かが息を吞むのが伝わってくる。
「聞き取りした上で実際に見た人、つまり工房のオスドンおじさんとパーフおばちゃんのお墨付きはもらっている。これが……、犬耳族。モデルは柴犬バージョンだ」
まさに会心。アニメチックな犬耳美少女イラストを、こんな場面でお披露目だ。
「八津くん、工房で描いている時にも思ったんだけど、なんで女子なのかしら」
「なんか広志から邪さを感じマス」
綿原さんとミアからの連続ツッコミだった。ミア、邪なんて単語、使えたのか。
工房のオスドンとパーフさんにはバカウケだったのに。
「ふっひゃははは! やっぱ八津はいいねぇ。ここで萌え絵とか最高っしょ!」
疋さんを筆頭に、クラスメイトの一部が笑い声をあげる。
「つまりはさ、狼男みたいに顔がまるっきり獣ってことはないって話だ。手も普通に人間と同じ五本指で、歯並びもちょっと犬歯が大きいかなってくらい。普通の人に犬耳と犬シッポが生えているだけだってさ」
ニヤニヤと笑いながら古韮が犬耳族について説明していく。
さすがに工房の人たちも服の中までを見たわけではないので、胸毛がボーボーなんていう可能性もあるが、普通にケモ度は低いと見て間違いはないだろう。
「ただし個人差があって、なるべく人間の姿に近い人が選ばれている、なんてパターンは捨てきれないけどな」
これまたファンタジーの定番ネタに基づいた可能性を古韮が述べれば、そういうのに疎いメンバーは俺たちの洞察の深さに感心のご様子だ。
ん、いや、田村は悔しそうというか、面白くなさそうな顔だな。どうしたんだ?
「笑ってる場合か」
「どした? 田村」
怒ったような声の田村に古韮が笑いを引っ込めて首を傾げる。
「これじゃあ変装どころか、フードを被っただけで、人間と見分けがつかねえじゃねぇか」
「そうだな」
田村の指摘にこれまで黙って会話を聞いていた馬那も同調した。
俺たちもそうしているように、ペルマ=タでは冒険者を筆頭にフードを被って行動する人も多い。
つまり魔族はそこらに潜伏し放題ってことだ。内市街に入るためには門を通過する必要があるから、さすがにそこでバレるだろうけど、外市街でなら……。
「魔王国が本気……、というか真っ当なら、ペルメッダに拠点を持つだろうね。とくにペルマ=タには絶対に」
真顔になった委員長が自分の見解を述べる。
「それって悪さをするってこと?」
「いや、交易を担当する身内の安全と、この国の調査、かな」
「アジトっていうか、隠し大使館みたいな?」
「そもそも魔王国とペルメッダって国交があることになってるんだから、大使とかいないのかな」
「あ、それはスメスタさんがいないって言ってたよ」
「やっぱりちゃんとした人に聞くしかないか。ティア様かな」
委員長の発言をきっかけに、クラスメイトたちがそれぞれ意見を出し合っていく。
なんてことだ。俺の萌えイラストがきっかけでこんな展開になるなんて。
「ホントはアレが主役だったのにね」
ちょっとしょんぼり気味な夏樹が脇に置かれたテーブルに視線を向ける。
そこにあるのは『夏樹隊』が組合事務所で受け取ってきた、組印と結構豪華な額縁だ。
『夏樹隊』には『一年一組』の組長たる滝沢先生がいるので、そういう役回りになったという経緯があるのだけど、話題はすっかり魔族一色だもんなあ。
「話がひと段落したら壁に掛けよう。ハンコも一回使ってみたいし、夏樹がやってもいいんじゃないか?」
「だね」
俺が肩を叩いてやれば、気を取り直した夏樹はニカっと笑った。
次回の投稿は明後日(2025/04/08)を予定しています。